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2018年 07月 01日

注目新刊:メイヤスー『亡霊のジレンマ』、マラブー『明日の前に』、ほか

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亡霊のジレンマ――思弁的唯物論の展開』カンタン・メイヤスー著、千葉雅也序、岡嶋隆佑/熊谷謙介/黒木萬代/神保夏子訳、青土社、2018年6月、本体2,200円、四六判並製265頁、ISBN978-4-7917-7084-7
明日の前に――後成説と合理性』カトリーヌ・マラブー著、平野徹訳、人文書院、2018年6月、本体3,800円、4-6判並製370頁、ISBN978-4-409-03098-1
未来を読む――AIと格差は世界を滅ぼすか』大野和基編、PHP新書、2018年6月、本体880円、264頁、ISBN978-4-569-84106-9

★メイヤスー『亡霊のジレンマ』は、『有限性の後で』(千葉雅也ほか訳、人文書院、2016年)に続くメイヤスー(Quentin Meillassoux, 1967-)の訳書第2弾。「現代思想」誌に訳載されてきたインタヴューと論文の計4本に、2本の講演録を加え、千葉雅也さんによる序文「メイヤスーの方法――存在と倫理と文学をまたいで」を配した、日本語版独自編集となる一冊です。千葉さんは本書を「『有限性の後で』の理解を補うと共に、『有限性の後で』には表れていないメイヤスー哲学のさらなる広がり――存在論、倫理、文学にまたがる――に触れることができる論集である」と説明されています。帯文はこうです。「来たるべき神と全人類の復活を謳う表題作から、議論を呼んだマラルメ論、SF論まで。『有限性の後で』では表れなかった、メイヤスー哲学のもう一つの相貌」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★またメイヤスーの思想を千葉さんは次のように端的に紹介されています。「メイヤスーの仕事は、ひとつの新たなる「差異の哲学」、ポスト・ポスト構造主義の「差異の哲学」である。その新しさの核をなすのが、偶然性概念なのだ。ポスト構造主義においても重要であった偶然性概念を、改めてラディカライズするところにメイヤスーの独自性がある。この世界の(法則系の)、純然たる偶然性――いかなる人間的な意味とも無関係な「ただこのようである」こと。そこから、「差異の哲学」の別面である「変化の哲学」――とくにドゥルーズ(&ガタリ)に見られたような――に、大胆な刷新が引き起こされる。すなわち、この世界全体の、まったく偶然的な変化可能性、および変化しない可能性である。このように、メイヤスーの哲学は、ポスト構造主義から引き継がれたテーマ、キーワードを、人間的意味を徹底的に無化する方向へとラディカライズしているのである」(9頁)。

★表題作となる「亡霊のジレンマ」は、「クリティーク」誌の2006年704-705号に掲載された「来るべき喪、来るべき神」の翻訳。思い切って簡潔な言葉に言い換えると、死者を弔う際に、人が神を信じるかそれとも信じないかによって、異なる挫折や絶望が生じる問題を、メイヤスーは「亡霊のジレンマ」と呼んでいます。そしてそのジレンマの解消を「神はまだ存在しない」という言明のうちに形式化しようと試みています。「無神論と宗教という二重の行き詰まりから抜け出すような生者と死者のつながりを、いかに思考すべきか」(82頁)とメイヤスーは問い、「ジレンマを解消することは、死者の復活可能性――解消のための宗教的条件――と、神が現実存在しないこと――解消のための無神論的条件――とを結びつける言明を思考可能なものとすることに帰着する」(83頁)と述べます。

★そして、宗教的な神は存在しないものの、潜在的状態に留まっている「来るべき神の可能性」があり、「現世の惨事と無縁のこの来るべき神であれば、死とは別のものを亡霊たちにもたらしうる」(84頁)というのです。こうした「無神論とも神学とも手を切った、思考の本源的体制」(92頁)へと向かうメイヤスーの挑戦は、彼自身の著書『数とセイレーン――『賽の一振り』解読』(2011年、未訳)を解説した講演録「『賽の一振り』あるいは仮定の唯物論的神格化」でも明白に表れています。「実際、マラルメはある種のやり方で、現代性の勝利を確かなものにすることができた人物でした。〔…〕『賽の一振り』によって、詩の神格化が起こり、新しい信仰が誕生したのです」(208頁)。「それは大仰なものも超越的なものもない、神的なものの再発明であり、〔…〕このような唯物論的な身ぶりを反復し、エピクロスとマラルメとは別のしかたで二次的な神々を再発明する最も有効な方法――、ここに、自らの内在的な力能に返された哲学の務めがあるのだと、私は思います」(209頁)。

★『有限性の後で』の難解さに挫折した読者も、『亡霊のジレンマ』のうちには何かしら、読解の手掛かりを得ることができるのではないかと思います。千葉さんは「本書のいずれの章においても、メイヤスーの真剣なる遊び心が炸裂している」と評しておられます。青土社さんでは今月下旬、千葉さんの対談集『思弁的実在論と現代について』を発売予定なので、そこでもさらに理解を深めることができるようになるでしょう。思弁的実在論やその周辺をめぐる参考文献として以下も掲出しておきます。

『現代思想 2014年1月号 特集=現代思想の転回2014――ポスト・ポスト構造主義へ』青土社、2013年12月
『現代思想 2015年1月号 特集=現代思想の新展開2015――思弁的実在論と新しい唯物論』青土社、2014年12月
『現代思想 2015年6月号 特集=新しい唯物論』青土社、2015年5月
『現代思想 2015年9月号 特集=絶滅――人間不在の世界』青土社、2015年9月
『現代思想 2016年1月号 特集=ポスト現代思想』青土社、2015年12月
『現代思想 2017年12月号 人新世――地質年代が示す人類と地球の未来』青土社、2017年11月
『現代思想 2018年1月号 特集=現代思想の総展望2018』青土社、2017年12月
『モノたちの宇宙――思弁的実在論とは何か』スティーヴン・シャヴィロ著、上野俊哉訳、河出書房新社、2016年6月
『四方対象――オブジェクト指向存在論入門』グレアム・ハーマン著、岡嶋隆佑ほか訳、人文書院、2017年9月
『複数性のエコロジー――人間ならざるものの環境哲学』篠原雅武著、以文社、2016年12月
『現代思想の転換2017――知のエッジをめぐる五つの対話』篠原雅武編、人文書院、2017年1月
『人新世の哲学――思弁的実在論以後の「人間の条件」』篠原雅武著、人文書院、2018年1月

★また、先週発売された『現代思想』2018年7月号「特集:性暴力=セクハラ――フェミニズムとMeToo」はタイムリーで必読。編集後記に次のような特記があるのは異例だと思います。「本特集内には随所で性暴力・セクハラに関する経験等の表現がなされます。無理をせず、ぜひ体調を優先してお読みください」。

★マラブー『明日の前に』はまもなく発売(7月3日以降)。原書は『Avant demain. Épigenèse et rationalité』(P.U.F., 2014)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。マラブー(Catherine Malabou, 1959-)の単独著の翻訳は、『わたしたちの脳をどうするか――ニューロサイエンスとグローバル資本主義』(桑田光平/増田文一朗訳、春秋社、2005年6月、品切)、『ヘーゲルの未来――可塑性・時間性・弁証法』(西山雄二訳、未來社、2005年7月)、『新たなる傷つきし者――フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』(平野徹訳、河出書房新社、2016年7月)に続いて4点目になります。帯文にはこうあります、「カント以降の哲学を相関主義として剔抉し、哲学の〈明日〉へ向かったメイヤスーに対し、現代生物学の知見を参照しつつカント哲学の読み直しを試みた注目作」。

★マラブーは巻頭の「はじめに」でこう書いています。「現在の大陸哲学において、カントと絶縁しようとする動きが進行している。「思弁的実在論」の名のもと、世界や思考、時間に対する新たなアプローチが登場し、『純粋理性批判』以降、不動であると信じられてきた数多の基本的前提が疑問視されるようになっている。すなわち認識の有限性、現実的所与、主体と対象との根源的関係としてのアプリオリな総合、自然や思考の諸法則にあるとされ、必然性と普遍性を保証するとされる構造的道具立てのすべて、一口にいうなら、超越的なものが疑問視されているのである。〈超越的なものの放棄〉が、ポスト批判哲学的な新思想の合言葉となる」(7頁)。

★「超越論的なものを放棄しようとするくわだては、じつはかなり以前からあった。このくわだては、ヘーゲルにはじまり、形而上学の破壊、脱構築まで、連綿とつづけられてきた。ヘーゲルからハイデガーまで、ハイデガーからデリダそしてフーコーまで、その堅牢性、永続性、思考の必須条件と称されるその性格をめぐって、超越論的なものは問題視されてきた。ハイデガーのように時間をもちこむ、あるいはフーコーのように歴史をもちこむといったこころみは、すでに超越的なものを追い払おうとする身ぶりだったのである。だがこれは哲学だけの話ではない。神経生物学は1980年代半ばにめざましい発展を遂げ、その成果が最近ようやく知られるようになってきたのだが、そこでは分析哲学の伝統にのみかかわるとはいいがたい一連の問いの析出・解明がすすめられ、結果として、すべての超越論的理念が目だたぬかたちで崩されつつある。近年の脳機能をめぐる種々の発見から、思考法則の前提とされる普遍性を疑問視する動きが独自のかたちで出てきているのである」(7~8頁)。

★「では、形而上学の脱構築よりも、そして認知論よりも根源的であろうとする思弁的実在論を、どう位置づけるべきなのか。一連の大転換のなかでカント哲学は、そして哲学それ自体は、どうなるのか。/哲学の近年の情景を俯瞰しながら、こうした問いへの答えをつくりあげることは、私には重要だと思われた。この情景を彩ることになる主たるカント読解は、時間、思考と脳の関係、世界の偶然性という三つの問いにかかわっている」(8頁)。マラブーはカントの『純粋理性批判』や生物学が言うところの「後成説」を援用し、最初から完成して存在していたものとして超越論的なものを捉えるのではなく「発生・発展し、変化し、進化する」ものとして再起動させます。「『ヘーゲルの未来』の後で、〈カントの未来〉を書く時がやってきたのである」(9頁)。メイヤスーの『有限性の後で』に対する賛否は、本書の第十一章「〈一致〉はない」と第十二章「袋小路のなかで」に詳しく、本書の見どころの一つになっています。

★『未来を読む』は、ジャレド・ダイアモンド、ユヴァル・ノア・ハラリ、リンダ・グラットン、ダニエル・コーエン、ニック・ボストロム、ウィリアム・J・ペリー、ネル・アーヴィン・ペインター、ジョーン・C・ウィリアムズの8氏への大野和基さんによるインタヴューを一冊にまとめたもの。PHP研究所の月刊誌『Voice』とウェブメディア「NewsPicks」に掲載されたインタヴューの完全版で、ダイアモンドとペリーの両氏については追加取材が行なわれたとのことです。8氏についてはそれぞれ訳書がありいずれも話題となりましたが、大著が多いので、本書はより簡便に世界的な知性に近づける手頃な一冊と言えます。

★8氏のうち、ユヴァル・ノア・ハラリは『ホモ・デウス』2巻本が河出書房新社より9月に発売予定ということで、充分に時間がありますから、8氏の書籍を集めたコーナーなどを店頭で作りやすいかもしれません。さらに硬めの本を含めてコーナーを拡張したい場合は、思弁的実在論とその対抗者の本、つまりメイヤスーやマラブー、さらに先月来日したマルクス・ガブリエルの以下の関連書を集めると人文書の昨今の成果の一端が見えてくるのではないかと思われます。

神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性』マルクス・ガブリエル/スラヴォイ・ジジェク著、大河内泰樹/斎藤幸平監修、飯泉佑介ほか訳、堀之内出版、2015年11月
なぜ世界は存在しないのか』マルクス・ガブリエル著、清水一浩訳、講談社選書メチエ、2018年1月
欲望の資本主義2』丸山俊一/NHK「欲望の資本主義」制作班著、東洋経済新報社、2018年4月
入門マルクス・ガブリエル――マルクス・ガブリエル来日インタビュー」聞き手・解説=浅沼光樹、『週刊読書人』2018年6月29日号

★例えばメイヤスー、マラブー、ハラリ、ボストロム、ガブリエル、この5氏がそれぞれ〈自然・人間・神〉をどう捉えているのかを見ることは、彼らの影響を受けざるをえない若い世代がいずれ10年後、20年後に「(来たるべき)現代人」としてどのような思想的立場を取るのかを占う上で重要です。5氏の思想もまた、彼らに先行する欧米思想への必然的応答として形成されているからです。人間は自身が思っている以上に時代に縛られるものであり、良かれ悪しかれ時代とともに生き、時代とともに死ぬほかはありません。そうやって時代の制約を被りつつ、未来を切り拓くための礎となり、次代を呪縛する呪いともなるわけです。後に来る世代は祝福とともに呪いをも受け取らざるをえないのです。

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★このほか、最近以下の書目との出会いがありました。

シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』今村純子編訳、河出文庫、2018年7月、本体1,300円、480頁、ISBN978-4-309-46474-9
アメリカ民主主義の衰退とニーチェ思想――ツァラトゥストラの経済的帰結』山田由美子著、人文書院、2018年6月、本体3,800円、4-6判上製454頁、ISBN978-4-409-04110-9
真実について』ハリー・G・フランクファート著、山形浩生訳解説、亜紀書房、2018年6月、本体1,400円、四六判変型上製144頁、ISBN978-4-7505-1551-9
[新版]黙って野たれ死ぬな』船本洲治著、共和国、2018年6月、本体2,800円、四六判並製376頁、ISBN978-4-907986-46-9
戦闘戦史――最前線の戦術と指揮官の決断』樋口隆晴著、作品社、2018年6月、本体2,800円、A5判並製320頁、ISBN978-4-86182-693-1

★『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』はまもなく発売。文庫で読めるシモーヌ・ヴェイユの著作はちくま学芸文庫や岩波文庫から発売されていますが、独自編集の論集というのは今回が初めてです。目次は以下の通り。

まえがき(今村純子)
『グリム童話』における六羽の白鳥の物語
美と善
工場生活の経験
『イーリアス』、あるいは力の詩篇
奴隷的でない労働の第一条件
神への愛と不幸
人格と聖なるもの
解題(今村純子)
あとがき(今村純子)
主要文献一覧
シモーヌ・ヴェイユ略年譜
事項索引
人名・神名索引

★特筆しておきたいのは最初の2篇です。「『グリム童話』における六羽の白鳥の物語」はシモーヌが16歳のおりにアランに提出したもので、彼女の公刊された論考の中で最初のものだそうです。続く「美と善」は17歳になったばかりの彼女がやはりアランに提出したもの。この2篇の後は中期から晩年(と言ってもシモーヌの生涯はたったの34年間なのですが)に至るテクストが収められています。「本書は、シモーヌ・ヴェイユの「この世界へのひっかき傷」と思われる表現が十全にあらわれ出ている七篇の論考を翻訳・収録している」と今村さんはまえがきで書いておられます。工場労働を経験した彼女が1941年に書いた「奴隷的でない労働の第一条件」は今なお胸に刺さります。彼女はこう記しています。「一日の空間内でぐるぐる回る。そこで労働と休息とのあいだを、いっぽうの壁からもういっぽうの壁へと打ち返されるボールのように、行ったり来たりする。食べる必要のためだけに働く。だが食べるのは働き続けるためである。そしてまた食べるために働く」(203頁)。シモーヌはこのあとマルクス主義の労働観や宗教観、革命観に対する鋭い批判を展開しています。「それぞれの社会的役割が有している超自然的な使命」(224頁)という彼女の観点を掘り下げることは現代人にとっても大きな意味を持っているように感じます。

★なお河出書房新社さんのウェブサイトでは今村さん訳によるヴェイユの『神を待ちのぞむ』が続巻予定であることが確認できます。文庫ではなく単行本のようです。

★山田由美子『アメリカ民主主義の衰退とニーチェ思想』はあとがきの言葉を借りると「アメリカ民主主義衰退の原因を、政治・経済・文化におけるニーチェ思想の観点から究明する」もの。「結論から言うと、ニューライトは、元来非民主的・非理性的なニーチェに論拠を求めて成功し、ニューレフトは、元来非民主的・非理性的なニーチェに論拠を求めたために道を踏み誤った」(436頁)と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書は、アメリカの作家ソール・ベロー(Saul Bellow, 1915-2005)の最晩年作『ラヴェルスタイン』への言及から始まります。ベローは自身が「まえがき」を寄せもした大ベストセラー『アメリカン・マインドの終焉』(菅野盾樹訳、みすず書房、1988年;新装版2016年)の著者で保守派のアイコンたるアラン・ブルーム(Allan Bloom, 1930-1992)の同性愛について、『ラヴェルスタイン』で暴露しました。ブルームの親友だったベローにとってこの作品の動機と意義がどこにあったのか、ベローの書簡から読み解くところから始まる本書は、活き活きとした筆致で現代アメリカ史の一側面を描き出しています。ちなみに『ラヴェルスタイン』は今春訳書が刊行されたばかりです(鈴木元子訳、彩流社、2018年4月)。

★フランクファート『真実について』は『On Truth』(Knopf, 2006)の訳書で、原著が前年の2005年に刊行された『ウンコな議論〔On Bullshit〕』(山形浩生訳、筑摩書房、2006年;ちくま学芸文庫、2016年)の続編。著者フランクファート(Harry Gordon Frankfurt, 1929-)はプリンストン大学名誉教授であり道徳哲学が専門。近年の著書『On Inequality』(Princeton University Press, 2015)も山形さんの訳で『不平等論――格差は悪なのか?』(筑摩書房、2016年)として刊行されています。内容の真偽よりも相手の意見や態度に及ぼす「効果」を狙ったウンコな議論が嘘よりも悪質であることついて前著で論証した著者は、『真実について』では「なぜ真実への無関心がいけないことなのか」(9頁)、「真実の価値と重要性」(13頁)について説明しています。「私たちが実行することすべて、したがって人生すべての成功と失敗は、私たちが真実に導かれているか、それとも無知のままや偽情報に基づいて先に進むかで決まる。それはまた、その真実をどう使うかにも決定的に左右される。でも真実なしには、出発する前から命運は尽きている」(30頁)。当局による代替事実やSNSにおけるデマが猛威を振るうポスト真実の時代にひもとくべき一冊です。



★船本洲治『[新版]黙って野たれ死ぬな』は、親本の『黙って野たれ死ぬな――船本洲治遺稿集』(れんが書房新社、1985年)に収録された文章を「現在の視点から再検証・再編集し、新たに発見された論考やエッセイ、写真などを加えたもの」(版元プレスリリースより)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。序「船本洲治、解放の思想と実践」を原口剛さんがお書きになり、解説「船本洲治とともに半世紀を生きて」を中山幸雄さんが寄せておられます。上山純二さんによる「編集後記」によれば、新版では遺稿の配列をテーマ別から時系列とし、誤って船本作とされたものなど3篇が削除され、新たに「山谷解放委に反論する」を加え、さたに誤字誤記は訂正したとのことです。時系列というのは中山さんの解説では、船本洲治(ふなもと・しゅうじ:1945-1975)が駆け抜けた次の3期に区分されるとのことです。1)東京・山谷期:1968年9月~72年1月、2)大阪・釜ヶ崎期:1972年2月~73年4月、3)潜行期:1973年4月~75年6月。

★樋口隆晴『戦闘戦史』は「歴史・戦史雑誌である『歴史群像』誌(学習研究社~学研プラス)の2010年10月号より2015年10月号まで、不定期に連載した記事のうち、読者にとって身近であると思われる日本陸軍の戦いを中心にピックアップし、加筆訂正したうえで新たに1章(11章「金井塚大隊の帰還」を書き下ろしたもの」(あとがきより)。目次詳細は書名のリンク先でご覧になれます。著者は本書の工夫と意義について次のように述べています。「戦場を追体験できるように、地形や天候、舞台の状況、指揮官の精神状態などを、史・資料に沿い、できうるかぎり、細かくわかりやすく描写した」(5頁)。「現在のようにそれぞれの職業が専門性を増し、そうした専門性に基づく行動が、しばしば状況に合致しないといわれるなかで、瞬時の決断をもとめられる多くの社会人に、なんらかのものごとを考えるきっかけとならないだろうか」(6頁)。

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by urag | 2018-07-01 23:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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