2018年 04月 15日
『先史学者プラトン――紀元前一万年―五千年の神話と考古学』メアリー・セットガスト著、山本貴光/吉川浩満訳、朝日出版社、2018年4月、本体2,800円、四六判並製480頁、ISBN978-4-255-01049-6 『プラトーン著作集 第九巻 人間存在と習わし 第一分冊 法律(上)/ミーノース』水崎博明訳著、櫂歌書房発行、星雲社発売、2018年2月、本体3,500円、四六判並製466頁、ISBN978-4-434-24162-8 『プラトーン著作集 第九巻 人間存在と習わし 第二分冊 法律(中)』水崎博明訳著、櫂歌書房発行、星雲社発売、2018年2月、本体3,300円、四六判並製429頁、ISBN978-4-434-24163-5 『プラトーン著作集 第九巻 人間存在と習わし 第三分冊 法律(下)』水崎博明訳著、櫂歌書房発行、星雲社発売、2018年2月、本体3,500円、四六判並製460頁、ISBN978-4-434-24164-2 『食べることの哲学』檜垣立哉著、世界思想社、2018年4月、本体1,700円、4-6判並製208頁、ISBN978-4-7907-1711-9 『アンドレ・バザン研究 第2号』堀潤之/伊津野知多/角井誠編集、アンドレ・バザン研究会発行、2018年3月、非売品、A5判並製180頁、ISSN2432-9002 ★セットガスト『先史学者プラトン』は『Plato Prehistorian: 10,000 to 5000 B.C. Myth, Religion, Archaeology』(Anthroposophic Press, 1990)の翻訳。1987年に限定版でRotenberg Pressから刊行されたものの普及版と見てよいかと思われます。セットガスト(Mary Settegast, 1934-)はアメリカの独立研究者で、朝日出版社さんのウェブサイトでは「主要な関心は旧石器時代から現代までの宗教と文化、特に宗教と農耕の並行性にある」と紹介されています。訳書が出版されるのは今回が初めてです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭には日本語版への序文として、國分功一郎さんによる「考古学と哲学」が置かれています。 ★國分さんは本書を次のように紹介しておられます。『〔主に『ティマイオス』や『クリティアス』など〕プラトンの著作を現代考古学の知見をもとに読み直そうという野心的な試みである」(5頁)。セットガストは「はじめに」でこう書いています。「ひょっとすると古代世界にたいする私たちの見方は、とりわけ二つの神話によって改められるかもしれない。といっても、いずれの神話もそれほど時代をさかのぼることなく見出せるものだ。どちらもギリシアに由来する。そして、二つともなんらかの形でプラトンに関係している」(33頁)。「新石器革命の最初の大きなステップ、つまり前八千年紀後半の近東に現れた不可解なまでに洗練された移住者たちの群れは、じつのところ、プラトンが描いた西方で〔自然災害によって〕破滅した文化からの避難民だったのかもしれない」(同)。前一万年から前五〇〇〇年に渡る地中海周辺の世界を、プラトンをひもときつつ、戦争と自然災害(洪水)と定住・農耕から読み解く試みです。 ★國分さんはまた、著者の問題意識についてこう論及されています。「今日の考古学は「ニュー・アルケオロジー」と呼ばれ、高度に計量化されているようである。様々な機材を用いた測定がその主たる作業となり、数値は細分化されている。そこで起こっているのはどうやら「木を見て森を見ず」という事態らしい(30頁)。誰も全体を把握できない。また高度に専門化されたために、考古学以外の分野の知見が考古学者から失われてしまっている」(10頁)。さらに曰く「考古学が実証的なハードサイエンスの要素を取り入れたこと〔・・・〕それによって「測定できないもの(芸術、宗教)が丸ごと無視されてしまう」のではないか(29頁)。このセットガストの問題提起は重い。我々はいま実証的データだけを取り扱い、測定できないものは無視する方向に学問を進めつつある。その時、学問は全体としての統一を志向することはなくなり、世界は非常に貧しいデータの蓄積として扱われることになってしまう。それでよいのだろうか」(10~11頁)。 ★この言葉はただ学問にのみ当てはまる状況ではなく、社会人や社会一般にも該当するのではないでしょうか。データを取り込めば取り込むほど、活用すればするほど現実のありようを把握でき、市場や消費者に対してより適切な対応ができると信じられている世界というのは、データ化されないものを「存在しないもの」として扱う世界でもあります。出版界にもそうした傾向はすでに生まれています。将棋の駒を動かすようにして現実を操作できると思い込んでいる節が現代社会にはあるのではないかと疑います。だからこそセットガストの探究から学ぶべきではないかと感じます。 ★セットガスト自身の言葉に帰ると、「単線的連続性」で歴史を見ないこと、「古い時代をまったく新しい目でみるための方法」(23頁)を、私たちも学ぶことが必要だと思われます。セットガストはイギリスの歴史家ハーバート・バターフィールド(Herbert Butterfield, 1900-1979)の『近代科学の誕生』(上下巻、渡辺正雄訳、講談社学術文庫、1978年、品切)からこんな言葉を引きつつこう述べます。「どんな種類の知的活動でも、なにより難しいのは「従来と同じデータを扱いながら、そこに別の枠組みを与えて、データを新たな関係の網〔システム〕のなかに位置づける技〔アート〕だ」」(23頁)。 ★果たして先達の言葉の重みを現代人はどれほど理解しているでしょうか。「過去を理解できないのに、私たちが抱える現在の混乱と争いの意味を理解することなどいったいできるのだろうか」(32頁)というセットガストの言葉が胸に刺さります。 ★『プラトーン著作集 第九巻』三分冊は、水崎さんによる個人全訳の新訳プラトン全集の最終回配本で最晩年の『法律――正義について』と『ミーノース――法について』が収められています。『法律』は第一分冊が第一巻から第四巻までを収め、第二分冊が第五巻から第八巻まで、第三分冊が第九巻から第一二巻までを収録しています。これで「プラトーン著作集」全10巻全27分冊が完結したことになります。2011年4月に刊行された第一巻「ソークラテースの四福音書」の第一分冊『ソークラテースの弁明/クリトーン』から約7年で完結したのは驚嘆に値します。水崎さんの地道な翻訳作業と、福岡市の版元・櫂歌書房さんの継続的刊行には深い敬意を覚えます。 ★第三分冊の帯文は『法律』第一二巻について次のように紹介します。「プラトーン哲学の一大飛翔を我々は目撃する。冒頭はおよそ「法」というものを端的に問うものだがその問いの遂行の挙句には“立法者が魂に分かち与えてそれを立派にするものとは何か”という問いを最後の問いとし、すべての謎としながらそのまま閉じる」。第三分冊の後書き末尾において水崎さんは『法律』篇の核心についてこう書いておられます。「およそ国家の国制は「徳」を眼差ししてこそそこになるものの謂いであり、されば「魂」の秩序づけとその秩序づけの問答法的な学習こそがその眼差しの永続を可能にするものだというそういう哲学」である、と(460頁)。 ★『食べることの哲学』は檜垣立哉さんの『日本哲学原論序説――拡散する京都学派』(人文書院、2015年)に続く約3年ぶりの単独著。世界思想社さんの新シリーズ「教養みらい選書」の第2弾です(第1弾は3月に発売された石黒浩さんの『僕がロボットをつくる理由――未来の生き方を日常からデザインする』)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の序「われわれは何かを殺して食べている」で檜垣さんはこう書かれています。「食べることは人間を考えるときに、文化・社会としての人間と、身体・動物・生命をもった人間との両側面が、きわめて矛盾しぶつかりあいつつ接触する地帯である」(2頁)。「食についての思考が切り開く世界はかくも広大で深いものである。それは身体をもって生きている人間そのものを覆いつくすような壮大な力にみちている」(12頁)。食について考えることで人間の「生の複雑さ」に迫るユニークな一書です。 ★檜垣さんの『食べることの哲学』と、同じく世界思想社さんより発売された佐川光晴さんの『おいしい育児』(こちらは「こどものみらい叢書」の第1弾)の2点の刊行を記念して、以下のトークイベントが今月末に行われるそうです。 ◎檜垣立哉×佐川光晴トークイベント「殺して、食べて、育てる――哲学者と作家の異種格闘技」 日時:2018年4月29日(日)14:00~15:30 ※開場13:30~ 料金:1,350円(税込) 定員:50名様 会場:青山ブックセンター本店小教室 電話:03-5485-5511 ※受付時間10:00~22:00 内容:4月に『食べることの哲学』を上梓した、哲学者の檜垣立哉さん。本書は、動物や植物を殺して食べる後ろ暗さと、美味しい料理を食べる喜び、という矛盾を昇華する、食の哲学エッセイです。/今回は、10年以上、屠畜場で働き、日々、ナイフを研いで牛の皮を剥くお仕事をされていた、作家の佐川光晴さんをお招きします。第1ラウンドでは、お二人が屠殺をどのように考えているのか存分に語り合っていただきます。/『食べることの哲学』では、焼いたものの量で価値を計るアングロサクソン系の食文化圏と、「味=発酵」の質を重視するアジアの食文化圏とに分ける、独自の食文化論も展開されます。第2ラウンドでは、主夫として家の料理を28年間つくり続けている佐川光晴さんと、食文化について語り合っていただきます。/佐川光晴さんは、2月に『おいしい育児』を上梓しました。この本は、主夫兼作家として二人の息子を育ててきた経験を綴ったエッセイ集です。父親が家事と育児をするのがあたりまえになるための実践的なヒントがぎっしり詰まっています。第3ラウンドでは、お子さんをお持ちの檜垣立哉先生と、男の育児について語っていただきます。/哲学者と作家の異種格闘技、どうぞご期待下さい。 ※トークイベントの後にはサイン会を開催します。 ※会場からも質問を受け付けます(トーク開始前に質問用紙をお配りしますので、そちらにご記入ください)。 ※参加限定特典として、「檜垣立哉が選ぶ食のブックガイド」を配布予定です。 檜垣立哉(ひがき・たつや)哲学者、大阪大学教授。1964年埼玉県生まれ。フランスの現代思想を縦横無尽に駆使し生命論に挑む哲学者であるが思想にはいった入り口は吉本隆明。 また九鬼周造、西田幾多郎、和辻哲郎など日本哲学にも造詣が深く、20世紀初期の思想の横断性を突き詰めたいとおもっている。著書に、『瞬間と永遠 ジル・ドゥルーズの時間論』『賭博/偶然の哲学』『子供の哲学』『ドゥルーズ入門』など。死ぬ前に1つだけ食べるなら、讃岐うどん。 趣味(というか一面の本業)は競馬です。 佐川光晴(さがわ・みつはる)作家。1965年東京都生まれ、茅ヶ崎育ち。北海道大学法学部卒業。出版社勤務ののち、1990年から2001年まで大宮の屠畜場で働く。2000年「生活の設計」で第32回新潮新人賞受賞。2002年『縮んだ愛』で第24回野間文芸新人賞受賞。2011年『おれのおばさん』で第26回坪田譲治文学賞受賞。他の著書に『あたらしい家族』『銀色の翼』『牛を屠る』『大きくなる日』など。芥川賞に5回ノミネート。小学校教員の妻と二人の息子との四人家族。主夫として家事を引き受けながら執筆に励む。 ★山形大学人文社会科学部附属映像文化研究所のアンドレ・バザン研究会が発行する『アンドレ・バザン研究』の第2号は、特集が「存在論的リアリズム」で小特集が「作家主義再考2」。後者は昨年3月に刊行された第1号(頒布終了)のメイン特集の続編です。目次詳細は誌名のリンク先でご覧になれます。また、堀潤之さんによる巻頭言「「草稿」に誘われて――第二号イントロダクション」と角井誠さんによる編集後記もリンク先に掲出されています。第二号の入手方法については同会ブログの2018年4月11日付エントリーをご確認下さい。数に限りがあるので、お早めにどうぞ。堀さんの巻頭言によれば本年末には「生誕百周年を迎えたバザンをめぐるシンポジウムを開催し、〔第2号に論考「フェティッシュの存在論」を掲載したダドリー・〕アンドリュー氏を招聘することが決まっている。次号はその記録を中心に編まれることになるだろう」とのことです。 +++
by urag
| 2018-04-15 20:37
| 本のコンシェルジュ
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