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2018年 03月 11日

注目新刊:ファム・コン・ティエン『深淵の沈黙』、入江公康『現代社会用語辞典』、ほか

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『深淵の沈黙』ファム・コン・ティエン著、野平宗弘訳、東京外国語大学出版会、2018年2月、本体3,200円、本体3,200円、四六変型並製368頁 ISBN978-4-904575-66-6
現代社会用語辞典』入江公康著、新評論、2018年2月、本体1,700円、四六判変型上製192頁、ISBN978-4-7948-1070-0
ナボコフ・コレクション 処刑への誘い/戯曲 事件 ワルツの発明』ウラジーミル・ナボコフ著、小西昌隆/毛利公美/沼野充義訳、新潮社、2018年2月、本体4,800円、四六判上製494頁、ISBN978-4-10-505607-0
墨子』金谷治訳、末永高康解説、中公クラシックス、2018年2月、本体1,800円、新書判288頁、ISBN978-4-12-160179-7
ホモ・ルーデンス――文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み』ヨハン・ホイジンガ著、里見元一郎訳、講談社学術文庫、2018年3月、本体1,200円、400頁、ISBN978-4-06-292479-5
宇治拾遺物語 上 全訳注』高橋貢/増古和子訳、講談社学術文庫、2018年3月刊、本体2,400円、848頁、ISBN978-4-06-292491-7
戦う操縦士』サン=テグジュペリ著、鈴木雅生訳、光文社古典新訳文庫、2018年3月、本体880円、340頁、ISBN978-4-334-75372-6
フレーベル自伝』長田新訳、岩波文庫、1949年12月、本体720円、212頁、ISBN978-4-00-337043-8

★『深淵の沈黙』は旧南ベトナムの首都サイゴンで1967年にアンティエム出版より刊行された『Im lặng hố thẳm』の全訳。著者のファム・コン・ティエン(Phạm Công Thiện, 1941-2011)はベトナム出身の詩人、思想家。1975年から1983年までフランスのトゥールーズ大学で西洋哲学の助教授を務めた後、アメリカに移住し、テキサス州ヒューストンにて死去。本書執筆当時は26歳。ベトナム戦争のさなかにハイデガー哲学との対話/対決を通じて「西洋形而上学は、現在のベトナムでの過酷な戦争において成就した」(152頁)と説き、西洋思想と東洋思想をともに乗り越える「到来すべきベトナム思想」を展望するユニークな試みとなっています。目次詳細は版元名のリンク先でご確認いただけます。「深淵の沈黙へと到る道は破壊の道であり、同時にまた、背理の道でもある。究極まで破壊し背理した後には、さらに何が残っているというのだろうか?/この最後の問いは砂のない砂漠に飛んでいく。深渕に跳び入る『易経』の龍のように」(32頁)。詩人の言葉の刃が思惟の奥底を自在に切り開きます。

★『現代社会用語辞典』は、ことば(アニミズム~リベラリズム)、ひと(アガンベン~戸坂潤)、出来事(QCサークル~ラッダイト)、シネマ(エネミー・オブ・アメリカ~ル・アーヴルの靴みがき)、の四部に148項目を収めた個性的かつ魅力的なキーワード/キーパーソン集で、「われわれが生きるこの「社会」の自明性を剥ぐこと、つまり「あまりまえ」を疑ってみる/疑うこと」を目的としているとのことです。巻末附録として、関連年表、コメント付きブックリスト、名著引用集を併載。入江公康(いりえ・きみやす:1967-)さんの単独著は『眠られぬ労働者たち』(青土社、2008年)以来のもの。以文社さんから先月刊行されたキーワード集『Lexicon 現代人類学』と一緒に購読されることをお薦めします。

★『処刑への誘い/戯曲 事件 ワルツの発明』は美しいカヴァーが惚れ惚れとさせる『ナボコフ・コレクション』シリーズの第二回配本。「処刑への誘い」は1938年に刊行された作品で、既訳には英語版からの富士川義之さんによる訳「断頭台への招待」(『世界の文学8』所収、集英社、1977年)があります。今回の新訳はロシア語からの初訳で、英語版への序文も訳出されています。近未来の某都市で「認識論的卑劣さ」という罪状によって死刑判決を受けた男性が主人公の「アンチ・ユートピア的不条理小説」(帯文より)。カフカの『審判』を連想させると当時の書評家たちは思ったようですし私もそう思いますが、ナボコフは「なんのかかわりもない」と英語版への序文で書いています。併載された二つの戯曲は初訳。大手版元が出す文芸書としてはやや高額で学生さんには手が出しにくいかもしれませんが、妥当だと思います。

★『墨子』は凡例によれば、中公バックス版『世界の名著10 諸子百家』(1978年)所収の「墨子」を底本とし、末永高康さんによる新たな解説「墨家の思想と論理」を巻頭に付したもの。「墨子」全71編のうち現存する53篇から主要な部分を抄録し、省略した諸篇には概要が付されています。博愛主義としての兼愛を説いたのちに侵略戦争反対論である非攻を説くその思想は反運命論でもあります。「すべて人しだいであって、宿命があるなどとどうしていえようか」(130頁、第35「非命篇」上)。この言葉は時を越えて現代人をも励ますものではないでしょうか。

★『ホモ・ルーデンス』は河出書房新社版「ホイジンガ選集」第一巻(1971年;新装版1989年)の文庫化。翻訳の底本は、オランダのハーレム社版全集第5巻所収のテクスト(1950年)。「学術文庫版あとがき」によれば「紙幅の都合でオランダ語目次と索引を削除した」とのことです。「遊びは文化より古い」という一文から始まるこの古典的名著は、「人間社会に固有で偉大な活動にはすべてはじめから遊びが織り込まれている」(21頁)と教えます。既訳では、高橋英夫訳の中公文庫版がロングセラーとなっているのは周知の通りです。

★『宇治拾遺物語 上 全訳注』は上下巻の上巻。「中世前期、鎌倉時代成立の代表的説話集」(解題)であり、「日本人を楽しませてきた「話」の宝庫」(帯文)です。上巻ではこぶとりの話(第3話)、舌切り雀の話(第48話)などを含む104話を収めています。古本系統「伊達本」『宇治大納言物語』を底本に、本文、現代語訳、語釈、参考で構成されています。続刊となる下巻では196話までを収録。

★『戦う操縦士』は『Pilote de guerre』(1942年)の新訳。既訳には堀口大学訳(三笠書房、1951年;「現代世界文学全集7」所収、三笠書房、1954年;新潮社、1964年;新潮文庫、1978年)や、山崎庸一郎訳(「サン=テグジュペリ著作集2」所収、みすず書房、1984年;「サン=テグジュペリ・コレクション4」みすず書房、2000年)があります。本作は「ヒトラー『我が闘争』に対する「民主主義からの返答」として高く評価され」ているとカバーソデ著者略歴では紹介されており、「戦争体験を描いた自伝的小説」と帯文に謳われています。「私は信じる。《人間》の優越こそが唯一意味ある《平等》を、唯一意味ある《自由》を築きあげるものだと。私は《人間》の権利が各個人を通して平等であると信じる。《自由》とは《人間》の上昇にほかならないと信じる。《平等》とは《同一性》ではない。《自由》とは個人を《人間》よりも称揚することではない。したがって私が戦うのは、それが誰であれ、《人間》の自由をある個人に――あるいは個人からなる群れに――隷従させようとする者だ」(297頁)。危機の時代にこそ読みたい一冊です。

★『フレーベル自伝』は岩波文庫の2018年春のリクエスト復刊37点40冊のうちのひとつ。「マイニンゲン公に宛てたる書翰」と「フリードリヒ・クラウゼに宛てたる書翰」を収録。岩波文庫ではフレーベルの『人間の教育』上下巻が出ていましたが、現在は品切。フレーベルの訳書で定期的に重版されるのは岩波文庫だけなので、いずれ重版されるだろうと想像します。

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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。

科学的人間と権力政治』ハンス・J・モーゲンソー著、星野昭吉/髙木有訳、作品社、2018年3月、本体2,500円、46判上製270頁、ISBN978-4-86182-669-6
摂政九条兼実の乱世――『玉葉』をよむ』長崎浩著、平凡社、2018年3月、本体5,400円、A5判上製324頁、ISBN978-4-582-46911-0
『エリー・フォール映画論集 1920-1937』須藤健太郎編訳、ソリレス書店、2018年2月、本体2,800円、四六判並製278頁、ISBN978-4-908435-09-6
原発事故と「食」――市場・コミュニケーション・差別』五十嵐泰正著、中公新書、2018年2月、本体820円、新書判240頁、ISBN978-4-12-102474-9
バカロレア幸福論――フランスの高校生に学ぶ哲学的思考のレッスン』坂本尚志著、星海社新書、2018年2月、本体920円、新書判190頁、ISBN978-4-06-511232-8
高校生のための ゲームで考える人工知能』三宅陽一郎/山本貴光著、ちくまプリマー新書、2018年3月、本体950円、新書判272頁、ISBN978-4-480-68998-6
享楽社会論――現代ラカン派の展開』松本卓也著、人文書院、2018年3月、本体2,200円、4-6判300頁、ISBN978-4-409-34051-6
モスクワの誤解』シモーヌ・ド・ボーヴォワール著、井上たか子訳、人文書院、2018年3月、本体2,200円、4-6判上製172頁、ISBN978-4-409-13039-1
天皇制と民主主義の昭和史』河西秀哉著、人文書院、2018年2月、本体2,500円、4-6判並製300頁、ISBN978-4-409-52068-0
灰色のユーモア――私の昭和史』和田洋一著、鶴見俊輔/保阪正康解説、人文書院、2018年2月、本体2,500円、4-6判上製304頁、ISBN978-4-409-52069-7
アーレントのマルクス――労働と全体主義』百木漠著、人文書院、2018年2月、本体4,500円、4-6判上製340頁、ISBN978-4-409-03097-4

★『科学的人間と権力政治』は『Scientific Man vs. Power Politics』(The University of Chicago Press, 1946)の全訳。訳者後記の言葉を借りると本書は「国際政治学の父」と呼ばれるモーゲンソー〔Hans Joachim Morgenthau, 1904-1980〕の米国でのデビュー作であり、「彼の主唱する現実主義政治哲学の体系的解説書」。目次は以下の通りです。

まえがき
第一章 科学的人間のジレンマ
第二章 科学の時代と社会
第三章 政治の否定
第四章 平和の科学
第五章 自然科学という怪物
第六章 科学的人間の非合理性
第七章 科学的人間の道徳的盲目性
第八章 科学的人間の悲劇
訳者後記
原注
索引

★『摂政九条兼実の乱世』は、後白河院、平清盛、源頼朝の同時代人である公卿、九条兼実(くじょう・かねざね:1149-1207)の膨大な日記「玉葉」を乱世の政治文書として読みといたもの。目次は以下の通り。

はじめに
第一章 青年右大臣――政治家デビュー
第二章 摂関政治の理念――二頭政治の狭間で
第三章 朝務を演じる――官奏・陣定・除目
第四章 大衆蜂起――朝廷の「外部」に直面する
第五章 乱世の至り――クーデタ・遷都・南都焼亡
第六章 葬送の年――漂流する兼実
第七章 京中周章――平氏・義仲・義経
第八章 摂政への道――社稷に身命を惜しまず
第九章 摂政兼実――政に淳素に返す
第十章 危うい均衡――行き違う「天下草創」
第十一章 兼実最後の政治――摂籙の臣を演ずる
あとがき
玉葉略年譜

★『エリー・フォール映画論集 1920-1937』はフランスの高名な美術史家フォール(Élie Faure, 1873-1937)の映画論を日本語版独自編集でまとめたもの。4部構成で16篇を収録。目次は以下の通りです。

Ⅰ 映画の発見
   映画造形〔シネプラスティック〕について 
Ⅱ 芸術・文化・文明
   機械主義の美学 
   ティントレットの予感 
   映画神秘主義序説 
   映画の知的役割 
Ⅲ 映画作家のかたわらで
   シャルロ礼賛 
   アベル・ガンス『ナポレオン』のプレミア上映に寄せて 
   三面スクリーンの発見 
   アベル・ガンスの著書『プリズム』に寄せて 
   S・M・エイゼンシュテインと未来の映画 
   戦争映画と平和主義 
   生粋の映画作家――『アタラント号』の作者ジャン・ヴィゴ 
   イタリアの映画小屋 
Ⅳ 講演録から
   写真展《社会生活のドキュメント》 
   スペイン内戦に関する記録映画 
   映画は普遍言語である 
シネプラスティックとその彼方̶̶訳者後記にかえて
人名・映画作品名索引

★先月と今月の新書新刊より3点。中公新書『原発事故と「食」』は、首都圏の電力だけでなく食を支えてきた福島県をめぐり、風評被害の実態やそのメカニズムを精緻に検証する力作。星海社新書『バカロレア幸福論』はフランスにおける高校の哲学授業や大学試験を紹介しつつ、思考力と表現力の訓練を日本の読者に提供する貴重な試み。ちくま新書『高校生のための ゲームで考える人工知能』は気鋭のゲームクリエイター2氏による、デジタルゲーム作成に仮託した人工知能入門。

★最後に人文書院さんの先月下旬から今月初旬に掛けて発売された新刊5点。いずれも書名のリンク先で目次をご確認いただけます。『享楽社会論』は『人はみな妄想する――ジャック・ラカンと鑑別診断の思想』(青土社、2015年)に続く松本卓也さんによる注目の単著第二作。版元サイトで序章をPDFで立ち読みできます。『モスクワの誤解』は67年に執筆された中編小説で単行本としてはようやく2013年にL'Herneより公刊された『Malentendu à Moscou』の全訳。初老の夫婦が経験する精神的危機が描かれており、ボーヴォワールとサルトルのソ連訪問がヒントとなっているようです。

★『天皇制と民主主義の昭和史』は『「象徴天皇」の戦後史』(講談社選書メチエ、2010年)の増補改題版。『灰色のユーモア』は新聞学者の和田洋一(わだ・よういち:1903-1993)さんの『私の昭和史』(小学館、1976年;旧版は『灰色のユーモア』理論社、1958年)から「灰色のユーモア」を含む5篇を収め、それに著者の「スケッチ風の自叙伝」と鶴見俊輔さんの「亡命について」(ともに『抵抗と持続』所収、世界思想社、1979年)を加え、巻末に保阪正康さんの書き下ろし「註解」を併載したもの。『アーレントのマルクス』は百木さんの博士論文「「労働」と全体主義――「無限増殖運動に抗するアーレント」に大幅な加筆修正を施したもの。序章のPDFが書名のリンク先で公開されています。

注目新刊:ファム・コン・ティエン『深淵の沈黙』、入江公康『現代社会用語辞典』、ほか_a0018105_23510740.jpg

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by urag | 2018-03-11 23:38 | 本のコンシェルジュ | Comments(0)


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