★郷原佳以さん(共訳:『ブランショ政治論集』)
★西山達也さん(訳書:サリス『翻訳について』)
★安原伸一朗さん(訳書:ブランショ『問われる知識人』、共訳:『ブランショ政治論集』)
ブランショ最大の評論集『終わりなき対話』(1969年)の翻訳が、今般発売された第三部の刊行をもってついに完結しました。郷原さんは訳者を代表されて「訳者あとがき」をお書きになっておられます。
カバー紹介文:外へ、純粋なる外部へ――。語ること、書くこと。始まりも終わりもなく、痕跡を残すこともなく、肯定でも否定でもなく、あらゆる負荷と重力を逃れ、文学が切り開くものとは一体何か? 伝説の名著、ついに完結。
目次:
1 最後の作品
2 残酷な詩的理性――飛翔への貪欲な欲求
3 ルネ・シャールと中性的なものの思考
4 断片の言葉
5 忘れがちの記憶
6 夜のように広々とした
7 言葉は長々と歩まねばならない
8 ヴィトゲンシュタインの問題
フローベール
ルーセル
9 バラはバラであり・・・
10 アルス・ノーヴァ
11 アテネーウム
12 異化効果
13 英雄の終焉
14 語りの声――「彼」、中性的なもの
15 木の橋――反復、中性的なもの
16 もう一度、文学
17 賭ける明日
18 書物の不在
訳註
訳者あとがき
+++
筑摩書房さんのウェブサイトでは全巻完結の
特設頁が解説されており、中山元さんや澤田直さんの推薦文(「webちくま」掲載)を読むことができます。澤田さんによる「
遅配された伝説の書」の末尾には次のような印象的な言葉があります。「遅配された『終わりなき対話』。だが、それを開けた時、なんという初々しい相貌だろうか。モーリス・ブランショには「孤高の作家」というイメージが長らくつきまとってきたが、エンターテイメントに徹した文学と、象牙の塔に閉じこもった哲学との間にいかなる架け橋もないように思われる今日の日本でこそ、この本を読むことの意味がある。それは、哲学的思考と文学的エクリチュールを弁証法的に接続するためではなく、むしろ、その分化の手前に立ち戻るためだ。時間が熟成をもたらすこと、時間的にも空間的にも即座に繋がらないことの重要性について私たちはあらためて思いを巡らせるべきだし、amazonの即日配達の異常さに気づくべきなのだ。ほとんどタイムカプセルのように届けられたこの本を読む幸福を多くの人と分かち合いたいと思う」。
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