2017年 10月 12日
「文化通信」2017年10月9日付1面トップ記事は「取次へのバックオーダー終了で直取引開始は少数」という非常に興味深い内容だったのですが、なぜか同通信ウェブサイトのトップページの総合欄では見出しが載っていません。12日付「アマゾンジャパン、Kindle最上位機種発表」は無料で全文を読める記事になっていますが、出版業界にとってより重要なのはKindleよりも直取引問題ではないかと思われ、未掲載の理由がよく分かりません。8月17日付有料記事「版元ドットコム アマゾン「バックオーダー終了」で調査 直取引が41%余に増加」との関係から言っても、今回の10月9日付記事は重要です。 「取次へのバックオーダー終了で直取引開始は少数」は1面と8面に掲載されており、アマゾンジャパンにおける年間売上上位100社に対して文化通信社が行なったアンケートの結果(36社から回答あり)が集計されています。同記事は「出版社の規模が大きくなると直接取引を行う割合が低くなっているようだ」と分析しており、先般の版元ドットコムさんのアンケート結果も含めて、おおよそ予想通りの内容とはなっています。つまり、売上上位100社の本は当然ながら一般のリアル書店でも売れており、アマゾンだけを特別に優遇する理由はないのですが、小零細版元の場合、リアル書店での扱いが少ないですから、相対的にアマゾンの売上比率が高くなり、否応なく直取引に乗り出さざるをえないわけです。 興味深いのは8面にある、直取引しない理由の数々でした。いずれも首肯できる内容で、アマゾンさんは版元からこう見られているんだということをもっと細やかに分析して対応を考えるべきなのではないかと思う理由ばかりです。こうした記事こそ文化通信さんには無料記事で公開していただきたいなあと切実に感じます。そうすればもっと公的に議論する材料が増えます。いま業界に必要なのは、腹蔵なく「リアルな話」を交わすことであり、できることとできないことをしっかりと腑分けして、できることの可能性を伸ばしつつ、できないことをどう乗り越えるか、ということだと思います。 「日本経済新聞」2017年10月6日付有料記事「大廃業時代の足音 中小「後継未定」127万社」に書かれてある状況は、出版界でも変わりません。曰く「中小企業の廃業が増えている。後継者難から会社をたたむケースが多く、廃業する会社のおよそ5割が経常黒字という異様な状況だ。2025年に6割以上の経営者が70歳を超えるが、経済産業省の分析では現状で中小127万社で後継者不在の状態にある。優良技術の伝承へ事業承継を急がないと、日本の産業基盤は劣化する。「大廃業時代」を防ぐ手立てはあるか」と(以下、無料登録で全文読めます)。 私の住む街の地元商店街では今年2店舗の新刊書店が廃業しましたが、いずれも原因は高齢による事業継続の困難さでした。あまり明るみになってはいませんが、高齢化の波は出版社にも押し寄せていて、後継者がおらず遠からず廃業せざるをえないだろう版元もそこかしこに存在しています。継続的に出版活動している約2000社のうち、7割が従業員10名以下の小規模会社だとも聞きます。我が身を振り返っても見て言えるのは、つまり、おおよそ半数以上の版元が10~20年以内に激減する危険があると予想してもけっして大げさではない、ということです。こうした緩慢な死滅を逃れるためには、出版界を挙げて議論し対応していくのが理想ではありますが、この業界はその多様性ゆえに、利害が一致するのはせいぜい債権者集会の出席率くらいで、誰もが納得しうる条件下での団結は非常に困難であるように思えます。文化の一端を担う社会的な役割があるにもかかわらず、営利を目的とした私企業の雑多な集団であるために、情報公開して公的に議論することすら難しいのです。 それでも全体として必要なのは、若い世代が出版社や書店を開業したり事業承継しうる余地を常に作り続けることではなかろうかと感じます。取次さんが書店さんを傘下に収めるのにも限界があり、出版社がリストラを続けるのにも限界があります。出版社が廃業する場合、つらいことの一つに、出版物を引き受けてくれる他社がいない限り、全点全冊を破棄しなければならないというものがあります。例えばすでに2020年に解散することを公表しておられ創文社さんの商品はどうなるのでしょうか。ハイデッガー全集(刊行中)や、神学大全(完結)はどうなるのでしょう。同社の2016年9月付の挨拶文「読者の皆様へ」によれば、「新刊書籍は2017年3月まで刊行し、それ以降、2020年までは書籍の販売のみを継続いたします」とあります。すでに新刊刊行停止から半年経過しているのです。このように廃業まで数年かけることを約束しうるのはむしろ誠実な少数派であり、こうはならずいつの間にか倒れる会社が大半であることは周知の通りです。 先日のゲンロン・カフェ(10月4日)の質疑応答において「やめたい人とやりたい人の事業承継のマッチングができないものか」とお話しし、質問者の方が興味を示して下さったのは幸いでした。こうした困難さに立ち向かうことが大事であると思われてなりません。 +++ 10月16日追記:上記のような「街ナカ書店」や、小零細自営業版元の廃業危機とは別に、チェーン店はチェーン店でスリム化を推進しています。たとえば、「ASCII.jp」2017年10月16日付、O.D.A.氏記名記事「TSUTAYAが最近やたら閉店している件について――背景にあるのは「BtoB型事業」への業態シフト」では、昨今の大量閉店が次のように分析されています。 「閉店する店舗を見てみると、大都市圏に比較的簡単にアクセスできる住宅の駅近くに立地する店が相当多いことがわかります。ここから導かれるのはこれらの閉店は不採算店の整理ということだけではなく、もう経営側としては今の「ご近所のTSUTAYA」形態の未来に希望を持っていないのではないかという推測。〔・・・〕現在CCCが推進している図書館の運営委託、代官山・湘南や枚方のT-SITEや蔦屋書店、二子玉川の蔦屋家電等の業態は、〔・・・〕いずれもが滞在型の施設です。/会社や学校の帰りについでに寄ってもらっては小銭をちゃりんちゃりん稼ぐのではなく、わざわざそのために来てもらう滞在型の施設で1人頭の消費金額・消費時間を最大化する方向。言い換えれば「ケ」のビジネスから「ハレ」のビジネスへのシフトが今まさに実行されている最中であるということでしょう」。 少し補足しますと、この「ハレ」ビジネスが成功しうるかどうかについてはすでに懐疑的な評価や分析が出版界では散見されます。確かに「「ハレ」のビジネスへのシフトが今まさに実行されている最中」ではあるものの、CCCがシフトに乗りだせた背景には、他社にはないグループの経営的基盤があります。ですから、他社がまねをしても成功するというものではなく、蔦屋型の複合化とは別の、多様な次世代型書店像もまた、追求する必要性があると言えそうです。CCCは「蔦屋書店」は全国のあちこちに作り、紀伊國屋書店やMJを向こうに回して、書店業界の覇権を目指しておられるはずですが、人材確保に苦慮されているようにお見受けします。 +++ 10月23日追記:事業承継について。これははっきり書いておかねばなりませんが、主観的に言えば、小零細の出版事業は誰かに継いでもらえる仕事だとはあまり思えないというのが本音です。ですから先日の日経記事はあまり驚くに値しませんし、事業承継の困難さも理解できます。ほとんどの場合「一代限り」にしかならないのが現実ではないでしょうか。しかしそれでもなお、出版事業の持続性について問うことは重要だと思います。 +++
by urag
| 2017-10-12 18:22
| 雑談
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