2017年 07月 22日
大量殺人の“ダークヒーロー”――なぜ若者は、銃乱射や自爆テロに走るのか? フランコ・ベラルディ(ビフォ)著、杉村昌昭訳 作品社、2017年6月、本体2,400円、46判上製295頁、ISBN978-4-86182-641-2 ★先月(6月29日取次搬入)発売済。原書は『Heroes: Mass Murder and Suicide』(Verso, 2015)であり、翻訳にあたってフランス語版『Tueries』(Lux Editions, 2016)も参照されています。目次を以下に列記しておきます。 [英語版への序文]なぜ若者は、銃乱射や自爆テロに走るのか? [フランス語版への序文]人間を死に追いやる現代資本主義社会 第1章 “俺はジョーカーだ”――オーロラ銃乱射事件とホームズ 第2章 “人間は課題評価されている”――ヨケラ高校銃乱射事件とオーヴィネン 第3章 “死ぬ直前、一瞬だけ勝者に”――コロンバイン高校銃乱射事件とハリス&クレボルド 第4章 “私はイエスのように死ぬ”――ヴァージニア工科大学銃乱射事件とチョ・スンヒ 第5章 現代資本主義社会において“犯罪”とは? 第6章 “ロボットのように殺人を”――ノルウェー連続テロ事件とブレイヴェーク 第7章 “民族のために生命を捧げた”――マクベラの洞窟虐殺事件とゴールドシュテイン 第8章 “誰も安全ではない”――アメリカ同時多発テロ事件とアタ、ロンドン衛兵惨殺事件とアデボラージョ&アデボワール、ワシントン海軍工廠銃撃事件とアレクシス 第9章 “世界に広がる自殺の波”――横浜浮浪者銃撃殺人事件、ひきこもり、フランステレコム社、イタイア・タラント市、モンサント社、フォックスコン社・・・ 第10章 最も自殺の多い国の希望――ソウルへの旅 第11章 何もなせることがないときに、何をなすべきか? [フランス語版解説]X線撮影された社会的身体(イヴ・シットン) [フランコ・ベラルディ(ビフォ)へのインタヴュー]大量殺人と自殺の分析を通して見えてくるもの(広瀬純=インタヴュー/翻訳) 本書で取り上げられた「大量殺人事件」の概要(作品社編集部) 訳者あとがき 参考文献・映画 ★フランス語版解説でシットンはこう書いています。「本書は、いま現在、われわれの社会の中心部で起きていて、今後もそうした方向に向かっていくであろう社会崩壊と壊滅を、譲歩も容赦もなしに、あますところなくX線撮影したものである」。同様に、訳者の杉村さんは本書をこう紹介しています。「近年世界中を席捲している「自殺テロリズム」の心理的・社会的分析を克明に行ないながら、「絶対資本主義」時代の文明的不安の正体をえぐりだそうとした新作である」(訳者あとがきより)。「本書の核心的テーマは、『プレカリアートの詩』〔櫻田和也訳、河出書房新社、2009年、品切〕で展開された現代金融(記号)資本主義の社会分析に依拠して、そのネガティブな社会的様相をペシミスティックな観点から文明史的に描き出そうとしたものと言えるだろう」(同)。 ★「悪魔は存在しない。存在するのは、このところますます“自殺”という形態に人々を追い込んでいる資本主義社会、そして漠然とした絶望のひろがりである」(15頁)とビフォは書きます。「現代のテロリズムは、確かに政治的文脈から説明することができるだろう。しかし、そうした分析の仕方だけでは不十分である。われわれの時代のもっとも恐るべきもののひとつであるこの現象は、何よりもまず自己破壊的傾向の広がりとして解釈されなくてはならない。もちろん「ジハード」(殉教あるいは自殺的テロリズム)は一見、政治的・イデオロギー的・宗教的な理由から発動する。しかし、この修辞的外観の下には、奥深い自殺動機が潜んでいて、その引き金となるのは、つねに絶望であり、屈辱であり、貧困である。自らの人生に終止符を打とうとする男女にとって、生きることが耐えがたい重荷になり、死が唯一の解決策、大量殺人が唯一の復讐になるのだ」(18~19頁)。「自殺者の数、とくに他人の生命を奪う自殺の数が増加しているのは、明らかに社会生活が、不幸を生産する工場になっているという事実に由来する。一方に「勝者」がいて、他方に勝者とはほど遠い意識の持ち主がいるという厳然たる状態において、勝利する(たとえ短い時間でも)ための唯一の方法は、自分の生命を犠牲にして、他者の生命を破壊することである」(19頁)。 ★本書は読み方を間違えてはいけない本で、注意を要します。ビフォが書く通り本書は「われわれを取り巻く悲しみ、そして、しばしば侵略的・暴力的な大量殺人にまで至る激怒に変容する悲しみを解剖したものであ」り、「大量殺人と伴った自殺についての試論であり、今日の資本主義と呼ばれるものの本質――金融による抽象化、人間相互の諸関係の潜在化、不安定労働、競争主義など――を把握しようとしたものである」(19~20頁)であって、テロリストの行動と思想を賞讃する名鑑ではありません。原書名である「ヒーローズ(英雄たち)」というのは強烈な皮肉なのですが、読み間違えることを懸念してか、最終章「何もなせることがないときに、何をなすべきか?」の末尾で、あまりにも暗い絶望感が漂う本書の分析について「私の破局的な予感を、あまりまともに受け取らないでほしい」(242頁)とビフォは書いています。『大量殺人の“ダークヒーロー”』は今年刊行された人文書新刊の中でもっとも「問題作」だと言うべき一冊です。 ★本書に関連する新刊がこのあと何冊か続きます。 ガタリの『カオスモーズ』はビフォが本書で重要な参照項としている本です。「カオスモーズは、社会的連帯の身体的再活性化、想像力の再活性化であり、経済成長という限定された地平を超えた新たな人間進化の次元を指し示す」(239頁)。また、水声社さんからビフォのガタリ論『フェリックス・ガタリ――そのひとと思想と未来図法(仮)』が刊行予定だと著者略歴に特記されています。 +++ ★また、今月の新刊では以下の書目に注目しています。 『ベルクソニズム 〈新訳〉』ジル・ドゥルーズ著、檜垣立哉/小林卓也訳、法政大学出版局、2017年7月、本体2,100円、四六判上製180頁、ISBN978-4-588-01063-7 『マルセル・デュシャンとチェス』中尾拓哉著、平凡社、2017年7月、本体4,800円、A5判上製396頁、ISBN978-4-582-28448-5 ★ドゥルーズ『ベルクソニズム』は発売済。『ベルクソンの哲学』(宇波彰訳、法政大学出版局、1974年、絶版)の後継となる新訳です。「近年の研究動向を取り入れた」(帯文より)、実に40数年ぶりの新訳。原書は『Le bergsonisme』(PUF, 1966)です。檜垣さんは訳者解説でこう本書を評しておられます。「ドゥルーズは、ベルクソン自身がおこなった以上にベルクソンの核心に接近し、それを独自の存在論的思索にまで高めていく。この書物はきわめてコンパクトなものであり、ドゥルーズという大思想家の作品群のなかでは、そのキャリアのほんのプロローグ的な位置づけに置かれるものでしかない。しかしそれにしてもここでのドゥルーズのベルクソンをあつかう切れ味には凄まじいものがある」(131~132頁)。「ドゥルーズは〔生涯の〕最後まで「内在の哲学」にこだわった。最後の原稿である「内在:一つの生・・・」にはさまざまな哲学者が登場するが、内在にせよ、生にせよ、その言葉をドゥルーズがもちいる根底にはつねにベルクソンがいる。そのことは初期の作品といえるこの書物以降、けっして変わることがないものである」(158頁)。 ★中尾拓哉『マルセル・デュシャンとチェス』はまもなく発売。2015年に多摩美術大学大学院美術研究科に提出された博士論文に大幅な加筆修正を施したもので、帯文にはいとうせいこうさんの推薦文が刷られています。曰く「チェスとデュシャンは無関係だという根拠なき風説がこの国を覆っていた。やっと霧が晴れたような思いだ。ボードゲームは脳内の抽象性を拡張する」。主要目次を列記しておきます。序章「二つのモノグラフの間に」、第一章「絵画からチェスへの移行」、第二章「名指されない選択の余地」、第三章「四次元の目には映るもの」、第四章「対立し和解する永久運動」、第五章「遺された一手をめぐって」、第六章「創作行為、白と黒と灰と」、あとがき、註、参考文献、索引(人名・事項)。「なぜ、私のチェス・プレイが芸術活動ではないのですか。チェス・ゲームは非常に造形的です。それは構築される。それはメカニカルな彫刻ですし、美しいチェス・プロブレムをつくります。その美しさは頭と手でつくられるのです」(序章、18頁)とデュシャンは語ったと言います。「このデュシャンの言葉から、本書は開始される。これからのデュシャン論においては、チェスを「藝術の蜂起」の代名詞として「非芸術」へと分けるよりも、むしろその区分によって失われていたものを探し出すことが期待されるのである」(18~19頁)と著者は書きます。著者の中尾拓哉(なかお・たくや:1981-)さんは美術評論家。本書がデビュー作となります。 +++ ★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。 『反「大学改革」論――若手からの問題提起』藤本夕衣/古川雄嗣/渡邉浩一編、ナカニシヤ出版、2017年6月、本体2,400円、4-6判並製264頁、ISBN978-4-7795-1081-6 『外国人をつくりだす――戦後日本における「密航」と入国管理制度の運用』朴沙羅著、ナカニシヤ出版、2017年7月、本体3,500円、4-6判上製296頁、ISBN978-4-7795-1185-1 『イマ イキテル 自閉症兄弟の物語――知ろうとするより、感じてほしい』増田幸弘著、明石書店、2017年7月、本体1,600円、4-6判並製336頁、ISBN978-4-7503-4542-0 ★まずはナカニシヤ出版さんの新刊2点。『反「大学改革」論』は発売済。巻頭の「はじめに」によれば本書は「「若手」に属する大学教員・研究者――基本的に40歳以下としたが、例外も含む――が集い、それぞれの立場から、大学の在り方を根本的に問いなおすことを試みて」おり、「大学論に加え、教育学の諸分野(教育哲学、教育史学、教育社会学、教育行政学)、さらには哲学、文学、科学史、物理学といった、文理にまたがる多様な専門をもつものが、「大学改革」を論じ、それを総合することをめざした」とのことです。目次詳細と寄稿者略歴は書名のリンク先をご覧ください。 ★朴沙羅『外国人をつくりだす』はまもなく発売。2013年に京都大学大学院文学研究科へ提出した博士論文に大幅な加筆修正を施したものです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「本書は、日本が中国やアメリカとの戦争に負け、連合国軍が日本を占領していた時期(すなわち1945年9月から1952年4月までのあいだ。以下「占領期」)に、日本へ渡航してきた朝鮮人がどのように発見され、どのように登録されたのかについて、個人の体験談と文献から明らかにする」(序章、3頁)。「本書は、いかにして入国管理体制は在日コリアンを対象としたのかという問題を、解放後の朝鮮から占領期の日本への「密航」と「密航」後の地位獲得プロセスから検討するものである」(同、17頁)。著者のブログの7月20日付エントリー「単著を出版します」では、巻末の「謝辞」とは異なる、未掲載の「あとがき」を読むことができます。 ★増田幸弘『イマ イキテル 自閉症兄弟の物語』はまもなく発売。著者がひょんなことから知り合った、自閉症の子供をもつ家族四人の生活を10年にわたる取材を通じて綴ったもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。知人や関係者による10の証言も随所に挿入されています。家族が向き合ってきた数々のエピソードに接するとき、自身の理解力の限界を感じ、安易な感想や印象を言うのが憚られます。本書は部分的に教訓を抜き出せるような類の軽い本ではなく、その全体を通読し再読することをもってしか接近しえない固有の重みを持っていると感じます。 +++
by urag
| 2017-07-22 22:06
| 本のコンシェルジュ
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