2017年 07月 09日
新訳 ステファヌ・マラルメ詩集 柏倉康夫訳 私家版(柏倉康夫=発行、上野印刷所=印刷)、2017年6月、頒価2000円、A5判上製148頁、ISBNなし、限定100部 ★月刊誌「ユリイカ」2015年1月号~9月号での連載「[新訳]ステファヌ・マラルメ詩集」に「若干の修正を加え」て一冊としたもの。kindle版は青土社さんから3月に発売済(862円)。紙媒体は訳者の柏倉康夫さんご自身によって、私家版として今般、限定100部が発刊されました。うち60部がフランス図書から購入できると聞いています【7月12日追記:16時現在「在庫僅少」とのことで売切必死です】。和紙を使った表紙デザインと題字は古内都さんによるもの。なお底本はベルトラン・マルシャル校注によるプレイアード叢書版『マラルメ全集Ⅰ』(ガリマール、1998年)です。 ★紙媒体版の「後記」によれば「電子版では翻訳とフランス語のテクストの間にリンクを張り、両方を行き来しながら鑑賞ができ、さらにIndexでは、マラルメが49篇の詩に用いたすべての単語が、どの詩篇のどの行にあるかを検索できる仕組みになっている」とのことです。さらに「欧文の詩は、本来、耳で聴いて味わうものである」(同「後記」)ため、電子版には本当は原詩朗読の音声データを付加されたかったご様子です。 ★柏倉さんのブログ「ムッシュKの日々の便り」にはマラルメ翻訳の苦心と工夫の一端が綴られています。2015年3月1日付エントリー「詩を訳すとはⅦ、Brise Marineをめぐって」では「海からの風(Brise Marine)」の翻訳をめぐるエピソードを読むことができます。従来訳では「微風」や「そよ風」と訳されてきたbriseですが、柏倉さんは「内容からしてこの場合のbriseは決して「そよそよとした微風」ではなく、むしろ強め風でなくてはならない」と指摘されています。また作品冒頭のchairは「肉」や「肉の身」と訳されてきましたが、今回の新訳では「肉体」としたことについてもコメントがあります。 ★マラルメの美しい詩句は百数十年を隔てた現代人の心にも訴えかける感性が息づいているように思います。あるいは柏倉さんによって再び現代へと見事に召喚されたというべきでしょうか。個人的に印象深い箇所を少しだけ抜き出してみます。「華麗に、全的に、そして孤独に、このように/跡形もなく蒸発することに、人間たちの誤った自負心は恐れ慄いている。/この取り乱した群衆! 彼らは宣言する、すなわち、自分たちは/未来の亡霊の悲しい半透明な姿にすぎないと」(「喪の乾杯」79頁)。「そう、ただ私のため、私のためだけに、ひとり咲く花! お前たちも知っていよう、目もくらむ知の深淵に/永久に埋もれたアメジストの花園を」(「エロディアード」59頁)。 ★作品中で時折マラルメは三つの単語を並列することがあるのですが、これにはマラルメの詩の宇宙を読む者の胸中に出現させる喚起力があるように感じます。例えば「孤独、暗礁、星」(「乾杯」5頁)、「地図、植物図鑑、典礼書」(「プローズ(デ・ゼッサントのために)」82頁)、「夜、絶望、宝石」(「――船旅のたった一つの気掛りに」124頁)など。市販される紙媒体がたったの60冊というのはもったいない印象がありますが、いずれ本書をはじめ、「牧神の午後」※や「賽の一振りは断じて偶然を廃することはないだろう」や、ポー「大鴉」のマラルメによる訳詩など、柏倉さんが研究されてきた一群のマラルメ作品が一冊にまとめられることを強く願いたいです。 ※「牧神の午後」は本書(64~73頁)に収録されていますが、かつて柏倉さんはこの詩篇を単独出版されたことがあります(『牧神の午後』左右社、2010年、加藤茜挿画、130部限定)。また、同作の初期ヴァージョンである「牧神の独白」については、ジャン=ミシェル・ネクトゥや柏倉さんによる論及を収録した大型本、『牧神の午後――マラルメ・ドビュッシー・ニジンスキー』(オルセー美術館編、柏倉康夫訳、平凡社、1994年)があります。柏倉さんによる論及は本書の訳者あとがきとして収録されており、柏倉さんのブログでも読むことができます(「マラルメのエロティシズム」)。 +++ ★このほか、最近では以下の新刊詩集との出会いがありました。 『柏木如亭詩集2』柏木如亭著、揖斐高訳注、東洋文庫/平凡社、2017年7月、本体2,900円、B6変判上製函入302頁、ISBN978-4-582-80883-4 『哀歌とバラッド』浜田優著、思潮社、2017年7月、本体2,400円、A5判上製104頁、ISBN978-4-7837-3574-8 ★『柏木如亭詩集2』はまもなく発売となる全2巻の完結編で、東洋文庫の第883巻。第2巻では初老期から老年期の漢詩作品を収めています。帯文に曰く「京都を足場に諸国を漂泊し、時に江戸を思う」とあります。柏木如亭(かしわぎ・じょてい:1763-1819)は医者だった弟に送った七言絶句「示立人弟」の中で「人生一世誰非客(人生一世、誰か客に非ざらん:人の一生は皆な旅人のようなもの)」(141頁)と歌いました。解説によれば、文化十年(1813年)の冬に信州・上田の弟である正亭の住まいを訪問し、しばらく滞在して楽しい日々を過ごした如亭が、辞去する際に書き送ったもの。食事にありつける場所が故郷だ(趣意)、と句は続きます。 ★『哀歌とバラッド』は編集者であり詩人でもある浜田優(はまだ・まさる:1963-)さんによる、『生きる秘密』(思潮社、2012年)に続く最新詩集。特に印象に残ったのは「鎮魂歌」の中の次の一節です。「母が逝って三年近く経ったある日/夢のなかで私が、すでに辞めた職場のトイレを出て/自分のデスクに戻ってくると、横に母が立っていた/「さあ、もう帰るよ」と私が小声で言うと/「そうかい、死後とは終わったんだね」と嬉しそうだ」(47~48頁)。もしあの職場のことなら、今は建屋の老朽化で、浜田さんの昔の席のあたりは雨漏りしていると聞きました。水が流れた痕跡というのはなぜあんなにも悲しくも生々しく見えるのでしょうか。 +++ ★また、今月のちくま学芸文庫では以下の書目が発売されています。 『ユダヤ人の起源――歴史はどのように創作されたのか』シュロモー・サンド著、高橋武智監訳、佐々木康之/木村高子訳、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,800円、文庫判656頁、ISBN978-4-480-09799-6 『社会学への招待』ピーター・L・バーガー著、水野節夫/村山研一訳、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,200円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-09803-0 『よくわかるメタファー――表現技法のしくみ』瀬戸賢一著、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,200円、文庫判336頁、ISBN9784-480-09805-4 『一百四十五箇条問答――法然が教えるはじめての仏教』法然著、石上善應訳・解説、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,200円、文庫判320頁、ISBN978-4-480-098061 『道教とはなにか』坂出祥伸著、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,300円、文庫判400頁、ISBN978-4-480-09812-2 ★『ユダヤ人の起源』の親本は浩気社より2010年に刊行。発売元はランダムハウス講談社で発売直後に武田ランダムハウスジャパンに変更されたものと思われます。同社は2012年に倒産しており、浩気社も本書を最後に出版が途絶えているようです。原著は2008年に刊行されたヘブライ語版で、日本語訳は仏語訳版『Comment le peuple juif fut inventé』(Fayard, 2008)を底本としています。この仏語訳版は刊行された年内に4万部も売れたそうです。佐々木康之さんによる「文庫版への訳者まえがき」には、文庫化にあたり誤植を改め訳文を改訂したとあります。著者のサンド(Shlomo Sand, 1946-)はテルアビブ大学名誉教授。 ★『社会学への招待』は巻末注記によれば新思索社の普及版(2007年)を底本とし「全体を通して訳文を見直したほか、新たに索引を加えた」と。索引は事項と人名を合わせたもの。原著は『Invitation to Sociology: A Humanistic Perspective』(Doubleday, 1963)です。「文庫版訳者あとがき」によれば「本書は、非常に軽やかな口調で、すぐれた社会学的発想の諸相を懇切丁寧に展開・披露してくれている社会学への招待状である」と。日本語訳は1979年に出版されて以来、改訂を経て版を重ねてきたロングセラーです。新思索社は昨夏倒産。ベイトソンの訳書など文庫化が待たれている書目は数多いです。 ★『よくわかるメタファー』は「メタファーを中心に比喩をわかりやすく解きほぐすと同時に、わかりやすい比喩とは何か、なせそれはわかりやすいのかについて考える」(「はじめに」より)もの。親本となる『よくわかる比喩――ことばの根っこをもっと知ろう』(研究社、2005年)を「若干改訂し、補章を加えた」(巻末注記)とのことです。補章というのは本書末尾のパートⅤ「メタファーの現在」の終章「2500年比喩の旅」の後に置かれた「村上春樹とメタファーの世界」のこと。この補章では村上春樹さんが今年2月に上梓した『騎士団長殺し』の第2部「遷ろうメタファー編」が取り上げられています。 ★『一百四十五箇条問答』は月刊「在家仏教」誌での連載「心月輪」(2012年3月718号~2016年12月775号)に加筆修正のうえ文庫化したもの。法然の教えが一問一答形式で平易に書かれた晩年作を現代語訳し解説したものです。訳と解説を担当された石上善應(いしがみ・ぜんのう:1929-)さんは2010年に同文庫から法然の『選択本願念仏集』の現代語訳を上梓されています。『選択本願念仏集』と『一百四十五箇条問答』の石上さんによる現代語訳はもともと中央公論社版『日本の名著(5)法然』(1971年)で発表されたもので、その後推敲を経て2冊の文庫となったわけです。 ★『道教とはなにか』は十章だてで、章題を列記すると「さまざまな神々を祀る宮廟」「仙人たちの姿と伝記」「房中術・導引・禹歩――道教に取り込まれる古代の方術(一)」「呪言――道教に取り込まれる古代の方術(二)」「呪符――道教に取り込まれる古代の方術(三)」「煉丹術の成立と展開――外丹の場合」「道教と医薬」「道教の歴史」「日本文化と道教」「現代の道教と気功事情」です。親本は中央公論新社より2005年に刊行されたもの。文庫化にあたり文庫版あとがきが加えられ、そこで参考文献が追補されています。 +++
by urag
| 2017-07-09 14:38
| 本のコンシェルジュ
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