2017年 06月 23日
「週刊東洋経済Plus」2017年6月24日号特集「アマゾン膨張――追い詰められる日本企業」が興味深いです。 東洋経済記者・広瀬泰之氏記名記事「「直取引」拡大の衝撃――問われる出版社の選択」(途中まで無料で閲覧できます。全文は有料会員のみ)でアマゾンジャパン・メディア事業本部統括事業本部長村井良二さん曰く「読者が本を読みたいタイミングでお届けするのがいちばん重要。日販には長期で売れるロングテール商材を中心に在庫を増やすほか、バックオーダーの納期短縮を求めてきたが、われわれが求める水準に達さなかった」。→日販経由から版元直取引に変われば色々なことが解決する、というのはなかば幻想にすぎません。 「すれ違う両者の言い分――日販 vs. アマゾン」(途中まで無料で閲覧できます。全文は有料会員のみ)で日販常務取締役大河内充さん曰く「アマゾンのバックオーダー発注は当社の売り上げ全体から見るとごくわずかだ。今回の件はかなり大きく報道されたが、「それほど大きな話なのか」とも感じる」。→アマゾンの揺さぶり戦略。 「「数字への執着が尋常でなかった」――元アマゾン社員座談会」(無料会員登録で全文閲覧可能)で元アマゾン社員・飲料食品部門バイヤー中山雄介さん曰く「社内では“Good intentions don't work.”という言葉が使われていました。意志の力には頼るなというジェフ・ベゾスCEOのメッセージです。どんな業務でも属人的にならず、メカニズムを作るという徹底した哲学が浸透しています。ベゾス氏は人の意志のみならず、知能さえ信用していないのかもしれません。トークだけが上手な営業タイプの人は向かない会社でしょうね」。→むしろトークが上手な営業タイプがいないことが弱点だと思います。人的交流力に乏しい背景にこうした非人間的理念がある、と。 「Interview|まだまだ社員を増やし「プライム」を強化する」(途中まで無料で閲覧できます。全文は有料会員のみ)でアマゾンジャパン社長ジャスパー・チャンさん曰く「今後も現状の価格水準を維持しながら、プライムサービスの充実化を図っていく」。→ヤマトが音を上げたら小さな他社に乗り換え、それもダメなら一般人も動員しますよと。取次が音を上げたら出版社に球を投げ、それでもダメなら(著者と直接?)。 聞き手・本誌長瀧菜摘氏「Interview|アマゾン米国幹部に直撃――「非プライム会員はありえない選択だ」」(途中まで無料で閲覧できます。全文は有料会員のみ)でアマゾンコム・デジタルミュージック事業部担当副社長スティーブ・ブームさん曰く「日本はまだストリーミングサービスが普及しておらず、楽曲を提供するアーティストが欧米に比べ圧倒的に少ないことが課題だ。アマゾンがあらゆる面のハードルを下げ、先頭に立ち市場を広げていきたい」。→破壊的創造と言えば聞こえはいいですけどね。 このほか、特集INDEXからのリンクで「ヤマト 剣が峰の値上げ交渉」「出品者たちの困惑――最安値要請で公取が調査」「AWSの磁力――大手企業が続々採用」「アマゾンはどう使われているか――本誌アンケートでわかった!」「シアトル本社の全貌――新社屋「THE SPHERES」は完成間近」「世界最強企業へ突き進む異次元の成長戦略――米アマゾン最前線」「驚異の金融ビジネス――商流の把握で自由自在」など興味深い記事が並びます。 +++ 「毎日新聞」2017年6月29日付、広瀬登・棚部秀行氏記名記事「出版社との直接取引拡大 アマゾン流に揺れる出版流通」はリード文のみが無料閲覧可能で、記事本文は無料登録で読めます。「ネット通販大手のアマゾンジャパンが書籍販売を巡り、6月末で出版取り次ぎ大手・日本出版販売(日販)との一部取引をやめる。これまでは日販に在庫のない本は日販を通じて出版社から取り寄せていたが、今後は出版社との直接取引を拡大する構えだ。「お客様に早く本を届けるため」と主張するアマゾンに対し、出版業界の一部は「本音は取り次ぎと書店を排除し業界を支配する狙いでは」と疑心暗鬼を深める」。 出版協が今月中旬に開催したバックオーダー発注停止問題の勉強会の取材に始まり、出版社の反応や、日販ネット営業部・上原清一部長のコメント、アマゾンジャパン・メディア事業本部・村井良二統括事業本部長と種茂正彦事業企画本部長のコメントが掲載されています。ポイントは次の三点です。1)アマゾンのペースに引きずり込まれることへの警戒心を見せる大手版元幹部の発言。2)「通告以降、日販には中小の出版社から相談が相次いでいる」件。3)商品調達のスピードと確実性の重要性を指摘するアマゾン。 アマゾンのロングテールにおいて商品調達のスピードアップを求められる版元は大手であるというよりむしろ小零細でしょうか。リアル書店の扱い店舗数が限られている小零細は確かに日販帳合におけるアマゾンの売上比率が高いかもしれません。また、小零細は日販との結びつきが弱く、条件面でも厚遇されているわけではないので、アマゾンの支払条件が魅力的に見えているかもしれません。さらに小零細はVANを導入していない版元も多く、アマゾンとしても調達に苦しんでいたことでしょう。 ただし、そもそもアマゾンとの直取引に応じることは日販との取引に制限を加えることになり、いくつかの問題が出ています。まず第一に、信義上の困難という問題。日販と距離を置かざるをえないような挙措は今後の取引において悪影響を及ぼす可能性があります。第二に、日販での売上減少という問題。アマゾン分の売上が減ることによって日販との取引額が減り、その分を回復することが難しいかもしれません。第三に、日販での返品率の問題。アマゾンによって押し下げられていた返品率が上昇するかもしれず、日販との条件改定に直結しかねません。 それでもアマゾンとの直取引を選択しうるかどうか、というのは実際のところ選択が難しいです。どれくらいの数の出版社が直取引を選択するのかに注目が集まっていますが、それを調査し報道するマスコミがあるのでしょうか。7月3日(火)からの「変化」に注視したいと思います。 +++ 「日経BizGate」2017年6月27日付、松岡真宏・山手剛人氏記名記事「ヤマトの「宅急便」が“崩壊”した本当の理由」は、「未払い残業代や運賃引き上げといった話は本来、個々の企業の労務問題や企業間契約にまつわる、いわばミクロな話であるということだ。それらが決着したところで、宅配問題の根底にある「構造」には少しもメスが入らないのである」とし、結論としては「注意深く張り巡らされてきたはずのヤマト運輸の宅配網の先端部分において、現場の宅配ドライバーの努力だけでは処理できないレベルの問題が発生している現在の状況は、異常な交通渋滞に等しい。それは、これまでとは異なる構造や経路を持つネットワークを再構築することでしか解決できないのではないだろうか」というもの。いささか唐突で抽象的な終わり方ですが、これは両氏の著書『宅配がなくなる日――同時性解消の社会論』(日本経済新聞出版社、2017年6月)の第1部「なぜ、ヤマト、三越伊勢丹はつまずいたのか」の第1章「宅配ネットワークが崩壊した本当の理由」からの抜粋なので仕方ありません。同書の目次を列記しておきますが、興味深いワードが並んでいます。 第1部 なぜ、ヤマト、三越伊勢丹はつまずいたのか 第1章 宅配ネットワークが崩壊した本当の理由 第2章 三越伊勢丹を揺さぶった時空価値競争 第2部 同時性解消と時間資本主義 第3章 同時性解消のインパクト――コミュニケーションから生産性へ 第4章 時間の効率化・快適化と同時性 第5章 空間シェアリングと時間価値 第3部 近未来流通と同時性 第6章 アマゾンが仕掛ける3つの刺客 第7章 人間に残るもの 第8章 それでも人は移動する 第9章 人間の希少性が高まる時代 同記事のヤフー版コメント欄には興味深い投稿が並んでおり必見です。なお記事中にはこんな言葉があります。「ヤマト運輸が総量規制を行っても、処理能力を超えるEC、ネット通販利用者の増加という構造変化の流れは止められない。ヤマト運輸よりも大手EC企業に対する交渉力が弱い中堅以下の宅配業者にお鉢が回るだけだろう」。実際にそうなりつつあることは、「日本経済新聞」2017年6月22日付記事「アマゾン、独自の配送網 個人事業者1万人囲い込み」でも明らかです。アマゾンは版元との直取引も増やしているわけなので、インプット(仕入)もアウトプット(出荷)も共に細分化していくことになるのでしょうが、果たしてアマゾンは物流の品質を保持しきれるのでしょうか。版元にしても配送業者にせよ、中小零細を取り込んでいけば、日販やヤマトと違って取引先の倒産数も必然的に増えるでしょう。中小零細と結ぶことはかえってアマゾンに不安定性をもたらすことになるのではないか、と危ぶまれます。 +++
by urag
| 2017-06-23 15:38
| 雑談
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