2016年 06月 26日
モノたちの宇宙――思弁的実在論とは何か スティーブン・シャヴィロ著 上野俊哉訳 河出書房新社 2016年6月 本体2,800円 46判上製256頁 ISBN978-4-309-24765-6 帯文より:人間は特権的存在ではない。すべてのモノたちが平等な世界へ――ホワイトヘッドを甦らせながら、メイヤスー、ハーマン、ブラシエなどの思弁的実在論をあざやかに紹介・批判し、来たるべき思想を切り開く定評ある名著。 目次: 序章 ホワイトヘッドと思弁的実在論 第一章 自己享受と関心 第二章 活火山 第三章 モノたちの宇宙 第四章 汎心論と/あるいは消去主義 第五章 汎心論がもたらす諸帰結 第六章 非相関主義的思考 第七章 アイステーシス 訳者解説――なぜホワイトヘッドか? ★発売済。スティーヴン・シャヴィロ(Steven Shaviro, 1954-)は今回の新刊が本邦初訳となる、アメリカの哲学者であり批評家です。原書はThe Universe of Things: On Speculative Realism (University of Minnesota Press, 2014)。今年年頭に発売されて話題を呼んでいるメイヤスー『有限性の後で』(人文書院)に代表されるような思弁的実在論の関連書として読むことができます。序章にはこう書かれています。「ホワイトヘッドも思弁的実在論者のどちらも、長きにわたり西欧近代の合理性の核心であった人間中心主義という想定に自問を投げかけている〔・・・〕。こうした問いかけは、ぼくらが今後、生態学的な危機に見舞われそうな時代、人間の運命が他のありとあらゆる種類の存在の運命と深く絡みあっていると思わざるをえない時代には差し迫って必要とされる。科学の実験や発見の光に照らしてみても、人間中心主義はますます支持できないものになっている。今やぼくらはこの地球上のありとあらゆる生きものとどれほど僕たちが似ていて緊密に関係しているかを知っているので、自らを他に例のない独自な存在と考えることはできなくなっている。だからぼくはら、その境界をとうてい把握しえない宇宙において、コスミックな尺度で生起している様々な過程と、自分たちの利害や経済を切りはなすことはできなくなっている。/ほぼ一世紀前に、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドはこうした緊張や危険の数々についてすでに自覚していた」(5~6頁)。 ★同じく序章では、著者自身による各章の要約が記されています。「第一章はホワイトヘッドの美学や倫理学に対する理性を、偉大なフランス=ユダヤ系哲学者であるレヴィナスの立場と比較する。〔・・・〕第二章はホワイトヘッドのプロセス指向の思考とグレアム・ハーマンによるオブジェクト指向存在論〔OOO:Object-oriented ontology〕をはっきり対照させて示している。第三章は〔・・・〕ホワイトヘッドによる英国のロマン主義の読解とともに、ハーマンによるハイデッガーの読みをあつかっている。第四章は、ひとたびぼくらが相関主義、また思考と存在の照応を拒絶してしまえば、ぼくらにはあからさまな消去主義(存在は根元的に思考を欠いているということを意味する)か、あるいは一般化された汎心論のどちらかをはっきり選択することが残される、という点を論じている。第五章は、汎心論をめぐる近年の哲学的議論に大まかな見取り図をあて、また心(メンタリティ)が物質の基本属性であるという議論を立てている。〔・・・〕第六章は、現存する思弁的実在論者による思考の説明における諸問題を検証している。〔・・・〕最後の第七章は、人間の判断力に限定されず、とりわけ人間の主観性に中心化されない美学を提起するために、この思考〔存在に相関的なのではなく、存在のうちに内在的に組み込まれている、一種の「自閉的」な思考〕のイメージを援用している」(21~22頁)。 ★本書の末尾にはこんな言葉が見えます。「ぼくはメイヤスーによる根元的な偶然性という視角と、ハーマンによる不変の真空=空虚に封じこめられた諸対象という視角の両方に対する代替案として思弁的美学を提起する。このような思弁的美学はまだ形成の途上にある。カントやホワイトヘッド、ドゥルーズたちだけが、ぼくらにその基礎を与えてくれる。実際、あらゆる美的遭遇は特異なものなので、一般的美学のようなものは不可能である」(230頁)。シャヴィロの立場は彼自身の説明によればメイヤスーよりもハーマンにより近いもの(200頁)ですが、メイヤスー『有限性の後で』に興味を引かれた方はシャヴィロの本書も面白く読めるはずです。思弁的実在論関連の本は今後日本でも少しずつ増えていくようです。これらは哲学思想書売場の再活性化に一役買うことになるでしょう。カント、ホワイトヘッド、ドゥルーズは、大書店であれば隣りどうしに並ぶ哲学者ではありませんでした。しかし本書の視点からすれば、この三者は欠くことのできない星座を構成するわけです。 ★河出さんでは7月下旬刊行予定新刊として、カトリーヌ・マラブー『新たなる傷つきし者――フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』(平野徹訳、河出書房新社、2016年7月、本体3,400円、368頁、ISBN978-4-309-24767-0)が予告されています。版元紹介文によれば「アルツハイマー病の患者、戦争の心的外傷被害者、テロ行為の被害者……過去も幼児期も個人史もない、新しい人格が、脳の損傷からつくられる可能性を思考する画期的哲学書。千葉雅也氏絶賛!」と。 +++ ★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。 『脳はいかに治癒をもたらすか――神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著、高橋洋訳、紀伊國屋書店、2016年6月、本体3,000円、46判上製594頁、ISBN978-4-314-01137-2 『日常を探検に変える――ナチュラル・エクスプローラーのすすめ』トリスタン・グーリー著、屋代通子訳、紀伊國屋書店、2016年6月、本体2,000円、46判並製432頁、ISBN978-4-314-01138-9 『日本デジタルゲーム産業史――ファミコン以前からスマホゲームまで』小山友介著、人文書院、2016年6月、本体3,600円、4-6判並製400頁、ISBN978-4-409-24107-3 『スターリン批判 1953~56年――一人の独裁者の死が、いかに20世紀世界を揺り動かしたか』和田春樹著、作品社、2016年6月、本体2,900円、46判上製480頁、ISBN978-4-86182-573-6 『国家と対峙するイスラーム――マレーシアにおけるイスラーム法学の展開』塩崎悠輝著、作品社、2016年6月、本体2,700円、46判上製352頁、ISBN978-4-86182-586-6 『分解する』リディア・デイヴィス著、岸本佐知子訳、作品社、2016年6月、本体1,900円、46判上製204頁、ISBN978-4-86182-582-8 ★紀伊國屋書店さんの新刊2点はいずれもまもなく発売(30日頃発売)。2点ともワクワクするような素敵な内容で、広く話題を呼びそうな予感がします。まず、ドイジ『脳はいかに治癒をもたらすか』の原書は、 The Brain's Way of Healing: Remarkable Discoveries and Recoveries from the Frontiers of Neuroplasticity (Viking, 2015)。帯文に曰く「これから始まるのは軌跡でも代替療法の紹介でもない。脳と身体が本来持つ治癒力の話だ。脳卒中、自閉症、ADHD、パーキンソン病、慢性疼痛、多発性硬化症、視覚障害――これまで治療不可能と考えられていた神経に由来する機能障害の多くは、《神経可塑性》を活かした治療で劇的に改善する可能性がある。ラマチャンドラン、ヴァン・デア・コークら絶賛の全米ベストセラー!」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ノーマン・ドイジ(Norman Doidge)さんはカナダの精神科医・精神分析医。米加両国で活躍しており、コロンビア大学精神分析研究センターおよびトロント大学精神医学部に所属。前作『脳は奇跡を起こす』(The Brain That Changes Itself, Viking, 2007;竹迫仁子訳、講談社インターナショナル、2008年)は19か国語に翻訳されているミリオンセラーだと言います。「はじめに」で著者はこう書いています。「神経可塑的なアプローチは、心、身体、脳のすべてを動員しながら、患者自身が積極的に治療に関わることを要請する。このアプローチは、東洋医学のみならず西洋医学の遺産でもある。〔・・・〕神経可塑的なアプローチでは、医師は、患者の欠陥に焦点を絞るだけでなく、休眠中の健康な脳領域の発見、および回復の支援に役立つ残存能力の発見を目標とする。〔・・・〕本書で紹介するのは、脳を変え、失われた機能を回復し、自分でも持っているとは考えていなかった能力を脳に発見した人々のストーリーである」(21~22頁)。 ★次に『日常を探検に変える』は、『ナチュラル・ナビゲーション――道具を使わずに旅をする方法』(The Natural Navigator, Virgin Books, 2010;屋代通子訳、紀伊國屋書店、2013年11月)に続く邦訳第二弾。原著は、The Natural Explorer (Sceptre, 2012)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。トリスタン・グーリー(Tristan Gooley)さんはイギリスの作家で探検家。イギリス最大の旅行会社Trailfindersの副会長でもあり、英国王立ナビゲーション学会および王立地理学会の特別会員です。「未踏の地を求め、肉体の極限に挑戦することだけが探検ではない。何度も人が足を踏み入れた身近な自然のなかでさえ、意識を開けば、たとえささやかでも新たな発見があるはずだ。それを創造的手段を使って人々と分かちあうことで、日常が探検になる」(版元プレスリリースより)。「フィナンシャル・タイムズ」は「身近な自然を歩くための、知的かつ魅力的なガイド」と本書を評しています。本書には歴史的な探検家たちの言葉だけでなく、古今の哲学者の思索も折々に引用されており、意識変革を促す思想書のような趣きもあります。分類コードの下二桁は26で「旅行」を示していますが、ビジネス書でも人文書でも読者を獲得できる気がします。 ★人文書院さんの新刊、小山友介『日本デジタルゲーム産業史』はまもなく発売。明日27日取次搬入と聞いています。著者の小山友介(こやま・ゆうすけ:1973-)さんは芝浦工業大学システム理工学部准教授。ご専門は進化経済学、コンテンツ産業論、社会情報学でいらっしゃいます。本書は初の単独著。帯文はこうです。「初めて描かれる栄光と混迷の40年。黎明期から現在まで40年におよぶ、日本におけるデジタルゲーム産業の興亡を描き出した画期的通史。アーケードやPCも含む包括的な記述で、高い資料的価値をもつとともに読み物としても成立させた、ビジネスマン・研究者必読の書」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ゲーム産業と同じくコンテンツ産業の一角である出版業界に棲む私たちにとっては、出版史と並行させて本書を読み解くこともできるかもしれません。ゲーム産業の現在が見せる課題は出版産業とも無縁というわけではありません。 ★作品社さんの新刊3点はいずれも発売済。まず、和田春樹『スターリン批判 1953~56年』は、巻頭の「本書をお読みになる、21世紀のみなさんへ」に曰く「20世紀に生まれ、20世紀に消えてしまったソ連国家社会主義体制の歴史の決定的な転換点をとりあげて、その危機の五年間の歴史を描き出す試みです。世界の超大国、人類の理想を体現した国と言われた国で、神とも崇められた指導者が死んだところからどのような変化のすえに、その指導者が批判されるようになったのか。その指導者のもとでなされた驚くべき非道な行為が明るみに出て、批判が加えられ、どのように社会を変えていかねばならないか。人々が悩み、思索をはじめたところ、行き過ぎた批判は許せないと国家からブレーキをかけられてしまう五年刊の過程です」。巻末には「ソ連という国家の特殊な仕組みの解説」と題された小事典のほか、年表や登場人物解説・索引が付されています。新資料に基づく今回の大著は和田さんが約40年前に立てた仮説の検証ともなっていて、まさにライフワークであり、圧倒されます。 ★塩崎悠輝『国家と対峙するイスラーム』は帯文に曰く「ファトワー(教義回答)をはじめとする豊富なイスラーム学の一次資料読解を通して、東南アジアでイスラーム法学がどのような発展を遂げ、政治的に波及したのかを描いた画期的な研究」と。あとがきによれば「基本的には筆者の博士論文を中心に筆者が2006年から2015年にかけて発表してきた著書、論文をまとめたもの」とのことです。全6章の章題を列記すると以下の通り。「東南アジアにおけるイスラーム法解釈の発展とファトワー」「中東と東南アジアをつないだウラマーのネットワーク」「東南アジアにおける近代国家の成立とイスラーム法」「ムスリム社会におけつ公共圏の形成とファトワー」「マレーシアのウラマーとファトワー管理制度」「マレーシア・イスラーム党(PAS)と近代国家マレーシアの対峙」。巻末には参考文献と人名・地名索引、事項索引が配されています。 ★デイヴィス『分解する』は訳者あとがきによれば、1986年に発表された短編集『Break It Down』の翻訳。「それ以前にも小冊子形式の著作はあったものの、実質的にはこれが彼女のデビュー作となる。〔・・・〕彼女のすべての短編集がそうであるように、この本にも、長さもスタイルも雰囲気もまちまちの短篇が多数おさめられている。〔・・・〕小説、伝記、詩、寓話、回想録、エッセイ・・・と縦横無尽にスタイルを変化させ〔・・・〕どれもが無類に面白い」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお、来月7月22日(金)午後7時より、代官山蔦屋書店1号館2Fイベントスペースにて刊行記念の催事「代官山 文学ナイト:岸本佐知子さんミニトーク&サイン会「佐知子の部屋」祝10回!『分解する』刊行記念」行なわれるとのことです。ミニトークのみの参加券が税込1,000円、『分解する』ご購入+ミニトーク+サイン会への参加券が税込2,052円とのことです。 +++
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| 2016-06-26 00:15
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