2016年 06月 05日
![]() 愉しき夜――ヨーロッパ最古の昔話集 ストラパローラ著 長野徹訳 平凡社 2016年6月 本体3,200円 4-6判上製352頁 ISBN978-4-582-83730-8 帯文より:ペロー、グリム、バジーレへと続く、民話・お伽噺・童話集の源流にして、ルネサンス文学の古典、本邦初訳! 目次: 第一夜第二話 カッサンドリーノ 第一夜第三話 スカルパチーフィコ神父 第一夜第四話 テバルド 第二夜第一話 豚王子 第二夜第四話 悪魔の災難 第三夜第一話 あほうのピエトロ 第三夜第二話 リヴォレット 第三夜第三話 ビアンカベッラ 第三夜第四話 フォルトゥーニオ 第三夜第五話 正直者の牛飼い 第四夜第一話 コスタンツァ/コスタンツォ 第四夜第三話 美しい緑の鳥 第四夜第五話 死をさがしに旅に出た男 第五夜第一話 グエッリーノと野人 第五夜第二話 人形 第五夜第三話 三人のせむし 第七夜第一話 商人の妻 第七夜第五話 三人の兄弟 第八夜第一話 三人のものぐさ 第八夜第四話 魔法使いの弟子 第十夜第二話 ロバとライオン 第十夜第三話 竜退治 第十一夜第一話 猫 第十一夜第二話 死者の恩返し 第十二夜第三話 動物の言葉 第十三話第六話 よい日 解題 参考文献 訳者あとがき ★まもなく発売。解題によれば「本書は、ルネサンス期のイタリア人作家ジョヴァン・フランチェスコ・ストラパローラ(Giovan Francesco Straparola)が著した短篇物語集『愉しき夜』(La piacevoli notti)の中から、特に昔話風の物語26篇を訳したアンソロジー」とのこと。さらに「作者のストラパローラは、1480年頃に北イタリア・ロンバルディア地方の町ベルガモ近郊のカラヴァッジョに生まれ、1557年頃に没した。名はジョヴァンニ・フランチェスコ、ジャン・フランチェスコ、姓はストラッパローラ、ストレパローラ、ストレパロッレと記されることもある。Straparolaという名前は、straparlare(「とりとめもない話をする」「放言する」)と動詞に通じるので、ペンネームではないかと考える向きもある。その生涯や経歴についてはほとんどわかっていないが、1530年から1540年の間ヴェネツィアに滞在していたらしい」(313頁)。 ★『愉しき夜』の出版史については次の通り説明されています。「第一巻が1550年に、第二巻が53年にヴェネツィアで出版された。第一巻は初版の翌年に新しい版が出るほど好評を博し、作者は急ぎ二巻目の執筆に取り掛かったようである。55年には合冊版も登場し、1558年から161年の間に実に23の版が出版されるという当時のベストセラーであったが、艶笑話や聖職者を笑いものにした話なども含まれているために焚書目録に載せられたこともある。1560年に第一巻がフランス語に訳され、1572年には完訳が出版。フランスでは、16、17世紀にわたって数多く版を重ねた。スペイン(1598年)やドイツ(1791年、抄訳)にも紹介され、1897年には最初の英語の完訳が出ている。イタリアでは、19世紀末から20世紀の初めにかけてジュゼッペ・ルーアが編纂した版が刊行され、再び光が当てられた」(314頁)。 ★全体では73話(後の版では全74話)で、そのうちの1/3強が訳されたかたちです。なお、第二巻(第六夜~第十三夜)に23話は、「ナポリの作家ジローラモ・モルリーニのラテン語作品『物語集』(Novelae, 1920)からの翻訳もしくは翻案である。急遽二巻目を執筆しなくてはならなくなったものの、アイデアに行き詰った作者の窮余の作だったのであろう」(315頁)とのことです。「原書では、各話のあとに韻文形式の「謎々(エニグマ)」が添えられているが、この翻訳では、各話の導入部も含め、そうした枠に当たる部分は割愛し、語り手によって語られた物語のみを訳した。また、各話のタイトルは訳者が便宜的に付けたものである」(315-316頁)。今回抄訳された昔話風の物語のほかに、「世俗的な滑稽話や艶笑話、恋愛や愚弄をテーマとした物語などが挙げられ、先行する他の作家の短篇物語から借用したモチーフを独自に脚色した話もある。昔話風の物語は第一巻のほうに多く収録されており、モルリーニから取った物語は比較的短い小話風のものが多い」(315頁)と。 ★訳者は本書にボッカッチョ『デカメロン』からの影響を認めています。『デカメロン』は『愉しき夜』の後代に生まれたバジーレのお伽話集『ペンタメローネ』にも影響を与えているとのことです。文庫(少年少女向けの形態ではないもの)で読める西欧の民話集の古典としては、『デカメロン』上下巻・講談社文芸文庫/全三巻品切・ちくま文庫/全五巻品切・岩波文庫、『ペンタメローネ』上下巻品切・ちくま文庫、『グリム童話集』全五巻・岩波文庫/全七巻・ちくま文庫/全三巻品切・講談社文芸文庫、『ペロー童話集』岩波文庫/『眠れる森の美女――完訳ペロー昔話集』品切・講談社文庫/眠れる森の美女――シャルル・ペロー童話集』新潮文庫/『長靴をはいたねこ――ペロー童話集』品切・旺文社文庫 、『アンデルセン童話集』全七巻・岩波文庫/全三巻・新潮文庫/上下巻・文春文庫、などがあります。 鏡のなかのボードレール くぼたのぞみ著 共和国 2016年6月 本体2,000円 四六変型判上製212頁 ISBN978-4-907986-20-9 ★まもなく発売。新シリーズ「境界の文学」第一弾です。カリブ出身の恋人ジャンヌにボードレールが捧げた「ジャンヌ・デュヴァル詩篇」の新訳を含むボードレール論で、ジャンヌを主人公にしたアンジェラ・カーターの短篇「ブラック・ヴィーナス」も新訳で併載されています(163-203頁)。あとがきによれば本書は「ボードレールからクッツェーまで、黒い女たちの影とともにたどった旅の記録のようでもある。大学時代の記憶、翻訳という仕事へ向かった契機、今日ここにいたるまでに何度も書き直された旅の記録」とのことです。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。 ★また、こうも書かれています。「女性が初めて日本語に訳すボードレール詩篇ですね、本にしましょう――という下平尾さんの一声で」まとめられたとのことです。共和国さんのプレスリリースで下平尾さんは「本書を編集しながら、『悪の華』からクッツェーの『恥辱』へと、あるいは『海潮音』以来の日本のボードレール受容へと開かれてゆく著者の思索の軌跡を追体験できたのは、なんとも心のおどる時間でした」と掛かれています。また、本書に挟み込まれている「共和国急使」第7号では、下平尾さんによる新シリーズについての説明があります。「この「境界」は単に地理的な関係だけではなく、映画、音楽、歴史、政治などへとジャンルを越境するもの、とでも言えばよいでしょうか。「ミニ世界文学全集」的な下心も」ある、と。今後の展開が楽しみです。 +++ ★また、最近では以下の文庫新刊に注目しています。 『造形思考』上・下巻、パウル・クレー著、土方定一・菊盛英夫・坂崎乙郎訳、ちくま学芸文庫、2016年5月、本体1,600円/1500円、480頁/352頁、ISBN978-4-480-09601-2/978-4-480-09602-9 『自己言及性について』ニクラス・ルーマン著、土方透・大澤善信訳、ちくま学芸文庫、2016年5月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09677-7 ★『造形思考』の親本は1973年、新潮社刊の上下本。クレーによる「かたちの哲学」の書といっていい名著がまさか文庫化されるとは思わず、感動しました。クレーの著書が文庫になるのは今回が初めて。親本の古書はそれなりに高額ですし、文庫化にあたって多少値段が上がっても合本していただいた方が嬉しかったのですが、それはないものねだりというものでしょう。原著は1956年、バーゼルの名門ベンノ・シュワーベ(シュヴァーベとも)より刊行。帯文にある通り「バウハウス時代の論文や講義草稿を集成」したもの。ユルク・シュピラーによる「編者のことば」「まえがき」に続いてクレーの本文が始まりますが、まず最初にカオスについて語られます。「計り得るものではなく、永遠に測定されえぬもの〔・・・〕無と名づけることもできれば、なにかまどろんでいる存在とも名づけられる。死、あるいは生誕と呼ぶこともできよう。〔・・・〕この「非概念」である真のカオス」(上巻57頁)。文庫版解説「「中間領域」の思索と創作」を書かれた岡田温司さんは本書を「レオナルドの数々の手稿に匹敵するといっても、おそらく誇張にはならないだろう」(下巻339頁)と評価されています。新潮社のクレーの品切本にはこのほか、南原実訳『無限の造形』(上下巻、1981年)や、同訳『クレーの日記』(1972年)があり、 特に前者が高額なので、ぜひ次に文庫化されてほしいと切望しています。 ★『自己言及性について』の親本は1996年、国文社刊。「文庫化に際しては、全面的に訳文を見直し、改訂を施した」と巻末に特記されています。前述のクレーもそうですが、ルーマンの著作が文庫で読めるのは今回が初めてのことです。帯文に曰く「社会システム理論の全貌を見通す画期的著作」と。訳者あとがきにはこうあります。本書は「ルーマンの膨大な著作群のなかでも、なにより「エッセイ」というかたちをとる希有な著作である。これがエッセイであるのは、本書がルーマンの他の著作とは異なり、所収論文が「自己言及性」をめぐる論考であるということによる。〔・・・〕本書においては、ルーマンの理論のひとつの核心である「自己言及性」に読者がアプローチしていくということを可能にしている。つまり本書は、ルーマンの理論展開を追いかけるのではなく、ルーマンが自己の理論展開で用いる装置(自己言及性)にさまざまな切り口から接近していくことを可能にするものといえる」。原書はEssays on Self-Reference (Columbia University Press, 1990)で、論文「社会学の基礎概念としての意味(Meaning as Sociology's Basic Concept)」のみ、原著者からの要請により割愛されています。同論文のドイツ語版からの翻訳が佐藤嘉一訳で『批判理論と社会システム理論――ハーバーマス=ルーマン論争』(上巻、木鐸社、1984年、29-124頁)に収められています。また、ルーマンの新刊としては『社会の宗教』(土方透・森川剛光・渡曾知子・畠中茉莉子訳、法政大学出版局、2016年6月)がまもなく発売予定です。 『寛容論』ヴォルテール著、斉藤悦則訳、2016年5月、本体1,060円、346頁、ISBN978-4-334-75332-0 『ポケットマスターピース07 フローベール』ギュスターヴ・フローベール著、堀江敏幸編、菅谷憲興・菅野昭正・笠間直穂子・山崎敦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2016年4月、本体1,300円、848頁、ISBN978-4-08-761040-6 ★『寛容論』は『カンディード』(光文社古典新訳文庫、2015年)に続く斉藤さんによるヴォルテールの新訳第2弾です。凡例によれば底本は1763年に匿名で出版された、Traité sur la toléranceとその異版で、1765年に付加された章(最終章)については、1879年のガルニエ版ヴォルテール全集第25巻に拠った、とのことです。巻末には福島清紀さんによる解説「『寛容論』からの問いかけ――多様なるものの共存はいかにして可能か?」が収められています。帯文に「シャルリー・エブド事件後、フランスで大ベストセラーに」とあります。カヴァー紹介文はこうです。「カトリックとプロテスタントの対立がつづくなか、実子殺しの容疑で父親が逮捕・処刑された「カラス事件」。狂信と差別意識の絡んだこの冤罪事件にたいし、ヴォルテールは被告の名誉回復のために奔走する。理性への信頼から寛容であることの意義、美徳を説いた最も現代的な歴史的名著」。ヴォルテールは明言しています。「われわれと意見がちがうひとびとを迫害すること、また、それによってかれらの憎しみをまねくことには、はっきり言って、何のメリットもない。〔・・・〕不寛容は愚行である」(149-150頁)と。『寛容論』の入手しやすい既訳には中川信訳(中公文庫、2011年)があります。なお、今月下旬には、堀茂樹さんによる新訳『カンディード』が晶文社より発売予定とのことです。また、まもなく発売となる光文社古典新訳文庫の6月新刊ではベルクソン『笑い』(増田靖彦訳)が予告されています。 ★『ポケットマスターピース07 フローベール』は、「十一月」笠間直穂子訳、「ボヴァリー夫人(抄)」菅野昭正訳、「サランボー(抄)」笠間直穂子訳、「ブヴァールとペキュシェ(抄)」菅谷憲興訳、「書簡集」山崎敦訳を収録。解説は堀江敏幸さんによる「揺るぎない愚かさ――「フローベール集」に寄せて」。作品解題、著作目録、主要文献案内、年譜は菅谷さんが担当されています。ポケットマスターピースは全13巻で、本書でちょうど半分を折り返したことになります。続巻では、ポー、ルイス・キャロル、セルバンテスなどが気になります。 『小説の技法』ミラン・クンデラ著、西永良成訳、岩波文庫、2016年5月、本体780円、256頁、ISBN978-4-00-377002-3 『禅堂生活』鈴木大拙著、横川顕正訳、岩波文庫、2016年5月、本体900円、320頁、ISBN978-4-00-333233-7 ★『小説の技法』は、L'art du roman (Gallimard, 1986)の新訳。同書の既訳には金井裕・浅野敏夫訳『小説の精神』(法政大学出版局、1990年、品切)があります。カヴァー紹介文に曰く「セルバンテス、カフカ、プルーストなど、誰もが知っている名著名作の作者たちとその作品に言及しながら、さらには自らの創作の源泉を語りつつ、「小説とは何か」「小説はどうあるべきか」を論じるクンデラ独自の小説論。実存の発見・実存の探求としての小説の可能性を問う、知的刺激に満ちた文学入門でもある。2011年刊行の改訂版を底本とした新訳決定版」。私は本書をとある大書店で買ったのですが、1000坪以上のお店で1冊しか在庫が残っておらず、売行良好であることを目の当たりにしました。クンデラは14歳の時にカフカの長編作『城』を読んで心奪われ「眩惑された」(161頁)と告白しています。私自身が『城』を読んだのはもっと遅く高校生の時でしたが、その茫漠たる迷宮感には『審判』以上に当惑し目眩がしたのを思い出します。 ★『禅堂生活』は、鈴木大拙の英文著書The Training of the Zen Buddhist Monkの日本語訳(大蔵出版、1948年)に、随想5篇「僧堂教育論」「鹿山庵居」「洪川禅師のことども」「楞伽窟老大師の一年忌に当りて」「釈宗演師を語る」を添えて文庫化したものです。解説は横田南嶺さん、解題は小川隆さんが寄せておられます。横田さんによれば、大拙没後50年にあたり、『禅堂生活』『大乗仏教概論』『浄土系思想論』の三点が岩波文庫に入ることになった、とのことです。『大乗仏教概論』(佐々木閑訳)は今月(2016年6月)17日発売予定で、500頁を超える本のためか、本体1260円と岩波文庫にしてはややお高め。先月、今月と続く同文庫の新刊、ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』もそうですが、1000円を超える岩波文庫は着実に増えてきています。他社の学術学芸系文庫並みに高くになってきた気がするのは少し残念な気もしますが、もともと安かったわけで、仕方ないのだろうなとは思います。 +++ ★おまけ。昨年来日本でも話題を呼んでいる、ベン・マンド著『はらぺこクトゥルフむし』(Signal Fire Studios、2015年2月、ISBN 9780989410717)が再注目されているようです。いずれ日本語訳が出るとよいですね。 +++
by urag
| 2016-06-05 16:07
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