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2005年 08月 25日
本日配信した「[本]のメルマガ」25日号に寄稿した拙文を転載します。同号には当ブログにもよく遊びに来ていただいている、『心脳問題』の共著者で「哲学の劇場」サイトの共同運営者である吉川浩満さんによるエッセイ、「嫌韓節考」の第一回が掲載されています。ぜひご覧下さいませ! *** それはある種、陰惨な光景だった。とある書店の美術書売場に、高齢の白人紳士が現れた。紳士は中国美術の関連書にどんなものがあるか、女子店員に流暢な日本語で尋ねていた。紳士はいくつかの案内を聞いたあと、とある美術書のパンフレットを所望したが、あいにく店頭には在庫していなかった。 紳士は西洋美術の関連書に比べ、中国美術の本が少ないことを嘆き、あまつさえパンフレットすら入手できなかったことに腹を立て、女子店員を罵倒し始めた。出版されている関連書が少ない上に、売場もさほど揃えていないとはなにごとか。中国文化を軽視しているのではないか。日本人は中国文化を理解しようとしていない。「だから、反日デモが起こるのだ」。 売場に紳士の声が響き渡り、その他の客たちは呆れた様子で事態を注視している。女子社員はいちいち反論したり弁解したりしようとせず、神妙に紳士の怒りを受け止めていた。それは賢明な態度だったと言えるだろう。紳士は自分の怒りの高ぶりを抑えられず、頬を震わせて怒鳴り続けている。やがて彼の怒りの矛先は洋書売場に移り、今度は別の店員を捕まえて中国美術の洋書が少ないことを嘆きだす。 私が知人から聞いたのはそこまでだ。紳士はひょっとするとそのあとに歴史書売場に言って、中国史の本がどれほど陳列されているかを確認しに行ったかもしれない。いずれにせよ、女子店員を怒鳴りつける行為は、国籍にかかわらず、社会人として褒められたものではない。 客には客のマナーがあることを忘れてしまう人々がいる。神様のように振舞って、居丈高に店員を見下す。愛情を受けずに育った子供が、自分のことを大事にしてもらいたくて、他人からの対偶に過剰に反応するような、そんな感じだ。 怒りをぶつけるべきではない相手に怒りをぶつける不条理さを自覚して恥じるよりも、自分のあいまいな怒りをとにかく吐き出したい、という心理がそこにはあったかもしれない。ひどい自己中心主義だ。人生経験を多少なりとも積めば気づくことだ――書店員が自分たちの売っている本の内容については何の責任も持てないことなどは。 書店員は、より多くの客にニーズのある商品を売るのが仕事だ。どんな本を仕入れるかについて権限を持っている店員もいるが、ほとんどは自分の売る本を選べない。店の品揃えは、客との間合いでつくられるものだ。「お客が店をつくる」のだと言った書店員がいたが、おそらくそれは正しい。 自分の売る本を選べないというのは、出版社の営業マンも同じである。こんな本を作りやがって、と内心は思いつつも賢明に売る事は、当然ある。いや、日常茶飯事だ。では編集者や著者が悪いのかというと、一概にそうも言い切れない。なぜなら、彼らは世間の「ニーズ」を意識して本を書いたりつくったりするのだから(あるいはある種の本を書かなかったりつくらなかったりする)。では世間が悪いのだろうか。 白人紳士は誰に向かって怒りをぶつけるべきだったろうか。「だから反日デモが起こるのだ」という彼の結論にはどこか飛躍があるのではないか。そう感じる人は多いかもしれない。もう少し冷静であれば、書店員とのざっくばらんな会話が楽しめたかもしれないのに、彼はそうしなかった。いったい何を、彼は許したくなかったのだろうか。マナー知らずは責められるべきだが、そうすることのみでは、今回のような「摩擦」を解決するには及ばない。 自分の売る本やつくる本を選べない不自由というのは、自分の欲望や希望を本に反映させることができないということだ。そしてそれは客にしても同じで、自分の欲望や希望を反映させる本がそこにない、という不自由があるわけである。 これが市場経済のもとに生きる私たち現代人の悲劇であり喜劇である。私たちの不自由とは何か。それは端的に言って、常にすでにある種の「出来レース」の幅の中に私たち自身が「適正化」されていることだ。いわゆる「見えざる手」は単に数量的対価的適正化として市場に働くのではなく、自らの隠された合理性という実利的「信仰」のもとに、思想的文化的価値の流れをも適「正」化し統制する。 「出来レース」には幅があるので、あたかも自由がそこにあるような錯覚をしてしまうことがある。しかし実際は、私たちには「そうしたほうがいい」という数少ない選択肢が残されているだけで、その幅からはみ出すことができないよう、はなから馴らされているのだ。そして、自分や他人がはみ出してしまうときに、怒りや恐れを覚える。 私たちはいったい何に縛られているのだろうか、いったい何に抵抗しようとしているのだろうか。意識するとしないとにかかわらず、私たちは皆、否応なく「文化戦争」に巻き込まれている。そうとは知らずにある特定の思想状況の閉塞の中に追い込まれている。 不自由な私たちは、自分が書いたり、つくったり、売ったり、買ったりすることに大した社会的責任を感じてはいないが、責任がないかのように自由に振舞えると思うのは幻想に過ぎない。責任とは何か。それは、誰かを不条理に罵倒することでも、「ニーズ」に甘んじることでもない。そう私は思う。 *** 分量の都合で今回では書ききれなかったのですが、この「文化戦争」においては売ったり買ったりすることが無垢な行為ではありえず、ある種の悪書が普及することによって二番煎じや三番煎じへと連鎖していきます。その不穏な影響力について、またの機会に書きたいと考えています。(H)
by urag
| 2005-08-25 04:27
| 雑談
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