2015年 10月 24日
![]() 『ミュージック――「現代音楽」をつくった作曲家たち』ハンス・ウルリッヒ・オブリスト著、篠儀直子+内山史子+西原尚訳、フィルムアート社、2015年10月、本体2,600円、四六判並製416頁、ISBN 978-4-8459-1438-8 『知の不確実性――「史的社会科学」への誘い』イマニュエル・ウォーラーステイン著、山下範久監訳、滝口良+山下範久訳、藤原書店、2015年10月、本体2,800円、四六判上製288頁、ISBN978-4-86578-046-8 ★オブリスト『ミュージック』は発売済。原書は、A Brief History of New Music (JRP Ringier, 2013)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。キュレーターであり、インタヴューの名手オブリストが、現代音楽の巨匠たちから興味深い証言の数々を引き出しています。4章構成で「前衛音楽の作曲家たち」ではシュトックハウゼンやブーレーズらが、「電子音響音楽の誕生」ではクセナキス夫妻やポーリーン・オリヴェロスらが、「ミニマリズム&フルクサス」ではスティーヴ・ライヒやオノ・ヨーコらが、「現代の巨匠〔マスター〕たち」ではブライアン・イーノやクラフトワークらが登場します。フィルムアートさんが出版されたオブリストによるインタヴュー本は2013年の『キュレーション――「現代アート」をつくったキュレーターたち』に続いて2冊目になります。 ★いずれも興味深いインタヴューですが、たとえば日本では『ソニック・メディテーション』や『ソフトウェア・フォー・ピープル』などの著書が翻訳されているオリヴェロスにオブリストは「いつ《ディープ・リスニング》という概念を考案したのか」と直截的に尋ねていて、彼女はこう答えています。「それは、最初に入手したテープレコーダーに結びついていると言えます。それは1953年で、テープレコーダーが初めて一般消費者向けに発売された年でした。私が最初にしたことは、窓にマイクを取り付けて、そこで起こることを全て録音することでした。そのテープを聴いたときに、録音している時には気づいていなかった音がそこにあったことに気づきました。だから、その瞬間から、いつも全てに耳を傾け、いつでもどこでも自分が取り巻く音に意識を拡張し続けようと自分に言い聞かせました。これが言うなれば私のメディテーション(瞑想)で、そこから発展しました」(191頁)。インタヴューの最後には、まだ実現していないプロジェクトについての言及があります。じつに壮大なもので強い感銘を受けます。ぜひ本書現物でご確認ください。 ★オブリストのインタヴュー本にはこのほか『コールハースは語る』(2008年)や『ザハ・ハディドは語る』(2010年)、『アイ・ウェイウェイは語る』(2011年)などがありますが、ドイツの版元ヴァルター・ケーニッヒから2010年に刊行された『ハンス・ウルリッヒ・オブリスト インタビュー Volume 1 [上]』があります。J・G・バラード、スチュアート・ホール、サラ・マハラジとフランシスコ・ヴァレラ、ガブリエル・オロスコ、ジャック・ランシエール、エットーレ・ソットサス、ほか多数のインタヴューが収録されています。ドイツの版元の出版物であるために日本での流通がごく限られていたためと、アーティストブックという特殊性によって、日本語訳されている彼の本の中でももっとも入手しにくいものとなっています。 ★ウォーラーステイン『知の不確実性』は発売済。原書は、The Uncertainties of Knowledge (Temple University Press, 2004)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。帯文には「国立大学の「文系学部再編」が激震を呼ぶ今、必読の一冊!」とあります。まもなく発売となる青土社さんの月刊誌『現代思想』11月号も「大学の終焉――人文学の消滅」と題した特集を組んでおり、アクチュアルなテーマです。カバー帯文にも引かれていますが、ウォーラーステインはイリヤ・プリゴジンに捧げた本書で社会科学の近未来について次のように展望しています(読みやすくなるように改行とナンバリングを加えました)。 ★「私たちの眼前には三つのシナリオがある。 1)第一のシナリオは、社会科学が自らの重さに耐えかねて崩壊するその日までその組織を繕いつづけるというものである。思うに、これが現在の私たちが歩んでいる道だ。今後もつづく可能性はある。だがただ手をこまねいているだけというのはありそうでもないし、また説得力もない。 2)次に、社会科学者自身にかわって社会科学を再組織する「機械じかけの神」(おそらく「複数の神々」だろう)の介入があるのではないか。実際、この役割を果たす複数の候補者が存在しており、なかにはすすんでその役割を担おうとする者もいる。そうした者は教育官庁や大学行政のなかに見出される。学問的な空言を弄してその意図を隠してはいるが、こうした官僚たちの主要な関心は経費削減のための合理化にほかならない。彼らの介入によって起こりそうなことは、それぞれの組織のあいだで共通性のない別々の成果が出ることでしかなく、混乱にさらに拍車がかかることだろう。 3)実現の見込みは決して高くないが、ずっと望ましい第三のシナリオは、社会科学者自身が先頭に立って社会科学の再統一と再分割を行い、二十一世紀において知が意義ある進歩を遂げられるような、もっと知的な分業体制をつくりだすというものである。この再統一は、私たち全員が一つの任務に取り組んでいるという意識を持つことで達成されるのであり、この任務こそ私が史的社会科学と呼ぶものなのだ。この任務は、社会的現実に関する有用な説明は必然的に、「史的」(ある状況の固有性だけでなく研究対象の構造にたえず生じつづける変化を考慮にいれるという意味で)かつ「社会科学的」(長期持続の構造的説明を追求するという意味で。ただしその説明は永久不変に妥当するものではないし、またそうはありえない)となるという認識論的前提に基づいていなければならない。要するに、方法論の中心になるのは過程〔プロセス〕なのだ」(217-218頁)。 ★このくだりが胸に迫るのは、人文科学も人文書業界も状況や問題としては同様であるからでしょう。この三つのシナリオは出版界の分析と課題設定にも応用できるものですし、日本社会が対象でも応用できるでしょう。その意味では本書は広く読まれるべき本です。見通しの悪い不確実性のただ中で生きる現代人が恐怖心や臆病のためにその場で立ちすくむままにならないために、私たちがウォーラーステインの「史的社会科学」から学べることは色々ありそうです。 +++ ★このほかここ最近では以下の新刊との出会いがありました。 『「フランスかぶれ」の誕生――「明星」の時代 1900-1927』山田登世子著、藤原書店、2015年10月、本体2,400円、A5変判上製280頁、ISBN978-4-86578-047-5 『川村湊自撰集 4巻 アジア・植民地文学編』川村湊著、作品社、2015年10月、本体2,800円、46判上製420頁、ISBN978-4-86182-517-0 『自省録』李退渓著、難波征男校注、東洋文庫、2015年10月、本体3,200円、B6変判上製函入460頁、ISBN978-4-582-80864-3 『オペラの20世紀――夢のまた夢へ』長木誠司著、2015年10月、本体9,200円、A5判上製816頁、ISBN978-4-582-21972-2 『鴎外「奈良五十首」を読む』平山城児著、中公文庫、2015年10月、本体1,000円、文庫判304頁、ISBN978-4-12-206185-9 『沖縄現代史――米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで』櫻澤誠著、中公新書、2015年10月、本体920円、新書判384頁、ISBN978-4-12-102342-1 ★『川村湊自撰集 4巻 アジア・植民地文学編』は全5巻中の第4回配本。最終巻となる第5巻「民俗・信仰・紀行編」は来年1月刊行予定とのことです。
by urag
| 2015-10-24 20:16
| 本のコンシェルジュ
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