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2015年 10月 18日

注目新刊:エーコ編著『異世界の書』、ほか

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異世界の書――幻想領国地誌集成』ウンベルト・エーコ編著、三谷武司訳、東洋書林、2015年10月、本体9,500円、B5変型判上製480頁、ISBN978-4-88721-821-5
『セルバンテス』パウル・シェーアバルト著、垂野創一郎訳、沖積舎、2015年9月、本体2,500円、A5判並製104頁、ISBN978-4-8060-3072-0
ヘーゲルと国家』フランツ・ローゼンツヴァイク著、村岡晋一・橋本由美子訳、作品社、2015年10月、本体6,000円、A5判上製564頁、ISBN978-4-86182-542-2
シュレーバー回想録』D・P・シュレーバー著、尾川浩・金関猛訳、中公クラシックス、2015年10月、本体3,200円、新書判並製616頁、ISBN978-4-12-160160-5
ある神経病者の回想録』ダニエル・パウル・シュレーバー著、渡辺哲夫訳、講談社学術文庫、2015年10月、本体1,500円、A6判並製632頁、ISBN978-4-06-292326-2
からだ・こころ・生命』木村敏著、講談社学術文庫、2015年10月、本体600円、A6判並製128頁、ISBN978-4-06-292324-8
事件!――哲学とは何か』スラヴォイ・ジジェク著、鈴木晶訳、河出書房新社、2015年10月、本体1,500円、B6判並製224頁、ISBN978-4-309-62487-7
書籍文化とその基底』若尾政希編、平凡社、2015年10月、本体3,200円、4-6判上製360頁、ISBN978-4-582-40293-3

★エーコ編著『異世界の書』はまもなく発売(10月19日取次搬入予定)。原書は、Storia delle terre e dei luoghi leggendari (Bompiani, 2013)です。目次詳細は書名のリンク先で「詳細はこちら」をクリックしてご覧ください。西洋文明の想像力が生み出した様々な実在しない土地をめぐって、ギリシア・ラテンの古典から近現代の作品まで実に豊富な典籍を渉猟した、エーコの案内と作品の膨大な引用が織りなす一大アンソロジーです。エーコの芸術史三部作『美の歴史』『醜の歴史』『芸術の蒐集』に続く、オールカラー図版に溢れた大判の大冊。アトランティスもエルドラドもシャンバラももちろん取り上げられます。トマス・モアのユートピアも、カンパネッラの太陽の都も、ガリヴァー旅行記のフウイヌムも当然扱われています。この星の隠れた架空の場所を愛してやまない読者にとってはまたとない土地台帳であり、旅行の記録であり、〈一冊に折りたたまれた図書館〉であり、魅惑の源泉となるコーパスです。クリエイターさん必携の書、といったところでしょうか。2015年に刊行された人文書の中でも岩波書店の『ケルズの書』と並んで出色の一冊と言えます。

★シェーアバルト『セルバンテス』は発売済。原書は訳者あとがきによれば、「評伝叢書「ディー・ディヒトゥング」の第八巻として、ドイツのシュスター&レフラー社から1904年に刊行」されたとのことです。シェーアバルト自身による「まえがき」には、本作を『ドン・キホーテ』全4巻に倣い4部構成(正確に言うと4つの四半分)にしたこと、各部では章番号の代わりにCERVANTESの各アルファベットの飾り文字を用いたことが特記されています。飾り文字を手掛けたのがハインリヒ・フォーゲラーで、各部の合間に置かれた全3点の挿画はギュスターヴ・ドレによるものです。夢の世界に入り込んだと言うべきか、主人公の希望によって冥土から呼び寄せられたドン・キホーテとサンチョとセルバンテス(!)は巨大化したロシナンテに乗って登場し、主人公は彼らとともに冒険に出掛けます。36時間の旅の果て、主人公は地上に留まり冥土の三人はロシナンテとともにあの世に帰ります。訳者あとがきには「多彩繚乱たるシェーアバルト作品という玩具箱には、まだまだ珍品が埋もれています」とあります。原書では作品が11巻もの全集にまとめられ、批評をまとめた3巻本も現在ではあるそうですから、シェーアバルトの復権が日本でもますます進むといいなと思います。

★ローゼンツヴァイク『ヘーゲルと国家』は10月16日取次搬入済。書店での店頭発売は順次始まるものと思われます。原書は、Hegel und der Staat (Oldenbourg Verlag, 1920)です。2010年のズーアカンプ社ポケット版に付されたアクセル・ホネットによる「あとがき」と、フランク・ラッハマンによる「編集後記」も巻末に訳出されています。ローゼンツヴァイク(Franz Rosenzweig, 1886-1929)の訳書にはこれまでに、『救済の星』(村岡晋一・細見和之・小須田健訳、みすず書房、2009年)と『健康な悟性と病的な悟性』(村岡晋一訳、作品社、2011年)があります。今回の新刊も含め、すべてに村岡さんが関わっておられます。『救済の星』(原著1921年刊)の前年に刊行された本書『ヘーゲルと国家』は2部13章構成で、第一部「人生の諸段階(1700~1806)」は「序論」「シュトゥットガルト」「テュービンゲン」「ベルン」「二つの政治的著作」「フランクフルト」「イエナ(1803年まで)」「イエナ(1804年以後)」の8章から成り、第二部「世界的転換期(1801~1831)」は「ナポレオン」「王政復古」「プロイセン」「七月革命」「結語」の5章で構成されています。それらに先立つ「序文」でローゼンツヴァイクは、先行する3つのヘーゲル伝(ローゼンクランツ『ヘーゲル伝』みすず書房、ハイム『ヘーゲルとその時代』未訳、ディルタイ『ヘーゲルの青年時代』以文社/法政大学出版局など)に論究しつつ、自著の執筆動機にマイネッケ『世界市民主義と国民国家』(岩波オンデマンドブックス)からの刺激があったことを明かし、自著の目的を次のように書いています。ヘーゲルの「国家思想の生成過程をその思想家の生涯をつうじて追跡することで、その思想をいわば読者の目の前で解体し、それによって内的にも外的にももっと広々としたドイツの未来への展望を開くつもりでいた」(9~10頁)。「つもりでいた」という影が差した表現になっているのは第一次世界大戦によるもの。顧みられることが不当に少なかった幻の書の完訳は感動ものです。

★シュレーバー『ある神経病者の回想録』と『シュレーバー回想録』とはともに発売済。それぞれ親本は前者が筑摩書房の単行本(1990年11月刊)、後者は平凡社の単行本(1991年1月刊)およびライブラリー(2002年刊)でした。これほどの奇書にして古典的な作品が親本ではごく短期間に2種類も刊行されたということが当時は衝撃的なことでした。文庫化もほぼ同時(前者が10月9日、後者が10日発売)というのは何か運命的なものを感じます(異なる大版元が刊行を示し合わせるというのは存外に難しいことで、不可能に近いはずです)。『ある神経病者の回想録』は巻末の「学術文庫版あとがき」によれば「可能なかぎり訳文を磨き上げた」とのことです。『シュレーバー回想録』は平凡社ライブラリー版を加筆改訳したもので、ライブラリー版にあった訳者あとがき、石澤誠一さんによる解題、同じく石澤さんによる平凡社ライブラリー版あとがきの三篇は含まれず、その代わり巻頭に金関さんによる導入文「理性は狂気の一形態なのか?」が収められています。それぞれの親本の担当編集者(筑摩書房版は熊沢敏之さん、平凡社版は故・二宮隆洋さん)と、文庫化の担当編集者(講談社版は互盛央さん、中公版は不詳)に敬意を表し、単行本の時のように今回も2冊同時に購読したいものです。

★木村敏『からだ・こころ・生命』は発売済。親本は1997年刊の河合ブックレットです。「心身相関と間主観性」「人間学的医学における生と死」という二つの講演原稿で構成され、巻末にはブックレット版同様に、野家啓一さんによる解説「生と死のアクチュアリティ」が収められています。「学者の業績を評価する尺度の一つに「被引用度」と呼ばれる指標がある。〔・・・〕わが国で書かれる哲学論文をもとに他分野の学者の被引用度を調査すれば、精神医学者の木村敏さんがトップクラスに位置するであろうことは間違いない」という野家さんの評価は当時私の心に深く刻まれた言葉でした。本書は木村さんの文庫本の中でも一番コンパクトなものなので親しみやすいのではないかと思われます。巻頭の「学術文庫版まえがき」では、「これを書いているいま現在も、京都と名古屋の二箇所で定期的にヴァイツゼカーの著書の読書会をもっていて、元気さえ続けば翻訳出版も考えている」(6頁)と書かれておられます。木村さんが『ゲシュタルトクライス』『パトゾフィー』『生命と主体』『病いと人』、そしてほかならぬ講談社学術文庫では『病院論研究』を上梓されていることは周知の通りです。

★このほか今月の講談社学術文庫の新刊には講談社さんのシリーズからのスイッチで、熊野純彦さんの『再発見 日本の哲学 埴谷雄高――夢みるカント』や、現代新書からのスイッチで小泉義之さんの『ドゥルーズの哲学――生命・自然・未来のために』などがあります。来月の新刊では菅野覚明さんの『再発見 日本の哲学 吉本隆明――詩人の叡智』が出る予定で、「再発見 日本の哲学」シリーズは大森荘蔵、廣松渉、和辻哲郎、そして今月の埴谷雄高、と次々に文庫化されています。

★ジジェク『事件!』は発売済。原書は、Event (Penguin Books, 2014)です。巻頭には日本語版序文「日本的事件とは」が収められています。この序文の後半では「もっと日本独特の特性」として三つの出来事が取り上げられており、ガジェット(本書の言い回しでは「珍道具」)、鎖国、Fukushimaを掲げています。Fukushimaへの言及はさほど驚かないにしても、江戸時代の鎖国に論及したことには強い関心を覚えます(ジジェクが曽利文彦監督の2007年映画作品『ベクシル』を見たら何と言うでしょうか)。それはジジェクが本書の最後の方で書いている次のような文章に出会う時、一種異様な予感を催させるものです。「深刻に危機的な状況において何よりも必要なのは真の分裂、つまり古い枠組みの中に留まりたい人びとと、変革の必要性に気付いている人びととの分裂である。楽観的な妥協などではなく、そうした分裂こそが、真の統一への唯一の道なのである」(194頁)。これに続く文章はさらに戦慄を覚えさせるものですが、ジジェクはおそらく読者をからかうために書いているのではありません。社会状況がそう思わせるのか、『事件!』には日本の「今」に突き刺さる言葉があります。ひょっとしたら今日ほど日本人にとってジジェクに近づきやすくなっている時はなかったかもしれません。

★若尾政希編『書籍文化とその基底』はまもなく発売(10月23日発売予定)。「シリーズ〈本の文化史〉」第3弾。編者の若尾さんによる総論「書籍文化とその基底」を巻頭に置き、以下の9本の論考を収録しています。岩坪充雄「本の文化と文字環境」、若尾政希「近世日本の読書環境・流通環境」、梅村佳代「近世における民衆の手習いと読書――子どもの「器量」形成を中心として」、八鍬友広「往来物と書式文例集――「文書社会」のためのツール」、佐藤宏之「実録のながれ――「越後騒動」と歴史・記憶・メディア」、岩橋清美「歴史叙述と読書」、小池淳一「読書と民俗」、鈴木理恵「近世後期の教育環境としての漢学塾――咸宜園とその系譜塾」、和田敦彦「近代における書物の流通環境・読書環境の変容」。それぞれ非常に興味深い内容ですが、若尾さんと和田さんが取り上げている近世・近代における書籍の「流通史」は業界人必読かと思われます。

by urag | 2015-10-18 23:36 | 本のコンシェルジュ | Comments(0)


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