2015年 10月 04日
![]() 『「エクリ」を読む――文字に添って』ブルース・フィンク著、上尾真道・小倉拓也・渋谷亮訳、人文書院、2015年9月、本体4,500円、A5判上製286頁、ISBN978-4-409-33052-4 『日本史学』保立道久著、人文書院、2015年9月、本体1,900円、4-6判並製200頁、ISBN978-4-409-00112-7 ★『「エクリ」を読む』は発売済。原書は、Lacan to the Letter: Reading Écrits Closely (University of Minnesota)です。帯文に曰く「ラカン『エクリ』(1966年)の初めての完全版英訳者ブルース・フィンクによる、忠実な読解。シニフィアン連鎖を扱った「無意識における文字の審級」、欲望論「主体の転覆」など、ラカンの代表的論文、概念が明晰な読解で甦る」。版元サイトでは目次が公開されているほか、序をPDFで読むことができます。フィンクは読解の二つの方針をこう述べています。一つ目は「ラカンを文字どおりに受け取る。つまり、多くの場合ラカンは自分が言いたいことをはっきり述べている(つまり、彼が語っていることを把握するために別のところをいつも探し回らなくてもよい)、そのように信じる、あるいは賭ける」。二つ目は「私は、彼が用いる特殊な言葉や表現が、彼が言わんとしていることの理解と無関係ではないと思っている。このような考えから私は、彼のテクストの「文字性 literality」と呼びうるもの、すなわちテクストの文字的性質と文学的性質を強調している」。 ★ラカンについての入門書や研究書は色々あって、当然のことながらそこで取り上げられるのは『エクリ』であり『セミネール』であるわけなのですけれども、上記のフィンクの方針は彼自身の反省(理論装置を注釈することばかりに気をとられるのではなく、テクストを詳細に説明しようという努力)の明確さゆえに、彼の既訳書(『ラカン派精神分析入門』『精神分析の基礎』『後期ラカン入門』)の中でも特に注目が集まるのではないかと思われます。本書の第6章「テクストの外で――知と享楽:セミネール第20巻の注釈」は、未訳のセミネール『アンコール』を扱ったもの。『アンコール』はいずれ岩波書店から刊行されることと思われますが、日本語で読める解説書としては、一昨年、佐々木孝次・荒谷大輔・小長野航太・林行秀著『ラカン『アンコール』解説』(せりか書房、2013年8月)が刊行されています。 ★また『エクリ』をめぐっては、その中核をなす論考の新訳が以下の通り今冬に刊行されています。ジャック・ラカン『精神分析における話と言語活動の機能と領野――ローマ大学心理学研究所において行われたローマ会議での報告 1953年9月26日・27日』(新宮一成訳、弘文堂、2015年2月、本体4,000円、A5判上製192頁、ISBN978-4-335-15048-7)。この論考は『エクリ』第1巻に竹内迪也訳で「精神分析における言葉〔パロール〕と言語活動〔ランガージュ〕の機能と領野」(弘文堂、1972年、321~445頁)として収められています。 ★さらに今月は、次の2冊の新刊が出ます。佐々木孝次訳注『ラカン「レトゥルディ」読解――《大意》と《評釈》』(せりか書房、2015年10月、本体5,400円、A5判375頁、ISBN978-4-7967-0346-8)は10月8日取次搬入、ラカンのセミネール第8巻『転移(上)』(ジャック=アラン・ミレール編、小出浩之・鈴木國文・菅原誠一訳、岩波書店、2015年10月、本体5,200円、A5判上製312頁、ISBN978-4-00-024051-2)は10月27日発売予定です。前者は雑誌広告によれば「『エクリ』以降に執筆した最も長い、唯一の論考である『レトゥルディ』――テキストの原文を掲げ、平易に翻訳し、詳しく解説した本書は、ラカンの精神分析の理論と実践の現場での生きた息吹を伝える必読書」とのこと。後者は版元サイトに曰く「セミネール第8巻の本書において、いよいよ精神分析の根幹的現象「転移」にラカンは足を踏み入れる。プラトン『饗宴』の斬新な新解釈を通じて、愛を、自他の織りなす欲望の乱反射として捉え返すラカンの言葉は、中期ラカンに到る重要なターニングポイントをなすとともに、現代を覆う生の困難に鋭く風穴を穿つ。全2冊」と。フィンクの本を含め新刊が3冊続き、さながら《ラカン祭》といったところです。 ★人文書院さんではまもなく、「ブックガイドシリーズ 基本の30冊」の最新刊として、保立道久さんによる『日本史学』が発売されます。10月8日取次搬入予定。帯文に曰く「考古学から現代史まで、時代と分野を越えた画期的ガイド」と。取り上げられる書目を記した目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。このシリーズはそれぞれの分野を学びたい一般読者にとって有益であるだけでなく、書店員さんにとっても棚を作る上で参考になると思います。 『グノーシスと古代末期の精神 第一部 神話論的グノーシス』ハンス・ヨナス著、大貫隆訳、ぷねうま舎、2015年9月、本体6,800円、A5判上製566頁、ISBN978-4-906791-49-1 『にもかかわらず 1900-1930』アドルフ・ロース著、鈴木了二・中谷礼仁監修、加藤淳訳、みすず書房、2015年9月、本体4,800円、A5判上製336頁、ISBN978-4-622-07887-6 『未来テクノロジーの設計図 ニコラ・テスラの[完全技術]解説書――高電圧高周波交流電源と無線電力輸送のすべて』ニコラ・テスラ著、井口和基訳・解説、ヒカルランド、2015年9月、本体2,500円、四六判上製334頁、ISBN978-4-86471-310-8 『迷子たちの街』パトリック・モディアノ著、平中悠一訳、作品社、2015年9月、本体1,900円、46判上製216頁、ISBN978-4-86182-551-4 ★『グノーシスと古代末期の精神 第一部 神話論的グノーシス』は発売済。原書は、Gnosis und spätantiker Geistです。訳者あとがきが今月中旬刊行予定である第二部末尾に付されるため底本情報が確認できませんが、1934年の初版本へのルドルフ・ブルトマンによるまえがきや、第二版(1954年)と第三版(1964年)への著者自身によるまえがきが訳出されています。なお第三版の原書に付されている索引は本訳書では省略されています。細かい字の二段組で500頁以上ある大冊なので、やむをえないでしょう。本書の姉妹編とも子孫とも言うべき1958年のThe Gnostic Religion: The Message of the Alien God & the Beginnings of Christianityは、1964年の第二版(改訂版)が『グノーシスの宗教――異邦の神の福音とキリスト教の端緒』(秋山さと子・入江良平訳、人文書院、1986年、現在品切)として訳されており、こちらには巻末に固有名詞索引が付されています。 ★『にもかかわらず 1900-1930』は発売済。原書は、Trotzdem: 1900-1930 (Brenner, 1939)です。「本書は30歳から60歳にかけてこれらメディア〔日刊紙や雑誌〕で書き綴られた論考31篇(うち本邦初訳は14篇)を収録しており、建築家として日の目を見はじめた時期から、社会で一挙手一投足が注目され、後進の育成にも力を入れた黄金期、ともに熱い時代を駆け抜けた有名無名の同志たちを看取った晩年までのロースの全体像があますところなく伝わる著作である」と訳者あとがきで紹介されています。造本は羽良多平吉さん。訳者あとがきや監修者の中谷さんによる解題では明記されていませんが、訳者、監修者、デザイナーのこの組み合わせから察するに、本書は昨夏に出版活動を停止した編集出版組織体アセテートによる『アドルフ・ロース著作集』の後継企画であると見ていいと思います。贅沢を言えば、書斎で並べて満足するにはアセテート版『アドルフ・ロース著作集(1)虚空へ向けて』(アドルフ・ロース著、加藤淳訳、鈴木了二・中谷礼仁監修、編集出版組織体アセテート、2012年4月、本体2,800円、A5変型判並製314頁、ISBN978-4-902539-21-9)の装丁をほとんどそのまま踏襲してもらうのが一番良かったのですけれども・・・まあこれは嗜好の問題で私はアセテート版のような軽装が好きだったのです(むろん、みすず版も素敵で、カヴァーを脱がせても素晴らしいです)。なお、『にもかかわらず』と内容的に重なる部分が多い既訳書にロングセラーの『装飾と犯罪――建築・文化論集』(伊藤哲夫訳、中央公論美術出版、2005年;新装普及版2011年;改題増補改訂前の初版は『装飾と罪悪――建築・文化論集』1987年)があるのは周知の通りです。 ★『ニコラ・テスラの[完全技術]解説書』は発売済。電気自動車メーカーの社名にも採用されて近年ますます人口に膾炙した感のある「テスラ」ですけれども、その天才ぶりの割には訳書は多くありません。私の知る限りで言えば、1891年の論文の翻訳「単極発電機に関するノート」(多湖敬彦訳編『未知のエネルギーフィールド』所収、世論時報社、1992年、29~38頁)、『わが発明(My Invention)』(1919年)の訳書『テスラ自伝――わが発明と生涯』(新戸雅章監訳、テスラ研究所、2003年;改訂第二版2009年)、『わが発明』新訳と『増大する人類エネルギーの問題』(1900年)の初訳をカップリングした『ニコラ・テスラ 秘密の告白』(宮本寿代訳、成甲書房、2013年)があるだけだったかと思います(新戸さんによる翻訳と研究を含む『ニコラ・テスラ研究』創刊号は未刊のようです)。今回の新刊で訳されたのは、ロンドンでの1892年の実演講義「高電圧高周波の交流を用いた実験」の講義録と、1904年の論文「電線を用いない電気エネルギー伝達」です。いずれの訳書も理工書版元が刊行したものではないため、色眼鏡で見る向きもあるのかもしれませんが、特定分野の翻訳出版は時として専門書版元ではなしえない場合がままあることを読書人なら知っているものです。好みはしばらく措いて接するのが肝要で、そこに読書という自由の醍醐味があるわけです。 ★『迷子たちの街』は発売済。原書は、Quartier perdu (Gallimard, 1984)です。2014年にノーベル文学賞を受賞してから、パトリック・モディアノの訳書は例年に増してさかんに出版されています。2015年には1月に『廃墟に咲く花』(根岸純訳、キノブックス;パロル舎、1999年)と『嫌なことは後まわし』(根岸純訳、キノブックス)が刊行され、2月には『地平線』(小谷奈津子訳、水声社)、5月には『あなたがこの辺りで迷わないように』(余田安広訳、水声社)、そして9月には本書という風に続いています。帯文に曰く「ミステリ作家の「僕」が訪れた20年ぶりの故郷・パリに、封印された過去。息詰まる暑さの街に《亡霊たち》とのデッドヒートが今はじまる――」。作家でもある訳者の平中さんは「初読後には、まずチャンドラーの『長いお別れ』のような翻訳をじつは思い描いたのだが、結局訳していくなかで、意外にサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』にも一脈通じるイノセンスの問題が前面に出ているようにも感じた」と巻末のノートで感想を述べておられます。
by urag
| 2015-10-04 23:16
| 本のコンシェルジュ
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