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URGT-B(ウラゲツブログ)

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2015年 09月 29日

備忘録(2)

◆9月29日16時現在。

「読売新聞」2015年9月29日付記事「「春樹本」で好評、直接仕入れ拡大へ…紀伊国屋」に注目。無料で読める部分の記事では、「村上春樹氏の新刊本の9割を出版社から直接仕入れる異例の取り組みが好評」なので、「出版社からの本の直接仕入れの拡大に乗り出す方針」であるというのがポイントです。この「好評」というのがどこからの評価なのかが気になります。

より興味深いのは記事の続きです。この記事は、読売記者の山内竜介さんが紀伊國屋書店の高井昌史社長に直接取材したものです。続きを読むには有料会員登録するか、紙媒体を買うなどするしかないのでそのままそっくり引用するわけにはいきませんが、社長の発言でいくつか目に留まったポイントがあるので列記します。

まず「返品はできないが、リスクを取らないと新しいことはできない。(他の書店からも)非常に好評だ」と。リスクを取らないと新しいことができないというご発言に共感を覚えます。ただし、他書店からも好評かどうかという点については、どの書店の誰から好評を得たのかというのが曖昧なままなのが少し残念です。少なくとも私自身は痛烈な批判なら直接聞いたことがあります。

次に「(返品ができる)委託販売制度は、金属疲労を起こしている」と。この部分は重要で、出版業界はこの問題を今後ますます掘り下げざるをえないでしょう。高い返品率というムダをなくすためにも「流通ルートはいくつかの選択肢があるべき」というのが社長のご意見のようです。その選択肢であり解決策のひとつが版元との直取引であると。

最後に「ほかの出版社から、うちも考えたいという話が来ている」と。複数の出版社から低正味買切の直取引の打診があるということでしょう。これは春樹本発売前に日経新聞でも示唆されていたことなので驚きませんが、DNP傘下書店との連携による買取もいよいよ「実証実験」に入っていくと予告されています。

アマゾン・ジャパンもまた出版社との直取引数を拡大しようとこのところ積極姿勢を強めていることは先日書きました。しかしアマゾンと紀伊國屋書店では直取引のポイントがかなり異なります。アマゾンはその巨大な物流網を武器に、他品種を少量ずつ切れ目なく在庫する「ロングテール」戦略に特徴があります。アマゾンのこれまでのロジックから言えば、いくら現金を持っていても一商品を大量に買い取るというのはネット書店として合理的ではありません。アマゾンが紀伊國屋書店に対抗して春樹本の次回作を買い占めるなどということは業界人にとっては想像しにくいです。

一方、紀伊國屋書店はリアル書店であって、「ロングテール」を選ぼうにも限界があります。そのため、アマゾンとは逆を張って「ベストセラー」戦略を選んだのでしょう。つまり、品揃えでは対抗しがたい部分がどうしてもあるけれど、特定の品目についてはアマゾンを出し抜くことができるというわけです。さらに言えばこの戦略は、高井社長が外商ご出身であるからこそ決断しえたのではないかとも思えます。店売経験が長い方では、初版の9割を買い取るという発想はしにくいのではないでしょうか。初版部数から算定してウチの店ではこれくらいの冊数が売れるだろう、という計算から、個人客を相手に着実に販売冊数を刻んでいく仕事の積み重ねが店売の領分です。他方、外商は店売より遥かに金額が大きい取引案件を扱うことがあり、上得意の個人客や法人が商売相手ですから、勝負の勘所が店売のそれとは違うわけです。

紀伊國屋書店とアマゾンはこのように戦略が異なるので、今後注目すべきなのは、出版社がどちらをより魅力的な取引先と考えるのか、という点です。大半の出版社はベストセラーとは無縁なので、紀伊國屋書店が買い取りたくなるような商品は持ち合わせていません。しかし、ベストセラーとは無縁の出版社がアマゾンを選ぶかと言えば必ずしもそうとは言い切れないでしょう。アマゾンの現状の直取引条件に乗れるのは刊行点数や稼働点数が多くて、大量の送品が日常的になるであろう版元に限られます。点数が少なく、販売量もさほど多いとはいえない出版社は、取次経由での取引で充分であり、取次外しのメリットはさほど享受できないでしょう。

ただし、取次外しには乗りようがないとしても、返品可能な委託制度自体の是非を問うことは避けられないと思われます。避けられはしないものの、かと言って全体としては買切制(責任販売制)にも移行はしにくい。買切制にするなら価格決定権を書店さんに譲るべき、というのが私の個人的意見ですが、自由価格になれば必然的に価格破壊(あるいは逆に価格高騰)も起こりえるわけで(アマゾン・マーケットプレイスのような値動き)、再販制(再販売価格維持制度)は瓦解しかねないのかもしれません。そうしたリスクがあるとはいえ、再販制を維持しつつ、非再販(自由価格)の対象商品を広げるというのは当面の試みとしてありうるのでは、と予感しています。

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by urag | 2015-09-29 17:24 | 雑談 | Comments(0)


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