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2015年 08月 30日
![]() 『サボタージュ・マニュアル――諜報活動が照らす組織経営の本質』米国戦略諜報局(OSS)著、越智啓太監訳・解説、国重浩一訳、北大路書房、2015年7月、本体1,400円、四六判並製128頁、ISBN978-4-7628-2899-7 『グリフィス版 孫子 戦争の技術』サミュエル・ブレア・グリフィス著、漆嶋稔訳、日経BPクラシックス、2014年9月、本体2,700円、A4変型判上製468頁、ISBN978-4-8222-5041-6 『中世後期のドイツ民間信仰――伝説〔ザーゲ〕の歴史民俗学』ヴィル-エーリヒ・ポイカート著、中山けい子訳、三元社、2014年10月、本体 2,800円、四六判並製356頁、ISBN978-4-88303-362-1 『ヒトラーの呪縛――日本ナチカル研究序説(上下)』佐藤卓己編著、中公文庫、2015年6月、本体各1,000円、文庫判各432頁、ISBN978-4-12-206134-7/978-4-12-206135-4 ★今回は既刊書からいくつかご紹介します。『サボタージュ・マニュアル』は版元紹介文に曰く「CIAの前身組織が作成した「組織をうまくまわらなくさせる」ためのスパイマニュアル。「鍵穴に木片を詰まらせよ」といった些細な悪戯から、「規則を隅々まで適用せよ」「重要な仕事をするときには会議を開け」まで、数々の戦術を指南。マネジメントの本質を逆説的に学べる、心理学の視点からの解説付き」。目次は書名のリンク先をご覧ください。前半が解説、後半がマニュアルです。マニュアルはOSSが1944年に作成した極秘文書であり、近年機密解除されて読めるようになったものです。プロのエージェントではなく一般市民でも可能な妨害工作や嫌がらせの数々が、枢軸国内でのレジスタンスの手法として列挙されています。大半は物理的な破壊活動の指南なのですが、中には「組織や生産に対する一般的な妨害」や「士気を下げ、混乱を引き起こすための一般的な工夫」という項目があって、カフカ的世界観というか、お役所仕事や国会を思わせるような回りくどい意図的な堂々巡りの戦術が開陳されており、これが実にブラックで、現実社会のパロディだろうかと思えるほどです。人間が組織を回す限り、このマニュアルはこれからも長らく実用的であり続けるでしょう。 ★『グリフィス版 孫子 戦争の技術』は昨秋の既刊書ですが、『サボタージュ・マニュアル』を読まれた方にはぜひ併読をお薦めしたい一冊です。諜報活動を論じた「用間篇」の巧みさをはじめ、鋭い人間理解に基づいた思想と戦術の数々は興味深いものばかりで、今なお古びないいわば《原理》論として読むことができます。孫子の現代語訳は色々ありますけれども、20世紀に米国軍人によって「ジ・アート・オヴ・ウォー(戦争の技術)」として再度見出された孫子は、この古典を読み直すための異なるアプローチを読者に与えてくれます。序文はリデル=ハートが書いており、グリフィス版を読んだこの戦略家の感動が読み手にも伝わってくる気がします。「この短編には、私が20冊以上の本を書いても論じられないほど多くの戦略や戦術の原理が説かれている〔・・・〕。要するに、『孫子』は、戦争論に関する簡明かつ最高の入門書であるだけでなく、研究を深めるほどに座右の書として手放せなくなる一冊なのだ」と絶賛しています。本文の翻訳に入る前の各種の解説も全体としては長いものでありながら飽きさせません。近隣国との緊張関係が続くこんにち、もっとも注目されていい既刊書のひとつですし、ビジネスシーンにフィードバックすることが可能な哲学的古典であるとも言えます。 ★『グリフィス版』とほぼ同じ時期に刊行された既刊書『中世後期のドイツ民間信仰』は、ドイツ民俗学の大家であり、パラケルスス、ベーメ、フランクなど神秘哲学の研究者でもあるポイカート(Will-Erich Peuckert, 1895-1969)が1942年に公刊した代表的著作の、待望の翻訳です。帯文に曰く「西暦1500年前後は、農民的文化と市民的文化が相克する時代であり、重大かつ決定的な変化が起きた時代である。伝説に登場する表象、動物のデーモン、巨人、森に棲む怪人、家精、元素の精などは、興隆する市民の文化の影響を受けて大きく変化する。本書は、伝説を史料として民衆の俗信の変化、表象の変容を、歴史民俗学、精神史や民衆史の観点から描き出した画期的試みである」。ポイカートの名前を知っている読者には多くを語る必要はないと思いますが、初めて聞くという方々の中には、書名や帯文に硬くて地味な印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。ヨーロッパの古い時代の怪物や妖精や悪魔に興味がある読者なら終始楽しめる内容ですし、トリテミウス、ピクトリウス、アグリッパのデーモン観の紹介もさほど長くはないですがありますよ、と言えば、ぴんと来る方もおられるでしょう。これを期にポイカートの古典がさらに翻訳されるといいのですが・・・。 ★『ヒトラーの呪縛』は同名の親本(飛鳥新社、2000年)を増補改訂して文庫化したものです。版元紹介文はこうです。上巻は「総統は日本で勝利した?! 日本のカルチャー、サブカルチャーにかくも浸透しているナチスの「文化」。メディア、海外冒険小説、映画、ロック、プラモデルまで」。下巻は「日本は異常なのか。繰り返し取り上げられ、利用されるナチスのイメージ。コミック・アニメ、小説、架空戦記、トンデモ本、インターネットまで。データ付き」。戦後日本の大衆文化におけるナチズムという記号の受容を多角的に分析した本書の興味深さは親本刊行から15年を経たこんにち、いっそうの重要性を伴って現代人に迫ります。上下本を左右に並べてみると、カヴァーにハーケンクロイツが通行止めの標識に封印されている絵が完成します。2冊一緒に平積みすると視覚的効果が得られる、というデザインです。ヒトラーやナチスの表象がいかに広範囲に浸透しているか、ひたすら実例を列記し、次々に現れる流行やその変遷を考察する本書は、ヒトラーの実像や虚像を越えて日本人のメンタリティのありように迫る痛烈な実測記になっています。過去と現在の呪縛がどこへどう繋がっているのかを連想しながら読むと、読者はしばしばそのネットワークに慄然とするのではないかと思います。 ★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。 『サミュエル・ジョンソンが怒っている』リディア・デイヴィス著、岸本佐知子訳、作品社、2015年8月、本体1,900円、46判上製248頁、ISBN978-4-86182-548-4 『ロンドン日本人村を作った男――謎の興行師タナカー・ブヒクロサン 1839-94』小山騰著、藤原書店、2015年8月、本体3,600円、四六上製368頁、ISBN978-4-86578-038-3 『女が女になること』三砂ちづる著、藤原書店、2015年8月、本体2,200円、四六上製256頁、ISBN978-4-86578-037-6 『逞しきリベラリストとその批判者たち――井上達夫の法哲学』瀧川裕英・大屋雄裕・谷口功一編、ナカニシヤ出版、2015年8月、本体3,000円、A5判上製328頁、ISBN978-4-7795-0978-0 『日本の社会政策 改訂版』久本憲夫著、ナカニシヤ出版、2015年8月、本体3,200円、A5判並製368頁、ISBN978-4-7795-0977-3 ★『サミュエル・ジョンソンが怒っている』は発売済。フローベール、プルースト、ビュトール、ブランショ、レリスなどの優れた翻訳家としても知られる米国の作家の三番目の短編集、Samuel Johnson Is Indignant (McSweeney's, 2001)です。56編の作品を収録。短いものは1行というシンプルさ。表題作「サミュエル・ジョンソンが怒っている――」も1行です。曰く「スコットランドには樹というものがまるでない」(58頁)。訳者あとがきではこう解説されています。「『サミュエル・ジョンソン伝』で知られるボズウェルの日記の中の一文を二つに区切って、前半をタイトルに、後半を本文にしたものだ。〔・・・〕作家の手で切り取られ、小説として置かれなおしたそれは、もはや元の文とは別の命を獲得している」(239頁)。著者はとあるインタヴューで自らの短編についてこう発言しているそうです。「私は自分の短い小説が、ある種の爆発のように、読み手の頭の中で大きく膨らむものであってほしいと願っているのです」と。余韻のある読書が楽しめる本で、通勤通学時間があまり長くない方、あるいはあまり長いものを読みたくない方にお薦めします。個人的には「いちねんせい・しゅう字のれんしゅう」が後を引きました。 ★藤原書店さんの新刊2点『ロンドン日本人村を作った男』『女が女になること』は発売済。前者は帯文に曰く「1859年、幕末の混乱渦中に日本に来航し、英・仏の駐日領事館通訳として雇われるも、欧米で注目を集める「軽業見世物」の興行師に転身し、日本人一座を率いて世界各地で公演、ついに1885年ロンドン「日本人村」を仕掛けた謎のオランダ人の正体とは? もう一つの“ジャポニスム”=軽業見世物興行を通じて、19世紀後半の日英関係史に迫る」というたいへん興味深い内容の歴史書です。「本書は海外で“日本”を“見世物”にしたタナカー・ブヒクロサン(フレデリック・ブレックマン)の物語である」(23頁)。ドラマ化されてもおかしくない面白さです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者はケンブリッジ大学図書館日本部長をお務めで(ほどなく定年退職されるご様子です)、数多くの著書があります。 ★『女が女になること』は季刊誌「環」での連載「生の原基としての母性」(50号:2012年秋~60号:2015年冬、全10回)に加筆修正したもの。「この本は、女たちの祈りと家でのはたらきと、性と生殖を担う役割をどうすれば肯定的に取り戻せるか、ということを、女性のからだを通じて経験することから考え始められないか、という試みであった。月経、妊娠、出産、子どもを育てること。それら、女性がからだをもって経験する性と生殖に関することには、根源的な喜びが伴い、それらがあるからこそ、日常の「働き」と「祈り」を支えられるようになるのではないか、と考えた」(238-239頁)と著者は書きます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。女性のための本というよりは、男性も読むべき本です。著者は津田塾大学教授で多数の著書があるほか、フレイレ『被抑圧者の教育学』の新訳も手掛けておられます(亜紀書房、2011年)。 ★ナカニシヤ出版さんの新刊2点『逞しきリベラリストとその批判者たち』『日本の社会政策 改訂版』はともに発売済。前者は帯文に曰く「日本を代表するリベラリスト、井上達夫の法哲学世界を、著書別・キーワード別に解説。その全体像を明らかにする」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。この本は東京大学大学院法学政治学研究科教授の井上達夫(いのうえ・たつお:1954-)さんの還暦を祝ってお弟子さんたちが寄稿された論集です。著作解説では、公刊された単独著のほか、未刊の長編論文「規範と法命題」(1985~1987年)が安藤馨さんによって解説されています。巻末には附録として網羅的な著作目録や略年譜を収録。井上さんは最新著『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください──井上達夫の法哲学入門』(毎日新聞出版、2015年6月)が話題を呼び、責任編集を務められる学術誌「法と哲学」(信山社)も同じく6月に創刊されたばかりなので、充実したアンソロジーの出版はは実にタイムリーだと思います。 ★『日本の社会政策 改訂版』は2010年05月に刊行された初版を「全体の分量をできるだけ維持しながら、章編成を一部変更した。初版では二章ずつをあてていた賃金と労働時間の章を、それぞれ一章に集約した。〔・・・〕また賃金と労働時間の章の順番を入れ替えるとともに、雇用政策の章をこれらの後ろに移した。〔・・・〕社会保障システムについては、介護の問題を公的医療制度から切り離し、社会福祉として取り上げていた障害者とあわせて、一つの章として独立させた」とのことです。「現代日本が抱える多くの問題、すなわち失業、年金、医療保険、正規・非正規の格差問題などを理解する上での基礎的な知識を得ることができるように配慮した」という本書では、現代日本が直面する様々な社会問題を個々バラバラに理解するのではなく、相互関連を整理し、社会経済システム全体の問題として考察する視点を読者に与えてくれます。著者の久本憲夫(ひさもと・のりお:1955-)さんは京都大学大学院経済学研究科教授でご専門は社会政策、労働経済論。著書に『企業内労使関係と人材形成』(有斐閣、1998年)、『正社員ルネサンス』(中公新書、2003年)があります。
by urag
| 2015-08-30 23:32
| 本のコンシェルジュ
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