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URGT-B(ウラゲツブログ)

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2015年 08月 04日

雑談(11)

ふたたび字数制限にひっかかりましたので、エントリーを新規に起こします。(10)ももう少し埋め立てたいと思ってはいますので、続報が(10)に投稿されたり、(11)に投稿されたり、とまちまちになるかもしれません。

◆8月4日21時現在。

歴史書版元「有志舎」の永滝稔社長がブログ「有志舎の日々」の8月1日付エントリー「出版システム危機について」で拙ブログに言及してくださっています。永滝さん、ご無沙汰しております。引用していただき光栄です。記事の主題が「栗田危機」ではなく「出版システムの危機」であることにまず注目したいです。栗田の話に始まり、有志舎さんの販売方針や新書の裏側など、同業者だけでなく、書店さんや著者の皆さんにとっても参考になるエントリーとなっていす。以下では永滝さんの記事を引用しつつ、拝読して触発されたことを綴っていこうと思います。

永滝さんはこうお書きになっておられます。「これで、新刊委託という販売方式がいかにリスクが高いか思い知ったということで、もはや書店からの注文だけを受けて出荷する注文出荷制か、トランスビュー・ミシマ社がやっている書店への直販システムしかなくなるのだろうと思います。ただ、これはリスクを低くすると同時に、必然的に商売を小さくすることになるので、これが出来るのは小規模な出版社のみとなるでしょう。大規模出版社の多くは、大量部数を市場に撒いて、それらの返品が戻る前に次の本をまた大量部数、市場に撒くことで、結果的に返品のマイナスを殆ど受けずに資金繰りをし続けるという方法をとっています。この方式を維持できないと潰れてしまうので、何としても栗田という取次を救済し、この大規模販売システムを維持し続けないといけないと考えているのでしょう」。

まず新刊委託のリスクについては、栗田の一件でさらに顕在化しましたが、少し過去を振り返ってみます。約5年前に突如として始まった取次の総量規制により、新刊委託の部数は絞られてきました。「新文化」2010年2月11日号記事「日販の総量規制が波紋/1月に5%削減出版社は悲鳴」をご参照ください。記事に曰く「日販が1月から総量規制を行ったのは、昨年7月から12月までに委託品の取扱高が前年に比べ徐々に増加していったためだ。その間、POS調査店の月別売上高は最悪で前年同月比10%減、少なくとも同6%弱減と低迷。それと同様に書店からの注文品の扱い金額も前年同月比7%弱~15%と減少していた。/そうしたなか、委託品の取扱高は月を追うごとに前年同月比ベースで増加。10月、12月は前年同月比を上回った。その一方、返品率は改善もせず、悪化すらしていたという。日販ではこの委託取扱高と店頭状況とのかい離を問題視した。/そこで、衣料品など他業界でもみられるように、市況が低迷していれば市場への送品量も少なくすべきと判断、1月から前年同期の委託総仕入れ額のうち、5%を削減目標に掲げ、現場もそれに沿って動いた。これが今回波紋を呼んだ日販の総量規制の基本的な考え方である」と。弊社のようなもともと「事前受注分のみ配本」するだけだった版元にはほとんど影響はありませんでしたけれども、取次の委託配本に部数を頼っていた版元は大幅に冊数を減らされ、少なくないダメージを受けた、という経緯がありました。二大取次の総量規制(記事には日販しか出てきませんが、トーハンでも同様の処置はありました)は衝撃的でしたけれど、返品率を改善するために取次としてもやるべきことがあったと言えます(ただしこの一件はこの理由だけで簡単に説明がつくわけではない側面もあるようです)。

取次にばかり頼っているわけにはいかない、という情勢においては書店との直取引や読者への直販が改めて注目されることになります。書店さんとの直取引は簡単そうで実はそうでもない部分があります。商品のやりとり自体は難しくはありませんが、送料がかさみますし、お金の回収も苦労することがあり、委託条件にはリスクがあります。小出版社がリスクを最小限にするためには、買取で返品なしが一番シンプルです。その場合、価格設定は書店さんの自由裁量にお任せした方がいい、というのが私の意見です。再販制の契約をしない、ということです。定価より安く売っていただいてもいいし、高くしてもいい。ただしこれができる取引相手は、弊社にとってはいわゆる新刊書店ではなく、古書や洋書、雑貨なども扱うような独立系のごく小さなお店に限られます。定価販売で縛りつけるようなことはせず、売れ残ったらディスカウントしてもらっても構わない、と。逆に、定価以上の価値がある(たとえば版元品切になってレアな商品になっている場合とか)と判断されたら、定価より高く売ってもらっても結構だ、と。卸正味を大幅に下げるのは難しいとしても、せめて価格決定権はお店に委ねるのが妥当であると考えています(とはいえ、お店の方からは安くしたとも高くしたとも聞いたことがありません。新本の値付けというものは存外に難しいのかもしれません)。

繰り返しになりますが、この方式は一般の新刊書店さんとはやるのは難しいです。新刊書店さんでは再販制が前提とされているからです。全国どこに行っても同じ値段というのは読者の利便性から言って素晴らしいシステムです。地方に行けば東京で作った本が運送料の上昇とともに高くなる、というのでは、読者の負担がかさむばかりです。再販制は一概に否定されるべきものではないのです。ただし、「本を買い取るし返品しない」という書店さんには販売価格の設定権が与えられてもいいはずだ、とも考えています。むろんそうなれば弊害も想定しなければなりません。財力のある大書店さんに人気商品ばかりが買いつけられて安売りされ、余った商品や読み捨てられた商品が結果的に大量にブックオフや古書市場に出回る、ということもありえます。再販制が外れれば、売行良好とはいえない専門書を扱う本屋さんはごく一部の専門店に限られるようになるかもしれません。結果、ある種の本は今以上に店頭では探しづらくなって、読者は品揃え豊富なアマゾンに頼るしかなくなる、と。そして大書店とアマゾンとの挟み打ちで小書店は淘汰されていく、と。ちなみに小規模書店だから潰れる、というのではないです。小さくとも魅力的で個性的な品揃えで読者をひきつけてやまない、愛される本屋さんも実在するのですから。

直取引の場合、基本的にお店ごとのやりとりになりますから、代金の回収は存外に手間取りますし、実際に相手の支払いが遅かったり帳簿管理が杜撰だったりすると苦労します。物流機能においても金融機能においても一括して窓口になって下さる取次さんの方が格段に便利ではあるわけです。しかしこの取次の役割は永滝さんの仰る「大規模販売システムを維持し続けないといけない」人々の都合によっても利用されているわけで、今回の栗田の一件はそこがアキレス腱であったとも言えるかもしれません。先日も引用したかと思いますが、小田光雄さんの「出版状況クロニクル(87)」ではこんなことが書かれています。「昨年の大阪屋の再建に当たって、37億円の増資を引き受けたのは講談社、集英社、小学館、KADOKAWA、楽天、DNPであり、その前に社長として講談社の大竹深夫、小学館や集英社から取締役が送り込まれていた。/私が仄聞しているところによると、彼らの役割は増資案件の他に、高正味出版社の正味の見直し交渉があったとされるが、それらはまったく成功しなかったようだ。それゆえに、増資はクリアしても再建は片翼飛行でしかなく、今回の栗田案件とその吸収によって、かろうじての両翼飛行をプランニングしたのではないだろうか。あるいは増資に当たっての楽天やDNPに対する密約スキームのようなものであったとも考えられる」。

高正味出版社の正味の見直し交渉がもしも成功していたら、それと同時に支払いサイトの優遇も見直されていたら、大阪屋はどうなっていたでしょうか。別の未来があったかもしれませんけれど、その選択肢は今回の栗田危機でもう一度彼らの目前に置かれるようになったはずだと思います。正味や条件や支払いサイトが改定された場合、大版元にはどんな影響があるのでしょう。図体の大きな彼らは巨人であると同時に恐竜でもあります。今の出版事情は「適切な小ささ」まで縮むことを彼らに要請している一方で、紙媒体の出版以外の事業へと乗り出す新時代における「適応による変容と拡大」のチャンスを他方で与えているとも言えます。

また永滝さんはこうもお書きになっておられます。「結局、今の出版システムは大企業のためだけにあるので、我々のような小規模出版社はもうこのシステムからおりて別のシステムでやらないといけないのだろうと思います。/有志舎も、1年くらい前から大規模取次であるトーハンの新刊委託をやめました。今は、基本的には事前にファクスで書店に新刊の内容を知らせて予約をとり、予約してくれた書店にだけ本を出荷するという方式をとっています。/新刊委託をすれば、注文してくれていない書店にも強制的に新刊を送りつけられるわけですから、一時的には出荷数は伸びます。しかしその分、「こんな本、勝手に送りつけてきて。いらんわ!」と思う書店さんもあるから返品も多いので、結局、70%以上は返品されるうえに本は汚れて返ってきます。これがもう耐えられません。どの段階で汚れているのかわかりませんが、他人の本だと思ってぞんざいに扱いやがって、という怒りがわいてきます。/だから、有志舎はもう新刊委託はしないことにしました。/かといって、書店への直販へ移行することは難しい(全国たくさんの書店への配送・返品受け入れ・決済に膨大な手間とシステムが必要になる)ので、とりあえずは注文出荷制でやっていくしかないと思っています」。

実際のところ、全国書店との大規模な直取引はどの版元にも可能な選択肢であるわけではありません。「全国たくさんの書店への配送・返品受け入れ・決済に膨大な手間とシステムが必要になる」というのは大げさな話でもなく、しっかりした専任担当者がいないと直取引はままなりません。当たり前ではあるのですが、誰しもがトランスビューの工藤さんになれるわけではないのです(とはいえ、工藤さんが突拍子もないことを毎日やっているわけではないこともまた事実です。15年も持続している会社なのですから)。取次経由の注文出荷制はこれまでは配本数のもともと多くない小零細版元が中心的プレイヤーだったろうと推察できます。総量規制や栗田危機を経て、今後は中堅以上にもますます広がっていくと想像できます。これを大量販売とは正反対の「後退戦」と見る方もおられるかもしれませんけれども、もともと出版界は多品種少量販売だったはずです。ただ、より正確に言えば「多品種少量販売」も一時代の産物ではあります。

たとえば大書店で日々催されている数々のブックフェアでは、出品した本が完売となることは年々難しくなっています。フェアに出荷することにどれほどの意味があるのか、顔見せに過ぎないのか、出版社の苦悩も年々深まっています。著者関連の催事や新規開店の際の出荷も同様です。書店さんが企画したイベントに伴い著者の既刊書や新刊が大量に発注されたはいいもののの、終了後に数十冊が丸ごと返ってきた、ということが現実にありました。新規店では初期在庫として出荷したはずなのに店頭に並んでないということが起こりますし、さらに困ったことには、お付き合いは初期在庫のみで開店後にまったく相手にされない場合すらあります。フェアやイベント、採用品や新規店に要注意、ということはもうずいぶん昔から版元の間で常識になっています。返品できるのが当たり前、とは書店員さんとて思っていらっしゃらないと拝察します(片面的解約権の話とは違います。仕入の責任と精度の話です)。しかし残念ながら、軽く考えておられる方には折々に遭遇します。

書店さんに本を置いていただけるのは嬉しい、でも返品は悲しい。版元の本が悪いのか、書店の売り方が悪いのか。編集者が無能なのか、営業マンがアホなのか。間にいる取次にも問題があるんじゃないの。いやそもそも日本の景気がさ、政治が、教育が、民度が、若者が、年寄りが、云々。そうやって互いに疑心暗鬼になって犯人探しにやっきになると、魅力的な本があることや読書の楽しみといったものは背景に退きます。本当は誰しも、もっとシンプルでありたいと思っているはずなのです。

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◆8月6日午前1時現在。

音羽グループの一角である星海社が運営するサイト「最前線」に、8月5日付で大塚英志さんによる連載「角川歴彦とメディアミックスの時代」の第5回が公開されました。圧倒的な長文で角川ドワンゴのゆくえが考察されています。業界人必読です。

出版界を冷徹に分析するその筆致には容赦がありません。曰く「出版社としての角川はもはや消滅し、プラットフォーム企業としてのドワンゴも大きく変わるだろう。〔・・・〕経営統合がなければ、出版社としての旧KADOKAWAは経営破綻していたはずだ」。「コンテンツ企業としての旧KADOKAWAは縮小に向かっていく、という流れは明快である。それは『少年サンデー』の発行部数が40万部を切った衝撃からも明らかなように、KADOKAWAに限らない問題で、例えば、講談社と集英社の合併のような強者連合がまず起きて、それが次に外資のプラットフォーム企業と結びつく、ぐらいしか残る選択肢はないのだが、まあ何でもいい」。

昨年の大阪屋再建のための出資が4.6億円。今年は栗田への債権額が手形と売掛を合わせて8億強で出版社としては最大の債権者となっているのがKADOKAWAです。業界を支える大きな柱のひとつであるはずのKADOKAWA(出版社としての旧KADOKAWA)が、ドワンゴとの経営統合がなければ破綻していたはずだ、という分析には強烈な印象を覚えます。

後段で大塚さんはこうも書かれています。「資本主義システムの中で生きる限りぼくたちは無垢ではいられない。しかし自分のもたらしたリスクを最小化していく責任が同時にある。それがマッチポンプに見えなくもないが、そういう批判は「自分のもたらす害」を自覚できないものの幸福な特権だ。/その意味で「ニコ動」はやはり確実に「社会を悪く」した。例えばぼくは川上の中に不意にヘイトっぽいものの言い方が出てくる不用意さを幾度か感じ、批判もした。「在特会」サイトの閉鎖騒ぎはそういう脆さと無縁ではない。「2ちゃんねる」以降の世代に染みついている不用意な物言いをぼくは下の世代にしばしば感じる。星海社の人のゲラの赤入れにさえ感じる。その悪意のなさをぼくは擁護はしない」。

「自分のもたらしたリスクを最小化していく責任」という言葉の重みを感じます。それは単なる後始末ではないでしょうし、未来へと開かれたものでなければならないはずのものだ、と受け止めています。この出版業界にとっては落とし前であり、次の一歩でもあるような、そうした責任。あるいは応答可能性。コンテンツへの責任だけでなく、システム自体への。

「星海社の人のゲラの赤入れにさえ」という文章を当の版元が運営するサイトで書けるというのは、星海社さんが大塚さんを信頼しているからでしょう。ただ、軽い誤植が残っているのを見る限り、星海社さんがどこまで原稿チェックをされているのかは窺い知れないところではあります。「ここで渡邊が言う「巨大な相手」とは渡邊の中では作者個人のように思える。しかし、彼が「脅迫」下のは作者個人ではない」。「下」はひらがなにすべきところ、単純な誤変換が残ったものでしょう。いずれ修正されるものと思われます。

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◆8月6日14時現在。

来たる9月11日19時~21時に神楽坂・読書人スタジオで行われる「独立系出版社の挑戦――編集・販売・経営」(登壇者=共和国・下平尾直さん/堀之内出版・小林えみさん/月曜社小林)では、販売に関わるテーマとして、出版社が流通をどう考えるか、取次口座の開設を望む場合、何に注意すべきかについても話さなくてはならないと考えています。すなわち、業界内の連帯保証人が必要であることのほか、昨今の栗田事案に鑑みて、取引について栗田代理人が言い出した法的解釈「片面的解約権」や「委託買上論(新刊委託・延勘・長期は未請求でも未精算でも取次の買上であり、納品伝票とともに取次に納品されたものはすべて取次の所有物となる。ただし常備寄託は除く)」の問題点や日常業務における矛盾点、そして今後の課題や、別チャンネルでの販売の可能性について、時間の許す限りお話しするつもりです。共和国さんと堀之内出版さんは販売代行としてトランスビューさんをお使いになっておられるので、そちらのお話しもお二人からあるかと思います。

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by urag | 2015-08-04 21:55 | 雑談 | Comments(0)


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