2015年 07月 26日
襞――ライプニッツとバロック 新装版 ジル・ドゥルーズ著 宇野邦一訳 河出書房新社 2015年7月 本体3,800円 A5判上製252頁 ISBN978-4-309-24719-9 帯文より:2015、ドゥルーズ没後二十年。2016、ライプニッツ没後三百年。われわれはライプニッツ主義者であり続ける。核心的な主題を新たなるバロックとして展開するドゥルーズ後期の目眩めく達成。 目次: I 襞 第1章 物質の折り目 第2章 魂の中の襞 第3章 バロックとは何か II さまざまな包摂 第4章 十分な理由 第5章 不共可能性、個体性、自由 第6章 一つの出来事とは何か III 身体をもつこと 第7章 襞における近く 第8章 二つの階 第9章 新しい調和 訳者あとがき ★発売済。原書は、Le pli: Leibniz et le baroque (Minuit, 1988)です。日本語訳の初版は1998年10月刊行。装丁は初版も今回の新装版も戸田ツトムさんが手掛けられています。デザインの変化には17年の時の経過が如実に表れているような気がしてたいへん興味深いです。訳者あとがきには特に追記等はありません。今春は工作舎さんの『ライプニッツ著作集』第II期の刊行が開始され、町田一さんによる『初期ライプニッツにおける信仰と理性――『カトリック論証』注解』(知泉書館、2015年4月)も発売されました。確か他版元でもライプニッツの著作の新訳が進んでいたはずで、今年から来年にかけて様々な新刊が出るのだろうと思われるだけに、ドゥルーズ本の再刊はタイムリーです。 ★印象的な部分を抜き書きします。「最終段階としての満足、「セルフ-エンジョイメント」は、把握が自分自身のデータでみたされ、主語が、ますます豊かな私的生活に到達しつつ、自己にみたされる仕方を示すのである」(137頁)。「〈バロック〉がなぜ一つの移行状態なのか、いまはよく理解できる。古典的な理性は、発散、不共可能性、不調和、不協和音の脅威にさらされて崩壊した。しかし〈バロック〉は古典的な理性を復興しようとする最後の試みであり、様々な発散を、そのまま可能世界に振り分け、様々な不共可能性をそのまま世界の間の境界にしたのである。同一の世界に出現したもろもろの不調和は暴力的なものでありえても、調和において解決される」(143頁)。 ★「多くの注釈者は、ライプニッツの〈調和〉の定義はごく一般的なものにすぎず、ほとんど完全性の同義語であって、音楽にかかわるのは隠喩としてでしかないと考えている。〔・・・〕しかし〔・・・〕音楽への言及は厳密なものであり、ライプニッツの時代に起きていたことに関連していると信じてよいのである。〔・・・〕あたかもライプニッツは、バロック音楽とともに生まれつつあった何かに敏感であったかのようなのだ。彼の敵たちは古めかしい発想にしがみついていたのに」(222頁)。「もっとも高度な水準で、一つのモナドはメジャーな、完璧な協和〔和音〕を生み出すのである。まさにこのような協和において、不安の中の小さな刺激は消えるどころか、持続や、延長や、更新や、多数化が可能で、増殖し、反射し、他の協和を引きうける快楽の中に統合され、さらに遠くまでいく力をわれわれに与える。この快楽は魂に特有の「至福」であり、すぐれて調和的であり、殉教者の喜びのように、最悪の苦痛においてさえも経験されるのである。この意味で、完全な協和とは停止ではなく、反対に他の協和の中に移り、他の協和を引きつけ、再びあらわれては、無限に結合することのできる活性なのである」(226頁)。 ★「モナドは、自分自身の底から協和を引き出すのである。〔・・・〕魂はみずから進んで歌うのであって、セルフ-エンジョイメントの基礎なのだ。〔・・・〕調和とは垂直な書き込みであって、それが世界の水平的な線を表現する。世界とは人が歌いながら、継続的に、あるいは水平的に追いかける音楽の本のようなものだ。しかし魂は自ら進んで歌うのである。なぜなら本の記譜法は、そこに垂直的に潜在的に刻んであるからだ(ライプニッツ的調和の、第一の音楽的アナロジー)」(228頁)。ライプニッツ自身もこう述べています。「喜びとは調和の感覚である。苦とは拙〔まず〕い組み合わせの感覚である〔pleasure as the sense of harmony; pain as the sense of disharmony [inconcinnitas]〕」(「初期アルノー宛書簡」根無一信訳、『ライプニッツ著作集 第Ⅱ期第1巻 哲学書簡』所収、工作舎、2015年、141頁;Philosophical Papers and Letters: A Selection, 2nd edition, translated & edited by Leroy E. Loemker, Kluwer Academic Publishers, 1989 [1956], p.150)と。この感覚はまさに棚編集にも当てはまるものではないでしょうか。 ★「ドゥルーズ没後二十年企画」として河出文庫より既刊の宇野邦一監修『ドゥルーズ・コレクション』2巻本(I:哲学、II:権力/芸術)のほか、近刊として、河出書房新社編『ドゥルーズ(仮)』、D・ラプジャード『ドゥルーズ 錯乱する運動(仮)』(堀千晶訳)が予告されています。楽しみです。 ★このほか、先月から今月にかけて次のような注目新刊がありました。『ヘルバリウス』と『人類の最高遺産』は遅まきながら刊行に気付いて驚いた次第です。いっぽう発売されたのは知っているものの、岩波書店の『ケルズの書』も買いそびれています。原書を持っているからと購入を後回しにすると、品切になりはしまいかと恐れながら月日をやり過ごすことになり、心臓にはよくないです。しかし良い本は続々と出てくるので、財布と相談しながらどこかで決心しないと本当に買い逃しそうです。以下では主に近現代の古典ものの単行本を取り上げましたが、文庫でも色々と出ていますので、それらは別の機会にまとめて言及したいと思います。 「ユリシーズ」第七章・第八章、ジェイムズ・ジョイス著、柳瀬尚紀訳、『文藝』2015年秋季号所収、河出書房新社、2015年8月、166-219頁 『ヘルバリウス――植物薬剤のマテリア・メディカ』パラケルスス著、澤元亙訳、由井寅子監修、ホメオパシー出版、2015年3月、本体2,500円 菊判上製280頁、ISBN978-4-86347-090-3 『物体論』ホッブズ著、本田裕志訳、京都大学学術出版会、2015年7月、本体5,600円、四六判上製756頁、ISBN978-4-87698-544-9 『人類の最高遺産』F・M・アレクサンダー著、横江大樹訳、風媒社、2015年4月、本体4,000円、A5判並製366頁、ISBN978-4-8331-5294-5 『[新訳・評注]歴史の概念について』ヴァルター・ベンヤミン著、鹿島徹訳・評注、未來社、2015年7月、本体2,600円、四六判並製252頁、ISBN978-4-624-01193-2 『活動的生』ハンナ・アーレント著、森一郎訳、みすず書房、2015年6月、本体6,500円、A5判上製568頁、ISBN978-4-622-07880-7 『無神論』アレクサンドル・コジェーヴ著、今村真介訳、法政大学出版局、本体3,600円、四六判上製310頁、ISBN978-4-588-01028-6 『都市と人間』レオ・シュトラウス著、石崎嘉彦/飯島昇藏/小高康照/近藤和貴/佐々木潤訳、法政大学出版局、2015年7月、本体4,400円、四六判上製432頁、ISBN978-4-588-01029-3 ★このたび2015年秋号より「文藝」誌がリニューアルされ、「新連載」として柳瀬尚紀さんによるジョイス『ユリシーズ』の新訳が開始されました。今号では第七章と第八章が訳出されています。『フィネガンズ・ウェイク』の完訳という偉業を1991年に達成されたあと、柳瀬さんは96年に『ユリシーズ』第12章の訳書を刊行され、翌97年春には第1章から3章まで、さらに同年夏には第4章から第6章までを単行本として上梓されています。編集人の尾形さんが後記で「待望の再始動」と書いておられますから、残りの章がこれからいよいよ読めるようになるのかと思うとどきどきします。 ★『ヘルバリウス』はホメオパシー出版さんのパラケルスス翻訳書の第4弾です。これまで函入本2冊、上製本1冊と推移してきましたが、今回は初めての並製本。そのかわり今までで一番廉価な本となっています。こういう軽装も悪くないと思います。監修者まえがきおよび版元紹介文を参照すると「本書は、パラケルススの「マテリア・メディカ」とも言えるもので、彼の薬物療法を知るうえで最も重要な三つのテキスト『ヘルバリウス(本草学)』(1525年)の全体、『自然物について』(1525年)の一部、『マケル薬草詩注解』(1527年)の全体を収録」と。凡例によれば底本は、『ヘルバリウス(本草学)』『自然物について』はポイカート編『パラケルスス著作集』第1巻(1965年)、『マケル薬草詩注解』は『パラケルスス全集』第3巻(1930年)所収のアシュナーによる現代語訳とのことで、図版はすべてヒエロニュムス・ボック『本草書』から採ったそうです。ポイカートと言えば、昨秋なんと『中世後期のドイツ民間信仰――伝説(サーゲ)の歴史民俗学』中山けい子訳、三元社、2014年10月)という訳書が出たのでした。あろうことか未購読だった気がします。再び忘れないうちに購入せねばなりません。 ★『物体論』は『市民論』(2008年10月)、『人間論』(2012年7月)に続く、ホッブズ『哲学原本』3部作のラテン語原典からの日本語訳完結編です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。3部作の翻訳としては本田訳のほかに、全1巻本で伊藤宏之・渡部秀和訳『哲学原論/自然法および国家法の原理』(柏書房、2012年5月)があります。柏書房版では『物体論』は1656年英訳版を底本としていました。ラテン語版(『De Corpore』1655年)からの翻訳は今回が初めてになります。ホッブズ再評価の機運はここしばらく高まり続けているとはいえ、2種類の完訳が数年間のうちに出版されるというのはたいへんな出来事です。『哲学原本』の構成上では物体論・人間論・市民論という順番ですが、出版年では市民論・物体論・人間論です。本田訳『物体論』は付録として英訳版からの抄訳が17篇併載されています。また、巻末には訳者による長篇解説と、索引(人名・事項)を完備。訳者と編集者の情熱を感じさせる感動的な締め括りの一冊です。特に本田さんは眼病と闘いながらの作業だったことが解説の末尾で明かされています。 ★『人類の最高遺産』の原書は、Man's Supreme Inheritance: Conscious Guidance and Control in Relation to Human Evolution in Civilization (1910;Mouritz, 1996)です。版元紹介文に曰く「アレクサンダー・テクニーク創始者のF・M・アレクサンダーが1910年に発表した最初の著作。揺れ動く時代を背景に、哲学・教育・社会評論にまたがる広汎な考察から、ゆるぎない人類的価値の存在を説く」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。アレクサンダーは日本でも良く知られている思想家ですが、テクニーク関連書の多さに比べて著書の翻訳が圧倒的に少なく、出版され始めたのはごく最近でした。既訳書には『自分のつかい方』(鍬田かおる訳、晩成書房、2010年)があるのみです。『自分のつかい方』には哲学者ジョン・デューイのまえがきが寄せられています。『人類の最高遺産』にもディーイの巻頭言や書簡が収められており、本書中ほどの4頁にわたるグラビアでは、デューイとともににこやかに写っているアレクサンダーの写真が掲載されています。プラグマティズムがこんにち日本でも再評価されて関連書が増え始めていますけれども、20世紀アメリカ思想においてアレクサンダーを(あるいはライヒなども)きちんと位置づけることが重要ではないかと思われます。プラグマティズムや分析哲学、政治哲学だけではない豊かな水脈を書店さんの書棚で描き直す時が来ているように思います。 ★『[新訳・評注]歴史の概念について』は未完の遺稿「歴史の概念について」(通称「歴史哲学テーゼ」の、1981年にジョルジョ・アガンベンが入手したタイプ原稿を底本にし、他の6つのヴァージョンを参照しつつイントロダクションと評注を付した新訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。版元紹介文に曰く「これまであまり顧みられてこなかった、底本のみに見られるテーゼ1篇と自筆の書き込みも訳出」とのこと。底本のみに見られるテーゼというのは「XVIII」番で、メシア的時間についての書き出しから始まるものです。この項目においてベンヤミンが記した「じつのところは、それみずからの革命的チャンスをたずさえていない瞬間などない」(67頁)という言葉はあたかも雷鳴のように胸に響く心地がします。72頁から241頁にかけて掲載された膨大な評注に圧倒されます。たいへんな労作です。「歴史哲学テーゼ」は複数種類の文庫で既訳を読むことができますが、今回の新訳は今後のさらなる読解に不可欠な基本文献となるのではないかと思われます。 ★『活動的生』の原書は、Vita activa: oder Vom tätigen Leben (Kohlhammer, 1960)です。言わずと知れたアーレントの主著のひとつ『人間の条件』のドイツ語版で、訳者あとがきで森さんはこう書いておられます。「英語版に比して、この『活動的生』は、優に増補改訂第二版と呼ぶに値する。書名からして別の趣だが、その一方で、内容上の揺らぎは一切見られない。〔・・・〕われわれの目の前にあるのは、マルティン・ハイデガーの『存在と時間』と並び称されるべき20世紀の古典なのだ」(519頁)。さらにこうも解説されています。『人間の条件』(1958年)刊行後、友人にまずドイツ語訳してもらい、「その粗訳に大幅に手を入れて完成させた。英語からドイツ語へのたんなる翻訳でないのは明らかで、著者が母語で自在に書き足している。分量が増えただけでなく〔・・・〕英独両版の移動はあまりに多く、逐一指摘することは不可能だったが、それほど多くない段落分けの創意や、目に付いた書き足し箇所、注の追加等は、訳注に記しておいた」(520頁)。『人間の条件』(ちくま学芸文庫)と読み比べてみるのも有意義ではないでしょうか。 ★『無神論』の原書は、L'atheisme (Gallimard, 1998)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。帯文に曰く「若き亡命ロシア人哲学者が、戦間期パリのヘーゲル講義で名を轟かせる以前の1931年にロシア語で書きつけた、神と人間、世界と無をめぐる根源的な思索のノート。公表を禁じられていた本テクストは、のちのコジェーヴの知られざる理論的出発点であり、ヘーゲルやハイデガーとの対決であるとともに、20世紀知識人の実存の記録でもある。思想史の欠落を埋める一冊、ロラン・ビバールによる解題付」。ビバールと言えば昨年末、同局より著書『知恵と女性性――コジェーヴとシュトラウスにおける科学・政治・宗教』(堅田研一訳、法政大学出版局、2014年12月)が刊行されたばかり。『無神論』冒頭の解説は60頁近い長編で、公刊が意図されていない草稿だったこのテクストの位置付けを試みています。訳者あとがきに曰く「もともとの構想では、本書『無神論』は全六章からなる著作となるはずであったが、結果としては第一章のみが書かれただけに終わり、第二章から最終章までの記述はすべて放棄された。それゆえ、本書はその書かれた第一章分のみの内容となっている。その内容は、ひとことで言えば、無神論および無神論的宗教性とは何かであり、それを有神論および有神論的宗教性とのかかわりから論究するというものである。未完とはいえ、議論の内容は濃密であり、これまで知られていなかったコジェーヴ思想の核心的な側面を垣間見させるものとなっている」(221-222頁)と。 ★『都市と人間』の原書は、The City and Man (University of Virginia Press, 1964)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭には米国ノートルダム大学教授のキャサリン・ズッカートさんによる「日本語版への序文」が添えられています。本書は言うまでもなくシュトラウスの高名な主著のひとつで、長らく翻訳が待たれていたものです。アリストテレス、プラトン、トゥキュディデスの精緻な読解を通じて「都市と人間のあいだに存在する架橋することのできない緊張を明らかにする」(版元紹介文より)。古典の読解であるにもかかわらず(否、そうであるからこそ)、シュトラウスの言葉は現代を照射し、未来をも語るかのようで戦慄を覚えます。特に第III章「トゥキュディデスの『ペロポンネソス人たちとアテナイ人たちの戦争』について」は戦後70年の今だからこそ再読したいテクストです。シュトラウスはこう書きます。「トゥキュディデスのページを繰るとき、われわれは最も強烈な政治的生活の中に、国外と国内の両方の流血の戦争の中に、生死を賭けた闘争の中に瞬時に没頭することになる。トゥキュディデスは政治的生活をそれ自身の光の下に見る。彼はそれを超越しない。彼は混乱の上に立たず、その真っ只中に立つ。彼は政治的生活をあるがままに真剣に受けとる」(225頁)。 ★なお、『レオ・シュトラウスと神学‐政治問題』(石崎嘉彦/飯島昇藏/太田義器訳、晃洋書房、2010年)や『シュミットとシュトラウス――政治神学と政治哲学との対話』(栗原隆/滝口清栄訳、法政大学出版局、1993年)などの訳書で知られるハインリヒ・マイアー(Heinrich Meier, 1953-)の新刊が先月発売されています。『政治神学か政治哲学か――カール・シュミットの通奏低音』(中道寿一/清水満訳、風行社、2015年6月)がそれです。未見なのですが、風行社さんの「風のたより」第59号に掲載された蔭山宏さんによる本書の紹介によれば、「ところで一九八八年とはマイアーの最初のシュミット論である『シュミットとシュトラウス――政治神学と政治哲学との対話』の刊行された年でもあった。「政治神学」には単に気の利いた説明という以上の、しかも「政治哲学」とは区別される独自の意味があった。マイアーはこの観点に立つ、自らを含めた政治神学理解を「求めるところの多い意味での政治神学」と呼んでおり、前著がシュトラウスとの関連に焦点をあて、シュミットの政治思想の根幹を政治神学に求めていたのに対し、本書は『グロッサリウム』なども含めたシュミットの全体的な思想を視野に入れ、シュミットの「政治神学」との関連で論じられる思想家は主要な人物についてだけでも、シュトラウスをはじめとし、ホッブズ、ドノソ・コルテスやバクーニン、ヘーゲル、ブルーメンベルク、ペテルゾン、エルンスト・ユンガー、レーヴィットなどに広げられている」とのことで、大いに興味がそそられます。
by urag
| 2015-07-26 21:04
| 本のコンシェルジュ
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