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2015年 07月 19日

ペレックの傑作「実用書」ほか、水声社さんの5~6月新刊より

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給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法
ジョルジュ・ペレック著 桑田光平訳
水声社 2015年6月 本体2,000円 四六判並製155頁 ISBN978-4-8010-0108-4

帯文より:い段ぬきの『煙滅』、480の思い出リスト『ぼくは思い出す』、チェスを応用して書かれた総勢1000人以上が登場する『人生 使用法』など、奇想天外な作品ばかり残した、ジョルジュ・ペレックによる、新・実用書! 不透明な→時代を→生き抜く→ために。フランス文学の鬼才が提案(?)する、ウリポ的昇給のススメ! 本邦初、フローチャート文学!?

目次:
フローチャート
給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法 
あとがき(ベルナール・マニェ)
訳者あとがき

★発売済。原書は、L'art et la manière d'aborder son chef de service pour lui demander une augmentation (Hachette Litteratures, 2008)です。もともとはフランスの『プログラム学習』誌第4号(1968年12月)に掲載された作品で、人間科学会館研究員だった友人のジャック・ペリオーが作成し企業誌『ブル・インフォメーションズ』に掲載された「課長に近づく技術と方法」と題されたフローチャート(分岐図)から着想を得たもの。巻頭にあるフローチャートは、ペリオー作に手を加えたもので、分岐していく物語の構造が一望できます。それに続く本文は、分岐していく物語を100頁にわたる句読点のない連続した文字列の中で再現したものです(作品を締めくくるために末尾に一つだけピリオドが打たれています)。読んでいると、抑揚のない自動音声のガイダンズをずっと聞いているような、滑稽でいてなおかつどこか薄気味悪い心地が迫ってきます。出口のない巨大迷路を延々と歩かされている感じです。カフカの長編作『城』で、主人公の測量士が城にどうしてもたどり着けないあのもどかしい嫌な感じに似ています。

★冒頭はこうです。「じっくり考えたあげく勇気をふりしぼって昇給をお願いしようと決心したあなたは配属先の課長に会いに行くことにします事態を簡潔にするためにというのも何事も簡潔にすべきですから課長の名をムッシュー・グザヴィエとしましょうつまりムッシューXいやX氏ということになりますこうしてX氏に会いに行くわけですが可能性は二つに一つX氏が自分のオフィスにいるかそれともいないかですもしX氏が自分のオフィスにいるならもちろん問題はないのですがX氏がいないことが明らかな場合残された道はほとんど一つしかありません彼の戻りあるいは出社を廊下で待ち続けるのですしかしもしX氏が来ないなら残された解決策は一つしかないと言っていいでしょうあなたは自分のデスクに戻り午後か翌日まで待ってから再び試みるのですしかしX氏が」(以下略)。原稿の初期段階では句読点があったそうですが、それを推敲して最後のピリオドを除きすべて削除したというペレックの大胆さが、思いがけない効果を生んでいます。訳者の相当なご苦労が偲ばれます。

★個人的見解で恐縮ですが、ビジネス書売場にスイッチできる人文書、つまり「ビジネス人文書」について当ブログや雑誌などで折々に言及してきました。サンデルや超訳ニーチェ、アタリやピケティらの本などです。人文学は学問的に言えば、書店で言うところの人文書と違って「文学」を含んでいます。ペレック(Georges Perec, 1936-1982)の作品は書店ではふつう文芸書売場の外国文学棚、フランス文学コーナーに置かれるわけですけれども、『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』について言えば、ビジネス書売場の自己啓発書棚にスイッチしてみると面白いと思います。むろん洒落としてです。自己啓発書にも色々あるとはいえ、ペレックの本作のように、ビジネスシーンでありがちな《堂々巡り感》やそれに伴う《取り越し苦労》やら《徒労感》やらをリアルに描写できているものはなかなかないでしょう。

★生物学の棚にシュテュンプケの『鼻行類――新しく発見された哺乳類の構造と生活』(平凡社ライブラリー、1999年)を置いたり、植物学の棚にレオーニの『並行植物』(工作舎、新装版2011年)を並べる楽しみがあるように、ペレックの『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』は自己啓発書の売場に転用可能だと思います。不謹慎だと言われるとそれまでですけれども、巧みな《ずらし》や仕掛けが売場を面白くするのは実際によくあることではないかと思います。ふだんはビジネス書を多く買うような読者の方が、本書を手にとって「ウリポ」って何だ、と興味を持って文芸書売場に足を延ばしたりふだんより長くお店に滞在したりしてくださるかもしれない。そのとき、書店という《思いがけない出会い》に満ちた迷路は、きっといつも以上にお客様を楽しませることができるだろうと思うのです。ペレックの本書を中心に、「普通じゃない」実用書を集めたフェアを企画するのも楽しいと思います。

★訳者あとがきで紹介されていた、戯曲化された本書の舞台上演はフランス国立図書館のサイトでご視聴いただけます。72分。

+++

水声社さんの5月~6月の新刊には以下の書目もあります。

ぼくは思い出す』ジョルジュ・ペレック著、酒詰治男訳、水声社、2015年5月、本体2,800円、46判上製291頁、ISBN978-4-8010-0095-7
綺想の風土あおもり』黒岩恭介著、水声社、2015年5月、本体3,500円、A5判上製247頁、ISBN978-4-8010-0103-9
ジョイスをめぐる冒険』夏目博明著、水声社、2015年6月、本体4,000円、A5判上製307頁、ISBN978-4-8010-0102-2
ジョイスとめぐるオペラ劇場』宮田恭子著、水声社、2015年6月、本体4,000円、四六判上製333頁、ISBN978-4-8010-0100-8 
詩とイメージ――マラルメ以降のテクストとイメージ』マリアンヌ・シモン=及川編、水声社、2015年6月、本体4,000円、A5上製256頁、ISBN978-4-8010-0101-5
ロベール・デスノス――ラジオの詩人』小髙正行著、水声社、2015年6月、本体3,000円、四六判上製276頁、ISBN978-4-8010-0107-7

いずれも個性的な本ばかりです。特に、小髙さんのデスノス論は、一冊まるまるデスノスの研究にあてられた日本で初めての本になるかと思います。エフエム東京で番組制作に長年携わられ、定年前に退職して母校の大学に戻られた小髙さんが修士論文として仕上げられ、それに加筆修正を施した労作が本書です。帯文に曰く「20世紀マルチメディアの先駆をなし、番組・広告制作者としての詩人にスポットを当てる異色のモノグラフ。ラジオ番組・広告のうちに詩的実践をおこない、音声により集団的な〈夢〉をリスナーと共有することでラジオの可能性を切り開いた詩人デスノス。大衆に寄り添い、双方向的なコミュニケーションを可能にするこのメディアは詩人にとってシュルレアリスムの理想を体現していた……〈声の詩人〉によるラジオ芸術の実践とは?」と。自らもラジオ番組に関わってこられた小髙さんならではのご研究ではないかと思います。巻末の略年譜や参考文献も有益です。デスノスの翻訳で現在でも新刊書店で買える本はないですから、本書をきっかけに再評価の波が高まるといいですね。既訳書にはたいへん高額になっている澁澤龍彦訳『エロチシズム』(書肆ユリイカ、1958年)のような本もあります(テクスト自体は『澁澤龍彦翻訳全集(3)1957~58年』[河出書房新社、1997年]で読めます)。

さらに水声社さんで特記すべきは、今月刊行開始となった『小島信夫長篇集成』(全10巻)です。これは先日完結した『小島信夫短篇集成』(全8巻)に続くシリーズで、先週第1回配本『小島信夫長篇集成(4)別れる理由(I)』(小島信夫著、千石英世解説、水声社、2015年7月刊、A5判上製678頁、ISBN978-4-8010-0114-5)が発売になっています。帯文はこうです。「2015年、生誕100年。2016年、没後10年。『別れる理由』『菅野満子の手紙』『大学生諸君!』など長らく入手困難であった作品をふくむ全15篇を一挙に集成し、小島信夫の全貌に迫る新シリーズ」と。全巻構成は書名のリンク先をご覧ください。なお、第1回配本となる第4巻に挟み込まれた「月報(1)」では、勝又浩「『別れる理由』、私的な回想と感想」、大杉重男「小島信夫と徳田秋声」、千石英世「連載:小説『別れる理由』のために(1)」の3篇が掲載されています。第2回配本は8月上旬刊予定の第5巻『別れる理由II』(佐々木敦解説)とのことです。

by urag | 2015-07-19 18:14 | 本のコンシェルジュ | Comments(0)


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