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URGT-B(ウラゲツブログ)

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2015年 07月 12日

注目新刊:宇田智子『本屋になりたい』、ほか

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ラフカディオ・ハーンの『日本の面影』(田代三千稔訳、角川文庫、1958年;リバイバル・コレクション、1989年)を何気なく手に取って開いた箇所が「生神」でした。戦慄。英語原文はこちら。何かしらの危機に直面している時の読書というのものは、いつも以上に自分の生との繋がりをサインとして受け取る傾向があるようです。それらは偶然でバラバラなきっかけのはずなのですが、言葉が自分に入ってくるその仕方がいつもと違います。書斎にある愛読書であろうと、手にしたばかりの新刊であろうと、語りかける者の存在をいっそう間近に感じる瞬間が待ち受けています。パウロ・フレイレ『希望の教育学』(里見実訳、太郎次郎社、2001年)、ジャック・デリダ『赦すこと――赦し得ぬものと時効にかかり得ぬもの』(守中高明訳、未來社、2015年7月)、宇田智子『本屋になりたい』(ちくまプリマー新書、2015年6月)、そしてハーンの「生神」。

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本屋になりたい――この島の本を売る
宇田智子著 高野文子絵
ちくまプリマー新書 2015年6月 本体820円 新書判208頁 ISBN978-4-480-68939-9

帯文より:ここで働く理由がある。沖縄の市場のとなり、小さな古書店で本と人のあいだに立って考えた。
カバー裏紹介文より:「本屋になりたい」という気持ちのままに東京の巨大新刊書店から沖縄の小さな古書店へ。この島の本を買取り、並べて、売る日々の中で本と人のあいだに立って、考えたことは。

目次:
序章 古本屋、始めました
1章 本を仕入れる
2章 本を売る
3章 古本屋のバックヤード
4章 店番中のひとりごと
5章 町の本を町で売る
あとがき

★『那覇の市場で古本屋――ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々』(ボーダーインク、2013年)に続く第2作。宇田さんのことは、人文書版元の営業マンなら知らない人はいないでしょう。池袋から那覇に転勤され、その後「日本一狭い古本屋」を継がれた時には、普段の控えめな印象からは想像できない、ここぞの決断をされたのだと営業マンたちは目をみはったものです。2年前にデビュー作が出版された時、私はとても中身が気になったのですけれど、なぜか手に取りにくかったのでした。知人が書いている本というのは往々にしてそういうものかもしれません。宇田さんは『フリースタイル』に寄稿されたり、講談社の月刊PR誌『』にも連載をお持ちですから、その爽やかで魅力豊かな筆運びに出会いがしらにぶつかることもありました。とても素敵な文章で、同業者に宇田さんの才能を力説せずにはいられなかったことを思い出します。

★そして今般、かつて勤務されていた書店の文芸書売場に第2作がガツンと多面積みされていて、田口久美子さんの本といい、こういう展開ができるジュンク堂さんって素敵な本屋だなあとつくづく感心して、購入した次第です。緊張しました。1Fの集中レジの配置が変わったからというよりは、店員さんが無言のうちに購入の動機を尋ねているような気がして、ふわふわと舞い上がってしまったために、支払いの際に迷惑を掛けるという失態を犯したほどでした。帰り道に電車の中でページをめくると、出だしからもうすでにいい感じです。うまいなあ。彼女の朝から開店までの光景が目前にたちまち広がります。沖縄で様々な経験を積まれた、等身大の宇田さんがそこにいました。アマゾンに載っているレビューの、「作家顔負けの流れを作っていて、ドラマにしても面白そうだと思いました」という言葉は、けっして大げさではないと思います。

★と、ここまで書いたところで、身内びいきに聴こえるかもしれないなと我に返ります。ひと回り下の才気溢れる親類の成長を見守る気持ち悪いオッサンのようではないか。これではプリマーの読者層は釣れない。でもいいや、最低限のことは言おう、同業の営業マンの皆さんに。これはとても心が温かくなる本です。たおやかで色彩豊かな表現の流れを追っていると、かつて宇田さんと交わした言葉や、彼女の振る舞いを思い出すでしょう。高野文子さんがイラストを手掛けられているのは彼女でなくとも泣けます。この本のイメージにとてもぴったりですし、高野さんのイラストに宇田さんの文章がぴったりだとも感じます。やっぱりどう書いても暑苦しくなってしまいますが、本好きのお子さんがいらっしゃる親御さんはぜひお子さんにプレゼントされてみてはいかがでしょう。きっと「市場の古本屋ウララ」を訪ねたくなります。

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★このほか、最近では以下の本との出会いがありました。『巨大化する現代アートビジネス』『色彩の饗宴』『三国志 英雄たちと文学』の3点はまもなく発売で、そのほかは発売済です。

マリリン・モンローと原節子』田村千穂著、筑摩選書、2015年6月、本体1,600円、四六判並製288頁、ISBN978-4-480-01622-5
カトリックの信仰』岩下壮一著、ちくま学芸文庫、2015年7月、本体2,100円、文庫判960頁、ISBN978-4-480-09681-4
巨大化する現代アートビジネス』ダニエル・グラネ&カトリーヌ・ラムール著、鳥取絹子訳、紀伊國屋書店、2015年7月、本体2,100円、46判並製324頁、ISBN978-4-314-01130-3
色彩の饗宴――二〇世紀フランスの画家たち』小川栄二著、平凡社、2015年7月、本体5,200円、A5判上製344頁、ISBN978-4-582-83685-1
三国志 英雄たちと文学』渡邉義浩著、人文書院、2015年7月、本体2,200円、4-6判並製214頁、ISBN978-4-409-51071-1
ホロコーストと外交官――ユダヤ人を救った命のパスポート』モルデカイ・パルディール著、松宮克昌訳、人文書院、2015年6月、本体3,500円、4-6判上製328頁、ISBN978-4-409-51072-8
ゴーストタウンから死者は出ない――東北復興の経路依存』小熊英二・赤坂憲雄編著、人文書院、2015年7月、本体2,200円、4-6判並製312頁、ISBN978-4-409-24102-8
「聖戦」の残像――知とメディアの歴史社会学』福間良明著、人文書院、2015年6月、本体3,600円、4-6判並製430頁、ISBN978-4-409-24101-1


★『マリリン・モンローと原節子』は田村千穂(たむら・ちほ:1970-)さんのデビュー作。現在東大大学院で北田暁大さんのもと博士課程に在籍されています。ご専門は映画史、特に映画女優にご関心をお持ちだとのことで、本書ではモンローと原節子の二人の魅力を数々の出演作に丁寧に寄り添って論じておられます。『カトリックの信仰』はカトリック思想家で神父の岩下壮一(いわした・そういち:1889-1940)による浩瀚な公教要理(カテキズム)講義録の再文庫化です。最初の分冊(上巻)が岩下の設立した「カトリック研究社」より刊行されたのは1930年で、死後も続刊と再刊を重ねて1994年に講談社学術文庫に。稲垣良典さんが解説を寄せられていますが、今回の再文庫化にあたって稲垣さんの解説は全面的に書き直されて分量も倍増しています。

★『巨大化する現代アートビジネス』は、Grands et petits secrets du monde de l'Art (Fayard, 2010)の翻訳。目次は書名のリンク先をご覧ください。現代アート界をつくっている仕組みと作品が高値で売買される巨大市場(米国と中国で80%近くを占めるとのこと)の内実に迫るスリリングなノンフィクションです。キュレーターのニコラ・ブリオーやMetの元館長フィリップ・ド・モンテベロなどキーパーソンへのインタビューも併載。巻末には自らもコレクターで京都造形大客員教授の宮津大輔さんが「本書以降のアート界を俯瞰する」と題した解説を寄せておられます。ものすごい額のお金が動くこの分野(たった4日間の見本市で数百億円を売り上げるとか)の様々な事例について、私たちの業界も学んでおいた方がいいです。『色彩の饗宴』は美術評論家の小川栄二(おがわ・えいじ:1935-2015)さんのエッセイをまとめたもの。バルテュス、デュビュッフェ、スタール、ピカソ、マティス、ブラック、ミロ、シャガール、ボナール、デュフィ、レジェ、エステーヴ、ビシエールら20世紀フランス絵画を代表する画家たちの生涯と作品を論じています。

★『三国志 英雄たちと文学』は「はじめに」にある言葉を借りると「「建安文学」を花開かせた曹操の文学宣揚に注目しながら、三国時代における文学の展開を描き出すものである。英雄が戦いに明け暮れた三国時代は、文学が初めて文化としてえの価値を謳歌した時代なのであった」と。著者は早大教授でご専門は中国古代史でいらっしゃいます。『ホロコーストと外交官』は、Diplomat Heroes of the Holocaust (KTAV, 2007)の翻訳です。先の大戦における大虐殺からユダヤ人の脱出を助けた各国の外交官たちの人道的活躍を紹介しています。日本の杉原千畝もその一人として頁を割かれています。『ゴーストタウンから死者は出ない』は小熊さんの「まえがき」に曰く「東日本大震災と福島第一原発事故の被災地・被災者の状況を、震災から四年を経た現在において概観しようとした論文集」であり「財政学、経済学、地域研究、環境学、宗教学などの研究者からの寄稿と、被災者自身による体験記が収録されている」と。巻末には赤坂さんと小熊さんによる対談「住民主体のグランドデザインのために」が収められています。『「聖戦」の残像』は立命館大学教授をおつとめの著者が2005年以降各所に発表してきた、戦争の語りをめぐる歴史社会学的アプローチとなる諸論考をまとめたもの。帯文に曰く「近代日本における戦争・知・メディアの編成と力学を多用なテーマで描き出す」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

by urag | 2015-07-12 15:58 | 本のコンシェルジュ | Comments(0)


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