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2015年 06月 08日

「朝日新聞」にジェームズ『境界を越えて』の書評

「朝日新聞」2015年6月7日(日)読書欄に、弊社3月刊行のジェームズ『境界を越えて』の書評「クリケットで語る植民地の精神」が掲載されました。評者は明治大学教授の中村和恵さんです。「1963年の刊行以来読みつがれてきた本書は、著者の半生、植民地社会の精神構造、教育、人種階級、経済、芸術を、クリケット論として語る。選手らの人物の細かな描写は、英文学の引用を多用しながらも、ユーモアと反骨心に貫かれ、まさにカリブ海文学」と評していただきました。同書は先月、「北海道新聞」や「日本経済新聞」でも取り上げられご高評をいただいております。

続いて、弊社出版物でお世話になっている著訳者の皆様の最近のご活躍をご紹介します。

◎江川隆男さん(訳書:ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』)
◎清水知子さん(著書:『文化と暴力』、共訳:バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』)
◎近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
◎廣瀬純さん(著書:『絶望論』、共著:コレクティボ・シトゥアシオネス『闘争のアサンブレア』、訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』、共訳:ネグリ『芸術とマルチチュード』)

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『現代思想』2015年6月号「特集=新しい唯物論」に江川さんの論文や、清水さん、近藤さんの翻訳が掲載されています。江川さんによる論考は「脱-様相と無-様相――様相中心主義批判」(214-223頁)で、江川さんの既刊書が参照されているほか、最新論考「〈脱-様相〉のアナーキズムについて」(『HAPAX』第4号所収、夜光社、近刊予定)も参照されています。清水さんはエリザベス・グロスによる「フェミニズム・唯物論・自由」(76-90頁)、近藤さんはマヌエル・デランダによる「新唯物論をめぐる応答――特異な個体だけからなる存在論とはいかなるものでありうるか」をお訳しになっています。

廣瀬純さんは最新著『暴力階級とは何か』を航思社さんから先月末に刊行されました。また、廣瀬さんと江川さんは、それぞれお訳しになったドゥルーズの論考が『ドゥルーズ・コレクション II 権力/芸術』に再録され、本日(6月8日)発売されました。以下に合わせてご紹介します。

暴力階級とは何か――情勢下の政治哲学2011-2015
廣瀬純著
航思社 2015年5月 本体2,300円 四六判並製312頁 ISBN978-4-906738-11-3

帯文より:暴力が支配するところ、暴力だけが助けとなる。日本における反原発デモ、明仁のリベラル発言、ヘイトスピーチ、アベノミクス、ヨーロッパやラテンアメリカでの左翼運動・左派政党の躍進、イスラム国の台頭、シャルリ・エブド襲撃事件、ドイツ旅客機自殺……世界の出来事のなかで/をめぐって思考し感受する、蜂起の轟きと「真理への意志」。

★発売済(5月27日取次配本済)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。かつて『蜂起とともに愛がはじまる――思想/政治のための32章』にまとめられた「週刊金曜日」の連載の、それ以後(2011年9月からの40回分)の寄稿分の再録を主軸に、「図書新聞」「現代思想」への寄稿や、「ピープルズ・プラン」第67号での中山智香子さんや平井玄さんとの鼎談、そして書き下ろしとして、「情勢下の政治哲学――ディエゴ・ストゥルバルクとの対話」が収録されています。ストゥルバルクさんは廣瀬さんとの共著『闘争のアサンブレア』がある「コレクティボ・シトゥアシオネス」のメンバーで、廣瀬さんによるヴィルノの訳書『マルチチュードの文法』の巻末に特別収録したヴィルノへのインタビューを行った一人でもあります。廣瀬さんと同い年(1971年生まれ)のアルゼンチンのアクティヴィストです。ミゲル・ベナサジャグとの共著書『反権力――潜勢力から創造的抵抗へ』(松本潤一郎訳、ぱる出版、2005年、現在品切)が訳されています。以下の動画「コレクティボ・シトゥアシオネスとは何か」で右端に座って話しているのがストゥルバルクさんです。真ん中に座っているのは、ヴィルノさんへのインタビューをストゥルバルクさんと共同で行ったベロニカ・ガゴさんです。


ドゥルーズ・コレクション II 権力/芸術
ジル・ドゥルーズ著 宇野邦一監修
河出文庫 2015年6月 本体1,300円 344頁 ISBN978-4-309-46410-7

カバー裏紹介文より:ドゥルーズのテーマ別アンソロジー。IIは「欲望と快楽」はじめフーコーをめぐる重要テクスト、シャトレに捧げた名作『ペリクレスとヴェルディ』、そして情況/権力論、芸術・文学・映画などをめぐるテクストを集成。来たるべき政治/芸術にむけた永遠に新しいドゥルーズ哲学のエッセンス。

目次:
【フーコー】
知識人と権力 (フーコーとの対話、笹田恭史訳)8-24
欲望と快楽 (小沢秋広訳)25-41
ミシェル・フーコーの基本的概念について (宇野邦一訳)42-68
 1 地層あるいは歴史的形成物、可視的なものと言表可能なもの(知)
 2 戦略あるいは地層化されないもの(権力)、外の思考
装置とは何か (財津理訳)69-86
【シャトレ】
ペリクレスとヴェルディ――フランソワ・シャトレの哲学 (丹生谷貴志訳)88-110
【情況論・権力論】
集団の三つの問題 (杉村昌昭訳)112-134
『牧神たちの五月後』への序文 (笹田恭史訳)135-144
社会的なものの上昇 (ドンズロ『家族に介入する社会』へのあとがき、菅谷憲興訳)145-157
ヌーボー・フィロゾフ及びより一般的問題について (鈴木秀亘訳)158-170
哲学は数学者や音楽家にとって何の役に立ちうるのか (江川隆男訳)171-174
六八年五月[革命]は起こらなかった (ガタリ共著、杉村昌昭訳)175-180
ヤーセル・アラファトの偉大さ (笹田恭史訳)181-187
ディオニス・マスコロとの往復書簡 (マスコロ共著、宇野邦一訳)188-196
【作品論・映画論】
エレーヌ・シクスーあるいはストロボスコープのエクリチュール (稲村真実訳)197-203
冷たいものと熱いもの (松葉祥一訳)204-214
植樹者の技芸 (鈴木創士訳)215-219
プルーストを語る (バルトらとの討論、宮林寛訳)220-268
『女嫌い』について (宇野邦一訳)269-278
金持ちのユダヤ人 (宇野邦一訳)279-283
計算せずに占有する――ブーレーズ、プルーストと時間 (笠羽映子訳)284-298
リヴェットの三つの環 (守中高明訳)299-305
創造行為とは何か (廣瀬純訳)306-329
監修者あとがき (宇野邦一)330-339

★本日6月8日発売。先月刊行の『ドゥルーズ・コレクション I 哲学』に続く、ドゥルーズ没後二十年記の念オリジナル・アンソロジー第2弾です。『無人島』『狂人の二つの体制』(各2巻合計4冊)からテーマ別に再編集したもので、今回の第II巻ではフーコー論、シャトレ論、情況論・権力論、作品論・映画論などをまとめています。「集団の三つの問題」はガタリの著書『精神分析と横断性』への序文。『牧神たちの五月後』というのはギィ・オッカンガムの著作で、未訳です。「社会的なものの上昇」はドンズロ『家族に介入する社会』(宇波彰訳、新曜社、1991年、現在品切)へのあとがきとして書かれたもの。「プルーストを語る」は討議の記録で、司会がセルジュ・ドゥブロフスキー、登壇者はドゥルーズのほかにロラン・バルト、ジェラール・ジュネット、ジャン・リカルドゥ、ジャン=ピエール・リシャールで、聴衆からの質問も収めています。

★作品論の対象を記しておくと、まず文学作品では「エレーヌ・シクスーあるいはストロボスコープのエクリチュール」がシクスーによる未訳の3作――『中性』1972年、『内部』1969年、『ジェイムズ・ジョイスの亡命あるいは代替の技法』1968年――を扱い、「『女嫌い』について」はドゥルーズの弟子筋にあたるアラン・ロジェ(Alain Roger, 1936-)の小説『女嫌い』(1976年、未訳)への序文として書かれたもの(実際には序文としては収録されなかった)。映画作品では「植樹者の技芸」はウーゴ・サンチャゴ(ユーゴ・サンチャゴとも)監督作品『はみだした男』1974年(原題は「他者たち」で脚本はサンチャゴとボルヘスとビオイ・カサーレスの共作)、「金持ちのユダヤ人」はダニエル・シュミット監督作品『天使の影』1976年、「リヴェットの三つの環」はジャック・リヴェット監督作品『彼女たちの舞台』1988年、「創造行為とは何か」は個々の映画について述べたものではありませんが、末尾の方でスロトーブ=ユイレが言及されています。芸術作品では「冷たいものと熱いもの」はジェラール・フロマンジェによる70年代初頭の造形作品群、音楽作品では「計算せずに占有する――ブーレーズ、プルーストと時間」は副題の通りピエール・ブーレーズとマルセル・プルーストの手法を時間論として分析したもので、この論考は『エクラ/ブーレーズ――響き合う言葉と音楽』(笠羽映子訳、青土社、2006年)にも収録されています。

★コレクションは当初全2巻予定でしたから続刊予定は特に予告されていませんが、監訳者あとがきには完結するともはっきりとは書かれていません。深読みすれば、売行好調なら続編がありうるのかもしれませんし、それは読者や書店員さんの要求次第かなと思います。河出さんから刊行されているドゥルーズ単行本でまだ文庫化されていないものは、ヒューム論『経験論と主体性』とライプニッツ論『襞』を残すのみとなりました。ライプニッツは来年(2016年)が没後300年に当たりますし、工作舎さんから先月『ライプニッツ著作集』第II期が刊行開始になりましたから、文庫化のタイミングとしては機が熟していると言えるのではないかと思います。

by urag | 2015-06-08 22:51 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
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