2015年 03月 22日
◎『吉本隆明全集』第8巻は代表作『言語にとって美とはなにか』を全1巻で収録 吉本隆明全集8[1961‐1965] 吉本隆明著 晶文社 2015年3月 本体6,300円 A5判変型上製600頁 ISBN978-4-7949-7108-1 版元紹介文より:長く深い時間の射程で考えつづけた思想家の全貌と軌跡がここにある。第8巻には、党派的な文学論を一掃するため、言語についての基礎的な考察から取り組まれた画期的な労作『言語にとって美とはなにか』を収録する。月報は、岡井隆氏・ハルノ宵子氏が執筆。 ★まもなく発売(3月25日発売予定)。第5回配本は1961年~1965年を扱う第8巻で、吉本さんの代表作のひとつ、『言語にとって美とはなにか』が全1巻で収録されています。「もうじぶんの手で文学の理論、とりわけ表現の理論をつくりだすほかに道はないと思った」(「序」13頁)との並々ならぬ決意から書き綴られた同作はまず1961年から1965年に『試行』で連載され、その後、加筆訂正されて2巻本として勁草書房から1965年に単行本化されました。その後、勁草の全著作集版や角川文庫の改訂新版、角川選書および角川ソフィア文庫の定本が出るわけですが、全1巻だったのは勁草の全著作集版のみです(より正確に言うと、角川ソフィア文庫の電子書籍版では紙媒体の全2巻が合本全1巻となっています)。今回の全集版は角川ソフィア文庫の「定本」2分冊を底本としつつ、「角川ソフィア文庫版とそれが底本とした角川選書版との間にある異同も含め、疑問箇所は初出およびそれ以降の版すべてを校合し、あらたに本文を確定し」、「引用文は可能な限り原文に当たり校訂した」(間宮幹彦さんによる巻末解題より)とのことです。 ★最初の単行本化のあとがきで吉本さんはこう書いています。「いままでいくつかの著書を公刊しているので、つながりをもった小さな出版社もひとつふたつないではなかった。しかし本稿はみすみす出版社に損害をあたえるだけのような気がして、わたしのほうからはなじみの出版社に公刊をいいだせなかった。それでいいとおもったのである。最小限『試行』の読者がよみさえすればわたしのほうにはかくべつの異存はなかった」(557頁)。このあと某版元がいったん企画として検討したものの諦め、後発の勁草書房さんが採用したわけですが、それにしてもこの最初の「あとがき」には出版人に色々のドラマを想像させる味わい深さがあります。それは採用不採用にまつわる話が面白いかどうかというのではなくて、自作に対する思いや編集者との距離感に表れている書き手の意識の興味深さです。書き手の「勝利」とは何か。そこに本作の深淵が潜んでいる気がします。 ★「月報5」は岡井隆さんによる「『言葉からの触手』に触れながら考えたこと」と、ハルノ宵子さんによる「混合比率」を収録。岡井さんはこう書いておられます。「吉本さんの思想本とは違って、『言葉からの触手』はなにかを教えてくれる本ではない。豊かに、ひとりだけの連想をさそう本である。外国旅行にもっていくには、ふさわしい本といえる」。なお、全集編集部からのお知らせには「二年目以降は隔月刊と予告しておりましたが、編集上の万全を期するため、この先も三カ月に一冊の刊行にあらためたいと思います」とあります。次回配本は第9巻、6月刊予定。刊行ペースがひと月ずつ延びていくことは、編集作業の大変さを思えばどうということはありません。ただ、京都の某書店さんの場合、全巻予約者が次々と急逝されているとのことで、熱心な読者の年齢層が高い分、完結までの長い道のりの中ではそうしたことも避けがたいのかもしれません。 ◎注目新刊雑誌:『なnD』第3号、『現代思想』4月臨時増刊号 『なnD 3』nu、2015年2月、本体800円、B6変型判並製152頁、ISBNなし 『現代思想』2015年4月臨時増刊号「総特集=菅原文太――反骨の肖像」青土社、2015年3月、本体1,300円、A5判並製198頁 ISBN978-4-7917-1298-4 ★『なnD(なんど)』は「なんとなく、クリティック」「nu」「DU」の3誌の編集者である森田真規、戸塚泰雄、小林英治の3氏が「1週間くらいでガッと集中して」(編集後記より)作っているという雑誌で、第3号では近代ナリコさんの短篇や坪内祐三さんのインタビュー、ドミニク・チェンさんの日記などが収録されています。なかでも、先月(2015年2月13日)営業を終了した京都の書店「ガケ書房」の店主・山下賢二さんのロング・インタビュー「ガケ書房の11年とこれからの本屋のかたち」(114-151頁)が業界人には必読かと思われます。ガケ書房はまもなく4月1日より京都市左京区浄土寺馬場町71の「ハイネストビル」1~2Fで「ホホホ座」として営業を再開するとのことで、1Fで新刊と雑貨、2Fで古書と雑貨を扱うそうです。また、ガケ書房で昨夏自主制作された本『わたしがカフェをはじめた日。』の増補普及版がまもなく小学館より4月1日取次搬入発売とのことです。 ★このところ臨時増刊号を連発してただならぬ気迫を感じさせる『現代思想』ですが、先だって逝去された俳優の菅原文太さんを特集した4月臨時増刊号にも、やはり業界人必読のエッセイが収録されています。東京堂書店本店の元店長・佐野衛さんのエッセイ「菅原文太さんの書店訪問」です。菅原さんの旺盛な探究心に全力の真剣勝負で応じた佐野さんが披露する数々のエピソードは、俳優の凄みだけでなく、書店員の覚悟をも伝えるもので、さながら剣術の立ち合いを目の当たりにするようでした。その研ぎ澄まされた一期一会の積み重ねに鳥肌が立ちます。ちなみに『現代思想』の編集長の栗原一樹さんは、3月20日よりリブロ池袋本店とリブロ福岡天神店のCartographiaコーナーで開催スタートしたブックフェア「新しいリベラルアーツのためのブックリスト」にも選書人の1人として参加されています。47人もの選書人がそれぞれの主題のもと3冊ずつ選ぶのですが、栗原さんのご担当はそのものズバリ「現代思想」。そこでありがたいことに弊社刊、岡本源太『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』を挙げて下さっています。また「写真集」を担当されている大竹昭子さんはドアノー『不完全なレンズで』を揚げて下さいました。ブックリストは撰者コメント付きで小冊子になって無料配布されていますから、ぜひ皆さん入手されてみて下さい。 ◎平凡社さんの新刊より:ハイデガーの弟フリッツに光をあてたユニークな評伝と、イエイツの初訳物語 『マルティンとフリッツ・ハイデッガー――哲学とカーニヴァル』ハンス・ディーター・ツィンマーマン著、平野嘉彦訳、平凡社、2015年3月、本体3,000円、4-6判上製290頁、ISBN978-4-582-70338-2 『赤毛のハンラハンと葦間の風』W・B・イェイツ著、栩木伸明編訳、平凡社、2015年3月、本体2,500円、B6変型判上製176頁、ISBN978-4-582-83687-5 ★『マルティンとフリッツ・ハイデッガー』は発売済。原書は、Martin und Fritz Heidegger: Philosophie und Fastnacht (Beck, 2005)です。著者のツィンマーマン(Hans Dieter Zimmermann, 1940-)さんは『カフカとユダヤ性』(清水健次ほか訳、教育開発研究所、1992年)の共編者であり、来日されたこともあります。単独著が訳されるのは本書が初めてです。版元紹介文によれば「マルティンとフリッツの兄弟関係を軸にした小評伝。高名な哲学者と故郷の朴訥な庶民という対比から、ハイデッガー哲学の本質へ導く」というユニークな本。巻頭には著者による「日本の読者のための序文」が付されています。「日本の読者は、この書のなかで、哲学者の甥であるハインリヒ・ハイデッガーが私に伝えてくれた、これまでわずかしか、あるいはまったくといっていいほどに、知られていなかった、ハイデッガーの家族の消息をみいだすことでしょう。〔マルティンの弟フリッツ・ハイデッガーは〕困難な時代に兄の原稿を保管し、複写し、兄に修正を促すこともまれではなかった、文字どおり血を分けたパートナーであり、協力者でした」(2~3頁)。フリッツは銀行員であり、読書家であり、信仰心の厚いカトリック教徒だったと言います。ナチズムに幻惑されなかった彼の言動が本書では紹介されています(第11章「一九三七年のカーニヴァル」)。興味深いエピソードが満載の好著です。 ★『赤毛のハンラハンと葦間の風』は発売済。底本は『神秘の薔薇』1897年初版に収められたヴァージョンで、訳者によれば、その後の改作版よりも「見どころがはるかに多い」とのことです。『神秘の薔薇』には国書刊行会の「幻想文学大系」第24巻として井村君江・大久保直幹訳が80年に出ており、94年に新装版も刊行されましたが、現在は品切。この訳書にはハンラハンの物語は収録されていませんけれども、大久保さんによる巻末解説では「イェイツの創造した架空の吟遊詩人ハンラハンの遍歴を淡い幻想を混じえながら綴っている」等々と言及されています。ハンラハンをめぐる物語の初期のヴァージョンが栩木さんの懇切な解説とともに読めるようになったのは素晴らしいことで、本書には1899年の詩集『葦間の風』から18篇の新訳も併載されています。いずれもハンラハンの物語と響き合う作品です。今年2015年はイェイツ生誕150周年にあたるそうで、願わくば『神秘の薔薇』を平凡社ライブラリーで再刊していただけたらと願わずにはいられません。 ◎作品社さんの新刊より:アーリによる「移動の社会学」と、初訳作家による全米100万部突破の小説 『モビリティーズ――移動の社会学』ジョン・アーリ著、吉原直樹・伊藤嘉高訳、作品社、2015年3月、本体3,800円、46判上製504頁、ISBN978-4-86182-528-6 『孤児列車』クリスティナ・ベイカー・クライン著、田栗美奈子訳、作品社、2015年3月、本体2,400円、46判並製368頁、ISBN978-4-86182-520-0 ★『モビリティーズ』は発売済。原書は、Mobilities (Polity Press, 2007)です。「モバイルな世界」「移動とコミュニケーション」「動き続ける社会とシステム」の3部構成。モノや人の移動だけでなく、ネットワーク資本やSNS等についても考察されており、出版人や書店人にとっても、第1章「社会生活のモバイル化」や第8章「つながる、想像する」、第10章「ネットワーク」、第11章「人に会う」、といった諸章は興味深く読めるのではないかと思われます。巻末の日本語版解説「アーリの社会理論を読み解くために」の冒頭で訳者の吉原さんはこう書いておられます。「アーリは〔・・・〕ヨーロッパやアメリカでは、社会学、いや広く社会科学において“モビリティ”を議事日程〔アジェンダ〕に上らせた社会理論家としてよく知られている。文字通り、モビリティーズ・スタディーズの第一人者である。そして本書は、その集大成をなすものである。〔・・・〕グローバル化が世界を席捲するいま、アーリは最も注目される社会理論家の一人であると言っても過言ではない」(433頁)。「モビリティーズ・スタディーズと銘打たれた本書は、The Anatomy of Capitalist Societies以降のアーリの近代認識とそれに寄り添う理論的推敲の到達点を示すものとしてある。とりわけ社会学の新たなアジェンダを構成する「移動論的転回」に明確に照準することになったSociology beyond Societiesの衣鉢を継ぐものとなっている。つまり、これまで断片的に語られてきたことにたいして、さしあたりトータルな認識が示されているということになる」(441頁)。2000年刊のSociology beyond Societiesは吉原さんの監訳で法政大学出版局から『社会を越える社会学』として2006年に刊行され、新装版が2011年に出ており、現在も入手可能。1981年刊のThe Anatomy of Capitalist Societiesはアーリの記念すべき本邦初訳本として清野正義監訳『経済・市民社会・国家――資本主義社会の解剖学』が法律文化社から1986年に刊行されていましたが、現在は品切。ちくま学芸文庫あたりで文庫化されてもおかしくない本です。 ★『孤児列車』は発売済。原書は、Orphan Train (William Morrow, 2013)です。イギリス生まれのアメリカの作家クリスティナ・ベイカー・クライン(Christina Baker Kline, 1964-)の作品が訳されるのは本書が初めてのようです。帯裏の紹介文に曰く「《孤児列車》とは、1854~1929年にアメリカ東海岸の都市から中西部へ、養子縁組のために20万人以上の孤児を輸送した実在の事業。だが現実には主に労働力として期待されており、兄弟が引き裂かれたり、きびしい環境下で肉体労働を強制され、虐待を受けた子どもも少なくない。本書は、当事者たちが口を閉ざしたためにほぼ忘れられていた《孤児列車》の痛ましい歴史に光を当てた長篇小説。『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラー・リストに1年以上入りつづけ、5週にわたって第1位を獲得、8カ月以上トップ3にランクインした。全米で100万部を突破し、Amazon.comの読者レビューは1万4000件に迫る。さらに、28カ国で出版されて150万部以上を売り上げ、今も感動の輪が世界中に広がりつづけている」とのことです。巻末附録には、インタヴュー「著者クリスティナ・ベイカー・クライン、作家ロクサーナ・ロビンソンと語る」と、資料「孤児列車小史」が併載されています。著者自身による本書の紹介動画を以下に掲出しておきます。
by urag
| 2015-03-22 23:21
| 本のコンシェルジュ
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