昔、とある版元で、出版を実現できなかった(あるいはできていない)企画書の束というのを見せてもらったことがあります。その束は、私の目にまさに宝の山に映りました。これが全部実現できていたらと思うと、企画書を見ているだけで幸せな気分になれるほど、それくらい良い企画が多かったのです(実現できないものの方が良く見えるということもないわけではありませんが)。
実現できなかった企画というのは、ボツ企画とは違います。なんらかの事情により、頓挫を余儀なくされたものです。もちろん結果的にはボツ企画であるとも言えます。しかしいつの日か、再挑戦ができないわけではないかもしれない。
尊敬するベテラン編集者さんにこんなことをたずねたことがあります。「今までのキャリアの中で、ご自身が作りたいと思った本のうち、何割くらいの出版を実現されたのでしょうか」と。不躾な質問でしたが、大先輩はこう答えてくださいました。「そうですね。実現できたのは半分以下です」。
これは、一概に編集者の能力の問題であるわけではありません。企画が諸般の事情で挫折することは珍しいことではありません。諸般の事情とは何でしょうか。書き手の事情、著作権の事情、出版社の事情、さまざまです。
出版は、タイミングと関係者の共同作業と経済的基盤、そしてそれらをひっぱる熱意が揃って、はじめて実現するもののように思います。本の洪水と言われる時代ですが、それらの本はじつは海から突き出ている氷山の一角に過ぎない。本として生まれることのできなかった「幻の書物」たちが、水面下に茫漠と広がっているのです。その数は膨大です。
「幻の書物」たちの全貌を見ることは誰にもできません。ボルヘスの描いた「バベルの図書館」に果てがないように。それらは本のかたちをなさぬまま、捨て置かれた企画書の紙上にまどろんでいます。あるいはその紙すらすでに破棄されたり焼却されている場合、かたちなき書物たちは、人間の頭蓋のうちに眠っているのです。(H)