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2015年 01月 11日

大冊『デリダ伝』と評伝『モーリス・ブランショ』

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◎大冊『デリダ伝』と評伝『モーリス・ブランショ』

デリダ伝』ブノワ・ペータース著、原宏之・大森晋輔訳、白水社、2014年12月、本体10,000円
モーリス・ブランショ――不可視のパートナー』クリストフ・ビダン著、上田和彦ほか訳、水声社、2014年12月、本体8,000円

人文書新刊の年末の大きなニュースは何といってもピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)の刊行でした。700頁を超える大冊で約6000円もする高額本であるにもかかわらず、大手書店チェーンでの実売数は私個人の予想をはるかに超えたものでした。ビジネス人文書における、サンデルや超訳ニーチェ以後の最大級のヒット作になりつつあります。すでに関連書が複数冊あり、今後も増えることが予想されます。

ピケティに比べると一般的な認知度が低いかもしれませんが、年末の思想書界隈では重要な新刊が2点発売されました。デリダ伝とブランショ伝です。デリダ伝が800頁、ブランショ伝が600頁強とどちらも大冊。『デリダ伝』はデリダ没後十年の掉尾を飾るもので、本格的伝記の登場は日本初です。デリダをめぐる様々なドラマチックな人間模様は、帯文にある通り「フランス現代思想の一大絵巻」と呼ぶにふさわしいもので、めくるめきその星座のまたたきに興味は尽きません。近年翻訳された哲学者の伝記の中では圧倒的な存在感だと思います。『獣と主権者I』に続き、neucitoraの刈谷悠三さんによるトータルデザインも、人文書の造本設計の新時代を感じさせるものです。

『モーリス・ブランショ――不可視のパートナー』もここ十年来待たれていた訳書でした。訳者は上田和彦・岩野卓司・郷原佳以・西山達也・安原伸一朗の5氏。『デリダ伝』と併せて買うと2万円近い出費になりますが、この2冊は合わせ買いに最適です。デリダとブランショが親密な関係であったことは周知の通りです。2人はまた、一時期まで顔写真がほとんど出回らない「顔の(見え)ない知識人」でもありました。特にブランショはその人生そのものもほとんど知られておらず、賞賛されるにせよ批判されるにせよ、著作がその対象でした。共訳者の郷原さんが巻末解説「伝記的なものをめぐる伝記的エッセイ」で指摘されている通り、「信頼できる著者による伝記が強く求められ」ていました。ビダンによる本書こそその期待に応える1冊です。


◎水声社さんの12月~1月新刊より

ヘンリー・ミラー・コレクション(13)わが生涯の書物』本多康典ほか訳、水声社、2014年12月、本体、5,000円
古書収集家』グスタボ・ファベロン=パトリアウ著、高野雅司訳、水声社、2014年12月、本体2,800円
骨の山』アントワーヌ・ヴォロディーヌ著、濵野耕一郎訳、水声社、2015年1月、本体2,200円
フランス・ロマン主義(1)作家の聖別――一七五〇−一八三〇年 近代フランスにおける世俗の精神的権力到来をめぐる試論』ポール・ベニシュー著、片岡大右ほか訳、水声社、2015年1月、本体8,000円

先月から今月にかけての水声社さんの新刊には、ブランショ伝のほか、上記のものがありました。ミラー『わが生涯の書物』は『わが読書』(田中西二郎訳、新潮社、1960年)に続く新訳です。共訳者の本田康典さんによる巻末解説今回の新訳では「英語版の付録に代えて、フランス語版(1957年)の巻末に付録として掲載されている読書リストを訳出した」とのことです。膨大な読書リストに圧倒されます。読書家ミラーがいかに書物を自らの血肉としてきたかを本書は明かしています。次のような1節は出版に関わる者の胸を強く打つものではないでしょうか。

「本は、読者から読者への情熱的な推薦を通じて生きるのだ、人間のうちにあるこの基本的衝動を抑えられるものなどなにもない。皮肉屋や厭世家が何と言おうと、人間はいつまでも最深の経験を分かち合うために励んでいくだろうとぼくは信じている。/書物は、ひとが深く大事にしている数少ないもののひとつだ。そして、善人であればあるだけ、簡単に自分のもっとも大切にしていた持ちものを手放すだろう。本棚にただ置いてあるだけの本は、無駄な弾薬だ。金銭と同じく、本は絶え間のない流通状態になければいけない。最大限に貸し借りすること――本も金銭も! だが、本の場合はとくにそうだ。本は金銭よりも無限に有意義なのだから。本は友であるだけでなく、友を作ってくれる。心と精神で本を所有すれば、豊かになれる。だが、本を手渡し続けるなら、三倍も豊かにしてくれる」(第一章「彼らは生きていてぼくに語りかけた」野平宗弘訳、32頁)。

ファベロン=パトリアウ『古書収集家』とヴォロディーヌ『骨の山』は小説です。『古書収集家』の原書はEl anticuario (Peisa, 2010)で、1966年ペルー生まれの著者による初めての推理小説作品です。著者は現在アメリカのボードン大学(ボウドインとも)で教鞭を執っています。ヴォロディーヌ『骨の山』は版元紹介文によれば「《ポスト・エグゾチスム》という新しい文学運動の創始者であり、複数のペンネームで独自の世界観を生み出し続ける奇才による、〈監禁学〉小説」。原書はVue sur l'ossuaire (Gallimard, 1998)です。これまでに2冊の既訳書、『アルト・ソロ』(塚本昌則訳、白水社、1995年)と『無力な天使たち』(門間広明・山本純訳、国書刊行会、2012年)があります。現在来日中で今月、早大、学習院、東大駒場などでイベントがあります。書名のリンク先をご参照ください。

ベシニュー『作家の聖別』は帯文に曰く「19世紀前半、宗教的権力に代わり、世俗的な聖職者たらんとした詩人、文学者たちの「聖別」の過程を克明に追いながら、いかにして文学が高い精神的職務を担うよう求められるに至ったのかを論じる。フランス・ロマン主義を徹底的に解明する渾身の長大評論、第一巻」。原書はRomantismes français, tome I: Le sacre de l'écrivain / Le temps des prophètes (Gallimard, 2004)です。『フランス・ロマン主義』は全4部作で、それぞれ初版の刊行年は『作家の聖別』(1973年)、『預言者の時代』(1977年)、『ロマン主義の祭司』(1988年)、『幻滅の流派』(1992年)です。現在では全2巻に全4部が収められており、その第1巻に収められた第1部『作家の聖別』が巻頭の「作家の行程――ポール・ベニシューへのインタビュー」(『ル・デバ』誌第54号、1989年)とともに今回翻訳されたことになります。同じく第1巻に収められた『預言者の時代』の続刊が予定されています。文学史家のポール・ベニシュー(Paul Bénichou, 1908-2001)はアルジェリアに生まれ、フランスの中等教育でながらく教鞭を執ったのち1958年よりアメリカのハーヴァード大学で教えました。既訳書は『偉大な世紀のモラル――フランス古典主義文学における英雄的世界像とその解体』(朝倉剛・羽賀賢二訳、法政大学出版局、1993年)の1冊のみです。

このほか、現物をまだ見ていないのですが、水声社さんの先月の新刊には、金澤智『アメリカ映画とカラーライン――映像が侵犯する人種境界線』(水声社、2014年12月、本体2,800円)や『小島信夫短篇集成(3)愛の完結/異郷の道化師』(水声社、2014年12月、本体8,000円)がありました。


◎12月の注目新刊と、2014年下半期の注目新刊拾遺

アリストテレス全集(19)アテナイ人の国制/著作断片集1』岩波書店、2014年12月、本体6,000円
イメージとしての女性――文化史および文学史における「女性的なるもの」の呈示形式』ジルヴィア・ボーヴェンシェン著、渡邉洋子・田邊玲子訳、法政大学出版局、2014年12月、本体4,800円
現代革命の新たな考察』エルネスト・ラクラウ著、山本圭訳、法政大学出版局、2014年12月、本体4,200円

先月の注目新刊を何点か思い出しておきたいと思います。『アリストテレス全集(19)』は新訳全集の第8回配本で、橋場弦訳「アテナイ人の国制」と、國方栄二訳「著作断片集1」の訳と解説を収めています。旧訳では第17巻に村川堅太郎訳「アテナイ人の国制」と、宮内璋・松本厚訳「断片集」が収録されていました。村川訳「アテナイ人の国制」は岩波文庫でも読むことができます。新訳版の「月報8」は、桜井万里子「『アテナイ人の国制』の歴史叙述」と、木田元「アリストテレスの読み方――ハイデガーの場合」を掲載。木田さんは昨年8月にお亡くなりになっておられますので、このテクストが最後の時期のひとつになるのかと思われます。次回配本は3月末、第6巻『気象論/宇宙について』です。

ボーヴェンシェン『イメージとしての女性』とラクラウ『現代革命の新たな考察』はいずれも「叢書・ウニベルシタス」の新刊。『イメージとしての女性』の原書はDie imaginierte Weiblichkeit (Suhrkamp, 1979)です。20世紀後半のフェミニズム研究/ジェンダー論に欠かせない古典の待望の翻訳で、ボーヴェンシェンの訳書が出るのはこれが初めてです。『現代革命の新たな考察』の原書はNew Reflections on the Revolution of Our Time (Verso, 1990)で、巻末にはスラヴォイ・ジジェクによる論考「言説-分析を超えて」が付録として収められています。ラクラウの単独著が翻訳去るのは、『資本主義・ファシズム・ポピュリズム――マルクス主義理論における政治とイデオロギー』(横越英一監訳、柘植書房、1985年)以来で、実に30年近い年月を経ての2冊目となる意義深いものです。ボーヴェンシェンにせよラクラウにせよ、これをきっかけに訳書が増えていくと嬉しいです。

ヤン・パトチカのコメニウス研究――世界を教育の相のもとに』ヤン・パトチカ著、相馬伸一ほか訳、九州大学出版会、2014年8月、本体4,400円
街道手帖』ジュリアン・グラック著、永井敦子訳、風濤社、2014年8月、本体3,200円
空虚人と苦薔薇の物語』ルネ・ドーマル著、 巖谷國士訳、建石修志画、風濤社、2014年10月、本体2,000円

ここ最近の本ではありませんが、最近やっと購入できた既刊書についてご紹介したいと思います。20世紀チェコを代表する偉大な哲学者ヤン・パトチカ(Jan Patočka, 1907-1977)の著書はこれまでに代表作『歴史哲学についての異端的論考』(石川達夫訳、みすず書房、2007年)のみが翻訳されていましたが、昨夏、彼のコメニウス論8本をまとめた日本語版オリジナル論集『ヤン・パトチカのコメニウス研究』が刊行されました。編訳者の相馬伸一さんによるあとがきによれば、本書の企画は「いくつもの出版社に提案しては断られた」そうで、茫然とせざるをえません。これはパトチカへの評価が低いというよりは、商業出版のハードルの高さや、研究者と出版社のマッチングの難しさ、出会いの難しさを示していると思われます。パトチカを高く評価している編集者は一定数いるはずで、私もその一人です。しかし、個人が高く評価しているからといって社内で企画が通るとは限らず、また、高く評価している編集者に研究者が出会えるとは必ずしも限らないというのが現実なのでしょう。同じように、編集者が研究者に出会えるかどうかというのも難しい問題です。出版人と研究者や作家の幸運な出会いを仲介する紹介サイトのようなものを作ればいいのでしょうか。

グラック『街道手帖』とドーマル『空虚人と苦薔薇の物語』はいずれも風濤社さんの既刊書です。『街道手帖』は同社の魅力的なシリーズ「シュルレアリスムの本棚」の第3回配本です。「グラック最後の著作〔・・・〕80歳を超えたグラックが編んだ188篇の断章」と帯文にあります。原書はCarnets du grand chemin (José Corti, 1992)で、1974年から1990年に書かれた覚書から編まれているとのことです。シリーズの次回配本は今月下旬刊、エルネスト・ド・ジャンジャンバック『パリのサタン』(鈴木雅雄訳、アンドレ・ブルトン序文、風濤社、2015年1月)だそうで、すでにオンライン書店での予約受付が始まっています。『空虚人と苦薔薇の物語』は『類推の山』(河出文庫、1996年)の話中話で、建石修志さんによる美しく幻想的な挿画によって新たな命を与えられています。今後も風濤社さんのシュルレアリスム関連書を楽しみにしたいです。

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by urag | 2015-01-11 22:09 | 本のコンシェルジュ | Comments(2)
Commented by 久野広 at 2015-01-12 15:04
ブランショ伝、とうとう刊行されましたね!小さな出版社にもかかわらず奮闘されている水声社のこうした仕事には敬意を払いたいと思います。
最良の伝記は最良の思想書でもあると思います。ウィトゲンシュタイン、アドルノ、デリダ、ブランショときましたので、後は本年中頃にはでると聞いているサルトル伝でしょうか。
ピケティの「21世紀の資本」が売れていることは、反知性主義の跋扈する時代にあってささやかな希望を感じます。
出版人と研究者、作家を繋ぐ仕事、非常に魅力を感じます。まさに「天使的な仕事」ではないでしょうか?いつか、そうした仕事を一緒にできる機会に恵まれれば嬉しい限りです。

Commented by urag at 2015-01-13 10:38
久野広様、いつもご高覧いただきありがとうございます。「最良の伝記は最良の思想書」、まさにその通りですね。サルトル伝もきっと今年は出るのではと想像します。人と人、人と作品を繋ぐ新しいエージェント業というのは実際に必要な気がします。類似する業種は色々とあるのですが、まだ改善の余地がある分野なのかもしれません。


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