2014年 12月 14日
![]() ◎『アイデア』誌の「日本オルタナ出版史」3部作が完結 アイデア No.368:日本オルタナ精神譜 1970-1994 否定形のブックデザイン 誠文堂新光社 2014年12月 本体2,829円 A4変判216頁 ISSN0019-1299 ★発売済。誌名のリンク先で立ち読み可能です。「No.354:日本オルタナ出版史 1923-1945 ほんとうに美しい本」(2012年8月)、「No.367:日本オルタナ文学誌 1945-1969 戦後・活字・韻律」(2014年10月)に続く3部作完結篇です。企画と構成を担当された郡淳一郎さんによる巻頭の「覚え書」によれば、「「社内装丁・編集装丁」を主要な対象とし、通念としての「文学=小説」でなく詩と翻訳に焦点化して敗戦国日本の出版における絶望と憧憬の精神史」を辿る試みです。数々の「出版遺産」とも言うべき代表的な書物と出版人の美しいカタログです。 ★編集担当の室賀清徳さんによる「ポストスクリプト」には同誌「No.310:日本のタイポグラフィ 1995-2005」(2005年5月)に掲載された座談会「タイポグラフィの七燈」(郡淳一郎+白井敬尚+室賀清徳)での郡さんのこんな発言が引かれています。「出版する、パブリッシュするというのは単なる情報発信や自己表現じゃない。それは自己否定の契機でもあって、物質によってエゴイズムを断念させられて、しかしその物質によって他者とつながることで、本質的に孤独から癒されるという、逆説的なメディアです」。これに続けて室賀さんはこう書きます。「つまり「オルタナ出版史」とはこれまで「正史」とされている大手版元中心の出版史に対する「外史」であると同時に、書物のメディア的逆説に賭け金を置いてきた編集者・出版人のエートスでもある」(176頁)。お二人の言葉に大きな共感を覚えます。 ★集約され書かれることによって物質的存立を再保証されるのが歴史だとすれば、「アイデア」誌のこれらの特集号は、散逸したまま忘失されたかもしれない過去のありようを掬い取った(=救った)貴重な試みです。国会図書館資料収集の原装保存担当諸氏は「造本装幀コンクール」などに頼ってないでこの3部作の「精神」を吸収されると良いでしょう。つまり「本は野に降りて自分で探せ」ってことです。 ★なお「アイデア」誌は来年より隔月刊から季刊(3・6・9・12月)になるとのことです。また、「日本オルタナ出版史」3部作完結を記念して以下のトークイベントが明晩行われます。 ◆「日本オルタナ出版史」3部作完結記念トークショー 登壇者:郡淳一郎、山中剛史、山本貴光、内田明、扉野良人、室賀清徳 日時:2014年12月15日(月)19時~(開場18時30分) 場所:東京堂書店神田神保町店6階 東京堂ホール 料金:参加費800円(要予約・ドリンク付き) ※店頭または電話(03-3291-5181)、メール(shoten@tokyodo-web.co.jp)にて、「郡さん山中さん山本さん内田さん扉野さん室賀さんイベント参加希望」とお申し出いただき、名前・電話番号・参加人数をお知らせ下さい。 ※当日17:00より1階総合カウンターにて受付を行います。参加費800円(ドリンク付き)をお支払い頂いた上で、1Fカフェにて、カフェチケットと指定のドリンクをお引換えください。イベントチケットは6階入口にて回収致しますので、そのままお持ちください。尚ドリンクの引換えは当日のみ有効となります。 ◎弘文堂のシリーズ「現代社会学ライブラリー」が完結 恐怖と不安の社会学 奥井智之著 弘文堂 2014年12月 本体1,300円 4-6判並製176頁 ISBN978-4-335-50138-8 帯文より:わたしたちの不安と恐怖は、どこからくるのか? 制御不能のリスクとどう対峙するか。グローバル化=個人化社会の根幹を問う社会学的分析。 ★シリーズ「現代社会学ライブラリー」最終回配本となる第16弾です。書名のリンク先で目次詳細がご確認いただけるほか、立ち読みも可能です。奥井さんは「あとがき」でこう書かれています。「わたしは本書で、たびたびこう書いた。わたしたちは今日、恒常的に恐怖と不安に取り憑かれている、と。まさにそれは、グローバル化=個人化社会の「恐怖と不安」の様相を一言で表現したものである。グローバル化=個人化社会とは別名、非コミュニティ社会である。人々はそこで、自由に自己をデザインできる。ある意味ではそれは、人々が長年夢見てきたことである。しかし「自己をデザインする夢」は、夢から醒めれば悪夢も同然である。本書『恐怖と不安の社会学』が描いたのは、そういう悪夢の世界である」(165頁)。 ★「自己をデザインすること」とは何でしょうか。「自己を発見し、創造し、実現し、表現し、演出し、提示し、証明・・・することが、わたしたちの日々の課題となりつつある」(165頁)と奥田さんは書いておられます。現代人に恒常的に求められているというこの「自己をデザインすること」については、奥田さんは前著『プライドの社会学――─自己をデザインする夢』(筑摩選書、2013年)で考察されています。『恐怖と不安の社会学』においては第3章「信仰――冒険に立ち向かう」でドラッカーに言及しつつ奥田さんはこう論じます。「もはや社会による救済」が期待できないとき、人々は何をなしうるか。ひょっとしたらそれは、自分で自分自身をマネジメントすることでしかないのかもしれない。その意味でドラッカーは、恐怖と不安に満ちた時代の教祖的存在なのである」(65頁)。最近の日本ではもう一人教祖が増えたかもしれません。心理学者のアルフレッド・アドラーです。 ★また、こうも書かれています。「読者に断っておきたい。今日の社会学では統計的な資料をもとに、実証的に議論を展開するのが通例である。わたしは本書で、そういう方法をほとんどとっていない。わたしが題材として使っているのは、もっぱら小説や映画(あるいはせいぜい、実際に起こった事件の記録)である」(164-165頁)。確かに本書では国内外の様々な小説や映画が、社会的結合の弱くなった現代のグローバル化=個人化社会を分析するうえで各所において言及され参照されていますが、むろんそれだけでなく著名な社会学者たちやその他の領域の学者たち――哲学者や経済学者、経営学者や民俗学者、歴史学者、等々――も頻繁に登場します。社会学の棚に押しこめておけばいい本ではなく、文芸書や哲学書、ビジネス書の新刊台にも紛れて置かれてもいいのではないかと思います。本書は読者との偶然の出会いを必要としている気がします。 ◎注目既刊書より 『ピアノを弾く哲学者――サルトル、ニーチェ、バルト』フランソワ・ヌーデルマン著、橘明美訳、澤田直解説、太田出版、2014年12月、本体2,400円、ISBN978-4-7783-1415-6 『フィヒテ全集(17)ドイツ国民に告ぐ/政治論集』晢書房、2014年11月、本体8,500円、ISBN978-4-915922-46-6 『フロイト技法論集』藤山直樹編監訳、坂井俊之・鈴木菜実子編訳、岩崎学術出版社、2014年11月、本体3,000円、ISBN978-4-7533-1082-1 『科学革命』ローレンス・M・プリンチペ著、菅谷暁・山田俊弘訳、丸善出版、2014年8月、本体1,000円、ISBN978-4-621-08772-5 『セーレン・キェルケゴール 北シェランの旅――「真理とは何か」』橋本淳著、創元社、2014年5月、本体5,800円、ISBN978-4-422-93073-2 ★『ピアノを弾く哲学者』は今月来日を果たしたフランスの哲学者ヌーデルマン(François Noudelmann, 1958-)の初めての訳書です。原書は、Le toucher de philosophes: Sartre, Nietzsche et Barthes au piano (Gallimard, 2008)。本書を書くきっかけになった「サルトルがショパンを弾く」映像は下記の動画でご確認いただけます。ヌーデルマンが指摘するようにその演奏はぎこちないものです。「奇妙なことだが、彼の演奏にはリズムがない」(30頁)。自らもピアノをたしなむヌーデルマンの観点は「人はピアノを弾くことによって世界、過去の世代、そして同時代に対して独自の姿勢をとることになるのではないか」(9頁)というものです。「人がピアノを弾くときにとる姿勢からは、その人の存在のすべてが見えてくる」(26頁)とヌーデルマンは書きます。 ★彼はサルトルのピアノ演奏に「時代と共にありながら、同時に自分の時間ももつ」(53頁)姿を読み込みます。「世界を覆すためには再評価や革命だけではなく、休止が、リズムの乱れが、固有のテンポが必要であり、サルトルにとってはそれがピアノの演奏だったのである」(67頁)というのが、サルトルに対するヌーデルマンの評価です。単なる印象論に留まらない説得力を感じる、興味深いエッセイです。本書はサルトル論のあと、ニーチェ論とバルト論が続きます。下記の二番目の動画は本書の次に刊行されたヌーデルマンの単著、Les airs de famille, une philosophie des affinités (Gallimard, 2012)についての彼本人のコメントです。この本とほぼ同時期にヌーデルマンは三島由紀夫の『豊饒の海』を主題にした『墓』(Tombeaux : D'après La Mer de la fertilité de Mishima, Éditions Cécile Defaut, 2012)という著書を上梓しており、大いに興味をそそられます。 ★『フィヒテ全集(17)ドイツ国民に告ぐ/政治論集』は全23巻補巻1のうち、第22回配本。「ドイツ国民に告ぐ(1808年)」早瀬明訳、「「ドイツ国民に告ぐ」への付録(1806年)」菅野健・杉田孝夫訳、「ドイツ人の共和国――政治論断片(1807年)」菅野健・杉田孝夫訳、「祖国愛とその反対――愛国的対話(1807年)」菅野健・杉田孝夫訳、「著作家としてのマキァヴェッリについて――並びに著作からの抜粋(1807年)」菅野健・杉田孝夫訳、「知識学についての講義を中断しての聴講者に向けての講演(1813年2月19日)」菅野健・杉田孝夫訳、「関連書簡」菅野健・杉田孝夫訳、が収録されており、それぞれに解説が付されています。晢書房さんは私の知る限りウェブサイトも目録もお作りにはならない版元さんなので、本書もジュンク堂書店池袋店さんの人文書新刊棚で見つけるまでは刊行に気づきませんでしたけれど、フィヒテの連続講演「ドイツ国民に告ぐ」の新訳は近年では石原達二訳(玉川大学出版部、1999年)以来のことで、これは決して小さな出来事ではありません。 ★晢書房版『フィヒテ全集』の続刊で残っているのは第10巻「哲学評論・哲学的書簡集」と第14巻「1805-07年の知識学」のみです。刊行が開始されたのは1995年2月。時流に媚びないその出版の姿勢に励まされます。 ★『フロイト技法論集』は先日も言及しましたが、底本はストレイチーによる英語標準版。底本と人文書院版著作集と岩波書店版全集を今回の新訳と徹底的に一文ずつ対照して仕上げられたという労作です。9篇のそれぞれの末尾には監訳者注として、底本と既訳との間の翻訳の精度や解釈の違いなどについて率直なコメントが披露されています。本書に対する賛成意見や反対意見はおそらく様々あるのかもしれませんけれども、新訳への飽くなき挑戦による果実をこうして享受できることのありがたさに感謝したいです。 ★プリンチペ『科学革命』と橋本淳『セーレン・キェルケゴール 北シェランの旅――「真理とは何か」』の2冊は東京堂書店神田神保町店の人文書売場で見つけたものです。2冊とも刊行に気づいていなかったのはうかつでした。同店の哲学思想棚は担当の三浦亮太さんによるもの。限られたコンパクトな棚数の中でもっともスタンダードでもっとも目配りの利いた端正な哲学棚を作ることにかけては東京では三浦さん以上の職人はいないと言っても過言ではありません。しかもたいてい「これは」と思う本をちょうど見やすい高さに1冊差しておられるので、私にとっては「三浦さんのおかげでこの本と出会えた」という経験が幾度となくあります。また、版元品切本も根気よく補充発注されるため、珍しい本がさりげなく並んでいることもあるのが「三浦棚」の魅力です。 ★『科学革命』は丸善出版さんの新書シリーズ「サイエンス・パレット」の1冊。このシリーズはオックスフォード大学出版の「Very Short Introduction」シリーズから選ばれた既刊書の翻訳と日本の書き手による書き下ろしをミックスしたものです。プリンチペ(Lawrence M. Principe)の専門は初期近代の科学史(特に錬金術/化学)で、本書でもその鮮やかな筆さばきで16~17世紀における自然哲学者たちの群像を手際良く紹介してくれます。近著『錬金術の秘密』(The Secrets of Alchemy, the University of Chicago Press, 2013)は、勁草書房さんの「BH叢書」の続刊予定にヒロ・ヒライさんの訳でエントリーされています。 ★『セーレン・キェルケゴール 北シェランの旅』はキェルケゴール生誕200年記念出版。本書はまず第1部でデンマーク・北シェランへのキェルケゴールの旅行日誌とその注解書を最新のデンマーク語原典全集(SKS 17およびSKS K17)より全訳し、第2部では訳者の橋本淳さんがキェルケゴールの旅程を実地検分されています。第3部は橋本さんによる3篇の関連論文を収録。本書のほか、橋本さんによるキェルケゴールの日誌の翻訳には『セーレン・キェルケゴールの日誌(I)永遠のレギーネ』(橋本淳編訳、未來社、1985年)があります。
by urag
| 2014-12-14 23:33
| 本のコンシェルジュ
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