2014年 08月 03日
世界精神マルクス 1818-1883 ジャック・アタリ著 的場昭弘訳 藤原書店 2014年7月 本体4,800円 A5判上製584頁 ISBN:978-4-89434-973-5 帯文より:マルクスの実像を描きえた、唯一の伝記。“グローバリゼーション”とその問題性を予見していたのは、マルクスだけだった。そして今こそ、マルクスを冷静に、真剣に、有効に語ることが可能になった。その比類なき精神は、どのように生まれ、今も持続しているのか。 ★発売済。原書は、Karl Marx ou l'esprit du monde(Fayard, 2005)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。訳者は『超訳資本論』や『共産党宣言』の新訳を手掛けられてきた的場さんです。マルクスを再評価する研究書や入門書は数多いですが、アタリの本は伝記という体裁のためか研究書より断然読みやすく親しみやすいです。マルクスの生き様への理解を通じてその思想に再接近することができます。全7章構成で、最初の6章でカール・マルクスの誕生から死までを描写し、第7章で死後のマルクス思想の影響力に言及します。マルクスが文明化=資本主義のグローバル化の果てに展望した共産主義についてもマルクス自身の言葉を引きつつ分かりやすく説明してくれます。マルクス思想を「グローバリゼーションの思想」ととらえ、それがもつ曖昧さもまた彼が世界で広く読まれることになった原因だと分析しています。アタリは自分がマルクス主義者であったことはないとはっきり述べていますが、だからこそ、マルクスを過剰にありがたがらずに適度な距離感がある伝記を書きえたのではないかと思います。マルクスを信奉していない読者にこそ本書はお薦めです。なお、的場昭弘さんによるアタリの訳書としては『ユダヤ人、経済と貨幣の人類史』(予価2,800円)が作品社より2014年9月に刊行予定です。 ★藤原書店さんの注目新刊にはこのほかに『なぜ今、移民問題か(別冊『環』20)』(宮島喬・藤巻秀樹・石原進・鈴木江理子=編集協力、藤原書店、2014年7月、本体3,300円、菊大判並製376頁、ISBN978-4-89434-978-0)があります。帯文に曰く「「移民問題」の歴史・現在・未来を正面から問う画期的論集。不可避的に迫る「移民社会」到来にどう向き合うのか? 短期的な労働力確保の問題としても、日本社会の長期的な人口維持の問題としても、「移民」というテーマから目を背けることが不可能となってきている現在、労働、教育、法・権利、レイシズムなどの主要な論点について、第一線の論者の寄稿により、長期・短期の歴史を踏まえつつ、多文化共生社会の実現への方途を探る」と。また、巻頭の「序」は、編集長の藤原良雄さんと編集協力の四氏の連名でこう読者に語りかけています。「ラディカルに(根底から)問う、歴史に遡って現在・未来を問う、という本誌の二大編集方針に沿い、この別冊ではこれまでの出入国管理政策や移民を巡る歴史を検証するとともに、日系南米人や外国人技能実習生の受け入れで何が起こっているかなど外国人集住地域の実態を分析し、人口減少、グローバル化時代の移民政策はどうあるべきかを問う。日本は人口減少を食い止め、活力ある社会として生きるのか、減少に甘んじて縮小社会への道をたどるのか、移民政策は「国のかたち」を左右する大テーマとの認識のもと、国民的議論を喚起したい」。 ランペドゥーザ全小説 附・スタンダール論 ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーザ著 脇功+武谷なおみ訳 作品社 2014年7月 本体5,400円 46判上製576頁 ISBN978-4-86182-487-6 帯文より:戦後イタリア文学にセンセーションを巻きおこしたシチリアの貴族作家、初の集大成! ストレーガ賞受賞長編『山猫』、傑作短編「セイレーン」、回想録「幼年時代の想い出」等に加え、著者が敬愛するスタンダールへのオマージュを収録。 目次: 山猫 第一部 1860年5月 第二部 1860年8月 第三部 1860年10月 第四部 1860年11月 第五部 1861年2月 第六部 1862年11月 第七部 1863年7月 第八部 1910年5月 『山猫』解題 『山猫』補遺 短編集 幼年時代の想い出 喜びと掟 セイレーン 盲目の子猫たち 『短編集』解題 スタンダール論 『スタンダール論』解題 『山猫』、『スタンダール論』訳者あとがき(脇功) 『短編集』訳者あとがき――トマージ・ディ・ランペドゥーザと〈『山猫』事件〉(武谷なおみ) ★発売済。ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーザ(Giuseppe Tomasi di Lampedusa, 1896-1957)の代表作『山猫』と四篇の短篇(本書の表記では短編)を集めた全小説集です。附録として「スタンダール論」が収められています。翻訳分担は、『山猫』と「スタンダール論」とそれらの解題と補遺が脇さん、短編集とその解題が武谷さんです。底本はモンダドーリ版『トマージ・ディ・ランペドゥーザ作品集』に依拠し、著作権継承者のジョアッキーノ・ランツァ・トマージ氏による解題はご本人の指示により縮小改変されているとのことです。これまでの既訳には、ランペドゥーサと表記されて『山猫』に河出文庫(佐藤朔訳)と岩波文庫(小林惺訳)の二種類があります。現物を確認できていませんが、国会図書館のデータベースによれば、同作は「ランペズーザ」作の「シチリアの豹」と題されて、『リーダーズダイジェスト名著選集』(1961年5月)に収録されたこともあるようです。また、ヴィスコンティによって1963年に映画化され、カンヌ映画祭でグランプリを受賞したのは周知の通りです。 ★短篇の翻訳では、「リゲーア」(竹山博英訳、『世界幻想文学大系(41)現代イタリア幻想短篇集』所収、国書刊行会、1984年;小林惺訳、池澤夏樹編『世界文学全集(3-06)短篇コレクションII』所収、河出書房新社、2010年)や、「幼年時代の場所」(武谷なおみ訳、『短篇で読むシチリア』所収、みすず書房、2011年1月)、「鮫女(セイレン)」(西本晃二訳、『南欧怪談三題』所収、未來社、2011年10月)などがあります。「リゲーア」と「鮫女(セイレン)」は同じ作品で、前者がランペドゥーザの未亡人が付けた題名で、後者がもともとのランペドゥーザ自身の発案だそうです。今回の新訳では「セイレーン」と訳されています。武谷さんによる訳者あとがきによれば「リゲーア」には秋本典子訳もあるそうですが、書誌情報の詳細を知りません。 ★作品社さんでは7月に、F・スコット・フィッツジェラルド『夜はやさし』(森慎一郎訳、村上春樹解説、本体4,200円)を刊行されています。村上春樹さんの解説「器量のある小説」と、附録として、フィッツジェラルドの小説の執筆が始まった1925年から作者が没する40年までの『夜はやさし』に関わる書簡を抜粋・選録した「小説『夜はやさし』の舞台裏――作者とその周辺の人々の書簡より」(森慎一郎編訳)が収録されています。さらに9月新刊として、チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェイムズ、ジョン・デューイらの論文を集めた『プラグマティズム基本文献集』(植木豊編訳、予価3,800円)が予告されています。 草叢の迷宮――泉鏡花の文様的想像力 三品理絵著 ナカニシヤ出版 2014年7月 本体3,800円 46判上製292頁 ISBN978-4-7795-0846-2 帯文より:『草迷宮』の植物的異世界。幻を見通す花の遠近法。 推薦文(野口武彦氏):泉鏡花の鏡花という言葉は水月とセットだ。本来、実体のない幻を実在よりもたしかな存在者に仕立てる。通常の周波数では見えない光で可視的にされた花々および人間たちの世界。いや、この視界には人と植物の対立さえない。女性がそのまま花であるような不思議な秩序がこの宇宙を支配している。三品理絵さんは最近この世界を透視する独自の遠近法を身につけて来たように感じられる。 ★発売済。泉鏡花(1873-1939)の名作「草迷宮」を題材に「第I部〔「草叢の迷宮――文様的想像力の形成」〕では、同時代の文化史的な背景を踏まえつつ、『草迷宮』において鏡花が構築した絢爛たる植物的異世界、すなわち「草」の世界のありようを明らかにし、第II部〔「ことばのマニエリスム――文様的想像力の展開(一)」〕および第III部〔「かたちのマニエリスム――文様的想像力の展開(二)」〕では、そのような『草迷宮』の試みがの知の作品においてどのように展開されていくかを検討」(序論、x-xi頁)したのが本書です。もともと第I部は博士論文で、その他の章は「それを土台にして、さらに鏡花の作品を繙き解読していく試みを今に至るまで続け」た成果であり、「その行程をまとめたものが本書」(あとがき、257頁)であるとのことです。能楽や近世絵画の意匠との関係も取り上げられており、草の異世界の読解に深みを与えています。たいへんユニークな研究ではないかと思います。 ◎水声社さんの新刊より フウの会編『モダニスト ミナ・ロイの月世界案内――詩と芸術』水声社、2014年8月、本体4,000円、A5判上製392頁、ISBN978-4-8010-0042-1 アナイス・ニン『リノット――少女時代の日記 1914-1920』杉崎和子訳、水声社、2014年8月、本体2,500円、46判上製256頁、ISBN978-4-8010-0048-3 橋本陽介『ナラトロジー入門――プロップからジュネットまでの物語論』水声社、2014年7月、本体2,800円、46判上製248頁、ISBN978-4-8010-0049-0 ★『モダニスト ミナ・ロイの月世界案内』は発売済。ロンドン出身の画家にして詩人であるミナ・ロイ(Mina Loy, 1882-1966)の詩篇と散文を、ロジャー・L・コノヴァーが編纂した『失われた月世界案内(The Lost Lunar Baedecker: Poems of Mina Loy)』(Farrar, Straus and Giroux, 1996)や『最新版 月世界案内(The Last Lunar Baedecker)』(The Jargon Society, 1982)をもとに翻訳した前半と、「ミナ・ロイとともに」と題してコノヴァーをはじめ国内の研究者たちの論文や年譜等を収録した後半で構成されています。絵画やアサンブラージュなどの作品のいくつかもカラー写真で収められています。帯文に曰く「エズラ・パウンド、T・S・エリオットらの賛辞を浴びた前衛詩人にして、マルセル・デュシャンにも影響を与えた芸術家の全体像を多面的に彫琢する本邦初の試み」。未来派、フェミニスト、モダニストなどの側面を持った詩人にして芸術家の魅力に迫るもので、丸々一冊をミナ・ロイに捧げたものとしては単行本レベルでは類書が皆無ですから、たいへん貴重な一冊だと思います。 ★『リノット』は発売済。原文はフランス語の自筆原稿で、ジーン・L・シャーマンが英訳したLinotte: The Early Diary of Anaïs Nin, 1914-1920(Harcourt Brace, 1978)を底本とし、500頁を越える大著の半分ほどを抄訳しています。英訳本にはアナイスの弟、ホアキン・ニン=クルメルの序文がありますが、訳出されていません。大冊になるのを避け、広い読者層に手軽に手に取ってもらえるように、との配慮があったようです。訳者はアナイスと面識があり、アナイス・ニン・トラストの理事で、遺稿整理を担当したルーパート・ポール氏の助手も務められた方です。訳文は格調高く、なおかつ読みやすいです。11歳から17歳までの少女時代の心象風景を豊かに繊細に綴った本書は日本語版の日記選集の第一巻に位置づけられているようです。ちなみにリノットとはベニヒワという鳥を表すフランス語で、「粗忽者」の意味もあると訳者解説に説明があります。アナイスが自身につけたあだ名です。幅広い年齢層の女性読者を多数獲得しそうな予感がします。 ★『ナラトロジー入門』は発売済。著者は1982年生まれの若手で現在、慶應義塾大学の非常勤講師として中国語を教えておられます。著書に『7カ国語をモノにした人の勉強法』(祥伝社新書、2013年8月)、『漢文は本当につまらないのか――慶應志木高校ライブ授業』(祥伝社新書、2014年3月)があります。今回発売された最新著では、「ロシアのフォルマリズムから、ヤコブソン、ソシュール、バンヴェニストの言語学など、ナラトロジーに至るまでの系譜をたどった上で、バルトやジュネットなどの理論を体系的に説明し〔・・・〕ナラトロジーを概観しながら」、著者が提案する「「比較詩学」についても簡単に紹介したい」と序で説明されています。この「比較詩学」というのは「今まで一般的なレベルでだけ語られていたナラトロジーを個別言語のレベルから見直そうという試み」で、本書でも「日本語という言語そのものに密着した「物語の比較詩学」の一端」が紹介されます。「「物語の構造」とは――プロップからバルトまで」「ナラトロジー誕生までの理論的背景」「「作者」と「語り手」について」「物語の「時間」」「視点(焦点化)と語る声」「日本語における焦点化の仕方とオーバーラップ」の全六章を「序」と「まとめ」で挟んだ構成となっています。さらなる「比較詩学」の発展を期した『物語における時間と語法の比較詩学――中国語と日本語からのナラトロジー』が続刊として水声社さんより予定されています。
by urag
| 2014-08-03 20:31
| 本のコンシェルジュ
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