2014年 07月 13日
ドゥルーズと狂気 小泉義之著 河出ブックス 2014年7月 本体1,900円 B6判並製384頁 ISBN978-4-309-62473-0 帯文より:恐ろしく危ういドゥルーズを到来させて欧米と日本の「狂気の歴史」を検証する中から、分裂病をこえるサイコパスの彼方に高次の狂気を待望する最深部からの思考の激震。 カバーソデ紹介文より:ドゥルーズにとって核心的主題でありながら真正面から取り上げられてこなかった〈狂気〉――生命と病いうぃ探求しつづけてきた哲学者がついに「心」=メンタルの思想と歴史に挑むべく、ドゥルーズの主要著作における〈狂気〉を読み解きながら、欧米と日本の「狂気の歴史」――精神医療/反精神医学運動の軌跡を総括して、分裂病をこえるサイコパスの彼方に高次の正気と高次の狂気を待望する。恐ろしく危ういドゥルーズを到来させつつ、現在を根底から震撼させる絶後の名著。 推薦文(千葉雅也氏):「やりたいようにやる」ことを、これほど明確に、激烈に考える本がほかにあるだろうか? 目次: 序文 I 新しい人間と倒錯 第一章 狂える自然――『マゾッホとサド』 第二章 新しい男になる――『マゾッホとサド』 第三章 「神経症を確かに経由し精神病をかすめる冒険」――『意味の論理学』 II 反復の病、差異の病、高次の狂気 第一章 反復の病、反復の治癒――『意味の論理学』 第二章 高次の病理、高次の反復――『差異と反復』 III 「分裂病の政治」――『アンチ・オイディプス』 第一章 思想史の中の『アンチ・オイディプス』 第二章 『アンチ・オイディプス』の分裂病論 第三章 Psy-系(精神・心理系)に対する批判 第四章 資本主義「と」分裂病 IV スキゾイドの系譜 第一章 「狂気」と「犯罪」 第二章 獣のような人間、あるいは、生来性犯罪者 第三章 「驚喜、愚劣、悪意」の「凄まじき三位一体」――『差異と反復』「思考のイマージュ」 V 地下潜行者の共同体 第一章 『アンチ・オイディプス』から『千のプラトー』へ 第二章 バートルビー論 結語 注 ★発売済。『ドゥルーズの哲学――生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000年)に続く小泉義之さんのドゥルーズ論第二弾です。本書はドゥルーズの読解を通じて「高次の健康にして高次の狂気を生きる人間」(359頁)、「スキゾイド・サイコパスの系譜にある新しい人間」(327頁)、「高次の狂人、新しい人間」(323頁)を展望する破格の哲学書です。ドゥルーズが言う「健康とも病気とも見分けのつかない〔・・・〕異例なもの(Anomal)」(『ディアローグ』河出文庫、2011年、71頁)をめぐる思考というのは、『生殖の哲学』(河出書房新社、2003年)や『「負け組」の哲学』(人文書院、2006年)などをはじめとするこれまでの著書でも存分に展開されてきた、いわば小泉哲学の核心ではないかと思います。新しい時代や新しい人間が「狂気」によって生み出されると信じられていた過去(7頁参照)と、その忘却の果てに現在の社会状況が辿りついた交点に思いを寄せつつ、本書は書かれています。 ★「われわれはすべて、多少なりとも人生ゲームに苦しんでいます。われわれ全員が、多少なりとも神経病者であり精神病者なのです(ちなみに、年をとると、リアルに実感されてきます。老人の知恵の一つです)」(96頁)。「大なり小なり神経症者であり、大なり小なり倒錯者であり、また、大なり小なり分裂病者である」(173頁)。「われわれ人間は、全員が、運命的に、例えばスキゾイドでありサイコパスなのです」(323頁)と小泉さんは書きます。ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』を読み解きつつ、「狂える人は欲望の人である」(246頁)と要約し、「欲望とは、端的に、やりたいことです。やりたいようにやる、ということです。それが、それだけが既成秩序を紊乱し、社会全体を吹き飛ばすのです。正常人には困難極まりないことです」(244頁)と論じておられます。本書は哲学への挑戦であるだけでなく、精神医学への、政治へ仮借なき挑戦です。日本におけるドゥルーズ受容史は、本書と江川隆男さんの『アンチ・モラリア』の二冊の登場によってさらなる深度を得たと言って良いと思われます。 ★推薦文を寄せておられる千葉雅也さんはまもなく河出書房新社さんから『別のしかたで――ツイッター哲学』(ISBN978-4-309-24664-2)を刊行されます。『文藝』2014年秋季号には佐々木敦さんによる同書の書評が載っています。同号の特集「十年後のこと」は書き下ろしの掌篇作品を集めたもので、東浩紀さんの「時よ止まれ」、円城塔さんの「お返事が頂けなくなってから」をはじめ、総勢23名による近未来小説を読むことができます。また、ドゥルーズ関連では来月末に、モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(財津理訳、ISBN978-4-309-24672-7) の発売が予定されています。『普遍の構築――カント、サド、そしてラカン』(川崎惣一訳、せりか書房、2001年)以来、待望の二冊目の訳書となります。 消去――虐殺を逃れた映画作家が語るクメール・ルージュの記憶と真実 リティ・パニュ+クリストフ・バタイユ著 中村富美子訳 舟越美夏解説 現代企画室 2014年7月 本体1,850円 4-6判並製312頁 ISBN978-4-7738-1416-3 帯文より:リティ・パニュ監督『消えた画』原作。ポル・ポト体制のカンボジアを奇跡的に生き延び、クメール・ルージュの体験を映像化する仕事で世界的な名声を得た映像作家が、初めて自らの少年時代の記憶を語る。1万数千人を殺害した政治犯収容所元所長の言葉に触発されて甦る、家族や生活のすべてを失った苦難の記憶。人間の消去に立ち向かい、歴史はいかにして「真実」を紡ぐのか。2013年度『ELLE』読者賞、2012年度フランス・テレビジョン・エッセイ賞ほか受賞。 ★発売済。7月5日より渋谷・ユーロスペースにてロードショーが始まり、全国順次公開予定のリティ・パニュ監督による映画「消えた画 クメール・ルージュの真実」(2013年)の原作です。映画の方は第66回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門グランプリを受賞し、2013年度アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされました。今回日本語訳された原作は、L'Élimination(Grasset, 2012)です。フランスでも活躍するカンボジアの映画監督リティ・パニュ(Rithy Panh,1964-)の実体験が綴られた、とても重い本です。その重さのためか、聞き書きを担当した作家のクリストフ・バタイユ(Christophe Bataille,1971-)とのあいだでせめぎ合いがあったようです。監督は自身の体験談を削り、彼がインタヴューしたクメール・ルージュの拷問処刑施設「S21」元所長「ドッチ」ことカン・ケ・イウの語りのみを残そうとしたところ、バタイユが抵抗したそうです。本書をひもとくとき、結果的にバタイユの抵抗は正しかったと思わざるをえません。 ★本書の冒頭にはドッチの言葉が書きつけられています。「クメール・ルージュとは消去です。人間には何の権利もありません」。底なしの絶望に囲繞された世界でパニュ少年はこうつぶやきます、「ただ、死だけが確かなものに思えた」(181頁)と。地獄を奇蹟的に生き延びたのちもパニュは苦しみ続けることになります。ドッチへのインタヴューとその映画化は地獄の続きでした。「ここまで書いてきたことを読み返す。私は子ども時代を消してしまいたい。跡形もなく。言葉も、書かれた頁も、震えながらそれを持つ手も消してしまいたい。〔・・・〕ドッチと私しか残らないように。それは一つの闘いの物語だ。私は彼の忘却と嘘を映画に撮った」(203-204頁)。「加害者は黙らない。加害者は話す。休みなく話す。付け加え、消し、修正する。こうして一つの物語、すでに伝説となった物語、もう一つの現実を作り上げる。加害者は話の中に立てこもる」(257頁)。「私はクメール・ルージュの犯罪には普遍性があると思っている。クメール・ルージュが彼らのユートピアの普遍性を信じたのと同様に。ドッチの言葉を引用しよう。「古い世界を破壊し、そこから新たな世界を建設する。世界の新たな概念を作りたい」(260頁)。おぞましい革命家たち。ここにももう一人のアイヒマンがいます。解説を寄せておられる舟越美夏さんは昨年『人はなぜ人を殺したのか――ポル・ポト派、語る』(毎日新聞社、2013年)という新刊を上梓されています。 ◎平凡社さんの新刊より 『ベンヤミンの言語哲学――翻訳としての言語、想起からの歴史』柿木伸之著、平凡社、2014年7月、本体3,900円、4-6判上製443頁、ISBN978-4-582-70328-3 『世説新語5』劉義慶撰、井波律子訳注、東洋文庫、平凡社、2014年7月、全書判300頁、ISBN978-4-582-80851-3 ★『ベンヤミンの言語哲学』は柿木伸之さん(かきぎ・のぶゆき:1970-)が上智大学に昨年提出した博士論文に加筆訂正を施したものです。帯文には「翻訳と想起から言語の可能性を切り開くベンヤミンの思想の核心に迫る」とあります。「ベンヤミンの言語哲学の射程」「翻訳としての言語へ」「「母語」を越えて翻訳する」「破壊による再生」「歴史を語る言葉を求めて」の全五章から成る本書は、「ベンヤミンの言語哲学を彼の初期から晩年まで貫かれるものと捉え、そこにある言語そのものへの問いを掘り下げるかたちで検討する」(54頁)ユニークなもので、「デリダの言語論や彼の脱構築の理論と関連づけながら考察し、その議論の現代性を測った研究」(同)でもあります。巻末の参考文献一覧は書店員の皆さんにとっても興味深いリストなのではないかと思います。ちょうどちくま学芸文庫の今月新刊で『ベンヤミン・コレクション(7)〈私〉記から超〈私〉記へ』が出たばかりですから、文庫/単行本の売場枠を越えて併売してくださると読者には便利ですね。 ★『世説新語5』は全5巻の完結編です。帯文はこうです。「はるか昔、千数百年前の中国に大量出現した奇人たちが時空を超えて現前する。彼らの言行を記した稀有の書。最終巻は好ましくない言動が盛り沢山! 小伝を含む人名索引を付す」。軽詆第二十六から尤悔第三十三を収録。訳者によって付されたそれぞれの副題を列記すると「排調よりも露骨に他人を非難した言動」「他人を欺く狡知に長けた言動」「官位を貶されたり免職された話」「過度に吝嗇な行為」「過度に豪奢で浪費的な行為」「短期で癇性な人びとの言動」「術策を弄し告げ口をする腹黒い言動」「自らを責め悔やみ、嘆いた人びとの言動」です。排調というのは、第4巻の末尾に収録された「排調第二十五――他人をやりこめ嘲笑した言動」のこと。最終巻は帯文にある通り、ヒリヒリしたやりとりが満載の一冊です。東洋文庫の次回配本(第852巻)は8月、雨森芳洲『交隣提醒』です。 ◎作品社さんの新刊より 『ウィーン――栄光・黄昏・亡命』ポール・ホフマン著、持田鋼一郎訳、作品社、2014年7月、本体3,600円、46判上製464頁、ISBN978-4-86182-467-8 『ワインの真実――本当に美味しいワインとは?』ジョナサン・ノシター著、加藤雅郁訳、作品社、2014年6月、本体3,800円、46判上製540頁、ISBN978-4-86182-486-9 ★『ウィーン――栄光・黄昏・亡命』はまもなく発売。原書は、The Viennese: Splendor, Twilight, and Exile(Doubleday, 1988)です。著者のポール・ホフマン(Paul Hofmann, 1912–2008)はウィーンに生まれ、ナチスに抗してペンを取ったジャーナリストで、「ニューヨーク・タイムズ」紙ローマ支局長を務めた人物です。カタカナ表記では同名の著者が複数います。サイエンスライター、ビジネスライター、小説家、ルソー研究家などがいますがすべて別人で、ジャーナリストの彼の著作が訳されるのは初めてのようです。訳者あとがきによれば本書は「ハプスブルク帝国のトルコ軍による包囲の時代から始め、マリア・テレジア皇女によるハプスブルク帝国全盛時代、フランツ・ヨーゼフ統治下の衰退の時代、第一次世界大戦の敗北による帝政の崩壊と社会民主党政権の成立による「赤いウィーン」の時代、社会主義者と保守主義者の内戦を経てドイツに併合されたナチの時代、そして戦後の米英仏ソによる占領時代を経て独立、クライスキー連邦首相からワルトハイム大統領の時代までの約五百年間」を描いたものとのこと。ウィーンをテーマにした手頃な本は多いですが、本書のような本格派は少ないと思います。 ★『ワインの真実――本当に美味しいワインとは?』は発売済。原書は、Le goût et le pouvoir(Grasset, 2007)です。『嗜好と権力』とでも訳せばいいでしょうか。版元さんの紹介文によれば本書は「映画『モンドヴィーノ』によって、世界のワイン業界の内幕を暴き大論争を巻き起こした著者が、“本当に美味しいワインとは何か?”をめぐって、さらなる取材をつづけ、再び大論争を巻き起こしている話題の書」とのことです。映画監督でありソムリエでもある著者は「ブルゴーニュの名醸造家たち(クリストフ・ルーミエ、ドミニク・ラフォン、ジャン=マルク・ルーロ…)と本音で語らい、アラン・デュカス・グループを仕切る凄腕ソムリエと対決し、スペイン・ワイン革命の象徴的人物と論争し、アラン・サンドランに突撃取材し、ワイン業界人たちと目隠し試飲会を開」いたのだとか。ニューヨーク・タイムズ紙やフィガロ紙などで絶賛を浴びたそうです。帯文には「世界の“絶品ワイン148”“醸造家171”を紹介」とあります。巻頭には日本語版序文「日本の愛好家の皆さんを、ワインの味わいが変わるたびに招待いたします」を収録。日本でも広く読まれそうですね。
by urag
| 2014-07-13 23:46
| 本のコンシェルジュ
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