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2014年 05月 18日

注目新刊:70年ぶりの新訳、スピノザ『神学・政治論(上下)』光文社古典新訳文庫、ほか

注目新刊:70年ぶりの新訳、スピノザ『神学・政治論(上下)』光文社古典新訳文庫、ほか_a0018105_059969.jpg

◎光文社古典新訳文庫5月新刊より

神学・政治論(上)
スピノザ著 吉田量彦訳
光文社古典新訳文庫 2014年5月 本体1,300円 456頁 ISBN978-4-334-75289-7

帯文より:「思想・言論・表現の自由」をどう守り抜くか?『エチカ』と並ぶスピノザの主著、70年ぶりの待望の新訳!
帯文裏より:本書でスピノザは、聖書のすべてを絶対的真理とする神学者たちを批判し、哲学と神学を分離し、思想・言論・表現の自由を確立しようとする。スピノザの政治哲学の独創性と今日的意義を、画期的に読みやすい訳文と豊富な訳注、詳細な解説で読み解く。
カバー裏紹介文より:「本書は、哲学する自由を認めても道徳心や国の平和は損なわれないどころではなく、むしろこの自由を踏みにじれば国の平和や道徳心も必ず損なわれてしまう、ということを示したさまざまな論考からできている」。現代において重要性を増す"危険な"思想家スピノザの神髄がここにある。

目次:
凡例
訳者まえがき
序文
第一章 預言について
第二章 預言者について
第三章 ヘブライ人たちの「お召し」について。また預言とは、ヘブライ人たちだけに独自に与えられた贈り物だったかについて
第四章 神の法について
第五章 さまざまな儀礼が定められた理由について。また、歴史物語を信じることについて。つまり、そういう物語を信じることはどういう理由で、また誰にとって必要なのかについて
第六章 奇蹟について
第七章 聖書の解釈について
第八章 この章では、モーセ五書やヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル記、列王記は本人の著作でないことを示す。その後、これらすべてについて、著者は複数いたのか、一人だけだったのか、また誰だったのか探究する
第九章 同じ各巻について、別の問題が取り上げられる。エズラはこれらの巻に最終的な仕上げを施したのか、またヘブライ語の聖書写本にみられる欄外の書き込みは異本の読みだったのか、といった問題である
原注


神学・政治論(下)
スピノザ著 吉田量彦訳
光文社古典新訳文庫 2014年5月 本体1,200円 408頁 ISBN978-4-334-75290-3

帯文より:破門と禁書で封じられた危険な哲学者スピノザの "過激な"政治哲学!「国家は自由のためにある」
帯文裏より:21世紀の今日、宗教勢力が政治権力の中枢に入り込み、道徳や平和の名を借りた支配が強まるなか、思想・言論・表現の自由はどのようにして守り抜くことができるのか。宗教と国家、個人の自由について根源的に考察したスピノザの思想こそいま、読まれるべきである。
カバー裏紹介文より:「ひとびとの自然権を保障する点に国家の存在意義があり、そして自然権の保障とは思想・言論・表現の自由の保障なしには成り立たないからこそ、『国というものは、実は自由のためにある』とスピノザは結論する」(解説より)。『エチカ』と並ぶスピノザの代表作、ついに新訳なる。

目次:
第十章 残りの旧約聖書各巻が、既に取り上げられた各巻と同じ仕方で検証される
第十一章 使徒たちはその「手紙」を使徒や預言者として書いたのか、それとも教師として書いたのか、ということが考察される。さらに、使徒たちの役割とはどういうものだったかが明らかにされる
第十二章 神の法が記された本当の契約書について。聖書はなぜ聖なる書物と呼ばれ、なぜ彼の言葉と呼ばれるのかについて。そして最後に、聖書は神の言葉を含む限りにおいて、損なわれることなく私たちまで伝えられた、ということが示される
第十三章 聖書は単純きわまりない教えしか説いていないこと、ひとびとを服従させることだけが聖書の狙いであること、そして聖書は神が本来どういうものであるかについては、ひとびとがそれを見習って生き方の指針にできるようなことしか説いていないことが示される
第十四章 信仰とは何か。信仰のある人とはどのような人か。信仰の基礎になることが決められ、最終的に信仰が哲学から切り離される
第十五章 神学が理性に奉仕するのでも、理性が神学に奉仕するのでもないことについて。そしてわたしたちが聖書の権威を認める理由について
第十六章 国家体制の基礎について。個人のもつ自然な権利と、市民としての権利について。そして至高の権力の持ち主たちの権利について
第十七章 至高の権力にすべてを引き渡すことは誰にもできないし、その必要もないことが示される。ヘブライ人たちの国家体制はモーセの存命中、その死後、王たちを選ぶ前はそれぞれどうなっていたかについて。この国家体制の優れていた点について。そして最後に、この神による国家体制が滅びた原因や、存続している間もさまざまな叛逆にさらされずにはいられなかった原因について
第十八章 ヘブライ人たちの国家体制と歴史物語から、いくつかの政治的教訓が引き出される
第十九章 宗教上の事柄にまつわる権利は、すべて至高の権力の持ち主たちの管理下にあることが示される。正しい形で神に奉仕したいなら、宗教上の礼拝活動は国の平和と両立するように行われなければならないのである
第二十章 自由な国家体制では、誰にでも、考えたいことを考え、考えていることを口にすることが許される、ということが示される
原注
解説(吉田量彦)
 はじめに
 一、スピノザの生涯
 二、十七世紀のオランダにおける宗教と政治
 三、『神学・政治論』は誰に向けて書かれたのか――「哲学的読者」をめぐって
 四、同時代の反響とその後
 五、神、聖書、自由――なぜ『神学・政治論』は受け入れられなかったのか
  (a)神は自然である
  (b)聖書は道徳の教科書である
  (c)国家は自由のためにある
年譜
訳者あとがき

★発売済。1944年に岩波文庫より刊行された畠中尚志訳『神学・政治論』上下巻より数えて、帯文にある通り70年ぶりの新訳です。底本は1999年にPUF(フランス大学出版)が刊行したフォッケ・アッカーマンによる校訂版です(畠中訳の底本は1924年に刊行された、カール・ゲプハルト編のハイデルベルク・アカデミー版)。凡例によれば各巻末にまとめられた原注は「いくつかの古い稿本の欄外に遺された「書き込み」のこと」で、「ゲプハルトが整理・統合した上で通し番号を付けており、全部で39ある」とのこと。39のうち、確実にスピノザが書いたと立証できるものは5つしかないそうです。訳注は本文の見開き左頁の左端にまとめられていますが、「原書初版の下段に印刷されている、スピノザ自身が原文に付けた脚注」は「原注」という断り書きを付した上で訳注に統合されています。

★『神学・政治論』は、1670年の年初、スピノザが数え年で38歳(実年齢では37歳)の折に匿名で刊行されたもので、数え年24歳(実年齢は23歳)の折にアムステルダムのユダヤ人共同体から破門されてから14年後の著作です。刊行から4年後、本書は禁書処分を下されます。訳者あとがきにしるされているように、畠中訳のスピノザ本の中で『神学・政治論』だけが戦後一度も改訂されていませんでした。現代の読者にとってはいささか古めかしかっただけに、まっさきに本書の新訳が出たことは大いに意義深いです。訳者の吉田量彦(よしだ・かずひこ:1971-)さんは東京国際大学商学部准教授。ご専門は、17・18世紀の西洋近代哲学です。本書のほかにもうひとつ、スピノザの新訳計画をお持ちだったそうですが、できることならば続刊を望みたいです。

★本書が刊行当時危険視されたのは、既成の宗教的権威の枠組を果敢に批判し、思想信条の自由を謳ったためだと思われます。破門された立場だからこそスピノザは自由を得たわけですが、その自由は許されないものでした。本書にはこんなくだりがあります。「宗教的な事柄の担当者たちに、何かを取り決めたり、政治問題を取り仕切ったりする権威を認めるのは、宗教にとっても国家体制によっても大変有害だ」(258頁)。「神の権利を持ち出して純粋に思弁的な事柄を取り締まったり、法律を作ってひとの考えを縛ったりするのは、たいへん危険だ」(同)。「ひとぞれぞれの考えが犯罪扱いされるなら、そこでの政治はきわめて暴力的になるだろう」(同)。「するべきこととそうでないことを区別する権利は、至高の権力の担い手たちに委ねなければならない」(260頁)。世界各地で宗教や文化、利害の違いによる衝突が常態化しているこんにち、本書を再読する意義はますます大きいと言えるかもしれません。

★なお、来月10日発売予定のちくま学芸文庫新刊では、上野修さんによる『スピノザ『神学政治論』を読む』(320頁、本体1,200円、ISBN978-448-009625-8)が刊行予定だそうです。素晴らしいタイミングですね。


◎講談社学術文庫5月新刊より

荘子 全訳注(上)
池田知久訳注
講談社学術文庫 2014年5月 本体2,000円 1148頁 ISBN978-4-06-292237-1

帯文より:西洋哲学を凌駕する深い東洋の思想! 宇宙論、人生哲学、政治思想、技術論・・・。汲めども尽きぬ深い知恵!【総説】【読み下し】【現代語訳】【原文】【注釈】【解説】を付した決定版!
カバー裏紹介文より:「万物斉同」「胡蝶の夢」「朝三暮四」「庖丁解牛」「寿(いのちなが)ければ則ち辱(はじ)多し」「無用の用」・・・。宇宙と人間界の森羅万象を思想の対象とした「はじまりの東洋思想」は驚くほど深遠である。「一」であり「無」である「道」とは何か? 重大な問いを軽妙な文章で説く古代中国思想の極北の書は、読む者を広大無辺・奇想天外・超俗の世界へ誘う。丁寧な解説と達意の訳文の決定版。

★発売済。親本は『中国の古典(5)荘子』(学習研究社、1983年)および同6巻(1986年)。文庫化にあたり、全面的に改稿された増補改訂版です。上巻には内篇と外篇の「至楽 第十八」までが収録されています。目次詳細は書名のリンク先でご覧ください。学術文庫で1000頁を超える大冊は久しぶりではないでしょうか。平積から手に取ろうとしてその厚さに思わず手を滑らせて落としてしまうところでした。

★学術文庫ではこれまで「荘子」関連書は複数のロングセラーがあります。近年でも福永光司さんによる訳解本『荘子 内篇』が2011年7月に発売されたばかりです(親本は朝日新聞社より1966年刊、のちに朝日文庫で1978年に再刊)。福永版は興膳宏さんによって加筆整理された版(親本は筑摩書房版『世界古典文学全集(17)』2004年刊)がちくま学芸文庫より2013年7月に刊行され、その後「外篇」が同年8月、「雑篇」が9月刊で完結したためか、学術文庫では残りの「外篇」と「雑篇」が今のところ文庫化されていません。今回、池田訳注本が文庫化されたわけですが、ちくま学芸文庫版では全三巻、岩波文庫版では全四巻、中公文庫全三巻(現在は中公クラシックスで全二巻)であった「荘子」が、講談社学術文庫版では全二巻になります。この分厚さに魅了される読者もいるのではないかと思います。


グノーシスの神話
大貫隆訳著
講談社学術文庫 2014年5月 本体1,080円 334頁 ISBN978-4-06-292232-6

帯文より:キリスト教史上最大の〈異端思想〉のエッセンス。「存在しない神」が存在するという逆説。ナグ・ハマディ文書から、マンダ教、マニ教の文献まで、主要な断章を読み解く。
カバー裏紹介文より:キリスト教最大の異端とされるグノーシス主義は、「悪は何処から来たのか」という難問をキリスト教会に突きつけ、古代から近代まで、宗教、哲学、科学などさまざまな領域に「裏の文化」として影響を与え続けた。ナグ・ハマディ文書やマンダ教、マニ教の文献の主要な断章を抜粋し、人間と世界の起源と運命を解き明かそうとする神話的思考の全貌に迫る。

★発売済。異端派のレアな聖典の数々を味わうことのできる必読必携の一冊が文庫になりました。親本は、岩波書店より1999年刊(岩波人文書セレクションの一冊として2011年に再刊)。ええ、もう文庫化されるのか、と真っ先に感じたのは私が歳を食ったせいです。書架にある親本の奥付を調べてみたら前世紀ではありませんか。15年が経過したことがあっという間に思えるという怖さ。こういう場合によくあるのですが「親本を持ってるし、買うのはまた今度でいいか」と放っておくうちに文庫本も品切になる、という事態です。文庫化にあたっては、巻頭に3頁ちょっとの「はじめに」と、巻末に「学術文庫版あとがき」が加えられていますが、やはり「買い」です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ちなみに岩波書店時代の担当編集者の中川和夫さんは皆様御存知のように「ぷねうま舎」という出版社を2011年に創業されています。

★参照が推奨されている『ナグ・ハマディ文書』(全四巻、岩波書店、1997-98年)は現在品切ですが、姉妹篇である『グノーシスの変容――ナグ・ハマディ文書/チャコス文書』(荒井献・大貫隆編訳解説、岩波書店、2010年)は在庫ありですが、10年以上を経て刊行された続編のため見逃しておられた方もおられるかもしれません。お早目に入手された方がよさそうです。

★ちなみに今月の講談社学術文庫の新刊には上記二書のほか、川崎修『ハンナ・アレント』、本村凌二『愛欲のローマ史――変貌する社会の底流』、宮尾しげを『すし物語』といった魅力的な書目が並んでいます。また来月は、『荘子 全訳注(下)』のほか、ダンテ『神曲 地獄篇』原基晶訳解説、大谷哲夫『道元「永平広録 真賛・自賛・偈頌」』、中村桂子『生命誌とは何か』、倉嶋厚・原田稔『雨のことば辞典』が11日発売だそうです。『神曲』はすでに複数の文庫本がありますけれども、あえてそこに参入していくというのはさすが講談社の堂々たる風格だなと思います。また来月13日発売の講談社文庫では、ダニエル・タメット『ぼくには数字が風景に見える』古屋美登里訳を忘れずにいたいと思います。


◎岩波文庫5月新刊より

アンティゴネー
ソポクレース作 中務哲郎訳
岩波文庫 2014年5月 本体600円 210頁 ISBN978-4-00-357004-3

カバー紹介文より:「私は憎しみを共にするのではなく、愛を共にするよう生まれついているのです」――祖国に攻め寄せて倒れた兄の埋葬を、叔父王の命に背き独り行うアンティゴネー。王女は亡国の叛逆者か、気高き愛の具現者か。『オイディプース王』『コローノスのオイディプース』と連鎖する悲劇の終幕は、人間の運命と葛藤の彼岸を目指す。新訳。

★発売済。旧訳文庫(呉茂一訳、1961年刊)は現在品切。三部作のうち、『オイディプス王』(藤沢令夫訳、1967年刊)や『コロノスのオイディプス』(高津春繁訳、1973年刊)はまだ在庫がありますが、そのうち新訳に切り替わっていくのかもしれません。今回の新訳には、「古伝梗概」として、『アンティゴネー』を紹介した三篇のテクストが訳出されています。アレクサンドレイア図書館長アリストパネースに帰せられているもの、5世紀の修辞学者サルースティオスによるもの、そして逸名氏のものです。さらに「伝記」として、紀元前の執筆者不明の「ソポクレースの出自と生涯」と、『スーダ辞典』の「ソポクレース」の項目が訳出されています。巻末には訳者による50頁強(参考文献含む)の長文解説があり、長く読み継がれるこの名作が丁寧に論じられています。

★なお岩波文庫では来月(2014年6月)17日、尾崎翠『第七官界彷徨・瑠璃玉の耳輪 他四篇』や、ナボコフ『青白い炎』富士川義之訳、パヴェーゼ『月と篝火』河島英昭訳などが発売予定です。また、同日発売の岩波現代文庫ではテッサ・モーリス-スズキ『過去は死なない――メディア・記憶・歴史』田代泰子訳、谷川多佳子『デカルト『方法序説』を読む』などが予定されています。そして、単行本ではついに、デリダの『プシュケー――他なるものの発明』(藤本一勇訳、全二巻)の第I巻(全16篇)が27日発売で刊行されるようです(A5判上製カバー装576頁、本体8,300円、ISBN978-4-00-024689-7)。7月には、白水社さんからもデリダ関連書が出ます。ブノワ・ペータース『ジャック・デリダ伝』(原宏之・大森晋輔訳、A5判上製800頁、本体10,000円、ISBN978-4-560-09800-4)です。没後10周年だけに、どんどん盛り上がりますね。


◎ちくま学芸文庫/ちくま文庫5月新刊より

満足の文化
J・K・ガルブレイス著 中村達也訳
ちくま学芸文庫 2014年5月 本体1,000円 224頁 ISBN978-4-480-09605-0

帯文より:なぜ富裕層だけが富み続けるのか? 先進資本主義社会の病巣に迫る。
カバー裏紹介文より:ゆたかな社会を実現した先進資本主義社会では、政財官学が一体となり、ゆたかな人びとの満足度を高めるための政治が行われる。選挙で勝つために、そして最終的には超富裕層をさらに富ませるために。結果、彼らを潤す規制緩和や金融の自由化が急務となり、増税につながる福祉の充実や財政再建は放置される。経済学はトリクルダウン仮説、マネタリズム、サプライサイドエコノミクスなどで政策を正当化し、その恩恵が国全体にも及ぶかのように人びとを洗脳する。かくして度重なる選挙でも低所得層の叫びはかき消され、経済格差が固定化されていく。異端の経済学者ガルブレイスによる現代の資本論。

★発売済。親本は1993年に新潮社より刊行。原書は、The Culture of Contentment(Houghton Mifflin, 1992)です。巻末の「訳者あとがき」の日付は2014年3月ですから、文庫化にあたってのもののようです。ガルブレイスが本書で切り込んだ貧困層の問題や官僚症候群、軍事費の増大といったアメリカの当時の現実は、今やアメリカだけでなく日本においても暗い兆しを現しつつあるように思います。崩壊しつつある中流層が、徐々に衰退しゆく社会に対してそれでも満足しようとするかそれとも不満を募らせるか、本書の読者はそのどちらであっても、ガルブレイスの社会分析が教える「本気で改革を期待できるようなものではない」社会、特権や既得権益への欲望に充満した「自己満足的な満足せる人々の世界」への危機感を共有できるのではないかと思われます。

★なお、来月10日発売予定の学芸文庫の新刊には、リチャード・ローティの初の文庫化『プラグマティズムの帰結』(室井尚・吉岡洋・加藤哲弘・浜日出夫・庁茂訳、640頁、本体1,700円、ISBN978-4-480-09613-5)などがあります。これはかの大著『哲学の脱構築』(御茶の水書房、1985年;新装版1994年)の待望の再刊だろうと思います。


隠れ念仏と隠し念仏――隠された日本 九州・東北
五木寛之著
ちくま文庫 2014年5月 本体780円 304頁 ISBN978-4-480-43172-1

帯文より:〈隠された日本〉シリーズ第2弾! 日本には、300年の弾圧に耐えて守られた信仰があった。
カバー裏紹介文より:五木寛之が日本史の深層に潜むテーマを探訪するシリーズ「隠された日本」の第2弾。九州には、かつて一向宗が禁じられ、300年もの間の強烈な弾圧に耐えて守り続けた信仰「隠れ念仏」の歴史がある。それに対して東北には、信仰を表に出さず秘密結社のように守り続け、「隠す」ことで結束した信仰「隠し念仏」がある。為政者の歴史ではなく、庶民の「こころの歴史」に焦点を当て、知られざる日本人の熱い信仰をあぶり出す。

★発売済。先月刊行されたシリーズ第1弾、中国・関東篇『サンカの民と被差別の世界』に続く第2弾です。以後も毎月刊行で、大阪・京都篇『宗教都市と前衛都市』、加賀・大和篇、博多・沖縄篇と続く予定です。もともとは講談社の「日本人のこころ」シリーズとしてゼロ年代の初頭に刊行され、その後ゼロ年代後半に「五木寛之こころの新書」シリーズとして再刊されたものの文庫化です。隠れ念仏や隠し念仏については類書はさほど多いとは言えず、現在も入手可能な書目に限るとさらに少なくなるため、ほとんどの日本人にとっては謎の宗教であり、情報にアクセスしやすいとは言いがたいものがあります。それだけに本書によってようやくまとまった情報に接するという読者は多いかもしれません。五木さんの紀行文と考察の一体となった文章は柔らかで親しみやすく、ともに旅をしているような気分に浸れます。

★ちくま文庫の今月の新刊には本書のほかに、田中優子『カムイ伝講義』、南條範夫『暴力の日本史』、城山三郎/日本ペンクラブ編『経済小説名作選』、斎藤環『「ひきこもり」救出マニュアル〈理論編〉』、ベシュテル/カリエール『万国奇人博覧館』守能信次訳、『オノリーヌ――バルザック・コレクション』大矢タカヤス訳、などがありました。来月は10日発売で、『暗黒事件――バルザック・コレクション』柏木隆雄訳、斎藤環『「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉』、『宮脇俊三 鉄道紀行セレクション全一巻』小池滋編、などが予定されています。


◎文春学藝ライブラリー4月新刊より

インタヴューズ(II)ヒトラーからヘミングウェイまで
クリストファー・シルヴェスター編 新庄哲夫ほか訳
文春学藝ライブラリー 2014年4月 本体1,690円 464頁 ISBN978-4-16-813015-1

帯文より:革命と戦争の世紀、巨人たちの肉声。
カバー裏紹介文より:歴史は言葉で紡がれる――時代の証言者の発言を引き出すのも、また人間の営みである。現代にまでその名声をとどろかせるパイオニアたちは、何を語ったのか? 第二次世界大戦に至る激変の時代、世界の各ジャンルのオピニオンリーダーの発言をいま読み返すことは、現代への警鐘ともなっている!

★『インタヴューズ(I)マルクスからトルストイまで』とともに先月同時発売。親本では単行本全2巻(文藝春秋、1998年)でしたが、文庫では全3巻になります。中でも興味深く読めるのは第II巻ではないかと思います。なにしろ、ヒトラー、ムッソリーニ、スターリンの三人のインタヴューが収録されていて、中でもヒトラーのインタヴューで傍点だらけになる箇所は異常な高揚感を写し取っていて、この扇動の名手がただの死者ではなくおそらく将来的にもそこかしこで蘇る可能性のある怨霊のような存在であることを感じさせ、読者を戦慄させます。

★ヒトラーはこう大声でまくし立てるのです。「国民の士気が高ければ〔・・・〕敵が何平方マイル占領しようと問題ではない。祖国を救うために命を捨てる覚悟をした一千万人の自由なドイツ人のほうが、意志の力が麻痺し、外国人によって民族意識を骨抜きにされた五千万人のドイツ人よりもはるかに強力だ。/われわれはすべてのドイツ民族が結束したより偉大なドイツを欲する。しかしわれわれの救済はほんの狭い一角からでもスタートしうる。たとえ十エーカーの土地しか残されず、その土地を命をかけて守らなければならないとしても、その十エーカーがドイツ再生の中心となるだろう」(175-176頁)。この擬似英雄的な宣言はドイツだけでなく、どの国においても然るべきときに蘇る可能性があるのではないかという暗い予感がします。

★文藝春秋さんでは来月20日発売予定の文春新書で、『グローバリズムが世界を滅ぼす』という新刊を刊行されます。これは、E・トッド、H‐J・チャン、柴山桂太、中野剛志、藤井聡、堀茂樹といった国内外の識者が「グローバリズム信仰の誤謬を明らかにし、その背後にあるエリートと国家の劣化という問題に切り込」むものだそうです。トッドが新書に登場するのは初めてのことですね。

by urag | 2014-05-18 23:45 | 本のコンシェルジュ | Comments(0)


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