2014年 05月 02日
岩波書店さんの月刊誌「思想」2014年第5号(1081号)に、2013年6月弊社刊の『原子の光(影の光学)』の書評「観ることの倫理性――リピット水田堯『原子の光(影の光学)』」が掲載されました(90-100頁)。評者はさいきん『制御と社会』を人文書院さんから上梓されたばかりの北野圭介さん(きたの・けいすけ:1963年生、立命館大学映像学部教授)です。「そのはじめの数頁、いや数行に目を通しただけでも、濃密な志向がうねり、飛び跳ね、旋回するさまに出逢うこととなる。〔・・・〕類をみない高密度のエクリチュールのうねりに我が身を任せるしかない、そう吐露したとしても毫も可笑しくはない。そして、そうした読解がなかば適切な所作のようにさえ思われる。多方向に開いたままで語彙が折り合わされることが戦略上選びとられているからだ」。「彼が観た映画をめぐって言葉を書き付けるとき、そこにはある種の倫理性が作動している。デリダが口にしたメシア主義なきメシア性に近いような。けれども、東洋と西洋の界面でその倫理性は立ち上がる。戦慄する倫理性をもつ書だといっていい」、と評していただきました。北野先生、ありがとうございました。 また「思想」同号では「来るべきカルチュラル・スタディーズのために」という特集が組まれており、北野圭介さんと吉見俊哉さんの表題対談のほか、「スチュアート・ホール追悼」と題した寄稿が並んでいます。『原子の光(影の光学)』の書評もこの特集の一部です。弊社より著訳書を刊行されている先生方も寄稿されています。毛利嘉孝さんは「スチュアート・ホールの〈声〉――ある有機的知識人の実践」(66-70頁)、本橋哲也さんは「問いと愛情――カルチュラル・スタディーズの道行」(82-89頁)と題したテクストを寄稿されています。毛利さんはこう書いておられます。「スチュアート・ホールのことを考える時に最初に思い出すのは、その〈声〉である。いくぶん低めのしゃがれた声は、話をしているうちに次第に熱を帯び、そのトーンとリズムにいつの間にか引き込まれていく」(66頁)。また、こうも書かれています。「カルチュラル・スタディーズは体系的な理論ではない。むしろ理論の体系性を疑う理論、あるいは理論化の過程を考える理論である。私たちがホールから学んだことがあるとすれば、それは世界を解明する理論ではない(そんなものは歴史上存在した試しがない!)。現実の世界は、どんな理論よりも複雑だ。重要なのは、、その地理的・歴史的特殊性、重層的情況を理解し、過度な単純化に陥らずに、理論化を進めることだとホールは繰り返し言う。/ホールから学ぶべきことがあるとすれば、それは世界を問題化する正しい問題の立て方であり、その問題を解決するための理論化の方法である」(69頁)。さらに本橋さんによればこうです、「カルチュラル・スタディーズは究極的に、答えや行動へのマニフェストではなく、問いの継続なのである」(86頁)。 追悼文の中では、平野克弥さんの「「カルチュラル・スタディーズの汚らしさ」――スチュアート・ホールの政治」にある次の言葉が印象的でした。「スチュアート・ホールはカルチュラル・スタディーズの「汚らしさ」あるいは「卑俗さ」という表現を好んで使った。しかしそれは、ポピュリストとしての発言ではなく(実際、ポピュラー・カルチャーを民衆的抵抗の場としてではなく矛盾する諸力が折衝する場と考えていたホールは、厳密な意味でポピュリストではなかった)、1980年代から90年代のアメリカでカルチュラル・スタディーズが急速に普及し、安全な「学問」に成り代わってしまったことへの抗議と苛立ちを表す言葉だった。当時、アメリカの主な研究分野――文学、歴史学、人類学、社会学、地理学、メディア研究、ジェンダースタディーズ――に「最先端」の学問として浸透していったカルチュラル・スタディーズは、「テクスト論」、「言説論」、「表象論」、「パフォーマンス論」のような一連の分析と語りのモジュールを作り上げていった。カルチュラル・スタディーズの名の下に新しい教授職、学部、センター、学術誌がつくられ、それは瞬く間に覇権的地位を築いていったのである。ホールは、1990年代初頭にイリノイ大学で行われた国際会議で、カルチュラル・スタディーズから「学問」的「純粋さと正当性を払拭」し、それをもう一度「地べたを這いずり回るような不愉快な」状態に引き戻さなければならないと語っている」(56頁)。青土社さんの「現代思想」臨時増刊号でも増補版のスチュアート・ホール特集号が出たばかりですから、この機会に書店さんの「カルチュラル・スタディーズ」棚が見直され、いっそう充実すると良いなと思います。
by urag
| 2014-05-02 16:09
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