2005年 05月 25日
5月25日配信のメールマガジン「[本]のメルマガ」214号に寄稿した拙文(連載「ユートピアの探求」)より抜粋します。 *** 先月のことだったと記憶しているが、ある日の仕事帰りに、旭屋書店池袋店の哲学書コーナーで興味深い本を見つけた。『アルチュセールの〈イデオロギー〉論』(三交社)の新装版である。アルチュセールの論文「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」、本書をプロデュースした文化科学高等研究員のジェネラル・ディレクターである山本哲士の論文「アルチュセールのプラチック論」、アルチュセール論文の訳者である柳内隆の論文「アルチュセールの解読」、以上の三部構成の本である。初版は1993年。今回の新装版は初版第五刷にあたる。 興味深いと書いたのにはわけがある。特筆すべきはその装丁である。白色の半透明紙をカバーに使い、書籍本体の表紙や背の文字がぼんやりと透かし見えるようになっている。上品ではあるが、営業的に言えば、書名や版元名がはっきり見えないという時点でかぎりなくアウトに近い。流通上の必要性のため、裏側にはバーコードやISBNを印刷してあるが、そのほかにはこのトレーシング・ペーパーに似たこのカバーには何も印刷されていない。 書籍本体の表紙はかなり厚みのある特殊紙を使用している上に、背と表紙および裏表紙のあいだのミゾがないために、非常に開きにくい本になっている。この厚紙に箔押しで、空色の書名や墨色の出版社名などが印字されている。書名を囲む罫は空押し加工だ。いったいなぜこんなに凝った、挑戦的な装丁にしたのだろう、としげしげ眺めていると、背に「SBB」というアルファベットが印字されている。 はて、「SBB」とは何か。奥付裏にこんな説明があった。 「本書第五刷は、株式会社エス・ビー・ビーの「SBB良書復刊支援企画」の援助を得て増刷したものです。」 そのあとにはこの「SBB良書復刊支援企画」についての説明がある。 「本企画は、文化・学術の進展に少なくない意義をもちながら、さまざまな出版事情から再刊・増刷が困難となっている書籍について出版費用を援助し、社会的な貢献を果たしていくことを目的としています。また本企画は、消費社会の進展とともに衰退してきた「文化としての造本・装幀」の再生・発展に寄与していくことをも目的としており、本企画による再刊・増刷にあたっては、できる限り現在の流通や消費の動向にとらわれない観点からの造本・装幀を試みています。」 なるほど、その意気やよし。私は初版本を持っていたが、即決で本書を購入した。実用性からすればちょっと不器用な点もないわけではないが、こういう「突っ走った」感じの造本を見ると、つい読者として「受けて立」ちたくなる。帰宅してから株式会社エス・ビー・ビーについてインターネットで調べるが、どんな会社なのかははっきりわからない。三交社から『職人』という書籍が刊行されており、これの編者になっているのが「エス・ビー・ビー」である。ただ、こちらが前述の株式会社と同じなのかはよくわからない。 また、高額な資料系の書籍を発行しているSBB出版会という出版社があるが、こちらが当該株式会社とかかわりがあるのかは未確認である。この出版会で刊行している資料書籍を編集しているのは、近現代資料刊行会といい、ウェブサイトもある。http://www.kingendai.com/ このサイトのトップページに掲載されている「歴史研究-人文・社会科学再興のために(近現代資料刊行会の出版活動)」を読んでみると、先の「良書復刊支援企画」と一脈通じる記述が目に付く。いわく、「良質な資料を利用しやすい形で提供し、研究環境の向上に貢献することを出版の意義と認識し活動を続けています」等云々と。 いずれにせよ、SBB良書復刊支援企画は、第三者が利用を申請できるような形態の、継続的な「公的事業」であるわけではないらしいことは推察できる。 ところで、三交社の『アルチュセールの〈イデオロギー〉論』の今回の復刊ははからずもタイミングがよかった。というのもちょうど翌月(つまり今月)、平凡社から、アルチュセールの『再生産について』がついに刊行されたのである。『再生産について』はアルチュセールの論文「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」(新訳では「イデオロギー装置」は「イデオロギー諸装置」となる)の源流である、膨大な草稿を書籍化したものだ。 今回の草稿の訳者の筆頭は西川長夫さんである。周知のとおり、西川さんはかつて、1975年に福村出版から『国家とイデオロギー』と題して当該論文の日本語訳を公刊している(初出はさらに遡り、『思想』誌の72年8-9月号)。論文に出てくるキーワードに「実践」という訳語があり、今回の草稿本でも「実践」と訳されているのだが、この訳語について、先の三交社の『〈イデオロギー〉論』の中で山本哲士さんは疑義を呈し、原語をカタカナ表記した「プラチック」を採用している(柳内隆さんもやはり異議を唱えているが、山本氏のスタンスとは微妙に異なり、カタカナのルビを振った上で複数の訳語に訳し分けている)。 西川さんは今回の『再生産について』の訳者解説で、そうした異議があることに言及しながら、それでもなお「実践」と訳した理由を簡単に述べておられる。読書の愉しみを削ぐことになりかねないので、ここでは引用を控えるが、これらふたつの書籍は、同時に購読しておいて損はない。いわば兄弟関係にあるわけで、ぜひ両方の購入をお奨めしたい。 *** 『再生産について――イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置』ルイ・アルチュセール=著、西川長夫+伊吹浩一+大中一彌+今野晃+山家歩=訳、平凡社=刊、本体価格5800円、ISBN4-582-70256-2 内容:アルチュセールのイデオロギー論の全貌! 現代の思考に、多方面にわたる巨大な影響を与えつづけてきた論文「イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置」。本一冊分の草稿から抜粋してつくりあげられたこの論文は、同時に、長く誤解にさらされてきたものである。論文発表後も手を入れられながら、生前ついに公刊されなかったその草稿によって、アルチュセールのイデオロギー論、イデオロギー装置論が、再生産論という本来のコンテクストのなかで、いま、ようやく、その十全なる姿を現す。待望の日本語訳決定版。巻末にエティエンヌ・バリバールによる論考「アルチュセールと「国家のイデオロギー諸装置」」を収録。 『アルチュセールの〈イデオロギー〉論』ルイ・アルチュセール=著、柳内隆=訳・解説、山本哲士=解説、三交社=刊、本体価格2233円、ISBN4-87919-113-2 内容:アルチュセールの論文「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」、本書をプロデュースした文化科学高等研究員のジェネラル・ディレクターである山本哲士の論文「アルチュセールのプラチック論」、アルチュセール論文の訳者である柳内隆の論文「アルチュセールの解読」、以上の三部構成。初版は1993年。今回の新装版は初版第五刷にあたる。
by urag
| 2005-05-25 02:06
| 本のコンシェルジュ
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