2013年 05月 06日
![]() 倫理学と対話――道徳的判断をめぐるカントと討議倫理学 アルブレヒト・ヴェルマー(Albrecht Wellmer, 1933-)著 加藤泰史監訳 御子柴善之+舟場保之+松本大理+庄司信訳 法政大学出版局 2013年4月 本体3,600円 四六判上製326頁 ISBN978-4-588-00992-1 帯文より:ハーバーマスやアーペルらの「討議倫理学」と「真理の合意節に対する可謬主義的観点からの批判とカント哲学の精緻な再検討が、倫理学を対話によって新たに切り開く可能性を創出する。 ★発売済。原書はEthik und Dialog, Suhrkamp, 1986です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ユルゲン・ハーバーマス(1929-)を筆頭とするフランクフルト学派第2世代と、アクセル・ホネット(1949-)を筆頭とする同第3世代とのあいだの世代であるヴェルマーは、ドイツ現代思想においてはつとに知られた哲学者ですが、じつに本書が初めての訳書になります。巻末の「ヴェルマーとフランクフルト学派二・五世代の意義──監訳者あとがきに代えて」に著者の略歴や業績、今回の訳書の論点が詳しく解説されており、必読かと思います。以前も書きましたが、ヴェルマーはこのあと、作品社より『モダンとポストモダンの弁証法』(1985年)が刊行される予定とのことです。 ★なお、法政さんの今月の新刊では、5月新刊『ディドロ著作集(1)哲学 I〈新装版〉』、サミュエル・テイラー・コウルリッジ『文学的自叙伝――文学者としての我が人生と意見の伝記的素描』東京コウルリッジ研究会訳、ジャン=クレ・マルタン『哲学の犯罪計画――ヘーゲル『精神現象学』を読む』信友建志訳、などが予告されています。 グラムシ『獄中ノート』著作集(III)知識人とヘゲモニー 「知識人論ノート」注解――イタリア知識人史・文化史についての覚書 アントニオ・グラムシ著 松田博編訳 明石書店 2013年4月 本体2,600円 4-6版上製172頁 ISBN978-4-7503-3812-5 ★発売済。明石書店版「グラムシ『獄中ノート』著作集」(全7巻別巻2)の第2回配本で、「ノート12」の全訳および注解です。初回配本は2011年5月刊『歴史の周辺にて 「サバルタンノート」注解』(ノート25の全訳注解)でした。底本はエイナウディから1975年に刊行されたグラムシ研究所校訂版です。ルニオーネ・サルダが2009年に出版した手稿復刻版も「必要に応じて参照した」と凡例にあります。校訂版を底本として知識人論やサバルタン論のエッセンスは、上村忠男編訳『知識人と権力――歴史的-地政学的考察』(みすず書房、1999年)で接することができましたが、明石書店版で全訳が読めるようになったわけです。 ★グラムシ研究所校訂版を底本とした訳書にはかつて『グラムシ獄中ノート』(ヴァレンティーノ・ジェルラターナ編、獄中ノート翻訳委員会訳、大月書店)があり、全6巻別巻1の予定でしたが、第1巻(ノート1と2を収録、1981年)を刊行したのみで途絶しています。月報(正式には「『獄中ノート』のしおり」)の「編集だより」にはこう書いてありました。「1976年秋にグラムシ研究所とのあいだで出版契約を取り交わしてからはや5年、いくたびか“暗礁”に乗り上げながらも、読者のみなさんの叱咤激励に励まされ、いまようやく第1巻をお届けすることができました。グラムシの原文のむずかしさに加え、対応する複数のテキストを厳密に翻訳しなければならないという校訂版独自のむずかしさは、当初の予想をはるかに絶するものでした」。 ★近年では「アントニオ・グラムシ獄中ノート 対訳セリエ」の第1巻として『ノート22 アメリカニズムとフォーディズム』(東京グラムシ会「獄中ノート」研究会編訳、いりす発行、同時代社発売、2006年3月)が刊行されましたが、続刊がまだのようです。全33冊(うち翻訳ノート4冊)に上る「獄中ノート」の訳書は、このように校訂版を境にして「第2回配本」の壁があったわけですが、一昨年から松田博さんの責任編集のもとで明石書店版「グラムシ『獄中ノート』著作集」の刊行が開始され、今回ついにその壁が破られたわけです。 ★この著作集は校訂版全冊を扱うものではありませんけれども、「主題が明確な各「特別ノート」の全草稿の訳出」(明石書店ウェブサイト「〈グラムシ『獄中ノート』著作集〉刊行のお知らせ」より)と注解を目指すもので、2017年まで全9回の配本完結が期されています。各巻構成は版元の「お知らせ」ページに記載されていますが、それぞれのノート番号を特記し、今回の第2回配本の裏広告に記載された情報を別記しておくと、以下の通りになります。 第I巻『実践の哲学1 「クローチェ・ノート」注解』・・・ノート10 松田博、小原耕一[編訳]/予400頁/2013年刊行予定(第4回配本)→2014年刊行予定に。 第II巻『実践の哲学2 「ブハーリン・ノート」注解』・・・ノート11 松田博、小原耕一[編訳]/予400頁/2013年刊行予定(第3回配本)→2015年刊行予定に。 第III巻『知識人と文化 「知識人論ノート」注解』・・・ノート12 松田博[編訳]/予200頁/2015年刊行予定(第5回配本)→172頁、2013年第2回配本済。 第IV巻『新君主論 「マキァヴェッリ・ノート」注解』・・・ノート13 松田博[編訳]/予400頁/2012年刊行予定(第2回配本)→2016年刊行予定に。 第V巻『歴史と歴史叙述 「リソルジメント・ノート」注解』・・・ノート19 松田博[編訳]/予400頁/2016年刊行予定(第7回配本)→刊行時期未定に。 第VI巻『アメリカの世紀 「アメリカニズムとフォード主義」注解』・・・ノート22 松田博[編訳]/予300頁/2014年刊行予定(第6回配本)→刊行時期未定に。 第VII巻『歴史の周辺にて 「サバルタンノート」注解』・・・ノート25 松田博[編訳]/184頁/価格2500円+税/2011年第1回配本済。 なお、別巻I『国家とヘゲモニー 「国家論草稿」注解』(松田博編訳、2017年刊行第9回配本予定)と別巻II『獄中書簡』(松田博編訳、2017年第8回配本刊行予定)については裏広告には出ていないものの、現時点では取り消されているわけではないだろうと思われます。 イエス・キリストの生涯の要約 パスカル著 森川甫訳 新教出版社 2012年4月 本体1,800円 B6判上製168頁 ISBN978-4-400-52780-0 帯文より:珠玉のイエス伝。パスカルが四つの福音書を深く読み抜き、354の断章から構成した傑作。祈りと黙想の伴侶として比類ない価値を持つ。 ★発売済。巻末の「訳者解説」によれば、「本書は、白水社『メナール版パスカル全集』第二巻所収「ようやくイエス・キリストの生涯」を加筆、修正したものである」とのことです。「彼が逝去した時(1662年)、『要約』の自筆原稿は、『パンセ』の草稿の横におかれているのを彼の家族によって発見された」(巻頭の「訳者解題」より)のだそうです。執筆されたのは、「火の体験」もしくは「火の夜の体験」と呼ばれる決定的な回心(1654年11月23日)の後、1655年初め頃と推測され、「パスカルが福音書の研究に没頭して書いた最初の宗教的作品であると考えられている」とのことです(同「訳者解題」)。このいわばパスカルによるイエス伝、パスカル福音書とも言うべき作品が、新約聖書を題材にしたギュスターヴ・ドレの版画を添えて単行本化されたことは、この暗い現代における「燈明」のように感じます。まさに明るい日中にではなく、夜の静かな読書にこそふさわしい気がします。 ![]() コミュニティ支援、べてる式。 向谷地生良+小林茂編著 金剛出版 2012年4月 本体2,600円 四六判上製272頁 ISBN978-4-7724-1299-5 帯文より:希望へと降りてゆく共生の技法。「降りてゆく生き方」「弱さを絆に」の名の下に当事者主権を実現した当事者研究。「何の資源もない」浦河だからこその革命的活動。だからといって弱くて無力で前向きな支援者たちが何もしなければ何も生まれなかった。いったい、支援者たちは何をどうしてきたのか?――ここにはその答えが記されている。 帯文(裏)より:当事者と支援者と地域住民が手を取り合って結実した「べてるの地域主義」は、医療中心主義を転覆させ、医療から解き放たれた当事者が地域に根差して生活するコミュニティ支援の現在形を指し示す。コミュニティ全体に浸透する「共助」の理念に貫かれた、希望へと降りてゆく足跡。 ★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。北海道の「浦河べてるの家」による精神保健福祉活動にかかわる関係者やスタッフの実践経験の一端を、コミュニティ支援という切り口からまとめた本です。「べてるの家」は1984年創立。Bethelというのは地名で、「神の家」を意味しています。理事をつとめる向谷地(むかいやち)さんは、本書の「はじめに」でこう書いています。「精神障害を持った人たちが直面する生活上の困難を、個人的な問題に矮小化せず、一人の地域住民の切実なニーズとして社会化していく、つまり、「自分の苦労をみんなの苦労に」「みんなの苦労を自分の苦労に」していくプロセスが大事」だと。障害を抱える人たちは私たちのごく身近に暮らしているにもかかわらず、近しい肉親のうちにいない場合は概して関心を払われにくいように思います。景気が長期にわたって停滞し続ける社会では自己責任論と弱肉強食と排他主義が蔓延し、苦労を分かち合うという意識が薄れているかもしれません。それは紛れもなくコミュニティの危機的症状であるわけですが、そうした危機と隣人の生を改めて意識化するうえで、本書は非常に多くのことを教えてくれていると思います。 ルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎(下) ケイティ・サレン+エリック・ジマーマン著 山本貴光訳 ソフトバンククリエイティブ 2013年4月 本体4,400円 A5判並製728頁 ISBN978-4-7973-3406-7 帯文より:ゲームが作り出す遊びとは? ゲームが取り囲まれている文化とは? 意味ある遊びを生み出す原動力とは? ゲームデザインの観点からゲームとその遊びを語りつくす。作る人、遊ぶ人、語る人必携の一冊。待望の下巻ついに刊行! ★発売済。目次は書名のリンク先をご参照ください。久しぶりだなあと思いきや、上巻が発売されたのはたったの2年ちょっと前なのですね。体感ではもっと時間が経っているように思えて、異様な時間経過の感覚にぎょっとしますが、きっと訳者の山本さんや担当編集者の方にとってはもっと長く感じられたことでしょう。卓抜なゲームデザイン論であり、ディジタル時代の遊戯論でもある本書Rules of Playが刊行されたのは2004年。今なお基本文献の一つとして存在感を示しています。まだ原著改訂版は出ていませんが、著者の二人は2005年に本書の副読本とも言えるアンソロジー『ゲーム・デザイン・リーダー』を編纂し、サレンは2007年に編書『ゲームの生態学――若者とゲームと学習をつなぐ』を上梓しています。どちらも版元はMIT Pressです。ディジタル時代(当たり前すぎて連呼するのに戸惑いを覚えますが)の学校教育におけるゲームの役割とポテンシャルはけっして小さくなく、『ルールズ・オブ・プレイ』で示された理論を教育の現場や社会における学びの実践へと応用していくことは、日本でもますます注目されることでしょう。人文学や出版はそうした実践領域に密接に隣接しており、ゲームの創作と実践は哲学的思索、歴史記述、心理分析、社会工学の諸要素とますますクロスしていくことでしょう。
by urag
| 2013-05-06 23:31
| 本のコンシェルジュ
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