2013年 03月 31日
![]() 眠りの落下 ジャン=リュック・ナンシー(Jean-Luc Nancy, 1940-)著 吉田晴海訳 イリス舎 2013年1月 本体1800円 A5判並製100頁 ISBN978-4-990336-3-7 原書:Tombe de sommeil, Galilée, 2007. ★発売済。奥付では1月刊となっていますが、書店への流通が始まったのは先週あたりからのようです。初版は1000部で、カバーはなく、ペーパーバックの感覚です。市場へのディストリビューションを一手に引き受けているのは「ツバメ出版流通」さん。かのJRCさんから独立した本の目利き川人寧幸さんが昨夏(2012年8月22日)に設立された「芸術、思想、文学を中心とした書籍を取り扱う小取次」です。取り扱っている版元は現在15社ですが、どちらもたいへん個性的な出版社ばかりで、まるで宝石箱のような取次さんです。書店さんへの営業代行も行っておられ、本書『眠りの落下』の書店向け注文書にはこんな宣伝文句が載っていました。 「あなたが眠っているとき、そこで眠っているのは誰なのか? そこは、いったいどこなのか? どのようにしてわれわれは眠るのか。そもそも何が眠っているのか。われわれが眠っているとき、われわれは、何と共に眠っているのか。眠り、...はたして、その問いは可能なのか......ジャン=リュック・ナンシーが不可能な問いをどのように追い詰めて行くのか、彼の足跡を辿りながら、文字通り、迷宮の中へと足を踏み入れて行く、体感する一冊である」。 ★イリス舎さんは、同舎の公式ウェブサイトの「会社概要」によれば「私たちの会社は、創設されたばかりの出版と翻訳の会社です。フランス語・英語の翻訳のご用命がございましたら、お問い合わせ下さい。場所:東京都立川市」とのこと。『眠りの落下』の奥付では所在地は茨城県結城市となっています。吉田さんによる訳者あとがきから推察するに、吉田さんご自身が出版事業そのものに関わっておられる御様子です。吉田晴海さんはナンシーの『水と火』(現代企画室、2009年)や『世界の創造』(大西雅一郎共訳、現代企画室、2003年12月)、ラクー=ラバルト『メタフラシス』(高橋透との共訳、未來社、2003年10月)などの翻訳を手掛けておられます。『世界の創造』と『メタフラシス』では「吉田はるみ」という記載になっています。肩書は「フランス語翻訳者」で、詩人、作家でもいらっしゃいます。散文集に『青の物語』(新風舎、1997年)があります。 ★ISBNから辿ってみると、イリス舎さんは2009年9月に桜さくら『らいふわーく』を刊行されています。これの書名記号が「1」。同年12月に吉田晴海さん自身の詩と散文を収めた『火の言葉』が出版され、これの書名記号が「2」。そして今回のナンシーの訳書が「3」です。なお、イリス舎さんの本は同舎からの直販も可能で、同舎ウェブサイトの「お問い合わせ頁」から申し込めます。メール便の場合は送料無料で、代引きの場合は手数料315円が別途かかるとのことです。 殺す理由――なぜアメリカ人は戦争を選ぶのか リチャード・E・ルーベンスタイン(Richard E. Rubenstein, 1938-)著 小沢千重子訳 紀伊國屋書店 2013年3月 本体2,500円 四六判上製352頁 ISBN978-4-314-01106-8 帯文より:愛国心・共同体意識・孤高のヒーロー像・自衛の概念・開戦事由のレトリック――戦争が常態化する国アメリカの歴史から集団暴力が道徳的に正当化されてきた文化・社会的要因を探る。イラク戦争から10年――戦争は「最後の手段」か? ほかに道はないのか? 原書:Reasons to Kill: Why Americans Choose War, Bloomsbury Press, 2010. 目次: はじめに 第一章 なぜ、私たちは戦争を選ぶのか 第二章 自衛の変質 第三章 悪魔を倒せ――人道的介入と道徳的十字軍 第四章 「愛せよ、しからずんば去れ」――愛国者と反対者 第五章 戦争は最後の手段か? 平和プロセスと国家の名誉 終わりに――より明晰に戦争を考察するための五つの方法 謝辞 訳者あとがき 年表 註 参考文献 人名索引 ★発売済。『中世の覚醒――アリストテレス再発見から知の革命へ』(小沢千重子訳、紀伊國屋書店、2008年)に続く翻訳第二弾です。一見、既訳書の内容からすると今度の新刊は同じ著者が書いたものとは想像できないのですが、ご専門は「国際紛争解決」の研究なので、むしろ今回の本のほうが本職に近いわけです。担当編集者のOさんからいただいたプレスリリースでは本書はこう紹介されています。 「1831年にトクヴィルが描いたアメリカ人像は総じて対外戦争を忌避する「平和愛好者」だった。しかし以後のアメリカは対インディアン闘争や外国への軍事介入などを繰り返し、国外での軍事力の行使は第2次大戦以降だけでも150回にも及ぶ。本書では、国民が開戦を受け容れてきた歴史をたどり、開戦事由の欺瞞を衝くとともに、アメリカ人特有の市民宗教ともいうべき愛国心、共同体意識、孤高のヒーロー像をあぶりだし、さらには反戦運動の系譜から、著者自身の専門である「紛争解決」の歴史・実績へと結ぶ。イラク戦争開戦から10年、アメリカの対外戦争を是認し追随してきた日本で、あらためて読まれるべき硬質なアメリカ論であり戦争論」。 ★「アメリカの対外戦争を是認し追随してきた日本で、あらためて読まれるべき」というのが耳に痛いですね。今般日本では近隣諸国との間のいわゆる領土問題がますます熱を帯びてきており、戦争の一歩手前と言ってもおかしくありません。憲法改正と再軍備化によるアメリカからの「自立」への機運が高まる一方、国内での排外主義的勢力の伸長を背景に、アメリカとの更なる同盟強化が期待されているようにも見えます。こんにちまさに私たちが学ぶべきなのは「戦争」の歴史であり、そのメンタリティの分析です。その意味で本書はまさに時宜を得た出版で、軍事大国アメリカの戦争観を知ることができます。 ★ルーベンスタインはこう書きます。「実際、日本軍のパール・ハーバー攻撃はただそれだけで、アメリカ政府が10万人以上の日本人と日系アメリカ人を第二次世界大戦が終わるまで各地の収容所に強制収容する充分な動機となった。万一わが国がふたたび好戦的イスラーム主義者の本格的な攻撃を受けるようなことがあったら、国内外の「潜在的なテロリスト」(すなわちムスリム)すべてに対する報復を国民が要求するであろうことは想像にかたくない。アメリカはこうした暴力の連鎖が生じないよう戦争を「科学的に」コントロールできるという考え方は、大きな悲劇を育む不遜なものとしか私には思えない。戦争はけっして、テロリズムに対処する最良の方法ではないのだ」(127頁)。 ★この文面のいくつかの固有名詞を「北朝鮮」に変え、「在日朝鮮人」と変えたならば、私たちの国でも起こりうる出来事の相貌がたちまち現れてきます。ルーベンスタインは本書の「結び」で「より明晰に戦争を考察するための五つの方法」を明かしています。「五つの方法」とは「戦争が常態化することを受け入れない」、「自衛について冷静かつ戦略的に考察する」、「「邪悪な敵」と道徳的十字軍について厳しく問いただす」、「愛国的アピールを分析する――国民浄化キャンペーンに抵抗する」、「主戦論者に彼らの利害を開示せよと要求する」、というものです。それぞれの詳細についてはぜひ本書を手にとっていただければと思います。 経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える ダニエル・コーエン(Daniel Cohen, 1953-)著 林昌宏訳 作品社 2013年3月 本体2,200円 46判上製316頁 ISBN978-4-86182-429-6 帯文より:ヨーロッパを代表する経済学者による、欧州で『銃・病原菌・鉄』を超えるベストセラー! 経済が、文明や社会をいかに創ってきたか? そして21世紀、資本主義と人類はどうなるのか? 世界15カ国で翻訳刊行。 帯文(裏)より:「経済学」というコンパスを使った、世界史・人類文明史への壮大なる旅――。経済が、いかに文明や社会を創ってきたのか? 古代文明の人類初のグローバリゼーションから、現在のグローバル経済へ。1930年代の世界大恐慌から、2009年の世界金融危機へ。古代中華帝国から、現代中国へ……。アダム・スミス、マルサス、リカード、マルクス、シュムペーター、コンドラチェフ、ケインズ、ハイエク……、経済学の巨匠たちとともに、人類の過去と未来を旅し、21世紀世界が直面する課題の答えを探る。「間違いなく21世紀を生きる人類の必読書である。その面白さは、『銃・病原菌・鉄』を超える傑作である!」(「ル・モンド」紙)。 原書:La Prospérité du vice: Une introduction (inquiète) à l'économie, Albin Michel, 2009. 目次: [序文]人類を支配してきた経済の法則とその教訓――経済学の巨匠たちとともに人類史を旅する 第I部 なぜ西洋が経済発展したのか?――経済成長という“悪徳の栄え”の法則と教訓 第1章 文明と経済の起源 第2章 停滞の中世から奇跡の近代へ 第3章 マルサスの法則 第4章 解き放たれたプロメーテウス 第5章 永続する経済成長 第II部 繰り返される経済的繁栄と危機――戦争と平和/競争と恐慌の時代の法則と教訓 第6章 世界戦争の経済的帰結――ドイツに別の選択肢はあったのか? 第7章 史上初の世界恐慌 第8章 高度経済成長は、私たちを幸せにしたのか? 第9章 福祉国家の誕生と終焉 第10章 戦争と平和の経済学 第III部 グローバル化/サイバー化する経済と社会――二十一世紀を動かす新たな法則とは? 第11章 復興する中国とインド 第12章 歴史の終焉と文明の衝突 第13章 二十一世紀資本主義とエコロジー 第14章 新たな世界を襲った金融危機 第15章 非物質的な資本主義と経済法則 [おわりに]人類史上初となる時代への突入――求められる思考法の転換 訳者あとがき ★発売済。原書名は直訳すると「悪徳の栄え――(不安になる)経済学入門」。著者はエコール・ノルマル・シュペリウールの経済学部教授です。本書は『迷走する資本主義――ポスト産業社会についての3つのレッスン』(林昌宏訳、新泉社、2009年)に続く翻訳第二弾。かつて「朝日新聞」2012年1月18日付朝刊の「オピニオン」欄にはインタビュー記事「経済成長という麻薬」が載っており、その鋭い舌鋒をご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。「訳者あとがき」によれば、著者は本書の構想について訳者にこう話したそうです。「経済理論を紹介しながら人類史を振り返るという『ソフィーの世界』のような本を書いているところなんだ」と。なるほど、本書は経済の視点から世界史をおさらいする上で、勉強し直したい多くの社会人にとって役に立つ入門書となるに違いありません。 ★歴史を振り返り、現在の「ニュー・エコノミー」について分析する著者が最後に出す、人類にとって必要な発想の転換は実に明確です。地球の限界を知り、世界が無限ではないことを知ることです。明確ではあるけれども果たしてそれが可能かどうかは著者にとっても私たちにとっても確実ではありません。コーエンの言う「ヨーロッパが18世紀以降にたどってきた道筋を、精神的には逆方向に走破」すること(301頁)という示唆はしかし、けっして反進歩主義でも、後退でもありません。永遠に続くはずのない経済成長、戦争や環境破壊によって無理やり延長させられる偽りの豊かさ、そういったものに私たち現代人は本当は気づいているはずなのです。 ★なお、著者の最新著は2012年に刊行された『ホモ・エコノミクス』という本で遠からず翻訳も出るようです。訳者の林さんは「経済成長と人々の幸福観の関係について、ローマ時代から現在の先進国及び新興国にける人々の幸福観を、経済学だけでなく、政治、哲学、宗教、コミュニケーション、テクノロジーを通じて、つぶさに検証している」とのことです。
by urag
| 2013-03-31 23:01
| 本のコンシェルジュ
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