2012年 12月 10日
『化学教程』第一部 第一編 第二章 物体の混合と構成について 1 [A:26, F:35, C:81]ベッヒャーの考えに従って、私たちは物体の物質的な原質ないし物質的な要素を説明してきた。そして、今やその物質の構成compositionを検討せねばならない。すなわち、どのように諸々の原質は、自然的物体を形成するために、一定の比率と組み合わせをもって結合しているのか、ということを検討せねばならない。 2 あるペリパトス学派〔アリストテレス学派〕のひとに物体の混合に関するあなたの学説とはどのようなものか、と尋ねれば、彼はまずこう答えるだろう。物体は、その特性tempéramentおよび固有な諸性質を各物体に与える要素同士の何らかの協働の結果として生じる、と。[A:27]さらに彼を問い詰めて、例えばこう聞いてみよう。なぜ、鉛に結合する錫は銀とは結合しないのか。その理由を彼はいとも簡単に説明するだろう。錫と銀は〔互いに〕反対物質substances contrairesであり、異なる性質températureのものであるからだ、と。あるデカルト主義者は、間隙poreといった形象や粒子といった形象、そして様々な運動によってあらゆる難問を解決するだろう。さらには、未知の性質と遭遇すると、彼はそれらを新たな運動と形象によって説明するだろう。あるニュートン主義者は、ペンを片手に結合力の度合いと引力を計算するだろう。上に挙げた彼らの回答によって、私たちは物体の構成についてより明るくなるだろうか? そのようなことはまったくない。哲学者の様々な体系のあいだを一生右往左往するよりも、化学者の実験室の中でしばらく過ごすほうが、物体の構成についてあなたはより得るものが多いであろう。したがって、確固たる実験によって物体の真の構成constitutionおよびそれらの混合、組み合わせを示すことは、ただ錬金術の学science spagyrique(1)にこそ求められるのだ。この知恵とは深遠かつ興味深い研究であり、[F:36]私たちはこのような研究を哲学者たちの書物に見出すことはまずない。抽象的な体系と観念で頭がいっぱいなので、彼ら哲学者たちは言葉〔遊び〕にばかり夢中になっている。彼らが一体どれほど無学なのかを彼ら自身が知らないのは、ただただおめでたいことである。物体の生成やそれを構成する原質やその混合が形成される仕方を何も知らずに、物体の本性について哲学しようとすることは、あたかも箱の中に入っているものを知るためにその箱をあれこれとひっくり返したり戻したりすることで満足し、また箱の中身を確認する骨折りをせずに、箱の寸法を正確に測ることだけで満足するようなものである。 (1)スパジリックという語については『アカデミー・フランセーズ辞典』(1762年)の次の項目を参照。すなわち「SPAGYRIQUEないしSPAGIRIQUE。形容詞、もしくは女性名詞。金属を分析し賢者の石について探求することを専門とする化学のことを言う。金属化学ないし金属学と同じものである」(Dictionnaire de l’Académie française, art. « Spagyrique », t. II, p. 757 b)。また、spagyriqueが錬金術alchimieないし化学chimieと同義で使われている例としてはゲオルク・エルンスト・シュタールの『理論化学および演習化学の基礎Fundamenta chymiæ dogmaticæ et experimentalis』(1723年)の序言を参照(Stahl, Georg Ernst, Fundamenta chymiæ dogmaticæ et experimentalis, Norimbergæ : Sumptibus Wolfgangi Mauritii, 1723, Proemium, § 1, p. 1)。シュタールによれば、「化学chymiaあるいは錬金術alchymiaないしスパギリカspagiricaとは、混合状態、構成状態あるいは凝集状態にある物体をその原質へと分解するため、あるいはそういった物体を諸々の原質から構成するための技術である」。 3 [C:82]物体の中には、万人がまずもって目にする様々な〔視覚的〕性質がある。しかしそれらの性質は、様々な光〔知識〕lumièresに助けを求めなければ、物体の本性を発見するためにはなんの役にも立たない。たとえば、〔ワインを知らない〕あるラップ人にワインを差し出せば、彼はそれが発泡酒か否か、白か赤かを一瞬にして知るだろう、そしてそれを飲めば酔うということにもすぐに気づくだろう。しかし、[A:28]このようにワインの性質を瞬時に知ったからといって、彼がブドウやブドウ畑を一度も見たことがないならば、彼はワインの本性を知っていることに果たしてなるだろうか? また、ブドウやブドウ畑を見た彼にとって、ワインとはブドウから作られるものでしかないならば、彼は「ワインはこれこれの仕方で作られ、ブドウの育成にはこれこれの物が有効であり、反対にこれこれのものが害であると、私は思う」ということ以上の何かを同郷人に伝えることが果たしてできるであろうか? しかし、ラップ人がそう言ったからといって彼がワインの本性を知っているということにはまずならないだろう。またブドウの酸味のある果汁が、どのようにして心地良く甘い汁になるのかということを知っていることにはまずならないだろう。なぜブドウの汁は発酵するのか、どのようにしてその汁はワインの性質を獲得するのか、そしてこのワイン自体はどのようにしてブランデーの性質や酒石tartreの性質、澱の性質、ビネガーの性質を獲得するのだろうか? ブドウの樹の各部分の姿かたちを記述することは植物学者の役目である。自然学者は仮説によってブドウの樹の植生法則のいくつかを説明するように努める。そして、化学者は両学者が扱わなかったことについて語るのである。化学者の様々な研究はあまりにも不可欠であるのだが、同時にそれは残念ながらこのうえなく困難なものでもあるのだ。なぜ困難なものであるかというと、それは主として三つの理由による。[F:37]第一の理由は、あらゆる自然的混合物を知るために理解せねばならない組み合わせが無数に存在するということである。この地を覆い、その内部を充たしている並外れた数の様々な物体を見よ。確かに原質とは様々な種類の物体を構成するものであり、物体はその素材となる一次ないし二次的な原質の多様な混合物に過ぎない。しかしながら、この地を覆う物体の並外れた多様性について〔少しでも〕考えを抱こうとするのであれば、数の組み合わせを想像するのが一番よい。その組み合わせは、八つの物体だけでも四万通り以上にものぼってしまうのである(1)。第二の理由としては次のとおりである。すなわち、有名な著者〔フォントネル〕が言ったように事実に基づいて本性を把握することが、またその本性を混合物の生成段階のうちに見出すことが、不可能であるとは言わないまでも、大変難しいからである。[C:83]この困難さゆえに、私たちは錬金術の技術にまずもって助けを求めざるを得なくなるのである。というのも、その技術は私たちに混合物をその構成部分へと分解することを教えてくれるからである。ついで、この分解された構成部分を再び組み合わせ、こうすることによって類似の混合物を再び生み出そうとする際に、錬金術の技術は自然の操作を模倣し再現することに役立つ。[A:29]ちなみに金属の原質やその他、〔物体を構成するのに〕必要なものを揃えて金属の混合〔という操作〕を行ったとしても、そのような金属の混合からは、〔分解される前の金属と〕同種の金属をこの世に生み出すことはできない。というのも、金属の構成部分を知っていたとしても、その構成部分がどのように結合されているかを知らなければ、私たちは最も重要な点を知らないことになるからである。無知な人が、このような金属の混合〔という操作〕について良く理解していると厚かましくも自慢することを、かのベッヒャーはよしとしない。最後に、三番目の理由は、私たちの器官の不十分さである。私たちの器官は、凝集形式une forme agrégativeのもとでしか原質も混合物も目にすることができない。このことをあなた方に納得してもらうために、例として、半ドラクマ(2)の良質な銀を十分な量の硝酸液eau forteの中で溶かしてみよう。そして、純粋かつ新鮮な5パントないし6パント(3)の雨水の中にこの溶液を混ぜてみよう。すると、視覚を使っても味覚でも嗅覚でも、この液体が水以外のものを含んでいるということをあなた方が見破るのは不可能になるだろう。とはいえ、水の一つひとつの粒子に銀という別の粒子が付着していることは確かである。[F:38]というのも、この水〔硝酸銀溶液〕をただの一滴でも、ありきたりの澄んだ食塩水の中にたらしてみたならば、この一滴の水は乳白色になり、少量の粉末状の銀を容器の底に沈殿させるからだ。その微細な銀の粒子一つひとつは以前にはまったく知覚されえなかったものである。この先、本書において私たちは多くの似たような観察をすることもあるだろう。 (1)実際に8の階乗は40320である。この数値は、ベッヒャーの化学書『地下の自然学』でも例として用いられている。Becher, Johann Joachim, Physica Subterranea, Lipsiæ : Joh. Ludov. Gleditschium, 1703, lib. I, cap. 2, § 4, p. 187. (2)1ドラクマは、約3.24グラムである。 (3)1パントは、約0.93リットルである。 続きは近日中にこちらで全文公開いたします。 +++ 追記:2012年12月12日、全文公開開始いたしました。
by urag
| 2012-12-10 10:39
| ウェブ限定コンテンツ
|
Comments(0)
|
アバウト
カレンダー
ブログジャンル
検索
リンク
カテゴリ
最新の記事
画像一覧
記事ランキング
以前の記事
2026年 12月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 最新のコメント
最新のトラックバック
|
ファン申請 |
||