2012年 09月 17日
メルロ=ポンティと病理の現象学 澤田哲生(さわだ・てつお:1979-)著 人文書院 2012年9月 本体3,800円 4-6判上製336頁 ISBN978-4-409-04103-1 帯文より:高次脳機能障害、幻影肢、ヒステリー、統合失調症、文学・政治の病的形象――メルロ=ポンティが論じた〈病〉の包括的検討を通し、思想の新たな地平を切り拓く、新鋭による豊潤な達成。 目次: 序論 序章 若きメルロ=ポンティと病的現象の発見 第一部 高次脳機能障害 第一章 『行動の構造』における病的現象の位相 第二章 症例シュナイダーと経験の平板化――失認とアナロジー障害 第三章 症例ベルクマンと色名健忘症 第二部 幻影肢 第一章 幻影肢現象――シャルコー・レルミット・メルロ=ポンティ 第二章 政治の病理学――サルトル情緒理論の受容 第三部 精神分析・精神病理学・文学 第一章 性・失声・身体――症例シュナイダーから失声現象へ 第二章 精神分裂病 第三章 ヒステリー――『受動性講義』における症例ドーラ 第四章 文学表現における病的現象――メルロ=ポンティとクロード・シモン おわりに あとがき 初出一覧/参照文献と略号/索引 ★9月24日取次搬入となる新刊です。書店店頭に並び始めるのは25日以降かと思われます。著者の澤田さんは、『身体――内面性についての試論』(和田渡ほか訳、ナカニシヤ出版、2001年)などの著書があるフランスの現象学者マルク・リシール(Marc Richir, 1943-)のもとで博士論文「現象学と現象学的人間学における情動性の問題系」を提出した新鋭で、現在は日本学術振興会特別研究員、静岡大学非常勤講師でいらっしゃいます。本書は各学会誌に発表されてきた論考や各学会での発表原稿に大幅な加筆修正を施し、書き下ろしの序論と序章を加えて一冊としたものです。 ★帯文にも使用されていますが、本書の末尾にはこう書かれています。「メルロ=ポンティの現象学は、哲学と医学領域という異なる学問形式が、ともに新たな展望を開く可能性を示唆している。彼は、病的な諸現象の分析を現象学の概念と図式の枠に無理に嵌めこむのでもなければ、これらの概念を放棄し医学領域の用語に傾倒したのでもない。彼の病的現象へのアプローチは、異なる研究領域が、互いに新たな展望と地平を開くことの重要性を私たちに教えてくれるのである」(299-300頁)。また、こうも書かれています。「病的現象の分析の裏には、身体、意識、時間、空間、等々の哲学的な知見を再考し、更新する可能性がつねに介在しているのである。これこそ、ビンスヴァンガー――そして今日では、マルク・リシールが〈現象学的人間学〉と呼ぶ企てに他ならない」(299頁)。 ★澤田さんが言及されている日本での「現象学的人間学」の成果のひとつに、村上靖彦さんの『治癒の現象学』(講談社選書メチエ、2011年)があります。あるいは、松葉祥一『哲学的なものと政治的なもの――開かれた現象学のために』(青土社、2010年)や、木村敏さんの著作集(弘文社)なども貴重な論点を私たちにもたらしてくれるでしょう。 ★フッサールやビンスワンガーの主要著作、メルロ=ポンティの著作の多くはみすず書房さんから刊行されています。特に同版元ではビンスワンガー『現象学的人間学』(みすず書房、1967年)や、同『うつ病と躁病――現象学的試論』(みすず書房、1972年;2001年新装版)、タトシアン『精神病の現象学』(みすず書房、1998年)、ドゥ・ヴァーレン『精神病』(みすず書房、1994年)、ブランケンブルク『自明性の喪失――分裂病の現象学』(みすず書房、1978年)、ハイデッガー『ツォリコーン・ゼミナール』(みすず書房、1997年)、ボイテンディク『人間と動物――比較心理学の視点から』(みすず書房、1970年)など、基本的文献が数多くあります。 ★現象学の応用範囲は広く、その根幹にフッサールの一連の著作があるわけですが、特にフランスでのその展開は、リチャード・カーニーによる、リクール、レヴィナス、マルクーゼ、スタニスラス・ブルトン、デリダらとの対話本『現象学のデフォルマシオン』(現代企画室、1988年)や、ドミニク・ジャニコー『現代フランス現象学』(文化書房博文社、1994年)、ベルンハルト・ヴァルデンフェルス『フランスの現象学』(法政大学出版局、2009年)といった訳書が概観を与え、ディディエ・フランク『現象学を超えて』(萌書房、2003年)や、ミシェル・アンリ『現出の本質』(上下巻、法政大学出版局、2005年)が、成果の一端を教えてくれると思います。 ビジュアル版 中世ヨーロッパの戦い フィリス・G・ジェスティス著 川野美也子訳 東洋書林 2012年9月 本体4,500円 四六倍判上製232頁 ISBN978-4-88721-804-8 版元紹介文より:王位継承、領地拡大、血塗られた戦い、聖戦……中世にはそのすべてがあった。本書では774年から1492年までヴァイキングや十字軍から、オスマントルコやヨーロッパ各国の王を扱うほか、特に関心の高い十字軍、百年戦争、ばら戦争、ヘイスティングの戦いなどは多く逸話を付した。さらに、同時代における世界の動向や出来事、戦争なども併記し、読者の複合的理解を図った。また、当時の武器や戦闘方法(石弓・騎馬隊・鉄砲・火薬・戦鑑・艦隊)についても詳述し、それらが歴史を開く上でどのような役割を担ったかについても述べている。 300点の図版によって戦闘の熱気と軍事的指導者たちの視覚化、巻末には陸・海・政治・戦争の4項からなる詳細年表を付した。 原書:The Timeline of medieval Warfare: the Ultimate Guide to Battle in the Middle Age, Amber Books, 2008. 目次: 第1章 中世初期の軍事 第2章 11世紀――拡大するヨーロッパ 第3章 12世紀――城砦と十字軍 第4章 13世紀――戦争の世紀 第5章 14世紀――歩兵の革命? 第6章 15世紀――変革の時代 エピローグ 中世の戦争の限界と遺産 訳者あとがき 索引 年表 ★9月21日取次搬入となる新刊です。書店店頭に並び始めるのはおおよそ24日以降かと思われます。悲しいことですが、帯文にある「10世紀にわたって戦争文化は劇的な発展を遂げ、西洋社会を牽引していた」という教訓は、21世紀の今もなお生きているように思います。ヴィリリオはかつて、戦争や事故から「テクノロジーの歴史」を見なおすことによって必然的にその現在と未来における「結果」をも見通せることを私たちに教えてくれました。西欧中世においてほとんど絶え間なく、戦地を拡げつつ継起した様々な戦いが、こんにち歴史的領土問題として全世界で繰り返され、人間性と道徳の後退に反比例して最先端の技術革新と創造性が戦争につぎ込まれていくさまを、千年後に人類はどのように記述するでしょうか。人間と「文明」の野蛮な一面を本書は教えてくれます。 ソクラテスの弁明 プラトン著 納富信留訳 光文社古典新訳文庫 2012年9月 本体895円 文庫判並製224頁 ISBN978-4-334-75256-9 カバー裏紹介文より:ソクラテスの裁判とは何だったのか、ソクラテスの生と死は何だったのか。その真実を、プラトンは「哲学」として後世に伝える。私たち一人ひとりに、自分のあり方、生き方を問うているのである。 訳者あとがき(214頁)より:ソクラテスの生と死は、今でも強烈な個性をもって私たちに迫ってくる。しかし、彼は特別な人間ではない。ただ、真に人間であった。彼が示したのは、「知を愛し求める」あり方、つまり哲学者〔フィロソフォス〕であることが、人間として生きることだ、ということであった。私たち一人ひとりも、そんなソクラテスの言葉を聞きながら――プラトンが書き記した言葉を読みながら――人間として生きることを、学んでいくのであろう。 ★発売済。中澤務訳『プロタゴラス』(2010年12月、立ち読みPDF)、渡辺邦夫訳『メノン』(2012年2月)に続く、光文社古典新訳文庫のプラトン新訳シリーズの第三弾です。ソクラテスは70歳の折に神々への「不敬」を問われ、若者を堕落させたとして裁判で死刑宣告をうけます。二千数百年も昔、当時もっとも先進的都市のひとつであったはずのアテナイで、ソクラテスは毒杯をあおって自死します。『ソクラテスの弁明』はソクラテスの弟子であるプラトンが、この「民主的裁判」と対峙した師を描いたものですが、裁判でのやりとりを列記した実録ではなく、師から受け継いだ哲学の出発点を描いたプラトンの創作であるとこんにちではみなされています。ただし過去には、「内容がどれだけ歴史的事実に即したものであるかは厳密には答えがたい問題である」が、「実際に行ったであろう弁明の趣旨をできるだけ忠実に記述したものであろう」(池田美恵「解説」301頁、新潮文庫版『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン』2005年改版)と見る向きもありました。 ★「なんといっても不条理なのは、私が彼ら〔告発者〕の名前も知らないし、言うことさえできないことです。ある喜劇詩人〔アリストファネス〕がいたことを除いてね。妬みや中傷を身にまとってあなた方を説き伏せてきた人たちは――自分たちも説得されて他の人々を説得しているのですが――皆まったく扱いにくい連中なのです。また、私はその誰一人この法廷に引っぱりだすこともできず、論駁することもできないので、いわば影と戦うように弁明し、誰も答えないまま論駁しなければならないからです」(20頁)。扇動的な告発者たちのいやらしい匿名性というのは、二千年前の話に思えませんね。 ★『ソクラテスの弁明』の続篇となる、死刑判決から自死までの一カ月を描いた『クリトン』(法と正義をめぐる対話)と『パイドン』(末期の様子を回想する対話)もぜひ納富先生に新訳していただきたいですね。ちなみにこの三作は、先般言及した新潮文庫で全一冊『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン』(田中美知太郎・池田美恵訳、新潮文庫、1968年;2005年)として読むことができます。三冊を一冊にまとめた文庫本にはかつて副島民雄訳注『ソクラテスの弁明・クリトン・パイドン』(講談社文庫、1972年)というのもありました。 ★光文社古典新訳文庫の続刊予定に、リルケ『マルテの手記』(松永美穂訳)があがっていました。リルケは全集が河出書房新社さんから出ていましたが、現在は品切。ぜひ河出さんには文庫でリルケ全集を再刊していただけたらなあと妄想しています。 現代思想 2012年10月臨時増刊号 柳田國男――『遠野物語』以前/以後 青土社 2012年9月 本体1,429円 A5判並製246頁 ISBN978-4-7917-1250-2 ★発売済。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。本特集号は、今年7月に開催された柳田國男没後50周年記念シンポジウム「国際化の中の柳田國男――『遠野物語』以前/以後」を契機としたものかと思われます。柳田が蒐集した魅力的な説話集『遠野物語』(1910年)は、岩波文庫、角川ソフィア文庫、集英社文庫などで現在も読むことができます(写真は現在品切の新潮文庫版)。一番廉価なのは角川です。特集号巻頭に置かれた川村湊さんのテクスト「“平地人を戦慄せしめよ”――柳田國男の「野蛮の思考」」では『遠野物語』はこう評価されています。「文明と野蛮、文化と野生の対立や葛藤、抗争という二項対立的な思考の枠組み(…)。『遠野物語』は、そうした対立の図式のなかにおいて、野蛮であり、野生的であることに軸足をかけ、いわば“野蛮の思考”を「平地人」の平常な思想と常識のなかに投げ込み、衝撃と戦慄をもたらそうとした」(13頁)と。あるいは、川村さんのテクストに続く、詩人の日和聡子さんの「見守り続ける厳しい書」では、『遠野物語』を読む吉本隆明の『共同幻想論』の一節が引かれ、それへの戦慄が語られています。「せまくそしてつよい村落共同体のなかでの関係意識の問題(…)。共同性の意識といいかえてもよい。(…)個々の村民の〈幻想〉は共同性としてしか疎外されない。個々の幻想は共同性の幻想に〈憑く〉のである」(「憑人論」、『共同幻想論』、角川ソフィア文庫、1982年、76頁)。『共同幻想論』(1968年)は言うまでもなく全共闘世代のバイブルのひとつですが、『遠野物語』の影響力の息の長さを感じさせますね。特集号では『遠野物語』の英訳者ロナルド・A・ドーアさんの論考やシンポジウムでの発言を読むことができますが、日本人の感性とは異なる視点が表れていて、非常に興味深いです。
by urag
| 2012-09-17 23:27
| 本のコンシェルジュ
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