2012年 03月 16日
ヴァーグナー試論 テオドール・W・アドルノ著 高橋順一訳 作品社 2012年3月 本体4,000円 A5判上製307頁 ISBN978-4-86182-354-1 帯文より:愛と死と陶酔の形而上学。社会的性格・動機・音色・楽劇など10の視点から多角的に考察。いかがわしさと崇高さを併せ持つ天才の全貌を明らかにする。附:「ヴァーグナーのアクチュアリティ」・作品概要・詳細解説。 原書:Versuch über Wagner, Knaur, 1964. 目次: クナウル社ポケット版への助言 I. 社会的性格 II. 身振り III. 動機 IV. 響き V. 音色 VI. ファンタスマゴリー VII. 楽劇 VIII. 神話 IX. 神と乞食 X. キマイラ 索引 付録「ヴァーグナーのアクチュアリティ」(1963年9月講演) 解説にかえて「仮象と仮象を内破するもの――アドルノのヴァーグナー認識について」高橋順一 ヴァーグナーの作品概要 訳者あとがき ★本日16日取次搬入です。この試論は1937年秋から1938年春に賭けてロンドンとニューヨークで執筆され、1952年になってようやく公刊されたものです。ナチスの支配から異国に逃れたアドルノの当時の心境も、この試論に影を落としているように見えます。高度資本主義社会においてその存在自体がパラドックスであるところの芸術をめぐって、アドルノはヴァーグナーの作品のうちに時代を読み解くアクチュアリティを見出しています。彼は試論をこう締めくくります、「ヴァーグナーのオーケストラは寄る辺なき人間の不安を語ることによって、寄る辺なきものにとって、たとえ脆弱で偽りなものであろうと助けを意味しうるのだ。そして音楽の太古的な異議申し立てが約束したものをあらためて約束することが出来るのだ。不安なき生への約束を」(187頁)。 ★担当編集者は先日、熊野純彦さんの新訳カント『純粋理性批判』を手掛けられたTさんです。Tさんは河出書房在籍時代よりこんにちに至るまでアドルノの訳書を数多く担当されており、その中には主著である『否定弁証法』も含まれています。Tさんは現在、『純理』級の大物を準備されているところ。思わず「おお」と声が出る古典でした。 ★本日午前二時すぎに吉本隆明さんがお亡くなりになりました。吉本さんの最後の長編散文詩と言ってさしつかえないはずの『言葉からの触手』(河出書房新社、1989年;河出文庫、1995年)を担当されたのもほかならぬTさんです。吉本さんの著書の中で私はこの作品が一番好きです。「地平線はもっと向うにみえるのだが、そこへゆく道はそれほど分明にはたどれない。〔…〕黄昏の気配だけが確かにあって、あたりをうす暗くしているからだ。〔…〕いまあの地平線にたどりつく道を照らしだしてくれるのは、概していえば大文字の無意味を行使することだという気がする。/それ以外のやり方では、ひとつひとつの振る舞いに意味という烙印がおされ、あの装置からの声の虜になる。〔…〕わたしたちはわたしたちの影を踏んで歩く。それは以前から歩行がたくさんの岐路にたったあとでやった方法だ。それに頼らざるをえないだろう。それはそれでいいのだが、自戒はいつもつきまとう。もう地平線の薄明にとりついたとおもったのに、ほんとはつぎの巨大都市の膨大な建物たちのシルエットにすぎなかった、そんなことはありうるのだ。でも徒労とみえる歩行が信じられるのは、地平線がみえること、それから徒労の影も天使の影も見捨てて、確かに歩いてきたからだ」(文庫版、120-122頁)。独立独歩の人、吉本隆明。内田樹さんは「毎日新聞」でこうコメントしています。「吉本さんの言葉には身体性があった。貧しさや飢餓といった生活者の実感に基づいた思想だ。最後の戦中派の思想家。吉本さんが亡くなられたことで戦中派の時代は完膚なきまでに終わった。時代は軽くなっていくでしょう」(3月16日付東京夕刊芸術文化欄「吉本隆明さん死去:哲学者・梅原猛さん、内田樹・神戸女学院大名誉教授らの話」)。そうなのかもしれない、と思った刹那、言いようのない暗い戦慄が背中に張り付くのを感じました。 ★『ヴァーグナー試論』の美麗な装丁は中島かほるさんによるもの。カバーに使用されている絵は、説明するまでもないかもしれませんが、クリムトの「水蛇1」です。
by urag
| 2012-03-16 22:06
| 本のコンシェルジュ
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