2011年 11月 26日
ぼくはお金を使わずに生きることにした マーク・ボイル(1979-)著 吉田奈緒子訳 紀伊國屋書店 2011年11月 本体1,700円 46判並製288頁 ISBN978-4-314-01087-0 帯文より:この実験で証明したいのは、お金がなくても「生き延びられること」ではなく「豊かに暮らせること」だ。――イギリスで1年間、お金を一切使わずに生活する実験をした29歳の若者がメディアで紹介されるや、世界中から取材が殺到し、大きな反響を呼んだ。貨幣経済を根源から問い直し、真の「幸福」とは、「自由」とは何かを問いかけてくる、現代の『森の生活』。 帯文(裏表紙)より:「食」と「エネルギー」を自給して生きる。著者は、不用品交換で入手したトレーラーハウスに太陽光発電パネルをとりつけて暮らし、半自給自足の生活を営む。手作りのロケットストーブで調理し、石鹸や歯磨き粉などの生活用品は、植物、廃材などから手作りしている。衣類はリサイクルを活用し、移動手段は自転車。彼の主宰するフリーエコノミー・コミュニティのウェブサイトには、160カ国34,834人が参加し、461,766種類のスキル、95,088個の道具、554か所の空間を分かち合っている(2011年10月末現在)。 原書:The Moneyless Man: A Year of Freeconomic Living, Oneworld, 2010. ★本日11月26日、国際無買デーを記念して刊行された新刊です。取次搬入はおとといの24日(木)ですから、すでに店頭に並べはじめた大型書店さんもあることでしょう。無買デーというならそもそもこの本も買えないじゃないか、と笑う人もいるかもしれませんが、無買デーというのは「余計なモノを買わない日」ですから、本書は買っても構わないわけです。無買デー・ネットワークの日本語サイトはこちら。 ★この『ぼくはお金を使わずに生きることにした』という本、私にとって今年もっとも惹きこまれた本のひとつになりそうです。面白くて、考えさせられます。震災や不況や政治不信や外交問題などで「ボロボロ」だと言ってもおかしくない今の日本、暗くならざるをえない毎日に、「ひとつの可能性の光」を見せてくれた気がします。担当編集者のAさんによれば、本書は「究極の節約生活の本ではありません。著者は、自然と共にある生活から消費社会を見つめ直し、「分かち合い(シェア)」をベースにした新しい社会のあり方を提案、人間同士の絆とコミュニティの再生をめざしています」とのこと。この本の内容は書名の通り、「お金を使わずに暮らす」実験を一年間行った記録。実際には二年半続けたそうです。それほど、この実験は素晴らしかったわけです。 ★少し長くなりますが、著者がこの実験を始めることになった考えを引用してみます。「ある晩、親友のドーンと話していて、搾取工場、環境破壊、工場畜産、資源争奪戦争などの世界的な問題に話題がおよんだ。ぼくらの一生をかけて取りくむべきは、はたしてどの問題だろうか。かといって、自分たちにたいした貢献ができると思っていたわけではない。ぼくらは、汚染された大海の中の二匹の小魚にすぎない。だが、まさにその晩、ぼくは気づいたのだ。病んでいる地球のこれらの諸症状が、それまで考えていたように互いに無関係ではなくて、ある大きな原因を共有しているということに。その原因とは、消費者と消費される物との間の断絶である。われわれが皆、食べ物を自分で育てなくてはならなかったら、その三分の一を無駄にするなんてことは(これはイギリスで現に起きていることだ)しないだろう。机や椅子を自分で作らなければならなかったら、部屋の模様がえをしたとたんに捨ててしまったりはしないだろう。目抜き通りの店で気に入った服も、武装兵士に監視されながら布地を裁断する子どもの表情を見ることができたら、買う気が失せることだろう。豚の屠畜処理の現場を見ることができたなら、ほとんどの人がベーコンサンドイッチを食べるのをやめるだろう。飲み水を自力できれいにしなければならないとしたら、まさかその中にウンコはしないだろう。/心の底から破壊を好む人間はいない。他人に苦痛を与えて喜ぶ人など、そうそうお目にかかるものではない。それなのに、無意識に行っている日常的な買い物は、ずいぶんと破壊的である。なぜか。ほとんどの人が、みずから生産する側に立たされることはおろか、そうした衝撃的な生産過程を目にすることもなければ、商品の生産者と顔を合わすこともないからだ。ニュースメディアやインターネット上で実態の一端をかいま見る機会はあっても、その効果はたかが知れている。光ファイバーケーブルという感情フィルターを通すと、衝撃は大幅に減殺されてしまう。/こういう結論に達したぼくは、消費者と消費される物との極端な断絶を可能にしたものは何だろうかと思案した。たどり着いた答えはごく単純だ。「お金」という道具が生まれたその瞬間から、すべてが変わったのだ。最初はすばらしいアイデアだと思われたし、世界中の99.9%の人々は今でもそう信じている。問題は、お金がどう変わったかと、お金が何を可能にしたかだ。お金のせいで、自分たちが消費する物とも、自分たちが使用する製品の作り手とも、完全に無関係でいられるようになってしまった。消費者と消費される物との断絶は、お金が出現してからこのかた広がる一方であり、今日の金融システムの複雑さによって、ますます拍車がかかっている。こうした現実からぼくらの目をそらすために、周到なマーケティングキャンペーンがしかけられる。莫大な予算が投じられるだけあって、成果は上々だ」(17-18頁)。 ★実験開始前の著者は強気なようでどこか弱気です。半年前から準備を始めるものの、お金を使わずに生活することがいかに大変かに気づき、後悔したり逃げ出したくなったりするのですが、一年間やってみた結果、元の生活に戻りたくない、とまで思うようになります。そこまで生活が楽だったかというとそうでもありません。自給自活の苦労話は本書を読んでもらって楽しんでいただくとして、彼は病気をすることもなくむしろ心身ともに至極健康に過ごしたのでした。読後の感動を胸に抱きつつも、家族のことを考えると、俺もやるぞ、とは簡単に言えないわけですが、本書がもらたす示唆の数々は、ひょっとすると、私の、そして誰かの生活のターニングポイントになるかもしれません。本書のカバーソデにはガンジーのこんな言葉が印刷されています。「世界を変えたければ、まず自分がその変化になりなさい」。著者が行った自給自活とは外界と断絶した場所でサバイバルすることなのではなく、自然と人、人と人との付き合い方を仕切り直す実践です。特に後者で重要なのは「分かち合い」の精神であるとされます。著者はその効用を述べつつこう書きます。「世界中いたるところで日常的な人づきあいがもっと和やかにならないかぎり、本当の平和が訪れることはない。全体とは細部からできているのだから」(30頁)。本書に対する賛否は当然あるでしょうが、読まずに批判的に見るのはもったいないです。軽快な筆致で読みやすい本ですし、ぜひ通読をお薦めします。 ★ちなみにアメリカ市場では昨日がいわゆる「ブラックフライデー」で、クリスマス商戦の始まりなのですね。AFP通信の記事「狂乱気味のブラックフライデー、催涙スプレーや強盗事件も 米国」が紹介するニューヨーカーの言葉はこうです、「まったくひどい消費主義のかたまりだよ。せっかくの感謝祭の祝日が『買い倒れの日』になっている」。クリスマス商戦と言えば、2ちゃんねるで「クリスマス商戦 Amazonの倉庫が大変なことになってる」と盛り上がっていたことが「ガジェット速報」で伝られています。そこでは日本のアマゾンの倉庫で働く人々の苦労話が読めます。速報で掲載されている写真はイギリスの「デイリーメイル」紙が伝えているアマゾンの流通倉庫の風景。ブラックフライデーと週明けの月曜日は一年間でもっともオンラインショッピングが繁盛する日なのだとか。 ★本書の著者もこう書いています。「米国のスーパーマーケットでは2008年、殺気だった客がバーゲン開始を待ちきれずに店内へなだれこみ、下敷きになった男性従業員が死亡した。ここイギリスでも、2005年の大型家具店開店時に同じような事故が起きている。開店記念の目玉商品を探す客たちに押したおされて何人かが負傷した。サウジアラビアでは2004年に、「バーゲンハント」の名のもとに3人が死亡、16人が負傷している。ついに人間は、いくばくかの金を節約するために他人を踏み殺すようにまでなってしまったのか」(259-260頁)。 ★著者は現在、本書の印税(なんと14カ国で刊行されているのだとか)をもとに、フリーエコノミーのコミュニティ「カネナシ村」をつくろうとしているのだそうです。紀伊國屋書店さんの月刊PR誌「スクリプタ」の12月15日号では、坂口恭平さん、毛利嘉孝さん、大貫妙子さんの書評が掲載予定とのこと。その一部を以下にご紹介します。 坂口恭平さん(建築家/作家)――文明批判でありながら、まだ誰も気付いていない可能性を掘り当てる大冒険としても読める多層的な本だ。 毛利嘉孝さん(社会学者)――単に「お金を使わない」というだけではなく、広い意味での思想の実践であり、新しい経済の試みである。 お二人はtwitterでもこうつぶやかれています。zhtsss 坂口恭平さん「紀伊國屋書店のPR誌にて書評を書いたイギリスのブリストルで0円生活を一年間実践したマーク・ボイル氏の著作「ぼくはお金を使わずに生きることにした」って本がそろそろ発売されますが、この人たちが実行しているフリーエコノミーには大きな可能性が詰め込まれていると思ってます」。mouri 毛利嘉孝さん「マーク・ボイルの『ぼくはお金を使わずに生きることにした』(紀伊國屋書店)の 書評を書いた。一切お金を使わずにブリストル郊外で暮らした30歳男性の話。と書くと自給自足の山中生活みたいだがそうではない。結構都市にも出てるし、フェスティヴァルなんかも組織している。むしろ面白いのは、フリーエコノミーのインフラと情報網と理論が、きちんと出来上がりつつあること。全くお金を使わないのは難しくてもいろいろと応用可能ではないか。そもそもすごく楽しそうなのがいい」。 ★本書の刊行を記念し、ブックフェア「なんでもお金で買えると思うなよ」が現在、リブロ池袋本店、戸田書店静岡本店、ジュンク堂書店藤沢店、紀伊國屋書店札幌本店、同玉川高島屋店、同横浜みなとみらい店で行われているそうです。ご興味を持たれた書店さんには、30点のブックリストやフェアパネル(A4サイズ、A3サイズ)の提供が可能だそうですので、紀伊國屋書店出版部さんまで問い合わせてみてください。 ★なお、紀伊國屋書店出版部さんと言えば、パトリック・シャモワゾーの大著『カリブ海偽典――最期の身ぶりによる聖書的物語』(2010年12月刊)で、訳者の塚本昌則さんが先月発表の日本翻訳文化賞を見事受賞されましたよね。「読売新聞」2011年4月11日に掲載された都甲幸治さんによる書評では「本書に登場する女性たちの魅力的なことと言ったらない。悪霊と闘う女漁師、同時に男性でも女性でもある教師たち。彼女たちの強さと優しさは、賑にぎやかなおしゃべりとダンスに満ちたクレオール文学の最良の部分である。常に柔らかくあること。感覚を閉じてしまわないこと。固い心を持つ僕らにとって、本書は有難い貴重な飲み物のようだ」と評されていました。『カリブ海偽典』は文学作品、『ぼくはお金を使わずに生きることにした』はドキュメンタリーですが、どちらも読者の心をほぐし、新しい視野を与えてくれる素晴らしい本ですね。 ![]()
by urag
| 2011-11-26 22:29
| 本のコンシェルジュ
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