2011年 09月 04日
ここ最近話題になっている単行本と雑誌について少しだけ。先に雑誌について言えば、先週発売になった『思想地図beta』第2号と、先々週発売の『緊急復刊 imago』だろうと思います。前者は「震災以後」と題した特集号。本体価格の3割強にもなる635円が義援金となるそうです。いやーこの金額設定はすごい。東浩紀さんの巻頭言「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」によれば、前号と違いこの号では印税ではなく原稿買取にしているとのこと。なるほど。今回の特集では、建築家の藤村龍至さんによる「復興計画β:雲の都市」が興味深かったです。作り手の意図からはひょっとすると外れているかもしれませんが、私は『思想地図』を常にひとつの書店論ないし出版論として読んでいます。提起されている論点を業界(改革)論に応用して読むといいますか、想像力のリンケージ作用が自己言及的に働くわけです。だから『思想地図』を教材に業界でポスト出版論をテーマに色々議論すればいいと常々思っています。 『緊急復刊 imago』は、『現代思想』2011年9月臨時増刊号という位置づけ。15年ぶりの復活で、まさか終刊した雑誌に再び出会うことになるとは思いもしませんでした。オールド・ファンはつい買ってしまうのではないでしょうか。斎藤環さんによる責任編集で「東日本大震災と〈こころ〉のゆくえ」という特集号。斎藤さんは井原裕さん、森川嘉一郎さんらと対談され、さらに中井久夫さんのインタビューの聞き手にもなっています。『思想地図』にも登場されていた藤村さんが「2011年の節団は建築に取ってどのような意味を持ちうるか」という一文を寄せておられ、さらには磯崎新さんの「津波と建築」と題したテクストもあります。いずれもインタビューを元に構成されているようです。 311関連の人文系アンソロジーではこれまでに、『思想としての3・11』(河出書房新社、6月)、『現代思想』2011年7月臨時増刊号「震災以後を生きるための50冊――〈3・11〉のダイアグラム」(青土社、6月)、『ろうそくの炎がささやく言葉』(勁草書房、8月)、『3・11の未来――日本・SF・創造力』(作品社、9月)という感じで次々と話題書が刊行されています。原発関連の本もたくさん出ていますし、来年3月の一周年までに様々な新刊が今後も出続けるでしょう。弊社ではそのものずばりな新刊は予定していませんが、いくつかの企画を一周年に向けて準備中です。 次に単行本について。『思想地図』2号でも広告が載っていましたが、東さん主宰のゼロアカ道場の最終関門を突破した期待の新人、村上裕一(1984-)さんのデビュー作『ゴーストの条件――クラウドを巡礼する想像力』(講談社BOX、9月)がついに発売になりました。ゼロ年代の内に出るよりかは、こうやって10年代なかんずく3・11以後に出版される方が時代を感じさせていいと思います。「『動物かするポストモダン』『美少女ゲームの臨界点』の精神は死に絶えていなかった――セカイ系コンテンツ批評の新たな逆襲!」という東さんの推薦文を見ると、東さんのデビュー作『存在論的、郵便的』(新潮社、1998年)の帯文に引かれた浅田彰さんによる「私は『構造と力』がとうとう完全に過去のものとなったことを認めた」という言葉を、つい連想してしまいますね。 さらに単行本をもう一冊。若松英輔(1968-)さんの三田文学新人賞受賞作にしてデビュー作の「越智保夫とその時代」を収録し、さらに四つの越智論を併録した『神秘の夜の旅』(トランスビュー、8月)が刊行され、『井筒俊彦 英知の哲学』(慶應義塾大学出版会、5月)に続いて話題を読んでいます。今月には以下の四つの連続公演が各書店で予定されています。 ◎第1講「越知保夫と私」 日時:2011年9月8日[木]18:30~20:00(開場18:00) 会場:東京堂書店神田神保町店 6階特設会場 定員:80名(先着順受付) 参加費:500円当日支払 ご予約・お問合せ:tel 03-3291-5181 ◎第2講「井筒俊彦と私」 日時:2011年9月13日[火]18:30~20:00(開場18:00) 会場:八重洲ブックセンター本店 8階ギャラリー 定員:80名(先着順受付) 参加費:500円当日支払 ご予約・お問合せ:tel 03-3281-8201 ◎第3講「須賀敦子と私」【予約満席御礼】 日時:9月23日[金・祝日]14:00~15:30(開場13:30) 会場:紀伊國屋書店新宿本店 9階特設会場 定員:30名(先着順受付) 参加費:500円当日支払 ご予約・お問合せ:tel 03-3354-5700 ◎第4講「池田晶子と私」 日時:9月28日[水]18:30~20:00(開場18:00) 会場:三省堂書店神保町本店 8階特設会場 定員:80名(先着順受付) 参加費:500円当日支払 ご予約・お問合せ:tel 03-3233-3312(代) トランスビューさんの告知によれば、若松さんは「霊性を探究する気鋭の批評家」と紹介されています。直近の執筆では、「みすず」9月号に「協同する不可視な「隣人」」、「新潮」10月号に「震災と死者の詩学――小林秀雄からよしもとばななへ」が掲載されているそうです。若松さんは今回の新刊の「あとがき」に「この小著を今、困難にある人びとに捧げたい」と書かれています。実業家でもいらっしゃる若松さんのエネルギッシュなご活躍はますます多くの読者を魅了しつつあるようです。若松さんは60年代生まれ、そして前述した村上さんは80年代生まれです。ここにもう一人、最近の新刊とともに言及しておくとすれば、70年代生まれの宇野常寛(1978-)さんの『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎、7月)になると思います。書籍詳細のページとリンクしていないのが残念ですが、念のため正誤表はこちら。 10年代はこれからますます80年代生まれや90年代生まれの書き手が出てくるでしょうが、そうした中で若松さんのような60年代生まれの書き手も注目されるのは同世代として嬉しいことです。いっぽうで、60年代生まれを代表する書き手の一周忌を記念する新刊も出ました。『清水アリカ全集』(河出書房新社、8月)です。これは作家の清水アリカ(1963-2010)さんのエッセイ以外の小説作品を中心としたもので、未刊行作品、遺稿、創作ノートも併録されています。美しい造本は中島浩さんによるもの。解説は椹木野衣さんが書かれています。「言葉という原材料から生きた物語の躍動する世界を構築するのではない。いまある世界をもう一度、物語も生き延びられぬ言葉の高温高圧状態へと暴力的に圧縮させるのだ。そして、なおその暴発の一秒前で淡々と描こうとする。それが彼の文学への意志だった」という椹木さんの言葉が印象的です。ちなみに弊社代表取締役のKが、椹木さんや中島さんとともに編集委員に加わっています。まさに今日9月4日が一周忌にあたります。 最後に、先月(2011年8月)20日にお亡くなりになった翻訳家の山岡洋一(1949-2011)さんによるJ・S・ミルの訳書がさいきん復刊されたことについて言及しておきます。ミル『自由論』(日経BPクラシックス、9月)。同書は光文社古典新訳文庫の一冊として2006年に刊行されましたが、いつの間にか品切になっていたようです。文庫版では、味わい深い翻訳論ともなっている山岡さんの「訳者あとがき」と、長谷川宏さんによる「解説」が収録されていましたが、NBP版ではこれらは再録されず、大阪市立大学大学院教授の佐藤光さんによる「解説」が付されています。山岡さんの卓抜な翻訳論・翻訳観については「翻訳は簡単な仕事じゃないんだ」をぜひご覧ください。ちなみにミル『自由論』については、イースト・プレスのシリーズ「まんがで読破」で今年6月にマンガ化されていてびっくりです。 『自由論』が再刊されるのはたいへん嬉しいのですが、個人的に言えば日経さんには山岡さんの『国富論』(上下巻、日本経済新聞社、2007年)の廉価版をクラシックスで出してもらえたらさらに嬉しいです。なおかつ、たとえ1000頁を超える本になっても、上下巻ではなく全一冊で出していただけると実にありがたいです。 光文社古典新訳文庫ですでに品切書目があるというのは知らなかったのですが、この文庫シリーズのお蔭で、古典リバイバルの機運がますます高まりつつあることは確かです。8月にはロック『市民政府論』(角田安正訳)が出ましたし、7月には『ヒューム道徳・政治・文学論集 完訳版』(田中敏弘訳、名古屋大学出版会、7月)、6月にはホッブズ『ホッブズの弁明/異端』(未來社、6月)、5月にはヒューム『人間本性論 第1巻 知性について 新装版』(木曾好能訳、法政大学出版局、5月)が新装版で再刊されています。ヒュームの本はいずれもお高くて簡単に買えませんが、品切になれば古書価はもっと高くなるでしょう。 ![]() ![]() ![]() ![]()
by urag
| 2011-09-04 04:18
| 本のコンシェルジュ
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