2011年 01月 30日
パリのロイター発2011年01月26日付記事「アンチ資本主義者、中国よりフランスの方が多い=調査」によれば、「共産党が一党支配する中国やほかの先進国よりも、フランスの方が自由市場資本主義に反対する人が多いとする世論調査の結果が明らかになった。26日付の仏ラ・クロワ紙が発表した」とのことです。興味深い結果ですが、さほど驚かせるものではありません。フランスは長い間、民主主義社会のあるべき姿について模索を続けてきた過程で、資本主義や自由市場の「効用」をアメリカほどには信じてきませんでしたし、一方、中国は共産党の一党支配のもとでの急激な経済政策によってもはや後戻り不可能なほど資本主義を内在化させつつあるからです。 今月、フランスの社会学者アラン・カイエ(1944-)の主著『功利的理性批判』が以文社より翻訳出版されました。原著副題は「MAUSS宣言」と言います。MAUSSというのは「社会科学における反功利主義運動」の略称で、人類学者のマルセル・モースの名前にひっかけています。カイエは「MAUSS雑誌」の主幹をつとめており、「訳者付記」によればこの雑誌の寄稿者には以下の知識人の名前が見えます。 レヴィ=ストロース(1908-2009) モラン(1921-) カストリアディス(1922-1997) ジラール(1923-) ルフォール(1924-2010) トゥーレーヌ(1925-) ウォーラーステイン(1930-) ネグリ(1933-) ラクラウ(1935-) デュピュイ(1941-) ムフ(1943-) ゴーシェ(1946-) ホネット(1949-) ヴァン・パレース(1951-) さらに「訳者付記」では、カイエの古い友人であるセルジュ・ラトゥーシュの著書が昨年作品社より刊行されたことを「非常に有意義な出来事」として紹介しています(このラトゥーシュの本についても以下に書誌情報を掲げます)。カイエはラトゥーシュらとともに昨年来日しています。カイエもラトゥーシュも、資本主義や市場経済に疑義を呈しているフランス人の一人です。 ![]() 功利的理性批判――民主主義・贈与・共同体 アラン・カイエ(Alain Caillé: 1944-)著 藤岡俊博(ふじおか・としひろ:1979-)訳 以文社 2011年1月 本体:2,800円 四六判上製カバー装272頁 ISBN978-4-7531-0286-0 ◆帯文(表1)より:新しい科学、新しい政治へ。〈利益〉を絶対視する「経済的モデル」があらゆる領野の思考を枯渇させ、〈市場〉の覇権と荒廃をもたらした。危機感を抱く社会科学者たちが〈贈与論〉のモースの名の下に結集し、新しい「一般社会科学」と新しい民主主義への可能性を切りひらいた画期的宣言書。 ◆帯文(表4)より:「一九七〇年代の多幸感のあとに生まれた社会科学の雑誌で、これほどまでフランス出版界の風景を根底的に刷新し、数年のうちに必須の参照文献になったものは少ない」(本書から生まれた『MAUSS雑誌』について。『ル・モンド』2010年8月6日)。 ◆原書: Critique de la raison utilitaire: Manifeste du MAUSS, La Découverte, 1989/2003. ◆目次: 日本語版への序文 MAUSS――特異な歴史 贈与――いかなる贈与か? 一般社会学(社会科学)に向けて? 贈与と承認のパラダイム 日本に期待を寄せながら 二〇〇三年版への序文 はじめに 第一部 功利主義の力の台頭 1 漠然とした功利主義から支配的な功利主義へ I 漠然とした功利主義 II 社会科学の古典的領野と、支配的ではあるが相殺された功利主義 経済学 社会学 集団化された功利主義としての社会科学 哲学 その他の言説および学科〔ディシプリン〕 2 支配的な功利主義から一般化された婉曲的な功利主義へ I 理論における一般化された功利主義 表現を和らげ、説明を加えるなら II 実践における一般化された功利主義 婉曲的な功利主義 さまざまな両義性 第二部 功利的理性批判の諸要素 3 近代功利主義の発生に関する諸断片 I 宗教改革 II 科学 III 市場と中流階級の勝利 IV 功利主義の力と壮麗さ 4 功利主義と経済主義 I 歴史の功利主義的な見方 稀少性、労働 物々交換の寓話 贈与 市場 II 第三世界と発展の問題 5 理性の不確実さと主体のさまざまな状態 I 理性の不確実さ II 主体のさまざまな状態 6 反功利主義と民主主義の問い I 民主主義の概念への簡潔な指摘 II 民主主義・贈与・共同体 III それほど反時代的ではない考察 IV なにをなすべきか 結論 知の改革のために あとがき 功利主義の概念、規範的な功利的理性の二律背反〔アンチノミー〕と贈与のパラダイム I 功利主義の概念 II 規範的な功利的理性の二律背反〔アンチノミー〕 III 功利主義に代わるパラダイムとしての贈与 訳注 文献案内 《MAUSS》の賭け 訳者付記 +++ 経済成長なき社会発展は可能か?――〈脱成長〉と〈ポスト開発〉の経済学 セルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche:1940-)著 中野佳裕(なかの・よしひろ:1977-)訳 作品社 2010年7月 本体2,800円 四六判上製カバー装364頁 ISBN978-4-86182-297-1 ◆帯文(表1)より:欧州で最も注目を浴びるポスト・グローバル化時代の経済学の新たな潮流。“経済成長なき社会発展”を目指す経済学者ラトゥーシュによる〈脱成長〔デクロワサンス〕〉理論の基本書。 ◆帯文(表4)より:いかなる経済学が、新自由主義に代わって、ポスト・グローバル化時代の指針となるのか? 金融危機・債務危機を引き起し、地球環境を破壊してしまった「新自由主義」に代わって、現在、最も欧州で注目されているのが、〈脱成長〉(décroissance)の経済学である。“脱成長による新たな社会発展”を目指すこの経済理論は、グローバル資本主義の構造的矛盾を克服するものとして、左右の政治の壁を越えて話題となり、国会でも論議されている。〈脱開発〉を掲げる新聞・学術誌が発刊され、学会や地方政党も誕生し、社会現象となるまでにいたっている。本書は、その提唱者である経済学者ラトゥーシュの代表作二冊を日本読者向けに一冊にまとめた、〈脱開発〉学派の基本書というべきものである。 ◆原書1:Survive au développement, Fayard, 2004. ◆原書2:Petit traité de la décroissaance sereine, Fayard, 2007. ◆目次: 「経済成長」信仰の呪縛から逃れるために――日本の読者の皆さんへ 第I部 〈ポスト開発〉という経済思想――経済想念の脱植民地化から、オルタナティブ社会の構築へ はじめに 序章 〈ポスト開発〉と呼ばれる思想潮流 第1章 ある概念の誕生、死、そして復活 第2章 神話と現実としての発展 第3章 「形容詞付き」の発展パラダイム 第4章 発展主義の欺瞞 第5章 発展パラダイムから抜け出す 結論 想念の脱植民地化 第II部 〈脱成長〔デクロワサンス〕〉による新たな社会発展――エコロジズムと地域主義 はじめに 序章 われわれは何処から来て、何処に行こうとしているのか? 第1章 〈脱成長〔デクロワサンス〕〉のテリトリー 第2章 〈脱成長〔デクロワサンス〕〉――具体的なユートピアとして 第3章 政策としての〈脱成長〔デクロワサンス〕〉 結論 〈脱成長〔デクロワサンス〕〉は人間主義か? セルジュ・ラトゥーシュ・インタヴュー 目的地の変更は、痛みをともなう (インタヴュアー パスカル・カンファン) 日本語版解説 セルジュ・ラトゥーシュの思想圏について (中野佳裕) 1 セルジュ・ラトゥーシュの研究経歴と問題関心 2 解題『〈ポスト開発〉という経済思想』 3 解題『〈脱成長〔デクロワサンス〕〉による新たな社会発展』 4 日本におけるラトゥーシュ思想の位置付け 結語 日本社会の未来のために――平和、民主主義、〈脱成長〉 謝辞 参照文献一覧 +++ なお、以文社では『民主主義は、いま?――不可能な問いへの8つの思想的介入』という新刊が2月15日に発売予定だそうです。版元ウェブサイトに掲載された紹介文によれば、本書の内容は以下の通りです。「フランスの独立系出版社「ラ・ファブリック」が、現代を代表する思想家8人に素朴かつ深淵な問いを投げかけた――あなたは自らを「民主主義者」と言うことに意味がありますか? 「民主主義」という、冷戦の終結・グローバリゼーションの発展以後、急速に規定の難しくなった政治的概念に対して、彼らはいかなる考察をもって揺さぶりをかけるのか?」。寄稿している思想家8人というのは以下の人々です。ジョルジョ・アガンベン、アラン・バディウ、ダニエル・ベンサイード、ウェンディ・ブラウン、ジャン=リュック・ナンシー、ジャック・ランシエール、クリスティン・ロス、スラヴォイ・ジジェク。 一方、作品社では、ジョヴァンニ・アリギ『北京のアダム・スミス』や、デヴィッド・ハーヴェイ『コスモポリタニズム』といった書目が今春までの近刊予定に挙がっています。カイエやラトゥーシュの本と併せて読みたいですね。
by urag
| 2011-01-30 20:24
| 本のコンシェルジュ
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