2010年 06月 12日
「讀賣新聞」10年6月12日配信の社会欄記事「iPad向け、本の「格安」電子化業者が出現」にはこう書かれています。 「東京のある業者は4月、本を裁断して1ページごとにスキャナーで読み取り、PDFと呼ばれる電子文書形式に変換するサービスを始めた。本の送料は自己負担だが、1冊分のデータを100円でホームページからダウンロードできるサービスが評判を呼び、注文が殺到。スキャナーの台数などを増やしたが、注文から納品まで3か月待ちという。(中略)都内の別の業者も5月末に営業を始め、2日間で200人以上の申し込みがあったという」。 また、「J-CASTニュース」10年6月9日付の経済欄記事「100円で書籍まるごとスキャン 申し込み殺到し数か月待ち」では、大和印刷の「ブックスキャン(BOOKSCAN)」について紹介しています。 BOOKSCAN(合同会社大和印刷、三軒茶屋)のウェブサイトを見てみると、「サービス案内」欄に「書籍を裁断しスキャナーで読み取り、PDF化するサービスです。『本が好きだけど、本棚はいっぱいだし、本をたくさん買いたいのに 場所的に置く場所がなくて困ってる』という方のためのサービスです」と書いてあります。 BOOKSCANについては、「ASCII.jp」でも10年5月7日にすでに次のような取材記事が出ていました。「業界関係者から歓迎の声も――スキャン代行は「悪」なのか」(文=まつもとあつし)という記事で、代表の岩松慎弥さんにインタビューされています。記事によれば岩松さんは26歳まで居酒屋の料理長をつとめ、その後は冷凍した真空パックの惣菜を楽天市場で売る商売をされていたそうです。利益が少ないため、iPad発売のタイミングに合わせ、現在のスキャン代行業を開始されたとのこと。 現行の著作権法に照らすと違法では、との記者の質問には、「現状では、ブックスキャンに依頼された本は著作者の同意を得ているものとしてスキャンしています。将来的にはそれも撤廃し、私的複製の範囲内でサービスを提供したいと考えています。もし仮に裁判になった場合は「それは私的複製である」と主張します」と答えています。確かにBOOKSCANのサイトでも「著作権に関して」といういささか目立たない欄で、「BOOKSCANのPDF書籍変換システムへご依頼頂いたものは、著作権法に基づき、著作権保有者の許可があるものとして判断させて頂きます。許可がないものは、ご遠慮頂くか、ご自身でスキャンしてください」と特記してあります。 「著作権保有者の許可があるものとして判断させて頂きます」というのが残念ながら実に危ういですね。これでは客に悪用されるリスクを避けきれないし、そもそもそう判断してしまっていることで、業者に他意はなくとも結局のところ著作権法に違反するリスクを黙認するかたちにならざるをえません。 「J-CASTニュース」ではさらに「1冊90円のスキャン代行サービス「スキャポン」も登場」と紹介しています。「スキャポン」について調べてみると、これは品川区戸越に所在する有限会社ドライバレッジジャパン(運営統括責任者・長屋好則さん)が提供しているサービスで、公式ウェブサイトでは「ご自宅の本棚に貯まった書籍をお客様に代わってスキャンをしPDF化するサービスです。スキャンの機器を揃える費用を節約したい方や、ご自身でスキャンをする時間や労力を節約したい方に、スキャポンが代わって書籍を 1ページずつスキャンしPDF化のお手伝いをします」と謳っています。サービスにはふたつの柱があり、「本棚の書籍のスキャンを代行しPDF化(電子書籍化)」と「アマゾンや楽天で購入した書籍をスキャンPDF化してお届け」となっています。後者が目を惹きますね。 同サイトの「著作権について」欄ではこう書かれています。「書籍は、音楽CDや映像DVDと同様に、著作権によって保護されています。/1.お客様からお送り頂いた書籍は、著作者の許可を得ていると判断し処理をします。許可が得られない場合はご自身でスキャンしていただくか、スキャンをご遠慮下さい。/2.スキャンによってPDF化された書籍データは、私的利用でのみご利用下さい。他者への譲渡や販売行為はおこなわないで下さい。ネット上への公開や不特定多数の方に閲覧される状態にしないで下さい」。ここでも「著作者の許可を得ていると判断する」と書いてあって、BOOKSCANと同様のリスクを回避できていない感じです。 そうしたリスクにきっちり対応すべく、著作権問題について見解を述べている業者さんもいます。例えば長野県大町市のスキャナーレンタルおよび本の裁断作業代行サービス「スキャンブックス」を展開している株式会社実践では、トップページに「お客様に著作権が帰属しない文献のスキャニング(複写)作業代行は、著作権法により禁じられているため一切お受けすることができません。また、スキャンした文献データを無断で配布すると罰せられます」と明記しています。さらには10年4月16日にアップされた文書「【ご注意ください】スキャン代行サービスについて」で代表取締役鎌倉正茂さんが、「弊社では、スキャニング代行は一切行っておりません」とはっきり宣言しています。 鎌倉さんの主張はこうです。「書籍における私的利用のための複製においては、個人的にまたは家庭内その他これに準ずる限られた範囲において使用することを目的とし使用する本人が複製しなければなりません。/よって複製したものを他の人に送信・譲渡・配布してはいけませんし、複製行為自体も本人が行わなければなりません。この複製行為を他人にお願いしたり、業者に対価を払ってお願いすることは違法行為であり、またそれを業とすることも違法行為となります。/これまでにも、著作物の複製行為を使用者以外の第三者が行う代行業などが生まれたこともありましたが、私的利用のための複製という範疇を超えるものとして、違法性を指摘され、社会から消えていったという歴史がございます。/「スキャン代行サービス」も、第三者が行う著作物の複製行為の代行業と全く同じ構造であるため、私的利用のための複製という範疇を超えるものと考えられます。〔中略〕お客様に著作権が帰属する或いは許諾があるとされる書籍につきましても、弊社においてはその著作権の帰属、許諾の確認が困難であることから、これらについても一切スキャン代行を行っておりません」。適切なご判断だと思います。 あらためて「讀賣新聞」記事を見てみると、そこで取り上げられている匿名業者は「個人が複製するのは合法。個人の依頼を受けて代行しているだけで、著作権法違反ではない」と主張しているそうです。これは昨年のいわゆる「コルシカ問題」もしくは「コルシカ騒動」(雑誌スキャン)の際に言われていたこととそっくりで、出版業界としては「またかよ」という既視感が強いものと思います。 アルファブロガーの小飼弾さんはいち早く10年4月16日の時点でブログ「404 Blog Not Found」において「ブックスキャン代行サービスは合法だよね?」というエントリーを公開されています。そこで「複製というのは原本がそのまま無傷で残るからこそ複製なのであって、裁断された紙の束を「元どおりの本である」ということにこそ無理がある。Googleがやっているように非破壊的な手段でスキャンする方法であればとにかく、裁断を必要とするブックスキャン代行サービスは複製とは呼べない」と書かれています。この論理でスキャン代行を擁護することには若干飛躍があるというのが私の意見ですが、ほぼ同じ時期に講談社「G2」誌に掲載された秀逸なインタビュー記事「蔵書2万5000冊の男が断言 小飼弾「紙の本は90パーセント消えます」」にこんなくだりがあるのを読めば、小飼さんの言わんとすることは理解できるのではないかと思います。 「―小飼さんは、幼少期から大変な読書家だったそうですね。紙の本に対する親しみは人一倍あろうかと思います。 小飼 確かに僕は印刷された本が大好きです。しかし、誰もが自宅にこういう本棚を持てますか?(そう言って、約2万5000冊!が収容可能だという巨大な本棚を指さす) この本棚の存在こそが紙の欠点なのです。本を置いておくにはスペースが必要なんです。数冊しか本を所有していない人は気にならないでしょうが、数百冊になったら収納する本棚が必要になります。さらに、数千冊、数万冊になったら、うちにあるような大きな本棚を買わなければいけません。この本棚は特注したもので、引っ越す時に奮発して、約200万円かけて作りました。この時、本棚の代金だけを考えてはいけません。この本棚を設置できる条件として、マンションの不動産コストも考えなければいけないのです。では、数十万冊の蔵書がある図書館となったらどうでしょうか。不動産コストのほかに、インデックスしたりラベリングする人件費もかかってくる。僕の試算するところ、大きな図書館では、ただ本を一冊置いておくというコストだけで年間2000円以上の維持費がかかるのです。本代よりも高い。 ―電子化すればこんな大層な本棚は必要なくなりますね。 小飼 そうです。活字よりもデータ量が多いマンガでさえ、スキャンしてデジタル化したら、一冊100メガバイトくらいです。1テラバイトのハードディスクであれば、1万冊のマンガが収納可能。今、1テラバイトのハードディスクは1万円あれば購入できるので、たった数万円でこの巨大な本棚が無用の長物となります〔後略〕」。 ちなみに「J-CASTニュース」の先の記事ではスキャン代行サービスの利用者について次のようにまとめています。「依頼主は個人がほとんどで、1回あたりの申し込み数は1冊、2冊が多い。中には1000冊以上という人もいる。書棚の本を整理したい人や、海外出張の予定がある人、視覚障害者の需要もある。テキスト読み上げツールを使うと、点字化されていない書籍も、読書を楽しむことができるからだ(ただしOCR処理が必須)。個人以外では、大学や出版社からの依頼も多い」。ははあ、なるほどね……ん? 大学や出版社? まあ実際のところ驚くようなことでもないかもしれません。大学というのが、個々人の先生なのか図書館なのかがよく分かりませんが、少なくとも自分の研究室の蔵書を電子化したい先生方はいるでしょうし、出版社でも1点100円という低コストであれば自社本のスキャンをお願いしたくもなるでしょう。 「ASCII.jp」の記事によれば、記事が出た時点ではBOOKSCANに「出版業界から直接のクレームは寄せられていない」とのこと。代表の岩松さんはこう発言しています。「業界関係者、特に雑誌制作者からは、むしろ歓迎のメールが届いたりしています。また、視覚障害者の方からも感謝のメールをいただきました。これは想定外でした。OCRにかけることで、完璧ではないものの、本の内容がテキスト化されるので、「まだ点字になっていない本も楽しめる」と非常に喜んでいらっしゃるようです。ただ、本のスキャンをしている同業他社からは嫌がらせのようなメールが届いているのも事実です」。 いっぽう、「讀賣新聞」では日本文芸家協会副理事長の三田誠広さんが「営利目的の業者が利益を得るのは、たとえ私的複製でも複製権の侵害」と発言しているのを紹介していますし、福井健策弁護士の「私的複製は個人が自ら行うのが原則。代行は基本的に認められず、私的複製と言うのは難しい」というコメントも記事に添えられています。 本の複製代行サービスというのは実際のところ昔からアンダーグラウンドなかたちでは存在していました。たとえば、入手しにくい洋書や絶版本を図書館で借りるなりして業者に持ち込み、業者はそれをコピーして製本する、という研究者向けのサービスがあります。電子書籍と違って製本されたコピー本は個人利用のためであり、転売するなど悪用が難しいため、あまり世間では知られていません。しかしPDFとなると、さらなる複製や転売もしくは無料配布は紙媒体に比べて容易になるわけで、電子書籍について日夜研究を重ねている出版業界にとっては、黙過できないことだろうと思います。 2ちゃんねるなどでは三田さんや出版界への罵倒が溢れかえっていますが、まったくひどいものです。スキャン代行会社はこの先も続々と誕生するでしょうけれど、彼らが現状のままビジネスを続けていられるかどうか。「読売新聞」によれば、日本文芸家協会は業者に「複製権の侵害」について抗議を検討しているそうです。まだまだ書くべきことはあるものの、長くなるのでいったんここでやめておきます。 ・・・ひとつだけはっきりしているのは、小飼さんが先のインタビューで語っておられる「電子ブックが当たり前の時代に、紙の本は贅沢品として残っていくでしょう。我が家の本棚はノスタルジアになりますよ」という言葉が、実際のところ長い目で見れば真実だろうということです。大量生産される以前の、遠い遠い昔、本は希少品でした。領地と引き換えにでも「ケルズの書」を欲しがった貴族がかつていませんでしたか? 写本が行方不明になった時、飼い葉桶に入れてその霊験に頼った農夫がいませんでしたか? いつの日か、モノとしての本が贅沢品に還っていくのは、避けられない趨勢であるように思います。
by urag
| 2010-06-12 15:21
| 雑談
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