2010年 05月 16日
昨日はゼロ年代の人文系小規模出版社について簡単な記事を書きました。今日はゼロ年代の書き手について、そしてそれに続く10年代の書き手について少し書きます。「ゼロ年代」というキーワードは言うまでもなく宇野常寛さん(1978-)の『ゼロ年代の想像力』(早川書房、08年7月)によって広く知られることになったものです。これを人文書の販売サイドに引きつけて思い切り単純化して再定義すると、「2000年以降に論壇デビューした、1970年代生まれ(以後)の書き手」ということになります。 これはあくまでも便宜上の分類で、宇野さんの議論とは直接的には無関係です。ゼロ年代にデビューした70年代生まれというのは東浩紀さん(1971-)に象徴される世代です。年齢的に言って20代での論壇デビューというのは昔からあることで、珍しくはありません。要するに勢いのある世代というはいつの時代もだいたい20代だという単純な話です。ただ、そうやって次々とデビューしていく若手をしっかりと小売の現場で押さえきれない場合がしばしばあるので、「若手の台頭をきちんとフォローしましょう」という意味で、とりあえず「ゼロ年代の書き手」という仮の枠組みが機能しうるわけです。本来的には、彼らはそれぞれの主張や立ち位置によって分類されえますが、強引に腑分けするよりも「同時代性」において対等に扱う、ということになります(今は詳述しませんがこの対等性というものは実は一定の排除や構成力を孕んでおり、案外やっかいな尺度です)。 だとすると、今年(厳密に言えば来年)から始まる「10年代」の思想風景を探っていく上で、「10年代の書き手」についてごく単純化して言えば、「2010年以降に論壇デビューする、1980年代生まれ(以後)の書き手」ということになろうかと思います。まあそういうふうに仮に目印を付けておくという、あくまでも販売サイドの話です。 すでにゼロ年代においてデビューしている80年代生まれの書き手には、たとえば以下の方々がいます。 濱野智史(1980-/08年10月『アーキテクチャの生態系』NTT出版) 荻上チキ(1981-/07年10月『ウェブ炎上』ちくま新書) 安藤馨(1982-/07年5月『統治と功利』勁草書房) 後藤和智(1984-/08年4月『「若者論」を疑え!』宝島社新書) 今年になってからの注目新刊で言えば、以下の若手が「10年代の書き手」にあたると思われます。 福嶋亮大(1981-/10年4月『神話が考える――ネットワーク社会の文化論』青土社) 前島賢(1982-/10年2月『セカイ系とは何か――ポスト・エヴァのオタク史』ソフトバンク新書) このように見ていきますと、ごく大雑把な類型化ですが、毎月大量に発売される新書で、80年代生まれの書き手をチェックしておくと、新人を捕まえやすくなる、ということなのかもしれません。 ではその一方で「ゼロ年代」が終わったのかというと、そんなことはありません。それに、「ゼロ年代」の成果は、70年代生まれの著書に限るようなものではなく、60年代生まれの書き手の第二作以降も含めたほうがいいだろうと思います。その意味で、たとえば最近、青土社さんはこうした「ゼロ年代の成果」を精力的に刊行されてきています。 2010年1月『紙の本が亡びるとき?』前田塁(市川真人/1971-)著 2010年3月『ドゥルーズと創造の哲学――この世界を抜け出て』ピーター・ホルワード(Peter Hallward)著、松本潤一郎(1974-)訳 2010年4月『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』立岩真也(1960-)+齊藤拓(1978-)著 2010年5月『不純なる教養』白石嘉治(1961-)著 また、他社でもここ半年でこんな新刊が話題になっています。 2009年11月『Twitter社会論――新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(1973-)著、新書y 2010年2月『〈時と場〉の変容――「サイバー都市」は存在するか?』若林幹夫(1962-)著、NTT出版 2010年3月『原子力都市』矢部史郎(1971-)著、以文社 2010年5月『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』白井聡(1977-)著、作品社 2010年5月『来たるべき蜂起』不可視委員会著、『来たるべき蜂起』翻訳委員会訳、彩流社 特徴としては、ゼロ年代以後の人文社会系の論壇に限って言えば、「思想地図」系と「VOL」系の二つを軸に、文化論や社会批評の分野の新刊に一定の読者層がついてきている(という「空気」が醸し出されている)――とそんな風に見えなくもない気がします。ちなみに「ゼロ年代」のシンボルである東浩紀さんはさいきんこんな発言をされています。 「率直に言うと、僕は、社会評論に還元可能なゼロ年代的な文化批評にはもうあまり関心がありません。おそらく僕はその代表者だと思われていますが、だからこそ、その限界は僕がいちばん熟知している。これは転向宣言ではないですよ。むしろその範囲で僕にできることはもうほとんどやったという「プロジェクト終了宣言」です。だから、僕としては、それを10年代にどう変えていくかに関心がある」(『atプラス』03号所収、東浩紀×西山雄二「アナクロニックな時間のつくり方」、60頁)。 東さんが自分にできることはやった、と仰っている社会評論や文化批評ですが、こうした分野の営み自体が「終わった」というわけではもちろんないことに注意しなければなりません。「ゼロ年代」や「10年代」という言葉は便利すぎる記号で、これからも色んな論者が口にすることでしょう。しかしそれだけに、出版社や書店は時代の幾筋もの異なった流れを俯瞰できるよう、同時代的なまなざしとともに、「歴史をさかのぼり、分野を横断する」視線を大事にしなければならないだろうと思います。 *** 10年5月19日追記:なお、紀伊國屋書店では来月以下のイベントが開催されるそうです。 ◎物質(マテリアリズム)と生(バイオ)――2010年代の思想情況はどう展開するのか? ゼロ年代が終り、漠然たる不安を抱えて始まってしまった2010年代。10年代の思想情況を動かすキーワードはなにか?レーニンというあまりにも反時代的なテーマを選んだ白井聡と異彩を放つ在野の思想家、矢部史郎による過激トークイベント。 『「物質」の蜂起をめざして』刊行記念。 登壇者:白井聡×矢部史郎 日時:2010年6月20日(日) 16:00~18:00(予定)/開場15:30 会場:紀伊國屋書店新宿本店 9階特設会場 料金:500円(当日精算) 定員:30名 お申し込み先:紀伊國屋書店新宿本店5階人文書カウンター、またはお電話でお申し込みください。代表03-3354-0131(10:00~21:00) ![]() *** 10年5月26日追記:今週末に池袋コミカレと青山BC本店で以下のイベントがあります。 ◎福嶋亮大×泉京鹿「現代中国の小説・文化」(司会=太田克史) 日時:2010年5月29日(土)午後7時~開演(午後6時45分 開場) 会場:池袋コミュニティカレッジ3番教室(西武百貨店池袋本店別館8F) 料金:1,000円(税込) 発券:リブロ池袋本店リファレンスカウンター(リブロ池袋本店B1F) お問い合わせ:リブロ池袋本店03-5949-2910(代表) 内容:気鋭の批評家福嶋亮大と、中国現代小説の翻訳家泉京鹿が、それぞれのフィールドである現代中国の小説・文化について語り合う。中国のよしもとばななとも評されるアニー・ベイビー、21世紀の魔都・上海に生きる活力溢れる女性の姿を描いて山田詠美を彷彿とさせるウェイ・フェイ、そして50万部超を発行するスーパー文芸誌『最小説』の編集長にして、超人気作家の郭敬明らの話から『三国志』『水滸伝』『金瓶梅』まで!? 司会は『ファウスト』編集長太田克史。中国の小説やライトノベルファンのみならず、現在の中国文化全般に興味をお持ちの方にも楽しんでいただける内容。『神話が考える ネットワーク社会の文化論』(青土社)刊行記念連続トークイベント第3弾。 福嶋亮大(ふくしま・りょうた):1981年生まれ。文芸評論家、中国文学者。現在は京都大学文学部非常勤講師。京都大学大学院研究科博士課程研究指導認定退学。専門は中国近代文学。2010年3月に、『神話が考える ネットワーク社会の文化論』(青土社)を刊行。『思想地図』vol.1(NHK出版)、『wasebun U30』(早稲田文学)に現代中国文化関連の論考を寄稿。 泉京鹿(いずみ・きょうか):1971年東京生まれ。94年より北京在住。翻訳家。フェリス女学院大学非常勤講師。アニー・ベイビー『さよなら、ビビアン』(小学館)、衛慧『ブッダと結婚』、田原『水の彼方~Double Mono~』(講談社)、余華『兄弟』(文藝春秋)など中国のベストセラーを翻訳。現在、朝日新聞「GLOBE」にて「Bestseller 世界の書店から」を連載中。 太田克史(おおた・かつし):1972年生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。95年株式会社講談社入社。2003年より『ファウスト』編集長。2006年より「講談社BOX」部長。現在、講談社から新会社をスタートアップ中。 ◎福嶋亮大×千葉雅也「現代思想は生き残れるか?――2010年代の思考の場をめぐって」 東浩紀から「ゼロ年代批評最後の大物新人」と評される福嶋亮大の、『神話が考える』の刊行を記念した連続トークイベント第4弾。お相手は、20-21世紀フランス思想をご専門にし、いまもっとも注目されている気鋭の研究者/批評家である千葉雅也。いま時代の最前線で思考し、様々な分野で活躍している二人が、2010年代における思考の場としての、現代思想そして批評について「ガチ」に語る。ゼロ年代が終わり2010年代に突入したいま、最も新しい思考の場がここにある! 日時:2010年5月30日(日)19:00~(開場18:30~) 会場:青山ブックセンター本店 料金:800円 お問い合わせ:青山ブックセンター本店・03-5485-5511(営業時間: 10:00~22:00) ※ABCオンラインストアにて予約受付。また、本店店頭にて参加引換券を販売いたします。入場チケットは、イベント当日受付にてお渡しします。当日の入場は、先着順・自由席となります。電話予約は行っておりません。 千葉雅也(ちば・まさや):1978年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(表象文化論コース)博士課程 単位取得満期退学。専門は哲学、表象文化論、精神分析学。現在、高崎経済大学非常勤講師。訳書に『アンチ・オイディプス草稿』(國分功一郎との共訳、みすず書房)。『現代思想』『表象』などに論考を寄稿。 *** 10年5月27日追記:来月末に以下のイベントがあります。 ◎白石嘉治×酒井隆史「パンも薔薇もこの手に――新しい神話政治を生きるために」 日時:2010年6月27日(日) 14:00~ 場所:ジュンク堂大阪本店3階喫茶にて。入場料無料(定員40名) 受付:3階東カウンターにて。電話予約承ります。TEL 06-4799-1090 大学はなぜ無償化されなくてはならないのか? ベーシックインカムは何を保障しているのか? 「通天閣」(『現代思想』連載,12月に青土社より刊行予定)で、日本の資本主義の発達と「文学」の大衆的な力能を先鋭的に論じた酒井氏とともに、いま改めて、大学、無償性、そして「神話政治」の概念を練り上げ、資本主義の終わりを生きるための「教養」の養いかた、使いかたを模索する。白石嘉治『不純なる教養』(青土社)出版記念。 白石嘉治(しらいし・よしはる):1961年生。フランス文学。上智大学ほか非常勤講師。『不純なる教養』(青土社, 2010)、『VOL Lexicon』(共著, 以文社, 2009)、『ネオリベ現代生活批判序説』(共著, 新評論, 2004, 2008)など。 酒井隆史(さかい・たかし):1965年生。社会思想。大阪府立大学准教授。『自由論』(青土社, 2001)、『暴力の哲学』(河出書房新社, 2004) 、『VOL』01-04(共著, 以文社), ネグリ&ハート『〈帝国〉』(共訳, 以文社, 2003) など。
by urag
| 2010-05-16 14:15
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