ウラゲツ☆ブログ

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2020年 12月 31日

月曜社最新情報まとめ(ブログの最新エントリーは当記事の次からです)

◆公式ウェブサイト・オリジナルコンテンツ
◎2011年6月28日~:ルソー「化学教程」翻訳プロジェクト。

◆最新刊と近刊(書籍の発売日は、取次への搬入日であり、書店店頭発売日ではありません)
◎2019年2月1日発売:松江泰治『JP-34』本体3600円。
◎2018年12月17日発売:『森山大道写真集成(1)にっぽん劇場写真帖』本体6,000円。
◎2018年10月5日発売:東琢磨ほか編『忘却の記憶 広島』本体2,400円。
 好井裕明氏書評「読み応えのあるヒロシマ論――「記憶」の「劣化」を防ぐために」(「週刊読書人」12月8日号)
 渡邊英理氏書評「「忘却の口」=他なる記憶の穴へとはいりこむ――「信頼」への「信頼」を忘れていたかもしれないことに、わたしたちは本書を通じて気づくことができる」(「図書新聞」2019年1月19日号)
◎2018年10月1日発売:AYUO『OUTSIDE SOCIETY』本体2,000円。
 松山晋也氏書評「稀有な体験を糧に唯一無二の視点からの優れた音楽論」(「intoxicate」#137(2018 December)O-CHA-NO-MA REVIEW「BOOK」欄)
◎2018年8月20日発売:エドワード・ブルワー=リットン『来るべき種族』本体2,400円、叢書・エクリチュールの冒険第12回配本。
 冬木糸一氏短評(「SFマガジン」2018年12月号「OVERSEAS」欄)
 宇佐和通氏特集記事「地底世界の奇書『来るべき種族』解読:ナチス・ドイツを動かしたヴリル伝説の聖典」(月刊「ムー」誌2019年1月号)
◎2018年8月16日発売:ステファヌ・マラルメ『詩集』本体2,200円、叢書・エクリチュールの冒険第11回配本。
 岡山茂氏書評「ジャーナリズムへと戻る回路――長年のマラルメ研究に一つの区切り」(「図書新聞」2018年12月8日号)
 立花史氏書評「「理解可能なマラルメ」を追求――一般読者に親しみやすい現代語訳を」(「週刊読書人」2018年10月12日号)
◎2018年6月27日発売:岡田温司『アガンベンの身振り』本体1,500円、哲学への扉第2回配本。
◎2018年5月22日発売:荒木優太『仮説的偶然文学論』本体2,000円、哲学への扉第1回配本。
 高原到氏書評「偶然のもたらす妙なる僥倖」(「週刊金曜日」2018年7月6日号(1191号)「きんようぶんか」欄)
◎2018年4月24日発売:岡田聡/野内聡編『交域する哲学』本体3,500円
◎2018年4月23日発売:『表象12:展示空間のシアトリカリティ』本体2,000円
◎2018年4月5日発売:ジャン=リュック・ナンシー『ミューズたち』本体2,700円、芸術論叢書第5回配本。
◎2018年3月16日発売:佐藤真理恵『仮象のオリュンポス』本体3,400円、シリーズ・古典転生第17回配本、本巻16。
◎2018年2月16日発売:『多様体 第1号:人民/群衆』本体2,500円
 宮﨑裕助氏書評「現代日本の思想誌の最良の命脈を継承」(「週刊読書人」2018年4月13日号)
◎2018年1月31日発売:ヴィンフリート・メニングハウス『生のなかば』本体2,500円、叢書・エクリチュールの冒険第10配本。
 廣川智貴氏書評「すぐれた教師による「精読」の集中講義――ヘルダーリン詩学全体、そして同時代の思想へと開かれた一書」(「図書新聞」2018年7月21日号)
 守中高明氏書評「古典的文学研究の静かな凄み――巨大な問題系への繊細で厳密な通路」(「週刊読書人」2018年8月10日号)
◎2017年11月29日発売:ジャン・ウリ『コレクティフ』本体3,800円
◎2017年11月1日発売:南嶌宏『最後の場所』本体3,500円

◆販売情報(重版・品切・サイン本、等々)
◎品切重版検討中:『ミクロコスモス第1集』2刷、ユンガー『パリ日記』2刷、ギルロイ『ブラック・アトランティック』4刷。
◎品切重版未定:『舞台芸術05』『舞台芸術08』『表象01』『表象02』『表象04』『表象05』『表象08』『表象09』、毛利嘉孝『文化=政治』、クリフォード『ルーツ』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』、ハーマッハー『他自律』、ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』、片山廣子『燈火節:随筆小説集成』『新編燈火節』、竹内てるよ『静かなる夜明け』、ブランショ『書物の不在 初版朱色本』『書物の不在 第二版鉄色本』『謎の男トマ 初版本』、高柳昌行『汎音楽論集』、大里俊晴『マイナー音楽のために』、大竹伸朗『ネオンと絵具箱』、森山大道写真集『新宿』『新宿+』『大阪+』『オン・ザ・ロード』『何かへの旅』、森山大道フォトボックス『NOVEMBRE』、やなぎみわ作品集『WHITE CASKET』、川田喜久治写真集『地図』、遠藤水城編『曽根裕|Perfect Moment』、熊木裕高写真集『吠えない犬』、瀬戸正人写真集『picnic』、菱田雄介写真集『ある日、』。※書店からの返品で在庫がまれに生じる場合があります。直接、弊社までお電話かメールなどでお尋ね下さい。

◆出版=書店業界情報:リンクまとめ
◎業界紙系:「新文化 ニュースフラッシュ」「文化通信
◎一般紙系:Yahoo!ニュース「出版業界」「電子書籍」「アマゾン
◎話題系:フレッシュアイニュース「出版不況」「電子書籍」「書店経営
◎新刊書店系:日書連 全国書店新聞
◎雑談&裏話:5ちゃんねる 一般書籍

※このブログの最新記事は当エントリーより下段をご覧ください。 
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# by urag | 2020-12-31 23:59 | ご挨拶 | Trackback(1) | Comments(21)
2019年 02月 15日

「みすず」誌読書アンケート特集号に弊社刊『仮象のオリュンポス』評

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月刊誌「みすず」の毎年恒例の「読書アンケート特集」(2019年1/2月678号)で、弊社の昨春の既刊書、佐藤真理恵『仮象のオリュンポス――古代ギリシアにおけるプロソポンの概念とイメージ変奏』を、岡田温司さんと上村忠男さんが取り上げて下さいました。

「顔=仮面」とは何かという永遠のテーマについて、テクストとイメージの両面から挑んだ意欲作である。(岡田さん)
古代ギリシアにおいては、プロソポンという一語のなかに、「顔」と「仮面」という、近代人の共通理解からすると相反するかにみえる二つの意味が同じ地平に位置づけられ、矛盾することなく共存しえていた。これはどうしてであったのかという疑問に端を発して、その概念系とイメージ変奏の諸相を古典文献や陶器画などのアナクロニックな比較分析をつうじて解明しようとした、新鋭による刮目すべき試み。(上村さん)

なお、同誌では弊社出版物の著訳者である星野太さんや、郷原佳以さんも寄稿されています。

『仮象のオリュンポス』は「シリーズ・古典転生」の本巻16です。同シリーズでは今月と来月、以下の新刊を発売いたします。
2月下旬:第18回配本、本巻18:須藤温子『エリアス・カネッティ――生涯と著作』
3月上旬:第19回配本、本館19::筧菜奈子『ジャクソン・ポロック研究――その作品における形象と装飾性』

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# by urag | 2019-02-15 19:45 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 15日

取次搬入日確定:須藤温子『エリアス・カネッティ――生涯と著作』

須藤温子さんの単独著デビュー作となる『エリアス・カネッティ――生涯と著作』の取次搬入日が確定しました。大阪屋栗田が本日15日(金)、日販とトーハンは18日(月)の予定です。同書は「シリーズ・古典転生」の第18回配本で本巻17です。類書が少なく、貴重な研究書です。どうぞよろしくお願いいたします。写真では分かりにくいですが、カバー表1の書名は、メタリック・ブルーの箔押しです。書店さんの店頭に並び始めるのは来週後半以降になるかと思われます。どの書店さんに並ぶかは、地域をご指定のうえお問い合わせいただければ幸いです。

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# by urag | 2019-02-15 18:18 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 11日

注目新刊:シャルル・ペギー『クリオ』河出書房新社、ほか

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クリオ――歴史と異教的魂の対話』シャルル・ペギー著、宮林寛訳、河出書房新社、2019年2月、本体3,200円、46変形判上製436頁、ISBN978-4-309-61996-5

★『クリオ』は池澤夏樹さん監修のシリーズ「須賀敦子の本棚」の第6弾。フランスの作家ペギー(Charles Péguy, 1873-1914)の死後出版『Clio, dialogue de l'Histoire et de l'âme Païenne』(Gallimard, 1932)の全訳。凡例によればプレイヤッド版『ペギー散文全集』第3巻(1992年)を適宜参照したとのことです。巻末に監修者の池澤さんによる「解説、あるいはペギー君の「試論」の勝手な読み」が付されています。同著には抄訳本(『歴史との対話――『クリオ』』山崎庸一郎訳、中央出版社、1977年)がありますが、今回の新訳は初めての全訳です。

★旧訳のカヴァー表4に記載された紹介文と新訳の帯文を見比べてみます。

中央出版社版
「神が人間を歴史家としてつくったことは、神の最大の恩寵であり、最大の慈悲である……」。人間は、老いるとき、過去と和解し、出来事の歴史家となり、形骸化のなかに安住する。だが、歴史として客観的な記載の対象となることを拒否する真の出来事とは何か。本書においてペギーは、イエス事件というテキストの解説、ドレフュス事件というテキストの解説を通じて、真の神秘観の復興、神秘的宗教としてのキリスト教の意義を説く。/『われらの青春』についで、ここに見られるのは、40歳という年齢を通過したペギー、ベロニカがその手巾にイエスの顔を写し取ったように、出来事の刻印である弾痕をその顔に受けて地に伏す直前のペギーの、現代世界に対する悲痛なる糾弾であり、その病患の摘出であり、彼のかけがえのない遺著である」。

河出書房新社版
歴史の女神クリオが語る、老いとは何か、歴史とは何か――。ドゥルーズ、ゴダール、ベンヤミンらが深く愛した究極の名著、初完訳! カトリック左派の中心的な思想家として知られ、須賀敦子も敬愛したペギーが、モネの「睡蓮」やヴィクトル・ユゴーの作品を主軸に、その思索を結実させた傑作。

★『クリオ』の成立過程については今回の新訳の、宮林さんによる「訳者あとがき」に説明があります。「1909年から翌10年にかけて、ペギーは長大な歴史論に取り組んでいる。残された草稿は423枚。研究者のあいだで『クリオⅠ』と呼びならわされ、一時期ペギーが『歴史と肉的魂の対話』と呼んでいた未完の作品だ。時が流れて1912年6月、いったん中断した対話の改稿に着手したペギーは『クリオⅠ』の冒頭部分だけを残し(本書76ページの「ヴィシュヌ神が早急のロチュスに座することはもはやない」まで)、残りはすべて放棄したうえで、984枚にもおよぶ展開を書き加えることになった。こうして成立したのが本書『クリオ 歴史と異教的魂の対話』(通称『クリオⅡ』である」(422頁)。

★これに続き宮林さんは、中央出版社版の紹介文中にあったベロニカ(ヴェロニカ)について次のように説明されています。「1913年6月の時点でペギーはまだ『クリオⅡ』を執筆中だったことが書簡等の資料から明らかになっている。正確な時期はわからないが、『クリオⅠ』から『クリオⅡ』に移る過程でペギーが第二の対話を構想し、「記載」に終始する不毛な歴史と、年代記作者の態度で出来事を捉える「記憶」の働きを、それぞれクリオと聖女ヴェロニカに託そうとしたこともわかっている。十字架を背負ってゴルゴタの丘へと向かうイエス・キリストの通り道にたまたま居合わせ、その顔をぬぐうことでイエスの面貌を手巾に写し取った聖女ヴェロニカは、無際限によみがえる記憶を体現した人物として登場するはずだった。対話篇同士の対話を想定した、実に興味深い作品構想ではあるのだが、ヴェロニカの存在は『クリオ』で一度暗示されたきりで(本書298頁)、聖女の名を題名に含む対話篇は書かれずじまいになった。対話篇同士の対話が実現すれば、ペギーの資質と思索の在り方を、これ以上なく純粋な形で表現する作品になっていただろう」(422~423頁)。

★ペギーはクリオにこう語らせます。「老いるとは、年齢が変わったことではなく、年齢が変わりつつある、というよりもむしろ、同じ年齢に固執し、長くとどまりすぎたことを言う」(336頁)。「老いとは、まさしく人間そのものなのだ」(338頁)。「老いはその本質からして〔…〕回顧と、哀惜の活動にほかならない」(同頁)。「哀惜ほど崇高で、美しいものはどこにもないし、最も美しい詩は哀惜の詩だ」(339頁)。「老いはその本質からして記憶の活動にほかならない〔…〕。それに記憶の働きがあるからこそ、人間にはあれだけの奥行きが生まれた。(ベルクソンはそう考えている〔…〕。今でもまだベルクソンの著作を引用することが許されるなら、『物質と記憶』と、『意識の直接与件についての試論〔時間と自由〕』を読んでごらんなさい。)」(同頁)。「記憶ほど歴史に逆行し、歴史とかけはなれたものはない。また歴史ほど記憶に逆行し、記憶とかけはなれたものはない。そして老いは記憶の側にあり、記載は歴史の側にある」(同頁)。

★「記載と想起は直角をなす〔…〕。つまり記載が水平の線だとしたら、それに接する想起の勾配は90度になる。歴史はその本質からして縦走的であり、記憶はその本質からして鉛直である。歴史はその本質からして出来事に沿って進むことで成り立つ。記憶はその本質からして出来事の中にあり、まずは絶対外に出ないことによって、内側にとどまることによって、それから出来事の中を遡ることによって成り立つ。/記憶と歴史は直角を形成する」(342頁)。「出来事は決して均質ではなく、たぶん有機的な組成をもつ〔…〕。緊張と弛緩、安定期と激動期を繰り返し、振動の幅と、隆起点と、臨界点もあらわれ、暗い平原が開けたかと思えば突如として中断符で終わる」(392頁)。ここから「何も起こりはしなかった。それなのに世界は相貌を変え、人間の悲惨も変わった」(393頁)に至る記述には圧倒的な迫力があります。

★「40歳の男は、今まさに青春から抜け出したという感覚があるだけでなく、自分の内面を覗いて、失った青春に目を凝らす。だから40歳の男には老いるとはどういうことであり、老いとはそもそもなんであるのかということが、ちゃんとわかっている」(368頁)。「40歳の男は、20歳の男が詩人であるのと同様、年代記作者であり、回想録作家であることをその本分とする。ところが20歳を過ぎた人間はもはや詩人ではなく、40歳を過ぎた人間はもはや回想録作家ではない」(369頁)。「40歳の男は〔…〕これから自分は歴史家になると感じ」る(369~370頁)。この書物は年齢に限らず「老い」を感じている読者こそが味わえるものなのかもしれません。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

インポッシブル・アーキテクチャー』五十嵐太郎監修、埼玉県立近代美術館/新潟市美術館/広島市現代美術館/国立国際美術館編、平凡社、2019年2月、本体2,700円、A4判並製252頁、ISBN978-4-582-20715-6
中国ドキュメンタリー映画論』佐藤賢著、平凡社、2019年2月、本体5,000円、A5判上製344頁、ISBN978-4-582-28265-8
海を撃つ――福島・広島・ベラルーシにて』安東量子著、みすず書房、2019年2月、本体2,700円、四六変型判上製296頁、ISBN978-4-622-08782-3

★『インポッシブル・アーキテクチャー』は同名の巡回展の公式図録。20世紀以降の国内外のアンビルト建築を紹介するもので、建築されなかった/できなかったものたちの群れは、ひょっとしたらありえたかもしれないもうひとつの世界を想像させ、見る者に豊かな霊感をもたらします。正式な書名(展覧会名)は、インポッシブルに取り消し線が引かれています。図録は論考や作品図版とともに年表を掲載しており、たいへん充実した保存版です。展覧会の図録でなければ倍の値段はするであろう内容と造本で、最初から最後までワクワクさせてくれる素晴らしい一冊。

埼玉県立近代美術館:2019年2月2日~3月24日
新潟市美術館:2019年4月13日~7月15日
広島市現代美術館:2019年9月18日~12月8日
国立国際美術館:2020年1月7日~3月15日

★『中国ドキュメンタリー映画論』は「1980年代末から90年代初めにかけて始まった中国における独立制作によるドキュメンタリーを取り上げ、およそ2000年代までの展開を素描し、中国独立ドキュメンタリーの「独立」とは何であるかについて、中国の社会・文化的文脈の中で考察するもの」(「はじめに」より)。「中国独立ドキュメンタリーの出現」「テレビ体制と独立ドキュメンタリー」「デジタルビデオと個人映画」「映画を見る運動」「中国独立ドキュメンタリーの現在」の全5章。中国ドキュメンタリー映画の関係年表や主要作品リストも付されています。

★『海を撃つ』は植木屋を夫と営むかたわらボランティア団体「福島のエートス」を主宰する安東量子(あんどう・りょうこ:1976-)さんの単独著第一弾。震災後の福島をめぐる淡々とした筆致の中にも強い思いを感じさせるエッセイ集です。書名の由来は表題作である最終章で明かされていますがこれはネタバレしない方がいいかと思います。

★胸に残る一節。「失われたかつての暮らしを、退屈な日常を、私たちが失ったものを、失わなくてはならなかった理由を、私たちを巻き込んだ得体のしれない巨大なものの正体を、本当は語りたい。けれど私たちは、それを語る共有の言葉をいまだ持たない」(244頁)。「私たちが本当に語りたいことはなんなのだろうか。それを語る共通の言葉を得るまで、私たちは、唯一語り得ると信じる放射線の健康影響について、たどたどしく語り続けるのを止めないだろう。私たちの本当に語りたいことではないかもしれないのに。この出来事はどこからやってきて、私たちになにをもたらしたのか、もたらそうとしているのか。私たちはなにを失ったのか。本当の影響はなんだったのか。この先長い時間をかけて、私たちは語り得る共通の言葉を探していかなくてはならない」(245頁)。

★そしてもっとも胸を揺さぶられた一節。「しかし、私たちは全員知っていたではないか。避難指示が解除される見込みさえなく、放置されている人びとがいることを。成功者が賞賛を浴びれば浴びるほど、彼らへの注目は薄れ、万事滞りなく進んでいるとの空気は強まった。脚光を集めた者に当たる光はますます強く、一方で、陰に落ちた人びとはより暗がりに沈み、その姿は見えなくなった。やがて破綻することはわかっていた。彼は姿を見せた。私たちが気づきながら見ようとしてこなかった陰は、確かにあるのだと伝えるために。彼の来訪は予期されていたものだった。彼は来るべくして、ここに来たのだ。私たちの浴びている光が、本当にそれに値するものなのかを問うために」(261頁)。この「彼」が誰のことなのかについてはぜひ店頭で本書を手に取って確かめていただければ幸いです。一読者として、私にとって本書の中心はこの「彼」でした。彼でしかありえないと感じたのでした。

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# by urag | 2019-02-11 18:41 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 10日

「新書大賞2019」(「中央公論」2019年3月号)に参加しました

「中央公論」2019年3月号に掲載された「新書大賞2019」に参加しました。同号では、111名が選ぶ「年間ベスト20」の発表のほか、大賞受賞者インタビュー、編集者座談会、識者対談、54名が選ぶベスト5冊、などが掲載されています。私が選んだ5冊は例年通りベスト20とは重複しませんでした。狙っているわけではないのですが、どうもズレるのですね。ベスト5冊の方では3冊までの選書コメントが掲載されています。「4位、5位を含む全文は3月下旬発売予定の電子書籍〈中央公論Digital Digest〉『新書大賞2019』に掲載します」とのことです。私が選んだ5冊は以下の通りです(135頁に3位までのコメントとともに掲載)。

1)一田和樹『フェイクニュース』角川新書
2)保立道久『現代語訳 老子』ちくま新書
3)エドワード・ルトワック『日本4.0』文春文庫
4)大野和基編『未来を読む』PHP新書
5)J・ウォーリー・ヒギンズ『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』光文社新書

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# by urag | 2019-02-10 15:27 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 09日

ツイート(2)2018年1月

★2018年1月12日
CVSに出荷している版元は取次との取引条件を改定する必要に迫られるのではないかと思います。「出版市場の縮小で積み荷の本は激減しているのに、配送先は増え続ける――。出版社と売り場をつなぐ出版取り次ぎが非効率にあえいでいる。コンビニの増加が背景」
※朝日新聞デジタル「出版取り次ぎ「もう限界」 一晩で配送55店、積み荷は激減」2018年1月12日付(公開終了)

出版業界にはどれほど当てはまる話なのかは正直分からないと感じました。「宅配便料金改定で分かった「一斉値上げ」で儲かる時代の到来」 | ダイヤモンド・オンライン

「出版物流の抜本的な解決、リアル書店とネットの融合、新しい書店モデルの創造を展開する。物流コスト増、物流の協業化の課題に取り組みたい。業界全体でも危機意識を共有して」。新文化1月9日付「トーハンの藤井武彦社長、「出版物流の抜本的な解決などを行う」と発表

昨年12月1日に千代田区一ツ橋2-4-4「岩波書店一ツ橋別館」地下2階付8階建を売却。岩波が今後このほかの一ツ橋や神田神保町の不動産を処分するのかしないのかに注目が集まることになりそうです。
※東京商工リサーチ2018年1月12日付「岩波書店、テナントビルを小学館へ売却

★2018年1月15日
「10年で約1000万部減。最大の発行部数を誇る読売新聞1紙がまるまる消えた計算。新聞発行部数のピークは1997年で、2000年以降は前年を上回ったことがなく、2008年あたりから減少率が大きくなっている」|「新聞崩壊」はたった一年でこんなに進んでしまった|現代ビジネス

★2018年1月16日
空犬(空犬太郎)@sorainu1968さんのご投稿のリツイートおよび私の返信
「「TSUTAYA」...や...「リブロ」をはじめ、ワンダーグー...、西村書店...、啓文社...などの地方チェーンがファミマ一体型店舗の展開を進めている」。| コンビニ+驚きのコラボも!「異業種一体型店舗」に挑むファミマ、その成否は?(HARBOR BUSINESS Online) ◆記事には「本屋やCD店はいずれも出版不況により元気がなく、“逆境”を跳ね除けるため売場の一部を減らしてコンビニの集客力を借りるという「捨て身の覚悟」をおこなっているのだ」とも。

書店さんが読書会を始めた例としては、代官山蔦屋書店さんが始めた「代官山人文カフェ」があります。◆本屋さんは本と人だけでなく人と人とのリアルな出会いの場でもあると思います。そのポテンシャルはとても大きいと感じます。

八重洲山【八重洲ブックセンターの社長】@yaesuyamaさんの投稿のリツイートおよび私の返信
『ネット社会はつながっていると思われているが、本当はそうではない。作り手、売り手、運び手の役割が明確で、買い手と分断されている。情報の共有は乏しい。実店舗の小売業はそこをつなげる使命がある』|アマゾンと小売りの未来(複眼): 日本経済新聞 ◆良品計画会長・金井政明さん曰く「日本には「足るを知る」という言葉がある。「これでいい」世界だ。アマゾンと同じ土俵で闘ってもしょうがない。人や自然、社会と調和した商品や企業の理念によってデジタル革命と異なる世界でやっていけるはずだ。日本の小売業、商人には素養がある」とも。

八重洲山【八重洲ブックセンターの社長】@yaesuyamaさんの投稿のリツイートおよび私の返信
『バラバラだったら把握しづらい膨大な本も、棚の分類や互いの位置関係で記憶される。そう、書店とはそれ自体が巨大なブックマップであり、それを人の頭に入れやすくする記憶装置でもあるのだ』|書店こわい 山本貴光:日本経済新聞 ◆大書店を逍遥する醍醐味。「そうして小一時間も過ごすと、半分は当初の問いと関係のない本を買って帰ることになる。問いが増え、また書店が楽しくなる。以下無限ループである。書店こわい」。さいきん増えているオーサービジットも、棚巡りの面白さにほかなりません。

★2018年1月17日
「トーハンがまとめた出店状況(2017年7月時点)によると書店が1軒もない市区町村数の割合は全国平均が22%だった。四国では香川県の空白率がゼロで、愛媛県も15%にとどまり、全国平均を下回った」と。|「書店ない市・町 香川ゼロ」日本経済新聞 ◆出版社目線で言えば、本屋さんがあっても受注のない地域はいくらでもあるのが現実です。試みに「多様体」創刊号の受注状況を見ると、香川県下、愛媛県下とも各1店舗です。県によっては無受注に終わることもあります。専門書や小零細版元の出版物を扱う書店さんの数はきわめて限られています。◆受注店については弊社の場合、お客様へのお問合せにお答えする時と、ごく数店舗でしか扱われない商品以外は、原則的に公開していません。公開を望まない書店さんもおられるためです。理由は様々ですが、出版社が「在庫あるかも」と言っても店頭では「ない」ことがあるため、等々です。◆店頭にない本はそもそも存在しない本と思われがちなところがあります。書物の樹海は二千坪でも置き切れないくらい本当は広いのですけれども・・・。◆書誌情報が書籍現物よりも実在の基準になるという困った傾向があります。結果、書誌情報だけが消されずに残って実は本が刊行されていなかったり、書誌情報さえ残せば書籍現物は廃棄しても仕方ない、となったりするリスクがあるわけです。◆取次の問題であるとは一概に言えないです。書誌情報を登録すると様々な取引先とそれを共有することになるので、削除や変更が一挙的にはできない場合があります。刊行予定についてはやや面倒ですが、個々の出版社の情報を確認するのが一番かと思います。

共感!「最先端ばかりを追い求めるのではなく、古いものを大事にして、それを何度でも甦らせていく、そういう温かくてエコでセンスある文化や生業がある街にしていきたい」|ヴィンテージ・シティー(Vintage City)で歴史書出版社をやること (有志舎 永滝稔) | 版元ドットコム

図書館もいずれ減っていかざるをえなくなるのでしょうか。|地方インフラ、維持より解体 人口減で市町村限界|日本経済新聞

★2018年1月18日
「創業以来一〇〇年間に発行した全書目を刊行順に並べこれに対応して小社の主要記事出版界国内外事情を掲載」B5判上製函入2344頁、本体20,000円、限定300部なんですね。|『岩波書店百年』2018年1月刊

ほさか@worldtower26さんの投稿のリツイート
いいコラム。「本を読むことも一種の〈移民〉体験だ。なぜならそれは異質な他者の生を想像して生きることだから。読むたびに、また別の生が付け加えられ、僕たちの生はますます豊かになる。」|僕たちはみな<移民> 境界線を跳び越えよう 小野正嗣:朝日新聞デジタル(公開終了)

★2018年1月19日
アマゾンの大義名分「顧客至上主義」は林部さんの言う「本気の資本主義」に裏打ちされているわけで、この二項が両立できない地点に限界が生じるかと思われます。|アマゾンが取引先に課している「冷酷な条件」 合理性を追求した徹底したロジカル経営| 東洋経済オンライン

★2018年1月22日
数百人が束になっても汲み尽くせない価値があるということが「イノベーター」の側から積極的に評価されない事態というのは、一出版人として何ともやるせない貧しさを感じた次第ですが、一方でそれは縮小という現実となって表れているわけですね。出版部数や販売部数も同様かもしれません。

★2018年1月23日
生意気を申し上げてたいへん恐縮ですが、書店さんからの返品依頼書というのは版元にとって、書店さんの内情をかいまみることによってお店の印象が決まってくる、とても大切なツールでございますね。ですから、こう(以下略)

有料記事なので途中までしか読めませんが、取次さんは業界紙だけでなく、ご自身でどんどん意見を発信し、公的な議論に供していただきたいなと強く思います。新春の会は動画配信しても良いのでは。|トーハン・近藤副社長、「物流問題にICタグでイノベーションを」|文化通信 ◆というのも、新春の会に出席する(ことができる)書店や版元は限られているからです。出版界の諸問題はもっとオープンに議論されるべきです。ちなみに同社の新年仕事始め式での藤井武彦社長の挨拶(要旨)は以下で読めます。ここでも物流問題への言及があります。|新年仕事始め式 年頭挨拶(要旨)

★2018年1月24日
今後も出版社のグループ化と淘汰が進みそうな予感がします。|【新文化】 - 日本BS放送、理論社と国土社を連結子会社化

ついに、品物を持って出るだけの「AMAZON GO」がシアトルで開店とのこと。|アマゾンの無人コンビニ体験 購入品の把握、実力十分: 日本経済新聞

八重洲山【八重洲ブックセンターの社長】@yaesuyamaさんの投稿のリツイートおよび私の返信
『レジで滞らないため、100人並んでも待ち時間は10~15分ほど。訪れた人たちからは「忙しい人に最適」「クールだ」といった声が上がった』|AIコンビニ「アマゾン・ゴー」開業 レジ待ち短く: 日本経済新聞 ◆「店の天井にはカメラが確認できただけで130台以上は設置されており、誰が何を取ったかを追跡し続けることで実現」と。監視社会と紙一重とはいえ、この利便性が日本にも導入されるだろうことは想像に難くありません。◆「同じAIの活用を進めるウォルマートでは「いかにレジの行列待ちを減らすか」(幹部)に注力しているが、アマゾンの場合は「そもそもレジは必要か」という視点に立っている」。そもそも論の重要性と有用性。|アマゾンの無人AIコンビニ、米で開店へ:日本経済新聞

「出版物流から撤退する企業が急増。日販の委託先では、5年間で7社が撤退。新たな委託先を開拓しようと21社に見積もりを打診、回答は1社のみで予算の4倍の料金」|(真相深層)物流危機が迫る出版改革 雑誌の発売日分散広がる 配送撤退、電子化を後押し:日本経済新聞 ◆いよいよ今年は取引条件改定か。日経記事に曰く「赤字を全く埋められない。残念ながら自分の代で会社を畳むことになるかもしれない」との声。「別の物流会社の幹部は「数年以内に出版物流からの撤退を考えている」と。ネット通販の普及で食料品の取り扱いが増え、本が売上高に占める割合は1割に」。◆同記事では「物流会社も取次も体力の限界が近い。発売日の分散には、出版市場の継続的な縮小という大きな潮流を変える力はない。発行部数減を止める策が求められている」と書いておられるものの、発行部数を増やすことではなく、販売部数を増やすことが重要なのでは。◆同記事の結論「出版物流が疲弊するなか、読者へ確実に出版物を届ける手段である電子書籍にいつシフトするのか。出版社は決断を迫られている」はいささか事態を単純化して見ているように感じます。電子書籍へのシフトがすべての問題の答えとは思えません。◆ともあれ輸送料や取引条件改定のための外堀はすでに埋まっており、あとは現実的に、コンビニに商品を卸している版元から改定を始めるか、それとも一挙的に二大取次が全出版社に対して改定を申し入れるか、時間の問題かもしれません。説明会が開催されるとしたら紛糾するのは必定です。◆出版社は高齢化が進んでいます。料金改定や条件改定により売上が今より減少すれば廃業を視野に入れざるをえない会社も当然出てくるでしょう。同時に、新規で出版社や書店を開業しようとすることが無謀に見えてしまうかもしれません。この危機をチャンスと捉えている企業もあるでしょうけれども。

日本出版取次協会・雑誌進行委員会「2016年12月31日(土)特別発売日についてのお願い」に曰く「先般、2016度の年間発売日が決定し、本年は12月31日(土)を全国一斉発売日とする新たな試みに、出版業界全体で挑戦することとなりました」。◆取協/雑協「2017 年度「年末年始特別発売日」について」に曰く「2017年12月29日を年末特別発売日、18年1月4日を年始特別発売日とし〔…〕定期誌と年末年始特別商品のラインナップを揃えて、「年末年始は雑誌・読書を楽しみましょう」と引き続いてアピール」と。◆同文書によれば「12月31日の特別発売日には雑誌臨時増刊、ムック、コミックス約130点、約800万部、書籍新刊約70万部が全国一斉発売。雑誌売上は前年比117.3%と急上昇、昨年12月29日から1月4日までの雑誌売上は前年同期比 101.5%(取次合計POS店 4,069 店)と前年を上回ることができました」と。◆長期低迷傾向にある雑誌(および書籍)へのカンフル剤投入によって売上が上昇すれば物流の現場にも恩恵があるはず、という考えなのかもしれませんが、当然現場の負担は大きくなりますね。この特別発売に参加していない版元も多いでしょうから、取協の言う「出版業界全体で挑戦」という表現は・・・。

★2018年1月26日
大坪嘉春氏「委託販売(税法上では買戻条件付販売)をしている版元、取次店に認められる勘定科目、返品調整引当金を廃止することが、昨年12月22日に閣議決定された税制改正の大綱で明らかに。これがどういうことを意味するのか、また、どういう影響が出版業界に生じるのか」新文化1月25日号1面掲載

★2018年1月28日
八重洲山【八重洲ブックセンターの社長】@yaesuyamaさんの投稿のリツイート
『鳴子まちづくりは「温泉も読書も人を元気にする力があり、相性がいい」と話す』|<鳴子温泉>読書湯治の魅力を紹介 キャンベルさん2月4日に講演|2018/1/27 - 河北新報

★2018年1月31日
「日販のグループ書店として、連結対象子会社に。商号と屋号については今後変更する予定」【新文化】 -日販、東武ブックスの株式83.3%を取得

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# by urag | 2019-02-09 18:29 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 09日

ツイート(1)2017年12月

当ブログの雑談カテゴリではかつて、主に取次に関する投稿に始まり、2015年7月から2017年11月にかけて、「雑談」(全20回)、「備忘録」(全36回)、「メモ」(全29回)と書き続けた後は、業界への言及を投稿してきませんでした。出版界をめぐる状況がいよいよ厳しくなり、発言しにくくなったためです。しかしその後、2017年12月6日にツイッターのアカウント@uragetsuを開設し、少しずつ業界ウォッチと発言を再開し、こんにち(2019年2月現在)まで続けてきました。ツイッターはブログと違って過去の投稿をまとめて読むことが自他ともに難しいため、過去のつぶやきから選んで当ブログで順次保管していくことにしました。断片的で読みにくい部分がありますこと、お許しを乞う次第です。※は補足です。一連のツイートについては◆で投稿の区切りを示します。まずは2017年12月分からの抜粋。

★2017年12月6日
明日発表する新雑誌は、世間の速い流れから離れた、ロングスパンかつスローな実践を意識しつつ、最先端でも最新でもない、過去に置き去りにされようとしているものに耳を傾ける試みとして準備してきたつもりです。旧式の潜水艇にも暗い場所に降りていく使命はあります、たぶん。

★2017年12月7日
おはようございます。本日2017年12月7日、有限会社月曜社は創業満17周年を迎え、営業18年目に突入しました。皆様のご支援に深く御礼申し上げます。出版不況のさなかでの出発でしたが、近年はますます冬が深まりゆく気配を感じます。新雑誌ではそうした業界の気配にも関心を払いたいと思っています。
※新雑誌=「多様体」第1号

★2017年12月8日
拝啓、ツイッター先生。奇跡の出会いの場所に降り立ってから三日目になりました。僕はなんだか、高速道路のすぐ脇に立って猛スピードの往来へ大声を張り上げている気持ちです。僕の地元のブログでは立ち止まることができたけど、ここではすべてが流れ去っていくみたいに見えます。#ツイッター初心者

★2017年12月11日
ありのままを言えば、12月9日午後に「多様体」の新刊案内をFAXで送った書店さんの軒数は321店、丸2日経った現在、受注件数が多い順に言うと、トーハン>大阪屋栗田>日販。受注冊数が多い順も同様。ちなみにトーハン帳合の受注冊数は現時点では日販帳合の倍。最近はこの初動パターンが多いです。◆補足すると、直近の人文書の実績では、案内した書店さんの約3割から受注があり、受注軒数はトーハン>大阪屋栗田>日販、受注冊数では日販>トーハン>大阪屋栗田。軒数に大きな差はありませんが、日販の受注冊数の約半分はネット書店分なので、これを差し引くと日販の受注冊数は他社の6割程度です。◆ひと昔前は、受注軒数も冊数も取次さんの順位通りでした。しかし弊社の場合、日販帳合で受注する書店さんの軒数はどんどん減っていき、トーハンや大阪屋栗田に抜かれるようになったものの、圧倒的なネット書店の発注数で、日販での新刊配本のライン取りが支えられてきた、という状況です。◆はっきり言えば、アマゾンからの受注分を乗せない限り、リアル書店単独分の受注数では日販で配本してもらえる冊数に届かないことがある、という意味です。これでアマと直取引したら、日販での弊社の売上がどうなるかはご想像いただけると思います。 #零細出版社の実情 ◆日販帳合の大型リアル書店数十軒分を合わせた受注冊数よりも、アマゾン一軒(こう数えるのが正しいかどうか分かりませんが)からの受注数が多いことがしばしばあります。少しでも事前人気が高い新刊書の場合、初版部数の半分以上の発注数がアマゾンから入る、という事態が今年は二度ありました。◆直取引でアマゾンの発注数をそのまま受け入れていたら、ほかのリアル書店さんに配本する本が少なくなってしまうリスクがあります。だからこそ、日販さんが間に立って下さる方が状況をコントロールしうる余地があるわけです。これが一般化できる話なのかどうかは分かりません。

★2017年12月13日
せっかく出版社や書店で働いたのに、退職後にその技能を活かせる場所が少ないと感じるざるをえない状況というのは、業界にとって〈自壊〉的な要素だと思っています。

これは公開記事にしていただきたかったですが、二大取次からこうした声が出るのは初めてではないので、出版社としては来年が取引条件改定の年になるのではないかと恐れます。「自然科学書協会懇親会、2大取次専務が物流問題訴える」文化通信2017年12月13日
※曰く「自然科学書協会が12月7日、東京・新宿区の日本出版クラブ会館で開いた年末懇親会で、大手取次2社の役員が、出版物の輸送が危機的な状況を迎えていることを訴えた。/懇親会には同協会会員社をはじめ、…」

★2017年12月15日
この業界では誰しもが何かしらの無力感と戦っているのではないかと想像します。「信じる気持ちを十分に心のなかに持てば、あなたが思い描くことは、最終的には事実になる。だから、不安から解放される自分の姿を思い描こう」と書いたピールの言葉を噛みしめている次第です。◆出典は、ノーマン・V・ピール『新訳 積極的考え方の力』(月沢李歌子訳、ダイヤモンド社、2012年、142頁)です。キリスト教への信仰心を背景にしているので、日本人の場合「神」という言葉にぴんとこない部分もあるかもしれませんが、それでも読む者の背中を押してくれる素晴らしい本です。

本日付けで子会社化。「主婦の友社の培ってきた編集力やノウハウ、取引先や読者との信頼関係を活かしながらCCCグループの各事業や企画力と掛け合わせ、新しいライフスタイル提案を行っていきたい」カルチュア・エンタテインメント株式会社
※ニュースリリース「株式会社主婦の友社子会社化に関するお知らせ」2017年12月15日付

★2017年12月17日
本の仕事に携わる人々とその読者は、たとえどんなに一人ひとりが小さな存在でも、その双肩でそれぞれの天球を支える小さなアトラスなのだと思います。そのアトラスたちの奮戦が当たり前のものではもはやなくなる時代が近づいている予感がします。「立ち上がれ」と本たちが囁きます。◆「立ち上がれ、アトラスたち。川を渡れ、クリストフォロスたち。たとえお前が拷問され、斬首されようとも、お前が大地に植えた杖はいずれ巨木となろう」。◆「そしてお前の天球は満天を飾る星座の一部となる。」

★2017年12月18日
空犬(空犬太郎)@sorainu1968さんのご投稿のリツイート
「誰もが書店を開けるポジティブな未来をつくる。そのために柳下は、従来の流通構造をそのまま残したかたちで、「横」でつながる小規模流通の仕組みを築き上げようとする」。| 「誰でもどこでも本屋になれるようにする」本を愛する男の小さな声

★2017年12月21日
「"ただ不便"な超大型書店はもう無理なのか:「化石のような商売」の活路」(2017年8月に収録)の後、11月に行われた東京組合書店経営研修会での、丸善ジュンク堂書店・工藤恭孝会長のご講演。「「化石店舗対策」テーマに講演」(「全国書店新聞」平成29年12月15日号)。◆私自身は超大型書店を「ただ不便」とはほとんど思っていない利用者なのですが、それについては一出版人の視点も踏まえ、議論を整理する必要があるなと感じています。

拝啓、ツイッター先生。始めた頃は、少し経てば「木綿のハンカチーフ」を歌いたい気持ちになるだろう、と想像していたのですが、二週間が過ぎてそうでもないことが分かりました。ビュンビュン通り過ぎていく車に飛び乗ろうとするのは危険で、まだ慣れませんし、距離感もつかめません。まだ初心者です。

★2017年12月25日
前刀禎明さん曰く「アマゾンの強みは3つ。1つ目は物流を自ら仕切っていること。2つ目は目的視点での製品の開発力。3つ目は「超」が付く生活密着です」。「アマゾンの強さ ブランド戦略なきブランド力」 NIKKEI STYLE

日販さん曰く「新刊本の売上額2016年度は1兆7,221億円、前年比730億円減。業界トップクラスの書店チェーン1企業分の売上額に相当。ここ数年、毎年1チェーンが消えている計算」。『出版物販売額の実態2017』について:日販営業推進室経営相談グループ書店サポートチーム

★2017年12月26日
出版科学研究所『出版月報12』特集「2017年出版動向」によれば今年1~11月の書籍と雑誌をあわせた推定販売金額は1兆2557億3100万円で、前年同期比6・5%減。雑誌とコミックの落ち込みが大きい、と。「出版科研、1~11月の出版市場6・5%減と発表」文化通信

★2017年12月27日
「消費者庁によると、同社はウェブサイトの商品ページで、メーカー小売価格より高かったり根拠のなかったりする金額を「参考価格」として掲載。実際の販売価格との差を大きくすることで、割引率が高いように見せ掛けていた」アマゾンジャパンに措置命令=二重価格表示で違反―消費者庁(時事通信)
※「毎日新聞」2017年12月27日付記事「消費者庁 「参考価格」が不当 アマゾンに再発防止命令

★2017年12月28日
非常に興味深い記事です。「ナイキに学ぶ、Amazon軍門下における「ブランド」の宿命:提携から6カ月を経て」DIGIDAY ◆「ナイキがAmazon上で販売を開始したあとも、「特集・おすすめ」で表示される製品はサードパーティの販売者のもので埋め尽くされている。『多くのブランドのあいだで、Amazonはパートナーとして非協力的なことで悪名高い』」というくだりが特に印象深いです。◆「誰から買うのか、選ぶのは客だ」という立場かと受け止めていますが、メーカーを守る立場ではないというのは危ういと思います。作り手が弱体化するリスクを回避しきれないからです。大胆ですが、繊細とは言えません。つまり逆に言えば「繊細さ」の価値追求こそ、アマゾンと競合しない道になるかと。

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# by urag | 2019-02-09 15:07 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 06日

3月初旬発売予定:筧菜奈子『ジャクソン・ポロック研究』

2018年3月06日取次搬入予定【芸術/現代アート】

ジャクソン・ポロック研究――その作品における形象と装飾性
筧菜奈子著
月曜社 2019年3月 本体:4,000円 A5判上製184頁 ISBN: 978-4-86503-072-3 C1071

ポロックの作品に一貫して描かれている形象を抉出するとともに、代表作のオールオーヴァー絵画を装飾と評することがなぜ忌避されてきたのかを綿密に分析する。形象と装飾という二つの観点から新たに捉え直す、ポロック作品の全体像。【シリーズ・古典転生:第19回配本、本巻18】

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

主要目次:
序論
第一部 ジャクソン・ポロックの作品における形象
第一章 オールオーヴァー絵画の制作過程
第二章 無意識をめぐる一九三四年から一九四六年のイメージの変遷
第三章 ブラック・ペインティングと書芸術
第二部 ジャクソン・ポロックの作品と装飾
第一章 ポロックの絵画における装飾模様的な性質
第二章 装飾としてのポロックの作品の受容
結論

筧菜奈子(かけい・ななこ)1986年生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。著書に『めくるめく現代アート――イラストで楽しむ世界の作家とキーワード』(フィルムアート社、2016年)、共訳書にティム・インゴルド『ライフ・オブ・ラインズ――線の生態人類学』(フィルムアート社、2018年)がある。現在、日本学術振興会特別研究員。岡山大学、京都精華大学などで非常勤講師をつとめる。

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# by urag | 2019-02-06 23:46 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 06日

注目新刊:メルロ=ポンティ『講義草稿』、ランシエール『哲学者とその貧者たち』

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弊社出版物でお世話になっている訳者の方の最近のご活躍をご紹介します。

★松葉祥一さん(共訳:ロゴザンスキー『我と肉』)
2点の共訳書を立て続けに上梓されました。メルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty, 1908-1961)の『Notes de cours 1959-61』(Gallimard, 1996)の訳書と、ランシエール(Jacques Rancière, 1940-)の『Le Philosophe et ses pauvres』, (Fayard, 1983 ; réédition, livre de poche, Flammarion, 2007)の訳書です。それぞれの目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。

コレージュ・ド・フランス講義草稿 1959-1961
モーリス・メルロ=ポンティ著 ステファニー・メナセ編 松葉祥一/廣瀬浩司/加國尚志訳
みすず書房 2019年1月 本体7,800円 A5判上製544頁 ISBN978-4-622-08763-2
帯文より:「今日の哲学」「デカルト的存在論と今日の存在論」「ヘーゲル以後の哲学と非‐哲学」の3編を軸に、非‐哲学のなかでの哲学の再発見、肉の存在論など、哲学者の晩年の構想を思索を十全に伝える待望作。

松葉さんのご担当は、クロード・ルフォールによる「序文」、メルロ=ポンティの「ヘーゲル以後の哲学と非‐哲学」と「1960-1961年講義への補遺」、訳者あとがき、です。「講義草稿というテクストの性格から文意を読み取りにくい部分があることは確かだが、一般に開かれた講義ということもあって、わかりやすい説明を行っている部分も多い。また、これまで研究ノートや講義要録などでしか知ることのできなかったメルロ=ポンティの最晩年の思想を知ることができるだけでなく、彼の思想全体を知るための手がかりとしても本書は役立つだろう。『知覚の現象学』における知覚理論がどのように「表現」論につながり、絵画や文学に重要な役割が与えられるようになるのか、また『弁証法の冒険』などにおける弁証法理解がどのような深まりをみせるようになったのか、そしてこれらの議論がどのように『見えるものと見えないもの』における存在論や〈自然〉についての思索につながることになるのか。これらを知るために、本書は多くの手がかりを与えてくれるだろう」(507頁)と松葉さんは「訳者あとがき」で解説されています。

ルフォールの「序文」にはこんな言葉があります。「現在とは、考えられることなく進行する重大な二者択一が突然生じるような、歴史から切り離された瞬間などではない。現在には厚みがあり、暗い。私たちが現在を名ざすことができるのは、それがまさに非‐哲学の旗印の下で指し示されるからである。しかしながら、非‐哲学をたんに哲学の破棄だと理解すべきではない。それは、哲学とは異質なさまざまなかたちの活動と認識を同時に含んでおり、制度化された哲学の領野の外で新たな思考の制度を保証し、哲学の必要を失わせるどころか、ふたたび活性化してくれるものなのである。こうして、現代の文学、絵画、音楽は、与えられている問題を私たちが測定することを助けてくれる」(5頁)。「哲学か非‐哲学か。講義全体を通してメルロ=ポンティは私たちに、両者を切り離すことも混同することもできないと説く」(26頁)。

メルロ=ポンティは「1960年10月の執筆の下書き」でこう書いています。「哲学が欲すること、それはこの見えるもの、名づけうるもの、思考しうるものの火山帯に身を置くことであり、そこでは現在において見ること、語ること、思考することが、これまで存在してきたし、いつか存在しうるであろうすべての視覚や言葉や思考と交わる」(456頁)。「世界を再び‐語ること、思考を再び‐思考すること、それはそれらを解体すること、布地のように縫い直すことではなく、それらに直接態として密着することでもなく、それらを造り上げ、それらに形と凝集性を与えてくれるような、からっぽの鋳型を再発見することであり、手袋を反転させて裏側を見せることであり、身体において見る者と見えるものの癒着と回路を暴くこと、言葉において話し手と聞き手の癒着を、思考することにおいて、思考行為とその痕跡、その航跡、その登記を暴くこと、したがってこうしたすべての思考の背後に、その真理であるような反‐思考を見きわめることなのである」(457頁)。

哲学者とその貧者たち
ジャック・ランシエール著、松葉祥一/上尾真道/澤田哲生/箱田徹訳
航思社 2019年1月 本体4,000円 四六判上製416頁 ISBN978-4-906738-36-6
帯文より:政治/哲学ができるのは誰か。プラトンの哲人王、マルクスの革命論、ブルデューの社会学(そしてサルトルの哲学)……。かれらの社会科学をつらぬく支配原理を白日のもとにさらし、労働者=民衆を解放する、世界の出発点としての「知性と感性の平等」へ。

松葉さんは訳文全体の見直しと訳者あとがきの執筆を担当されています。「35年前に書かれた本書は、けっして古びていない。むしろ本書が提起している問題は、とりわけ現在の日本にとってますます重要性を増している。深刻化する貧困化と階層化のなかで、本書はわれわれが何を起点にしてこの状況を考えるべきかについて指針を示してくれる。とくに日本社会は現在、否応なく移民社会へ移行しようとしている。〔…〕必要なのは、本書が提起する「知性と感性の平等」という起点から社会を、政治を作り直すことである」(412~413頁)と松葉さんは「訳者あとがき」でお書きになっておられます。

ランシエールは「序文」でこう述べています。「言説史のしかじかの瞬間に、ある状況下でしかじかの立場にあるとき、人は何を考えうるのかと問うこと――の背後に、私が見分けるべきもっと根源的な問いがあることに気づいたのだ。考えることはいかに許されうるのか、考えることを仕事にしない人々は考える主体として自らをどのように構成するのかという問いだ」(13~14頁)。「哲学の古い狡知と非哲学の近代的な狡知とのあいだに、まっすぐな線が引けそうに感じられた。哲学者を織工に変えることで、靴職人を首尾よく非哲学の地獄に送るプラトンの論理から出発して、民衆の徳に対する畏敬の念へと、また学者や指導者の近代的な言説をあいまいに擁護するイデオロギー的なうぬぼれに対する非難へと至る線である。マルクスはプラトンの描くイデアの王国を破壊した。しかしその一方でプロレタリアートに真理を与えつつ、学者の専売特許とされる学問からは首尾よく排除することで、当人が転倒したと主張するものを生きながらえさせているだろうことだけは、少なくとも示しておきたかった」(14~15頁)。

「私は、学生だったときに幅を利かせていた黄金律、著者が立てた問い以外の問いを絶対に著者に投げかけてはならないという決まりには、どうしても心から賛同できなかった。そうした慎み深さは、何らかの思い上がりをはらんでいるのではないかといつも気になっていた。そして私は経験から次のことを学んだように思える。思考の力とは、むしろそれが移動させられる可能性に由来しており、それは楽曲の力が別の楽器でも演奏される可能性におそらく由来するのと似ているということである。反対意見と、各人に自分の仕事をせよと命じる警察とを結ぶつながりについては、くどくど述べるに及ばない」(16頁)。「私は個人的につねに倫理原則に従おうと努めてきた。自分が話す相手については、それが床張り職人であれ大学教授であれ、愚か者と見なさないという決まりである」(17頁)。

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# by urag | 2019-02-06 00:39 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 03日

注目新刊:フィッシャー『わが人生の幽霊たち』、ブライドル『ニュー・ダーク・エイジ』、ほか

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わが人生の幽霊たち──うつ病、憑在論、失われた未来』マーク・フィッシャー著、五井健太郎訳、ele-king books:Pヴァイン、2019年1月、本体2,900円、四六判並製384頁、ISBN978-4-909483-18-8
ニュー・ダーク・エイジ――テクノロジーと未来についての10の考察』ジェームズ・ブライドル著、久保田晃弘監訳、栗原百代訳、2018年12月、本体2,600円、四六判並製333+x頁、ISBN978-4-7571-4355-5

★『わが人生の幽霊たち』は『Ghosts of My Life: Writings on Depression, Hauntology and Lost Futures』(Zero Books, 2014)の訳書で、英国の文化批評家マーク・フィッシャー(Mark Fisher, 1968-2017)の『資本主義リアリズム』(セバスチャン・ブロイ/河南瑠莉訳、堀之内出版、2018年2月;Capitalist Realism: Is There No Alternative?, Zero Books, 2009)に続く2点目の単独著です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。原著版元のZero Booksは、フィッシャーが小説家のタリク・ゴダードと2009年に共同設立したレーベル。フィッシャーのほか、グレアム・ハーマンやユージン・サッカーなどの著書も刊行しています。

★音楽ライターの髙橋勇人(たかはし・はやと:1990-)さんによる巻末解説「開かれた「外部」へ向かう幽霊たち──マーク・フィッシャーの思想とそれが目指したもの」によれば、本書は「2005年から刊行年の2014年という9年の長いスパンで執筆された、『k-punk』〔フィッシャーのブログ〕の投稿、エッセイや音楽作品のライナーノーツ、インタヴュー記事といった質の異なる文章を副題の三つのキーワード〔うつ病、憑在論、失われた未来〕をもとに編纂したものだ。政治・経済システムを通して、新自由主義化した資本主義以外の選択肢などないと人々に思いこませ、社会の閉塞的硬直状態を作り出す資本主義リアリズムという概念を描いた『資本主義リアリズム』がフィッシャーの政治・社会思想を写したものであるならば、『わが人生の幽霊たち』はその文化論編として読むことができるだろう」(374頁)。

★フィッシャーは巻頭のエッセイ「「緩やかな未来の消去」」でこう書いています。「ここ最近の数年間のなかで、日常生活は加速しているが、文化は減速しているのである。/こうした時間的な病理の原因がどのようなものであるにせよ、その病理を逃れえているような西洋の文化領域はあきらかに、どこにも存在していない。かつて未来を描いて見せた者たちの砦だったエレクトロニック・ミュージックも、もはやいまでは、形式的なノスタルジーを逃れえてはいない。音楽文化は、さまざまなかたちでポスト・フォーディズム的な資本主義下における文化の運命の範例となるものである。形式のレヴェルにおいては、音楽はパスティシュや反復に閉じこめられている。だがその下部構造は、大規模かつ予期できない変化の対象でありつづけている。消費の古いパラディグムである小売と取次は崩壊していき、ダウンロード化とともに、物理的な対象は影を潜め、レコード・ショップは閉店し、ジャケットのアートは消えていく。/憑在論という概念は、こうしたことのすべてと、いったいどのような関係をもつといえるのだろうか」(36~37頁)。ここからフィッシャーはデリダの憑在論(『マルクスの亡霊たち』藤原書店、2007年)を援用して議論を進めていきます。

★「取り憑くこととはつまり、失敗した喪なのだと考えることができる。それは霊を手放さないことであり――けっきょくは同じことだが――幽霊がわれわれに見切りをつけるのを拒むことである。亡霊は、われわれが、資本主義リアリズムに統治された世界のなかで見つかる平凡な満足のなかで生きていくのを許さないだろうし、そうした平凡な満足で妥協するのを許さないだろう」(45頁)。「この本は、私の人生の幽霊たちについてのものであり、したがって必然として以下に、個人的な次元を含んでいる。〔…〕誰にとってであれ、じぶんじしんであること(さらにいえば、じぶんじしんを売りこむことを強いられること)ほど惨めなことはない。文化や、文化にたいする分析が価値をもつのは、それがじぶんじしんからの逃走を可能にするかぎりでのことなのだ。/以上のような見通しは、それほど簡単に手に入ったものではない。鬱は私の人生を犬のようにつけまわしてきたもっとも悪意ある亡霊である――この場合鬱とは、憑在論的メランコリーの叙情的で(そして集団的な)荒廃とは区別される、健康状態におけるより荒涼とした独我論のことである」(53~54頁)。

★続きはこうです。「2003年にブログをはじめたとき、私はいまだそうした鬱状態のなかにあり、当時の私にとって日常の生活はほとんどたえがたいものだった。そのときに書かれたもののいくつかは部分的に、そうした状態になんとか折りあいをつけようとしたものであり、(いまのところ成功している)私の鬱からの逃走が、否定性にたいしてなんらかのかたちで具体的なかたちを与えることと同期していることは偶然ではない。問題は(たんに)私にあったのではなく、私をとりまく文化にあったのだ。私にとってはっきりしているのは、おおまかにいって2003年から現在にいたるまでの時期はいまや、1950年代以来の(ポピュラー)文化のなかで、最悪の時代だと見なされることになるだろうということだ。それもはるか先の未来にではなく、もうすぐにそう見なされることになるだろう。だが文化が荒廃していたということは、異なる可能性の痕跡が存在していなかったということではない。『わが人生の幽霊たち』は、そうした痕跡のいくつかと格闘するひとつの試みである」(54頁)。

★ちなみにPヴァインの「ele-king books」では昨秋、トルコ生まれで米国で教鞭を執るテクノ・ソシオロジスト、ゼイナップ・トゥフェックチー(Zeynep Tufekci, 1970年代生)の著書『ツイッターと催涙ガス――ネット時代の政治運動における強さと脆さ』(毛利嘉孝監修、中林敦子訳、ele-king books:Pヴァイン、2018年10月)を刊行しており、人文系の読者にとっても見逃せないコンテンツを発信しています。Pヴァインの書籍の発売元は日販IPS。主に輸出卸売事業で有名でしたが、出版流通代行事業もやっています。さらには編プロからの出版企画を随時募集しており、自社発行商品を拡大しているとのことです。非常に興味深いです。

★『ニュー・ダーク・エイジ』は『New Dark Age: Technology and the End of the Future』(Verso, 2018)の訳書。著者のジェームズ・ブライドル (James Bridle, 1980-)は英国のアーティストで「新しい美学」の中心的論者。本書は初の単独著です。Chasm:裂け目、Computation:計算、Climate:気候、Calculation:予測、Complexity:複雑性、Cognition:認知、Complicity:共謀、Conspiracy:陰謀、Concurrency;並列、Cloud:雲、といった10のキーワードが章題となっています。

★ニュー・ダーク・エイジ、新たなる暗黒時代とは何か。ブライドルはこう述べています。「今日、ふと気づくと私たちは、巨大な知の倉庫とつながってはいるが、考えることを学べてはいない。それどころか、その反対になっているというのが正しい。世界の蒙を啓こうと意図したことが、実際には世界を暗黒へと導いている。インターネットで入手できる、あり余るほどの情報と多数の世界観は、首尾一貫したリアリティを生み出せず、原理主義者の簡素な語りの主張と、陰謀論と、ポスト事実の政治とに引き裂かれている。この矛盾こそが、新たなる暗黒時代という着想の根源だ。すなわち、知に与えられてきた価値が、あり余るほどの利益を生む商品によって破壊され、世界を理解する新しい方法を探すために自分自身の周りを見回す、そんな時代である」(14~15頁)。

★「私が暗黒と書くのは文字どおりの意味ではなく、暗黒時代として一般的に考えられている知の不在や閉塞を表しているのでもない。ニヒリズムや絶望の表現でもない。むしろそれは現在の危機の性質と好機を表わしている。私たちの目の前にあるものがはっきりと見えないこと、主体性と正当さをもって、世界で意味深く行動できないこと――そして、別の光による新しい理解の方法を探し求めることのために、この暗黒を認めること」(15~16頁)。

★「本書で提示する主張は、テクノロジーの影響が気候変動のように世界中に広がっており、私たちの生活のあらゆる分野に、すでに変化をもたらしていることである。こうした影響は大惨事になりうるし、私たち自身が開発してきた激動のネットワークで結ばれた産物を、私たちが理解できていないことに起因する。そうしたテクノロジーは、私たちが愚かにも、ものごとの自然の秩序だと思うようになったものを覆し、私たちの世界観のラディカルな再考を要求している。だがもう一つの主張は、すべてが失われたわけではないということだ。実際に新しいやり方で世界を考えられるのなら、世界を再考し、理解し、そのなかで異なった生き方ができる」(20頁)。

★「新たなる暗黒時代について書くのは、ネットワークにつながれた希望をにじませられるにしても、楽しいことではない。それはむしろ、言わずにおきたいことを言い、考えないでいたいことを考えることを要求する。そうすると胸にぽっかり穴が開いたような気持ちになり、ある種の絶望感に襲われることが多い。それでもそうしなければ、世界をそういうものとして理解できず、ファンタジーと抽象概念のなかに生きていくしかないだろう。〔…〕現状の緊急性を深い脆弱さについて〔…〕考えることをやめてはならない。私たちは、いまや互いに失敗することができないのだ」(21頁)。

★ブライドルとフィッシャーは年齢が一回り違いますが、それぞれの立場で現代世界の残酷さや暗さと真摯に向き合おうとしています。この、暗黒への直面と対峙は現代の知性の条件であり、まさにこの薄暮のなかでミネルヴァのふくろうは飛び立とうとしているかに見えます。

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★まもなく発売となるちくま学芸文庫の2月新刊は以下の6点です。

『マネの絵画』ミシェル・フーコー著、阿部崇訳、ちくま学芸文庫、2019年2月、本体1,400円、文庫判並製368頁、ISBN978-4-480-09907-5
『デカルト入門講義』冨田恭彦著、ちくま学芸文庫、2019年2月、本体1,200円、文庫判並製336頁、ISBN978-4-480-09906-8
『倫理学入門』宇都宮芳明著、ちくま学芸文庫、2019年2月、本体1,200円、文庫判並製304頁、ISBN978-4-480-09904-4
『資治通鑑』司馬光著、田中謙二編訳、ちくま学芸文庫、2019年2月、本体1,600円、文庫判並製624頁、ISBN978-4-480-09905-1
『ほとけの姿』西村公朝著、ちくま学芸文庫、2019年2月、本体1,100円、文庫判並製240頁、ISBN978-4-480-09909-9
『古文読解のための文法』佐伯梅友著、ちくま学芸文庫、2019年2月、本体1,500円、文庫判並製528頁、ISBN978-4-480-09901-3

★『マネの絵画』は筑摩書房より2006年に刊行された単行本の文庫化。新たに「文庫版訳者あとがき」が付されています。「再版に際して、以前の拙訳を見直し、問題のある箇所や読みにくい箇所などを改め〔…〕本文中で引用されている文献の邦訳の引用については〔…〕新しい訳が刊行されているフーコーの著作についてのみ、新しい邦訳に差し替え」たとのことです。

★『デカルト入門講義』はちくま学芸文庫のための書き下ろし。「デカルトが、科学者・数学者としての仕事と並行して試みたのが、諸学の基礎を与える新たな「第一哲学」(別名「形而上学」)の確立でした。〔…〕デカルトの第一哲学を最も詳しく述べた彼の著書が、1641年に出版された『第一哲学についての省察』です。本書は、これを基本テクストとし、彼の第一哲学のロジックをできるだけわかりやすくお話ししようとするものです」(「はじめに」より)。目次は以下の通り。

はじめに
第1章 デカルトの生涯――1596年~1650年
第2章 『省察』を読む(Ⅰ)――第一省察~第三省察
第3章 『省察』を読む(Ⅱ)――第四省察~第六省察
第4章 形而上学を支える自然学――物体の本性と観念の論理
第5章 デカルトの「循環」?――「自然の光」だけを頼りとして
第6章 主観主義の伝統と分析哲学の起点――デカルト哲学の射程
あとがき

★『倫理学入門』は放送大学教育振興会より1997年に刊行されたテキストの文庫化。著者は2007年に逝去。三重野清顕さんによる解説「人「間」の倫理学へむけて」が新たに加えられています。「「入門」と銘打たれているものの〔…〕本書の内容は、著者が追求しつづけた「相互主体性の哲学」の円熟期における体系的展開であり、その哲学的内実はきわめて高度なものだと言える。その一方で本書は、「入門」の名にふさわしく、倫理学史上のさまざまな学説を整理、配置したうえで、それらの要点を明瞭に叙述している」(283頁)と三重野さんは評価しておられます。

★『資治通鑑』は朝日新聞社より1974年に刊行された単行本の文庫化。カヴァー裏紹介文によれば、294巻のなかから後漢の「党錮の禁」、南北朝時代の「侯景の乱」、唐の「安史(安禄山)の乱」を綴った巻を収録。編訳者は2002年に亡くなっておられ、文庫化にあたって新たに付け加えられた文章はないようです。

★『ほとけの姿』は毎日新聞社より1990年に刊行された単行本の文庫化。巻末特記によれば「著者が遺した朱入本を元に、加筆・修正を施した」とあります。本書はいわば改訂版であり、著者が2000年に遺した「はじめに」と「あとがき」が加わり、著者のご息女の大成栄子さんが「『ほとけの姿』改訂版によせて」という一文をお書きになっています。なお、今年6月~7月に、吹田市立博物館にて企画展「西村公朝流 仏像のつくりかた(仮)」が開催予定だそうです。

★『古文読解のための文法』は三省堂より1995年に刊行された単行本の文庫化。巻末の特記によれば「明らかな誤りは適宜訂正した」とのこと。著者は94年没。新たに付された解説「古典文を「文法的に読む」ために」は小田勝さんによるもの。本書を「佐伯文法の最終形として、「かぞえ年90歳の記念のように世に出」(後記)されたものである。佐伯文法の到達点を示す充実した内容を、著者一流の気負いのない平易な語り口で読みもの風に仕上げており、まさに奇跡のような古典文法書となっている」(490頁)と評しておられます。

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★最後に、最近出会った1月~2月の新刊について、版元さんごとに列記します。

歴史という教養』片山杜秀著、河出新書、2019年1月、本体800円、新書判並製232頁、ISBN978-4-309-63103-5
他力の哲学――赦し・ほどこし・往生』守中高明著、河出書房新社、2019年2月、本体2,600円、46変形判上製256頁、ISBN978-4-309-24900-1

★河出書房新社さんの、1月の新書新刊とまもなく発売となる2月単行本新刊です。『歴史という教養』は河出新書の第3弾。「歴史を真の教養にするための試行錯誤の道」(まえがきより)をめぐる書き下ろしです。主要目次を列記しておきますが詳細目次はさらに興味深いので、ぜひ店頭で現物をご確認ください。

まえがき
序章 「歴史」が足りない人は野蛮である
第一章 「温故知新主義」のすすめ
第二章 「歴史好き」にご用心
第三章 歴史が、ない
第四章 ニヒリズムがやってくる
第五章 歴史と付き合うための六つのヒント
第六章 これだけは知っておきたい五つの「史観」パターン
終章 教養としての「温故知新」
あとがき

★『他力の哲学』は今週発売予定。帯文に曰く「法然、親鸞、一遍における熾烈な信仰の生成を、生/死を超える万人救済の教えとして徹底的に問い直し、〈他力〉の思考と実践をその現代性を鳴り響かせつつ甦えらせる――詩人思想家がその生のすべてを賭けた「廻心」の書」。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「本書は、私の「廻心(えしん)」の記録である。〔…〕宗教的「信」のまったき転回を指す、あの廻心である。/私は浄土宗の寺に生まれ育った。〔…そして24歳の折に〕正式に僧侶の身となった。しかし、私のアイデンティティはなかば宗教者でありなかば人文学研究者であるという、半端なものであった。実際、私の日常は、一方で毎朝本堂で勤行をし、土曜日・日曜日には檀信徒各位の求めに応じて法要を営み、他方で日々デリダやドゥルーズの著作を読み、機会があればみずから翻訳し、そしてその思考をめぐって著書や論考を書くという、二極に引き裂かれたものだった。/その引き裂かれた心に転回が起きた。〔…〕数年前のある日〔以下略〕」(「あとがき」より、240~241頁)。あとはぜひ本書現物をご確認ください。

デリダ 歴史の思考』亀井大輔著、法政大学出版局、2019年1月、本体3,600円、A5判上製276頁、ISBN978-4-588-15101-9
支配と抵抗の映像文化――西洋中心主義と他者を考える』エラ・ショハット/ロバート・スタム著、早尾貴紀監訳、内田(蓼沼)理絵子/片岡恵美訳、法政大学出版局、2019年1月、本体5,900円、A5判上製544頁、ISBN978-4-588-60357-0

★法政大学出版局さんの1月新刊より2点。2点とも目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。『デリダ 歴史の思考』は2005年から2018年にかけて各媒体で発表されてきた論文を改稿し再編し、書き下ろしを加えて一冊としたもの。「本書で私なりに明らかにしようとしたのもやはり、まぎれもなく「歴史と言語の思想家」としてのデリダだった」(249頁)と「あとがき」にあります。

★『支配と抵抗の映像文化』は『Unthinking Eurocentrism: Multiculturalism and the Media』(Routledge, 1994)の全訳。「ヨーロッパ中心主義は、非西洋を庇護したり悪魔化までしながら、西洋の歴史の都合の悪い面を削除したのである。自分たち西洋には、科学、進歩、人間性といった崇高な偉業を表す言葉を用い、非西洋のことは、事実だろうが想像だろうが、欠陥を示す言葉で表現するのだ。/本書はヨーロッパ中心主義に反対する研究書として、その規範の普遍化を批判する」(序章、3頁)。著者のショハット(Ella Shohat, 1959-)はイラク出身のアラブ系ユダヤ人で、米国で教鞭を執っています。スタム(Robert Stam, 1941-)はニューヨーク大学におけるショハットの同僚で、映画学教授。単独著の既訳に『転倒させる快楽――バフチン,文化批評,映画』(浅野敏夫訳、法政大学出版局、2002年)があります。

きらめくリボン』長田真作著、共和国、2019年1月、本体1,600円、B5変型判上製32頁、ISBN978-4-907986-50-6
いてつくボタン』長田真作著、共和国、2019年1月、本体1,600円、B5変型判上製32頁、ISBN978-4-907986-51-3

★共和国さんの1月新刊2点は長田真作さんによるモノクロ絵本です。昨年上梓された『すてきなロウソク』に続く2点で、「アカルイセカイ」3部作完結となります。モノクロと言っても全頁にUV加工が施されており、透明の様々なかたちの模様が光を優しく反射してとても美しいです。3部作の物語世界は明るい世界にも暗さがあるというよりは、暗い世界にも明るさが灯っているという印象です。

死とは何か――1300年から現代まで(上)』ミシェル・ヴォヴェル著、立川孝一/瓜生洋一訳、藤原書店、2019年1月、本体6,800円、A5判上製592頁、ISBN978-4-86578-207-3
地域の医療はどう変わるか――日仏比較の視点から』フィリップ・モッセ著、原山哲/山下りえ子訳、藤原書店、2019年1月、本体2,800円、四六上製176頁、ISBN978-4-86578-208-0
「雪風」に乗った少年――十五歳で出征した「海軍特別年少兵」』西崎信夫著、小川万海子編、藤原書店、2019年1月、本体2,700円、四六上製328頁、ISBN978-4-86578-209-7
あそぶ 12歳の生命誌――中村桂子コレクション・いのち愛づる生命誌(Ⅴ)』中村桂子著、養老孟司解説、藤原書店、2019年1月、本体2.200円、四六変上製296頁、ISBN978-4-86578-197-7

★藤原書店さんの1月新刊から4点。特に注目したいのは、フランスの歴史家ミシェル・ヴォヴェル(Michel Vovelle, 1933-2018)の主著『死と西欧――1300年から現代まで』(La Mort et l'Occident de 1300 à nos jours, Paris, Gallimard, 1983)の訳書が『死とは何か』として上下巻で刊行開始となったことです(下巻は今月発売予定)。全七部のうち上巻では第四部「バロック時代の盛大な葬儀(一五八〇~一七三〇年)」までを収録。巻頭には2014年に執筆された「日本の読者へ」が置かれています。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。藤原書店さんでは今月、本書の下巻のほかに、アンドレ=ジョルジュ・オードリクール(André-Georges Haudricourt, 1911-1996;オドリクールとも)の『作ること 使うこと――生活技術の歴史・民族学的研究』をご出版になるそうで、とても楽しみです。

経済学者の勉強術――いかに読み、いかに書くか』根井雅弘著、人文書院、2019年1月、本体1,800円、4-6判並製240頁、ISBN978-4-409-24123-3
乳母の文化史―― 一九世紀イギリス社会に関する一考察』中田元子著、人文書院、2019年1月、本体2,800円、4-6判上製280頁、ISBN978-4-409-14067-3
シベリア抑留者への鎮魂歌』富田武著、人文書院、2019年2月、本体3,000円、4-6判上製212頁、ISBN978-4-409-52075-8
つながりからみた自殺予防』太刀川弘和著、人文書院、2019年2月、本体2,800円、4-6判並製260頁、ISBN978-4-409-34053-0

★人文書院さんの1~2月新刊から4点。『経済学者の勉強術』『乳母の文化史』は発売済で、『シベリア抑留者への鎮魂歌』『つながりからみた自殺予防』は2月20日頃発売とのことです。特に注目したいのは近刊の『シベリア抑留者への鎮魂歌』。2015年から2018年までに各媒体で発表された論考に2篇(序章「シベリア出兵とシベリア抑留」、第四章「四國五郎――抑留体験とヒロシマ」)の書き下ろしを加えたもので、「拙著『シベリア抑留者たちの戦後』(人文書院、2013年)、『シベリア抑留』(中公新書、2016年)のような体系性はない」が、「個別次章の分析という点で概説的な本には収まりきらない内容の論文を収録」してあるとのことです。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。

ドイツ国防軍砂漠・ステップ戦必携教本――ドイツ国防軍陸軍総司令部』大木毅編訳解説、作品社、2019年1月、本体4,600円、A5判上製336頁、ISBN978-4-86182-733-4

★最後に作品社さんの1月新刊より1点。『ドイツ国防軍砂漠・ステップ戦必携教本』は帯文によれば、1942年に発行された、砂漠とステップにおける戦闘に関するマニュアルで、こんにちの中東で作戦遂行する各国の軍隊でも参照されている第一級の史料とのことです。「本教本の内容は、砂漠・ステップの地勢にはじまり、部隊の編制や武装、訓練、位置標定、捜索や見張、行軍や宿営の要領、衛生、家畜の扱いなど、多岐にわたる」と編訳者は巻末解説で説明されています。特に注目すべきは「さまざまな障害への対処方法が確認されていることだろう」と。
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# by urag | 2019-02-03 23:39 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)