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2017年 10月 12日

メモ(28)

「文化通信」2017年10月9日付1面トップ記事は「取次へのバックオーダー終了で直取引開始は少数」という非常に興味深い内容だったのですが、なぜか同通信ウェブサイトのトップページの総合欄では見出しが載っていません。12日付「アマゾンジャパン、Kindle最上位機種発表」は無料で全文を読める記事になっていますが、出版業界にとってより重要なのはKindleよりも直取引問題ではないかと思われ、未掲載の理由がよく分かりません。8月17日付有料記事「版元ドットコム アマゾン「バックオーダー終了」で調査 直取引が41%余に増加」との関係から言っても、今回の10月9日付記事は重要です。

「取次へのバックオーダー終了で直取引開始は少数」は1面と8面に掲載されており、アマゾンジャパンにおける年間売上上位100社に対して文化通信社が行なったアンケートの結果(36社から回答あり)が集計されています。同記事は「出版社の規模が大きくなると直接取引を行う割合が低くなっているようだ」と分析しており、先般の版元ドットコムさんのアンケート結果も含めて、おおよそ予想通りの内容とはなっています。つまり、売上上位100社の本は当然ながら一般のリアル書店でも売れており、アマゾンだけを特別に優遇する理由はないのですが、小零細版元の場合、リアル書店での扱いが少ないですから、相対的にアマゾンの売上比率が高くなり、否応なく直取引に乗り出さざるをえないわけです。

興味深いのは8面にある、直取引しない理由の数々でした。いずれも首肯できる内容で、アマゾンさんは版元からこう見られているんだということをもっと細やかに分析して対応を考えるべきなのではないかと思う理由ばかりです。こうした記事こそ文化通信さんには無料記事で公開していただきたいなあと切実に感じます。そうすればもっと公的に議論する材料が増えます。いま業界に必要なのは、腹蔵なく「リアルな話」を交わすことであり、できることとできないことをしっかりと腑分けして、できることの可能性を伸ばしつつ、できないことをどう乗り越えるか、ということだと思います。

「日本経済新聞」2017年10月6日付有料記事「大廃業時代の足音 中小「後継未定」127万社」に書かれてある状況は、出版界でも変わりません。曰く「中小企業の廃業が増えている。後継者難から会社をたたむケースが多く、廃業する会社のおよそ5割が経常黒字という異様な状況だ。2025年に6割以上の経営者が70歳を超えるが、経済産業省の分析では現状で中小127万社で後継者不在の状態にある。優良技術の伝承へ事業承継を急がないと、日本の産業基盤は劣化する。「大廃業時代」を防ぐ手立てはあるか」と(以下、無料登録で全文読めます)。

私の住む街の地元商店街では今年2店舗の新刊書店が廃業しましたが、いずれも原因は高齢による事業継続の困難さでした。あまり明るみになってはいませんが、高齢化の波は出版社にも押し寄せていて、後継者がおらず遠からず廃業せざるをえないだろう版元もそこかしこに存在しています。継続的に出版活動している約2000社のうち、7割が従業員10名以下の小規模会社だとも聞きます。我が身を振り返っても見て言えるのは、つまり、おおよそ半数以上の版元が10~20年以内に激減する危険があると予想してもけっして大げさではない、ということです。こうした緩慢な死滅を逃れるためには、出版界を挙げて議論し対応していくのが理想ではありますが、この業界はその多様性ゆえに、利害が一致するのはせいぜい債権者集会の出席率くらいで、誰もが納得しうる条件下での団結は非常に困難であるように思えます。文化の一端を担う社会的な役割があるにもかかわらず、営利を目的とした私企業の雑多な集団であるために、情報公開して公的に議論することすら難しいのです。

それでも全体として必要なのは、若い世代が出版社や書店を開業したり事業承継しうる余地を常に作り続けることではなかろうかと感じます。取次さんが書店さんを傘下に収めるのにも限界があり、出版社がリストラを続けるのにも限界があります。出版社が廃業する場合、つらいことの一つに、出版物を引き受けてくれる他社がいない限り、全点全冊を破棄しなければならないというものがあります。例えばすでに2020年に解散することを公表しておられ創文社さんの商品はどうなるのでしょうか。ハイデッガー全集(刊行中)や、神学大全(完結)はどうなるのでしょう。同社の2016年9月付の挨拶文「読者の皆様へ」によれば、「新刊書籍は2017年3月まで刊行し、それ以降、2020年までは書籍の販売のみを継続いたします」とあります。すでに新刊刊行停止から半年経過しているのです。このように廃業まで数年かけることを約束しうるのはむしろ誠実な少数派であり、こうはならずいつの間にか倒れる会社が大半であることは周知の通りです。

先日のゲンロン・カフェ(10月4日)の質疑応答において「やめたい人とやりたい人の事業承継のマッチングができないものか」とお話しし、質問者の方が興味を示して下さったのは幸いでした。こうした困難さに立ち向かうことが大事であると思われてなりません。

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10月16日追記:上記のような「街ナカ書店」や、小零細自営業版元の廃業危機とは別に、チェーン店はチェーン店でスリム化を推進しています。たとえば、「ASCII.jp」2017年10月16日付、O.D.A.氏記名記事「TSUTAYAが最近やたら閉店している件について――背景にあるのは「BtoB型事業」への業態シフト」では、昨今の大量閉店が次のように分析されています。

「閉店する店舗を見てみると、大都市圏に比較的簡単にアクセスできる住宅の駅近くに立地する店が相当多いことがわかります。ここから導かれるのはこれらの閉店は不採算店の整理ということだけではなく、もう経営側としては今の「ご近所のTSUTAYA」形態の未来に希望を持っていないのではないかという推測。〔・・・〕現在CCCが推進している図書館の運営委託、代官山・湘南や枚方のT-SITEや蔦屋書店、二子玉川の蔦屋家電等の業態は、〔・・・〕いずれもが滞在型の施設です。/会社や学校の帰りについでに寄ってもらっては小銭をちゃりんちゃりん稼ぐのではなく、わざわざそのために来てもらう滞在型の施設で1人頭の消費金額・消費時間を最大化する方向。言い換えれば「ケ」のビジネスから「ハレ」のビジネスへのシフトが今まさに実行されている最中であるということでしょう」。

少し補足しますと、この「ハレ」ビジネスが成功しうるかどうかについてはすでに懐疑的な評価や分析が出版界では散見されます。確かに「「ハレ」のビジネスへのシフトが今まさに実行されている最中」ではあるものの、CCCがシフトに乗りだせた背景には、他社にはないグループの経営的基盤があります。ですから、他社がまねをしても成功するというものではなく、蔦屋型の複合化とは別の、多様な次世代型書店像もまた、追求する必要性があると言えそうです。CCCは「蔦屋書店」は全国のあちこちに作り、紀伊國屋書店やMJを向こうに回して、書店業界の覇権を目指しておられるはずですが、人材確保に苦慮されているようにお見受けします。

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10月23日追記:事業承継について。これははっきり書いておかねばなりませんが、主観的に言えば、小零細の出版事業は誰かに継いでもらえる仕事だとはあまり思えないというのが本音です。ですから先日の日経記事はあまり驚くに値しませんし、事業承継の困難さも理解できます。ほとんどの場合「一代限り」にしかならないのが現実ではないでしょうか。しかしそれでもなお、出版事業の持続性について問うことは重要だと思います。

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# by urag | 2017-10-12 18:22 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 12日

ブックツリー「哲学読書室」に岡嶋隆佑さんの選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、ハーマン『四方対象』(人文書院、2017年9月)の監訳者・岡嶋隆佑さんによる選書リスト「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流」が追加されました。下記リンク先一覧よりご覧ください。


◎哲学読書室

星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流

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# by urag | 2017-10-12 11:38 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 11日

ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない』刊行記念シンポジウム


日時:2017年 11月12日(日曜日)13:30〜17:00(開場13:00)
場所:神戸市・海外移住と文化の交流センター
参加費:無料(要・事前申し込み→こちらから)

登壇者:酒井隆史(大阪府立大学人間社会システム研究科教授)、鈴木慎一郎(関西学院大学社会学部教授)、田中東子(大妻女子大学文学部准教授)、山本敦久(成城大学社会イノベーション学部准教授)、井上弘貴(神戸大学国際文化学研究科准教授)

主催:神戸大学国際文化学研究推進センター2017年度研究プロジェクト「ポストBrexitの文化状況――身体・都市・メディア・資本へのグローバルな影響と意味」(代表者:小笠原博毅)
後援:カルチュラル・ スタディーズ学会

内容:「ユニオンジャックに黒はない」。1970年代イギリスの極右勢力が移民排斥のスローガンとしたこの文言は同時に、「だからなんだってんだ!」というカルチュラル・スタディーズの立ち位置を鮮明に表す合言葉ともなった。原著出版後30年の時を経てついに邦訳なる! ディアスポラの響きに誰よりも寄り添ってきた鈴木慎一郎氏と、近代資本主義を地べたから検証している酒井隆史氏をゲストに迎え、訳者3名と徹底的に討論する。

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# by urag | 2017-10-11 13:05 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 08日

注目新刊:クセナキス『形式化された音楽』筑摩書房、ほか

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アメリカンドリームの終わり――あるいは、富と権力を集中させる10の原理』 ノーム・チョムスキー著、寺島隆吉/寺島美紀子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年10月、本体1,800円、46判上製304頁、ISBN978-4-7993-2183-6
チョムスキー言語学講義――言語はいかにして進化したか』ノーム・チョムスキー/ロバート・C・バーウィック著、渡会圭子訳、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,000円、256頁、ISBN978-4-480-09827-6
原典訳 原始仏典』上巻、中村元編、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,700円/本体1,400円、656頁/496頁、ISBN978-4-480-09808-5/09809-2
定本 葉隠〔全訳注〕(上)』山本常朝/田代陣基著、佐藤正英校訂、吉田真樹監訳注、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,600円、592頁、ISBN978-4-480-09821-4
記号論』吉田夏彦著、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,000円、224頁、ISBN978-4-480-09824-5
アンチクリストの誕生』レオ・ペルッツ著、垂野創一郎訳、ちくま文庫、2017年10月、本体900円、288頁、ISBN978-4-480-43466-1
形式化された音楽』ヤニス・クセナキス著、野々村禎彦監訳、冨永星訳、筑摩書房、2017年9月、本体6,500円、A5判上製440頁、ISBN978-4-480-87393-4
対称性――不変性の表現』Ian Stewart著、川辺治之訳、サイエンス・パレット;丸善出版、2017年9月、本体1,000円、新書判並製178頁、ISBN978-4-621-30203-3

★『アメリカンドリームの終わり』は『Requiem for the American Dream: The 10 Principles of Concentration of Wealth & Power』(Seven Stories Press, 2017)の翻訳です。本書のもととなった長編インタヴューは2015年に「アメリカン・ドリームへのレクイエム」として映画化されています。4年にわたる聴き取りをまとめたもので、動画はネットで探せばご覧になれます。豊富な資料と注を付け加えた書籍版は原書に倣って墨と緑色の二色刷で美しい本に仕上がっています。緑と言っても昨今の新党のシンボルカラーに合わせてあるわけではありませんが、ちょうど選挙目前ということもあり、例の党首(だけでなく)に向かって本書を振りかざして差し上げるくらいの皮肉は当然たしなんでも構わないと思います。

★チョムスキーは本書で、アメリカの「建国以来の下劣で恥ずべき行動原理」として10項目を挙げています。曰く「民主主義を減らす」「若者を教化・洗脳する」「経済の仕組みを再設計する」「負担は民衆に負わせる」「連帯と団結への攻撃」「企業取締官を操る」「大統領選挙を操作する」「民衆を家畜化して整列させる」「合意を捏造する」「民衆を孤立させ、周辺化させる」。舌鋒鋭いチョムスキーの分析内容は日本人にとっても対岸の火事として放っておけばいいものでは断じてありません。版元さんの力から言って本書は多くの書店さんの店頭に置かれると思いますが、この本はぜひ、かつての『超訳 ニーチェの言葉』と同様に地道に長く店頭に置いて下さることを祈るばかりです。訳者が言う通り、本書は「明日の日本に対する警告の書」だからです。

★『アメリカンドリームの終わり』ではチョムスキーの政治的発言を読むことができますが、今月はチョムスキーの本職である生成文法論関連の邦訳新刊も発売されています。ちくま学芸文庫から出た、コンピュータ科学者バーウィックとの共著で『Why Only Us: Language and Evolution』(MIT Press, 2015)の訳書で、文庫オリジナルの初訳本です。言語の進化が主題であり、「なぜ今なのか?」「進化する生物言語学」「言語の構成原理とその進化に対する意義」「脳の三角形」の全4章立て。「言語は形と形以外の“モジュール”からの違う表現を結合する媒介語(リンガ・フランカ)である〔・・・〕。“心の内的道具”がそうであるように、さまざまな視覚手がかりを統合し、それらについて推論する――動物が岩の上にいるか下にいるか――ことは、間違いなく選択的に有利と思われる。そのような性質が子孫に受け継がれ、ある小さな集団にいきわたるかもしれない。これが私たちの思い描いた進化のシナリオだ」(215~216頁)と二人は結論づけています。

★今月のちくま学芸文庫およびちくま文庫ではこのほか4点5冊に注目したいと思います。まず『原典訳 原始仏典』上下巻は、筑摩書房版『世界古典文学全集(6)仏典I』(1966年;のちに『原始仏典』1974年として新版を刊行)を文庫化したもので、1974年版を底本としているとのことです。1987年に東京書籍より刊行された中村元さんの解説本『原始仏典(1)釈尊の生涯』『原始仏典(2)人生の指針』を合本文庫化した『原始仏典』(ちくま学芸文庫、2011年)とは別物で、今回の上下巻は書名通り仏典(パーリ語およびサンスクリット語)を現代語訳したものです。上巻には仏伝として「仏伝に関する章句」と「偉大なる死(大パリニッバーナ経)」を収め、原始経典として「経典のことば」「シンガーラへの教え」「本生経(ジャータカ)」「長老の詩(テーラ・ガーター)」を収めています。下巻では原始経典として「長老尼の詩(テーリー・ガーター)」を収め、さらに「アヴァダーナ」「百五十讃」「金剛の針」「ラトナーヴァリー」「ナーガナンダ」を収めています。

★次に『定本 葉隠〔全訳注〕』は全3巻で10月から12月にかけて上中下巻と発売されていきます。ちくま学芸文庫のために新たに書き下ろされたものです。先日言及しましたが、講談社学術文庫でも先月より『新校訂 全訳注 葉隠』全3巻が発売開始となっています。講談社版が佐賀県立図書館所蔵の天保本(杉原本)を底本とし、餅木本や小城本などにより校訂したものであるのに対し、ちくま版は同じく佐賀県立図書館所蔵ながら新出だという小山信就本を底本とし、餅木本や山本本を校合したとのことです。講談社版は原文・現代語訳・語注の順の構成で、ちくま版は原文・語注・現代語訳の順番となっています。読み比べれば分かりますが、現代語訳にはそれぞれの味わいがあり、ここは両書とも買い揃えて理解を深めたいところです。

★続いて吉田夏彦『記号論』は放送大学の教材として執筆され1989年に公刊されたものの文庫化。帯文に曰く「世界は巨大な記号の体系だ。その構造を読み解く最強の技術、論理学への誘い」と。文庫版あとがきによれば、「今度読み返してみて、放送とは独立に読めることを確かめたので、大筋はそのままにし、字句を多少修正して復刊することにした」とのことです。章立ては、「変項」「形式と抽象」「そのほかの論理記号」「計算と証明」「形式化」「記号の濫用」「ものごと」「話」「記号の役割」「環境としての記号」「記号としての環境」「かたち」「楽譜と音楽」「自然と記号」「終に」の全15章。

★ペルッツ『アンチクリストの誕生』は1930年に刊行された中短編集『Herr, erbarme dich meiner』の全訳で文庫版オリジナルの新刊。収録作は全8編で、原書名である「「主よ、われを憐れみたまえ」」のほか、「一九一六年十月十二日火曜日」「アンチクリストの誕生」「月は笑う」「霰弾亭」「ボタンを押すだけで」「夜のない日」「ある兵士との会話」。巻末解説「レオ・ペルッツの綺想世界」は皆川博子さんがお書きになっておられます。

★筑摩書房さんでは先月末、クセナキスの『Formalized Music: Thought and Mathematics in Composition』(Revised edition, Pendragon Press, 1992)の全訳である『形式化された音楽』を発売されています。たいへんに美麗な装丁は工藤強勝さんと勝田亜加里さんによるもの。目次を以下に列記しておきます。

序文
フランス語原版の序文
英語版(ペンドラゴン版)の序文
第1章 拘束のない推計学的音楽全般について
第2章 マルコフ連鎖を用いた推計学的音楽――その理論
第3章 マルコフ連鎖を用いた推計学的音楽――その応用
第4章 音楽における戦略――戦略、線型計画法、そして作曲
第5章 計算機を用いた拘束のない推計学的音楽
第6章 記号論的音楽
第1章から第6章までの結論と拡張
第7章 メタ音楽に向けて
第8章 音楽の哲学に向けて
第9章 微細音響構造に関する新たな提案
第10章 時間と空間と音楽について
第11章 ふるい
第12章 「ふるい」のユーザーズガイド
第13章 ダイナミックな推計学的合成
第14章 さらに徹底した推計学的音楽
補遺Ⅰ 連続確率の二つの法則
補遺Ⅱ
補遺Ⅲ 新しいUPICシステム
参考文献
監訳者解説
訳者あとがき
索引

★監訳者解説に本書の書誌情報が詳しく書かれています。「本書は彼〔クセナキス〕自身による作曲技法の解説書だが、元々は独立な論文をほぼ執筆年代順に並べて一冊にまとめたものであり、刊行年代に応じて複数の版が存在する」。以下に、本書の先行する版についての監訳者による解説を図式的に転記しておきます。

1)仏語版初版『Musiques formelles』(Richard-Masse, 1963)・・・当訳書の底本(英語版増補版)との対応:第1章~第6章(第2章と第3章は分割されていない)、補遺ⅠおよびⅡ、あとがき(底本では「第1章から第6章までの結論と拡張」)。

2)英語版初版『Formalized Music』(Indiana University Press, 1971)・・・当訳書の底本との対応:第1章~第6章および、第7章と第8章の仏語論文の英訳、そして第9章(書き下ろし)。

★留意点として、今回の訳書では、英訳の読みにくさのために、仏語原文があるものは仏語から訳したとのことです。なお『音楽と建築』(高橋悠治訳、全音楽譜出版社、1975年;新編新訳版、河出書房新社、2017年7月)との違いについては次のように書かれています。『形式化された音楽』英語版増補版の「第1章から第6章の要約(に相当する短い論文や講演原稿)及び第7章・第8章原文と若干の建築に関するメモ(現行版〔すなわち英語版増補版〕第1章に含まれるフィリップス・パビリオンのプランの説明など)からなり、英語版初版の仏語による簡易版とみなせる。刊行時点では〔・・・〕内容が重複しないように配慮したのだろう」。

★イアン・スチュアート『対称性――不変性の表現』は、Oxford University Pressの「A Very Short Introduction」シリーズより刊行された『Symmetry』(2013年)の全訳。カバーソデ紹介文は以下の通り。「「対称性」は現代科学の重要語の一つです。対称性といえば、虹、雪の結晶、貝殻などの線対称や回転対称な図形を連想し、その規則正しく並んだ模様に私たちは魅了されてきました。この対称性を現代科学で扱われているように抽象化するきっかけとなったのは、対称な図形・模様の分析・研究ではなく、方程式の解の探求といわれています。本書では対称性についての素朴なイメージからはじめ、対称性の抽象的定義、その性質の広がり、魅力をイアン・スチュアートが描きます」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者は本書の末尾でこう述べています。「対称性の物語、そこから導かれる数学、そしてその結果得られた理論に基づく利用は、単純だが深遠な概念がいかにして途方もなく強力な理論と大きな科学的発展になりうるかを示している。〔・・・〕対称性を理解するための探求は、いかに自然界の美が美しい科学と美しい数学につながるかという見事な例になっている」(160~161頁)。著者自身による紹介動画を以下に貼り付けておきます。


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★数々の本がかたちづくる宇宙との出会いは、書店にあります。当たり前のことが忘れられてしまいがちなこんにち、何度でも強調しなければなりません。しばらく寄っていなかった外国文学棚に行くと、美しい本たちが待っていました。澁澤龍彦没後30年記念で再刊された3点と、基本的に熊本県下でしか買えなかった本を手に取りました。いずれも既刊書ですが、特記しておきたい書目です。

超男性(愛蔵版)』アルフレッド・ジャリ著、澁澤龍彦訳、白水社、2017年8月、本体3,600円、4-6判上製244頁、ISBN978-4-560-09570-6
大胯びらき(愛蔵版)』ジャン・コクトオ著、澁澤龍彦訳、白水社、2017年8月、本体3,600円、4-6判上製187頁、ISBN978-4-560-09579-9
城の中のイギリス人(愛蔵版)』アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ著、澁澤龍彦訳、白水社、2017年8月、本体3,600円、4-6判上製202頁、ISBN978-4-560-09569-0
抄訳 アフリカの印象』レーモン・ルーセル著、坂口恭平画、國分俊宏訳、いとうせいこう解説、伽鹿舎、2016年8月、本体926円、ライブラリー判並製306頁
ISBN:978-4-908543-04-3

★『超男性』『大胯びらき』『城の中のイギリス人』は原条令子さんによるほれぼれするような美しい装幀に誘われて、軽装版を持っているにもかかわらずまんまと購入。それぞれ中身は、1975年版、1954年版、1982年版の復刻で、書体や組版に当時の雰囲気があります。3点とも手元に揃えるのが正解かと。いっぽう、『抄訳 アフリカの印象』は坂口さんの独特な挿画がとてもいいです。伽鹿舎(かじかしゃ)は熊本市の版元さん。「スタッフ全員が本業を別にもっている非営利の文藝出版社」で週末出版社とも自身を位置づけておられます。編集、造本、販売のそれぞれのこだわりに共感を覚える素敵なチームだと思います。ルーセルの新訳本は同舎のシリーズ「伽鹿舎QUINOAZ(キノアス)」の一冊。文庫より少し大きなライブラリーサイズのシリーズです。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

空間へ』磯崎新著、河出文庫、2017年10月、本体1,400円、584頁、ISBN978-4-309-41573-4
改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』――演出家としてのベケット』堀真理子著、藤原書店、2017年9月、本体3,800円、四六上製288頁、ISBN978-4-86578-138-0
いのち愛づる生命誌(バイオヒストリー)――38億年から学ぶ新しい知の探求』中村桂子著、藤原書店、2017年9月、本体2,600円、四六並製304頁、ISBN978-4-86578-141-0
夜の光に追われて』津島佑子著、津島佑子コレクション;人文書院、2017年9月、本体3,000円、4-6判上製372頁、ISBN978-4-409-15030-6
ジェンダー研究を継承する』佐藤文香/伊藤るり編、人文書院、2017年10月、本体4,800円、A5判上製524頁、ISBN978-4-409-24119-6
貧困と自己責任の近世日本史』木下光生著、人文書院、2017年10月、本体3,800円、4-6判上製330頁、ISBN978-4-409-52067-3
海の民のハワイ――ハワイの水産業を開拓した日本人の社会史』小川真和子著、人文書院、2017年10月、本体4,000円、4-6判上製288頁、ISBN978-4-409-53051-1

★河出文庫さんの新刊『空間へ』は建築家の磯崎新さんの初めての単独著(初版は美術出版社より1971年刊)の文庫化で、磯崎さんの文庫本としては「へるめす」誌での連載をまとめた『建築家捜し』(岩波現代文庫、2005年、品切)以来の新刊です。1960年から68年にかけて各媒体で発表された論考やエッセイを集成したもので、再刊にあたり文庫版あとがきと松井茂さんによる解説が加えられています。初版本の函に印刷されていた瀧口修造さんの推薦文は文庫版あとがきの末尾に全文が転載されています。

★藤原書店さんの9月新刊より2点を挙げます。『改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』』はベケット研究の第一人者が、戯曲『ゴドーを待ちながら』のおびただしい台本改訂と演出ノートの細部に迫る解読本です。「本書のねらいは『ゴドー』の舞台を楽しむために、またその戯曲を味わうための指針となるよう、この作品に秘められた未曾有の仕掛けを明かし、筆者なりに紐解いていくことである」(10頁)。いっぽう、『いのち愛づる生命誌(バイオヒストリー)』は90年代後半から今日に至るまでの間に各媒体で発表されてきた生命誌関連の文章に書き下ろしを加えてまとめたものです。「私が知りたいのは、バクテリアもキノコもミミズもチョウもタンポポも、それぞれがみごとに生きていることであり、みんなでつくる歴史物語です。〔勝者の目線で書かれた〕「史」よりも「誌」にしたいと思ったのはそのためであり、それが思いがけずヒストリーの本来の意味と重なったのでした」(6頁)。2点の目次詳細は書名のリンク先にてご確認いただけます。

★人文書院さんの新刊では発売済2点とまもなく発売の2点を挙げます。まずは発売済み2点。『夜の光に追われて』は「津島佑子コレクション」第Ⅰ期第2回配本。80年代半ばの東京新聞(北海道新聞、中日新聞)での連載小説で、再刊にあたっての底本は講談社文芸文庫版(1989年)とのことです。「生きることの核心」という解説を木村朗子さんがお寄せになっています。『ジェンダー研究を継承する』は現代日本におけるジェンダー研究の先達21名のインタヴューを収めた意義深い大冊。「一橋大学大学院社会学研究科先端課題研究叢書」の一冊と銘打たれています。続いてまもなく発売の2点。『貧困と自己責任の近世日本史』は奈良県田原村(現在の奈良市東部)に残る「片岡家文書」に記された近世農村の家計のありようから江戸時代の貧困について精密に分析したもの。『海の民のハワイ』は「日本人と海の結びつきに着目した上で、海がもたらす資源に生活の糧を求める人々を海の民と総称し、20世紀におけるハワイの水産業の発展に貢献した日本の海の民の軌跡を、主に社会史的側面から追究」(9頁)したもの。4点の目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

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# by urag | 2017-10-08 20:05 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 06日

11月初旬発売予定新刊:南嶌宏美術評論集『最後の場所』

2017年11月1日取次搬入予定 *芸術/美術

最後の場所 現代美術、真に歓喜に値するもの
南嶌宏美術評論集
月曜社 2017年11月 本体3,500円 46判(縦188mm×横128mm×束33mm)上製592頁 ISBN:978-4-86503-052-5

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

いわき市立美術館、広島市現代美術館、熊本市現代美術館など、国内の主要な現代美術館の設立に参画し、同時代のアーティストたちと火花を散らすように共闘し、「私たちが回復すべきもの――複数の視覚、複数の言語、複数の貨幣、複数の記憶が響き合う世界」へ向けての実践=〈美術の現場〉からつむぎあげた類のない美術評論集(遺稿)。本書編集委員:倉森京子(NHK)・日沼禎子(女子美術大学)・保坂健二朗(東京国立近代美術館)。

【本書で取り上げた主な作家たち】草間彌生、横尾忠則、舟越桂、森村泰昌、宮島達男、日比野克彦、やなぎみわ、岡本太郎、塩田千春、八谷和彦、遠藤彰子、殿敷侃、崔在銀、マリーナ・アブラモヴィッチ、アン・ハミルトン……。

南嶌宏(みなみしま・ひろし:1957~2016)。長野県生まれ。元・女子美術大学芸術学部芸術学科教授。キュレーターとして「生人形」(2004年)、「ATTITUDE2007 人間の家」(2007年)など話題となる展覧会を多数企画。2009年第3回西洋美術振興財団学術賞受賞。プラハ国際芸術トリエンナーレ2008国際キュレーター、第53回ベネチア・ビエンナーレ日本館コミッショナー(2009年)を歴任。著書に『ベアト・アンジェロ 天使のはこぶもの』(トレヴィル、1992年)、『サンタ・マリア』(トレヴィル、1993年)、『豚と福音』(七賢出版、1997年)がある。美術を通したハンセン病への社会的偏見に対する活動や、生人形や見世物文化の価値を再発見する取り組みを行ってきた。

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# by urag | 2017-10-06 09:56 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 02日

明後日開催:トークイベント「いま、出版社に求められているものとは」@ゲンロンカフェ

ゲンロンカフェでのトークイベント、いよいよ明後日です。席にたっぷりと余裕がありますので、フロアの皆さんとのやりとりも前回以上にできるのではないかと思います。皆様のお越しをお待ちしております!

◎内沼晋太郎(本屋B&B)×工藤秀之(トランスビュー)×小林浩(月曜社)「いま、出版社に求められているものとはーー「本」をめぐる新たな視点

日時:2017年10月4日(水)19:00 - 21:30 JST
会場:ゲンロンカフェ(五反田駅西口から徒歩3分)
チケット:前売券 1ドリンク付 ¥2,600 ※当日、友の会会員証/学生証提示で500円キャッシュバック
友の会会員限定最前列席 前売分 1ドリンク付、共有サイドテーブル・電源あり ¥2,600 ※ キャッシュバックはありません ※複数予約される場合はお連れの方が会員でなくても結構です

内容:出版ベンチャーとして成長を続けるゲンロンが、出版業界・書店業界のこれからについて考えるイベント、第2弾!! 今回のテーマは、「出版社の新しい可能性を探る」!! ご登壇いただくのは、NUMABOOKS代表として、本屋B&Bの運営や、出版レーベルの立ち上げなど、本と人をさまざまな形でつなぐ内沼晋太郎さん。「トランスビュー方式」と呼ばれる新しい出版流通の仕組みをつくり、多くの小規模出版社をつなぐ協業の取り組みも行なっているトランスビュー工藤さん。そして、出版業界の状況について積極的な情報発信を行っている月曜社の小林浩さんの三名に、本を作り、本を売り続けるために必要なことは何か、さまざまな視点から考え、語り合っていただきます! 出版、書籍、流通。私たちがいま、「本」に求めているものは何なのか、売る側も買う側も必見のイベントです!

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【10月5日追記】昨日は多数のご来場、ご視聴ありがとうございました。イベントの様子がtogetter上でまとめられています。タイムシフト視聴は2017/10/11(水) 23:59まで有料にてご覧になれます。

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# by urag | 2017-10-02 17:19 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 01日

注目新刊:ホワイト『メタヒストリー』ついに刊行、ほか

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メタヒストリー ―― 一九世紀ヨーロッパにおける歴史的想像力
ヘイドン・ホワイト著 岩崎稔監訳
作品社 2017年10月 本体6,800円 A5判上製705頁 ISBN978-4-86182-298-8
訳者:岩崎稔、大澤俊朗、小田原琳、柏崎正憲、高橋明史、トリスタン・ブルネ、橋爪大輝、馬場智一、福田雅之、山本裕子、吉田耕太郎。
帯文より:歴史学に衝撃をもたらした伝説の名著。翻訳不可能と言われた問題作が43年を経て遂に邦訳完成!

目次:
[日本語版序文]ようやく! そして、メタヒストリーを再考することの意味について 
[四〇周年記念版への前書き]「きみが手にしているすべてが歴史だ」(マイケル・S・ロス)
四〇周年記念版への序文 
一九七三年版への序文 
序論 歴史の詩学 
 歴史学的作品の理論/プロット化による説明/形式的論証による説明/イデオロギー的意味による説明/歴史叙述のスタイルという問題/喩法の理論/一九世紀の歴史意識の諸段階
第Ⅰ部 受け入れられた伝統――啓蒙と歴史意識の問題
第1章 隠喩とアイロニーのはざまの歴史的想像力
 はじめに/啓蒙の歴史叙述の弁証法/歴史叙述の伝統的な概念/歴史、言語、プロット/懐疑主義とアイロニー/啓蒙以前の歴史叙述の主要形式/ライプニッツと啓蒙/歴史の場/啓蒙の歴史叙述の到達点/啓蒙の歴史叙述に対するヘルダーの叛乱/ヘルダーの歴史理念/ヘルダーからロマン主義と観念論へ
第2章 ヘーゲル――歴史の詩学とアイロニーを超える方法
 はじめに/言語、芸術、歴史意識/歴史、詩、レトリック/可能なプロットの構造/包摂的なプロット構造としての悲劇と喜劇/即自的歴史と対自的歴史/即自かつ対自的歴史
構造としての《歴史の場》/国家、個人、悲劇的歴史観/過程としての《歴史の場》/悲劇から喜劇へ/世界史というプロット 
第Ⅱ部 一九世紀の歴史記述における四種類の「リアリズム」
第3章 ミシュレ─―ロマンスとしての歴史的リアリズム
 はじめに/一九世紀における歴史学の古典/歴史哲学に抗する/歴史叙述/隠喩的様式における「リアリズム」としてのロマン主義的歴史学/「存在の混沌」としての歴史の場/ミシュレ─―隠喩として説明され、ロマンスとしてプロット化された歴史叙述
第4章 ランケ─―喜劇としての歴史的リアリズム
 はじめに/ランケの歴史学的方法の認識論的基礎/喜劇としての歴史過程/歴史的分析の「文法」/歴史的事件の「構文論」/歴史解釈の「意味論」/ランケにおける歴史的理念(イデー)の保守的含意/喜劇としてプロット化された歴史/歴史的方法として有機体論を本格的に弁護すること/小括
第5章 トクヴィル――悲劇としての歴史的リアリズム
 はじめに/弁証法に抗って/二つの様式における詩と歴史/自由主義の仮面/社会的調停の歴史叙述/歴史過程の「構文論」/アメリカの歴史の「意味論」/ヨーロッパ史というドラマ/リベラルな視点、保守的な語調/アイロニーの視座から見る悲劇的対立/革命というドラマのアイロニー的解決/アイロニー的視点がもつイデオロギー的意味に抵抗する試み/ゴビノー批判/アイロニーへの転落/小括 
第6章 ブルクハルト――風刺劇としての歴史的リアリズム
 はじめに/ブルクハルト――アイロニー的世界観/世界観としてのペシミズム――ショーペンハウアーの哲学/歴史意識の基盤としてのペシミズム/風刺劇的スタイル/歴史過程の「構文論」/歴史の「意味論」/「風刺(サトゥーラ)」のプロット構造/隠喩に抗って/アイロニーとしてのリアリズム/歴史と詩/小括
第Ⅲ部 一九世紀後期の歴史哲学における「リアリズム」の拒否
第7章 歴史意識と歴史哲学の再生
第8章 マルクス――換喩の様式における歴史の哲学的弁護
 はじめに/マルクスについて研究するという問題/歴史をめぐるマルクスの思想の核心/分析の基礎モデル/歴史的実存の「文法」/歴史過程の「構文論」/歴史の「意味論」/具体的な歴史的出来事に適用されたマルクスの方法/茶番劇としての歴史/小括
第9章 ニーチェ――隠喩の様式における歴史の詩的弁護
 はじめに/神話と歴史/記憶と歴史/道徳と歴史/真理と歴史/小括
第10章 クローチェ――アイロニーの様式における歴史の哲学的弁護
 はじめに/批評としての歴史哲学/「芸術の一般概念のもとに包摂される歴史」という試論について/歴史意識の美学/歴史的知の本性――共通感覚が与える正当化/歴史学的知の逆説的な本性/クローチェの歴史観念のイデオロギー的意味/適用された批評の方法――アイロニーの馴致効果/クローチェ対マルクス/クローチェ対ヘーゲル/クローチェ対ヴィーコ/ブルジョア・イデオロギーとしての歴史学
結論
[日本語版解説]メタヒストリーとは、いかなる問いなのか? (岩崎稔) 
 本書とヘイドン・ホワイトについて/四つの基本形式について/四つの喩法の意味/相対主義という非難/『メタヒストリー』とホロコースト/翻訳にあたって
参考文献一覧
 1.本文内で分析された著作/2.歴史学・歴史哲学・批判理論に関する本文内で言及した著作/3.ヘイドン・ホワイトの著作(単著、共著、共編著)/4.ヘイドン・ホワイトの著作・論文の翻訳/5.ヘイドン・ホワイト論
索引

★まもなく発売(9月28日トーハン搬入済、10月2日日販および大阪屋栗田搬入予定)。この翻訳は、おそらく2017年における人文書における最大の事件の一つとなるでしょう。アメリカの歴史家ホワイト(Hayden White, 1928-)の主著であり、歴史を記述することそのものの《歴史》、すなわちメタヒストリーを精緻に分析したあまりにも高名な本書は、現代の古典として長らく翻訳が待望されていましたし、その昔、別の版元から近刊予告が出たこともありました。そうした過去を知っている方々にとっては今回の刊行はまさに夢のような出来事であり、私自身、現物を手に取りながら「これは本当のことなのか」とただただ震えるばかりです。原著は『Metahistory: The Historical Imagination in Nineteenth-Century Europe』(Baltimore: Johns Hopkins University Press, 1973)で、2014年に刊行された40周年記念版で追加された新たな序文や思想史家ロスの前書き、さらに日本語版のために2010年3月に書き下ろされた序文などが訳載されています。2段組700頁を超える大冊(監訳者解説や参考文献、索引を含む)にはずっしりとした重みがあります。

★日本語版序文でホワイトはこう説明しています。「わたしは、歴史叙述に関わりをもつ言説それ自体がいったい何であるのかということに取り組んだのであり、「歴史学」を発明、研究、記述し、そこに意味を与えている文化的生産の様態と方法を問題にしたのです。もっと言うなら、記録に残っている過去の出来事は後のひとびとの営みを通して、その発生時点ではけっしてもちえなかった意味を帯びるように変化するものですが、まさにその変化の過程を論じようとしたものです」(9頁)。「本書は、歴史に関わるあらゆる作品をどのように開かれた姿で読むことができるかを考えています。だから、「歴史」ないし「歴史」の一部を科学的ないし客観的に研究し考察したと主張する歴史学者や歴史哲学者のテキストを、まずは体系的に読解することから始めています。そして、こう問い尋ねるのです。これらのテキストのなかで、過去について、特有の意味での「歴史学的な」説明を生み出すために用いられる文学的、修辞的、象徴的、あるいは端的に言語学的なメカニズムや手段や技術、それに概念や形象や喩法は、はたしてどのような特性をもっているのか、と」(10頁)。

★ホワイトの教え子だったこともあるというロスは師の業績を端的に「歴史的リアリズムの批判的分析」と約し、こう紹介しています。「『メタヒストリー』やさまざまな論考のなかでホワイトが明らかにしているのは、歴史記述がいかにして指示対象や記号システムを作り出しているのかということである。読者は、この記号システムを必然的なもの、あるいは客観的なものとして、あるいは自然なものとして見なすよう定められている。これらは、リアリズムの装いをとったイデオロギー的な処置なのだ」(28頁)。ホワイトの重要論文は、今春発売された日本語版独自アンソロジー『歴史の喩法』(上村忠男編訳、作品社、2017年3月)で読むことができます。また同じく上村さんの監訳で今月27日発売で『実用的な過去』が岩波書店から刊行される予定と聞いています。歴史における「証言」の重要性を説いたカルロ・ギンズブルグとの鋭い対峙がスリリングに展開された論集『アウシュヴィッツと表象の限界』(ソール・フリードランダー編、上村忠男/小沢弘明/岩崎稔訳、未來社、1999年)も必読です。

★同書の刊行を記念して今週末、以下のシンポジウムが行なわれます。

◎国際シンポジウム「『メタヒストリー』の射程で考える歴史叙述と記憶の問題系」

時間:2017年10月7日(土)13時~17時半
場所:東京外国語大学府中キャンパス)、本部管理棟、中会議室

趣旨説明 岩崎稔(東京外国語大学教授・訳者代表)13:00-13:15
第一部 《ホロコーストと表象の限界》 13:00-14:45 モデレーター:岩崎稔
「『メタヒストリー』とアウシュヴィッツのアポリア」林志弦〈韓国・西江大学教授〉
「ホロコーストをどう表象するか――「実用的な過去」の見地から」上村忠男〈東京外国語大学名誉教授〉 
第二部 《思想家、ヘイドン・ホワイト》 15:00-15:45
「インタビューのなかのヘイドン・ホワイト」岡本充弘〈東洋大学名誉教授〉
第三部《『メタヒストリー』論争の現在》 16:00-17:30 モデレーター:成田龍一 
「物語論的転回2.0 『メタヒストリー』と現代歴史学」長谷川貴彦(北海道大学教授)
「『メタスヒストリー』から『実用的過去』へ」ステファン・タナカ(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)
 
内容:ヘイドン・ホワイトによる『メタヒストリー』は、ながく歴史叙述と歴史学の在り方をめぐる論争の震源地のひとつとなってきました。とくに、ナショナルヒストリー批判や集合的記憶に関する議論において、旧態依然たる素朴な歴史理解の擬制を揺るがす役割を果たしてきたように思います。もっとも、その難解な文体のために、他方で『メタヒストリー』は、翻訳不可能な名著の筆頭に挙げられてきた厄介なテキストでもありました。/しかし、このたび同書の翻訳が、作品社のご尽力により、岩崎稔と総勢11名のチームによって平易な日本語で公刊される運びとなりました。待ちに待ったこの翻訳が、現代における歴史叙述と記憶の語りに関する論争にとって、アクチュアルな方法論的な枠組みをひとつ付け加えてくれることを期待しています。たまたま本年の春には、上村忠男氏によるホワイト・アンソロジーの翻訳『歴史の喩法』(作品社)が公刊され、またその上村氏の手でホワイトの近著『実用的な過去』もこの10月末に公刊される運びです。ヘイドン・ホワイトラッシュとでもいうような議論状況が突然現出しました。そこで、東京外国語大学では、この機会に以下の表題の国際会議を開催することにいたします。会議には日-英語の同時通訳が付きます。参加は無料、予約も必要ありません。ぜひご参集ください。主催=科研費基盤A「記憶論的転回以後の集合的記憶論の学際的再検討」、共催=WINC (Workshop in Critical Theories)。

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★さらに、以下の新刊にも注目したいです。

ラカン「リチュラテール」論――大意・評注・本論
佐々木孝次著
せりか書房 2017年9月 本体5,000円 A5判上製349頁 ISBN978-4-7967-0368-0
帯文より:「盗まれた手紙」(E.A.ポー)から「文字の国」(リチュラテール)へ――「リチュラテール」は、『エクリ(Écrits)』以後に書かれた短文、論考を集めた『オートルゼクリ(Autres écrits)』の巻頭を飾る文である。その内容を原文とともに平易な訳文と詳しい評注によって紹介し、最後の地平(現実界)に向かって進むラカン思想の歩みを、四つの定式(マテーム)を克明に辿りながら解明する。「日本」と「精神分析」を包む深い暗闇に新たな光を投げかける探究の書である。

目次:
第1部 大意と評注
第2部 本論
 Ⅰ 文字まで
  第一章 欲動と表象
  第二章 表象からシニフィアンへ
  第三章 四つのマテーム
   A.シェーマL
   B.欲望のグラフ
   C.四つのディスクール
   D.性別化の論理式
  第四章 文字のステイタス
   A.シニフィアンと文字
   B.文字と現実界
   C.文字と無意識
 Ⅱ 文字の国へ
  第一章 沿岸的ということ
  第二章 「見かけでないようなディスクールについて」
  第三章 漢字の多義性
  第四章 音読みと訓読み
  第五章 翻訳の日本語
  第六章 「お前」(二人称)の大他者化
  第七章 言語活動と慣習
  第八章 無意識への問い
あとがき
「Lituraterre」テキスト〔フランス語原文〕

★『ラカン『アンコール』解説』(佐々木孝次/林行秀/荒谷大輔/小長野航太著、せりか書房、2013年7月)、『ラカン「レトゥルディ」読解』(佐々木孝次著、せりか書房、2015年10月)に続く、日本におけるラカン研究の重鎮である佐々木孝次(ささき・たかつぐ、1938-)さんによるラカン読解本第3弾です。「リチュラテール」というのはラカンの造語で、ラルース社の雑誌『文学(リテラチュール)』第3号(1971年秋)の「文学と精神分析」特集に寄稿した論文の題名です。訪日後に書かれたもので、日本語の音読みと訓読み、書道、文楽、そしてバルトの日本論『表徴の帝国』が言及されています。巻末に収載されている通り「リチュラテール」の原文は13頁ほどの論文ですが、その大意と評注に70頁、その解説(本論)に250頁強が費やされた研究書です。様々な意味が圧縮されたラカンの論文は一見して難解で、たいていの読者はうんざりするほかないのですが、佐々木さんはその内容と背景を解凍するようにして展開図を作り、読者に提示しておられます。2001年にスイユより刊行された『オートルゼクリ(Autres écrits)』はまだいっこうに翻訳が出る気配を感じませんけれども、重要論文やセミネールについては今後もこのように読解本が出るのか、注目したいです。

★また、ここ二か月ほどに次のような注目新刊もありましたが、懐具合によりまだ購読できていません。

図説 ゲルマン英雄伝説』アンドレアス・ホイスラー著、マックス・コッホ挿画、吉田孝夫訳、八坂書房、2017年8月、本体2,400円、A5判上製228頁、ISBN978-4-89694-239-2
自由の哲学』ルドルフ・シュタイナー著、森章吾訳、イザラ書房、2017年8月、本体3,000円、四六判上製288頁、ISBN978-4-7565-0135-6
マッド・トラベラーズ――ある精神疾患の誕生と消滅』イアン・ハッキング著、江口重幸/大前晋/下地明友/三脇康生/ヤニス・ガイタニディス訳、岩波書店、2017年8月、本体5,400円、A5判上製360頁、ISBN978-4-00-024822-8
これがすべてを変える――資本主義 vs. 気候変動』上巻、ナオミ・クライン著、幾島幸子/荒井雅子訳、岩波書店、2017年8月、本体各2,700円、四六判上製各384頁、ISBN978-4-00-022956-2/022957-9
ロラン・バルト著作集(8)断章としての身体――1971-1974』ロラン・バルト著、吉村和明訳、みすず書房、2017年9月、本体6,400円、A5変型判392頁、ISBN978-4-622-08118-0
ポチョムキン都市』アドルフ・ロース著、鈴木了二/中谷礼仁監修、加藤淳訳、みすず書房、2017年9月、本体5,800円、A5判上製336頁、ISBN978-4-622-08567-6
メイキング――人類学・考古学・芸術・建築』ティム・インゴルド著、金子遊/水野友美子/小林耕二訳、左右社、2017年9月、本体3,100円、四六判上製332頁、ISBN978-4-86528-179-8
図像の哲学――いかにイメージは意味をつくるか』ゴットフリート・ベーム著、塩川千夏/村井則夫訳、法政大学出版局、2017年9月、本体5,000円、四六判上製320頁、ISBN978-4-588-01066-8
ヘーゲルとハイチ――普遍史の可能性にむけて』スーザン・バック=モース著、岩崎稔/高橋明史訳、法政大学出版局、本体3,600円、四六判上製294頁、ISBN978-4-588-01064-4

★こうやってほんの少し見ただけでも、まだ辿り着いていない本が多いことに嘆くほかはありません。ロースはアセテート版著作集の装丁の名残を思わせるもので好感が持てます。インゴルドの『メイキング』は『ラインズ――線の文化史』(工藤晋訳、左右社、2014年)に続く邦訳第2弾。左右社さんでは7月にレベッカ・ソルニットの好著『ウォークス――歩くことの精神史』(東辻賢治郎訳)も刊行されています。一方、法政大学出版局さんには思わず「すごい」の三連発です。ベームの新刊は「ガダマーの薫陶を受け、ブレーデカンプと並ぶイコノロジーの第一人者による最新の成果」と帯文に謳われており、100点以上ある図版は「ウニベルシタス初のオールカラー」とのこと。すごいです。バック=モースの新刊の訳者である岩崎さんと高橋さんは上述の『メタヒストリー』の共訳者でもあり、重要書の同時発売には讃嘆するばかりです。すごい。なお叢書・ウニベルシタスでは今月ついに、ドゥルーズ/ガタリの『カフカ〈新訳〉――マイナー文学のために』が宇野邦一さんによる新訳で発売となる予定だそうです。これもすごい。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
パンツァー・オペラツィオーネン』ヘルマン・ホート著、大木毅編訳・解説、作品社、2017年9月、本体3,600円、四六判上製464頁、ISBN978-4-86182-653-5
トーキョー・レコード――軍国日本特派員日記』上巻、オットー・D・トリシャス著、鈴木廣之/洲之内啓子訳、作品社、2017年9月、本体各1,300えん、各448頁、ISBN978-4-12-206459-1/206460-7
たいへんな生きもの――問題を解決するとてつもない進化』マット・サイモン著、松井信彦訳、インターシフト発行、合同出版発売、2017年9月、本体1,800円、46判並製328頁、ISBN978-4-7726-9557-2

★『パンツァー・オペラツィオーネン』は発売済。訳者解説「知られざる作戦の名手――その明と暗」によれば、本書は「第二次世界大戦において重要な役割を果たしたヘルマン・ホート将軍の回想録にして唯一の著書である『装甲部隊の諸作戦』〔Panzer-Operationen: Die Panzer-gruppe 3 und der operative Gedanke der deutschen Führung Sommer 1941, Heidelberg, 1956〕に、ドイツの軍事専門誌『国防知識』(Wehrkunde)に発表された諸論文を加えて翻訳刊行するものである」とのこと。帯文には「貴重な原書オリジナル図版全収録」と謳われています。『国防知識』からの所収論文は以下の7本です。「ハンス=アドルフ・ヤーコプセン博士『黄号作戦』への書評」「1940年の西方戦役に対するマンシュタインの作戦契約と1940年2月27日付OKH開進訓令」「1940年2月24日の鎌の一撃計画成立について(ハンス=アドルフ・ヤーコプセン)」「1940年の西方戦役第一段階におけるフタンス機甲部隊の運命」「「1940年の西方戦役に対するマンシュタインの作戦計画と1940年2月27日付OKH開進訓令」について」「戦史の実例にみる、船体として運用された装甲師団の戦闘」「防御における戦車の運用と1959年のドイツ軍NATO式師団の新編制」。巻末には「ホート年譜」が併載されています。

★『トーキョー・レコード』は発売済。文庫オリジナル版の訳書で、原書は『ニューヨーク・タイムズ』の記者トリシャス(Otto David Tolischus, 1890-1967)が東京特派員時代(1941~1942年)における日本での出来事や印象、個人的体験を綴った記録『Tokyo Record』(New York: Reynald and Hitchcock, 1943)です。著者自身による巻頭の特記には、「記録の元になったのは、日本の官憲に押収された著者の原資料の複製、『ニューヨーク・タイムズ』紙に送った特電、そして著者の記憶である。これらすべての事物は、六か月にわたる日本の官憲の尋問によって、また、独房監禁の間の著者自身の省察によって、払拭できないほど深く心に刻み込まれた」と記されています。「日米開戦前後の日本を伝える貴重な証言」(カバー紹介文より)で、全40章からなります。スパイ容疑で逮捕された著者は尋問と拷問を課せられました。訳者が強い印象を受けたというその実態は第38章「拷問」や第39章「日本の正義」で綴られています。上巻巻末に「訳者あとがき」、下巻巻末に佐藤卓己さんによる解題「伝説のスター記者、オットー・D・トリシャスがいま再び」と人名索引、事項索引が配されています。

★『たいへんな生きもの』は発売済。原書は『The Wasp That Brainwashed the Caterpillar: Evolution's Most Unbelievable Solutions to Life's Biggest Problems』(Penguin Books, 2016)です。読んでいる最中に自然と声が出てしまう本。昆虫や動物、菌類たちの数々の戦略を紹介してくれます。生殖、子育て、住居、生き残り、捕食する方法やされない方法、等々、じつにアレな(繊細な方は要注意)、興味深い話が満載です。登場する生物は以下の通り。アアンテキヌス、チョウチンアンコウ、扁形動物、ヒゲガエル、ガマアンコウ、アリ断頭バエ、グリプタパンテレス属のハチ、アスプキャタピラー、マンボウ、シマテンレック、ピパピパ、カクレウオ、ウオノエ、テッポウエビ、シャカイハタオリ、ヒーローアリ、クマムシ、ミズグモ、ゾンビアリ、ヒメアルマジロ、ハダカデバネズミ、ヌタウナギ、アホロートル、コウイカ、エダハヘラオヤモリ、センザンコウ、タテガミネズミ、アフリカマイマイ、アイアイ、シャコ、ホネクイハナムシ、ハンミョウ、ナゲナワグモ、カギムシ、アンボイナガイ、ヤツメウナギ、サシガメ。本書が学校での生物の授業の教材だったら絶対に退屈しないでしょう。ひとつずつにイラストが付されていますが、スマホなどで画像検索、動画検索しながら読むとよりいっそう感心できると思います。

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# by urag | 2017-10-01 17:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 24日

注目新刊:『【「新青年」版】黒死館殺人事件』作品社、など

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★今回は近刊書で日本三大奇書、既刊文庫で中国四大奇書など、力作が続きます。まずはまもなく店頭発売開始となる注目新刊をご紹介します。

【「新青年」版】黒死館殺人事件』小栗虫太郎著、松野一夫挿絵、山口雄也註・校異・解題、新保博久解説、作品社、2017年9月、本体6800円、A5判上製480頁、ISBN978-4-86182-646-7
密告者』フアン・ガブリエル・バスケス著、服部綾乃/石川隆介訳、作品社、2017年9月、本体4,600円、四六判上製548頁、ISBN978-4-86182-643-6
スター女優の文化社会学――戦後日本が欲望した聖女と魔女』北村匡平著、作品社、2017年9月、本体2,800円、四六判上製432頁、ISBN978-4-86182-651-1
子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』ジャンシー・ダン著、村井理子訳、太田出版、2017年9月、本体1,800円、四六判並製416頁、ISBN978-4-7783-1596-2

★作品社さんの新刊3点はまもなく発売(27日取次搬入予定)。『黒死館殺人事件』は言うまでもなく日本三大奇書の一つ。今回の作品社版は「新青年」での連載(1934年4月号~12月号)を底本とした初めての単行本で、松野一夫さんによる初出時の挿絵をすべて収め、山口雄也さんによる解題と2000項目に及ぶ語註、世田谷文学館所蔵の手稿や雑誌掲載時の校正ゲラを照合した校異を配し、新保博久さんによる解説「黒死館愛憎」を巻末に置いた、同作品の未曾有の大冊です。資料編として、同小説に対する所感である、江戸川乱歩「「猟奇耽異博物館」の驚くべき魅力について――小栗虫太郎君を称う」と、甲賀三郎「興奮を覚える」の2篇が併載されています。百科事典を駆使しない限り理解が困難だった数々の歴史的固有名や専門用語の数々に注がついただけでもすごいことです。前日譚の「聖アレキセイ寺院の惨劇」をお読みになりたい方は創元推理文庫版の『日本探偵小説全集(6)小栗虫太郎集』もお買い求めになって下さい。

★バスケス『密告者』は『Los informantes』(ALFAGUARA, 2004)の翻訳。帯文に曰く「父親の隠された真の姿と第二次大戦下の歴史の闇」と。コロンビアの作家フアン・ガブリエル・バスケス(Juan Gabriel Vásquez, 1973-)の小説第三作で、「初めて文学的成功をおさめた作品であると同時に作家としての評価を高めるきっかけとなった作品」(訳者あとがき)とのことです。第二次大戦下のコロンビアにおける敵国人に対する非人道的政策を背景にした作品である本書の「普遍的なテーマ」を訳者は「どの時代のどの状況においても人間の心の奥に常に存在し得る裏切りへの願望、妬み、密告志向」と説明しています。「知っていたはずの身近な人物が、実は思っていたのと違う人であった、それによって自分が今まで見てきて経験したことが覆されるという体験が、さまざまな登場人物に起こるというのがこの小説の一つの面白みである」と。

★『スター女優の文化社会学』は、映画学や歴史社会学、メディア文化論がご専門の新鋭、北村匡平(きたむら・きょうへい:1982-)さんの修士論文から、原節子と京マチ子を論じた二章を大幅に加筆改稿したもの。帯文に曰く「スクリーン内で構築されたイメージ、ファン雑誌などの媒体によって作られたイメージの両面から、占領期/ポスト占領期のスター女優像の変遷をつぶさに検証し、同時代日本社会の無意識の欲望を見はるかす、新鋭のデビュー作」と。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。「集合的欲望としてスクリーンに投影されるスターこそ、潜在的な意識を顕在化させる文化装置――あるいは抽象的な欲望を具現化する媒体(メディウム)なのである」(13頁)。「日本を代表するスター女優の見取り図を描き、原節子と京マチ子を中心としたスターイメージを比較しながら、彼女たちを取り巻く大衆の欲望、価値づけ、実践、まなざしを分析することによって、日本の〈戦後〉を説き明か」(15頁)す試みです。

★太田出版さんの新刊『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』はまもなく発売(25日取次搬入)。『How Not to Hate Your Husband After Kids』(Little, Brown and Company, 2017)の翻訳です。著者のジャンシー・ダン(Jancee Dunn, 1966-)さんはフリーランス・ライターで、同業者の夫がいます。本書はいきなり彼女が夫に激怒する場面から始まります。夫がパソコンでゲームに興じていて、オムツを捨てに行ってくれないからです。そりゃ、怒るでしょうね。「私たちの娘は六歳になり、私とトムはいまだに、終わることのない喧嘩を繰り返している。なぜ私たちは子育てと家事の分担に関して、これほどまでにぶつかり合うのだろう」(13頁)。冒頭から「これはマズい」と思える展開で、読者がもし家庭を持つ男女だとしたら読み進めるのに恐怖や辛さを覚えるでしょうけれども、夫婦間のことや子育てのこと、簡単そうで深刻にもなりがちな家庭生活全般について、うまくやるヒントを与えてくれる好著です。

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★7月~9月の文庫新刊の中から今まで取り上げていなかった注目書をピックアップします。

オイディプス王』ソポクレス著、河合祥一郎訳、光文社古典新訳文庫、2017年9月、本体740円、166頁、ISBN978-4-334-75360-3
君主論』マキャヴェッリ著、森川辰文訳、光文社古典新訳文庫、2017年9月、本体860円、272頁、ISBN978-4-334-75361-0
文明の衝突』上巻、サミュエル・ハンチントン著、鈴木主税訳、集英社文庫、2017年8月、本体各700円、上320頁/下288頁、ISBN978-4-08-760737-6/760738-3
初稿 倫理学』和辻哲郎著、苅部直編、ちくま学芸文庫、2017年9月、本体1,000円、272頁、ISBN978-4-480-09811-5
アマルティア・セン講義――グローバリゼーションと人間の安全保障』アマルティア・セン著、加藤幹雄訳、ちくま学芸文庫、2017年9月、本体1,000円、192頁、ISBN978-4-480-09819-1
貧困と飢饉』アマルティア・セン著、黒崎卓/山崎幸治訳、岩波現代文庫、2017年7月、本体1,540円、448頁、ISBN978-4-00-600366-1
クァジーモド全詩集』河島英昭訳、岩波文庫、2017年7月、本体1,070円、448頁、ISBN978-4-00-377021-4
プレヴェール詩集』小笠原豊樹訳、岩波文庫、2017年8月、本体840円、304頁、ISBN978-4-00-375171-8
ヨーロッパの昔話――その形と本質』マックス・リュティ著、小澤俊夫訳、岩波文庫、2017年8月、本体970円、320頁、ISBN978-4-00-342291-5
ヨーロッパの言語』アントワーヌ・メイエ著、西山教行訳、岩波文庫、2017年9月、本体1,320円、560頁、ISBN978-4-00-336991-3
比較史の方法』マルク・ブロック著、高橋清徳訳、講談社学術文庫、2017年7月、本体600円、136頁、ISBN978-4-06-292437-5
暗号大全――原理とその世界』長田順行著、講談社学術文庫、2017年7月、本体1,300円、448頁、ISBN978-4-06-292439-9
梁塵秘抄』西郷信綱著、講談社学術文庫、2017年7月、本体980円、272頁、ISBN978-4-06-292440-5
道元「宝慶記」 全訳注』大谷哲夫訳、講談社学術文庫、2017年8月、本体1,150円、384頁、ISBN978-4-06-292443-6
十二世紀のルネサンス――ヨーロッパの目覚め』チャールズ・ホーマー・ハスキンズ著、別宮貞徳/朝倉文市訳、講談社学術文庫、2017年8月、本体1,280円、424頁、ISBN978-4-06-292444-3
宗教改革三大文書 付「九五箇条の提題」』マルティン・ルター著、深井智朗訳、講談社学術文庫、2017年9月、本体1,300円、440頁、ISBN978-4-06-292456-6
水滸伝(一)』井波律子訳、講談社学術文庫、2017年9月、本体1,850円、720頁、ISBN
978-4-06-292451-1
新校訂 全訳注 葉隠(上)』菅野覚明/栗原剛/木澤景/菅原令子訳・注・校訂、講談社学術文庫、2017年9月、本体1,750円、656頁、ISBN978-4-06-292448-1

★光文社古典新訳文庫の今月新刊は、同文庫で初めてのソポクレスとマキャヴェッリ。現在も入手可能な文庫で読める『オイディプス王』の既訳には、藤沢令夫訳(岩波文庫)や、福田恒存訳(新潮文庫)、高津春繁訳(ちくま文庫『ギリシア悲劇(Ⅱ)ソポクレス』所収)があります。今回の新訳はサー・リチャード・ジェップの対英訳注本を底本としており、ギリシア語原典を参照しつつも各種の英訳本や注釈書を比較検討して成ったものである点がユニーク。巻末には戦後日本での上演がリストアップされています。『君主論』の底本はエイナウディより1995年に刊行されたジョルジョ・イングレーゼ編の新版。既訳文庫には、池田廉訳(中公文庫BIBLIO)、大岩誠訳(角川ソフィア文庫)、河島英昭訳(岩波文庫)、佐々木毅訳(講談社学術文庫)があり、比較して読むと面白いと思います。同文庫の10月新刊にはトロツキー『ロシア革命とは何か』森田成也訳、などがエントリーされています。

★集英社文庫の先月新刊では『文明の衝突』(親本は1998年刊)がようやく文庫化されました。親本通りに全1巻にした方が通読しやすかった気がしますが、重くなるのを避けたのでしょう。下巻の巻末には政治学者の猪口孝さんによる解説を収録。集英社文庫ではハンチントンの『分断されるアメリカ』が本書と同じ鈴木主税さんによる訳本が今年1月に文庫化されています(親本は2004年刊)。世間ではハンチントンの分析に賛否があるとはいえ、「衝突」がいよいよ目立ってきた世界情勢を読み解く上での現代の古典が文庫で読めるようになったことは歓迎したいです。

★ちくま学芸文庫の今月新刊では全集未収録の初稿「倫理学」(1931年)と、センの講義録を購入。本当は先月刊行の『藤原定家前歌集』上下巻(久保田淳校訂・訳)も購読したかったところですが財布が追随せず。『初稿「倫理学」』は「随筆「面とペルソナ」、講演「私の根本の考」および座談会「実存と虚無と頽廃」を収録した文庫オリジナル編纂」(カヴァー紹介文より)。初稿を出発点とした大著『倫理学』や『人間の学としての倫理学』は岩波文庫で読めます。『グローバリゼーションと人間の安全保障』はちくま学芸文庫で昨年末に発売された『経済学と倫理学』に続くセン講義本の第二弾で、2002年の来日講演3本と2000年の論文1本を収録。日本経団連出版より2009年に刊行されたものの文庫化です。来月新刊ではちくま文庫でレオ・ペルッツ『アンチクリストの誕生』垂野創一郎訳など、学芸文庫では中村元編『原典訳 原始仏典』上下巻、吉田真樹監訳『定本 葉隠〔全訳注〕』上巻、『チョムスキー言語学講義 言語はいかにして進化したか』渡会圭子訳、などが予定されています。

★岩波現代文庫でも先々月にセンの著書『貧困と飢饉』(2000年)が文庫化。原著は1981年の『Poverty and Famines: An Essay on Entitlement and Deprivation』です。巻末注記によれば、文庫版刊行にあたり「訳文を改訂し、単行本刊行後の研究動向を踏まえて「訳者解説」に加筆を施した」とのことです。引用や参照する場合はこの文庫版を現時点での決定版と見なすべきです。

★創刊90年を迎える岩波文庫のここ三ヶ月の新刊からは、クァジーモドとプレヴェールの二つの詩集と、リュティとメイエの研究書を選択。流行に左右されない同文庫の渋さが光ります。クァジーモドは筑摩書房版(1996年)の文庫化。プレヴェールは巻末の編集付記によれば、小笠原訳の各版(ユリイカ、河出書房、マガジンハウス)所収のすべての詩篇と、同氏訳の昭森社版『唄のくさぐさ』所収の七篇にシャンソン「枯葉」を追加して文庫化したもので、文庫化にあたりマガジンハウス社版訳者解説と、谷川俊太郎さんのエッセイ「ほれた弱み――プレヴェールと僕」(初出「ユリイカ」1959年8月)を併録しています。リュティ『ヨーロッパの昔話』は岩崎美術社版(1969年)の文庫化で、訳文全体が見直されています。底本は原書第七版(1981年;初版1947年)で、凡例によれば「原注は大幅に割愛し、必要最小限を訳者注に盛り込んだ」とのことです。訳者の小澤さんはリュティの晩年作『昔話 その美学と人間像』(岩波書店、1985年)もかつて上梓されており、こちらも文庫化されて良いのではと祈るばかりです。

★メイエ『ヨーロッパの言語』の底本は、1928年に刊行された『Les langues dans l'Europe nouvelle』の第二版(初版は1918年)。文庫オリジナルの新訳です。訳者あとがきによれば「テニエールが執筆したヨーロッパの言語統計は割愛」されています。同書には古い既訳『ヨーロッパの諸言語』(大野俊一訳、三省堂、1943年)があり、大野氏の業績については訳者解説「よみがえるメイエ」で触れられています。岩波文庫では今月から乱歩の少年探偵団シリーズが文庫化され始めており、いよいよかと感慨深いものがあります。来月の新刊では時枝誠記『国語学史』や『語るボルヘス』(木村榮一訳)が予告されています。

★ここしばらくの充実ぶりから目が離せないのは講談社学術文庫。まず7月刊より3点挙げると、ブロックの高名な講演録『比較史の方法』(原著1928年)は創文社版(1978年)の文庫化。訳文・注・訳者解説が改訂され、「学術文庫版への付記」が付け足されています。『暗号大全』は現代教養文庫版(1985年;初版はダイヤモンド社より1971年)の再刊。西郷信綱『梁塵秘抄』はちくま学芸文庫版(2004年;初版は筑摩書房より1976年)の再刊。巻末に三浦佑之さんによる解説「西郷信綱のことばと感性に遊ぶ」が収められています。次に8月刊より2点。『道元「宝慶記」 全訳注』は永平寺の機関誌「傘松」誌に連載(2011年5月号~2013年1月号)されたのをまとめたもの。訳注者の大谷さんは巻頭の「はじめに」で、『正法眼蔵』や『永平広録』につまづいた読者に「まずは『宝慶記』の精読を勧めたい」とお書きになっています。同記は若き道元が宋の如浄に拝問した貴重な記録です。ハスキンズ『十二世紀のルネサンス』はみすず書房版(1989年)の文庫化。原著は1927年刊。巻末に「文庫版あとがき」が加えられています。

★最後に同文庫の9月新刊より重量級の新訳3点。ルター『宗教改革三大文書』は文庫版オリジナルの新訳。1520年に発表された『キリスト教界の改善について』(8月刊)、『教会のバビロン捕囚について』(10月刊)、『キリスト者の自由について』(12月刊)に加え、「贖宥の効力を明らかにするための討論〔九五箇条の提題〕」を収録。三大文書をまとめて収めた文庫は本書が初めてです。井波律子さんによる訳し下ろし『水滸伝』は全5巻予定。第一巻では、冒頭の「引首」から「第二十二回」までを収録。中国四大奇書のうち井波さんは『三国志演義』の現代語訳をすでに上梓されており、同文庫より全4巻本が出ています。井波さんの精力的なご活躍には瞠目するばかりです。『新校訂 全訳注 葉隠』が全3巻予定。凡例によれば本文は佐賀県立図書館所蔵の天保本(杉原本)を底本とし、餅木本や小城本などにより校訂したとのことです。上巻には「聞書第一」から「聞書第三」を収録。『葉隠』はちくま学芸文庫でも来月より新たな訳注本が発売予定なので、読者の特権として当然両方の版を購読したいです。

★講談社学術文庫の10月10日発売新刊には、『水滸伝(二)』、ヘルダー『言語起源論』宮谷尚実訳、フランソワ・ジュリアン『道徳を基礎づける――孟子vs. カント、ルソー、ニーチェ』中島隆博/志野好伸訳、などが、また11月10日発売新刊には、『水滸伝(三)』、ホラーティウス『書簡詩』高橋宏幸訳、秦剛平『七十人訳ギリシア語聖書 モーセ五書』などが予告されています。モーセ五書とは「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の5つですが、秦さんによるこれらの日本語訳はすべて河出書房新社より2002年~2003年に刊行されていますので、これらを一冊にまとめるという話ならば素晴らしい企画と感嘆せざるをえません。すごいです。

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# by urag | 2017-09-24 23:20 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 19日

メモ(27)

アマゾンが「返品可否の確認」と題した何やらとても抽象的な返品依頼を突如としてメールで送りつけてきました。送信日は、よりによって、今般の「バックオーダー中止以後の概況」についての説明会で提示された直取引をめぐる新条件の、有効期限最終日の日没どきです。非常に嫌なタイミングとしか言いようがありません。

出版社としては次のような反応が当然出てきます。

1)仕入れた取次へ返品すべき。日販か大阪屋栗田か、返品先が不明瞭では了解できない。
2)返品理由が曖昧。長らく不稼働、の「長らく」の基準が示されておらず、アマゾンの需要予測自体がそもそも疑問になってくる。
3)以上のことを問い合わせようにも、メアドと部署名だけで、担当者名も電話やFAXなどの連絡先も何も書いていないのは非常識。
4)回答期限まで3~4営業日しかないのは一方的過ぎる。
5)バックオーダー中止と同じく、このやり方※は版元には「恫喝」に見えがち。

※このやり方・・・アマゾンのメール文中にある「返品不可商品とお返事いただいた銘柄については、弊社では今後返品できない銘柄としてシステムにて認識いたします。その場合、対象銘柄における今後の取り扱い方法や在庫数量について変更する可能性がございます」というくだり【追記:分かりやすく言えば「返品不可なら在庫を持たなくなるかもね」という圧力】。ベンダーセントラルを利用している版元は1点ずつ返品可能かどうかきちんと登録しているわけなので、それをいちいち勝手にアマゾン側が上書きしていくとややこしいことになります。【追記:さる筋の情報によれば、ベンダーセントラルで登録してある返品の可不可は、実際には役に立っていないようです。つまり、版元がアマゾンに登録した属性よりも、現実に適用されるのは取次さんのルール(より正確に言えば「取次=版元」間の取り決め)である、と。考えてみれば当たり前ですね、アマゾンと取引しているのは版元でなく取次なのですから。】

こうしたメールでの返品依頼をこの先アマゾンは、定期的に行なうと宣言しています。このやり方は嫌がらせにしかならないですし、まったくの逆効果だと思います。これは直取引しない版元へのプレッシャーなのでしょうか。それとも取次さんの、アマゾンとの関係がいっそう悪くなっているのでしょうか。

そもそも1)に関して、アマゾンがその細かすぎる発注方法の副作用として、個別の商品についてどこの取次さんから仕入れたのか、分からなくなっているとしたら、恐ろしい話です。この件では取次さんに問い合わせをすでに入れており、一定の解釈(そもそも別会社なので説明は不可能)を聞きました。が、なによりアマゾン側が丁寧に説明すべきなのにこの有様では先が思いやられます。

アマゾンさんのとある上席の方から当ブログをご覧になっていると説明会の席上ではっきりご挨拶いただいたのでこの際申し上げますが、私が説明会後に貴社からいただくはずになっていた配布資料の完全版(数値が出ていない箇所を修正したもの)はいまだに届きません。その資料がないと、貴社の説明会で言われていた「計算」ができず、取引新条件について検証することができないのにもかかわらず、です。それなのに、資料を寄こさない代わりに返品依頼書ですか。貴社が出版社の問い合わせについて猛烈にレスポンスが遅く、満足のいく回答率も低いことはこの業界ではとても有名です(その原因がどこにあるのかははっきりとお伝えしたはずです)。他書店ではできるような「普通の」対応がまったくできておられないのは実に残念です。

今回の件も特に難しい案件ではなく版元は(買切版元でない限り)「普通に」返品入帳できる話なのに、様々な不備のせいで「アマゾンがまた変なこと始めたよ」といううんざりした反応しか引き起こしていないのは、どうにも不合理な話ではないでしょうか。簡単な話をわざわざ難しくしていらっしゃる。

アマゾンがただちにやるべきなのは次のことです。

1)どの銘柄をどの取次から何冊返品するのかきちんと明示すること。
2)返品理由を明快に説明すること。
3)電話で話せる「正式な担当者名と責任者名」を記載すること。
4)メールでの一方的な回答期限の設定はやめること。
5)出版業界の慣例を無視したやり方は反発しか招かないと知ること。

どうしてこんな当たり前のことがアマゾンにはできないのか、理解に苦しみます。説明会で会うスタッフや上席の皆さんのさほど悪くない印象と、こうした圧迫的通告を機械的に繰り返すこととの間のイメージギャップが大きいのも、理解できません。

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「Forbes Japan」ビジネス欄2017年9月20日付、Parmy Olson氏記名記事「トイザらスを破滅させた「アマゾンとの10年契約」」(編集=上田裕資氏)が興味深いです。

「世間がドットコムバブルに沸いた2000年、アマゾンとトイザらスは10年契約を結んだ。これはアマゾン上でトイザらスが唯一の玩具の販売業者となる契約で、トイザらスの公式サイトをクリックするとアマゾン内のトイザらス専用ページに飛ぶ仕掛けになっていた。/この取り組みは当初、アマゾンとトイザらスの両社にメリットをもたらすと見られていた。しかし、アマゾンはその後、トイザらスが十分な商品を確保できていないことを理由に、他の玩具業者らをサイトに招き入れ始めた」。

「十分な商品を確保できていないことを理由に」というのがミソですね。日本でも聞いたことあるような気がします、これに似たセリフ。さらに記事に曰く「書店のBordersも同じ過ちを犯した。Bordersも2001年にアマゾンにオンライン販売を任せる契約を結び、2008年に契約を終了したが、その間にウェブのビジネスをアマゾンに奪われた。アナリストは「彼らは未来を譲り渡してしまった」と述べた」。怖い話です。本当に。

こうした記事を参照しつつ言えば、日本でアマゾンと版元との直取引成約数がいまひとつ伸びていかないらしい最大の理由は、「アマゾンは信頼できる相手なのか分からない」という点にあるのではないか、というのが私の意見です。キンドル・アンリミテッドの件で出版社と揉めたり、某マンガ家さんの作品の配信停止や無料配信で提訴されたり、といった出来事に共通しているのは、「アマゾンはいつも事前通告なしに勝手をやり始める」ということです。これは単なる印象論ではありません。バックオーダー停止問題にしてもそうです。大方の版元に対して、根回しなしで準備もゼロの没交渉ぶりが目立つので、あのさ、こうなるなら最初からちゃんと話し合っておこうよ、とその都度突っ込まれているわけです。

今回の返品問題についてはアマゾンさんからはまだ何も続報はありませんが、取次さんや版元他社さんから様々な情報をいただいて、私自身もようやく少しずつ整理できてきました。「在庫の健全化」というアマゾンさんの一言の裏にどれほどの現実があるか。その全貌はとても掴みづらいのですけれども、アマゾンさん、お互いが信頼し合う上で大事なのは、出版社や取次さんとどれほど「具体的な正しい情報を適切に共有」できるかどうかではないでしょうか。

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【2017年10月3日追記】ようやくメディア事業本部書籍事業企画本部さんから過日の説明会で配布された書類の不備をただしたものがメールで届きました。担当者名なし。チーム制でやっているからなのでしょうけれど、こちらに対しては名指しで来るのに自分は名乗らない。しかも対応が劇的に遅い。もし版元からの対応が遅かったらそれだけでも問題になるのに、アマゾンさんは自分のやることにどこまで甘いんでしょうね。実に腹立たしいですし、情けないです。今さらもらっても取引条件の有効期限はとっくの昔に終わってますから、せめて「不手際があったので有効期限を延長する」などの配慮が欲しいところですが、そんなことは一言も書かれていません。だめだこりゃ。ほんとうにダメだ。このかんも、アマゾンマーケティングサービスからは頻繁に「はじめてよ、はじめようよ」メールが届き、ベンダーシステムからは年末商戦期のプロモーションについて案内が届きます。とにかく版元からお金を吸い上げたくてたまらない、という印象しかないです。ようするに版元との交渉がまったく一元化されていない。てんでんばらばらにやってるだけ。悲しいです。こうした版元の不満をフィードバックしてくださればいいのですけど、繰り返すんですよね、何度も。辛いです。

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# by urag | 2017-09-19 12:48 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 18日

注目新刊:ハーマン『四方対象』人文書院、ほか

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★まず、まもなく発売となる新刊から注目書を取り上げます。

四方対象――オブジェクト指向存在論入門』グレアム・ハーマン著、岡嶋隆佑監訳、山下智弘/鈴木優花/石井雅巳訳、人文書院、2017年9月、本体2,400円、4-6判並製240頁、ISBN978-4-409-03094-3
ダスクランズ』J・M・クッツェー著、くぼたのぞみ訳、人文書院、2017年9月、本体2,700円、4-6判上製240頁、ISBN978-4-409-13038-4
PANA通信社と戦後日本――汎アジア・メディアを創ったジャーナリストたち』岩間優希著、人文書院、2017年9月、本体3,200円、4-6判上製326頁、ISBN978-4-409-24118-9
ゲンロン6』ゲンロン、2017年9月、本体2,400円、A5判並製366頁、ISBN978-4-907188-22-1
トラクターの世界史――人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』藤原辰史著、中公新書、2017年9月、本体860円、新書判288頁、ISBN978-4-12-102451-0

★ハーマン『四方対象』はまもなく発売。『The Quadruple Object』(Zero Books, 2011)の全訳で、グレアム・ハーマン(Graham Harman, 1968-)の単独著の本邦初訳であり、昨今日本でも注目を浴びている「対象(オブジェクト)指向存在論(OOO:Object-Oriented Ontology)」の第一人者による入門書です。目次は書名のリンク先をご覧下さい。本書では、二種類の対象(実在的対象/感覚的対象)と、二種類の性質(実在的性質/感覚的性質)の、四つの極からなる対象指向哲学の基礎的なモデルが提示されます。「四つの極の組み合わせのうち、一つの対象の極と一つの性質の極の間の特殊な緊張関係を含むものには四つあり、それらは時間、空間、本質、そして形相と名付けられ」ています(191頁)。ハーマンの整理は、フッサールによる「事象そのものへ」向かう哲学的思惟の更新と、ハイデガーの「四方界」に倣う包括的存在論の刷新を図るものと見えます。小さな著作ですが、それだけに論点が凝縮されており、思想地図の現在だけでなくその未来をも展望する上でひとつの重要な里程標になっていると感じます。

★原著を刊行した版元Zero BooksはJohn Hunt Publishingのインプリントで、ハーマンのほかに、アルベルト・トスカーノ、ブルーノ・ラトゥール、ユージン・サッカー、グラント・ハミルトン(ややこしいですが、イアン・ハミルトン・グラントとは別人)、マウリツィオ・フェラーリス、スティーヴン・シャヴィロや、『四方対象』の序文で名前が特記されているマーク・フィッシャーやタリク・ゴダール、等々の著書を刊行しており、現代思想系ではもっとも活動的な出版社のひとつです。新刊を継続的にチェックしておけば何かしらの出会いが期待できるでしょう。なお、ハーマンのここ最近の著書には『Immaterialism: Objects and Social Theory』(Polity, 2016)や、マヌエル・デランダとの共著『The Rise of Realism』(Polity, 2017)などがあり、さらに近刊予定では、その名もズバリ『Object-Oriented Ontology: A New Theory of Everything』(Penguin, 2018)という著書が来春発売予定と聞きます。ハーマンの動向は今後も注目を浴びそうで、特にこの近刊書はおそらく日本語でも翻訳が出るのではないかと思われます。

★本書のほか人文書院さんよりまもなく発売となる新刊には、クッツェー『ダスクランズ』と、岩間優希『PANA通信社と戦後日本』があります。『ダスクランズ』はクッツェーのデビュー作(1974年)の新訳。既訳には、赤岩隆訳(『ダスクランド』アフリカ文学叢書、スリーエーネットワーク、1994年)があります。新訳本のシンプルかつ力強い装丁は、藤田知子さんによるもの。『PANA通信社と戦後日本』は中部大学専任講師の岩間優希(いわま・ゆうき:1982-)さんの単独著第一作で(編著書としては2008年に人間社から刊行された『文献目録 ベトナム戦争と日本――1948~2007』があります)、「戦後アジアに誕生したPANA通信社の歴史を、関わったジャーナリストらのライフヒストリーを軸にしながら執筆」(あとがきより)したもの。帯文に「敗戦から朝鮮戦争、安保闘争、東京オリンピック、ヴェトナム戦争の時代――個性的なジャーナリストたちを軸に描く戦後史」と。

★『ゲンロン6』は一般書店では9月23日(土)発売開始。目次詳細は誌名のリンク先をご覧下さい。メイン特集は「ロシア現代思想Ⅰ」。帯文に曰く「革命100周年。資本主義と宗教回帰のあいだで揺れるもうひとつの現代思想」と。ドゥーギン(1962-)、マグーン(1974-)らの論考のほか、折り込み付録として、1991年から今日に至る年表「ロシア現代思想史見取図」や、「ロシア現代思想重要人物10人 2017年版」が付いているのが良いです。今のところボリス・グロイス(1947-)くらいしか訳書はありませんが、来年1月発売予定の次号でも同特集の第2弾が組まれるので、今後の盛り上がりを期待したいです。小特集「遊びの哲学」ではスティグレールの来日講演「有限のゲーム、無限のゲーム」(2017年5月27日、アンスティテュフランセ東京)や、東浩紀さんによる特別インタヴューなどを読むことができます。また、同号では第1回ゲンロンSF新人賞を受賞した、高木刑(たかぎ・けい:1982-)さんによる創作「ガルシア・デ・マローネスによって救済された大地」が掲載されています。註だけを見ていると『中世思想原典集成』『キリスト教神秘主義著作集』『科学の名著』『世界の名著』のほか、ギリシア哲学や聖書など、まるで学術論文のようで興味深いです。

★『トラクターの世界史』はまもなく発売。「トラクターがそれぞれの地域にもたらした政治的、文化的、経済的、生態的側面について考察し、20世紀という時代の一側面を、ただし、けっして見逃すことができない重要な側面を追っていく」(vii頁)ユニークな試みで、トラクターによる大地の束縛からの人間の解放と、今なお進行中であるその変化を描出しつつ、「農業生産の機械化・合理化と農地内物質循環の弱体化という二つの決定的な影響を〔・・・〕20世紀の人間たちにもたらした」(iii頁)ことの帰結を分析しています。新書大賞にエントリーしそうな予感がする良作です。目次を転記しておきます。

まえがき
第1章 誕生――革新主義時代のなかで
 1 トラクターとは何か
 2 蒸気機関の限界、内燃機関の画期
 3 夜明け――J・フローリッチの発明
第2章 トラクター王国アメリカ――量産体制の確立
 1 巨人フォードの進出――シェア77%の獲得
 2 農機具メーカーの逆襲――機能性と安定性の進化
 3 農民たちの憧れと憎悪――馬への未練
第3章 革命と戦争の牽引――ソ独英での展開
 1 レーニンの空想、スターリンの実行
 2 「鉄の馬」の革命――ソ連の農民たちの敵意
 3 フォルクストラクター――ナチス・ドイツの構想
 4 二つの世界大戦下のトラクター
第4章 冷戦時代の飛躍と限界――各国の諸相
 1 市場の飽和と巨大化――斜陽のアメリカ
 2 東側諸国での浸透――ソ連、ポーランド、東独、ヴェトナム
 3 「鉄牛」の革命――新中国での展開
 4 開発のなかのトラクター――イタリア、ガーナ、イラン
第5章 日本のトラクター――後進国から先進国へ
 1 黎明――私営農場での導入、国産化の要請
 2 満州国の「春の夢」
 3 歩行型開発の悪戦苦闘――藤井康弘と米原清男
 4 機械化・反機械化論争
 5 日本企業の席捲――クボタ、ヤンマー、イセキ、三菱農機
終章 機械が変えた歴史の土壌
あとがき
参考文献
関連年表
索引

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★次に発売済の新刊の中から注目書をいくつか書き出します。

近代の〈物神事実〉崇拝について――ならびに「聖像衝突」』ブリュノ・ラトゥール著、荒金直人訳、以文社、2017年9月、本体2,600円、四六判上製248頁、ISBN978-4-7531-0342-3
こわいもの知らずの病理学講義』仲野徹著、晶文社、2017年9月、本体1,850円、四六判並製376頁、ISBN978-4-7949-6972-9
台湾人の歌舞伎町――新宿、もうひとつの戦後史』稲葉佳子/青池憲司著、紀伊國屋書店、2017年9月、本体1,800円、B6判並製249頁、ISBN978-4-314-0115108
書物の時間――書店店長の思いと行動』福嶋聡著、多摩デポブックレット/けやき出版発売、A5判並製54頁、ISBN978-4-87751-574-4
新約聖書 訳と註 第七巻 ヨハネの黙示録』田川建三訳著、作品社、2017年8月、本体6,600円、A5判上製874頁、ISBN978-4-86182-419-7

★ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について』は『Sur le culte des dieux faitiches suivi de Iconoclash』(Éditions La Découverte, 2009)の全訳です。ラトゥールは受容と活躍の場が英米語圏に広がっているためか、ファーストネームBrunoを「ブルーノ」と表記されることが日本でも多かったのですが、当訳書ではフランス語の発音により忠実に「ブリュノ」と表記されています。「近代の〈物神事実〉崇拝について」と「聖像衝突」の二篇を収めており、巻末の訳者解題「超越の制作」では本書の端的な要約が示されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。「物神事実」というのは本書の鍵となるラトゥールの造語で、訳者は次のように説明しています。「「事実」(fait/fact)という言葉と「物神」(fétiche/fetish)という言葉は、「なされたこと」、「作られたもの」を意味する同じ語源を有しながらも、前者が「外部の実在」という超越的側面を強調するのに対して、後者は「人間の製作物」への「主観的な信仰」という二重の内在性を強調している。しかしこの二つの側面は実践においては結び付いているとラトゥールは考え、この結び付きを示すために、「物神事実」(faitiche/factish)という造語を導入する」と。

★ラトゥールはこう書いています。「あなたたちの諸々の物神事実は、破砕されているのにも拘らず修繕されている。そしてそれは、理論が破砕と修復という二重の形式のもとでしか捉えることのできないものを、実践へ送り返すという仕方で為されている。これが我々の伝統、物神事実の破砕者と修復者の伝統であり、これが我々の祖先、あらゆる系族に対してそう為されるように、尊敬し過ぎずに尊敬すべき祖先である」(81頁)。「自分の為すところによって超過されておらず、自らの創造物を支配しているような」(144頁)創造者などいないと彼は教えます。「技師が機械を支配するだろう、〔・・・〕プログラマーが自作のプログラムを、創造者が自分の創造物を、著者が自分の文章を〔・・・〕支配するだろう。――まさか、そうお考えだろうか」(同)。一方、911以後に発表された「聖像衝突」でラトゥールは聖像破壊をめぐる五つの類型を提示しており、「脆く、弱々しく、脅かされている」(212頁)現代人への処方を示唆しています。近代的思考による人間観や社会観への呪縛に対する、解毒作用をラトゥールの著作は示しているように思えます。

★『こわいもの知らずの病理学講義』は、大阪大学大学院医学系研究科の病理学教授、仲野徹(なかの・とおる:1957-)さんによる「正しい病気の知識」(「はじめに」)について書き下ろした本です。「いろいろな病気がどのようにできてしまうのか、について、できるだけやさしく、でも、おもしろく」(同)書かれています。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。本書の後半は、「病の皇帝」であるガンの総論編と各論編です。ガンの罹患率は20代後半頃から右肩上がりになるものの、「女性ではだらだらと上昇していくのに対して、男性では、50歳代から急激に増加」(211頁)すると言います。「30歳代後半から40歳代までは女性の方が多く、60歳代以降は男性の方が女性より顕著に高率に」(同)とのことなので、気になる方はぜひ店頭で本書を手に取ってみて下さい。思うに本書は医学書コーナーに留めておけばいい本なのではなくて、ジャンルを問わず異なる種類の本の中に突然面陳しておく方が読者との出会わせ方としては有効だと思います。著者の書く通り、ひとは「一生の間、一度も病気にならないことはありえません」(18頁)から。

★ちなみに晶文社さんでは6月に刊行された『日本の覚醒のために――内田樹講演集』がとてもよく売れているそうです。まえがきで内田さんはこう書いておられます。「この本のメッセージは一言で言えば「もう起きなよ」という呼びかけです」(8頁)。米国の「属国」から「国家主権と国土を回復する」ための「目覚め」が問われています。「72年かけてじりじりと失っていった主権なんだから、今さら起死回生の大逆転というようなシンプルで劇的なソリューションがあるはずもない。僕たち日本人は長い時間をかけて、日々のたゆみない実践を通じて、こんな「主権のない国」を作りあげてしまった。だから、主権を回復するためには、それと同じだけの時間をかけて、同じような日々のたゆみない実践を通じて働くしかない」(8~9頁)と。内田さんはこうも書きます、「国語力というのは創造する力のことです。自力で言語を豊かで、多様で、味わい深いものに変成してゆく力のことです。外国語では表現できないもの、他言語において代替する概念がないような概念を創造する力です。自分たちの種族のコスモロジーの「源泉」にまで遡航して、そこから新しい生命を汲み出す力です」(226頁)。これは2013年11月の全国高校国語教育研究連合会での講演で語られたことの一部ですが、出版人の胸に刻む言葉でもあるように思われます。

★『台湾人の歌舞伎町』は映画監督の青池さんと、NPO法人理事で新宿区多文化共生まちづくり会議の委員をつとめる稲葉さんの共著。新宿区は現在、住民の8人に1人が外国人で、出身国は120か国以上にのぼると言います。本書は8年もの取材をもとに、戦後のヤミ市「新宿西口マーケット」から出発し、焼野原から興行街となった歌舞伎町を支えた台湾人華僑の歴史を、証言や写真とともに綴ったものです。歌舞伎町初の映画館「地球座」、名曲喫茶の「スカラ座」や「らんぶる」、歌声喫茶「カチューシャ」、中華料理店「東京大飯店」、総合アミューズメントビル「風林会館」など、彼らが手がけた数多くの店舗や施設は「じゅく文化」形成に影響を少なからぬ及ぼした様子が窺えます。歌舞伎町を捉え直す上で非常に興味深い一書です。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。

★『書物の時間』は、特定非営利活動法人「共同保存図書館・多摩」による第25回多摩デポ講座(2016年2月27日)でのジュンク堂書店難波店の福嶋聡さんによる講演の書籍化です。目次を列記しておきます。

はじめに
1 私はなぜ、図書館にコミットするのか?
2 図書館がどう見えているか
3 出版界と図書館の不毛で不可解な抗争
4 書物の持つ時間
5 具体的な連携の実践こそが大事
6 紙の本は、滅びない
7 本と目が合う
8 ヘイト本とクレーム
9 民主主義は危ない
10 電子図書館のアポリア
終わりに――再生産が続くこと、書店に行くこと
巻末注 「図書館の自由」とは
本書は多摩デポブックレットの第11弾ですが、既刊書には図書館を来し方と未来を考える上での必読講演が揃っています。

★『新約聖書 訳と註 第七巻 ヨハネの黙示録』は田川さん訳「新約聖書」全七巻(全八冊)の完結最終配本。本文訳が40頁(7~47頁)、訳註が800頁以上あり(51~858頁)、最後に「解説と後書き」(859~874頁)が続きます。綿密なテクスト検証の結果、「ヨハネの黙示録」には原著者と、自身の文書を大量に挟み込んだ編集者、この二人の書き手がいると田川さんは指摘します。編集者が執筆したであろう文書は二文字下げで組まれています。有名な「私はアルファであり、オメガである」(本書では「我はアルファなり、オメガなり」)は編集者が書き足したものとされます。衝撃的です。2017年の人文書出版における事件として記憶されることになるでしょう。これらの新説については巻末の解説に詳しく述べられていますが、田川さんのウェブサイトでも別稿を読むことができます。なお後書きによれば、全七巻の本文訳のみをまとめた「新訳聖書」も続刊予定であるとのことです。

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# by urag | 2017-09-18 23:53 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)