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2017年 07月 11日

ブックツリー「哲学読書室」に吉松覚さんの選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、マーティン・ヘグルンド『ラディカル無神論――デリダと生の時間』(吉松覚/島田貴史/松田智裕訳、法政大学出版局、2017年6月)の共訳者・吉松覚さんによる選書リスト「ラディカル無神論をめぐる思想的布置」が追加されました。共訳者の皆さんによる選書だと伺っています。下記リンク先一覧よりご覧ください。


◎哲学読書室

星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置

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# by urag | 2017-07-11 10:12 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 11日

訃報:ヴェルナー・ハーマッハーさん

ヴェルナー・ハーマッハー(Werner Hamacher, 1948-2017:フランクフルト・ゲーテ大学名誉教授)さんの訃報に接し、呆然としています。「Philosophy Matters」では7月7日に報じており、「Faust-Kultur」では9日にIngo Ebener氏の追悼文が掲載され、「Frankfurter Allgemeine Zeitung」では7月10日に訃報が載りました。海外在住の共通の知人から聞いたところでは、膵臓癌だったとのことです。【7月20日追記:「avldigital BLOG」2017年7月19日付の、Jakob Jung氏によるエントリー「Werner Hamacher (27. April 1948 – 7. Juli 2017)」によれば、逝去の日付は7月7日となっています。】

弊社では2007年11月に増田靖彦さんの訳で『他自律――多文化主義批判のために』を刊行しました。堅調な売行が続くなか、3年前の豪雪の雪害により在庫僅少となり、今では版元品切で、増田さんとともに再刊を期していたところでした。オンライン書店「honto」に掲載されている店頭在庫情報によれば、丸善やジュンク堂の16支店にまだ在庫があります。遠方の方でも代金引換便で購入可能です。なお本書はドイツ語版の単行本が刊行されるはずでしたが、ついに出版されませんでした(図書館や書店で検索すると書誌情報が出てくることがありますが、情報だけの幽霊です)。この論考が単行本化されたのも、序文が付されたのも、日本語版だけということになります。

また弊社では長年、日本語版独自編集の『ベンヤミン論集』を準備していました。訳稿はすでに存在するものの、ハーマッハーさんご自身が何篇かの論文の追加を望んでおられ、最終形にたどり着くまで機が熟すのを見守っていました。さらに『プレーローマ』も今年になってからようやく翻訳が始動し、近刊予定と聞くスペイン語版に付されるはずの序文が弊社に届くのを待ち望んでいました。そして原著最新刊となる『ミニマ・フィロロギカ』(ドイツ語版の『文献学―のために』と『文献学の95のテーゼ』を合本したもの)は早ければ昨年内に日本語版が出版できるはずでしたが、諸事情で間に合いませんでした。ハーマッハーさんとの最後のやりとりではこの『ミニマ』日本語版の出版を待ちわびておられただけに、悔しくてなりません。

ハーマッハーさんのご冥福をお祈りします。弊社では生前の約束だったこれらの書籍を順次出版すべく、今後も入念に作業を進める所存です。

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ハーマッハーさんへの弔文を随時承っております。弊社ウェブサイトに掲出してある公開アドレスからご投稿ください。当ブログにて掲載させていただきます。多数頂戴した場合、追悼ページを別途作成します。

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◎ヴェルナー・ハーマッハー追悼
One 2 many “Ent-fernungen” !」(増田靖彦) 2017年7月17日

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# by urag | 2017-07-11 00:31 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 10日

坪内稔典×内田美紗トーク&サイン会@梅田蔦屋書店、ほか

弊社5月刊、『鉄砲百合の射程距離』の著者、内田美紗さんが以下のトークイベントにご出演されます。


会期:2017年08月26日(土)17:00~18:30(開場16:30)
講師:坪内稔典さん、内田美紗さん
場所:梅田 蔦屋書店 4thラウンジ
参加費:1,000円(税込)
定員:80名
主催:梅田蔦屋書店
共催・協力:月曜社 / 新日本出版社
申し込み方法:事前に当店予約フォームより申し込みいただき、当日受付時にてお支払いください。 ※お釣りの無いようお願い申し上げます。
問い合わせ先:umeda_event@ccc.co.jp

内容:現代日本を代表する俳人、坪内稔典さんの著作が、1973年の句集「朝の岸」(私家版)から『ねんてん先生の文学の日々』で、通算100冊を超えたことを記念しまして、トークイベント&サイン会を開催いたします。トークイベントのお相手は、句集『鉄砲百合の射程距離』(大竹昭子編集/森山大道写真)が絶賛された、坪内稔典さんの仲間である内田美紗さん。坪内稔典さんの今まで刊行された100冊の本や、俳句の糧としてきた文学作品、これまでの俳句人生について、内田美紗さんが「ねんてん先生の世界」に迫ります。そして、穂村弘さん、文月悠光さん、いとうせいこうさんたちから絶賛された内田美紗さんの句集『鉄砲百合の射程距離』を坪内稔典さんに徹底解剖していただきます。また、イベント参加者には、坪内稔典さんの100冊の著作の中から特にオススメの書籍をご本人のコメントと共にご紹介する特製リーフレットを配布致します。またとない機会ですので、是非ご参加ください!

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月刊誌「Hanada」2017年8月号「BOOKS & MAGAZINES」欄の「坪内祐三の今月この一冊」で弊社6月刊、荒木経惟『私情写真論』が取り上げられました。坪内さんは「荒木さんは写真だけでなく、文章や語りも抜群に上手だ」とお書きになっておられます。

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# by urag | 2017-07-10 09:35 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 09日

注目新刊:柏倉康夫訳『新訳 ステファヌ・マラルメ詩集』私家版、ほか

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新訳 ステファヌ・マラルメ詩集
柏倉康夫訳
私家版(柏倉康夫=発行、上野印刷所=印刷)、2017年6月、頒価2000円、A5判上製148頁、ISBNなし、限定100部

★月刊誌「ユリイカ」2015年1月号~9月号での連載「[新訳]ステファヌ・マラルメ詩集」に「若干の修正を加え」て一冊としたもの。kindle版は青土社さんから3月に発売済(862円)。紙媒体は訳者の柏倉康夫さんご自身によって、私家版として今般、限定100部が発刊されました。うち60部がフランス図書から購入できると聞いています【7月12日追記:16時現在「在庫僅少」とのことで売切必死です】。和紙を使った表紙デザインと題字は古内都さんによるもの。なお底本はベルトラン・マルシャル校注によるプレイアード叢書版『マラルメ全集Ⅰ』(ガリマール、1998年)です。

★紙媒体版の「後記」によれば「電子版では翻訳とフランス語のテクストの間にリンクを張り、両方を行き来しながら鑑賞ができ、さらにIndexでは、マラルメが49篇の詩に用いたすべての単語が、どの詩篇のどの行にあるかを検索できる仕組みになっている」とのことです。さらに「欧文の詩は、本来、耳で聴いて味わうものである」(同「後記」)ため、電子版には本当は原詩朗読の音声データを付加されたかったご様子です。

★柏倉さんのブログ「ムッシュKの日々の便り」にはマラルメ翻訳の苦心と工夫の一端が綴られています。2015年3月1日付エントリー「詩を訳すとはⅦ、Brise Marineをめぐって」では「海からの風(Brise Marine)」の翻訳をめぐるエピソードを読むことができます。従来訳では「微風」や「そよ風」と訳されてきたbriseですが、柏倉さんは「内容からしてこの場合のbriseは決して「そよそよとした微風」ではなく、むしろ強め風でなくてはならない」と指摘されています。また作品冒頭のchairは「肉」や「肉の身」と訳されてきましたが、今回の新訳では「肉体」としたことについてもコメントがあります。

★マラルメの美しい詩句は百数十年を隔てた現代人の心にも訴えかける感性が息づいているように思います。あるいは柏倉さんによって再び現代へと見事に召喚されたというべきでしょうか。個人的に印象深い箇所を少しだけ抜き出してみます。「華麗に、全的に、そして孤独に、このように/跡形もなく蒸発することに、人間たちの誤った自負心は恐れ慄いている。/この取り乱した群衆! 彼らは宣言する、すなわち、自分たちは/未来の亡霊の悲しい半透明な姿にすぎないと」(「喪の乾杯」79頁)。「そう、ただ私のため、私のためだけに、ひとり咲く花! お前たちも知っていよう、目もくらむ知の深淵に/永久に埋もれたアメジストの花園を」(「エロディアード」59頁)。

★作品中で時折マラルメは三つの単語を並列することがあるのですが、これにはマラルメの詩の宇宙を読む者の胸中に出現させる喚起力があるように感じます。例えば「孤独、暗礁、星」(「乾杯」5頁)、「地図、植物図鑑、典礼書」(「プローズ(デ・ゼッサントのために)」82頁)、「夜、絶望、宝石」(「――船旅のたった一つの気掛りに」124頁)など。市販される紙媒体がたったの60冊というのはもったいない印象がありますが、いずれ本書をはじめ、「牧神の午後」や「賽の一振りは断じて偶然を廃することはないだろう」、ポー「大鴉」のマラルメによる訳詩など、柏倉さんが研究されてきた一群のマラルメ作品が一冊にまとめられることを強く願いたいです。

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★このほか、最近では以下の新刊詩集との出会いがありました。
柏木如亭詩集2』柏木如亭著、揖斐高訳注、東洋文庫/平凡社、2017年7月、本体2,900円、B6変判上製函入302頁、ISBN978-4-582-80883-4
哀歌とバラッド』浜田優著、思潮社、2017年7月、本体2,400円、A5判上製104頁、ISBN978-4-7837-3574-8

★『柏木如亭詩集2』はまもなく発売となる全2巻の完結編で、東洋文庫の第883巻。第2巻では初老期から老年期の漢詩作品を収めています。帯文に曰く「京都を足場に諸国を漂泊し、時に江戸を思う」とあります。柏木如亭(かしわぎ・じょてい:1763-1819)は医者だった弟に送った七言絶句「示立人弟」の中で「人生一世誰非客(人生一世、誰か客に非ざらん:人の一生は皆な旅人のようなもの)」(141頁)と歌いました。解説によれば、文化十年(1813年)の冬に信州・上田の弟である正亭の住まいを訪問し、しばらく滞在して楽しい日々を過ごした如亭が、辞去する際に書き送ったもの。食事にありつける場所が故郷だ(趣意)、と句は続きます。

★『哀歌とバラッド』は編集者であり詩人でもある浜田優(はまだ・まさる:1963-)さんによる、『生きる秘密』(思潮社、2012年)に続く最新詩集。特に印象に残ったのは「鎮魂歌」の中の次の一節です。「母が逝って三年近く経ったある日/夢のなかで私が、すでに辞めた職場のトイレを出て/自分のデスクに戻ってくると、横に母が立っていた/「さあ、もう帰るよ」と私が小声で言うと/「そうかい、死後とは終わったんだね」と嬉しそうだ」(47~48頁)。もしあの職場のことなら、今は建屋の老朽化で、浜田さんの昔の席のあたりは雨漏りしていると聞きました。水が流れた痕跡というのはなぜあんなにも悲しくも生々しく見えるのでしょうか。

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★また、今月のちくま学芸文庫では以下の書目が発売されています。

ユダヤ人の起源――歴史はどのように創作されたのか』シュロモー・サンド著、高橋武智監訳、佐々木康之/木村高子訳、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,800円、文庫判656頁、ISBN978-4-480-09799-6
社会学への招待』ピーター・L・バーガー著、水野節夫/村山研一訳、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,200円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-09803-0
よくわかるメタファー――表現技法のしくみ』瀬戸賢一著、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,200円、文庫判336頁、ISBN9784-480-09805-4
一百四十五箇条問答――法然が教えるはじめての仏教』法然著、石上善應訳・解説、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,200円、文庫判320頁、ISBN978-4-480-098061
道教とはなにか』坂出祥伸著、ちくま学芸文庫、2017年7月、本体1,300円、文庫判400頁、ISBN978-4-480-09812-2

★『ユダヤ人の起源』の親本は浩気社より2010年に刊行。発売元はランダムハウス講談社で発売直後に武田ランダムハウスジャパンに変更されたものと思われます。同社は2012年に倒産しており、浩気社も本書を最後に出版が途絶えているようです。原著は2008年に刊行されたヘブライ語版で、日本語訳は仏語訳版『Comment le peuple juif fut inventé』(Fayard, 2008)を底本としています。この仏語訳版は刊行された年内に4万部も売れたそうです。佐々木康之さんによる「文庫版への訳者まえがき」には、文庫化にあたり誤植を改め訳文を改訂したとあります。著者のサンド(Shlomo Sand, 1946-)はテルアビブ大学名誉教授。

★『社会学への招待』は巻末注記によれば新思索社の普及版(2007年)を底本とし「全体を通して訳文を見直したほか、新たに索引を加えた」と。索引は事項と人名を合わせたもの。原著は『Invitation to Sociology: A Humanistic Perspective』(Doubleday, 1963)です。「文庫版訳者あとがき」によれば「本書は、非常に軽やかな口調で、すぐれた社会学的発想の諸相を懇切丁寧に展開・披露してくれている社会学への招待状である」と。日本語訳は1979年に出版されて以来、改訂を経て版を重ねてきたロングセラーです。新思索社は昨夏倒産。ベイトソンの訳書など文庫化が待たれている書目は数多いです。

★『よくわかるメタファー』は「メタファーを中心に比喩をわかりやすく解きほぐすと同時に、わかりやすい比喩とは何か、なせそれはわかりやすいのかについて考える」(「はじめに」より)もの。親本となる『よくわかる比喩――ことばの根っこをもっと知ろう』(研究社、2005年)を「若干改訂し、補章を加えた」(巻末注記)とのことです。補章というのは本書末尾のパートⅤ「メタファーの現在」の終章「2500年比喩の旅」の後に置かれた「村上春樹とメタファーの世界」のこと。この補章では村上春樹さんが今年2月に上梓した『騎士団長殺し』の第2部「遷ろうメタファー編」が取り上げられています。

★『一百四十五箇条問答』は月刊「在家仏教」誌での連載「心月輪」(2012年3月718号2016年12月775号)に加筆修正のうえ文庫化したもの。法然の教えが一問一答形式で平易に書かれた晩年作を現代語訳し解説したものです。訳と解説を担当された石上善應(いしがみ・ぜんのう:1929-)さんは2010年に同文庫から法然の『選択本願念仏集』の現代語訳を上梓されています。『選択本願念仏集』と『一百四十五箇条問答』の石上さんによる現代語訳はもともと中央公論社版『日本の名著(5)法然』(1971年)で発表されたもので、その後推敲を経て2冊の文庫となったわけです。

★『道教とはなにか』は十章だてで、章題を列記すると「さまざまな神々を祀る宮廟」「仙人たちの姿と伝記」「房中術・導引・禹歩――道教に取り込まれる古代の方術(一)」「呪言――道教に取り込まれる古代の方術(二)」「呪符――道教に取り込まれる古代の方術(三)」「煉丹術の成立と展開――外丹の場合」「道教と医薬」「道教の歴史」「日本文化と道教」「現代の道教と気功事情」です。親本は中央公論新社より2005年に刊行されたもの。文庫化にあたり文庫版あとがきが加えられ、そこで参考文献が追補されています。

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# by urag | 2017-07-09 14:38 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 06日

注目新刊:『ジャック・デリダ講義録 死刑Ⅰ』白水社

★ジャック・デリダさん(著書:『条件なき大学』)
★高桑和巳さん(訳書:アガンベン『バートルビー』『思考の潜勢力』、共訳:ボワ/クラウス『アンフォルム』)
「ジャック・デリダ講義録」の最新刊『死刑Ⅰ』が先月末、白水社さんより上梓されました。1999年12月8日から2000年3月までに11回分の講義が収められています。2000~2001年度に当たる『死刑Ⅱ』は郷原佳以、佐藤嘉幸、西山雄二、佐藤朋子の四氏により白水社から続刊予定だそうです。なお、同講義録ではすでに『獣と主権者Ⅰ』(西山雄二/郷原佳以/亀井大輔/佐藤朋子訳、白水社、2014年11月)と『獣と主権者Ⅱ』(西山雄二/亀井大輔/荒金直人/佐藤嘉幸訳、白水社、2016年6月)が刊行されています。

ジャック・デリダ講義録 死刑Ⅰ
ジャック・デリダ著 高桑和巳訳
白水社 2017年6月 本体7,500円 A5判上製422頁 ISBN978-4-560-09803-5

帯文より:「私は、単にして純な、最終的な死刑廃止に投票します。」──このヴィクトール・ユゴーの声を力強く響かせながら、残酷さ、血、例外、恩赦、主権、利害……極刑のはらむ概念について、憲法や条約、文学作品とともに明解に問い直されてゆく哲学のディスクール! 死刑存廃論の全体を脱構築してゆく、政治神学‐死刑論。

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# by urag | 2017-07-06 11:26 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 03日

メモ(23)

「文化通信」2017年7月3日付記事「アマゾン、取次へのバックオーダー6月末で全面停止」によれば「アマゾン・ジャパンは本紙取材に対し、かねて出版社や取次に告知していた通り6月30日で日本出版販売(日販)へのバックオーダーを停止することを明らかにした。一方、出版社には取次との流通改善で対応しようと…」(以下有料)。業界全体にとって重要な内容なので、これはできれば無料で公開していただきたかったですが、同日付の紙媒体1面記事を参考に私が気になったポイントをまとめておくと次のようになります。

1)バックオーダー停止は出版社2000社以上に通知し、合計35回の説明会に520社超が参加。直取引である「e託」への申し込みは駆け込みで増加したものの成約数は未公表。
2)期日通り6月30日いっぱいで日販にも大阪屋栗田にもバックオーダーの発注を停止。
3)すでにシステム接続が完了している大村紙業京葉流通倉庫河出興産工藤出版サービスのほか、主要倉庫業者4社とEDIの準備を進め、7月~9月には稼働予定。

全文詳細はぜひ7月3日付の紙媒体の「文化通信」をご覧ください。一番気になるのは1)の直取引の成約数や、3)のEDI準備中の倉庫業者4社です。ここに切り込んでいく他のメディアがあったらよいのですが。1)については小零細の版元が多いのでしょう。そう推測できる理由については「メモ(22)」の後半で述べました。

なお、「新文化」2017年6月30日付の記事には「京葉流通倉庫、今冬までに販売サイト開設」というのもあって、「物流・倉庫業を手がける京葉流通倉庫(埼玉・戸田市)が今秋から冬にかけて、取引のある出版社約50社の本を対象に、直接読者に販売するウェブサイトを立ち上げる。京葉流通倉庫が発送や代金回収を担うという」と報じられています。出版業界の発展にはロジスティクスの進化が欠かせないわけですが、今後は倉庫業者の動向に注目が集まりそうです。

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バックオーダー終了に伴う「カート落ち」によってアマゾンはロングテールの一部を失うことになります。それを見越したリアル書店の店員さんの中には「アマゾンでは売っていませんが、ウチでは売ってます」と宣伝しようとお考えになっている方もおられるようです。そうした試みを当ブログでは応援していきたいと思います。

ところで「カート落ち以後の社会」で、本を探している人々にとってもっとも強力なツールのひとつは、オンライン書店「honto」になるでしょう。「honto」では単品ページごとに、ジュンク堂、丸善、文教堂といったDNPグループ内のリアル書店の店頭在庫が一覧で表示されます。○が3冊以上あり、△が1~2冊あり、×が在庫なしです。アマゾンは全国に大小10か所の物流拠点(FC:フルフィルメントセンター)があり、膨大な商品点数を在庫していますが、ジュンク堂、丸善、文教堂の三大チェーンの全店舗を合わせた在庫数も相当なものになります。

そのため、アマゾンでカート落ちしている本も「honto」で探すことができます。それどころか、版元品切本すらよく見つかります。今のところ店頭在庫を買うためには「honto」経由で取り置きを依頼するか、店舗に電話して代引で取寄せるか、どちらかになります。私の場合、版元品切になった単行本から文庫まで、全国のジュンク堂、丸善、文教堂から代引で折々に購入しています。送料と代引手数料がかかりますが、往復交通費とは比べ物にならない微々たる金額です。アマゾンをはじめとするネット書店の「即出荷、送料無料」に慣れてしまうとつい目が向かなくなってしまうのかもしれませんが、カート落ちしている本や版元品切本を新本で探すなら「honto」で検索、というのは今や常識です。

「honto」自体の「24時間」在庫点数はアマゾンに比べれば物足りませんが、重要なのはリアル店舗の在庫を探せる、ということなのです。これはアマゾンではできないことです。当ブログのエントリー「ジュンク堂のネットストアHONでは支店の在庫が分かりますよ」は2010年の古いエントリーにもかかわらずいまだにアクセスがあります。「新文化」2017年5月17日付記事「日販の平林彰社長、業界3者の在庫「見える化」と「出荷確約」態勢に意欲」によれば、「今年7月に出版社と日販、書店の在庫情報を共有できるネットワークを構築したうえ、「見える化」と「出荷確約」した流通を目指す考えを打ち出した」とのことでしたが、業界三者以上に「見える化」を欲しているのは読者です。全国書店の店頭在庫の横断検索が読者にできるようになれば、ずいぶん便利になるはずです。ちなみに「NAVERまとめ」には「在庫検索可能なリアル書店一覧」というリストがあります。

出版社が時折経験することに「版元品切本で探している読者が多いのに書店から返品依頼が入る」というものがあります。不思議なことと言うべきか当たり前と言うべきか、他店で売れていようが版元で重版していようが、別の書店では1冊も売れていないということがままあります。さらには「こんな貴重な本がよく残ってたな」と唸ってしまう返品依頼もあったりします。当然のことながら、そういう本は返品されたが最後、そのお店に再出荷できることはありません。つまり、読者が血眼になって探しているかもしれない本を「まったく売れない」と嘆いている本屋さんもいらっしゃるわけです。このミスマッチをいいかげんに何とかしなくてはならないのではないか。版元にせよ書店にせよ取次にせよ、在庫の「見える化」は読者の利益であるべきです。

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明敏なる諸先輩や同輩からの示唆によって、出版物流の危機について理解を深めるためには次の二つの新聞記事の閲覧が必須、と知りました。

1)「文化通信」2017年5月1日付インタビュー記事「抜本的な解決に向けて取次(取協)と出版社(雑協)の協議がスタート――2010年から相次ぎ業者が撤退、出版輸送はどうなるか」では、日販専務取締役安西浩和さん(取協「発売日・輸送対策委員会」副委員長)とトーハン専務取締役・川上浩明さん(同委員長)の発言が読めます。厳しい状況がひしひしと伝わってきます。

見出しを抜き出してみると以下のようになります。「トーハンは7年で9社が撤退」「荷主に労働環境改善要求も」「輸送のバリエーションが増加」「幹線担う大手も撤退の動き」「配送が止まる事態も」「平均積載率は5割程度」「自助努力して運送会社と交渉」「業量は日によって2倍に」「休配13日で法の範囲内に」「新聞配送の活用を実験」「最低運賃保証でコスト圧迫」「出版社の協力金と運賃のギャップ開く」「書籍だけ運ぶのは無理」「受益者負担考える時期に」「いまの構造全体に」「秋から年末にかけ方向性」「業界四者での取り組みも必要に」。業界四者というのは、出版社、取次、書店の従来の三者に加え、輸配送業者を含めたものです。おそらくはここに倉庫業者の視点も必要になるものと予想されます。

このほかの大きな見出しには次のものがありました。「労働環境、安全の問題も背景に(安西副委員長)」「輸送網の維持が販売会社最大の課題(川上委員長)」「販売への悪影響ないように検討する(安西副委員長)」「自助努力のうえで、問題解決図りたい(川上委員長)」。全文を熟読しておくべき非常に重要な記事です。なお同記事については、「東スポweb」内の渡辺学氏(法務広報室長)によるブログ「ニュースのフリマ」2017年5月9日付エントリー「出版界でも深刻な配送問題」に言及があります。

2)「日本経済産業新聞」2017年6月30日~7月5日付の亀井慶一さんによる連載記事「よくわかる出版物流」(全5回)もタイムリーなまとめ記事です。各回の見出しは以下の通り。「書店数、10年で25%減」「アマゾン、取次会社と対立」「雑誌不振 取次の再編加速」「雑誌返品率 4割超える」「配送会社、相次ぐ撤退」。この連載に関連する記事として、同新聞では2027年5月5日付の大阪経済部・荒尾智洋氏記名記事「出版物流、荷物減っても配送負担が増す理由」があります。

これらの記事を参考にして常識的に考えると、雑誌配送網にまったく頼らない書籍配送網というのは考えにくく、配送網の維持のための取次や運送会社の自助努力が限界点を越える場合には、送品返品送料について出版社や書店が今以上の負担をするか、それが無理なら順次配送網を小さくするか、どちらかしかないように思われます。後者の場合、配本先から外れる書店が主に地方で出てくるということを意味しており、配本先が多くないと採算が取れない出版社の経営も打撃を受けます。

そうした背景と呼応するかのように、「日本経済新聞」2017年7月1日付記事「日販、グループ書店1割閉鎖へ」では以下のように報じられています。「出版取次大手の日本出版販売(日販)はグループ書店の最大1割を閉鎖する。対象は約25店で、2018年3月期中に閉鎖する。出版市場が縮小するなか、経営が苦しくなった書店をグループに取り込んできたが、黒字化が見込めない店舗は閉店に踏み切る」(以下、要登録)と。日販傘下の書店チェーンにはリブロやあゆみBOOKSをはじめとする書店があり、トーハンでも傘下書店にはブックファーストなどがあります。これまでも閉店作業は粛々と進められてきましたが、さらに店舗数が絞られていくことになるのでしょう。

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# by urag | 2017-07-03 19:48 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 02日

注目新刊:セヴェーリ『キマイラの原理』白水社、ほか

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キマイラの原理――記憶の人類学
カルロ・セヴェーリ著 水野千依訳
白水社 2017年6月 本体7,300円 A5判上製414頁 ISBN978-4-560-09555-3

帯文より:埋もれたヴァールブルクの遺産、来たるべき《イメージ人類学》へ。文字なき社会において「記憶」はいかに継承されるのか。 西洋文化のかなたに息づく「記憶術」から人間の「思考形式の人類学」へと未踏の領域を切り拓く、レヴィ゠ストロースの衣鉢を継ぐ人類学者による記念碑的著作。オセアニアの装飾、ホピ族の壺絵、アメリカ先住民やクナ族の絵文字、アパッチ族の蛇=十字架、スペイン系入植者末裔のドニャ・セバスティアーナ――言葉とイメージのはざまに記憶のキマイラが結晶する。

★発売済。原書は『Il percorso e la voce: Un'antropologia della memoria』(Einaudi, 2004)で、原題は『行程と声――記憶の人類学』で、訳題「キマイラの原理」は2007年のフランス語版から採られています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭には「記憶から思考へ」と題された日本語版への序文が付されています。その題名の意図するところはこうです。「記憶の分析は別種の思考形式の研究へと到達する」(7頁)。訳者あとがきによれば本書は「人類学者カルロ・セヴェーリがアメリカ大陸やオセアニアの先住民を対象とする地域研究の成果を理論的に推し進め、「記憶の人類学」という未踏の学問領域を切り拓いた記念碑的ともいえる著作」であり、「記憶が社会的に共有される「儀礼」という場に焦点を定め、西洋文化のかなたに息づく記憶技術の解明に捧げた本書は、特定の地域研究の枠を超えて、哲学、民族学、心理学、精神医学、言語学、美術史、物語論の成果を縦横に応用しながら、広く人間一般の記憶、認識、想像力をめぐる理論研究として、独創的かつ発展性のある新しい視座を私たちに提起」するものです。セヴェーリ(Carlo Severi, 1952-)はイタリア出身でパリの社会科学高等研究院(EHESS)の社会人類学講座教授であり、フランス国立科学研究センター(CNRS)の教授。2016年には来日を果たしており、著書が邦訳されるのは今回が初めてです。

★訳者あとがきでは20世紀後半以降のイメージ論や記憶術研究、そして人類学の動向についても概観されており、書店員さんや版元営業にとって必読です。例えば人類学についてはこんな説明があります。「人類学や言語学を席捲したクロード・レヴィ=ストロースの「構造主義」に抗し、それを批判的に乗り越えようとした1968年以降のいわゆる「ポスト構造主義思想」(ピエール・クラストル、モーリス・ゴドリエなど)を経て、80年代以降の人類学には、構造主義の遺産を再評価しながら、両者を媒介し統合しようとする新たな動きが胎動した。ヘナレ、ホルブラード、ワステルによって「人類学の静かな革命」と呼ばれた転換がそれである。ダン・スペルベルに代表される認知人類学、ジェイムズ・クリフォード、ジョージ・E・マーカス、マイケル・M・J・フィッシャーをはじめ、英米系民族誌学に80年代に高揚した「ポストモダン人類学」(あるいは「再帰的人類学」)の衝撃的な理論的転回、さらに90年代のポストコロニアル人類学の影響を受けつつも、それらの陰で個別に進められてきた研究が、近年、ひとつの思想的潮流として認識され、人類学の「存在論的転回」という名のもとで注目を集めている。この動向を代表するのは、英米の人類学者マリリン・ストラザーンやロイ・ワグナー、アルフレッド・ジェル、ティム・インゴルド、フランスのブルーノ・ラトゥール、フィリップ・デスコラ、フレデリック・ケック、そしてブラジルのエドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ、さらに若手ではカナダのエドゥアルド・コーンらである。日本でも近年、この新たな潮流は脚光を浴びており、〔・・・〕水声社から刊行中の叢書「人類学の転回」を筆頭に、精力的に紹介が進められている」(370頁)。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

謎床――思考が発酵する編集術』松岡正剛×ドミニク・チェン著、晶文社、2017年7月、本体1,800円、四六判並製360頁、ISBN978-4-7949-6965-1 C0095
飯場へ――暮らしと仕事を記録する』渡辺拓也著、洛北出版、2017年7月、本体2,600円、四六判並製506頁、ISBN978-4-903127-26-2
「利己」と他者のはざまで――近代日本における社会進化思想』松本三之介著、以文社、2017年6月、本体3,700円、四六判上製456頁、ISBN978-4-7531-0341-6
バルカン――「ヨーロッパの火薬庫」の歴史』マーク・マゾワー著、井上廣美訳、中公新書、2017年6月、本体920円、新書判並製336頁、ISBN978-4-12-102440-4
マリリン・モンロー 最後の年』セバスティアン・コション著、山口俊洋訳、中央公論新社、2017年6月、本体1,850円、四六判並製224頁、ISBN978-4-12-004987-3
ジョジョ論』杉田俊介著、作品社、2017年7月、本体1,800円、46判並製320頁、ISBN978-4-86182-633-7
〈戦後思想〉入門講義――丸山眞男と吉本隆明』仲正昌樹著、作品社、2017年7月、本体2,000円、46判並製384頁、ISBN978-4-86182-640-5
『旅に出たロバは――本・人・風土』小野民樹著、幻戯書房、2017年7月、本体2,500円、四六判上製238頁、ISBN:978-4-86488-125-8
『60年代は僕たちをつくった[増補版]』小野民樹著、幻戯書房、2017年7月、本体2,500円、四六判上製270頁、ISBN978-4-86488-123-4
テレビ番組海外展開60年史――文化交流とコンテンツビジネスの狭間で』大場吾郎著、人文書院、2017年6月、本体3,800円、4-6判並製426頁、ISBN978-4-409-23057-2
悲しみについて』津島佑子著、2017年6月、本体2,800円、4-6判上製332頁、ISBN978-4-409-15029-0

★まず『謎床(なぞとこ)』はまもなく発売開始。松岡正剛さんとドミニク・チェンさんという親子ほどの差があるお二人による刺激的な対談本です。チェンさんは巻頭の「はじめに」で「あらゆる情報が即時にインストールできる現代の環境において、いかに本質的な謎、つまり問いを生成できるかということは、人間を人間たらしめる最も重要な要件となる」と指摘し、人間「相互の自律的な学習」を展望します。これは出版界にとっても重要なアイデアです。

★次に洛北出版さんと以文社さんの新刊です。渡辺拓也『飯場へ』は2014年に大阪市立大学大学院より学位授与された博士論文に加筆修正を施したもの。自ら飯場にも飛び込んだ体当たりの瑞々しい論考です。松本三之介『「利己」と他者のはざまで』は丸山真男さんのお弟子で、政治思想史研究の重鎮による、近代日本における社会進化論から自然権思想の形成を読み解く試み。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★次に中央公論新社さんの新刊から2点。『バルカン』の原書は『The Balkans: a short history』(Modern Library, 2000)です。近年続々と邦訳されている歴史家の4冊目の訳書にして初の新書。序と解題は村田奈々子さんがお書きになっておられます。『マリリン・モンロー 最後の年』の原書は『Marilyn 1962』(Editions Stock, 2016)。訳者あとがきの文言を借りると、女優の後半生を12人の関係者の視点から多角的かつ重層的に描いたもの。

★続いて作品社さんの新刊から2点。『ジョジョ論』は障碍者介助の傍ら執筆活動を続けてきた気鋭の批評家による力作。弱さや病、狂気や無能力の中に人間の本当の強さやかけがえのない美を見つつ、それらをオルタナティヴな資本として評価する試みです。周知の通り三池崇史監督による実写映画公開も間近(8月4日)。『〈戦後思想〉入門講義』は仲正さんの講義シリーズの最新刊。丸山の『忠誠と反逆』と吉本の『共同幻想論』を精読したものです。

★続いて幻戯書房さんの新刊から小野民樹さんのエッセイ2点。『旅に出たロバは』は岩波書店の編集者時代の神保町古書店街の記憶を綴った「古本の小道」を含む6篇を収録。小野さんは2007年に退職後、大学教授を10年間勤めあげて退官されたばかりです。青年期を綴った『60年代は僕たちをつくった[増補版]』の親本は2004年に洋泉社より刊行。再刊にあたり、「古稀老人残日録」と「増補版あとがき」が加えられています。

★最後に人文書院さんの新刊から2点。大場吾郎『テレビ番組海外展開60年史』は元テレビマンの研究者による、日本のテレビ番組が1960年代以降にどのように輸出され受容されてきたかを綿密に検証した労作。『悲しみについて』は「津島佑子コレクション」第Ⅰ期第1回配本。収録作品は書名のリンク先をご覧ください。巻末には石原燃さんによる解説「人の声、母の歌」が収められています。第2回配本は9月予定、『夜の光に追われて』です。

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# by urag | 2017-07-02 15:27 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 30日

取次搬入日確定:ロゴザンスキー『我と肉』

ジャコブ・ロゴザンスキー『我と肉――自我分析への序論』(本体4,800円、シリーズ・古典転生第16回配本)の取次搬入日が確定しました。日販、トーハン、大阪屋栗田、ともに7月4日(火)です。搬入後、翌日から中二日以降順次、書店店頭での発売開始となります。どのお店に配本されるかについては、当ブログコメント欄や、電話、メールなどで地域を指定してお尋ねいただければお答えいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

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なおご参考までに本書の詳細目次を公開いたします。

序論
第一部 自我殺しに抗して
「私は死につつある」あるいはハイデガーの呼びかけ
「私は他者たちである」
「私は死(に臨)んでいる」
「個人には何の価値もない」(ハイデガーのナチズムについて)
〈存在〉の十字架
「私は鏡のなかに自分を見る死人である」あるいはラカンの主体
 死像段階
「では誰が、私が死んでいることを知っていたのか」
「エスがあったところに、〈私〉が生じなければならない」(フロイトへの回帰?)
第二部 デカルトへの回帰
「彼が私を欺くなら、私は在る」
 人間でもなく主体でもなく
「私は道であり、真理であり、生である」
 私の失調の瞬間
「神の前で/神の代わりに仮面をつけて」(デカルトの遺産)
第三部 自我分析への序論
 現象学の曖昧さ
 内在野
 肉的綜合――交叉
 触れている自分にどのようにして触れるか――交叉の(不)可能性
 触れられえないものと触れあって――残りもの
 これは私の身体である(のではない)――身体化の残りもの
 他人の彼方に
 交叉の危機
 憎悪から愛へ
 原臨終から復活へ
 解放へ向けて(内立)
文献一覧
訳者あとがき
事項索引
人名索引

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# by urag | 2017-06-30 23:31 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 26日

8月新刊案内:ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない』月曜社

2017年8月4日取次搬入予定|ジャンル:現代思想・文化研究

ユニオンジャックに黒はない̶人種と国民をめぐる文化政治
ポール・ギルロイ著 田中東子+山本敦久+井上弘貴訳
月曜社 2017年8月 本体予価3,800円 四六判(縦188mm×横128mm×束30mm) 上製576頁 ISBN978-4-86503-049-5

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

内容:〈人種差別〉と〈ポピュリズム〉の結託に抗する闘いと思考――ギルロイのデビュー作、ついに邦訳なる。警察による過剰な取り締まりと暴動、レゲエやパンクなどの抵抗的音楽をつうじて戦後英国における人種差別の系譜を批判的に辿りながら、法と秩序、そして愛国心のもとで神話化された〈国民〉というヴェールを引き剝がす。

目次:

日本語版への序文
謝辞
序章 人種は月並みなものである
第1章 「人種」、階級、行為体
 対自的な人種と即自的な階級

 階級の編制

 人種の編制
第2章 「囁きが起き、戦慄が走る」――「人種」、国民、エスニック絶対主義
 「人種」、国民、秩序のレトリック

 平時と戦時における国民共同体

 国家と家族のなかの文化とアイデンティティ

 結論
第3章 無法な異邦人たち
 第二次世界大戦後の英国における黒人と犯罪

 量から質へ――パウエリズム、黒人の子どもたち、病理学

 1981年から1985年にかけての路上犯罪と象徴的な場所

 結論
第4章 反人種差別のふたつの側面
 1970年代の反人種差別

 反ナチズム、あるいは反人種差別?

 地方自治体の反人種差別

 新しい反人種差別に向けて
第5章 ディアスポラ、ユートピア、資本主義批判
 ダンスフロアの黒と白

 「立ちあがり、闘い、そしてかかわりあえ」―─ソウル、公民権、ブラック・パワー

 足止めされたラスタファーライの前進

 ファンクの裏切り者とコックニー解釈

 ドレッド文化、ワイルド・スタイル、資本主義批判

 言語の限界

 「人種」、エスニシティ、習合主義、近代性
第6章 結論――都市の社会運動、「人種」、コミュニティ
 破壊的な抵抗とコミュニティの象徴化

 終わりに
第6章への補遺
 1、報道発表

 2、コミュニティの声明

訳者あとがき
参考文献
索引


著者:ポール・ギルロイ(Paul Girloy)1956年生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジ教授。英米文学、文化研究。大西洋岸に四散した黒人たちの歴史および音楽の研究者であり、英国の人種・民族政策についての発言などでも知られる。訳書に、ポール・ギルロイ『ブラック・アトランティックーー近代性と二重意識』(上野俊哉・毛利嘉孝・鈴木慎一郎訳、月曜社、初版2006年/新版近刊予定)。


訳者:田中東子(たなか・とうこ)1972年生まれ、大妻女子大学准教授。著書:『メディア文化とジェンダーの政治学――第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社、2012年)。
訳者:山本敦久(やまもと・あつひさ)1973年生まれ、成城大学准教授。編著書:『身体と教養――身体と向き合うアクティブ・ラーニングの探求』(ナカニシヤ出版、2016 年)、『反東京オリンピック宣言』(共編、航思社、2016年)。
訳者:井上弘貴(いのうえ・ひろたか)1973年生まれ、神戸大学准教授。著書:『ジョン・デューイとアメリカの責任』(木鐸社、2008 年)。

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# by urag | 2017-06-26 14:27 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 25日

注目新刊:ヘグルンド『ラディカル無神論』、ラトゥール『法がつくられているとき』、ほか

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★明日以降順次発売開始と聞く注目新刊をまずご紹介します。

ラディカル無神論――デリダと生の時間』マーティン・ヘグルンド著、吉松覚/島田貴史/松田智裕訳、法政大学出版局、2017年6月、本体5,500円、四六判上製478頁、ISBN978-4-588-01062-0
法が作られているとき――近代行政裁判の人類学的考察』ブルーノ・ラトゥール著、堀口真司訳、水声社、2017年6月、本体4,500円、四六判上製473頁、ISBN978-4-8010-0263-0

★ヘグルンド『ラディカル無神論』の原書は『Radical Atheism: Derrida and the Time of Life』(Stanford University Press, 2008)です。ヘグルンド(Martin Hägglund, 1976-)は、スウェーデン出身の哲学者で、現在イェール大学比較文学・人文学教授。本訳書は著者にとって英語で刊行された初めての著書であり、単行本での本邦初訳となります(中国語訳と韓国語訳が進行中と聞きます)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。日本語版付録として「ラディカル無神論的唯物論──メイヤスー批判」(初出:吉松覚訳、『現代思想』2016年1月号「特集=ポスト現代思想」)が再録されています。ヘグルンドは序文で自著についてこう述べています。「本書は、デリダがたどった道筋全体を一貫して捉えなおそうとする試みを提示している。デリダの思考のなかに倫理的ないし宗教的な「転回」があったとする見解を退けることで、私は、ラディカルな無神論が終始一貫して彼の著作を形づくっていることを明らかにしたい」(3頁)。

★序文では各章について端的な紹介があります。「第一章〔時間の自己免疫性──デリダとカント〕では、デリダの脱構築とカントの批判哲学との関連を扱う」。「第二章〔原‐エクリチュール──デリダとフッサール〕では時間の総合という脱構築的な観念を、デリダが「原-エクリチュール」と呼んだものの分析を通して展開する」。「第三章〔原‐暴力──デリダとレヴィナス〕では、原-エクリチュールと、デリダが原-暴力と呼ぶものとの関連を明らかにする」。「第四章〔生の自己免疫性──デリダのラディカル無神論〕では、デリダのラディカル無神論の重要性を、詳細にわたって示すことにする」。「第五章〔デモクラシーの自己免疫性──デリダとラクラウ〕では、ラディカル無神論の論理がデリダのデモクラシー概念に結びつけられる」(20-22頁)。

★以下では印象的な言葉を抜き出してみます。「デリダは、それ〔「生き延び」という観念〕が自分の仕事全体にとって中心的な重要性をもつと繰り返し指摘しているが、彼は生き延びの論理について明確に問題を示したことなど一度もなかったし、それが同一性や欲望、倫理や政治にかんするわれわれの思考へと分岐していることを示したこともなかった。こうした議論を準備することで私は、彼がこの語に与える厳密な意味において、デリダを「相続」しようと努めた。相続することは、単に師に導かれたことを受け入れるだけではない。それは、師の教えをさまざまな仕方で生き続けさせるために、その遺産を肯定し直すことなのである。/このような相続はもっともらしく教えを守ることによってはなしえない。それは、ただ教えを批判的に識別することを通してのみ可能なのである」(23-24頁)。

★「ラディカル無神論の最初の挑戦は、生のあらゆる瞬間が実のところ生存の問題なのだということを証明することである。〔・・・〕何ものもそれ自体として与えられることはありえず、つねにすでに過ぎ去っている〔・・・〕仮に出来するものがそれ自体として与えられ過ぎ去ってしまうことがなかったならば、未来のために何かを書き留める理由などないだろう。〔・・・〕生き延びの運動なしにはいかなる生も存在しえない〔・・・〕。生き延びの運動は来たるべき予見不可能な時間のために、破壊可能な痕跡を残すことによってのみ存続するのだ」(96頁)。

★「ひとが望む未来はどのようなものであれ、内在的に暴力的で(なぜならこの未来は、他の未来を犠牲にしてのみ到来しうるのだから)、かつそれ自体暴力にさらされている(なぜならこの未来は他の未来の到来によって打ち消されるかもしれないからだ)。〔・・・〕生き延びを目指した欲動は、デモクラシーを望むということがいかにして可能になるかわれわれが説明することを可能にする傍らで、なぜこの欲望は本質的に退廃しうるもので、内在的に暴力的なのかを説明することをも可能にしてくれる〔・・・〕。デモクラシーを望むとしても、時間を逃れた存在の状態を望むことはできない。デモクラシーを望むことは本質的に、時間的なものを望むことである。なぜならデモクラシーは、民主主義的であるために、自らの変化=他化に開かれたままでなければならないからだ。〔・・・デモクラシーを求める欲望は〕あらゆる欲望において機能している生き延びの暴力的な肯定を明快に説明している〔・・・〕。ラディカル無神論の論理によってわれわれは政治の問題と、デモクラシーの課題を、新たな観点から評価することができるようになる」(398-399頁)。

★『ラディカル無神論』はそれ自体がデリダの思想を相続する試みであると同時に、デリダを相続しようとした先行者たちとの対話でもあり、それらをとりまく哲学史との対話でもあります。本書を読むことなしにデリダ研究の現在は語れないのではないかと思われます。

★ラトゥール『法が作られているとき』は「叢書・人類学の転回」の最新刊。原書は『La Fabrique du droit : une ethnographie du Conseil d'État』(La Découverte, 2002)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「フランスの行政法最高裁判所であるコンセイユデタの人類学的調査が実施され、法を専門としない外部者の視線から、裁判官が事件を処理し判決を作り上げるプロセスについて、詳細な記述が行われている」(訳者あとがき、456頁)本書について、ラトゥールは英語版序文でこう書いています。「エスノグラフィという装置を用いて、哲学的には捉えることができないような哲学的問題に取り組もうとしている。つまり、法の本質についてである。それは、本質とは、定義の中ではなく、実践、それもある特別な方法で異質な現象を全体的に結びつけているような、実態に根差した実践の中にこそあるということを知っているからである。そして、本書全体を通じて焦点を当てているのが、この特別な方法そのものを探求することなのである」(451頁)。

★ブルーノ・ラトゥール(Bruno Latour, 1947-)はフランス・パリ政治学院教授。科学社会学の泰斗で訳書には以下のものがあります。

1985年『細菌と戦うパストゥール』岸田るり子/和田美智子訳、偕成社文庫、1988年(品切)
1987年『科学がつくられているとき――人類学的考察』川崎勝/高田紀代志訳、産業図書、1999年
1991年『虚構の「近代」――科学人類学は警告する』川村久美子訳、新評論、2008年
1992年『解明 M.セールの世界――B.ラトゥールとの対話』ミシェル・セール著、梶野吉郎/竹中のぞみ訳、法政大学出版局、1996年(品切)
1999年『科学論の実在――パンドラの希望』川崎勝/平川秀幸訳、産業図書、2007年
2002年『法が作られているとき――近代行政裁判の人類学的考察』堀口真司訳、水声社、2017年
2014年「「近代」を乗り越えるために」、『惑星の風景――中沢新一対談集』所収、中沢新一著、青土社

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★次に、発売済の今月新刊から注目書をピックアップします。

ミシェル・フーコー講義集成Ⅲ 処罰社会――コレージュ・ド・フランス講義1972-1973年度』ミシェル・フーコー著、八幡恵一訳、筑摩書房、2017年6月、本体6,000円、A5判上製448頁、ISBN978-4-480-79043-9
口訳万葉集(下)』折口信夫著、岩波現代文庫、2017年6月、本体1,400円、A6判並製480頁、ISBN978-4-00-602289-1

★『ミシェル・フーコー講義集成Ⅲ 処罰社会』は発売済。全13巻のうちの第11回配本(原書『La société punitive. Cours au Collège de France (1972-1973)』は2013年刊)。帯文はこうです。「規律権力はどこから来たのか――現代の監視社会の起源を問う、もうひとつの『監獄の誕生』! 18世紀末から19世紀にかけ、監獄という刑罰の形態が、身体刑にとって代わり、突如として一般的になる。なぜ、このような奇妙な現象が生じたのか。犯罪者を「社会の敵」へと変えるさまざまな刑罰の理論と実践を検討し、のちの『監獄の誕生』では十分に深められなかった「道徳」の観点から、現代における規律権力の到来を系譜学的にさぐる。フーコー権力論の転回点を示す白熱の講義」。残すところ、講義録は第Ⅱ巻「刑罰の理論と制度(1971-1972)」と第Ⅹ巻「主体性と真理(1980-1981)」の2巻となりました。ちなみに新潮社版『監獄の誕生』は現在版元品切ですが、アマゾンでの表示が7月31日に入荷予定となっているので、おそらく重版が掛かるのだと思われます。

★折口信夫『口訳万葉集(下)』は全三巻の完結編。29歳の折の口述筆記による現代語訳です。下巻は巻十三から巻二十を収めています。夏石番矢さんによる解説「波路のコスモロジー」が巻末に掲載されています。今年は折口の生誕130年であり、角川ソフィア文庫の『古代研究』をはじめ、新刊が続いています。

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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。

ゲンロン5 幽霊的身体』東浩紀編、ゲンロン、2017年6月、本体2,400円、A5判並製324頁、ISBN978-4-907188-21-4
わが人生処方』吉田健一著、中公文庫、2017年6月、本体860円、文庫判並製280頁、ISBN978-4-12-206421-8
鯨と生きる』西野嘉憲著、平凡社、2017年6月、本体4,500円、B5変判上製96頁、ISBN978-4-582-27828-6

★『ゲンロン5 幽霊的身体』は6月24日(土)より一般書店発売開始。発行部数一万部と聞いていますので、本誌の取扱書店一覧は、人文書版元の営業にとってMAXに近い配本先となり、非常に参考になります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。東浩紀さんによる巻頭言「批評とは幽霊を見ることである」にこんな言葉があります。「つまり批評とは、なによりもまず視覚の問題なのだ。批評家は、見えるものを分析するだけではいけない(それはジャーナリストや社会学者の仕事だ)。しかし、かといって、見えないものを夢想するだけでもいけない(それはこんどは芸術家の仕事だろう)。批評家は、見えるもののなかに、本来なら見えないはずのものを幻視する、特殊な目をもっていなけれなならない。言い換えれば、幽霊が見える目をもっていなければならない。/批評とは幽霊を見ることだ」(9~10頁)。「この21世紀の社会をよりよく生きるためには、みなが幽霊を見る目をもつべきである、すなわちみなが小さな批評家になるべきである〔・・・〕。ポストモダンとは、幽霊の時代であり、批評の時代なのである」(11頁)。なお、続刊となる第6号(9月予定)と第7号(2018年1月)では、連続で「ロシア現代思想」の特集が組まれるそうです。

★吉田健一『わが人生処方』は発売済。没後20周年記念オリジナル編集のエッセイ集第三弾です。人生論と読書論から成る二部構成で、巻末には著者のご息女である吉田暁子さんと松浦寿輝さんの対談「夕暮れの美学――父・作家、吉田健一」(初出は『文學界』2007年9月号)と、松浦さんの解説「すこやかな息遣いの人」が収められています。松浦さんはこうお書きになっておられます。「本書が教えてくれるのは、人は恋人の瞳や飼っている犬のしぐさや川面に移ろう光を愛するように本を愛しうるし、また愛すべきだという簡明な真実である。この「一冊の本」と深くまた密に付き合うことで、人は「時間がただそれだけで充実してゐる」世界を体験することができるからだ」(271頁)。「わたしの書架には数十年来何度も何度も読み返し読み古した挙句、黄ばんでよれよれになってしまった集英社文庫版の『本当のような話』や中公文庫版の『東京の昔』がまだ残っており、それらをわたしは死ぬまで手元に置いて、折に触れ繰り返しページを繰りつづけるだろう」(272頁)。紙の書物の「「実在」と深く密に触れ合」うことの「「充実」した時間」、この幸福は愛読書を持つ者なら共感できることではないかと思います。すべてが素早く移ろいゆく世界の中で、一冊の愛すべき書物を読む時間を持てるのは、この上なく贅沢なことです。

★西野嘉憲『鯨と生きる』は発売済。帯文に曰く「関東で唯一の捕鯨基地がある千葉県和田漁港。毎年、町には鯨とともに夏が訪れる。鯨が息づく町の暮らしや捕鯨船の様子を、自然とヒトの関係を追ってきた写真家が活写」。漁や解体、料理や食事など、外房の日常風景が並びます。意義深い出版に接し、著者や出版社に深い敬意を覚えます。本書に言及はありませんが、「環境保護団体」を自称する輩やその賛同者たちの横暴とは一切無縁の、貴重な一冊です。

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# by urag | 2017-06-25 18:53 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)