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2017年 12月 31日

月曜社の出版物【2017】

弊社は2017年12月7日で創業満17周年を迎え、18年目の営業へと突入いたしました。今年一年の皆様のご愛顧に深く御礼申し上げます。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

◎2017年の発行/発売実績

自社発行
02月08日:星野太『崇高の修辞学』本体3,600円、古典転生12【思想史】
02月10日:佐野方美『SLASH』本体4,000円【写真】
02月16日:松江泰治『Hashima』本体3,600円【写真】
03月30日:上野俊哉『[増補新版]アーバン・トライバル・スタディーズ』本体3,000円【文化研究】
05月12日:内田美紗/森山大道『鉄砲百合の射程距離』大竹昭子編、本体2,500円【写真/俳句】
05月15日:金澤忠信『ソシュールの政治的言説』本体3,000円、古典転生14【思想史】
05月30日:ソシュール『伝説・神話研究』本体3,400円、古典転生13【神話学/言語学】
06月02日:荒木経惟『私情写真論』本体1,500円【写真論】
07月04日:ジャコブ・ロゴザンスキー『我と肉』本体4,800円、古典転生15【哲学】
08月04日:ポール・ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない』本体3,800円【文化研究】
10月06日:森山大道『K』本体2,500円【写真】
10月16日:甲斐義明編訳『写真の理論』本体2,500円【写真論】
11月01日:南嶌宏『最後の場所』本体3,500円【美術評論】
11月29日:ジャン・ウリ『コレクティフ』本体3,800円【心理学】

自社重版
03月17日:星野太『崇高の修辞学』2刷【思想史】
04月07日:森山大道『通過者の視線』2刷【写真論】
04月18日:森山大道『Osaka』2刷【写真】
07月19日:星野太『崇高の修辞学』3刷【思想史】

発売元請負
04月17日:表象文化論学会『表象11:ポスト精神分析的主体の表象』本体2,000円【人文・思想】
05月17日:2刷出来

製作請負
11月24日:日本ヤスパース協会『コムニカチオン 第24号』【哲学】

以上、自社本12点、重版3点、発売元請負1点、製作請負1点でした。18期目も出版事業に微力を尽くします。どうぞよろしくお願いいたします。

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by urag | 2017-12-31 16:54 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 27日

週刊読書人と図書新聞の読書アンケートにソシュール、ロゴザンスキー、ウリの訳書

弊社5月刊のフェルディナン・ド・ソシュール『伝説・神話研究』(金澤忠信訳)と、7月刊のジャコブ・ロゴザンスキー『我と肉――自我分析への序論』(松葉祥一/村瀬鋼/本間義啓訳)、11月刊のジャン・ウリ『コレクティフ――サン・タンヌ病院におけるセミネール』(多賀茂/上尾真道/川村文重/武田宙也訳)に対し、識者の先生方から高いご評価を頂戴しましたので、ご紹介します。

1)「週刊読書人」2017年12月15日号「2017年の収穫 41人へのアンケート」で、江川純一さん(東京大学大学院助教・宗教学)に、ソシュール『伝説・神話研究』を3冊のうちの1冊として選んでいただきました。「今後、神話研究史における位置づけが必要な重要文献」。

2)「図書新聞」2017年12月23日号「17年下半期読書アンケート」で、上村忠男さん(学問論・思想史)にロゴザンスキー『我と肉』を3冊のうちの1冊として選んでいただきました。「フッサールが晩年に構想した「あらかじめ与えられている生活世界にまで問いを遡らせたところから出発して現象学的超越論哲学へいたる道」は、わたしが学問論的反省を進めるにあたっての導きの意図でありつづけてきた。そのフッサールの構想に潜む陥穽がデカルトの「自我」概念に回帰したところから鋭くえぐり出されていてショッキング」。

3)「図書新聞」同号で、松本卓也さん(精神病理学)に、ウリ『コレクティフ』を3冊のうち1冊として選んでいただきました。「広く集団の問題に関わる3冊を興味深く読んだ。『コレクティフ』はラカンの優れた理解者であり、ラボルド病院における実践家であった著者の講義録。個人の特異性は他者と共約不可能なものであるが、それを尊重しながらいかにして集団をつくることができるかを問う」。

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by urag | 2017-12-27 15:00 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 27日

星野太『崇高の修辞学』が読売新聞・週刊読書人・紀伊國屋じんぶん大賞で取り上げられました

弊社2月刊、星野太『崇高の修辞学』に識者や読者の方々から高いご評価を頂戴しましたので、ご紹介します。

1)「週刊読書人」2017年12月15日号「2017年の収穫 41人へのアンケート」で、上村忠男さんに3冊のうちの1冊として選んでいただきました。「たまたまヘイドン・ホワイトの論文「歴史的解釈の政治――ディシプリンと脱崇高化」(一九八二年)を訳出した直後だったこともあって(『歴史の喩法―ホワイト主要論文集成』作品社、二〇一七年所収)、興味深く読ませてもらった。ただ、残念ながら、ホワイトが主題的に論じていたシラーの「崇高について」(一八〇一年)については、第Ⅱ部でとりあげられているバークやカントとの絡みで言及されていてよかったはずなのに、どういうわけか本書ではひと言も触れられていない」。

ちなみにこのご指摘については星野さんご自身がツイートされています。「コメントの中で書かれている「シラーの不在」については、拙著では十分に扱う余裕がなかったということに尽きます。シラーの二篇の崇高論(Vom Erhabenen, Über das Erhabene)および『美的教育書簡』を含むその全体を遺漏なく論じるには、また別稿を期す必要があるだろうと判断しました」。

2)「読売新聞」2017年12月24日付「本よみうり堂」での特集「読書委員が選ぶ「2017年の3冊」年の終わりに出合う新たな本」において、納富信留さんに3冊のうちの1冊として選んでいただきました。「年の最後に、自分の読書用の本を紹介したい。『崇高の修辞学』は「崇高」を論じた古代の修辞学書を読み解き、現代における言葉の可能性を問う美学論」。

3)紀伊國屋書店さんが2017年12月26日に発表された「紀伊國屋じんぶん大賞2018 読者と選ぶ人文書ベスト30」において、『崇高の修辞学』が第12位に選ばれました。

同賞の趣旨は以下の通り「「読者の皆さまと共に優れた人文書を紹介し、魅力ある『書店空間』を作っていきたい」――との思いから立ち上げた「紀伊國屋じんぶん大賞」は、今年で第8回目を迎えました。〔・・・〕一般読者の方々からいただいたアンケートを元に、出版社、紀伊國屋書店社員による推薦を加味して事務局にて集計し、ベスト30を選定いたしました。/※2016年12月~2017年11月に刊行(店頭発売日基準)された人文書を対象とし、2017年11月1日(水)~11月30日(木)の期間に読者の皆さまからアンケートを募りました。当企画における「人文書」とは、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」のジャンルに該当する書籍(文庫・新書も可)としております」。

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by urag | 2017-12-27 13:57 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 24日

注目新刊:クリッチリー『ボウイ』新曜社、ほか

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ボウイ──その生と死に』サイモン・クリッチリー著、田中純訳、新曜社、2017年12月、本体2,000円、四六変形並製256頁、ISBN978-4-7885-1554-3
猫はこうして地球を征服した――人の脳からインターネット、生態系まで』アビゲイル・タッカー著、インターシフト発行、合同出版発売、2018年1月、本体2,200円、46判並製272頁、ISBN978-4-7726-9558-9
貧しい出版者――政治と文学と紙の屑』荒木優太著、フィルムアート社、2017年12月、本体2,800円、四六版上製312頁、ISBN978-4-8459-1705-1
詩人調査 松本圭二セレクション第7巻(小説1)』松本圭二著、航思社、2017年12月、本体2,600円、四六判上製仮フランス装264頁、ISBN978-4-906738-31-1
「砂漠の狐」回想録――アフリカ戦線1941~43』エルヴィン・ロンメル著、大木毅訳、作品社、2017年12月、本体3,400円、ISBN978-4-86182-673-3
宗教改革から明日へ――近代・民族の誕生とプロテスタンティズム』ヨゼフ・ルクル・フロマートカ編著、平野清美訳、佐藤優監訳、2017年12月、本体4,800円、4-6判上製400頁、ISBN978-4-582-71718-1
神の国とキリスト者の生――キリスト教入門』A・B・リッチュル著、深井智朗/加藤喜之訳、春秋社、2017年11月、本体4,000円、四六判上製344頁、ISBN978-4-393-32375-5
人文死生学宣言――私の死の謎』渡辺恒夫/三浦俊彦/新山喜嗣編著、重久俊夫/蛭川立著、春秋社、2017年11月、本体2,500円、四六判上製256頁、ISBN978-4-393-33362-4

★『ボウイ』は『On Bowie』(Serpent's Tail, 2016)の全訳。著者はイギリスの哲学者であり現在はニューヨークのニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチでハンス・ヨナス記念教授を務めるサイモン・クリッチリー(Simon Critchley, 1960-)です。彼の単独著が翻訳されるのは、『ヨーロッパ大陸の哲学』(佐藤透訳、岩波書店、2004年;原著『Continental Philosophy』2001年)、『哲学者たちの死に方』(杉本隆久/国領佳樹訳、河出書房新社、2009年;原著『The Book of Dead Philosophers』2008年)に続いて3冊目。訳者あとがきによれば『ボウイ』の原書はまずOR Booksから2014年に『Bowie』として刊行され、2016年に増補改訂版が発売。今回の訳書では「著者からの指示にもとづき、最新の内容である前者〔すなわちSerpent's Tail版〕を底本とした」とのことです。ちなみにOR Booksの増補改訂版とSerpent's Tail版とは「若干の異同がある」そうです。坂本龍一さんによる帯文の一部や訳者あとがきの一部、そして目次は書名のリンク先でご確認いただけます。

★本書の冒頭でクリッチリーは「いささかまごつかせるような告白から始めさせてほしい。わたしの人生を通して、デヴィッド・ボウイ以上に大きな喜びを与えてくれた人物はいない」(8頁)と書いています。そして田中純さんによる訳者あとがきの書き出しは次の通りです。「「ボウイのアルバムのような書物を書きたい」と、ひそかに思い続けてきた。/著者クリッチリー氏はこの本で、わたしのそんなあこがれを達成している――しかもデヴィッド・ボウイそのひとを論じることによって」(237頁)。さらにクリッチリーは「日本語版へのメッセージ」でこうも書いています。「日本にはボウイのファンがとても大勢いることをわたしは知っている。わたしが心から願うのは、この書物の言葉がそのうち何人かと共鳴しうるものであること、そして、わたしにとって過去五十年間でもっとも重要なアーティストだった人物を正当に評価しうるものであることだ」(235頁)。クリッチリーの単独著の訳書の中でもっとも広範な読者を獲得するのではないかと想像できる本書は、哲学者の生がボウイの音楽と思想と幾度も絡み合うさまを語った、それ自体が「出会いの書」です。その美質は祖父江慎さんによる洒脱な造本にも表れていると思います。また個人的には、ツェランとボウイが「詩」において交錯するという96頁の記述に強い印象を抱きました。

★『猫はこうして地球を征服した』は『The Lion in the Living Room: How House Cats Tamed Us and Took Over the World』(Simon & Schuster, 2016)の全訳です。目次や「はじめに」は書名のリンク先でご覧になれます。また、ここでは記しませんが、本書の巻末には本書の注をダウンロードできるURLが記載されています。同書は2016年に『フォーブス』誌、『ライブラリー・ジャーナル』誌、『スミソニアン』誌などで年間ベスト・サイエンス・ブックスに選ばれており、すでに12か国で出版されているとのこと。「はじめに」にはこうあります。「イエネコの物語は生命をめぐる不思議の物語、驚くべき自然の継続力の物語でもある。それをよく知れば、私たちは自分中心の考えを改めるだけでなく、ついつい赤ちゃん扱いして守ろうとしてしまう生きものを、もっと冷静な目で見るチャンスを得られる。〔・・・〕本物の愛情には理解が必要だ」(19頁)。どの章もたいへん興味深いですが、特に第5章「ネコから人間の脳へ感染する」の諸節(ライオンに食べられたい/トキソプラズマの世界的権威/なぜ感染力が強いのか/人間の心を操る/統合失調症とのかかわり/古代エジプトのミイラにも)や、第8章「なぜインターネットで大人気なのか」は、ネコを飼って「いない」読者や、イヌ派の読者にとっても興味深く読めるものなのではないかと想像します。

★『貧しい出版者』は帯文に曰く「新進気鋭の在野研究者、荒木優太の処女作が大幅増補で堂々の復活!!」と。荒木さんのデビュー作『小林多喜二と埴谷雄高』(ブイツーソリューション、2013年)を第一部とし、新たな序文と論考群を加えたものです。第二部「貧しいテクスト論四篇」はデビュー作の補論となる関連論文を収め、第三部「自費出版録」では「自費出版が、どのような意図のもとで計画され、どれくらい売れたのかといったレポートを再録することで、実践した流通の試みを再現できるように」(「あとがきふたたび――改題由来」)したとのことです。目次詳細やためし読みは書名のリンク先をご覧ください。「テクストの運動が本来出会うはずもないような者たち、出会いたかったけれども出会えなかった人たちを当人も気づかないまま出会わせることがある。本書で考察してきた小林多喜二と埴谷雄高という耳慣れないこの対は、その奇跡的な場所に関する冒険的な読解の試みであった」(193頁)、とは第一部の結びの言葉です。前著『これからのエリック・ホッファーのために──在野研究者と生の心得』(東京書籍、2016年2月)から約一年、「元々もっていたコンセプトを体現する完成版にやっと到達した」というデビュー作の再刊は、文学研究や政治評論、出版論や作家論の枠にとらわれずに横断していく著者自身の戦い方をも示しています。

★「複数の副業に就きつつも、それでアートの部分を完全に無償にするのではなく、少額でも不定期でもいいから、文章を書き、それをカネで買ってもらう、そんな回路がもっと一般化すればいいと思っている」(261頁)。「もちろん、それはカネを得ることで飯を食うためではない。カネを得て、無償行為がはらみやすい倒錯的な論理とは別の筋道を通って文章を書くことだってできるのだと示したいからだ。そして、アートの内側には一般社会が地続きにあることを示すことで、不必要な神聖視や両者の遊離を和らげていきたいからだ。それはきっとアマチュア・クリエーターたちの(どんな方向であれ)成長に資する環境を整えるだろう。文学者も芸術家もサラリーマンの隣りにいる。駅前の本屋にだってプラトンがいるのだ」(262頁)。この視線、この熱こそ荒木さんの魅力ではないかと感じます。

★『詩人調査』は、航思社版「松本圭二セレクション」第7巻(小説1)です。「あるゴダール伝」(「すばる」2008年4月号)と「詩人調査」(「新潮」2010年3月号)を収録。「詩人調査」における宇宙公務員の質問(曰く「デジタルノイズのような声」172頁)がすべて、細かいバーコードのように印刷されているのがユニーク。バーコードの模様は様々でこれが全部「指定」だったらと仮定すると戦慄を覚えます。主人公の詩人、39歳男性の園部は質問にこう答えます。「だからわたしたちが、期せずして「地下活動」を志向してしまうのは、反社会ということではなく、おそらくは自然の摂理に近いのだと思います。考えるまでもなく、可能性はアンダーグラウンドにしかないわけです」(169~170頁)。「ただ、一つ言えることは、アンダーグラウンドにはアンダーグラウンドの栄光があるということです。その栄光は、しかし金にはなりません。ある種の実験的精神、革命的もしくは無政府主義的なラディカリズムが金になったのは、わたしが知るかぎり「クレヨンしんちゃん」だけです」(170~171頁)。主人公の語りに著者自身が姿が重なるような印象があります。内容紹介と付属する「栞」に収められた著者解題「ラブ&」での重要部分は書名のリンク先で読むことができます。著者解題にはかの「重力」誌についても証言あり。栞には金井美恵子さんによる「「奴隷の書き物」の書き方について」も収められています。

★『「砂漠の狐」回想録』は1950年に刊行された『Krieg ohne Hass(憎悪なき戦争)』の全訳。底本は同年刊の第二版とのことです。帯文に曰く「DAK(ドイツ・アフリカ軍団)の奮戦を、指揮官自ら描いた第一級の証言。ロンメルの遺稿ついに刊行!【ロンメル自らが撮影した戦場写真/原書オリジナル図版、全収録】」と。作品社さんでのロンメル(Erwin Johannes Eugen Rommel, 1891-1944)の訳書は一昨年夏の『歩兵は攻撃する』 (浜野喬士訳、作品社、2015年7月)に続く2点目です。ロンメル夫人(ルチー=マリア)による序文に始まり、第一章「最初のラウンド」、第二章「戦車の決闘」、第三章「一度きりのチャンス」、第四章「主導権の転換」、第五章「希望なき戦い」、第六章「一大退却行」、第七章「戦線崩壊」、第八章「闇来たりぬ(ある回顧)」、の全八章。大木毅さんによる訳者解説「狐の思考をたどる」が付されています。ロンメルは第三章でこう述懐しています。「大胆な解決こそ、最大の成功を約束してくれる。私は、そういう経験をした。作戦・戦術上の果敢さは、軍事的賭博と区別されねばならぬ。望む通りの成功が得られる可能性があるものこそ、大胆不敵な作戦というものだ。ただし、その際、失敗した場合に備えて、いかなる状況であろうとしのげるよう、多くのカードを手中に残しておくのである」(144頁)。

★『宗教改革から明日へ』は佐藤優さんによる「監訳者まえがき」の文言を借りると「チェコの傑出したプロテスタント神学者ヨゼフ・ルクル・フロマートカ(Josef Lukl Hromádka, 1889-1969)が中心となって、1956年に社会主義体制のチェコスロヴァキアで刊行された論文集だ。フロマートカの他に、アメデオ・モルナール(歴史神学者)、ヨゼフ・B・ソウチェク(新約聖書神学者)、ルジェック・ブロッシュ(組織神学者)、ボフスラフ・プロピーシル(実践神学者)というチェコを代表するプロテスタント神学者の優れた論攷が収録されている」。「絶望的な状況においてこそ、神の愛がリアリティをもって迫ってくるというチェコ宗教改革の思想は、21世紀の危機的状況でわれわれが生き残るための指針を示してくれる」ともお書きになっています。古くは日本では「ロマドカ」と表記されていたフロマートカを近年積極的に再評価されてきたのが他ならぬ佐藤優さんであることは周知の通りです。今回翻訳された論文集『Od reformace k zítřku』は、「ボヘミア宗教改革とその後のチェコ・プロテスタンティズムの歴史」(佐藤優「解題」より)を扱っており、フロマートカの「序文」と「宗教改革から明日へ」、モルナール「ボヘミア宗教改革の終末論的希望」、ソウチェク「より新しい聖書研究に照らした兄弟団の神学の主たる動機」、ブロッシュ「寛容令から今日へ」、プロピーシル「自由への奉仕」が収められ、巻末には聖書箇所索引が付されています。

★『神の国とキリスト者の生』は『Unterricht in der christlichen Religion』(Bonn: Marcus, 1875; 2.Aufl., 1881; 3. Aufl., 1886)の訳書。19世紀ドイツの神学者アルブレヒト・リッチュル(Albrecht Benjamin Ritschl, 1822-1889)の翻訳は、白水社の「現代キリスト教思想叢書」第1巻(1974年)所収の講演「キリスト者の完全性」および主著の抄訳「義認と和解」(どちらも森田雄三郎訳) 以来で、単独著としては初めてではないでしょうか。帯文はこうです。「神学をロマン主義から解き放ち、啓示の場所を人間の道徳性に求めて、神学を実証主義に耐えうる学問たらしめんとした近代神学の巨人」と。初版、第二版、第三版それぞれの序言に始まり、序論、第1部「神の国についての教え」(A:宗教的理念としての神の国、B:倫理の根本思想としての神の国)、第2部「キリストによる和解についての教え」、第3部「キリスト教徒の生活についての教え」、第4部「公的な礼拝についての教え」の4部構成で、読者の便宜のために、聖書参照箇所一覧、各版の異同を示した訳注、訳者の深井智朗さんによる解説「同時代への責任意識――アルブレヒト・リッチュルとその神学がめざしたもの」が付されています。カール・バルトが『十九世紀のプロテスタント神学』(上中下巻、『カール・バルト著作集』第11~13巻、新教出版社、1971-2007年)でリッチュルに言及した箇所において論じていたのは本書『神の国とキリスト者の生』だそうです。ちなみに、『説教の神学』(関田寛雄訳、日本基督教団出版局、1986年)や『現代神学の論理の転換――その場・理論・確証』(畑祐喜訳、新教出版社、1998年)などの訳書があるディートリヒ・リッチュル(Dietrich Ritschl, 1929-)は、アルブレヒトの孫です。

★『人文死生学宣言』は「人文死生学研究会」の活動成果であり、同会の世話人5名が執筆した論文集です。編者代表の渡辺恒夫さんによる「まえがき――人文死生学宣言」にはこう書かれています。「本書の著者たちは、〔・・・〕死を定められた当事者として自己の死を徹底的に思索しぬく場として、人文死生学研究会という会を設けるにいたった。人文死生学とは、元々、臨床死生学に対比させた名称であるが、自己の死を思索するために、現象学、分析哲学、論理学、宗教学など、人文学もしくは人文科学と称されている諸学の成果を、徹底的に活用しようという意図が込められている。本書はその最初の成果である」(iii頁)。入門篇「人文死生学への招待」と各論篇「死と他者の形而上学」の二部構成で、7本の論考と2本のコラム、そして付論、まえがき、あとがき、で構成されています。目次詳細はhonto掲載のものが一番親切ですが、「三浦による批判への応答」と記載されているのが付論で、三浦論文「一人称の死――渡辺、重久、新山への批判」に対する応答なのですが、これは渡辺さんだけでなく、重久さんや新山さんも書いておられます。

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by urag | 2017-12-24 14:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 18日

ブックツリー「哲学読書室」に相澤真一さんと磯直樹さんによる選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、ベネットほか『文化・階級・卓越化』(青弓社、2017年10月)の共訳者でいらっしゃる相澤真一さんと磯直樹さんによるコメント付き選書リスト「現代イギリスの文化と不平等を明視する」が追加されました。リンク先にてご覧いただけます。


◎哲学読書室

星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する

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by urag | 2017-12-18 19:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 17日

注目新刊:ボストロム『スーパーインテリジェンス』日本経済新聞出版社、ほか

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★ここ最近の注目書には分厚い本が多いです。

スーパーインテリジェンス――超絶AIと人類の命運』ニック・ボストロム著、倉骨彰訳、日本経済新聞出版社、2017年11月、本体2,800円、四六判上製720頁、ISBN978-4-532-35707-8
現代革命の新たな考察』エルネスト・ラクラウ著、山本圭訳、法政大学出版局、2014年12月、本体4,200円、四六判上製406頁、ISBN978-4-588-01020-0
思想 2017年12月号 E・ヴィヴェイロス・デ・カストロ』岩波書店、2017年11月、A5判並製150頁、ISSN0386-2755
吉本隆明全集14[1974-1977]』吉本隆明著、晶文社、2017年12月、本体6,500円、A5判変型上製584頁、ISBN978-4-7949-7114-2
金鱗の鰓を取り置く術』笠井叡著、現代思潮新社、2017年12月、本体20,000円、A5判上製貼函入832頁、ISBN978-4329100078
近世読者とそのゆくえ――読書と書籍流通の近世・近代』鈴木俊幸著、平凡社、2017年12月、本体7,400円、A5判上製592頁、ISBN978-4-582-40298-8

★『スーパーインテリジェンス』は『Superintelligence: Paths, Dangers, Strategies』(Oxford University Press, 2014)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「人類がいつの日か、汎用知能(一般知能)において人間の頭脳を超越する人工知能を構築することができたなら、それは非常にパワフルなスーパーインテリジェンス(超絶知能)となりうる。そのとき、われわれ人類の運命は、機械〔マシン〕のスーパーインテリジェンスに依存することになるだろう。〔・・・〕スーパーインテリジェンスの出現によってもたらされる課題とは何か。本書は、この問いの本質を理解し、それにどのように答えるべきかを考察する試みである。この問いの答えを見つける作業は、われわれ人類にとっておそらく、歴史上いまだかつてない重要な作業となり、かつ、困難な作業となりうる。そして、その結果が成功しようが失敗しようが、いずれにしても、それはわれわれ人類にとっておそらく最初で最後の挑戦となろう」(「原著まえがき」5~6頁)。

★「本書の大方は、スーパーインテリジェンスが出現したら、その後、世界はどうなるのか、という問題の考察にさかれている。たとえば、スーパーインテリジェンスの形態とパワー、知能爆発の速度、そして超絶知能エージェントが獲得しうる戦略的優位性といったトピックについて考察している。その後、中盤の数章では、これらの考察の結果を踏まえ、コントロール問題の取り扱いに議論の軸足を移し、人類が、スーパーインテリジェンスの初期条件をどう設定すれば、人類の継続的な生存が約束され、かつ、人類の利益のためになる結果が実現されるかについて考察している。さらに、最終版の数章においては、何をなせば、人類消滅のカタストロフィ回避のチャンスを高められるかについていつくか提言を行っている」(6頁)。

★ボストロム(Nick Bostrom, 1973-)はスウェーデン生まれの哲学者。オックスフォード大学教授、人類の未来研究所および戦略的人工知能研究センターの所長であり、世界トランスヒューマニスト協会の共同創立者です。本書が初訳となります。訳者あとがきによれば本書は「瞬く間にニューヨーク・タイムズ紙ベストレラーとなり、イーロン・マスク、ビル・ゲイツ、スティーヴン・ホーキング、および、その他の多数の学者や研究者に影響を与え、彼らをして、AIの開発研究は安全性の確保が至上命題、と言わしめるきっかけになった」と紹介されています。参考になる動画として「TED TALK」における2005年7月の「人類三つの課題」と、2015年3月の「人工知能が人間より高い知性を持つようになったとき何が起きるか?」、そして、巻頭の「スズメの村の、終わりが見えない物語」をアニメ化した作品をご紹介しておきます。なお、世界トランスヒューマニスト協会(現在は「ヒューマニティ・プラス」)に加盟する国内の団体に「日本トランスヒューマニスト協会」があるそうです。



★『スーパーインテリジェンス』のようにある意味エクストリームな哲学書および関連書としては近年では、『現代思想 2015年9月号 特集=絶滅――人間不在の世界』(青土社)や、ドゥルーズを憎しみと破壊の哲学として読みとくカルプ『ダーク・ドゥルーズ』(大山載吉訳、河出書房新社、2016年11月)、反出生主義を標榜するデイヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった――存在してしまうことの害悪』(小島和男/田村宜義訳、すずさわ書店、2017年10月)などがありました。今後も増えるかもしれませんが、どう分類すべきか、興味は尽きません。これらをあえて一緒(!)にして「ダークな哲学(仮)」コーナーを店頭でお作りになる場合はぜひ、埴谷雄高『死霊』(全三巻、講談社学術文庫)も置いて下さると面白いと思います。またこそに、江川隆男『アンチ・モラリア』(河出書房新社、2014年6月)や、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ カストロ『食人の形而上学』(檜垣立哉/山崎吾郎訳、洛北出版、2015年10月) 、マラブー『新たなる傷つきし者』(平野徹訳、河出書房新社、2016年7月) 、ヘグルンド『ラディカル無神論』(吉松覚/島田貴史/松田智裕訳、法政大学出版局、2017年6月)、そして来月ついに発売となるマルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』(清水一浩訳、講談社選書メチエ、2018年1月)や、小泉義之『新しい狂気の歴史』(青土社、2018年1月)などを並べるとさらに議論の枠組が広がるかと思われます。

★『現代革命の新たな考察』は『New Reflection on the Revolution of Our Time』(Verso, 1990)の全訳。目次は書名のリンク先をご確認下さい。第4章「釈明なきポスト・マルクス主義」はシャンタル・ムフとの共著で、付録の「言説-分析を超えて」はスラヴォイ・ジジェクによるものです。序文にはこうあります。「伝統的な左派が寄りかかってきた様々な想定はいまや修正を必要としているが、その修正の度合いを最小限に抑えようとしても無駄なことである。ただ批判と見直しだけがみずみずしく健全な新しい出発点を提供できる。そしてとりわけ、仮想的なマルクス、つまりその言説が後の「マルクス主義」の改変を被っていないマルクスというような希望的観測など存在しない。〔・・・〕本書がその一部を成すポスト・マルクス主義の観点は、短なる理論的な選択以上のものである。すなわちそれは、ここ十年で広がり始めた歴史的状況において左派の政治的プログラムの再定式化を目論むものにとって不可避の決断なのである」(4~5頁)。【12月20日追記:刊行年月を2017年12月と誤記しておりました。ただしくは2014年12月でした。お詫びして訂正します。3年前の書籍ですが、素晴らしい本なのでこのまま掲載させていただきます。ちなみに何をきっかけに勘違いしたのかは思い出せませんでした。疲れているのかもしれません。】

★『思想 2017年12月号 E・ヴィヴェイロス・デ・カストロ』は売行良好のためになかなかオンライン書店では在庫が復活しませんが、書店さんの店頭で見つけ次第買っておくべき特集号です。目次は誌名のリンク先をご覧ください。ヴィヴェイロス・デ・カストロの2012年の論考「人類学における「変形」、「人類学」の変形」を始め、檜垣立哉、パトリス・マニグリエ、近藤宏、モハーチ・ゲルゲイ、山崎吾郎、エリー・デューリング、の各氏の論文が収録されています。

★『吉本隆明全集14[1974-1977]』は、第15回配本。「神話の物語や歌謡には、語ることと謳うことが、じっさいの行為と区別できなかった時代がうもれている」という一文で始まる『初期歌謡論』(1977年)と、その同時期に発表された関連する評論・講演・エッセイを収録。「〈初期〉ということ〈歌謡〉ということ」と題されたエッセイではこう自身の仕事を振り返っておられます。「なぜわたしたちは、俳句、短歌、現代詩をひとしく、〈詩〉としてつかむ視点をもちえないのか。〔・・・〕誰からもどこからも手段を借りずに、統一的な〈詩とはなにか〉という課題に、応えを与えようと試みた。うまくいったかどうはべつとして、それを試みたのである」(441頁)。付属の「月報15」は、藤井貞和さんの「『初期歌謡論』」、水無田気流さんの「吉本隆明の詩・神話・等価」、ハルノ宵子さんの「ギフト」が掲載されています。次回配本は来年3月刊行、第15巻とのことです。

★『金鱗の鰓を取り置く術』は、舞踏家にしてオイリュトミストの笠井叡さんによる最新最大の著書。笠井さんの公式サイトによれば、「構想に十年、執筆に五年余の歳月をかけた大作が遂に刊行。饒舌の跋扈、退廃の蔓延。人類の危機が迫っている。この時代を超える思想はあるのか。笠井は、古事記を言語創世神話として読み解く。古事記に記された日本語の古文法、カラダの中のコトバの骨格にコトバを与え続ける。二十一世紀のこれからの世界を創るために」と。2013年1月、フランス滞在中の深夜に啓示を得た著者が、国学者・大石凝真素美(おおいしごり・ますみ:1832-1913)の『真訓古事記』を読みつつ「カラダの中から出てきた言葉を「備忘録」として書き綴った」のをまとめたのが本書です。「序」で笠井さんはこう述べておられます。「大石凝真素美。彼だけが古事記を説話、神話、民族創世神話としては読まなかった。日本語の言語創成神話として読み切った、日本でたった一人の人物である」(6頁)。「大石凝真素美は、孤立無援である。むしろ狂人扱いされ、これからも市民権を持つことはないだろう。〔・・・〕いまに、地上の民族主義者とグローバリストが凄惨な戦争を始める。そして、この戦争によって国と地球が崩壊しようと、この「真訓古事記」を担い続けるカラダが、新しい国を生み出すだろう」(7頁)。また第一章ではこうもお書きになっています。「人類はまだ唯一、克服されえない「奴隷制」の中にある。労働における「賃金契約」とは人類最後の奴隷制である。聖霊の時代の労働は、神話から歴史への道を歩み始めた人間に、神から与えられた呪い、「人は苦しみを持て、労働せよ」からの、完全解放でなければならない」(第一章、30頁)。なお『大石凝霊学全集』(全三巻、解題・解説=大宮司朗、八幡書店、2005年)は税別36,000円で八幡書店ウェブサイトから今も購入できるようです。

★『近世読者とそのゆくえ』は帯文に曰く「近世から近代へ読者と読書の変容! 近世後期に大量に出現した読者たち、自学し、漢詩づくりにまで手を染める読者たちは、〈読書の近代〉をどのように迎えたのか? 刊行された書物現物はもとより、葉書など多様な史料を駆使して、読者のニーズや版元の戦略、書籍流通の具体を明らかにする画期的論考」と。主要目次を列記しておくと、「序章――近世読者のゆくえ」「第一章 民間の学芸と書籍文化」「第二章 拡大する書籍市場と幕末の書籍流通」「第三章 近代教育のはじまりと明治初年代の書籍流通」「第四章 書籍業界における江戸時代の終わり方」。序章には「本書は、書籍と人々との関わりの歴史を諸事例をもってたどりながら、江戸時代の継続と終焉の様相を見定めようとしたものである」(18頁)とあります。またあとがきでは次のように説明されています。「旧著『江戸の読書熱――自学する読者と書籍流通』(平凡社選書、2007年)は、書物、学問に対する民間の熱意の高まりと、その動きに応じて初学者向けの書物類が盛行していく様子に時代の変化、江戸という時代のひとつの達成を見ようとしたものであった。この「江戸」的状況が、慶応四年で終着を迎えるのではなく、当然「江戸」は、その先、明治にまで及び、そして現代のわれわれにもその痕跡が濃厚であったりもするはずである。その後の展開、どこに江戸時代の終わりを見定められるか、単線的な理解を許さない多様な事態の推移について、手探りであちこち手を伸ばして史料を漁りつつ愚考を重ねてきた。その集積が本書である」と。

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by urag | 2017-12-17 22:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 13日

「図書新聞」に金澤忠信『ソシュールの政治的言説』の書評

弊社5月刊、金澤忠信著『ソシュールの政治的言説』の書評情報です。

松澤和宏氏書評「手稿の政治的言説から浮かび上がるソシュール像を慎重に素描しようとした貴重な労作――「現代フランス思想」風の華やかな像からは遠くかけ離れた、真理を追究するソシュールの姿」(「図書新聞」2017年12月16日付「政治的言説・ポピュリズム・難民問題――思想と現実政治の情況を読み解く三冊」欄)。

「貴重な労作〔・・・〕我が国では、ソシュールとはもっぱら言語学者、というよりはむしろ哲学的思想家として論じられてきたこともあり、こうした政治的言説の研究が本格的になされたことはこれまでなかった」。「ソシュールの冷徹な観察に明らかなように、現代は情緒的な正義感で政治を動かすことができる時代ではないとソシュールは考えていたのである。その意味でソシュールの政治的姿勢は徹底して現実主義的であり、人道主義的理想主義者の対極にある」。「ドレフュス派のレヴィルの『ある知識人の行程』を問題視するのは、その書き方のうちに事実を人道主義的な大義のもとに平然と歪めることをためらわない態度や風潮をソシュールは察知していたからではないだろうか」。「たゆまない探求心が本書の幹を支えている。到達点が定かではない研究の価値は、探究のプロセスそのものにあることを改めて教えてくれる本である」。

全文はぜひ掲載紙にてご覧ください。松澤先生、ありがとうございました!

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by urag | 2017-12-13 18:59 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 13日

南嶌宏『最後の場所』の紹介記事と書評

弊社11月新刊、南嶌宏『最後の場所――現代美術、真に歓喜に値するもの』の紹介記事と書評が3本出ています。

村澤聡氏記名記事「自らの至上の表現スタイルで」(「南信州新聞」2017年11月18日付5面「BOOKS 書考」欄)。「阿南町出身の美術評論家、南嶌宏さんの評論集『最後の場所』が出版された。〔・・・〕その充実した仕事ぶりを故郷の人たちに知ってもらうすべがなかったのは、私たちメディアの責任ばかりではない。本人が、地球規模の仕事領域を持ち続けていたからにほかならない。そのことを再認識するためにも、本書が世に出た意義は大きい」。

小池一子氏記名記事「好奇心が強いキュレーター」(「朝日新聞 be」2017年12月2日(土)付b9面「めぐる 時間・空間・私」欄)。「これぞキュレーターという一人の友人を私は持っていた。その人は昨年急逝してしまい、彼自身が準備中であった著作集が遺作として出版された。〔・・・〕人、主題、社会へのむき出しの好奇心が彼を突き動かしていた。そうでなければ展覧会作りも執筆もこんなに熱い軌跡として残すことはできなかっただろう」。

無記名氏記事(「東京新聞」2017年12月10日(日)付読書欄「新刊」コーナー)。「作品と向き合い、時代と対峙した「本気」の対話の記録」。

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by urag | 2017-12-13 18:20 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 10日

注目新刊:まもなく発売、グレーバー『官僚制のユートピア』以文社、ほか

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官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』デヴィッド・グレーバー著、酒井隆史訳、以文社、2017年12月、本体3,500円、四六判上製388頁、ISBN978-4-7531-0343-0
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(上)/クレイトポーン』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書20、2017年10月、本体3,200円、四六判並製417頁、ISBN978-4-434-23889-5
『プラトーン著作集 第八巻第二分冊 国家(中)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書21、2017年10月、本体3,000円、四六判並製386頁、ISBN978-4-434-23890-1
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(下)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書22、2017年10月、本体3,500円、四六判並製449頁、ISBN978-4-434-23891-8

★グレーバー『官僚制のユートピア』はまもなく発売。『The Utopia of Rules: On Technology, Stupidity, and the Secret Joys of Bureaucracy』(Melville House, 2015)の全訳。直訳すると「規則のユートピア――テクノロジー、愚かさ、官僚制の秘かな愉しみについて」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)は、アメリカ生まれの、イギリスで活躍する人類学者であり、社会運動家。著書の既訳書は今回の新刊で5点目になります。酒井さんは訳者あとがきで次のように紹介しておられます。

★「著者を一躍「国際的ブレイク」にみちびき、また、本人いわくイングランド銀行の貨幣史認識も一変させた――かもしれない――ほど、アカデミズムを超えて話題を呼んだ『負債論』から一転、本作は主要に原題を対象に、ラフで、手がかりにとりあげる素材も多種多様、だが、わたしたちの日常のなかの、だれも相手にしようとしない「つまらない」、しかしそこにこそわたしたちの世界の核心がひそんでいる「灰色」で覆われた領域を、劇的におもしろく、かつ、おそらく、同時代のほとんどだれよりも深くえぐりだしてみせた」(375~376頁)。

★グレーバーは「序」でこう書いています。「市場は政府と対立したり政府から独立しているという発想が、少なくとも19世紀以来、政府の役割の縮小をもくろんだレッセフェール〔自由放任主義〕の経済政策の正当化のために用いられたとしても、その政策が実際にそんな効果をもたらすことはなかった〔・・・〕。たとえば、イングランドのリベラリズムがみちびいたのは、国家官僚制の縮小などではなく、その正反対、すなわち法曹家、役所の記録係、検査官、公証人、警察官たちの際限のない膨張であった。自律した個人のあいだの自由な契約の世界というリベラルな夢をみることができるのも、かれらあってこそなのだ。自由は市場経済を維持するためには、ルイ14世風の絶対君主政の数千倍のお役所仕事が必要だったわけである。/この明白な逆説、すなわち、政府による経済への介入の縮減を意図する政策が、実際には、よく多くの規制、官僚、警察官を生みだす結果にいたるという逆説は、実はひんぱんに観察できるので、それを社会学的一般法則とみなすことも正当であるようにおもう。そこで、これを「リベラリズムの鉄則」と名づけたい」(12頁)。

★「リベラリズムの鉄則」は次のような内容です。「いかなる市場改革も、規制を緩和し市場原理を促進しようとする政府のイニシアチヴも、最終的に帰着するのは、規制の総数、お役所仕事の総数、政府の雇用する官僚の総数の上昇である」(13頁)。後段でグレーバーはこうも書いています。「申請用紙はますます長大かつ複雑なものと化している。請求書、切符、スポーツクラブや読書クラブの会員証のような日常的書類も、数頁にわたる細目の規定でパンパンになっている。〔・・・〕わたしは、このような様相を呈している現代を、「全面的官僚制化(total bureaucratization)」の時代と呼んでみたい〔・・・〕。その最初の兆候は、まさに官僚制についての公共の議論が消えはじめた1970年代の終わりにあらわれはじめ、1980年代に取り返しがたく浸透をはじめた。だが本当の離陸は1990年代である」(25頁)。

★続けてグレーバーはこう喝破します。「1970年にあらわれはじめ、今日にいたるまでまっすぐつなかっている事態には、アメリカ企業官僚制の上層による一種の戦略上の転換が文脈として作動している。すなわち、労働者から離脱して、株主に接近すること、そして最終的には金融機構総体へと接近することである。〔・・・〕かたや、企業経営がますます金融課していった。かたや、それと同時に、個人投資家にとってかわった投資銀行やヘッジファンドなどなどによって、金融セクターも企業化していった。その結果、投資家階級と企業の上級幹部職階級とは、見分けることもほとんどむずかしくなったのである」(27頁)。「万人が投資家の眼をもって世界をみるべし。これが、この時代のあたらしい信条である」(28頁)。

★序の末尾はこうです。「だれもがひとつの問題に直面している。官僚の実践、習慣、完成がわたしたちを包囲している。わたしたちの生活は、書類作成のまわりに組織されるようになった。〔・・・官僚制的なものに〕魅力があるとすればどこか、なにがそれを維持しているのか、真に自由な社会でも救済に値する潜在力を有しているとすればそれはどの要素か、複雑な社会であれば不可避に支払わざるをえない対価と考えるべきはどれか、あるいは完全に根絶できるし根絶さねばならないものはどれか、こうしたことを、理解しなければならない」(61頁)。序の途中に出てくる匿名エコノミストと著者の会話はドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ――世界不況の知られざる真実」(2011年)を思い出させました。このあとグレーバーの本論は、「想像力の死角? 構造的愚かさについての一考察」「空飛ぶ自動車と利潤率の傾向的低下」「規則(ルール)のユートピア、あるいは、つまるところ、なぜわたしたちは心から官僚制を愛しているのか」の三章へと続きます。訳者の酒井さんがお書きになった通り、本書は灰色の領域を明るみに出します。読者を冷めた覚醒へと導く重要書です。

◎デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)既訳書
2006年10月『アナーキスト人類学のための断章』(高祖岩三郎訳、以文社)
2009年03月『資本主義後の世界のために――新しいアナーキズムの視座』(高祖岩三郎訳、以文社)
2015年04月『デモクラシー・プロジェクト――オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』(木下ちがや/江上賢一郎/原民樹訳、航思社)
2016年11月『負債論――貨幣と暴力の5000年』酒井隆史/高祖岩三郎/佐々木夏子訳、以文社)
2017年12月『官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』(酒井隆史訳、以文社)

★一方、水崎訳「プラトーン著作集」(実質的に全集)でついに『国家』の新訳全三分冊が刊行されました。なかなか書店さんで見かけないのでネット書店で取り寄せ購入。徳と正義について問うた短編「クレイトポーン」も併載されています。 第八巻は「人間存在の在るところ」という総題が付されており、その理由については第三分冊巻末所収のあとがきに記されています。2011年より刊行開始となった水崎訳著作集では残すところ、第九巻三分冊となる『法律』(付:「ミーノース」)の刊行を待つばかりとなりました。驚嘆すべき個人全訳全集です。

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by urag | 2017-12-10 17:02 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 07日

近刊予定:「多様体」第1号

2018年1月末→2月中旬発売予定【人文・思想】

多様体 第1号:人民/群衆
月曜社 2018年1月→2月 本体2500円 A5判並製416頁 ISBN978-4-86503-055-6

内容:創刊号特集は「人民/群衆」。ピーター・ホルワード来日講演のほか、ラミングの小説やドローモのエッセイなどの初訳、ルクリュの新訳などを掲載。連載や特別掲載では現役書店員3名と取次役員1名の寄稿あり。リプリントでは2007年に亡くなった出版人・中野幹隆による哲学書房関連のテクストを集めた。

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

目次:
◆特集=人民/群衆
【特別掲載】進化と革命|エリゼ・ルクリュ|栗原康訳
【特別掲載】なぜ、はらわないのか?|栗原康

ドゥルーズ流の政治/ドゥルーズ後の政治|ピーター・ホルワード|小泉義之訳
自己決定と政治的意志|ピーター・ホルワード|田尻歩訳
ポスト構造主義から人民の政治的自己決定へ|佐藤嘉幸

勝利|C・L・R・ジェームズ|中井亜佐子訳
革命と日常|中井亜佐子
黒人作家とその世界|ジョージ・ラミング|吉田裕訳
私の肌の砦の中で 第一章|ジョージ・ラミング|吉田裕訳
群衆、あるいは脱植民地化の不確かな形象|吉田裕
民衆と芸術家|H・I・E・ドローモ|溝口昭子訳
アフリカ人のヨーロッパ人に対する考え|H・I・E・ドローモ|溝口昭子訳
「国民未満」から対自的民衆へ|溝口昭子

【特別掲載】嘘についての省察|アレクサンドル・コイレ|西山雄二/大江倫子訳
【寄稿】二つの「D・A・F・ド・サドの使用価値」|丸山真幸

◆連載
人質 ほか二篇|フリードリヒ・フォン・シラー|青木敦子訳
アクロアシス 第一章~第四章|ハンス・カイザー|竹峰義和訳
肉の形而上学【1】受肉と重化Ⅰ|山内志朗
後期資本主義期のなかの哲学【1】中野幹隆とその時代(1)|檜垣立哉
哲学ノート【1】真理と〈非〉解釈|三浦亮太
店長日記|佐藤健一
書店空間の定点観測【1】リブロからブックファーストへ|鎌垣英人

◆特別掲載
熊本地震の後に|児玉真也
自然の多様な混合物と構成物について|ジャン= ジャック・ルソー|飯田賢穂/淵田仁訳

◆リプリント
哲学書房を開く ほか七篇|中野幹隆

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◎多様体 第1号 寄稿者一覧

エリゼ・ルクリュ(Élisée Reclus, 1830-1905)フランスの地理学者。『19世紀世界地理』古今書院。
栗原康(くりはら・やすし、1979-)政治学者。東北芸術工科大学非常勤講師。『死してなお踊れ』河出書房新社。
ピーター・ホルワード(Peter Hallward, 1968-)イギリスの哲学者。キングストン大学教授。『ドゥルーズと創造の哲学』青土社。
小泉義之(こいずみ・よしゆき、1954-)哲学者。立命館大学教授。『ドゥルーズの哲学』講談社学術文庫。
田尻歩(たじり・あゆむ、1988-)美学研究者。一橋大学大学院博士課程在籍。
佐藤嘉幸(さとう・よしゆき、1971-)哲学者。筑波大学准教授。『新自由主義と権力』人文書院。
C・L・R・ジェームズ(Cyril Lionel Robert James, 1901-1989)トリニダードの作家。『境界を越えて』月曜社。
中井亜佐子(なかい・あさこ、1966-)文学研究者。専門は英文学。一橋大学教授。『他者の自伝』研究社。
ジョージ・ラミング(George Lamming, 1927-)バルバドス出身の作家。『私の肌の砦の中で』月曜社刊行予定。
吉田裕(よしだ・ゆたか、1980-)文学研究者。専門はカリブ文学及び思想。東京理科大学講師。
H・I・E・ドローモ(Herbert Isaac Ernest Dhlomo, 1903-1956)南アフリカの作家。叙事詩『千の丘のある谷』(1941年、未訳)など。
溝口昭子(みぞぐち・あきこ、1966-)文学研究者。専門はアフリカ英語文学。東京女子大学准教授。
アレクサンドル・コイレ(Alexandre Koyré, 1892-1964)フランスの科学史家。『ガリレオ研究』法政大学出版局。
西山雄二(にしやま・ゆうじ、1971-)哲学者。首都大学東京准教授。『哲学への権利』勁草書房。
大江倫子(おおえ・みちこ、1951-)哲学専攻。首都大学東京博士後期課程。
丸山真幸(まるやま・まさゆき、1974-)仏文研究者。津田塾大学非常勤講師。
フリードリヒ・フォン・シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller, 1759-1805)ドイツの作家。『シラー詩集』月曜社刊行予定。
青木敦子(あおき・あつこ、1957-)文学研究者。学習院大学非常勤講師。『影像の詩学』月曜社。
ハンス・カイザー(Hans Kayser, 1891-1964)スイスの音楽理論家。『アクロアシス』月曜社刊行予定。
竹峰義和(たけみね・よしかず、1974-)思想史家。東京大学准教授。『〈救済〉のメーディウム』東京大学出版会。
山内志朗(やまうち・しろう、1957-)哲学者。慶應義塾大学教授。『湯殿山の哲学』ぷねうま舎。
檜垣立哉(ひがき・たつや、1964-)哲学者。大阪大学教授。『日本哲学原論序説』人文書院。
三浦亮太(みうら・りょうた、1982-)書店員。人文書担当。
佐藤健一(さとう・けんいち、1964-)書店狂人。『GOMES』誌(PARCO, 1989~96)ライター。
鎌垣英人(かまがき・ひでと、1961-)取次営業。大阪屋栗田執行役員。
児玉真也(こだま・しんや、1981-)書店員。長崎書店勤務。
ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)フランスの哲学者。『化学教程』月曜社ウェブサイト連載中。
飯田賢穂(いいだ・よしほ、1984-)政治思想史家。新潟大学特別研究員。
淵田仁(ふちだ・まさし、1984-)思想史家。立正大学文学部非常勤講師。
中野幹隆(なかの・みきたか、1943-2007)編集者。哲学書房社主。

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by urag | 2017-12-07 12:00 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)