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2016年 10月 30日

注目新刊:カヴェル『悲劇の構造』春秋社、ほか

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悲劇の構造――シェイクスピアと懐疑の哲学
スタンリー・カヴェル著 中川雄一訳
春秋社 2016年10月 本体4,500円 四六判上製448頁 ISBN978-4-393-32351-9

帯文より:悲劇は懐疑論の解釈である! 神も、知識も、愛も、すべての基盤を喪失した世界で人はいかに生きるか? リア王、マクベス、ハムレットといったシェイクスピア劇が問いかける懐疑論的課題を剔抉し、人間の真実を突きつけるアメリカ哲学の巨人カヴェルの思索。シェイクスピア没後400年。

★発売済。原書は『Disowning Knoledge: In Seven Plays of Shakespeare』(Cambridge University Press, 1987; Updated edition, 2003)です。訳者によれば原題は『知識と縁を切ること――七つのシェイクスピア劇をめぐって』と。目次は以下の通りです。序文や訳者あとがきでの情報を参照し、丸括弧内に順番で、扱っているシェイクスピア劇、発表年もしくは先行する掲載書とその掲載書の刊行年、を示しておきます。

序文と謝辞
増補版への序文
第1章 序論(アントニーとクレオパトラ、本書初版1987年初出)
第2章 愛の回避――『リア王』を読む(リア王、『言ったとおりの意味でなければならないか』第10章1969年)
第3章 オセローと他者の賭け金(オセロー、『理性の声』結論部分1979年)
第4章 『コリオレイナス』と政治の解釈(コリオレイナス、『学校外の主題』1984年)
第5章 ハムレットの立証責任(ハムレット、1984年発表、本書初版1987年収録)
第6章 損得勘定を数え直す――『冬物語』を読む(冬物語、1984年発表、本書初版1987年収録、『日常的なものの探求』1988年収録)
第7章 マクベスの恐怖(マクベス、1992年及1993年発表、増補版2003年初収録)
原註
訳注
訳者あとがき

★訳者は次のようにあとがきで述べておられます。「本書の体裁は「シェイクスピア論集」であるが、序論と第5章と増補された第7章を覗けば、カヴェルの著書からの転載である。カヴェルの出世作『言ったとおりを意味しなければならないか』〔Must We Mean What We Say?: A Book of Essays, Charles Scribner's Sons, 1969; Reissued with a new preface, Cambridge University Press, 1976〕や主著『理性の声』〔The Claim of Reason: Wittgenstein, Skepticism, Morality, and Tragedy, Oxford University Press, 1979〕が邦訳される見込みは絶望的であるというほかない(と思われる)。本書は幸運にも亮著の「むすび」の部分を訳出している。カヴェルの全貌というにはほど遠いが、カヴェル哲学の真髄を垣間見ることができるだろう。〔・・・〕ほぼ三十年に亘るカヴェルの思索の変遷をも垣間見ることができる」(434頁)。

★カヴェルは序論で「シェイクスピアのなかに〔近代哲学の誕生としての〕懐疑論が現れる」(19頁。43頁も参照)と自らの直観を披瀝します。「シェイクスピアがシェイクスピアであるのは〔・・・〕、彼の作品が彼の文化のもつ哲学的関心事に深くかかわるときにかぎられる」(16~17頁)。「地盤〔根拠〕なき世界でどう生きるかという問題〔・・・〕。シェイクスピア劇が懐疑論的問題圏を繰り返し解釈するということは、とりもなおさず、劇が懐疑論の問題に対する揺るぎない解決を見出していない、とりわけ神に対する私たちの知識に満足していないということを意味する。〔・・・〕シェイクスピア劇は、いわば哲学的問題圏を取り込むとき、哲学を験〔ため〕し同時に哲学にとって験される」(18~19頁)。また、第6章にはこんな言葉があります。「シェイクスピア劇は人間の劇であるが、すべてはそこに懸かっている」(345頁)。カヴェルは本書で人間学としての〈シェイクスピアの哲学〉とでも言うべきものを見事に描出しえているように感じます。

◎スタンリー・カヴェル(Stanley Cavell, 1926-)単独著既訳書
『センス・オブ・ウォールデン』齋藤直子訳、法政大学出版局、2005年
『哲学の〈声〉」――デリダのオースティン批判論駁』中川雄一訳、春秋社、2008年
『眼に映る世界――映画の存在論についての考察』石原陽一郎訳、法政大学出版局、2012年
『悲劇の構造――シェイクスピアと懐疑の哲学』中川雄一訳、春秋社、2016年


描かれた病――疾病および芸術としての医学挿画
リチャード・バーネット著 中里京子訳
河出書房新社 2016年10月 本体3,800円 A4変形判上製256頁 ISBN978-4-309-25564-4

帯文より:医学と社会をめぐる衝撃のイメージ博物誌! 写真が誕生する以前、疾病を記録した細密イラストが雄弁に語りかける――人々はいかに病気と闘っていたか、患者が社会からどのように見られていたのか。

目次:
はじめに――脱魔術化された肉体
Ⅰ 皮膚病――肉体の境界線
Ⅱ ハンセン病――皮相などとは言えない病
Ⅲ 天然痘――議会制定法が作った水ぶくれ
Ⅳ 結核――白い死
Ⅴ コレラ――病の自由貿易
Ⅵ がん――カニの爪
Ⅶ 心臓疾患――冠と雑音
Ⅷ 性感染症――死ぬまで続く水銀治療
Ⅸ 寄生生物――寄生虫に植民地化された入植者
Ⅹ 痛風――ファッショナブルな激痛
参考文献
関連施設とその所在
挿画の出典
索引
謝辞

★発売済。原書は『The Sick Rose: Disease and the Art of Medical Illustration』(Thames & Hudson, 2014)です。1頁目にウィリアム・ブレイクの『経験の歌』より「病の薔薇」がカラーで掲げられており、書名はここから採ったものと思われます(壽岳文章訳「病むバラ」、『有心〔うしん〕の歌』、『無心の歌、有心の歌――ブレイク詩集』角川文庫、1999年、123-124頁)。同書は「ブリティッシュ・ブック・デザイン・アンド・プロダクション・アワード」の最優秀作品賞を受賞したそうで、大判でなおかつ全頁フルカラーであるにもかかわらず本体3,800円というのはかなりお買い得です。基本的に閲覧注意。一昔前には書店さんで見かけることがあった「バッド・テイスト(悪趣味)」の書棚を復権させるにふさわしい歴史的芸術的アーカイヴです。著者のリチャード・バーネットはケンブリッジ大学ペンブローク校で教鞭を執っている文化史家で、特に科学史や医学史がご専門。幅広いご活躍は著者のウェブサイトでご確認下さい。

★本書からの触発をさらに拡張するためには、バーネットによる姉妹編『Crucial Interventions: An Illustrated Treatise on the Principles & Practices of Nineteenth-Century Surger』(Thames & Hudson, 2015)や、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ヒステリーの発明――シャルコーとサルペトリエール写真図像集』(上下巻、谷川多佳子ほか訳、みすず書房、2014年) などがお薦めかもしれません。また、視覚的に優れた史的アーカイヴとしては、ウンベルト・エーコ編著による『芸術の蒐集』(川野美也子訳、東洋書林、2011年)や『醜の歴史』(川野美也子訳、東洋書林、2009年)が参考になります。あるいは、理論的にはカール・ローゼンクランツ『醜の美学』(鈴木芳子訳、未知谷、2007年)や、ヴィンフリート・メニングハウス『吐き気――ある強烈な感覚の理論と歴史』(竹峰義和ほか訳、法政大学出版局、2010年)などを参照してもいいかもしれませんし、さらにハードコアに振り切れたい方には、カント『判断力批判』(熊野純彦訳、作品社、2015年)や、ヴェサリウス『ファブリカ 第Ⅰ巻・第Ⅱ巻』(島崎三郎訳、うぶすな書院、2007年)あたりをお薦めします。

★なお河出書房新社さんでは今月、国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学教授の西谷大さんによる『見るだけで楽しめる! ニセモノ図鑑――贋造と模倣からみた文化史』という新刊もお出しになっています。また、来月には画集『ベクシンスキー 1929-2005』も同社より発売予定。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

塹壕の戦争 1914-1918』タルディ著、藤原貞朗訳、共和国、2016年11月、本体3,300円、A4変型判上製188頁、ISBN978-4-907986-12-4 
ラングザマー――世界文学でたどる旅』イルマ・ラクーザ著、山口裕之訳、共和国、2016年11月、本体2,400円、四六変型判上製216頁、ISBN978-4-907986-21-6

★タルディ『塹壕の戦争』はまもなく発売。原書は『C'était la guerre des tranchées』(Casterman, 1993)です。タルディ(Jacques Tardi, 1946-)はフランスのバンド・デシネ界における巨匠の一人。2013年にはレジオン・ドヌール勲章の受勲を拒否して話題になったと言います。本書は「第一次世界大戦の《リアル》を徹底的に描き出して、「コミックのアカデミー賞」と呼ばれるアイズナー賞を受賞した」代表作(裏表紙紹介文より)。著者はまえがきでこう書いています。「『塹壕の戦争』は「歴史書」ではない。第一次世界大戦の歴史を語った漫画なのではなく、戦争にもてあそばれ、泥沼に陥った人間の営みを語った物語である。私はその物語を、時系列をも無視して切々と描いた。〔・・・〕戦争という名の痛ましい集団的「冒険」には、「英雄」も「主人公」もいない。名もなき人たちの言葉にしようもない苦悩の叫びがあるだけだ。〔・・・〕私の関心は、人間とその苦悩の軌跡であった。だからこそ、私は大きな憤りを覚えたのだ。〔・・・〕サラエボから20世紀と殺人の産業化が始まった。「第一次世界大戦」、当時それはワクワクさせる発想だったに違いない。毒ガスは、未来の扉を開いて新たな思想を育むのに違いない高度に「近代的なもの」、と信じられていたのだ・・・。こうした思想こそ、クロマニヨン人の時代から人間の心に深く刻まれていたものである。それが、人間が持ち続けている野獣性なるものなのだ」(6-7頁)。なお、共和国さんでは本書の続編である『汚れた戦争(Putain de guerre!)』(Casterman, 2008/2009; 2014)も刊行される予定だそうです。ちなみに既刊書ではタルディの挿画は『ブタ王子――ルーマニアのむかしばなし』(西村書店、1991年)で見ることができます。河出文庫版のセリーヌ『なしくずしの死』(全2巻、2002年、品切)のカバーを飾っていた印象的なイラストもタルディによるものです。

★ラクーザ『ラングザマー』はまもなく発売。共和国さんの新シリーズ「境界の文学」の第二弾。原書は『Langsamer!』(Literaturverlag Droschl, 2012)です。著者のイルマ・ラクーザ(Iluma Rakusa, 1946-)はソロヴェニア出身で現在はスイス・チューリヒ在住の小説家。既訳としては共編著や、アンソロジーに収録された短編小説などがありますが、単独著が邦訳されるのは初めてのことです。カヴァー紹介文は以下の通りです。「国際的な作家であり翻訳家、そして世界文学のしたたかな読み手である著者が、本を読むことによって「ラングザマー(もっとゆっくり)」とした時間の回復を試みる、極上の世界文学ガイド/読書論」。作家の多和田葉子さんが巻末にエッセイ「日常を離れた時間の流れの中で」を寄せておられます。「メディアから流れ出る情報は、爆撃、テロ、殺人の行われた場所と死者の数を次々投げつけてくるだけで、自分が何をしたらいいのかをじっくり考える時間は奪われ、ふりまわされ、疲れるだけの日常からどうやって逃れたらいいのかわからなくなる。/そんな中、過去に書かれた言葉を注意深く読むことで、自分の時間の流れをつくることができる。ゆっくりとした時間、ゆっくりしているけれども過去へ未来へと何千年も跳躍できる力強い『遅さ』である。文学を読むことによってそういう時間が得られるのだ、という当たり前のようで難しいことを、この本はしっかり伝えてくれる」(95-96頁)。ラクーザ自身は本書の巻頭におかれた「はじめに」で次のように書いています。「ここで語られるのは、徒歩で進んでいくことであり、ゆったりした時間や悠然とした心持ちである。〔・・・〕それは、タイムマネージメントやザッピング、もしくはイベントに夢中になってトレンドを追い求めることとは正反対のものである。ここで語ろうとしているのは、一時手を休めること、〈いま・ここで〉という経験である」(15-16頁)。スローライフのど真ん中にスローリーディングがある――そのけっして小さくない大切さが胸に沁みる本です。

「西遊」の近代』尾高修也著、作品社、2016年10月、本体2,300円、46判上製292頁、ISBN978-4-86182-600-9

★発売済。「鴎外、漱石、藤村、芙美子、茂吉、荷風……。日本の近代は日本人が欧米を旅する「西遊」の歴史でもあった。洋行体験で直面した努力と葛藤は彼らの文学に何をもたらしたか」(帯文より)。目次を列記しておきます。「西遊」ことはじめ――岩倉使節団と成島柳北|国費留学生森鴎外と夏目漱石|有島武郎と永井荷風の「放浪」|島崎藤村の「洋行」|斎藤茂吉の「遠遊」|正宗白鳥の「漫遊」|林芙美子と横光利一の「巴里日記」|「西遊」の時代おわる――中村光夫・吉田健一・森有正|後記。「日本の近代は、日本人が欧米を旅する「西遊」の歴史でもあった」(7頁)。「日本の近代化はほとんど拙速に進められ、文学はその速すぎる変化をあと追いしながら、いわば穴の多い道を地ならしするようにして機能していく。〔・・・〕その精神的地ならしの独力を、作家たちの西洋体験をつうじてできるだけリアルに浮かび上がらせたいと思っている」(22頁)。「いまや明治維新後百五十年。日本がみずから西洋化を進めた歴史は、ある意味で惨憺たるものであった。が、そのあげく、現在独特な混交文化が熟しつつある。日本の試行錯誤の歴史が生んだ新文化である。ほとんど他に例がないものとして、そのありようが注目されるという時が来ているのかもしれない。そんな現状を用意した特異な西洋化の歴史の一面を、過去の「西遊」の文学が、こまかく実感的に証言してくれている。歴史の「肉感」の記録ともいうべき文学がそこにはあって、いまなお新鮮な読みものでありつづけている。それらの文章をつうじて、過去の日本人の経験の膨大な集積が浮かびあがるようである」(289頁)。


連邦制の逆説?――効果的な統治制度か』松尾秀哉・近藤康史・溝口修平・柳原克行編、ナカニシヤ出版、2016年9月、本体3,800円、A5判上製330頁、ISBN978-4-7795-1105-9

★発売済。帯文に曰く「連邦制は対立と分離をもたらす統治制度なのか。あるいは対立を解消し、統合をもたらすものなのか。統合と分離という二つのベクトルに注目しながら、現代におけるその意義を問う」。収録論考は書名のリンク先をご覧ください。理論編と事例編の二部構成で、後者では連邦制(federalism)や地方分権化、自治州国家や二重帝国の事例として、ベルギー、スペイン、イギリス、オーストリア、オーストリア=ハンガリー、ロシア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、マレーシア、インドネシア、カナダ、アメリカ、フィリピンなどが論じられています。序章にはこう書かれています。「本書は連邦制や地方分権政策の起源、さらにそれらが効果的に機能する条件もしくは機能不全に陥る条件を、それぞれの事例にお維持て提供する。単に欧米の「逆説」議論に追従するわけでもなく、しばしば「地方消滅」などが叫ばれるわが国でも議論される道州制導入の是非など、実践的課題を見直す機会の書となれば幸いである」(8頁)。逆説、というのは、「連邦制の導入によって、国家の民族的異質性を連邦構成体内の同質性に転化でき、社会的多元性を減少させることができるので、民族間対立を解消できる」(アレンド・レイプハルト『民主主義対民主主義』勁草書房、2005年参照)はずが、東欧のチェコ、ユーゴ、ソ連は消滅し、カナダのケベック・ナショナリズム、ベルギーの地域間対立、スペインやイギリスでの分離独立運動など、様々な問題と課題が生まれている事態を指しています。編者が指摘する通り、日本の今後を考える上で無関心ではいられない議論ではないでしょうか。
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by urag | 2016-10-30 22:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 26日

メモ(6)

ついに「銀座蔦屋書店」の情報が本日リリースとなったようです。来春(2017年4月20日)、銀座6丁目、松坂屋銀座店跡地に完成する複合施設「GINZA SIX」内に開店。枚方T-SITEのオープンで2010年代における書店の進化形態の極点へと到達し、これ以上やることなどないのではとすら思われた蔦屋書店/CCCですが、次の一手はなんと銀座進出でした。ファミリー路線からハイブランド路線への決定的転回というべきでしょうか。今回の店舗は京都岡崎蔦屋書店などと同様に今まで以上にアート推しで、なおかつ他支店に類を見ないほどイベント推しなのですけれども、弊社のような弱小メーカーとしては芸術書だの催事だのってそんなに儲かってたっけ、と実はぼやきたくなる今日この頃です。帳合は日販。関連記事は以下の通り。

「Fashionspap.com news」2016年10月26日付記事「銀座エリア最大の商業施設「GINZA SIX」来年4月20日に開業 ラグジュアリーメゾンが出店」に曰く「アートのための蔦屋書店」。

「FASHION PRESS」2016年10月26日付記事「銀座最大の商業施設「ギンザ シックス」エリア最大241ブランド、サンローラン・ディオールの旗艦店も」に曰く6階には「銀座 蔦屋書店」が開店。本を買うためだけでなく、そこで過ごす時間を楽しんで欲しいという願いを込めて、書籍だけでなく文具・雑貨、カフェ、ギャラリーと様々な機能を果たしていく」。

「WWD JAPAN NEWS」2016年10月26日付記事「「ギンザ シックス」の全241テナントを紹介」に曰く「6階-アート・ブック&カフェ、レストラン・・・銀座 蔦屋書店、スターバックス コーヒー、ほか」。テナント明細は森ビルの2016年10月26日付プレスリリースPDF「GINZA SIX店舗リスト」でも確認できます。カテゴリーは「ブック&カフェ」で、「「アートと本とアートの本」に溢れた蔦屋書店です。カフェやギャラリーを併設し、文具・雑貨のコーナーも充実。日本の文化や美意識を発信するとともに、アートとともに暮らす生活を提案します」と紹介されています。

なお、銀座蔦屋書店のイベントスペースの案内では、「アートと本とアートの本に満ちた銀座 蔦屋書店の中央にある、一際目を引く「書物櫓」。ここは、「知性」「アート」「ライフスタイル」をキーワードに、新しい情報を「イベント」というスタイルで発信する基地です。吹き抜け空間にそびえる書架に囲まれ、書物に包まれるように過ごす時間が、特別なクリエイションを生み出します。ご利用に関しては、銀座 蔦屋書店イベントコンシェルジュまでお問い合わせください」とあります。58坪、2階吹き抜け、シーティング150名、スタンディング200名、とのことです。

また、同店のオープニングスタッフの採用情報によれば、「アート、文化、クリエイションを愛し、誰かに提案したいと思っている仲間を100人求めています」とのこと。募集職種は、書店、イベント、EC/WEB、カフェの四部門。書店部門の仕事内容と募集する人材は「アート、日本文化、写真、建築、デザイン、ファッションなどを通してのライフスタイル提案に高い意欲のある方を募集します。/本や雑貨の担当として商品企画や仕入れ、売り場作りを行い、実際に接客もしていただきます。/書店経験、美術館の学芸員の経験、文具雑貨の商品開発や企画の経験、接客経験のある方歓迎します」とのことです。募集しているのは、正社員、契約社員(年棒制)、アルバイト、業務委託。採用説明会は来月3日から複数回あるようです。

アート推しということはグループ会社の美術出版社さんなどの出番だったりするのかなと思い、CCCの100%子会社である「カルチュア・エンタテインメント株式会社」(2014年設立)のグループ会社一覧を確認していたら、CCCメディアハウスや美術出版社だけでなく、ネコ・パブリッシングも復刊ドットコムも光村推古書院もFujisanもグループ会社なのですね。すごいです。

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by urag | 2016-10-26 18:52 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 25日

メモ(5)

「新文化」2016年10月25日付記事「トーハン子会社、あおい書店(東京)の全株式を取得」および、「文化通信」同日付記事「トーハン、あおい書店の全株式を子会社が譲受」によれば、取次大手トーハンの100%子会社で中間持株会社である有限会社ブックス・トキワが、株式会社あおい書店の発行済全株式を譲り受けるという株式譲渡契約を本日締結した、とのことです。「新文化」記事によれば、「あおい書店(東京)は9月1日、名古屋市熱田区に本社を置く株式会社あおい書店から分割により設立。資本金1000万円。同社は東京、愛知、神奈川、京都、岐阜、静岡に19店舗を展開。売上高は約50億円という。一方、名古屋に本社を置くあおい書店は3店舗を運営」と。トーハンからはあおい書店(東京)に代表取締役社長を派遣して経営を行うとのことです。取次による書店の子会社化はいったいどこまで進むのでしょうか。

ジュンク堂書店池袋本店が大阪屋帳合からトーハン帳合に一本化され、トーハンが八重洲BCの半数の株式を取得し社長とスタッフを派遣して日販とのダブル帳合からトーハンに一本化となり、戸田書店がMARUZEN&ジュンク堂と提携し、日販が文教堂の筆頭株主となってトーハンから日販に帳合変更・・・と昨今目まぐるしい変化が業界紙を賑わせていますが、一般読者の皆さんにはどう映っているでしょうか。

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by urag | 2016-10-25 18:26 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 23日

注目新刊:『ヴォルテール回想録』『反マキアヴェッリ論』、ほか

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ヴォルテール回想録』福鎌忠恕訳、中公クラシックス、2016年10月、本体1,800円、新書判308頁、ISBN978-4-12-160169-8
反マキアヴェッリ論』フリードリヒ二世著、大津真作監訳、京都大学学術出版会、2016年8月、本体4,200円、四六上製600頁、ISBN978-4-8140-0041-8

★福鎌忠恕訳『ヴォルテール回想録』の親本は1989年に大修館書店より刊行された同名の単行本で、大修館書店本は『ヴォルテール自叙伝』(元々社、1954年)の増補改訳版です。大修館書店版からは回想録の全18章と追記Ⅰ~Ⅲ、参考文献としてコジモ・コッリーニ『フランクフルト事件の詳細』とフリードリッヒ大王『ヴォルテール頌辞』の訳が解説と訳注を付して併載されています。親本の訳者解説とあとがきも収録。再刊にあたり、巻頭に中条省平さんよる解説「波乱の人生が鍛えあげた実践的哲学」が置かれています。

★本書の帯文はこうです。「フリードリッヒ大王との愛憎半ばする交友関係を軸にリシュリュー、ポンパドゥール夫人、マリーア・テレージア等、当代代表的人物を活写」と。なお、本書に収められたフリードリッヒ大王『ヴォルテール頌辞』は、8月に刊行されたフリードリヒ二世『反マキアヴェッリ論』でも「フリードリヒによるヴォルテール讃」として訳出されています。このところヴォルテールは『寛容論』(斉藤悦則訳、光文社古典新訳文庫、2016年5月)や、『カンディード』(堀茂樹訳、晶文社、2016年6月)などの新訳が続いており、再読の機運が高まっているように感じます。

★「近代社会思想コレクション」の第17弾『反マキアヴェッリ論』は、18世紀におけるプロイセンの啓蒙専制君主として名高いフリードリヒ二世が王太子時代にフランス語で著し、監修者ヴォルテールの序文を添えてオランダで1740年に出版された『Anti-Machiavel ou Examen du Prince de Machiavel』の全訳です。凡例によれば底本には「ヴォルテールによる削除、補足、訂正を盛り込んだガルニエ版と1834年のハンブルク版を用い、その他、1741年版、1750年版、さらには直筆訂正版である1789年版などを参照した」とのことです。出版に至るいささかこみいった経緯については巻末の解説に詳しいです。

★「国家のために奉仕する国家理性の体現者としての君主像」(解説より)を、王としての即位以前に率直に綴った本書は、マキャヴェリズムへの解毒剤として読むことができ、当時の欧州でベストセラーとなったと言います。「人びとの善意につけ込み、悪意を隠し、下劣な術策を用い、裏切り、誓いを破り、暗殺すること――これが、この悪辣な博士が怜悧と呼ぶものである。〔・・・〕あなたがたには、犯罪のなかで抜きん出る利点しか残されていないし、あなたがたと同じくらい人でなしの怪物に対して、その犯罪のなかで抜きん出る道を教えたという栄誉しか残されていないことを恐れよ」(84~86頁)とフリードリヒ二世は書きます。大王自身はその後、理想と現実の板挟みの中で生き、ヴォルテールとの交流には紆余曲折が多々生まれます。それらについては前出の『ヴォルテール回想録』にヴォルテール側から見た王の横顔として記されています。大王はヴォルテールと決裂する場面もかつてあったものの、彼の死に際して最大の賛辞を送りました。ただし、かつて敬愛してやまなかったはずの相手であるヴォルテールを後年は利用しようとした節も見受けられるだけに、権力者の素顔の複雑さを感じます。

★フリードリヒ二世の著書は20世紀前半に何度か翻訳されています。そのいくつかが石原莞爾の監修によって公刊されているというのは興味深いことです。第二次世界大戦中には国民社より『フリードリッヒ大王全集』が刊行開始となったようですが、国会図書館で調べる限り、第3巻『七年戦争史 第1部』(外山卯三郎訳、国民社、1944年)しか確認できません。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

多としての身体――医療実践における存在論』アネマリー・モル著、浜田明範/田口陽子訳、水声社、2016年9月、本体3,500円、四六判上製286頁、ISBN978-4-8010-0196-1
『作家、学者、哲学者は世界を旅する』ミシェル・セール著、清水高志訳、水声社、2016年10月、本体2,500円、四六判上製227頁、ISBN978-4-8010-0198-5
小説読本』三島由紀夫著、中公文庫、2016年10月、本体700円、文庫判248頁、ISBN978-4-12-206302-0
『現代思想』2016年11月臨時増刊号「総特集=木村敏――臨床哲学のゆくえ」青土社、2016年10月、本体2,200円、A5判並製278頁、ISBN978-4-7917-1331-8
ナムジュン・パイク――2020年 笑っているのは誰 ?+?=??』ワタリウム美術館編著、平凡社、2016年10月、A4変判並製176頁、ISBN978-4-582-20689-0

★モル『多としての身体』は9月刊行、叢書「人類学の転回」第4回配本。原書は、The Body Multiple: Ontology in Medical Practice (Duke University Press, 2002)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。アネマリー・モル(Annemarie Mol, 1958-)は、オランダ・アムステルダム大学教授。訳者あとがきで、モルは「アクター・ネットワーク・セオリーの騎手の一人として知られ、ブルーノ・ラトゥール〔Bruno Latour, 1947-〕や、ジョン・ロー〔John Law, 1946-〕とともに、科学技術論と人類学を架橋する仕事を行ってきた」と紹介されています。

★さらに本書については訳者は次のように説明します。「オランダの大学病院における調査をもとに、実践としての生物医療における存在論がどのようなものであるのかを探究したものである。〔・・・〕実践やプロセスに注目することによって、通常一つだと考えられている疾病に複数のヴァージョンがあることを暴き出し、さらに、それらが断片化するのではなく、どのような関係を伴いながら共在しているのかを民族誌的手法を用いながら記述するという構成をとっている。科学技術論や実験室の民族誌における実践や翻訳への注目という手法を用いながらアクターとそのネットワークに注目するのみならず、逸材そのものが「実行」されるという主張を打ち出すことで、実在の複数のヴァージョンが共在していることを明確にしたことが、本書の最大の貢献であろう」。

★セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』は今月刊行、叢書「人類学の転回」第5回配本。原書は、 Écrivains, savants et philosophes font le tour du monde (Le Pommier, 2009)です。目次を列記すると、序章「三つの世界旅行」、第一章「われらがトーテミストの系譜」、第二章「魂は皆のために、衣服はおのおののために」、第三章「私、モナド、アナロジスト」、第四章「自然と文化の婚姻」終章「幹」です。巻末の訳者解説で本書は次のように紹介されています。「数あるミシェル・セールの書物のうちでも、記念碑的な作品の一つであるといえるだろう。さして大著ではないが、これは今日振り返って見ると、21世紀になってあらたに勃興してきた、モノやノン・ヒューマンを巡るさまざまな施策や、近年の人類学のいわゆる存在論的転回〔オントロジカル・ターン〕とも深く絡み合う側面を持ち、また諸学問の歴史にまつわる知見の膨大な蓄積を背景にして、彼自身の思想の画期的な新展開が語られたという意味でも、まさに驚くべき仕事なのだ」。

★また、現代フランス思想界の長老であるセール(Michel Serres, 1930-)については次のように説明しておられます。「驚くべきことに、80歳をとうに超えた現在でもまったく現役であり、毎年のように様々な主題の書物を発表し続けている。そればかりか、とりわけ彼の思想的な系譜を継いだブリュノ・ラトゥールが、人類学や、グレアム・ハーマンらのオブジェクト指向哲学、新しい唯物論ろいった最新の思想潮流に決定的な影響を及ぼしていることから、その現代性があらためて認識されるにいたっている。2016年7月になって、クリストファー・ワトキン〔オーストラリア・モナシュ大学上級講師〕が『今日のフランス哲学』と題した本を出版し、バディウ、メイヤスー、マラブー、ラトゥールとともに、セールを現代フランス思想の《新世代》として紹介する、といった事件すら、今なお進行しているのである」。

★叢書「人類学の転回」の続刊予定には以下の書目が挙がっています。トリン・T・ミンハ『フレイマー・フレイムド』、マイケル・タウシグ『模倣と他者性』、アルフレッド・ジェル『アートとエージェンシー』、フィリップ・デスコラ『自然と文化を超えて』。

★三島由紀夫『小説読本』は発売済。親本は2010年に中央公論新社より刊行されたオリジナル・アンソロジー。文庫化にあたって、平野啓一郎さんによる解説「混沌を秩序化する技術」と、索引(人名・作品名)が加わっています。収録されているテクストを列記すると、「作家を志す人々の為に」「小説とは何か」「私の小説の方法」「わが創作方法」「小説の技巧について」「極く短い小説の効用」「法律と文学」「私の小説作法」「法学士と小説」「法律と餅焼き」「私の文学」「自己改造の試み」「「われら」からの遁走」。カバー裏紹介文はこうです。「小説家はなりたくてなれるものではない――。小説の原理を追究した長篇評論「小説とは何か」を中心に、「私の小説の作法」「わが創作方法」など、自ら実践する作法を大胆に披歴した諸篇を収める。作家を志す人々に贈る、三島由紀夫による小説指南の書。待望の文庫化」。中公文庫ではこれまでに三島の「文学読本」三部作として『文章読本』を刊行、今回が第二弾で、来月には『古典文学読本』が発売予定とのことです。

★『現代思想』臨時増刊号「総特集=木村敏」は発売済。収録されている討議、論考、エッセイは書名のリンク先をご覧ください木村先生ご自身は森田亜紀さん(著書『芸術の中動態――受容/制作の基層』萌書房、2013年)との討議「臨床哲学/芸術の中動態」(8~25頁)に参加されています。木村さんとの対談本『生命と現実』(河出書房新社、2006年)を上梓されている檜垣立哉さんは、内海健さんとの討議「存在・時間・生命――木村敏との対話」 のほか、「木村敏と中井久夫――臨床とイントラ・フェストゥム」という論考を寄せておられます。なお、木村先生の近年の出版物には『臨床哲学の知――臨床としての精神病理学のために』(今野哲男=聞き手、洋泉社、2008年、品切)、『精神医学から臨床哲学へ』(ミネルヴァ書房、2010年)、『あいだと生命――臨床哲学論文集』(創元社、2014年)などがあり、著作集全8巻は弘文堂から刊行されています(現在は品切)。

★『ナムジュン・パイク』は、現在神宮前のワタリウム美術館で後半が開催中の展覧会「没後10年 ナムジュン・パイク展 2020年 笑っているのは誰 ?+?=??」の図録を兼ねた出版でまもなく発売。ナムジュン・パイク(Nam June Paik, 白南準, 1932-2006)は言わずと知れた韓国系アメリカ人の現代美術家。フルクサスの一員で、ビデオアートの先駆者です。今回の展覧会の展示室の内容にそのまま対応している主要目次は以下の通り。「フルクサスとの出会いからビデオアートの誕生まで 1956-78」「VIDEAいろいろ 1980-83」「サテライトTV ビデオアートの世界同時配信へ 1984-88」「パイク地球論 1990-」「ユーラシアのみちと永平寺 1993-」「ヨーゼフ・ボイスとナムジュン・パイク 1961-2006」「2020年 笑っているのは誰 ?+?=??」。巻末に年譜あり。近年では、パイクの伴侶だった久保田成子(くぼた・しげこ:1937-2015)さんへのインタヴュー本『私の愛、ナムジュン・パイク』(平凡社、2013年)も刊行されています。
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by urag | 2016-10-23 21:03 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 22日

マレク・スクロベツキ「ディム」1992年

ポーランドのパペット・アニメの巨匠、マレク・スクロベツキ(Marek Skrobecki, 1951-)の名前をついつい忘れがちな私。「東欧 アニメ」などと画像検索してその都度たどり着くというていたらくを反省して、彼の代表作「dim」(1992年)を彼のオフィシャル・チャンネルからブログに貼っておこう、と。埋め込み不可なのが残念。この作品を見ていると何とも言えない気持ちになります。寂しいような、温かいような。
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by urag | 2016-10-22 20:04 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 21日

ぴろぴとさん新作映像「ぼくのうち」

敬愛する映像作家のぴろぴとさんによる新作「ぼくのうち(My house walk-through)」が今週公開開始となっています。繰り返しのようで少しずつ変化が現れる進み方というのは、ぴろぴとさんを一躍有名にした「username:666」(2008年)をはじめ、「Another YouTube」(2010年)や「pokopokoshopping」(2014年)などで表現されてきた〈出口のない悪夢への滑落〉と近いもので、ぴろぴとさんに特徴的な作風。過去の映像作品の数々から推測して、今回もロケや造形の手間がかなりかかっているのではと想像しますが、どの部分がCGでどの部分が実写なのか、素人目には判然としません。ヒントとなる素材写真やロケ作業報告(作業開始は5月! 8月の暑い最中に連日12時間に及ぶもの! 蚊取り線香の煙で濛々!)はぴろぴとさんのツイッターで投稿されています。「これはホラービデオではありません」という注記が秀逸。世界各国の視聴者の中にはホラーゲーム「P.T. (Silent Hills: Playable Teaser)」や「サイレン」シリーズ(付け加えるなら「零」シリーズもでしょうか)を思い起こした方もいるようですが、あの閉鎖的な異次元空間に魅入られていた方はきっとこの「ぼくのうち」にその卓抜な発展型や瞠目すべき変奏を見るのではないかと思います。これはぜひ、いま流行のプレイステーションVRなどで再現されてほしい世界です。来月11月には本作に関連する動画を公開されるそうで、メイキングだとしたら非常に興味深いものになると思います。楽しみです。


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by urag | 2016-10-21 14:28 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 18日

「美術手帖」にバタイユ『マネ』の書評

「美術手帖」2016年11月号のBOOK欄に弊社7月刊、バタイユ『マネ』江澤健一郎訳、の書評「マネ作品の可能性を汲み尽した比類なき芸術論」が掲載されました。評者は美術批評家の中島水緒さんです。「異端のマネ論だ。論旨は難解だが、訳者の江澤健一郎による解説やカラー写真も多数収録しており、バタイユ特有の「至高性」などの概念に不慣れな読者にもアプローチしやすい体裁である」と評していただきました。

一方、「ユリイカ」2016年10月号(特集=永六輔――上を向いて歩こう)では裏表紙に弊社広告を打たせていただきました。弊社は特段、永六輔さんとのご縁はないのですが、編集人の明石陽介さんとは「ディヴァガシオン」誌でその昔ご縁を作っていただいたことがあります。
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by urag | 2016-10-18 14:30 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 17日

待望の文庫化『読んでいない本について堂々と語る方法』、ほか注目新刊

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読んでいない本について堂々と語る方法
ピエール・バイヤール著 大浦康介訳
ちくま学芸文庫 2016年10月 本体950円 文庫判304頁 ISBN978-4-480-09757-6

カバー裏紹介文より:本は読んでいなくてもコメントできる。いや、むしろ読んでいないほうがいいくらいだ――大胆不敵なテーゼをひっさげて、フランス文壇の鬼才が放つ世界的ベストセラー。ヴァレリー、エーコ、漱石など、古今東西の名作から読書をめぐるシーンをとりあげ、知識人たちがいかに鮮やかに「読んだふり」をやってのけたかを例証。テクストの細部にひきずられて自分を見失うことなく、その書物の位置づけを大づかみに捉える力こそ、「教養」の正体なのだ。そのコツさえ押さえれば、とっさのコメントも、レポートや小論文も、もう怖くない! すべての読書家必携の快著。

★親本は同版元より2008年に刊行。創造的読書論の名著であり、手ごろな値段で読めるようになったことは実に喜ばしいです。「注意ぶかく読んだ本と、一度も手にしたことがなく、聞いたことすらない本とのあいだには、さまざまな段階があり、それらはひとつひとつ検討されなければならない」(15頁)と著者は書きます。本書がユニークなのは「ぜんぜん読んだことのない本」「ざっと読んだ(流し読みをした)ことがある本」「人から聞いたことがある本」「読んだことはあるが忘れてしまった本」の四種をすべて「読んでいない本」という大きなカテゴリーの内に置くことです。そうやって「「読んだ」と「読んでいない」とのあいだの境界」(同頁)というものが非常に不確かなものであることを証明し、本から適度な距離を取ることの効用を論じます。

★本を読んでいないことに対する罪の意識を捨て去ることの重要性を、読書行為の様々なありようの分析を通じて明確にしようとする本書には「スクリーンとしての書物/共有図書館」「内なる書物/内なる図書館」「幻想としての書物/ヴァーチャル図書館」といった興味深い概念も登場します。本書の結論部分には読書論からの一種の反転が仕掛けられているので、それを味わうためには飛ばし読みはせずにせめて本書を「ざっと読んだ(流し読みをした)ことがある本」として遇する必要があります。実際たいへん面白いので通読することはさほど困難ではありません。その昔、ショーペンハウアーは多読の弊害と、自分自身で考えることの大切さを説きました。バイヤールの本書はその綿密かつ見事な変奏だと言えそうです。業界人必読、と書くことにすらある意味恥じらいを感じるほどの、必須の課題図書だと断言しておきたいと思います。

+++

★次に、発売済の文庫新書より注目書目を列記しておきます。

心はどこにあるのか』ダニエル・C・デネット著、土屋俊訳、ちくま学芸文庫、2016年10月、本体1,200円、文庫判288頁、ISBN978-4-480-09753-8
この人を見よ』ニーチェ著、丘沢静也訳、光文社古典新訳文庫、2016年10月、本体740円、文庫判244頁、ISBN978-4-334-75341-2
「哲学」は図で考えると面白い――はじめての思考の手引き』白取春彦監修、青春文庫、2016年10月、本体900円、文庫判384頁、ISBN978-4-413-09655-3
哲学史講義Ⅱ』G・W・F・ヘーゲル著、長谷川宏訳、河出文庫、2016年10月、本体1,500円、文庫判464頁、ISBN978-4-309-46602-6
スエデンボルグ』鈴木大拙著、講談社文芸文庫、2016年10月、本体1,500円、文庫判272頁、ISBN978-4-06-290324-0
浄土系思想論』鈴木大拙著、岩波文庫、2016年7月、本体970円、文庫判368頁、ISBN978-4-00-333235-1
グローバリズム以後――アメリカ帝国の失墜と日本の運命』エマニュエル・トッド著、朝日新聞聞き手、朝日新書、2016年10月、本体720円、新書判200頁、ISBN978-4-02-273689-5
問題は英国ではない、EUなのだ――21世紀の新・国家論』エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳、文春新書、2016年9月、本体830円、新書判256頁、ISBN978-4-16-661093-8

★デネット『心はどこにあるのか』は草思社「サイエンス・マスターズ」シリーズの1冊として1997年に刊行された同名単行本の文庫化。デネット(Daniel C. Dennett, 1942-)の単独著の訳書は8点ほどありますが、文庫になるのは今回が初めて。原書は『Kinds of Minds: Toward an Understanding of Consciousness』(Basic Books, 1996)です。目次は書名のリンク先をご覧下さい。

★ちくま学芸文庫では11月にヴェブレン『有閑階級の理論[新版]』村井章子訳や、エルンスト・トゥーゲントハット/ウルズラ・ヴォルフ『論理哲学入門』鈴木崇夫/石川求訳、などが9日発売予定。ヴェルレンの同書の旧版は現在増補改訂版が講談社学術文庫から刊行されています。村井さんは今月、日経BPクラシックスでハイエクの『隷従への道』の新訳を上梓されています。トゥーゲントハット/ヴォルフの方は、1993年に晢書房より刊行された単行本の文庫化かと思われます。

★ニーチェ『この人を見よ』は『ツァラトゥストラ』(上下巻、光文社古典新訳文庫、2013年)に続く、丘沢訳ニーチェの第二弾。光文社古典新訳文庫としてはニーチェの新訳は『善悪の彼岸』『道徳の系譜学』(ともに中山元訳)が先行していますから、今回の新刊で4点目になります。自らの半生を振り返るとともに自らの著書の数々を解説した『この人を見よ』はカバー紹介文を借りると「ニーチェ自身による最高のニーチェ公式ガイドブック」。

★ニーチェは今月、ベストセラーの白取春彦編訳『超訳ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の大活字版が発売。同書は約1年前に文庫サイズのエッセンシャル版も刊行されており、ニーチェ・ブームはまだまだ続きそうです。なお、白鳥さんは今月発売となった図解文庫『「哲学」は図で考えると面白い』の監修者もおつとめでいらっしゃいます。近年類書は増加傾向にありますが、初心者向けの図解本はぞれぞれに工夫が凝らされていて、同業者にとっては興味深い分野です。

★光文社古典新訳文庫では来月、ジュネの『薔薇の奇跡』が宇野邦一さんの新訳で発売となるようです。同作は堀口大學訳が新潮文庫より1970年に刊行されていますが、現在は品切。光文社古典新訳文庫でのジュネの新訳は中条省平訳『花のノートルダム』(2010年)に続く2点目。

★ヘーゲル『哲学史講義Ⅱ』は全4巻本の第2回配本。いくら親本があるからとはいえ、毎月1冊のペースで発売されているのはなかなかのスピード感です。第Ⅱ巻には第一部「ギリシャの哲学」第一篇「タレスからアリストテレスまで」の続きで、第二章「ソフィストからソクラテス派まで」、第三章「プラトンとアリストテレス」が収録されています。第Ⅲ巻は11月8日発売予定。

★来月発売の河出文庫では中島義道さんの『過酷なるニーチェ』なども刊行されます。さらに同社の単行本近刊には、アンドリュー・カルプの話題書『ダーク・ドゥルーズ』が見えます。版元紹介文に曰く「ドゥルーズは世界を憎み世界の破壊の哲学なのだ。既成のドゥルーズ像をぶち壊しながら斬新な思考をうちたてるマニフェスト。日本のラディカルなドゥルージアン4名からの応答を付す」と。さらに、上野俊哉さんによる『四つのエコロジー――フェリックス・ガタリの思考』も予告されています。

★鈴木大拙『スエデンボルグ』は大拙訳『天界と地獄』に続く、講談社文芸文庫でのスウェーデンボルグ本第二弾。大拙の論考「スエデンボルグ」と、スウェーデンボルグ著「新エルサレムとその教説」の大拙訳、さらに参考資料として吉永進一さんによる論考「大拙とスウェーデンボルグ――その歴史的背景」を付し、安藤礼二さんが解説「「霊性」と「浄土」の起源」を寄せておられます。同書の底本は岩波書店版『鈴木大拙全集』第二十四巻(1969年12月刊)、文庫化にあたり、1913年に丙午出版社より刊行された単行本『スエデンボルグ』および同社より翌年1914年に出版された訳書『新エルサレムとその教説』初版も参照し、「誤字と思われる箇所は正し、適宜ふりがなと表記を調整」したとのことです。吉永さんの論考の初出は、吉永さんと中西直樹さんの共著『仏教国際ネットワークの源流――海外宣教会(1888年~1893年)の光と影』(三人社、2015年)の第四章であり、表記や誤記の訂正を行ったとのことです。

★大拙によるスウェーデンボルグの訳書にはこのほかに丙午出版社より『神智と神愛』(1914年)と『神慮論』(1915年)が上梓されており、前者は岩波版大拙全集二十五巻、後者は同二十四巻に収められています。安藤さんの解説にはこの二篇については全集をひもとくよう書かれているので、あるいは当面は文庫化の予定はないのかもしれません。

★なお大拙全集からは第六感を底本として7月に岩波文庫で『浄土系思想論』が刊行されていることは周知の通りです。また、講談社文芸文庫の今月の新刊では上記書のほかに、細川光洋選『湯川秀樹歌文集』が発売されています。また、これは後日改めて取り上げようと思いますが、同社の学術文庫の今月新刊の『杜甫全詩訳注(四) 』が税込でいよいよ3000円の大台を超えるものとなりました。千頁以上あるので、やむをえないのかもしれませんが、さすがに1冊で3000円を超えるとなると紙媒体の文庫としては異次元の部類になっていきます(電子書籍では複数巻の合本もので3000円を超えるものがあります)。

★今月そして先月と、トッドさんの日本オリジナル版の新書が立て続けに刊行されています。まず先月刊行された『問題は英国ではない、EUなのだ』は好評を博したと聞く昨春の『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる――日本人への警告』(堀茂樹訳、文春新書、2015年5月)や『シャルリとは誰か?――人種差別と没落する西欧』(堀茂樹訳、文春新書、2016年1月)に続く時事論集です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の「日本の読者へ――新たな歴史的転換をどう見るか?」によれば、冒頭の「なぜ英国はEU離脱を選んだのか?」を除いて「本書に収録されたインタビューと講演はすべて日本でおこなわれました。その意味で、これは私が本当の意味で初めて日本で作った本なのです」と。本書では世界大戦以後の、1950~80年の経済成長期、1980~2010年の経済的グローバリゼーション、といった段階に続く第三局面「グローバリゼーション・ファティーグ〔疲労〕を分析しています。

★今月発売された新書『グローバリズム以後』は朝日新聞が1998年から2015年にかけて行ったトッドさんへのインタヴューに2本の語り下しを加えて1冊としたもの。18年に及ぶこの期間において著者は「「長期持続」という視点を重視」し、「日々の政治的、軍事的な出来事や、その登場人物たちが声高に叫ぶことに振り回されず、つねに社会の深いところで起きている流れを把握しようと努めて」きた、と巻頭の「日本の読者へ」で書いています。本書ではグローバリゼーションの絶頂期と墜落過程が分析されています。「日本は、安定していますが、老いつつあります」(9頁)と著者は指摘します。「核兵器が依然として力と均衡の道具となっている世界で、日本はかつてないほどに経済的、軍事的安全にかかわる構造的な問題の解決をせまられて」いる、と(同)。2006年10月のインタヴュー「日本の「核武装」を勧めたい」では若宮啓文記者との緊張感あるやりとりを読むことができます。「私は中道左派で、満足に兵役も務めなかった反軍主義者。核の狂信的愛好者ではない。でも本当の話、核保有問題は緊急を要する」(158-159頁)。賛否はあるにせよ、著者の現実主義は一読の価値があります。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

ラテンアメリカ文学入門――ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』寺尾隆吉著、中公新書、2016年10月、本体780円、新書判240頁、ISBN978-4-12-102404-6
台湾少女、洋裁に出会う――母とミシンの60年』鄭鴻生著、天野健太郎訳、紀伊國屋書店、2016年9月、本体1,700円、B6判上製268頁、ISBN 978-4-314-01143-3
バルトン先生、明治の日本を駆ける!』稲場紀久雄著、平凡社、2016年10月、本体2,800円、4-6判上製352頁、ISBN978-4-582-82483-4

★寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門』はまもなく発売。現代ラテンアメリカ文学の愛読者の方なら寺尾さんのお名前はよくご存じかと思います。現代企画室の「ロス・クラシコス」や「セルバンテス賞コレクション」、水声社の「フィクションのエル・ドラード」などのシリーズをはじめ、単行本でも訳書を多数手がけておられ、さらに研究書『魔術的リアリズム――二〇世紀のラテンアメリカ小説』(水声社、2012年)も上梓されています。寺尾さんにとって初めての新書となる今回の新刊では「ラテンアメリカ文学がもっとも豊かな成果をもたらしたブームの時代、具体的には1958年から81年にいたる二十数年間を中心に、その前後数十年まで展望を拡げて、約100年にわたる現代ラテンアメリカ小説(ほぼスペイン語圏だが、ポルトガル語圏に属するブラジルの小説も含む)の動向を探って」おられます。全6章立てで、第1章「リアリスム小説の隆盛――地方主義小説、メキシコ革命小説、告発の文学」、第2章「小説の刷新に向って――魔術的リアリズム、アルゼンチン幻想文学、メキシコ小説」、第3章「ラテンアメリカ小説の世界進出――「ラテンアメリカ文学のブーム」のはじまり」、第4章「世界文学の最先端へ――「ブーム」の絶頂」、第5章「ベストセラー時代の到来――成功の光と影」、第6章「新世紀のラテンアメリカ小説――ボラーニョとそれ以後」。巻末には関連年表と参考文献が配されています。

★鄭鴻生『台湾少女、洋裁に出会う』は発売済。原書は『母親的六十年洋裁歳月』(印刻文学生活雑誌出版、2010年)で、著者の鄭鴻生(ジェン・ホンシェン:1951-)さんが母親である施伝月さんの「洋裁人生」を綴ったものです。帯文に曰く「もうひとつの“カーネーション”がここにあった! 『主婦之友』『婦人倶楽部』……日本統治下の一九三〇年代の台湾で、日本の婦人雑誌に魅了された少女は、親の反対を押しきって、洋装店の見習いとなり、やがて台南に自ら洋裁学校を開校する。母が息子に語った“小さな近代史”」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「〔若い頃の〕あの日の耳に突き刺さるような〔日本人の〕警官の〔侮蔑的な〕言葉と耐えがたい屈辱を母はついに忘れることがなかった。その反面、日本の帝国意識が高まった1930年代において、母に新しい希望の光を与え、人にばかにされないための行動の規範となり、また同時に大きな慰めとなったのは日本の婦人雑誌であった」(67-68頁)。施伝月さんは日本人が経営する台南の洋装店の見習いとなり、日本にも留学し、戦後には台南で洋裁学校を開校します。

★本書の終盤近くにある次のくだりが印象的です。「1950年代からの2、30年間、台湾人女性はそれぞれ置かれた条件下のもと、競い合って洋裁を学び、自らの手でさまざまなスタイルの美しい衣装を作り出した。それはきっと、あの時代を生きた女性たちの、自分らしさの表出ではなかったか。洋裁は、女性の自立に必要不可欠な技能というだけでなく、彼女たちの自己表現の舞台でもあった。布を選び、雑誌や仕立て屋を覗いてスタイルを考え、採寸から裁断、仮縫い、試着、本縫いまで自らの手で完成させる――そんな手間のかかるプロセスは、現在のように百貨店に並ぶ無数の既製品からなんとなく選んで買うのとはまるで異なる行為であったのだ」(236頁)。本書はほぼ新書サイズのハードカバー上製本で本文はセピア色で印刷されています。非常に美しい一冊です。

★稲場紀久雄『バルトン先生、明治の日本を駆ける!』はまもなく発売。帯文はこうです。「謎に包まれたバルトン先生の全貌解明! 帝国大学教授としてコレラ禍から日本を救うため、上下水道の整備を進める一方、日本初のタワー・浅草十二階の設計を指揮、さらに写真家として小川一真の師でもあったバルトン先生。彼の貴重な写真も多数収録」。目次も列記しておきます。

プロローグ――バルトンの夢を追って
第1章 故郷エディンバラ
第2章 知の巨峰、父ジョン・ヒル・バートン
第3章 ウイリー誕生、バルトン幼少期
第4章 技術者への道、バルトン青年期
第5章 永訣と自立と
第6章 ロンドンでの活躍、そして日本へ
第7章 バルトン先生の登場
第8章 国境を超えた連帯
第9章 首都東京の上下水道計画
第10章 日本の写真界に新風
第11章 浅草十二階――夢のスカイ・スクレイパー
第12章 濃尾大震災の衝撃
第13章 望郷――愛の絆
第14章 迫るペスト禍と台湾行の決心
第15章 台湾衛生改革の防人
第16章 永遠の旅立ち
第17章 満津と多満――打ち続く試練
第18章 ブリンクリ一家に守られて
第19章 多満の結婚とその生涯
エピローグ――時空を超えて
謝辞
バルトン略年表

★著者は上下水道研究に長らく尽力されており、旧著『都市の医師――浜野弥四郎の軌跡』(水道産業新聞社、1993年)ではバルトンの弟子の人生を描いておられます。そこに本書の主人公であるバルトン先生こと、ウィリアム・K・バートン(1856-1899)も登場しています。その後もバルトン先生の多方面での活躍を知ることとなった著者がついに本書を上梓するに至ったのは、運命的な出会いのように思えます。個人的には、凌雲閣(浅草十二階)の設計と建設、完成後に催された日本初の「美人コンテスト」、そして濃尾大震災による被災と写真集『日本の大地震』の刊行までの過程が興味をそそるのは、近年の東京スカイツリーの完成や日々近づきつつある大地震が読み手に影響しているからでしょうか。タイムマシンがあったら浅草十二階に行ってみたいと思っている方はそれなりにいらっしゃることでしょう。
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by urag | 2016-10-17 00:34 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 14日

メモ(4)

出版業界関連のニュースは日々色々あるのですが、最近読んだ中で特に印象深かったのは「ねとらぼ」2016年10月14日付の池谷勇人さんによるインタヴュー記事「史上最大の崖っぷちに追い込まれております」――コミックビームが突然の「緊急事態宣言」 漫画雑誌はこの先生きのこれるのか」です。「今、漫画雑誌に何が起こっているのか、コミックビームの奥村勝彦“編集総長”に聞きました」というもの。「ねとらぼ」では参考写真や動画も含めて3頁に分割されていますが、一気に読みたい方はヤフーニュース版「コミックビームが「緊急事態」宣言 漫画雑誌はこの先生きのこれるのか」をどうぞ。コメント欄もついています。

あちらはコミック畑、こちらは人文芸術畑ですが、共感する箇所が多々あります。特に、次のやりとりは非常に示唆的です。

【引用開始】

奥村 オレ昔から思ってるんだけど、最高のエンタテイメントって何かって考えたら、多分戦争なんだよ。自分とか身内が殺されない限り、戦争って一種のエンタテインメントなんじゃないかって。あの「日本チャチャチャ!」なんて足元にも及ばないくらいの爆発力がある。もちろんこれは極端な考えだよ。でもさ、実際戦争なんてやったら悲惨この上ないからね。人間同士殺し合うわけだから。

―― エンタメが萎縮すると戦争に向かうということですか。

奥村 おれはそう思うよ。メディアってそういうのがモロに最初に出てくるものだから。で、ああもう嫌だ平和になりましょう、っていうところからグゥーっとエンタテイメントが盛り返していって、それが一定の飽和点を超えるとまた戦争の方にグゥーっと行って。恐らく人類の歴史ってそれを繰り返しているのね。

―― でも、だとしたら面白いモノを作り続けるのは、ある意味戦争へのカウンターになるということですよね。

奥村 そうそうそう。何人かとしゃべったけど意見モロに一致で、みんな戦争好きですよねーって。でも、それ認めるところから始めなきゃいけないという気も最近してきてる。戦争は娯楽の行き着くところだけど、でもそれって最悪ですよ、っていうところからいろんなことを考えなきゃダメなんだろうな。その言葉(戦争)を封印しようとすればするほど、全部裏目っていくみたいなことに多分なっちゃう。

【引用終了】

奥野さんが仰る「戦争は娯楽の行き着くところだけど、でもそれって最悪ですよ、っていうところからいろんなことを考えなきゃダメなんだろうな」という言葉は、人文芸術畑の出版人が聞いても首肯できることではないかと感じます。インタヴューでは雑誌の「雑味」が実は醍醐味であるとも仰っていて、こちらにも大いに共感します。それにしてもKADOKAWAの一角にいてもこの厳しさというのは、ある意味、同業者からは想像できることではあるのですが、出版業界を目指したい若い方々にとっては「ドラマで見てるのと違う」と思われたりするのでしょうか。

三校もとい参考動画「ビーム緊急事態宣言」



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なお、厳しい出版業界の実態を「もっと」知りたいという方には以下の催事をお薦めします。

◎出版協営業講座:小田光雄×中村文孝「混迷を深める出版界を見極める!

日時:2016年11月4日(金) 18時30分~20時30分(予定)
場所:小石川運動場会議室(東京都文京区後楽1-8-23 電話:03-3811-4507)
料金:1,000円 *50名限定

講師:小田光雄(おだみつお)1951年生まれ。早稲田大学卒業。出版業に携わる。著書『書店の近代』『出版社と書店はいかにして消えていくのか』、インタビュー集「出版人に聞く」シリーズ。/中村文孝(なかむらふみたか)芳林堂、リブロ、ジュンク堂書店を経て、LLPブックエンドを立ち上げる。著書『リブロが本屋であったころ』

内容:栗田出版販売の民事再生、太洋社の倒産、文教堂チェーン店のトーハンから日販への帳合変更、書店の統廃合、アマゾンの動き、めまぐるしく変動を続ける、出版業界。日々の売り上げも気になります。10年前とは全く様相を変じ、ますます混迷と変動を繰り返す出版界はいま、どのようになっているのか、何処に向かおうとしているのか。私たちは、今一度、しっかりとこの状況を押さえておく事が重要と感じております。古くから出版界に関わってこられた小田光雄さん、元ジュンク堂池袋店仕入の中村文孝さんからお話しをお伺いいたします。研修後、講師を囲んだ懇親会があります(別途会費実費)。
       
★出版協会員以外の方も大歓迎です。定員50名となっております。お申込みはお早めにお願いいたします。参加申し込みは、氏名・社名・連絡先電話番号・メールアドレス・懇親会参加の有無を明記のうえ下記へメールかFAXでお願いします(今後メールでのご案内が不要の方は、その旨ご記載ください)。メール:shuppankyo@neo.nifty.jp  FAX:03-6279-7104

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by urag | 2016-10-14 17:39 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 13日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる本屋さん

2016年11月1日(火)オープン
B&B銀座:60坪(図書30坪、その他)
東京都中央区銀座5-3-1 ソニービル 6F
トーハン帳合。下北沢店に続く2店舗目(別名もカウントすると、福岡のRethink Booksを入れて3店舗目)。弊社へのご発注は人文書主力商品と、芸術・文芸書少々。出品依頼書によれば「「東京」をコンセプトにした品揃えと平日毎日開催される出版編集者のトークイベントにて集客を図っていきます」と。図書以外の残り30坪はイベントスペースやカフェスペースかと想像できます。

【追記】「文化通信」2016年10月13日付速報「本屋B&B、銀座ソニービルに期間限定で書店開店へ」によれば「ソニー企業(株)は10月11日、銀座ソニービルに期間限定の書店「本屋 EDIT TOKYO」を11月1日にオープンすると発表した。NUMABOOKS(代表・内沼晋太郎)と博報堂ケトル(代表・嶋浩一郎)が…」(以下有料)。出品依頼書にある書店名「B&B銀座」はあくまでも流通サイドの名前のようです。なおかつ、期間限定とありますから、福岡のRethink Booksと同じタイプということですね。内沼さんが手がけている本屋といえば、青森の八戸ブックセンターさん分のご発注だったか在庫確認だったかを先日トーハンさんから頂戴した記憶があります。オープンはそう遠くないのかもしれません。【追記終】

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なお、まもなくプレスリリースが出るはずの、銀座に来春オープン予定の某チェーンの新規店は、初期在庫発注が版元にすでにかかっています。ただしリリース前なので、まだ詳細はご報告することができません(所在地や正式店名などがそもそも公開されていません)。取次の出品依頼書では、この店舗は芸術、建築、デザイン、ファッション、カルチャーに商品を特化し、図書だけでなく喫茶、ギャラリー、イベントスペースを併設したものになるとのことです。弊社には写真集のご発注あり。

ちなみに来春に銀座でオープンするお店と言えば、銀座松坂屋跡地の複合施設がありますね。「屋上には地域に開かれた大庭園「銀座ガーデン」〔・・・〕。企業が入るオフィスフロアは7階から12階と13階の一部〔・・・〕。1階には銀座初の「銀座観光ステーション(仮称)」として観光案内所や、観光バスの乗降スペース〔・・・〕。目玉は地下3階の文化施設〔・・・〕「観世能楽堂」」(「asoview!NEWS 」2016年5月17日更新記事「銀座・松坂屋跡地に東京最大級の商業施設が誕生!地下には東京五輪を前に「観世能楽堂」が帰参」)という、あれです。 J. フロントリテイリングの「銀座六丁目プロジェクト」については、リンク先や5月9日更新のIR情報「J. フロントリテイリングは、銀座地区最大の再開発計画『銀座六丁目10地区第一種市街地再開発事業』に取り組んでいます。」をご覧ください。

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2016年11月17日(木)オープン
平安堂新長野店:520坪(図書350坪、その他)
長野県長野市南千歳1-1-1 ながの東急百貨店別館シェルシェ 2~3F
トーハン帳合。北陸新幹線「長野駅」駅前のウエストプラザビルで9月11日まで営業していた長野店が来月に移転オープンします。出品依頼書によれば「平成9年にグループ本店として出店。新修を代表する書店として営業して参りました。新規店につきましても得意のイベントやフェアの開催、また「ながの東急」との連携MDにより、読者に強力なアピールを行い売上向上に努めます」。図書以外の残り170坪ですが、同依頼書に「セルCDや文具・雑貨売場を継続・強化、客層及び集客の拡大を図ります」とのことから売場構成が想像できそうです。

旧長野店で展開されていた古書販売はいったん終了。8月時点での長野店の案内「古書売場終了のご案内」によれば、一時休業と移転オープンに伴い「古書売場は本年8月31日(水)で営業を終了させていただきます。多年にわたるご利用、まことにありがとうございました」とあります。また、「長野店での「古書の探索隊」サービスは9月11日の営業をもって一時休業させていただきます。「出張買取り」サービスは、継続いたしております。詳しくは店頭にてお問合せくださいますよう、お願いいたします」とも。新店では古書売場は設けないご様子ですが、将来的には売場が復活しない可能性もゼロではないようです。

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by urag | 2016-10-13 14:17 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)