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2016年 06月 30日

明日取次搬入:バタイユ『マネ』江澤健一郎訳

弊社7月新刊、芸術論叢書第4回配本、バタイユ『マネ』江澤健一郎訳は、明日7月1日に取次搬入いたします。日販、トーハン、大阪屋栗田、いずれも明日です。

書店の皆様へ――弊社の新刊はパターン配本いたしません。事前にご発注いただいた書店様にご指定分を配本いたします。ご発注がない場合、配本の有無はお約束できませんのでご了承ください。

読者の皆様へ――どの書店さんに本が置かれるのかについては、地域をご指定いただければこのブログにてお答えいたします。コメント欄やEメール(弊社ウェブサイトで公開)にてお気軽にお尋ねください。

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by urag | 2016-06-30 09:49 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 26日

注目新刊:シャヴィロ『モノたちの宇宙』、ほか

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モノたちの宇宙――思弁的実在論とは何か
スティーブン・シャヴィロ著 上野俊哉訳
河出書房新社 2016年6月 本体2,800円 46判上製256頁 ISBN978-4-309-24765-6

帯文より:人間は特権的存在ではない。すべてのモノたちが平等な世界へ――ホワイトヘッドを甦らせながら、メイヤスー、ハーマン、ブラシエなどの思弁的実在論をあざやかに紹介・批判し、来たるべき思想を切り開く定評ある名著。

目次:
序章 ホワイトヘッドと思弁的実在論
第一章 自己享受と関心
第二章 活火山
第三章 モノたちの宇宙
第四章 汎心論と/あるいは消去主義
第五章 汎心論がもたらす諸帰結
第六章 非相関主義的思考
第七章 アイステーシス
訳者解説――なぜホワイトヘッドか?

★発売済。スティーヴン・シャヴィロ(Steven Shaviro, 1954-)は今回の新刊が本邦初訳となる、アメリカの哲学者であり批評家です。原書はThe Universe of Things: On Speculative Realism (University of Minnesota Press, 2014)。今年年頭に発売されて話題を呼んでいるメイヤスー『有限性の後で』(人文書院)に代表されるような思弁的実在論の関連書として読むことができます。序章にはこう書かれています。「ホワイトヘッドも思弁的実在論者のどちらも、長きにわたり西欧近代の合理性の核心であった人間中心主義という想定に自問を投げかけている〔・・・〕。こうした問いかけは、ぼくらが今後、生態学的な危機に見舞われそうな時代、人間の運命が他のありとあらゆる種類の存在の運命と深く絡みあっていると思わざるをえない時代には差し迫って必要とされる。科学の実験や発見の光に照らしてみても、人間中心主義はますます支持できないものになっている。今やぼくらはこの地球上のありとあらゆる生きものとどれほど僕たちが似ていて緊密に関係しているかを知っているので、自らを他に例のない独自な存在と考えることはできなくなっている。だからぼくはら、その境界をとうてい把握しえない宇宙において、コスミックな尺度で生起している様々な過程と、自分たちの利害や経済を切りはなすことはできなくなっている。/ほぼ一世紀前に、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドはこうした緊張や危険の数々についてすでに自覚していた」(5~6頁)。

★同じく序章では、著者自身による各章の要約が記されています。「第一章はホワイトヘッドの美学や倫理学に対する理性を、偉大なフランス=ユダヤ系哲学者であるレヴィナスの立場と比較する。〔・・・〕第二章はホワイトヘッドのプロセス指向の思考とグレアム・ハーマンによるオブジェクト指向存在論〔OOO:Object-oriented ontology〕をはっきり対照させて示している。第三章は〔・・・〕ホワイトヘッドによる英国のロマン主義の読解とともに、ハーマンによるハイデッガーの読みをあつかっている。第四章は、ひとたびぼくらが相関主義、また思考と存在の照応を拒絶してしまえば、ぼくらにはあからさまな消去主義(存在は根元的に思考を欠いているということを意味する)か、あるいは一般化された汎心論のどちらかをはっきり選択することが残される、という点を論じている。第五章は、汎心論をめぐる近年の哲学的議論に大まかな見取り図をあて、また心(メンタリティ)が物質の基本属性であるという議論を立てている。〔・・・〕第六章は、現存する思弁的実在論者による思考の説明における諸問題を検証している。〔・・・〕最後の第七章は、人間の判断力に限定されず、とりわけ人間の主観性に中心化されない美学を提起するために、この思考〔存在に相関的なのではなく、存在のうちに内在的に組み込まれている、一種の「自閉的」な思考〕のイメージを援用している」(21~22頁)。

★本書の末尾にはこんな言葉が見えます。「ぼくはメイヤスーによる根元的な偶然性という視角と、ハーマンによる不変の真空=空虚に封じこめられた諸対象という視角の両方に対する代替案として思弁的美学を提起する。このような思弁的美学はまだ形成の途上にある。カントやホワイトヘッド、ドゥルーズたちだけが、ぼくらにその基礎を与えてくれる。実際、あらゆる美的遭遇は特異なものなので、一般的美学のようなものは不可能である」(230頁)。シャヴィロの立場は彼自身の説明によればメイヤスーよりもハーマンにより近いもの(200頁)ですが、メイヤスー『有限性の後で』に興味を引かれた方はシャヴィロの本書も面白く読めるはずです。思弁的実在論関連の本は今後日本でも少しずつ増えていくようです。これらは哲学思想書売場の再活性化に一役買うことになるでしょう。カント、ホワイトヘッド、ドゥルーズは、大書店であれば隣りどうしに並ぶ哲学者ではありませんでした。しかし本書の視点からすれば、この三者は欠くことのできない星座を構成するわけです。


★河出さんでは7月下旬刊行予定新刊として、カトリーヌ・マラブー『新たなる傷つきし者――フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』(平野徹訳、河出書房新社、2016年7月、本体3,400円、368頁、ISBN978-4-309-24767-0)が予告されています。版元紹介文によれば「アルツハイマー病の患者、戦争の心的外傷被害者、テロ行為の被害者……過去も幼児期も個人史もない、新しい人格が、脳の損傷からつくられる可能性を思考する画期的哲学書。千葉雅也氏絶賛!」と。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

脳はいかに治癒をもたらすか――神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著、高橋洋訳、紀伊國屋書店、2016年6月、本体3,000円、46判上製594頁、ISBN978-4-314-01137-2
日常を探検に変える――ナチュラル・エクスプローラーのすすめ』トリスタン・グーリー著、屋代通子訳、紀伊國屋書店、2016年6月、本体2,000円、46判並製432頁、ISBN978-4-314-01138-9
日本デジタルゲーム産業史――ファミコン以前からスマホゲームまで』小山友介著、人文書院、2016年6月、本体3,600円、4-6判並製400頁、ISBN978-4-409-24107-3
スターリン批判 1953~56年――一人の独裁者の死が、いかに20世紀世界を揺り動かしたか』和田春樹著、作品社、2016年6月、本体2,900円、46判上製480頁、ISBN978-4-86182-573-6
国家と対峙するイスラーム――マレーシアにおけるイスラーム法学の展開』塩崎悠輝著、作品社、2016年6月、本体2,700円、46判上製352頁、ISBN978-4-86182-586-6
分解する』リディア・デイヴィス著、岸本佐知子訳、作品社、2016年6月、本体1,900円、46判上製204頁、ISBN978-4-86182-582-8

★紀伊國屋書店さんの新刊2点はいずれもまもなく発売(30日頃発売)。2点ともワクワクするような素敵な内容で、広く話題を呼びそうな予感がします。まず、ドイジ『脳はいかに治癒をもたらすか』の原書は、 The Brain's Way of Healing: Remarkable Discoveries and Recoveries from the Frontiers of Neuroplasticity (Viking, 2015)。帯文に曰く「これから始まるのは軌跡でも代替療法の紹介でもない。脳と身体が本来持つ治癒力の話だ。脳卒中、自閉症、ADHD、パーキンソン病、慢性疼痛、多発性硬化症、視覚障害――これまで治療不可能と考えられていた神経に由来する機能障害の多くは、《神経可塑性》を活かした治療で劇的に改善する可能性がある。ラマチャンドラン、ヴァン・デア・コークら絶賛の全米ベストセラー!」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ノーマン・ドイジ(Norman Doidge)さんはカナダの精神科医・精神分析医。米加両国で活躍しており、コロンビア大学精神分析研究センターおよびトロント大学精神医学部に所属。前作『脳は奇跡を起こす』(The Brain That Changes Itself, Viking, 2007;竹迫仁子訳、講談社インターナショナル、2008年)は19か国語に翻訳されているミリオンセラーだと言います。「はじめに」で著者はこう書いています。「神経可塑的なアプローチは、心、身体、脳のすべてを動員しながら、患者自身が積極的に治療に関わることを要請する。このアプローチは、東洋医学のみならず西洋医学の遺産でもある。〔・・・〕神経可塑的なアプローチでは、医師は、患者の欠陥に焦点を絞るだけでなく、休眠中の健康な脳領域の発見、および回復の支援に役立つ残存能力の発見を目標とする。〔・・・〕本書で紹介するのは、脳を変え、失われた機能を回復し、自分でも持っているとは考えていなかった能力を脳に発見した人々のストーリーである」(21~22頁)。


★次に『日常を探検に変える』は、『ナチュラル・ナビゲーション――道具を使わずに旅をする方法』(The Natural Navigator, Virgin Books, 2010;屋代通子訳、紀伊國屋書店、2013年11月)に続く邦訳第二弾。原著は、The Natural Explorer (Sceptre, 2012)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。トリスタン・グーリー(Tristan Gooley)さんはイギリスの作家で探検家。イギリス最大の旅行会社Trailfindersの副会長でもあり、英国王立ナビゲーション学会および王立地理学会の特別会員です。「未踏の地を求め、肉体の極限に挑戦することだけが探検ではない。何度も人が足を踏み入れた身近な自然のなかでさえ、意識を開けば、たとえささやかでも新たな発見があるはずだ。それを創造的手段を使って人々と分かちあうことで、日常が探検になる」(版元プレスリリースより)。「フィナンシャル・タイムズ」は「身近な自然を歩くための、知的かつ魅力的なガイド」と本書を評しています。本書には歴史的な探検家たちの言葉だけでなく、古今の哲学者の思索も折々に引用されており、意識変革を促す思想書のような趣きもあります。分類コードの下二桁は26で「旅行」を示していますが、ビジネス書でも人文書でも読者を獲得できる気がします。

★人文書院さんの新刊、小山友介『日本デジタルゲーム産業史』はまもなく発売。明日27日取次搬入と聞いています。著者の小山友介(こやま・ゆうすけ:1973-)さんは芝浦工業大学システム理工学部准教授。ご専門は進化経済学、コンテンツ産業論、社会情報学でいらっしゃいます。本書は初の単独著。帯文はこうです。「初めて描かれる栄光と混迷の40年。黎明期から現在まで40年におよぶ、日本におけるデジタルゲーム産業の興亡を描き出した画期的通史。アーケードやPCも含む包括的な記述で、高い資料的価値をもつとともに読み物としても成立させた、ビジネスマン・研究者必読の書」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ゲーム産業と同じくコンテンツ産業の一角である出版業界に棲む私たちにとっては、出版史と並行させて本書を読み解くこともできるかもしれません。ゲーム産業の現在が見せる課題は出版産業とも無縁というわけではありません。

★作品社さんの新刊3点はいずれも発売済。まず、和田春樹『スターリン批判 1953~56年』は、巻頭の「本書をお読みになる、21世紀のみなさんへ」に曰く「20世紀に生まれ、20世紀に消えてしまったソ連国家社会主義体制の歴史の決定的な転換点をとりあげて、その危機の五年間の歴史を描き出す試みです。世界の超大国、人類の理想を体現した国と言われた国で、神とも崇められた指導者が死んだところからどのような変化のすえに、その指導者が批判されるようになったのか。その指導者のもとでなされた驚くべき非道な行為が明るみに出て、批判が加えられ、どのように社会を変えていかねばならないか。人々が悩み、思索をはじめたところ、行き過ぎた批判は許せないと国家からブレーキをかけられてしまう五年刊の過程です」。巻末には「ソ連という国家の特殊な仕組みの解説」と題された小事典のほか、年表や登場人物解説・索引が付されています。新資料に基づく今回の大著は和田さんが約40年前に立てた仮説の検証ともなっていて、まさにライフワークであり、圧倒されます。

★塩崎悠輝『国家と対峙するイスラーム』は帯文に曰く「ファトワー(教義回答)をはじめとする豊富なイスラーム学の一次資料読解を通して、東南アジアでイスラーム法学がどのような発展を遂げ、政治的に波及したのかを描いた画期的な研究」と。あとがきによれば「基本的には筆者の博士論文を中心に筆者が2006年から2015年にかけて発表してきた著書、論文をまとめたもの」とのことです。全6章の章題を列記すると以下の通り。「東南アジアにおけるイスラーム法解釈の発展とファトワー」「中東と東南アジアをつないだウラマーのネットワーク」「東南アジアにおける近代国家の成立とイスラーム法」「ムスリム社会におけつ公共圏の形成とファトワー」「マレーシアのウラマーとファトワー管理制度」「マレーシア・イスラーム党(PAS)と近代国家マレーシアの対峙」。巻末には参考文献と人名・地名索引、事項索引が配されています。

★デイヴィス『分解する』は訳者あとがきによれば、1986年に発表された短編集『Break It Down』の翻訳。「それ以前にも小冊子形式の著作はあったものの、実質的にはこれが彼女のデビュー作となる。〔・・・〕彼女のすべての短編集がそうであるように、この本にも、長さもスタイルも雰囲気もまちまちの短篇が多数おさめられている。〔・・・〕小説、伝記、詩、寓話、回想録、エッセイ・・・と縦横無尽にスタイルを変化させ〔・・・〕どれもが無類に面白い」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお、来月7月22日(金)午後7時より、代官山蔦屋書店1号館2Fイベントスペースにて刊行記念の催事「代官山 文学ナイト:岸本佐知子さんミニトーク&サイン会「佐知子の部屋」祝10回!『分解する』刊行記念」行なわれるとのことです。ミニトークのみの参加券が税込1,000円、『分解する』ご購入+ミニトーク+サイン会への参加券が税込2,052円とのことです。

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by urag | 2016-06-26 00:15 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 19日

注目新刊:創刊40周年、講談社学術文庫6月新刊、ほか

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人間不平等起源論 付「戦争法原理」』ジャン=ジャック・ルソー著、坂倉裕治訳、講談社学術文庫、2016年6月、本体860円、240頁、ISBN978-4-06-292367-5
ひとはなぜ戦争をするのか』アルバート・アインシュタイン+ジグムント・フロイト著、浅見昇吾訳、養老孟司・斎藤環解説、講談社学術文庫、2016年6月、本体500円、120頁、ISBN978-4-06-292368-2
中央アジア・蒙古旅行記』カルピニ+ルブルク著、護雅夫訳、講談社学術文庫、2016年6月、本体1,330円、456頁、ISBN978-4-06-292374-3
杜甫全詩訳注(一)』下定雅弘・松原朗編著、講談社学術文庫、2016年6月、本体2,300円、912頁、ISBN978-4-06-292333-0
今昔物語集 本朝世俗篇(上)全現代語訳』武石彰夫訳、講談社学術文庫、2016年6月、本体1,630円、592頁、ISBN978-4-06-292372-9

★講談社学術文庫の今月(2016年6月)新刊では、すべて帯に「古典へ! 講談社学術文庫 創刊40周年」のアイキャッチが印刷されています。その謳い文句に相応しく今月新刊は古今東西の古典が目白押しです。

★ルソー『人間不平等起源論』は文庫オリジナル新訳。中山元さんによる光文社古典新訳文庫(2008年)以来の新訳です。同書の既訳で入手しやすい版には、上記の光文社古典新訳文庫版のほか、岩波文庫版(本田喜代治訳、1933年初版;本田喜代治・平岡昇訳、1957年改版;1972年改訳版)や、中公クラシックス版(小林善彦訳、2005年、井上幸治訳『社会契約論』を併載)などがあります。今回の新訳では表題作である「人間たちの間の不平等の起源と根拠に関する論文」(1755年出版)のほかに「戦争法原理」(1756年頃執筆)が収録されているのが特徴です。訳者解説によれば、前者はプレイヤード版『ルソー全集』第3巻(ガリマール、1964年)所収のテクストを底本としつつ、ルソー生誕300年記念のスラトキン版『ルソー全集』第5巻(2012年)を参照し、「専門家の目から見れば、ものたりないところが生じることは覚悟のうえで、できる限り、一般の読者の方々にも親しみやすい、平易な訳文にすることを心がけた」とのことです。後者「戦争法原理」は、「ベルナルディらによって復元されたテクスト(ヴラン、2008年)を底本として用いた。異文については日本語訳では不要と判断して、省略した。復元された『戦争法原理』の日本語訳としては、本書が初めてのものとなるかもしれない」と。

★『ひとはなぜ戦争をするのか』は『ヒトはなぜ戦争をするのか?――アインシュタインとフロイトの往復書簡』(花風社、2000年)の文庫化。奥付手前の特記によれば、「講談社学術文庫に収録するにあたり、一部を再構成しています」とのことです。親本に収録されていた養老孟司さんの解説「脳と戦争」は割愛され、新たに養老孟司さんによる解説1「ヒトと戦争」と、斎藤環による解説2「私たちの「文化」が戦争を抑止する」という2篇の書き下ろしが追加されています。短い端的な内容で活字の大きな本なので、学生さんの課題図書や読書感想文向きではないかと思います。

★なお、ちくま学芸文庫の今月新刊には、アインシュタインが「数学の進歩を扱った本としてこれまでに手に取った中で、間違いなく一番面白い」と絶賛したというトビアス・ダンツィク『数は科学の言葉』(水谷淳訳、ちくま学芸文庫、2016年6月、本体1,500円、480頁、ISBN978-4-480-09728-6)が文庫化されています。親本は日経BP社より2007年に刊行されたもの。文庫化にあたり改訳されています。版元紹介文に曰く「数感覚の芽生えから実数論・無限論の誕生まで、数万年にわたる人類と数の歴史を活写」と。また、カヴァー紹介文には「初版刊行から80年、今なお読み継がれる数学読み物の古典的名著」とあります。原著は、NUmber: The Language of Science (1930)で、ジョセフ・メイザーによる編者注・メモ・あとがき・参考文献とバリー・メイザーによるまえがきが添えられた2005年復刊版を底本としているようです。 既訳には同書第2版を底本とした『科学の言葉=数』(河野伊三郎訳、岩波書店、1945年)があります。

★『中央アジア・蒙古旅行記』は、同名の親本(桃源社、1965年;1979年新版)の文庫化。親本に収録されていた附録「ポーランド人ベネディクト修道士の口述」は割愛されています。また、訳者が故人のため、編集部が誤字誤植の訂正や表記の整理などの作業を行っておられます。帯文に曰く「13世紀東西交渉の一級史料。教皇・王に派遣された修道士たちはモンゴルをめざす」と。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。第一部が、プラノ=カルピニのジョン修道士の旅行記。 第二部が、スブルクのウィリアム修道士の旅行記です。

★『杜甫全詩訳注(一)』は全4巻予定の第1巻。帯文に曰く「全作品に訳注を添えたポケット版「杜甫全集」」と。カヴァー紹介文には「日本を代表する漢文学研究者陣による、最新の研究成果をふまえた平易な現代語訳に語釈を添える完全書き下ろし杜甫詩全訳注。本巻は、杜甫の青年期から安史の乱にかけての作品を収録する」とあります。一篇ずつ、原文、読み下し、題意、現代語訳、語釈という構成。巻末には用語説明、人物説明、杜甫関連地図、松原朗さんによる解説「杜甫とその時代」が収められています。

★『今昔物語集 本朝世俗篇(上)全現代語訳』は上下巻予定の上巻。凡例によれば、「本書は『今昔物語集』巻第二十二から巻第三十一の現代語訳である。上下巻とし、巻第二十二から巻第二十六を上巻、巻第二十七から巻三十一までを下巻に収めた。/本書の現代語訳文は『現代語訳対照 今昔物語集 本朝世俗部』(一)~(四)(旺文社刊、1984~1986年)の現代語訳を用いた」とのことです。カヴァー紹介文に曰く「全三十一巻〔うち三巻を欠き、現存は二十八巻〕、千話以上を集めた日本最大の説話集。本朝(日本)に対し、天竺(インド)・震旦(中国)という、当時知られた世界全域を仏教文化圏として視野に奥。〔・・・上巻には〕藤原氏の来歴、転換期に新しく立ち現われた武士の価値観と行動力、激動を生き抜く強さへの驚嘆と共感を語り伝える」。巻末には武石彰夫さんによる解説を収め、さらに参考付図・系図が付されています。なお、講談社学術文庫ではかつて国東文麿さんによる全訳注版『今昔物語集』全9巻(1979~1984年)が刊行されていましたが、現在は品切のようです。

★講談社学術文庫の今月新刊には上記5点のほか、あと2点あります。佐々木惣一『立憲非立憲』石川健治解説、そして、姜尚中+玄武岩『興亡の世界史 大日本・満州帝国の遺産』です。また、来月(2016年7月11日発売予定)の同文庫新刊には、『杜甫全詩訳注(二)』 、エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック『論理学 考える技術の初歩』山口裕之訳、 筒井紘一『利休聞き書き「南方録 覚書」全訳注』などが予告されています。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

民主主義は止まらない』SEALDs著、河出書房新社、2016年6月、本体900円、B6判並製 256頁、ISBN978-4-309-24763-2
変える』奥田愛基著、河出書房新社、2016年6月、本体1,300円、46判並製272頁、ISBN978-4-309-02471-4
人類進化の謎を解き明かす』ロビン・ダンバー著、鍛原多恵子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年6月、本体2,300円、46判上製344頁、ISBN978-4-7726-9551-0

★河出書房新社さんの新刊『民主主義は止まらない』『変える』は発売済。『民主主義は止まらない』は、『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎共著、河出書房新社、2015年9月)、『SEALDs 民主主義ってこれだ!』(大月書店、2015年10月)に続くSEALDs本の3冊目。ほぼ同時に『日本×香港×台湾 若者はあきらめない』(太田出版、2016年6月)も発売されています。『民主主義は止まらない』は、SEALDsのメンバー(諏訪原建・本間信和・溝井萌子の三氏)と小熊英二さんの対談「社会は変えられる」、そしてSEALDsKANSAIのメンバー(大野至・塩田潤・寺田ともかの三氏)と内田樹さんの対談(マイナス3とマイナス5だったら、マイナス3を選ぶ)を収録し、後半1/3には三浦まりさん監修による「選挙を変える、市民が変える」と題し、SEALDsの皆さんの論説を収めています。巻頭の「はじめに」は奥田愛基さん、巻末の「この本の終わりに」は牛田悦正さんが執筆されています。初回限定で、「参院選2016ガイドブック」という20ページの小冊子が付されています。また、本書の刊行を記念して、7月6日(水)19時より東京堂書店6F東京堂ホールにて「小熊英二×SEALDs 奥田愛基・諏訪原健 トークイベント」が開催されるとのことです。参加費500円、要予約。詳しくはイベント名のリンク先をご覧ください。

★奥田愛基さんの『変える』は単独著としては初めてのもの。帯文に曰く「絶望から始めよう。「失われた20年」に生まれ、育ってしまった新世代の旗手による、怒りと祈り。いじめ、自殺未遂、震災、仲間たちとの出会い、そして――。SEALDs創設メンバー、23歳のリアル」。書き下ろしでこれまでの人生を振り返っておられるのですが、すべてを吐き出すというのは実際かなりしんどいことのはずです。「あとがきにかえて」には、「本なんて書くのは初めてだった〔・・・〕。正直、出版できないんじゃないかというぐらい、悩みながら書きました。〔・・・〕特に中学生当時の気持ちを、もう一度追体験しながら書くのはちょっとキツかったです」と。執拗に中傷され続け、命を狙われることすらあったにもかかわらず、顔出し・実名で行動し続けるのは相当の勇気が必要です。目立たずに隠れて暮らしていることも選択できたはずの彼の人生がどう変わっていったのか。その激動を活写した本書は、私たちが生きる時代を映す刃の輝きを有しています。

★ダンバー『人類進化の謎を解き明かす』は発売済。著者のロビン・ダンバー(Robin Dunber, 1947-)は、オックスフォード大学の進化心理学教授。既訳書には『科学がきらわれる理由』(松浦俊輔訳、青土社、1997年)、『ことばの起源――猿の毛づくろい、人のゴシップ』(松浦俊輔・服部清美訳、青土社、1998年;新装版、2016年7月発売予定)、『友達の数は何人?――ダンバー数とつながりの進化心理学』(藤井留美訳、インターシフト、2011年)があります。4冊目となる今回の新刊の原書は、Human Evolution (Pelican, 2014)。帯文はこうです。「私たちはいかにして「人間」になったのか、心や社会ネットワークはどのように進化したのか――謎を解く鍵は、「社会脳」と「時間収支(1日の時間のやりくり)」にある。「ダンバー数」で知られる著者が、人類進化のステージを初めて統合する!」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「人類進化の社会的側面とその認知基盤」(26頁)を探究するアプローチとして本書では社会脳仮説と時間収支モデルが用いられています。最終章である第9章「第五移行期:新石器時代以降」における友情やペアボンディング(一夫一婦制)の分析は現代人にとっても興味深いもので、人間の行動原理への理解を深めることができるのではないかと思います。 

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★以下はいずれもまもなく発売となる新刊です。

吉本隆明全集1[1941‐1948]』吉本隆明著、晶文社、2016年6月、本体6,300円、A5判変型上製572頁、ISBN978-4-7949-7101-2
評伝 ウィリアム・モリス』蛭川久康著、平凡社、2016年6月、A5判上製548頁、ISBN978-4-582-83731-5
多摩川 1970-74』江成常夫著、平凡社、2016年6月、本体4,600円、B4判上製120頁、ISBN978-4-582-27824-8

★『吉本隆明全集1[1941‐1948]』は、全集第10回配本。版元情報によれば6月22日発売予定。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。帯文に曰く「著者の原型はすべてここにある。戦前の府立化学工業学校時代と米沢工業学校時代、および敗戦直後の詩と散文を収録する。『和楽路』創刊号の詩三篇「桜草」「後悔」「生きてゐる」と、長編詩「(海の風に)」の初期形「(海はかはらぬ色で)」を初収録」と。数々の詩篇や散文には、帯文が言う「原型」を確かに見る思いです。付属する「月報10」には、石川九楊さんによる「吉本さんの三冊の本」と、ハルノ宵子さんの「あの頃」が掲載されています。回想や追憶を越えた来たるべき何かのために全集が編まれ続けていることに驚異の念を覚えずにはいられません。

★平凡社さんの新刊2点『評伝 ウィリアム・モリス』『多摩川 1970-74』はまもなく発売。前者は帯文に曰く「ウィリアム・モリス、美と真実を希求した芸術家の全生涯。ケルムスコット・プレスに代表される近代デザインの父、優れた詩人にして社会主義者。生涯を通じて美と真実とその表現を真摯に求め、絶え間ない前進を続けた輝かしい「知の多面体」ウィリアム・モリスの生涯と作品とを叙述する、本邦初の全編書き下ろし評伝」と。「「楡の館」から「赤い家」(1834~58)」「「赤い家」から「ケルムスコット領主館」(1860~82)」「ケルムスコット領主館からケルムスコット・ハウス」の三部構成で、モリスの講演・演説の年代順一覧やゆかりの建築物の紹介、略年譜、ケルムスコット・プレス刊本一覧・解題なども付されています。基本書となる研究書の誕生です。

★『多摩川 1970-74』は文字通り、70年代の多摩川とそれを擁する地域の風景を白黒写真で記録した写真集。帯文はこうです。「大阪万博に浮かれ、札幌五輪に熱狂したころ、首都の川は死に瀕していた――。奥秩父に発した生命の水は、高度経済成長のもと、際限なき砂利採取と不法投棄に汚され、生活排水の泡に覆われて東京湾に注いだ。清流がよみがえった今こそ想起すべき負の記憶」。巻末のテクストで江成さんは次のように書いています。「すでに半世紀が過ぎた今、生活排水の泡が川面を埋め、魚のし甲斐が浮かぶ1970年代の首都の川を、あえて拙作品集に纏めたのは、未来は過去の罪の反省によって築かれる、と考えるからである」(115頁)。上流から下流へと写真は移り行き、清冽な源流から汚染した中流へ、そして生き物たちを死へと追いやりながら海へと流れ込む風景を写し取っています。すべての写真が陰惨というわけではありません。自然にせよ人間にせよ、美しさも醜さもそこにあります。

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by urag | 2016-06-19 23:24 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 17日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる本屋さん

2016年8月10日(水)開店
ジュンク堂書店南船橋店:図書809坪、文具100坪
千葉県船橋市浜町2-2-7 ビビット南船橋 1F
日販帳合。弊社へのご発注は人文書・芸術書主要商品です。日販帳合のジュンク堂書店は名古屋栄店(2016年1月22日開店)、立川高島屋店(2016年2月26日開店)に続く3店舗目かと思います。下部すき会社丸善ジュンク堂書店の代表取締役社長・工藤恭孝さんによる挨拶状によれば「既存店同様、専門書をはじめとした商品の充実を計り、地域一番の品揃えを目指」すと同時に、「これまで培ってきた経験を踏まえ、さらに進化した「立地に相応しい洗練された店」を目指すべく、今度とも努力を惜しまない」とのことです。

ビビット南船橋は、京葉線「南船橋駅」から徒歩10分、もしくは京成本線「船橋競馬場」から徒歩8分の商業施設で、船橋競馬場や、ららぽーとTOKYO-BAYと隣接しています。京葉線を挟んで海側にはIKEA Tokyo-Bay(旧船橋店)があります。ビビットのフロアガイドを見ると、現在1FでCOMING SOONとなっている大きな場所がジュンク堂になるものと思われます。2Fには7月中旬にニトリが、通路を挟んで反対側には9月に大塚家具が入る予定のようです。ニトリと大塚家具が向かい合わせというのはすごいですね。徒歩圏にはIKEAもあるわけで、競争も激しそうです。

近隣の書店には、ららぽーと北館2Fのくまざわ書店ららぽーと店があります。業態は異なりますが、ビビット南船橋の3FにはBOOKOFF SUPER BAZAARビビット南船橋店が入っています。大規模な新古書店と専門書店が同じ建物の中にあるのは業界人の目線から言うと若干気がかりなのですが。

ビビットから4キロ圏内(車で十数分)には総武本線津田沼駅があり、駅周辺はジュンク堂と同系列の丸善津田沼店があり、さらにくまざわ書店チェーンの津田沼店とACADEMIA津田沼店のほか、徒歩圏内に書店がひしめいている書店激戦区です。この津田沼駅と南船橋駅という二つの商圏が競合しているとまでは言えないと思いますし、丸善津田沼店は約1000坪(文具売場を含む)、ジュンク堂書店南船橋店は909坪なので、商品構成に大きな差異は出ないだろうと思われます(とはいえ昨今のジュンク堂新規店は人文書よりコミックや学参に力を入れていると聞きますが)。

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by urag | 2016-06-17 12:59 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 16日

「もっとBOOKMAN2016」関連コンテンツ

岡山での書店・出版社大交流会を主催していらっしゃる「もっとBOOKMAN2016」の有志メンバーの山本千紘さんから頂戴したお尋ねに私が回答した一連のやりとりが「もっとBOOKMAN」さんのウェブサイトに掲載されました。6月14日に行われた大交流会は盛況のうちに終わったと聞きます。参加できなかった弊社のような版元とのウェブを介した交流をセッティングしていただきました山本さん、Kさんを始め、もっとBOOKMAN運営の皆様に御礼申し上げます。
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by urag | 2016-06-16 19:04 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 13日

注目新刊:『21世紀の哲学をひらく』、ベルクソン新訳『笑い』

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★増田靖彦さん(訳書:ハーマッハー『他自律』)
★柿並良佑さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
★清水知子さん(著書:『文化と暴力』、共訳:バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』、ウォルターズ『統治性』)
ミネルヴァ書房さんから刊行されたアンソロジー集で増田さんが編著者を、柿並さんと清水さんが共著者を務めておられます。

21世紀の哲学をひらく――現代思想の最前線への招待
齋藤元紀・増田靖彦編著
ミネルヴァ書房 2016年5月 本体3,500円 A5判並製296頁 ISBN978-4-623-07582-9

帯文より:人間の思考はどこまで進んでいるか。ナンシー、ガタリ、ハーバーマス、カヴェル、バトラー…不透明さを増す哲学の論点を探る、待望の思想地図。

第Ⅰ部「現代のフランス・イタリア哲学」で、柿並良佑さんが第1章「哲学と〈政治〉の問い――ラクー=ラバルトとナンシー」(1 〈政治〉をめぐって/2 新たな哲学の位置を求めて/3 〈哲学の終焉〉の後で)を寄稿され、編者の増田靖彦さんは第2章「主観性の生産/別の仕方で思考する試み――フェリックス・ガタリを中心にして」(1 プルーストを読む/2 ガタリの思想/3 備考――ネグリとの邂逅)を執筆されています。また、第Ⅲ部「現代のイギリス・アメリカ哲学」では清水知子さんが、第11章「性/生の可能性を問う政治哲学――ジュディス・バトラーの思想」(1 欲望のエコノミー/2 異性愛のマトリクスとメランコリー/3 暴力・哀悼・可傷性/4 身体の存在論と倫理)を寄稿されています。

このほか、第Ⅰ部では川瀬雅也さんによる第3章「生の現象学――ミシェル・アンリ、そして木村敏」、信友建志さんによる第4章「「寄生者」の思想――ジャック・ラカン」、鯖江秀樹さんによる第5章「イタリアの現代哲学――ネグリ、カッチャーリ、アガンベン、エスポジト、ヴァッティモ、エーコ」が収められ、第Ⅱ部「現代のドイツ哲学」では加藤哲理さんによる第6章「「実践哲学の復権」の再考――ハーバーマス、ルーマン、ガーダマー」、編者の齋藤元紀さんによる第7章「アレゴリーとメタファー――ベンヤミンとブルーメンベルク」、入谷秀一さんによる第8章「批判理論――アドルノ、ホネット、そしてフランクフルト学派の新世代たち」を収録、第Ⅲ部では荒畑靖宏さんによる第9章「日常性への回帰と懐疑論の回帰――スタンリー・カヴェル」、三松幸雄さんによる第10章「「芸術」以後――音楽の零度より ジョン・ケージ」、河田健太郎さんによる第12章「ナンセンスとしての倫理――コーラ・ダイアモンドの『論考』解釈」、齋藤暢人さんによる第13章「分析哲学――現代の言語哲学として」が収録されています。

また、増田靖彦さんは今月発売となった光文社古典新訳文庫で、ベルクソンの名著の新訳を手掛けられています。

笑い
ベルクソン著 増田靖彦訳
光文社古典新訳文庫 2016年6月 本体980円 328頁 ISBN978-4-334-75333-7

帯文より:「おかしさ」はどこから生まれてくるのか?「笑い」のツボを哲学する。

目次:
笑い
 序
 旧序
 第一章 おかしさ一般について
 第二章 情況のおかしさと言葉のおかしさ
 第三章 性格のおかしさ
 第二十三版の付録
解説
年譜
訳者あとがき

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一方、私自身のお話しで恐縮ですが、先週土曜日は、明星大学日野キャンパスにお邪魔し、人文学部H28年度(2016年)「自己と社会 II」「文化を職業にする」第2回において発表させていただきました。今年で5回目の参加になりますが、今回はテーマを「出版界の現在と独立系出版社」とし、ここ数年間で出版業界に起きた変化や新しい波、また私の信条と体験をお話ししました。ご清聴いただきありがとうございました。担当教官の小林一岳先生に深謝申し上げます。受講された皆さんとどこかで再会できることを楽しみにしています。

2012年6月16日「文化を職業にする」
2013年6月15日「独立系出版社の仕事」
2014年6月07日「変貌する出版界と独立系出版社の仕事」
2015年6月13日「独立系出版社の挑戦」
2016年6月11日「出版界の現在と独立系出版社」

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by urag | 2016-06-13 11:29 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 12日

注目新刊:福嶋聡『書店と民主主義』人文書院、ほか

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書店と民主主義――言論のアリーナのために
福嶋聡著
人文書院 2016年6月 本体1,600円 4-6判並製188頁 ISBN978-4-409-24109-7

帯文より:「紙の本」の危機は「民主主義」の危機だ。氾濫するヘイト本、ブックフェア中止問題など、いま本を作り、売る者には覚悟が問われている。書店界の名物店長による現場からのレポート、緊急出版。政治的「中立」を装うのは、単なる傍観である。

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「序」に曰く「本書は人文書院の公式サイトに毎月ぼくが連載しているコラム「本屋とコンピュータ」を中心に、2014年後半から2016年初頭にかけて、『現代思想』『ユリイカ』、朝日新聞社の月刊誌『Journalism』、ネットマガジン「WEBRONZA」、出版業界紙『新文化』などに寄稿した文章を収録、再構成したものである」とのこと。意見や信条というものを誰しもそれなりに持ってはいても、それをはっきりと口に出したり書いたりしうるかどうかは、特に接客業や小売業の現場ではなかなか困難なことではないでしょうか。そうした困難さと向き合いつつけっして状況から逃げずに実名で発言し続けてきた人間は、この出版業界にそう多くはいません。福嶋さんはそうした少数派の一人です。「朝日新聞」2015年12月2日付記事「報道・出版への「偏ってる」批判の背景は 識者に聞いた」で紹介された福嶋さんの明快なコメント「書店は「意見交戦の場」」(聞き手・市川美亜子)に感銘を覚えた業界人は少なくなかったろうと思います。

★「2014年末からジュンク堂書店難波店で開催していた「店長本気の一押し『NOヘイト!』」に対するクレームを、ぼく自身何件も受けたし、昨秋には、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店での「民主主義」を称揚するブックフェアに絡んだツイッターが「炎上」し、フェアの一時撤去を余儀なくされた。/波状攻撃的に押し寄せる様々な事件についてコメントを求められ、読み、考え、書く中、ぼくは、時代の大きなうねりと書店現場の日常の出来事は、強く相関していると感じた。出版が、時代状況に拠って立ちながら逆にその状況そのものにコミットしていく営為であるのだから、それは当然のことかもしれない」(18頁)。出版社や書店が時代と共にあることは必然とはいえ、特定の一方向からの風を真正面から受けることはしんどい作業です。福嶋さんはそうした風をも追い風に変えようとされています。本書第Ⅱ部末尾には「ブックフェア中止問題を考える」と題した考察が二篇掲載されており、その第1篇「クレームはチャンス」で、福嶋さんは次のように述べています。

★「クレームは、対話の、説明の絶好の機会なのである。〔・・・〕仮に同意を得られなくとも、たとえ議論にもならなくとも、異論を聞くだけで、時に表現の修正も含めて、自らの主張を鍛えることができる」(162頁)。「現代社会をめぐる様々な問題について中立の立場を堅守することは容易ではない。また、それが立派なことでもない。/中立であるためには問題そのものから距離をとらなければならない。当事者でありながら、中立に固執することは、むしろ「不誠実」というべきであろう。そして、民主主義国家の国民はすべて、その国の政治の当事者なのである」(163頁)。「かくして、書店店頭は、本と本、本と人、人と人との「交戦」の現場である」(同)。これは戦いのための戦い、論争のための論争を志向する好戦家や天邪鬼の認識ではなく、分かり合うことを諦めた絶望者の認識でもなく、民主主義を標榜し、そのありのままの手触りを手放すまいとするリアリストの認識です。

★リアリストが考える現実とは、数字だのマーケティングだのがすべてであるような乾いたものではありません。「出版に「マーケティング」があるとすれば、その意味は「市場調査」だけではない。それ以上に「市場開拓」である。出版にとって本来の「マーケティング」とは、議論の場を創成、醸成していくことなのだ」(154頁)。「コンピュータの導入によって自他のPOSデータ=販売記録が速やかに、正確に見られるようになり、便利になった分だけ、書店員はデータに縛られ操られるようになった。こぞって売れ行きの良いものを追いかけるようになり、書店の風景は、どこも変わらないものになってしまった。書店員は、「数字を見て考えている」と言うかもしれないが、売れ数のインプットに応じて注文数をアウトプットするのは、きわめて機械的な作業であり、「考えている」のではない。そのような作業が積み重なって出来ている書店は、今ある社会とその欲望、格差の増幅器になるだけで、決して社会の変換器にはなれない。新しい書物に期待されているのは、社会の閉塞状況を突破するオルタナティブである。過去のデータを追っているだけでは、そうした書物を発見することはできない」(16頁)。

★「縮小する市場とともに低下し続ける数値を元に、それに合わせた仕事をしている限り、出版業界のシュリンク傾向に歯止めをかけることは出来ないだろう。必要なのは信念であり、矜持であり、そして勇気なのである」(183頁)。これをただの精神論だと片づける人がいるとしたら気の毒です。行動する勇気、挑戦する矜持、出会いを恐れない信念が、業界人一人ひとりに問われているのだと思います。

★発売されたばかりの人文書院さんの今月新刊にはもう一冊あります。

1941 決意なき開戦――現代日本の起源
堀田江理著
人文書院 2016年6月 本体3,500円 4-6判上製424頁 ISBN978-4-409-52063-5

帯文より:なぜ挑んだのか、「勝ち目なき戦争」に? 指導者たちが「避戦」と「開戦」の間を揺れながら太平洋戦争の開戦決定に至った過程を克明に辿る、緊迫の歴史ドキュメント。NYタイムズ紙ほか絶賛。

★本書は、Japan 1941: Countdown to Infamy (Knopf, 2013)の著者自身による日本語版です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。堀田江理さんはかのイアン・ブルマさんのパートナーで、ブルマさんがアヴィシャイ・マルガリートさんとともに2004年に上梓した『Occidentalism: the West in the eyes of its enemies』を日本語にお訳しになったのはほかならぬ堀田さんです(『反西洋思想』堀田江理訳、新潮新書、2006年、品切)。『1941 決意なき開戦』は堀田さんの、日本語による初の単独著です。

★あとがきでの説明を借りると「本書は、1941年4月から12月までの日本の政策決定プロセスを追いながら、これらの根本的な疑問に迫る試みとして書かれた。つまり日本側から見た日米開戦の起源が主題」(397頁)。さらに著者はこうも述べています。「歴史に明るい人でさえも、ルーズベルトやチャーチルが、日本に攻撃を仕向けたというような共謀説や、ごく狭い戦術的視点からの論議に固執しがちで、ましてや真珠湾に至る日本の内政問題についてなどは、そのわかりにくさも手伝ってか、あまり語られることはない」(398頁)。

★「アメリカの読者に向けて、「日本側から見た真珠湾」という切り口で書かれたのが本書なのである。しかし、翻訳の機会を得た今回、日本語での出版にどのような意義があるのかも考えさせられた。その中で感じたのは、実際には開戦の経緯を把握し、一定の歴史理解に目指した意見を持っている日本人は、少数派なのではないかということだった。たとえば開戦までの四年間のうち、二年半以上にわたって、日本の首相を務めた近衛文麿のことを、その謎めいた人物像を含め、どれだけの人が知っているのだろうか。同じく、よく悪玉の筆頭にあげられる東条英機が、実は開戦直前に戦争を回避しようとしたことを、どれだけの人が把握しているだろうか」(399頁)。

★「軍部が政策決定権を乗っ取ったから、またはアメリカの対日経済制裁や禁輸政策が日本をギリギリまで追い込んだから、というような一元的で受け身の理由は、それがいくら事実を含んでいたとしても、歴史プロセスとしての開戦決意を説明するのにはまったく不十分だ。スナップ・ショット的な断片を提示することは、全体像を把握することとは異なるのだ。確かに日本は、独裁主義国家ではなかった。戦争への決断は、圧倒的決定権を持つ独裁者の下で発生したのではなく、いくつもの連絡会議や御前会議を経て下された、軍部と民間の指導者たちの間で行われた共同作業だったということを忘れてはならない。同時にそれは、指導層内に全権が存在せず、重大な政策決定責任があやふやになる傾向があった事実を明らかにしている」(399-400頁)。

★「全16章を通して訴えたかったのは、日本の始めた戦争は、ほぼ勝ち目のない戦争であり、そのことを指導者たちも概ね正しく認識していたこと、また開戦決意は、熟攻された軍部の侵略的構想に沿って描かれた直線道路ではなかったことだった。その曲がりくねった道のりで、そうとは意識せず、日本はいくつかの対米外交緊張緩和の機会をみすみす逃し、自らの外交的選択肢を狭めていった。そして、最終的な対米開戦の決意は、「万が一の勝利」の妄想によって正当化された、いわば博打打ち的政策として、この本は解釈している」(400頁)。「本書が、今日に生きる日本の読者ならではの歴史的考察を深めてもらうきっかけになれば、喜ばしいことである」(401頁)。

★なお、本書の原書について著者がインタヴューに応えた「Book TV」での動画(英語)をYouTubeで閲覧することができます。

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★このほか、ここ最近では以下の新刊との出会いがありました。

陳独秀文集――初期思想・文化言語論集 1』陳独秀著、長堀祐造・小川利康・小野寺史郎・竹元規人編訳、東洋文庫、2016年6月、本体3,100円、B6変型判上製函入384頁、ISBN978-4-582-80872-8
ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性――世界システムの思想史』植村邦彦著、平凡社、2016年6月、本体2,500円、4-6判上製232頁、ISBN978-4-582-70352-8
ボルジア家』アレクサンドル・デュマ著、田房直子訳、作品社、2016年6月、本体2,400円、46判上製296頁、ISBN978-4-86182-579-8
親鸞』三田誠広著、作品社、2016年6月、本体2,600円、46判上製400頁、ISBN978-4-86182-585-9
脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座』山本貴光・吉川浩満著、太田出版、2016年6月、本体2,400円、菊判上製320頁、ISBN978-4-7783-1519-1
『(不)可視の監獄――サミュエル・ベケットの芸術と歴史』多木陽介著、水声社、2016年6月、本体4,000円、46判上製376頁、ISBN978-4-8010-0186-2

★平凡社さんの新刊2点『陳独秀文集 1』『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性』はどちらもまもなく発売。『陳独秀文集 1』は東洋文庫の第872弾。全3巻予定で、帯文に曰く「新文化運動、五・四運動の先導者、中国共産党の創立者でありながら、不等にその存在意義を貶められてきた「生涯にわたる反対派」の主要論説を編訳。第1巻は中共建党以前」。陳独秀(1879-1942)の翻訳文集は本邦初。訳者はしがきでは、毛沢東や孫文などと比して日本の中国研究における扱いが不公正であったことが指摘され、「これは中国国民革命の総括をめぐって陳独秀が中国トロツキー派指導者に転じ、自らが創立した中国共産党から除名されたことに起因する」と分析しています。第1巻は陳独秀略伝を巻頭に置き、続いて陳独秀のテクストの翻訳が「『安徽俗話報』の創刊から五・四運動まで」「五・四運動から中共建党まで」の二部構成で収められ、付録として「陳独秀旧体詩選」を併載し、巻末には編訳者の小野寺さんと小川さんによる解説が配されています。第2巻は『政治論集1:1920~1929』、第3巻は『政治論集2:1930~1942』となるそうです。なお東洋文庫の次回配本は7月、趙曄『呉越春秋』とのことです。

★『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性』は帯文に曰く「ローザ・ルクセンブルクと世界システム論者「四人組」――アンドレ・グンダー・フランク、サミール・アミン、イマニュエル・ウォーラーステイン、ジョヴァンニ・アリギ――とを思想的な影響関係でつなぐ鮮やかな系譜学。近代世界のジレンマ、もつれた糸をいかに解くか」と。主要目次を列記しておくと、序章「ハンナ・アーレントとローザ・ルクセンブルク」、第一章「ルクセンブルク――資本主義の不可能性」、第二章「レーニンからロストウへ――二つの発展段階論」、第三章「フランク――「低開発の発展」」、第四章「アミン――「不等価交換」」、第五章「ウォーラーステイン――「近代世界システム」」、第六章「アリギ――「世界ヘゲモニー」」、終章「資本主義の終わりの始まり」となっています。あとがきによれば「関西大学経済学部で私が担当する「社会思想史」の講義では、「世界システムの思想史」をテーマとして、ルソー対スミスの「未開/文明」論争から始まり、マルクスとルクセンブルクを経て世界システム論へといたる世界認識の歴史をたどる試みを続けてきた。この講義の前半部分は『「近代」を支える思想――市民社会・世界史・ナショナリズム』(ナカニシヤ出版、2001年)第二章の再論である。〔・・・〕『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性』は「世界システムの思想史」後半部分の講義ノートをもとにして書き下ろしたもの」とのことです。

★作品社さんの新刊2点『ボルジア家』『親鸞』はともに発売済。『ボルジア家』は訳者あとがきによれば「デュマが1839年から1840年にかけて発表した『有名な犯罪』(Crimes célèbres)のなかの一篇で、悪名高い「ボルジア家の攻防を描いた作品」である『Les Borgia』の全訳。既訳には、吉田良子訳『ボルジア家風雲録』(上下巻、イースト・プレス、2013年)があります。また、田房さんによるデュマの訳書は『メアリー・スチュアート』(作品社、2008年)に続く第二作となります。一方、三田さんの『親鸞』は『空海』(作品社、2005年)、『日蓮』(作品社、2007年)に続く、日本仏教の傑物の生涯を描いた書き下ろし長編歴史小説の第三弾です。三田さんは前二作と本書とのあいだにドストエフスキーの新釈本4点という大作に挑まれており、変わらぬ健筆に瞠目するばかりです。

★『脳がわかれば心がわかるか』は発売済。山本さんと吉川さんのデビュー作『心脳問題』(朝日出版社、2004年)の改題増補改訂版です。帯文に曰く「脳科学と哲学にまたがる、見晴らしのよい・親切で本質的な心脳問題マップ」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。朝日出版社版では四六判の縦組でしたが、今回の新しい版では一回り大きなサイズになり、横組に変更されています。このイメチェンは本書らしさをいっそう引き立てており、心地よいです。巻頭に置かれた増補改訂版へのまえがきによれば、「今回のリニューアルえは、旧版の内容を全体的に見直すとともに、近年の動向を踏まえた増補をも行いました。とりわけ好評だった巻末の作品ガイドは、この間に刊行された関連文献に基づいて大幅にヴァージョンアップしています」とのことです。増補改訂版では終章のあとに補章として「心脳問題のその後」が追加されています。

★『(不)可視の監獄』は発売済。多木陽介さんの単独著としては『アキッレ・カスティリオーニ――自由の探求としてのデザイン』(アクシス、2007年)に続くものです。帯文はこうです。「これまで深く考察されてこなかったベケットと監獄との親密な関係を探究しながら、グローバル化した世界の様々な危機的状況を映し出す〈鏡〉としてベケットの作品を論じる。現代を生きる我々の実存を閉じ込めてきた〈(不)可視の監獄〉を浮き彫りにする、イタリア在住の演出家による渾身のベケット論」。「ベケットと監獄――平穏な客席ではよく分からない芝居」「一人目のベケット――破壊的想像力」「二人目のベケット――技術空間の中の道化」「三人目のベケット――歴史の瓦礫に舞い降りた天使たち」という四部構成。序によれば「本書は、いわゆる一作家の作品研究ではない。むしろ、サミュエル・ベケットの芸術の力を借りて、我々が生きている時代の今一つ不透明な歴史のヴェールを一枚でも剥いで見ようという試みである。〔・・・ベケットは〕誰よりも歴史の深層に流れるエネルギーを繊細に聞き取ることの出来る稀代のシャーマンに思える」と。

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by urag | 2016-06-12 21:48 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 10日

2015年2月~4月新刊書誌情報【保管用】

◎2015年4月14日発売:『表象09:音と聴取のアルケオロジー』本体1,800円

◎2015年4月10日発売:Ph・ソレルス『ドラマ』本体2,400円

◎2015年4月1日発売:『猪瀬光全作品』本体9,000円

◎2015年3月27日発売:阿部将伸『存在とロゴス』本体3,700円
書評1⇒森秀樹氏書評:「読み手へを思索へと誘う――アリストテレス解釈について詳細な見取り図を提示」(「週刊読書人」2015年6月12日付)

◎2015年3月6日発売:C・L・R・ジェームズ『境界を越えて』本体3,000円
書評1⇒中島俊郎氏書評:「スポーツ文化史の名著」(「北海道新聞」2015年5月3日付12面「本の森」欄)
書評2⇒藤島大氏書評:「黒人思想家のスポーツ愛」(「日本経済新聞」2015年5月13日付夕刊「エンジョイ読書/目利きが選ぶ今週の3冊」欄)
書評3⇒中村和恵氏書評:「クリケットで語る植民地の精神」(「朝日新聞」2015年6月7日付読書欄)
書評4⇒赤尾光春氏書評「世界史と芸術論を架橋する革命的クリケット文化批評」(『年報カルチュラル・スタディーズ』第3号、カルチュラル・スタディーズ学会、2015年6月)

◎2015年2月6日発売:ジョルジョ・アガンベン『到来する共同体 新装版』本体1,800円
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by urag | 2016-06-10 17:46 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 09日

7月新刊:G・バタイユ『マネ』

2016年7月1日取次搬入予定 *芸術・絵画論

マネ
ジョルジュ・バタイユ=著 江澤健一郎=訳
月曜社 2016年7月 本体3,600円 A5変型判並製232頁 ISBN978-4-86503-033-4

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伝統から解放された近代絵画の誕生――「マネの名は、絵画史において特別な意味を帯びている。マネは、非常に偉大な画家であるばかりではない。つまり彼は、先人たちと断絶したのである。彼は、われわれが生きている時代を切り開き、現在のわれわれの世界とは調和している。だが、彼が暮らしてスキャンダルを引き起こした世界では、不協和を引き起こすのだ。マネの絵画がもたらしたのは突然の変化、刺激的な転覆であり、もし曖昧さが生じなければ革命の名がそれにふさわしいであろう」。バタイユの高名な絵画論(1955年)、待望の新訳。【芸術論叢書・第四回配本】

目次:
マネ
 マネの優雅さ
 非人称的な転覆
 主題の破壊
 《オランピア》のスキャンダル
 秘密
 疑念から至上の価値へ
年譜
簡略書誌
カラー図版(マネ作品50点)

訳者解説:もうひとつの近代絵画論『マネ』――表面の深奥でわれわれを見つめる不在
 一、『マネ』成立の背景
 二、聖なるものの行方
 三、『至高性』の問題圏
 四、芸術と至高な「主体(主題)」の関係
 五、近代絵画論『マネ』の特異性
 六、バタイユとマルロー
 七、供犠的操作
 八、詩的操作と横滑り
訳者あとがき

ジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille, 1897–1962):フランスの思想家、小説家。主著に「無神学大全」三部作となる『内的体験』(一九四三年)、『有罪者』(1944年)、『ニーチェについて』(1945年)や、『呪われた部分』(1945年)、『エロティシズム』(1957年)があるほか、小説では『眼球譚』(1928年)、『マダム・エドワルダ』(1941年)など、文学論では『文学と悪』(1957年)などがある。晩年には、『マネ』や『ラスコーあるいは芸術の誕生』(1955年)を上梓し、芸術論の分野でも重要な思想家として知られる。

江澤健一郎(えざわ・けんいちろう:1967-):仏文学者。立教大学ほか兼任講師。著書に『バタイユ――呪われた思想家』(河出書房新社、2013年)、『ジョルジュ・バタイユの《不定形》の美学』(水声社、2005年)があるほか、訳書にジョルジュ・バタイユ『ドキュマン』(河出文庫、2014年)、ジョルジュ・ディディ゠ユベルマン『イメージの前で――美術史の目的への問い』(法政大学出版局、2012年)がある。

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by urag | 2016-06-09 15:05 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 06日

7月新刊:W・ウォルターズ『統治性――フーコーをめぐる批判的な出会い』

■ 2016年7月8日取次搬入予定 【思想/社会】

統治性――フーコーをめぐる批判的な出会い
ウィリアム・ウォルターズ著 阿部潔・清水知子・成実弘至・小笠原博毅訳
月曜社 2016年7月 本体2,500円 46判(天地190mm×左右130mm)並製336頁
ISBN:978-4-86503-034-1

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

国際関係/政治/現代社会の現在を分析するための道具としての統治性概念の探究へ。多くの国の大学院コースで採用された定評ある研究書。ミシェル・フーコーによって展開された統治性という概念は、社会学や政治学など多くの分野で基本的な研究ツールとなっている。複雑で予測困難に思われる今日の世界を、社会科学という道具を用いて理解するうえでの統治性概念の大きな可能性を本書は追究し、フーコーの政治思想、権力、統治、主体性という問いや方法について、議論の導線をかたちづくる。日本語版序文を付す。

ウィリアム・ウォルターズ(William Walters, 1964-):カールトン大学(カナダ、オタワ)政治学・社会学教授。著書にUnemployment and Government: Genealogies of the Social [CUP 2000]、Jens Henrik Haahrとの共著にGoverning Europe [Routledge 2005]がある。『統治性』は、独・仏・伊・ポーランド・フィンランドの各国語に翻訳されている。

原書 Governmentality: Critical Encounters, Routledge, 2012.

目次
日本語版への序文
謝辞
イントロダクション
第一節 統治性の高まり
第二節 批判的な出会い
第三節 四つの章

第一章 フーコー、権力、統治性

第一節 統治性とはなにか
第二節 権力の微視的物理学を越えて?
第三節 国家の理論から国家の系譜学へ
第四節 統治術の歴史
司牧的権力/国家理性/自由主義的な統治性
第五節 フーコーと統治性に関する五つの課題

第二章 統治性3・4・7

第一節 フーコー以降の統治性
概念の展開/現代を研究する/「国家を超える政治権力」/権力の新しい領土
第二節 統治性と政治学
マイナーな知識?/統治の特殊性/統治のテクネー/「統治」を脱中心化する
第三節 統治性の諸問題
ヨーロッパ中心主義の諸問題/自由主義のバイアス/パッチーー統治作動中/装置とはなに(でない)か。/統治性、政治、政治的なもの

第三章 よみがえるフーコー効果? 国際統治性研究へのいくつかの覚え書き
第一節 連座配置
第二節 いくつかの予備的考察
第三節 国際統治性研究における問題と論争
統治性のスケールアップ(Ⅰ)/統治性のスケールアップ(Ⅱ)/国際的なものの個別化/フーコーの道具箱の外への移動/異なる幾何学

第四章 統治性と系譜学をふたたびつなぐーースタイルの問題

第一節 系譜学と統治性
第二節 系譜学を多元化する
第三節 系譜学を実際にやってみるーー三つのスタイル
第四節 系統図?権力の家系図か。(系譜学Ⅰ)
第五節 対抗的記憶と再系列化(系譜学Ⅱ)
第六節 忘れられた闘争と従属化された知の再奪取としての系譜学(系譜学Ⅲ)

結論 統治性との出会い
第一節 権力の新たな地図作成としての統治性
第二節 マッピングから出会いへ
概念を考え出せ/外へと動き出せ/視角を変えろ/系譜学を実践せよ/合理主義に用心せよ/底面を探究せよ
第三節 統治性と政治

訳者あとがき
参考文献
索引

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by urag | 2016-06-06 10:03 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)