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2016年 04月 28日

『季刊哲学』7号=アナロギアと神

弊社で好評直販中の、哲学書房さんの「哲学」「ビオス」「羅独辞典」について、1点ずつご紹介しております。「羅独辞典」「哲学」0号、同2号、同4号、同6号に続いては同7号のご紹介です。7号はジュンク堂=丸善での哲学書房フェアではもっともよく売れた書目のひとつです。同フェアは4月30日まで丸善丸の内本店にて開催されているほか、ジュンク堂書店立川高島屋店では当面フェアが継続されるようです。

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季刊哲学 ars combinatoria 7号 アナロギアと神――トマス・アクィナス、今日の
哲学書房 1989年7月15日 本体1,900円 A5判並製246頁 ISBN4-88679-034-8 C1010

目次:
【中世復興】
山田晶「アナロギアと一義性――トマス、今日の」 pp.8-18
【本邦初訳原典】
トマス・アクィナス「真理の概念――『ペトルス・ロンバルドゥス命題集註解』第一巻第十九篇第五問」花井一典訳 pp.52-70
トマス・アクィナス「神の存在の真性について――『ペトルス・ロンバルドゥス命題集註解』第一巻第八篇第一問」坂田登訳 pp.72-82
トマス・アクィナス「天使論――『対異教徒大全』第二巻第五二-五四章」脇宏行訳 pp.90-105
トマス・デ・ヴィオ・カエタヌス「名称の類比について」井澤清訳 pp.154-182
【論理と表象】
藁谷敏晴「Ens ut Comparatio――述定の附帯性と純存在論的繋辞」 pp.106-123
花井一典「文の一般的構造から神へ――トマスの言語思想」 pp.139-153
山内志朗「アナロギアと共約不可能性」 pp.183-203
中川純男「神の名――ことばと概念」 pp.19-33
飯塚知敬「神の存在証明は可能か――トマスの〈結果による〉証明」 pp.34-51
【超越と普遍】
吉本隆明「論理の体温――理路の神と恩寵の神の総合」 pp.126-138
U・エーコ「トマスの美学――超越的特質としての美」浦一章訳 pp.204-220
P・T・ギーチ「唯名論」草野章訳 pp.234-243
【時間と言語】
養老孟司「『スンマ』の網状回路と辺縁系――臨床哲学3」 pp.226-233
井辻朱美「北方の千と一つの夜」 pp.221-325
Fra Angelico「楽の喩の天使――Linaiuoli Triptychより」 pp.83-89

編集後記:
●―絶対的な〈他性〉と絶対的な〈同一性〉とを統一する理法で、アナロギアはあった。トマスの思惟の到達した深みを告げる徴であった、というべきであろう。「すべての同義的(一義的)なものは、一つの、同義的ではなく類比的な第一のもの、すなわち存在するもの(ens)へと還元させられる」(『スンマ』)。
●―もとより、トマスの形而上学は「エッセ」をめぐる思惟において極みを印づける。「存在」はあらゆるもののうちで最高の完全性であり、〈在りて在るもの〉である神によって在らしめられて、なべて被造的存在者は在るのであった。ところで存在がそのまま本質であるような無限者と、存らしめられて有限な者とについて、「存在するもの」が述語づけられるとき、それは同義的ではありえず、類比的であるほかはない。
●―「(比例の一致の)様態にしたがえば、ある名称が神と被造物に類比的に語られることを妨げるものは何もない」(『真理論』)。とはいえ、神という無限が、被造的な有限な存在との比例によって測りうるのではない。アナロギアとは、有限と無限との間の、比例的に同一的な関係(ratio)のことにほかならないのだ。
●―アナロギアは、同義性と異義性との、一義性と多義性との間にたゆたって、同義性や一義性とは相容れない。〈概念〉の一義性を追いつめるドゥンス・スコトゥスの選びとった道を、哲学の七百年は、ひた走ったもののようだ。たとえば「(表出が成り立つためには)一方における関係ともう一方における関係との間に何らかの類比が保たれていれば足りる」と記される〈表出〉において、アナロギアとの濃い血縁を疑わせながら、ライプニッツは実はきっぱりと、概念の一義性をこそ言いたてたのであった。
●―若く、全ての異義的なものは同義的なものに還元されるべきであるとしたトマスの、〈存在〉と無限をめぐる思惟のはて、言語の臨界点にアナロギアは現れた。いま姿を見せつつある、史上何度目かの中世復興は、一義性の明晰さをさらに研いで来るべき思考を準備させようとするのか、あるいはトマスの道に思考を誘惑しようとしているのだろうか。けだしアナロギアは、カエタヌスもいうように、「それについての無知が諸学に多くの誤謬を」もたらす態のものでありつづけたのである。
●―次号は「可能世界」。(N)

補足1:欧文号数は「vol.III-2」。すなわち第3年次第2巻。

補足2:71頁には「季刊思潮」の全面広告が前号に続き掲載されており、第1号から第5号までの既刊が紹介されている。言うまでもないが、「季刊思潮」は「批評空間」誌の前身である。

補足3:244~245頁は「季刊哲学」0号から6号までの総目次が掲載されている。

補足4:編集後記の下段には「哲学書房編集部員・営業部員募集」の記載あり。曰く「次の要領で、哲学書房の編集部員と営業部員を募集します」。条件が以下に続く。
◎募集人員:若干名
◎応募資格:二六才までの方
◎応募要領:次の書類を「哲学書房人事係」あてにお送り下さい。
 ①履歴書(市販のもので可)
 ②小論:次のうち一点または何点かを読んで、これを千五百字前後で論じて下さい。
   a―吉本ばなな『TUGUMI』中央公論社
   b―甘利俊一『バイオコンピュータ』岩波書店
   c―季刊哲学7「アナロギアと神」
◎応募締切:八月二十日必着

補足5:表紙表4はフラ・アンジェリコの絵画「Trittico di San Pietro Martire」がカラーで掲載されている。トマス・アクィナスが右端に描かれた作品である。また、絵の下には当号に掲載されたトマスの「真理の概念」からの一節が掲出されている。

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月曜社では哲学書房の「哲学」「ビオス」「羅独辞典」を直販にて読者の皆様にお分けいたしております。「季刊ビオス2号」以外はすべて、新本および美本はなく、返本在庫であることをあらかじめお断りいたします。「読めればいい」というお客様にのみお分けいたします。いずれも数に限りがございますことにご留意いただけたら幸いです。

季刊哲学0号=悪循環 (本体1,500円)
季刊哲学2号=ドゥンス・スコトゥス (本体1,900円)
季刊哲学4号=AIの哲学 (本体1,900円)
季刊哲学6号=生け捕りキーワード'89 (本体1,900円)
季刊哲学7号=アナロギアと神 (本体1,900円)
季刊哲学9号=神秘主義 (本体1,900円)
季刊哲学10号=唯脳論と無脳論 (本体1,900円)
季刊哲学11号=オッカム (本体1,900円)
季刊哲学12号=電子聖書 (本体2,816円)
季刊ビオス1号=生きているとはどういうことか (本体2,136円)
季刊ビオス2号=この私、とは何か (本体2,136円) 
羅独-独羅学術語彙辞典 (本体24,272円)

※哲学書房「目録」はこちら
※「季刊哲学12号」には5.25インチのプロッピーディスクが付属していますが、四半世紀前の古いものであるうえ、動作確認も行っておりませんので、実際に使用できるかどうかは保証の限りではございません。また、同号にはフロッピー版「ハイパーバイブル」の申込書も付いていますが、現在は頒布終了しております。

なお、上記商品は取次経由での書店への出荷は行っておりません。ご注文は直接小社までお寄せ下さい。郵便振替にて書籍代と送料を「前金」で頂戴しております(郵便振替口座番号:00180-0-67966 口座名義:有限会社月曜社)。送料については小社にご確認下さい。後払いや着払いや代金引換は、現在取り扱っておりません。

小社のメールアドレス、電話番号、FAX番号、所在地はすべて小社ウェブサイトに記載してあります。

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by urag | 2016-04-28 12:04 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 26日

注目新刊:アガンベン『スタシス』、高桑和巳『アガンベンの名を借りて』、ほか

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★ジョルジョ・アガンベンさん(著書:『アウシュヴィッツの残りのもの』『バートルビー』『思考の潜勢力』『涜神』『到来する共同体』)
★高桑和巳さん(訳書:アガンベン『バートルビー』『思考の潜勢力』、共訳:ボワ+クラウス『アンフォルム』)
アガンベンさんの「ホモ・サケル」シリーズ第II部第2巻「スタシス」が高桑和巳さんの迅速なご訳業によって出版されました。

スタシス――政治的パラダイムとしての内戦
ジョルジョ・アガンベン著 高桑和巳訳
青土社 2016年4月 本体1,800円 四六型上製154頁 ISBN978-4-7917-6921-6

推薦文(國分功一郎さん):時代はいま、「内戦と民主主義」という古くて新しい問題に直面しつつある。十数年の時を経て緊急出版されたこの書物は、「テロ戦争」として我々の前に姿を現しているこの時代を読み解くにあたっての最良の導き手である。

版元紹介文より:イタリア現代思想の旗手によるライフワーク「ホモ・サケル」シリーズ最新作。西洋古典のなかから、従来の政治学の枠組みでは捉えきれない「スタシス(内戦)」の概念を大胆に抽出する。9.11以後のテロ戦争から、昨年のパリ襲撃事件、日本の国会前デモまで、いまの国内外の政治情勢を考察するうえでも必読の一冊。

原書:Stasis: La guerra civile come paradigma politico. Homo Sacer, II, 2, Torino: Bollati Boringhieri, 2015.

目次:

一 スタシス
二 リヴァイアサンとビヒモス
翻訳者あとがき
参考文献
人名索引

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「ホモ・サケル」シリーズ第II部は以下の通りの構成です。

原著2003年刊:第II部第1巻『例外状態』上村忠男・中村勝己訳、未來社、2007年
原著2015年刊:第II部第2巻『スタシス』高桑和巳訳、青土社、2016年
原著2008年刊:第II部第3巻『言語活動の秘蹟』未訳
原著2007/2009年刊:第II部第4巻『王国と栄光』高桑和巳訳、青土社、2010年
原著2012年刊:第II部第5巻『神の業』未訳

上記未訳書2点が将来翻訳されると、「ホモ・サケル」シリーズの翻訳は一通り揃うことになります。同シリーズについては、みすず書房営業部さんが4つ折パンフレットの読書案内を作成されています。シリーズ既刊書の書誌情報とともに引用と「読みどころ」を掲載したもの。『スタシス』刊行前に配布されたものなので、いずれ改訂版が作成されるのかもしれません。

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なお、高桑さんは今月、これまで発表されてきたアガンベン論を中心に編まれた単独著『アガンベンの名を借りて』を上梓されています。『スタシス』とあわせて読むと、現在の日本の政治状況についても分析力を高めることができるのではないかと思います。

アガンベンの名を借りて
高桑和巳著
青弓社 2016年4月 本体3,000円 四六判並製356頁 ISBN978-4-7872-1052-4

カヴァー紹介文より:アガンベンの著書を翻訳して広く紹介している第一人者の主要な論文や訳書の解題、書評、発表、コメント、スピーチなどを集成した、彼の思想の核を理解する入門書であり、同時に、その思考を借りて現代の文化や政治を考えるための最良の哲学レッスンの書。

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私事で恐縮ですが、AZ KYOTOの主催で昨秋京都にてホホホ座の山下賢二さん、松本伸哉さんと私の三人で鼎談させていただいたトークイベント「第1回 京都に出版社をつくる(には)」の再構成録全三編がDOTPLACEにて公開開始となりましたので、お知らせいたします。

前編「新しい方法論を探っていくしかないね、という結論
中編「ようやく仕事のルーティンがわかってきた
後編「出版社って儲かりますか?

なお、前回もご紹介しましたが、山下さんのとても素敵な回想録『ガケ書房の頃』(夏葉社、2016年4月)が、ホホホ座さんの通販では特典として非売品小冊子「『ガケ書房の頃』未収録原稿」(14頁)が付いてくるうえ、希望される方にはサインも書いて下さるそうです。残部僅少につきお早めに。

また、ホホホ座さんの通販では、しろうべえ書房さんの文芸誌「洛草」第2号も販売されています。24日発売開始とのこと。ご縁があって、私も「DiY的出版とは」という文章を寄稿させていただきました。同号は京都市内では、ホホホ座、100000tアローントコ、レティシア書房、マヤルカ古書店、カライモブックス、星と蝙蝠、萩書房一乗寺店、善行堂、風の駅で販売されており、しろうべえ書房さんから通販で購入することも可能です。

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by urag | 2016-04-26 14:29 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 24日

注目新刊タウシグ『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』水声社、ほか

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ヴァルター・ベンヤミンの墓標』マイケル・タウシグ著、金子遊・井上里・水野友美子訳、水声社、2016年3月、本体3,800円、四六判上製392頁、ISBN978-4-8010-0160-2
「ちゃぶ台返し」のススメ――運命を変えるための5つのステップ』ジャック・アタリ著、橘明美訳、飛鳥新社、2016年3月、本体1,500円、4-6判並製192頁、ISBN978-4-86410-465-4
新版 アリストテレス全集(10)動物論三篇』岩波書店、2016年3月、本体5,400円、A5判上製函入400頁、ISBN978-4-00-092780-2
ゲンロン2 慰霊の空間』東浩紀編、ゲンロン、2016年4月、本体2,400円、A5判並製316+24頁、ISBN978-4-907188-15-3
学問のしくみ事典』茂木健一郎監修、日本実業出版社、2016年3月、本体1,600円、A5判並製304頁、ISBN978-4-534-05368-8
キェルケゴールの日記――哲学と信仰のあいだ』セーレン・キェルケゴール著、鈴木祐丞編訳、講談社、2016年4月、本体1,900円、四六判上製288頁、ISBN:978-4-06-219519-5
増補 G8サミット体制とはなにか』栗原康著、以文社、2016年4月、本体2,200円、四六判並製184頁、ISBN 978-4-7531-0331-7

★『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』は発売済。「叢書人類学の転回」の第3回配本です。著者のマイケル・タウシグ(Michael Taussig, 1940-)は、オーストラリア生まれの文化人類学者で、現在、コロンビア大学教授を務めています。名前は日本でも知られているものの、訳書は今回の新刊は初めてのものになります。原書は、Walter Benjamin's Grave (University of Chicago Press, 2006)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。帯文はこうです。「ゴンゾー人類学者による、ビートニク小説のようにも読める民族誌的試論集。ベンヤミンが没したフランスと国境を接するスペインの町ポルトボウについてのエッセイにはじまり、コロンビアの農民詩、悪魔との契約、〈海〉が消えていったいきさつ、シャーマンの身体の特質、宗教や道徳上の侵犯、ニューヨーク市警察の横暴、〈花〉と〈暴力〉との関係、について刺激的に語る」。ゴンゾー(gonzo)とは「常軌を逸した」「風変わりな」「極端に主観的な」を意味する形容詞。これはことタウシグを評する上では否定的な言葉ではありません。訳者の金子さんは巻末の「マイケル・タウシグの人類学と思想」でこう述べています。「事象に対して客観的であることができるという姿勢自体を疑い、みずからを記述対象のなかへ深く沈潜させて、むしろ一人称で書くことでその本質をつかみとろうとする」(378頁)と。「文化人類学の学究的な姿勢にゆさぶりをかけ、読書界に清新な風をおくりこんできた」(379頁)と金子さんはタウシグを評価しています。「実際には、理解することよりも、考え違いをすることのほうが世界を広げてくれる。そのようなものを抱えながら、他者と長い時間をすごす遭遇としてフィールドワークはあるのだ」(12頁)とタウシグは本書の冒頭付近で書いています。「わたしたちは、なじみのないすべての未知のものを裸にしてしまう。大学のゼミの教室における基本ルールのように、その場で誰が力をにぎっているのかを示すのだ。わたしたちはあいまいさも、慣習に逆らうようなことも許容しない。〔・・・〕ここにあるもっとも大きな不幸とは、どれだけ既知と思われているものが不思議さを秘めているかを、その作業によって忘れてしまうことだ」(13頁)。「現実性〔リアリティ〕というものが、純粋な思考によってつくられた調和にうまく吸収される類のものであればよかったのだが。現実性というのもは、一度しか渡ることのできない、あの有名な川〔ルビコン川〕のようなものではない。その川に足を踏み入れるということは、混沌とした世界の存在に自分の身を浸すことはもちろんのこと、法が順守され、法が破壊され、その両方によってさらに混乱した、不安定と矛盾の光り輝く波に乗ることをも意味している」(15頁)。本書をはじめ「叢書人類学の転回」は、人文書の縦割り分類を見直し再編成するように促す、一連の重要な成果です。真摯に追求すればするほど、私たちは従来の分類作業からズレていかざるをえないことに気づきます。やっかいで楽しい冒険が人文書の未来を待ち受けています。

★水声社さんではタウシグについては本書に続き、1993年作『模倣と他者性』が井村俊義さんの訳で近刊予定だそうです。また、『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』の刊行を記念し、以下のトークイベントが来月開催される予定とのことです。

◎管啓次郎×金子遊「マイケル・タウシグの人類学と思想

日時:2016年05月17日(火)19:30~
会場:ジュンク堂書店池袋本店(東京都豊島区南池袋2-15-5)
料金:1000円(1ドリンク付)※当日、会場の4F喫茶受付でお支払いください。
お問い合わせ・ご予約:ジュンク堂書店池袋本店 TEL03-5956-6111

内容:マイケル・タウシグはコロンビア大学人類学教室の教授で、英語圏では知らない人のいない人類学者=移動するエッセイストです。大胆にフィクション批評を導入したその哲学的なエッセイは、まるでビートニク小説のようにも読めると評判です。タウシグの著書が日本語に翻訳されるのは、本書が初めてとなります。「文化人類学の巨人」の魅力を存分に味わっていただくため、管啓次郎さん(詩人・比較文学)と、本書の訳者のひとりである金子遊さん(映像作家・民族誌学)のトークイベントを開催します。

★『「ちゃぶ台返し」のススメ』は発売済。アタリの訳書の中では突出してユニークな邦題になっていますが、原書はDevenir soi (Fayard, 2014)で、直訳すれば「自分になる」です。直訳のままでも良かった気がしますけれども、いかにも人文書といったイメージが先行してしまうのを避けたのでしょう。帯に載っているアタリの顔写真はいかにもちゃぶ台をひっくり返しそうな、偏屈なオヤジで、帯文は「アタリ初の自己啓発本!」と謳われています。しかし、本書は自己啓発の手前に鋭利な世界情勢分析を置いており、微温的な「幸せになろう」「金持ちになろう」等々のメッセージにうんざりしている読者の目を惹くでしょう。「今、世界は危険な状態にあり」(10頁)、「あらゆるところで悪が優勢になり」「至るところで暴力がまかり通」る(21頁)と分析するアタリは、自分で自分の人生を選びとり、運命を変えるための方途をこの「自分になる」ことと表現します。「結局のところ、国家は無力だろう。国家は国民が期待するサービスを徐々に提供できなくなり、国民の安全を保障することさえできなくなるだろう」(25頁)というアタリの予言は現代人にとって深刻な真実味を帯びています。「資本主義は、生命を確実なものにしたいという要求がどういうとき人々のなかに生まれるかを予測して、あなたの安全を守ります、死からも守りますと呼びかけることによって、実のところ人々の自由意思を奪おうとしている〔・・・〕。こうした動きに警戒せず、本当の意味での〈自分になる〉ことのほうが負けてしまったら、〔・・・〕お仕着せの自己管理でコントロールされ、徐々に人工器官で全身を覆われてゆき、やがてはロボットになるだろう。つまり、一個の物と化してすべてを〈甘受〉しながら、ただひたすらエネルギーと修理を〈要求〉し続けるだけのロボットになってしまう」(194-195頁)。「その後は開発する人材も資源もなくなって、資本主義自体が消滅するしかなくなってしまう」(195頁)。この本は現実を追認する凡百の「自己啓発本」への実に強力な解毒薬となっていると思います。確かにその意味ではこれ以上の「ちゃぶ台返し」はありません。

★『新版 アリストテレス全集(10)動物論三篇』は発売済。「動物の諸部分について」濱岡剛訳、「動物の運動について」永井龍男訳、「動物の進行について」永井龍男訳、の3編を収録しています。旧全集版ではいずれも島崎三郎訳で「動物部分論」(第8巻所収、1969年)、「動物運動論」(第9巻所収、1969年)、「動物進行論」(第9巻所収、1969年)として分載されていました。既訳書には『動物部分論・動物運動論・動物進行論』(坂下浩司訳、西洋古典叢書/京都大学学術出版会、2005年)があります。ちなみに旧全集の第9巻に併載されていた「動物発生論」は新全集では第11巻として刊行される予定です。なお、今回の第10巻「動物論三篇」に付属している「月報14」には、藤田祐樹さんによる「物事を丁寧に考えるということ」が掲載されています。次回配本は少し間が空いて10月末予定、第18巻「弁論術・詩学」とのことです。

★『ゲンロン2』は発売済。メイン特集は「慰霊の空間」、小特集は「現代日本の批評II」です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「現代日本の批評Ⅱ」では、前号に続き、市川真人・大澤聡・福嶋亮大・東浩紀の四氏による共同討議「平成批評の諸問題 1989-2001」が掲載されているほか、市川真人さんによる興味深い基調報告「一九八九年の地殻変動」や、大澤聡さんによる年表「現代日本の批評1989-2001」が併録されています。千葉雅也さんと東浩紀の対談「神は偶然にやってくる――思弁的実在論の展開について」は、売行良好と聞くメイヤスー『有限性の後で』(人文書院、2016年1月)の位置づけを知りたい書店員さんは注も含めて必読かと思われます。

★『学問のしくみ事典』は発売済。先に言及したような『ゲンロン2』小特集「現代日本の批評II」に見られるような、啓蒙的な現代史検証や資料作成は常に重要かつ必要なのですが、紀要や学会誌には望みにくく、既存の思想誌や文壇誌などでも必ずしも実現されていません。魅力的な入門や概論、マッピングやダイアグラム、サーヴェイやブックガイドは、アカデミズムの世界よりも社会やビジネスの現場で(そして書店においても)重視されています。田中正人『哲学用語図鑑』(プレジデント社、2015年3月)が10万部を突破したそうですが、実に工夫されている本で、ここまで「些事をそぎ落とした概観だけれども面白い」仕事は残念ながらアカデミックな専門家には望むべくもありません。エディター、デザイナー、ライターら、在野の強力なタッグがあってこそ実現するものです。先月、茂木健一郎監修『学問のしくみ事典』(日本実業出版社、2016年3月)という新刊が出ましたが、これは人文科学・社会科学・自然科学・文化芸術における様々な学問や領域を一冊で通覧できるようになっており、なかなかの労作です。ひとつひとつの記述や説明が「不十分」であると見る方もいるかもしれませんが、それは的外れな評価です。プロフェッショナルな方々に向けた本ではなくあくまでも大衆向けなのです。こうした入門書や概説書はニーズがあっても、つくるのは存外に難しいものです。『学問のしくみ事典』については版元さんの記事「広大な学問の世界を旅するためのガイドブック登場!」もご参照ください。

★『キェルケゴールの日記』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。デンマーク語の最新版原典全集(SKS)28巻のうち9巻を占めるという膨大な日記の中から、「キルケゴール自身のキリスト教信仰のあり方をめぐる内容の項目を選定、邦訳するとともに、その内容の理解おために必要と思われる解説を付したもの」(はじめに)とのことです。1837~1855年までの日記から選ばれており、その中心を成す1848年の宗教的転機については第二部で扱われています。「拭い去りがたい罪の存在に直面し続け、どうしようもない罪意識に思い悩む一人の弱い男が、キリスト教が差し出す罪の赦しを自分が信じるとはどのようなことかをめぐって思いを深め、その果てに一つの確信を有するに至り、そしてその信仰をおのれの生を賭けて表現しようとする、思索と苦闘の内面史である」(同)とも編訳者は綴っておられます。編訳者の鈴木祐丞(すずき・ゆうすけ:1978-)さんは現在、秋田県立大学助教をおつとめで、一昨年に著書『キェルケゴールの信仰と哲学』(ミネルヴァ書房、2014年)を上梓されています。

★『増補 G8サミット体制とはなにか』はまもなく発売(アマゾンでの記載では4月25日)。先月上梓された鮮烈な伊藤野枝伝『村に火をつけ、白痴になれ』(岩波書店、2016年3月)がアマゾンの「女性史」カテゴリでベストセラー1位を獲得し、今のりにのっている栗原さんのデビュー作が『G8サミット体制とはなにか』(以文社、2008年)です。今回の増補版では巻末に補遺として「負債経済の台頭」という書き下ろしが追加されています(171-182頁)。折しも伊勢志摩サミットが来月開催される予定(5月26日~27日)で、世界中から各国のリーダーが集結するとともに、各国のアクティヴィストも日本にやってきます。前著は洞爺湖サミットをきっかけに出版されていますが、今度は伊勢志摩サミットです。今度も政府は「テロ警戒中」という大義名分の看板を掲げることでしょう。本書には「サミット体制をもっとよく知るための文献案内」(165-167頁)が掲載されています。書店さんでミニコーナーを作るのに適した点数の文献(18点)が紹介されています。反グローバリズムの関連書を足せばそれなりの規模のフェアにも拡張できると思います。サミット関連の会合は、志摩市のほか、仙台市、軽井沢町、つくば市、新潟市、富山市、神戸市、倉敷市、広島市、高松市、北九州市でも行われますから、これらの都市の本屋さんは仕掛け甲斐があるかもしれません。

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by urag | 2016-04-24 03:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 22日

ルソー『化学教程』連載第10回

『化学教程』第一部
第一編 物体の諸要素とそれらの構成について
第一章 物質の原質について(続き)

29 ベッヒャーの語るこの実験を彼が行ったという証拠を、私たちはまったく持っていない。そうすると彼が実験をしなかったという証拠も私たちは持っていないことになるが、これは確かなことである。このような疑惑のうちにあって、もし〔彼の証言の〕真実らしさを示してくれるいくばくかの可能性が見出せるのであれば、ベッヒャーのこの証言は何らかの重要性をきっと持つだろう。ところで、三界には〔物体の〕要素となる原質principes matérielsがあり、これらの原質同士はしばしば類比の関係によって秩序づけられている。私があとで示すように、このような類比関係から推測して、私たちはベッヒャーの証言をともかくも妥当なものと認めることができる(1)。もっと言えば、ベッヒャーが本当に実験を行ったと仮定した上で、もし三界の諸原質が同じ性質を持ち、かつそれらが同じ効果を生み出すならば、三界の諸原質の間には、問題となっている類比どころか完全な同一性を容易に認めえる、とまで私は言いたい。そして、人々もこの同一性を認めざるをえないだろう。まず動植物について言えば、〔それらに含まれる原質同士の〕同一性は明らかである。というのも、動物の物質は植物の物質になるからであり、その逆もまた然りであるからだ。鉱物と植物についても、〔両者に含まれる原質が同一であることは〕同じように明らかである。というのも、植物に含まれるエン、土あるいはアルカリ基体base alcalineは、地中から引き出される岩エンや〔エン〕基体と全体的によく似ており、このことは〔鉱物と植物の〕エンが同じ原質、とりわけ同じガラス化土から構成されているということを示しているからである。[A:19]ベッヒャーが各界のガラスの中に見出したと称する固有の色について言えば、こういった色は私にとって依然として何よりもまして胡散臭いものである。[F:27]植物の灰から作られたガラスの緑色からは、動物界のガラスverre animalに見出せる肉体の色を連想することはできないのではないかと私はだいぶ怪訝に思っている。そもそもこれらのガラスを構成する物質の混合の違いこそが色の違いを生み出す原因なのである。ただしガラス化原質principe vitrifiableはどの物質においても同じものである。この物質〔ガラス化原質〕に関するシュタール氏の説明に関しては、いずれもっと詳しく見てみることにしよう。

(1)ルソーの余白書込:エナメルは羊の骨によって作られる。すなわち、凹面鏡を用いて動物の骨をガラス化させることによって作られる。
 仕事の苦労を伝える「人骨は陶器の中に含まれる成分のひとつである」という日本の諺の起源をさかのぼることも無駄ではないだろう。
 余白書込に関する訳注:手稿の形式上、この余白の書込に関して二つの問題がある。第一の問題は、エナメルに関するこの書込が本文のどこにかかっているかである。手稿を見る限り、ルソーは本文を書いた後、しばらく経ってこの書込を行っている(本文とインクの色が違う)。第二の問題は、書込を挿入するための記号が本文中にないことである。したがって、内容からこの書込が注の役割を果たす箇所を推測しなければならない。訳者は、ガラス化に関する実験を伝えるベッヒャーの証言についてルソー本人が検討している文章全体に対応すると考える。というのも、動物の骨を燃やすこことによってエナメルが得られるという事実は、ベッヒャーの言う三界に共通して存在するガラス化土の存在の可能性を示唆するからである。よって、この位置にルソーが注をつけたと推測した。
 次に言及すべきは注の内容的問題である。ルソーがここで「エナメル」とみなしているものは陶磁器に用いられる釉薬(陶磁器にガラス状の表面を作る上薬)であり、それは凹面鏡を使って太陽光線を集めその熱で羊の骨を燃やし、灰にすることによって得られるもののようである。ちなみに『化学教程』から40年後に出版された年刊学術雑誌『自然学、博物誌、技芸に関する考察』第31巻には、石灰化させ熱湯で洗った「羊の骨」を長時間火にかけることによって白色のエナメル物質が得られる実験が記録されている(Observations sur la physique, sur l’histoire naturelle et sur les arts, t. XXXI, Paris, Bureau du Journal de Physique, 1787, p. 129)。この釉薬に関する書込からも分かるように、ルソーの伝える「ガラス化vitrification」とは、ある物体が燃焼し、その物体に含まれているガラス化土が流出して透明な皮膜が作られる過程のことである。
 ルソーは「羊の骨」の釉薬の問題から、陶磁器の製法に関する日本の諺を紹介している。この諺とほぼ同一の文がケンペル(Engelbert Kæmpfer, 1651-1716)の『日本誌』仏訳に出てくる(Kæmpfer, Histoire du japon, livre V, chap. III, t. II, La Haye, P. Gosse & J. Neaulme, 1729, p. 168)。すなわち、「人骨は陶器の中に含まれる成分である les os humains sont des ingrédients qui entrent dans la Porcelaine」という諺である。おそらく、ルソーはこの仏訳を参照してこの注を執筆したと考えられる。『日本誌』で話題となっているのは、志田焼用の粘土を白くするための〈骨折りな仕事〉であり、これは骨灰を使って白い磁器を作る際に人骨が用いられているのではないかというヨーロッパにおける日本のイメージが背景にある。この〈骨折りな仕事〉のことを、ルソーは動物の骨をガラス化させるという困難な作業のことと考えており、このガラス化の難しさが元となって、問題の諺ができたのではないかと考えているようである。
 以下では、『日本誌』邦訳の(1779年に刊行されたドイツ語版を底本とし、『江戸参府旅行日記』と題され抄訳となっている)当該箇所を引用しておく。「さて、われわれはさらに半時間進んで、嬉野のもう一方の地区を過ぎ、さらに二時間、(左手に人家の続くところを通り過ぎて)塩田村に着き、そこで昼食をとった。/この土地では粘土で作った非常に大きな一種の壺が焼かれ、ハンブルクの壺と同じように、水瓶として使われている。/ヨーロッパの人々の間では、マルタン〔ビルマのマルタバン湾に臨む同名の街をいうか〕という国名からマルトアンという名で呼ばれていて、同地〔引用者注:マルタン〕でたくさん作られ、インド中に売られるのである。塩田からは、果てしない平野を東方へと流れ島原湾に注ぐちょうどよい川があるので、これらの壺は舟で運ばれ、他の地方に送られる。/この地方や嬉野,それに続く丘陵、さらに肥前国の至る所の丘や山の多くの場所で見つけられる油っこい白土から、日本の陶器が作られる。この土はそれ自体かたくてきれいであるが、しきりにこねたり引きちぎったり、混ざりものを除いてはじめて完全に加工される。それゆえ、美しい陶器を作るには「骨が折れる」という諺が生まれた」(ケンペル『江戸参府旅行日記』齋藤信訳、東洋文庫/平凡社、1977年、84頁)。
 上記の「骨が折れる」という訳文は、底本であるドイツ語版の「美しい陶器を作るには人骨が必要である」という文の意訳であろう(Engelbert Kämpfer, Geschichte und Beschreibung von Japan, aus den Originalhandschriften des Verfassers, 2. Bd,Lemgo, Meyer, 1779, S. 203)。

・・・続きは近日中に特設サイトで公開開始いたします。
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by urag | 2016-04-22 19:38 | ウェブ限定コンテンツ | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 21日

『季刊哲学』6号=生け捕りキーワード'89

弊社で好評直販中の、哲学書房さんの「哲学」「ビオス」「羅独辞典」について、1点ずつご紹介しております。「羅独辞典」「哲学」0号、同2号、同4号に続いては同6号のご紹介です。同5号『神の数学――カントールと現代の集合論』(1988年11月)は品切絶版。

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季刊哲学 ars combinatoria 6号 生け捕りキーワード'89――ポスト構造主義以後の最新思想地図
哲学書房 1989年3月30日 本体1,900円 A5判並製214頁 ISBN4-88679-031-3 C1010

目次:
I 外部と表象――現前をめぐる非対称性が現われる:現代-十七世紀-中世を貫く問題系
05「外部・表象・神」柄谷行人・丹生谷貴志 pp.8-26
23「デカルト」小泉義之 pp.27-29
29「表象」山内志朗 pp.30-33
15「集合」岡本賢吾 pp.34-41
26「ニューロ・コンピュータ」黒崎政男 pp.42-43
V 自己とシステム――自己とシステム:「自己組織化するセルフ」説は死んだ
36「免疫」多田富雄・養老孟司 pp.130-151
II 論理と言語――命題論理から述語論理への途:論理学はなぜ魅力的か
31「フレーゲ」野本和幸 pp.52-54
40「レシニェフスキー」藁谷敏晴 pp.55-59
03「ウィトゲンシュタイン」野矢茂樹 pp.60-63
22「デイヴィドソン」大沢秀介 pp.64-66
13「言語行為」山田友幸 pp.67-69
17「素朴心理学」大沢秀介 pp.70-71
16「状況意味論」山田友幸 pp.72-74
III 唯名論と可能世界――世界を創造する言葉は、世界に先だつ・・・:「必然」や「可能」とはどのような意味か
04「オッカムのウイリアム」清水哲郎 pp.80-83
09「可能世界」戸田山和久 pp.84-87
36「唯名論」清水哲郎 pp.88-90
37「様相論理」戸田山和久 pp.91-94
IV 神と存在――無限者を多面的に映し出す概念:いま、なぜ、神を問うか
19「存在」花井一典 pp.100-103
18「存在」清水哲郎 pp.104-105
10「神」花井一典 pp.106-109
08「価値」清水哲郎 pp.110-114
20「超越概念」花井一典 pp.115-118
01「アウグスティヌス」中川純男 pp.119-121
24「トマス・アクィナス」花井一典 pp.122-125
VI 形式とルール――すべての規定は否定である:法は認識できるか
28「非古典論理」戸田山和久 pp.152-154
06「書かれざる囲い」黒崎政男 pp.155-160
39「ルーマン、ニクラウス」馬場靖雄 pp.168-170
27「パトナム」飯田隆 pp.171-173
07「確認のルール」島津格 pp.174-176
VII 他者と交通――自分が知っていることを無視するシステム:コミュニケーションとはどのような事態か
26「フレーム問題」黒崎政男 pp.186-187
14「コミュニケーション」大澤真幸 pp.188-194
11「関数」戸川孝 pp.195-198
センシビリティーと想像
34「みなし子」島田雅彦 pp.164-165
38「予言」いとうせいこう pp.46-51
25「ニューヨーク」山田詠美 pp.161-161
30「ファンタジー」井辻朱美 pp.126-129
12「恐龍」井辻朱美 pp.179-181
02「アンドロイド」三田格 pp.182-183
33「松苗あけみ」三田格 pp.177-178
21「ディスコ」三田格 pp.95-96
41「ロック・ミュージック」三田格 pp.75-77
チャートI:集合は、多なる存在から一なる存在を形成しうる p.44
チャートII:意味論を、発語内行為内容の理論に向かわせる p.78
チャートIII:複数の可能世界に存在する個体の同一性をどのように知るか p.98
チャートIV:トマスのエッセは、述語界の帝王である p.166
チャートV p.184
索引(語彙・人名) pp.200-210
執筆者紹介 p.199

補足1:欧文号数は「vol.III-1」。すなわち第3年次第1巻。表紙表1には「SPECIAL ISSUE」とあり、第3号『視線の権利』に続く臨時増刊号第2弾となる。

補足2:表紙表1には多田=養老対談と柄谷=丹生谷対談の題名とは別に、本文には掲出されていないキャッピコピーが添えられている。多田=養老対談「免疫」には「イエルネのネットワーク説は死んだ」。柄谷=丹生谷対談「外部・表象・神」には「ライプニッツ症候群と大東亜共栄圏」と。

補足3:表紙表1および表4には、宮内勝氏による写真が添えられている。写真に写っているのは卓上におかれたデスクトップパソコン、オーディオコンポ、ラテン語の書物、万年筆、そして『羅独辞典』である。目次には次のような特記がある。「表紙の写真は、「生け捕りキーワードが接続されるデータベース「羅独-独羅学術語彙辞典」(哲学書房)」。

補足4:巻頭の「「生け捕りキーワード」について」には「構造」と「凡例」の二題が立てられている。「構造」を以下に転記しておく。

1 ここに雑誌「季刊哲学」の臨時増刊号として刊行される「生け捕りキーワード'89」は、データベースである。
2 「生け捕りキーワード」はデータの追加・修正・変形を経て、年度ごとに刊行されるが、本態はデータベースであり、これはある時点で「新哲学辞典」に変態をとげる。
3 ここに出力した分量をはるかに上まわる文献がすでに蓄えられているが、今回は基礎文献と、より広い読者のための文献を選んで出力した。また文献解題も出力を見合わせた。これらのデータはいずれ出力して編集する予定である。

補足5:「季刊哲学」の目次立ては通常、掲載順ではなく、第6号も例外ではない。目次には「センシビリティーと想像」という分類があるが、これに属する諸テクストは実際の頁割では他のパート(II、III、IV、VI)に組み込まれている。また、「非古典論理」や「書かれざる囲い」は目次ではパートVI「形式とルール」に属しているが、実際の頁割ではパートV「自己とシステム」のあとに掲載され、2篇とパートVI「形式とルール」との間にはさらに「ニューヨーク」や「みなし子」が挟まっている。これが意図的なものなのか、制作進行上の都合による掲載順なのか、その他の理由があるのかについては未詳である。

補足6:97頁には「季刊思潮」の全面広告が掲載されている。第1号から第3号までの既刊と、近刊の第4号の予告である。「季刊思潮」の編集同人は浅田彰、市川浩、柄谷行人、鈴木忠志の四氏。雑誌の謳い文句は「いま、もっともラディカルな課題をになう総合批評誌」だった。

補足7:「季刊哲学」の奥付頁には「編集後記」が掲載されているのが通常だが、当号では「編集後記」とも文末の記名「(N)」もない以下の文章が掲載されている。「構造」とこの巻末記で予告されている『哲学辞典』は残念ながらついに刊行されることはなかった。

 デュナミスからエネルゲイアに転生する途上にある〈思考の系〉を写像する語彙を、生きたまま収集して、コンピュータ処理をほどこした。いま最も輝いているこれらの語彙は、本質的ななにものかに接触しており、そのかぎりでまた真に〈通俗的〉でもある。歴史の遠近法の中に置かれたとき、これらの語彙は、時代のメタファーとして機能するであろう。
 これらの語彙は不断に変容し、自らを他に変換する自在さを生きる。そればかりか、これらの語彙群は相互作用をくり返し、パターンフォーメイションをつづける。後世の史家は、ここに現われたパターンあるいは問題群の布置を読んで、一九九〇年代を〈思考の系〉の大きな転換の刻とみとめるであろう。
 コンピュータによるデータ化を行っているとはいえ、これらの語彙のふるまいは、いわばin vivoで観測することができる。これらの語彙の形成や消長、それに互いの反応の過程がつぶさに追跡できる。
 これはひとつのデータベースであり、ここに蓄えられたデータは、てきぎ追加し、変形し、あるいは削除することができる。また近い将来、『羅独-独羅学術語彙辞典』(哲学書房)はじめ、他のデータベースとも接続されるであろう。時に応じて出力し、ハードコピーを取り、冊子状の形態を与えることもできるとはいえ、こうして現われる書物は、いわば常に仮の姿なのである。いましばらくデータの集積をまって、このデータベースも書物の形態を身にまとい、由緒ある名称をかりて『哲学辞典』として刊行されるであろう。かつて書物の時代に、辞典は壮大な記念碑であった。けれどもこにに現われる『哲学辞典』は、刻々と世界大にくりひろげられる思考の過程を、イン・ビボでとらえた、任意の静止画なのである。このデータベースはそれ自体、生きものとして生成しつつある辞典なのである。

補足8:巻末には「中世哲学叢書」第一期10巻の予告があり、以下の書目が掲出されている。このうち第6号と前後して刊行されたのがヨハネス・ドゥンス・スコトゥス『存在の一義性――定本ペトルス・ロンバルドゥス命題註解』(花井一典・山内志朗訳、哲学書房、89年3月)であり、予告とは異なり同書のカバーでは同叢書の第I巻と記載されている。同叢書はその後、トマス・アクィナス『真理論――真理論第一問「真理について」/ペトルス・ロンバルドゥス命題集註解第一巻第十九篇第五問』(花井一典訳、哲学書房、1990年1月、カバーでは同叢書第II巻と記載)を刊行して中断した。なお、平凡社の『中世思想原典集成』全21巻が上智大学中世思想研究所の編訳・監修によって刊行開始となるのは1992年6月(第6巻「カロリング・ルネサンス」)であった。

1.ペトルス・アベラルドゥス(アベラール) 邦訳論文検討中
2.アルベルトゥス・マグヌス 邦訳論文検討中
3.トマス・アクィナス『真理論』
4.ブラバンのシゲルス『不可能なもの』
5.スコトゥス『存在の一義性』
6.オッカム『論理学大全』
7.ビュリダン『ソフィスマータ』
8.カエタヌス『アナロギアの名称について』
9.スアレス『形而上学討論』
10.ポインソ『記号に関する考察』

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好評につき会期延長中の「哲学書房フェア」も、立川および池袋のジュンク堂では来週月曜日まで、丸善丸の内本店では今月いっぱいとなりました。くれぐれもお見逃しございませんように。

◎哲学書房を《ひらく》――編集者・中野幹隆が遺したもの

売れ筋ベスト5:
山内志朗『笑いと哲学の微妙な関係』
養老孟司『脳の中の過程』
郡司ペギオ幸夫『生命理論』
バタイユ『エロティシズムの歴史』
稲垣良典ほか『季刊哲学11号=オッカム』

◆ジュンク堂書店立川高島屋店(2月26日オープン)
場所:6Fフェア棚
期間:2月26日(金)~4月25日(月)
住所:立川市曙町2-39-3 立川高島屋6F
営業時間:10:00~21:00
電話:042-512-9910

◆ジュンク堂書店池袋本店
場所:4F人文書売場
期間:3月1日(火)~4月25日(月)
住所:豊島区南池袋2-15-5
営業時間:月~土10:00~23:00/日祝10:00~22:00
電話:03-5956-6111

◆丸善丸の内本店
場所:3F人文書売場(Gゾーン)
期間:3月1日(火)~4月30日(土)
住所:千代田区丸の内1-6-4 丸の内オアゾショップ&レストラン1~4F
営業時間:9:00~21:00
電話:03-5288-8881

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月曜社では哲学書房の「哲学」「ビオス」「羅独辞典」を直販にて読者の皆様にお分けいたしております。「季刊ビオス2号」以外はすべて、新本および美本はなく、返本在庫であることをあらかじめお断りいたします。「読めればいい」というお客様にのみお分けいたします。いずれも数に限りがございますことにご留意いただけたら幸いです。

季刊哲学0号=悪循環 (本体1,500円)
季刊哲学2号=ドゥンス・スコトゥス (本体1,900円)
季刊哲学4号=AIの哲学 (本体1,900円)
季刊哲学6号=生け捕りキーワード'89 (本体1,900円)
季刊哲学7号=アナロギアと神 (本体1,900円)
季刊哲学9号=神秘主義 (本体1,900円)
季刊哲学10号=唯脳論と無脳論 (本体1,900円)
季刊哲学11号=オッカム (本体1,900円)
季刊哲学12号=電子聖書 (本体2,816円)
季刊ビオス1号=生きているとはどういうことか (本体2,136円)
季刊ビオス2号=この私、とは何か (本体2,136円) 
羅独-独羅学術語彙辞典 (本体24,272円)

※哲学書房「目録」はこちら
※「季刊哲学12号」には5.25インチのプロッピーディスクが付属していますが、四半世紀前の古いものであるうえ、動作確認も行っておりませんので、実際に使用できるかどうかは保証の限りではございません。また、同号にはフロッピー版「ハイパーバイブル」の申込書も付いていますが、現在は頒布終了しております。

なお、上記商品は取次経由での書店への出荷は行っておりません。ご注文は直接小社までお寄せ下さい。郵便振替にて書籍代と送料を「前金」で頂戴しております(郵便振替口座番号:00180-0-67966 口座名義:有限会社月曜社)。送料については小社にご確認下さい。後払いや着払いや代金引換は、現在取り扱っておりません。

小社のメールアドレス、電話番号、FAX番号、所在地はすべて小社ウェブサイトに記載してあります。

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by urag | 2016-04-21 19:56 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 17日

注目新刊:ヌルミネン『才女の歴史』東洋書林、ほか

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才女の歴史――古代から啓蒙時代までの諸学のミューズたち
マルヨ・T・ヌルミネン著 日暮雅通訳
東洋書林 2016年4月 本体6,500円 A5判上製474頁 ISBN978-4-88721-823-9

帯文より:あの日、彼女は何を変えたのか?・・・世界の並みいる科学・哲学・文学の偉人たちに霊感を与え続けたイデアの源泉たる女神らもまた、それぞれが自らの言葉で思考し、多くを独力で見出す一個の〈自然哲学者〔ピロソプス・ナトゥラリス〕〉だった!! 近代的な知が開闢を迎える18世紀までを彩った有史以来の有名無名の<花々のひと群れ>を列伝形式で辿る、〈教養〉なるものの道行き! 図版110点、人物略伝90項付。解説:小谷真理

目次:
はじめに
序:女性教養人の“復活”と権力の行使、そして性役割(ジェンダー・ロール)
Ⅰ部:古代の女性教養人
 1.古代エジプトにおける知識、権力、宗教の体現者……ハトシェプス(前1518頃~前1458頃)
 2.メソポタミアの化学の母たち……タプーティ=ベーラ=エーカリ(前1200頃)
 3.ピュタゴラス派:最初期の女性哲学者たち……テアノ(前6世紀)
 4.女性に知的活動は可能か?……アスパシア(前470頃~前410頃)
 5.女神(ミューズ)から学者へ……ヒュパティア(370頃~415)
Ⅱ部:中世の教養ある修道女と宮廷婦人
 6.自身を歴史に書きとどめたビザンツ帝国の皇女……アンナ・コムネナ(1083~1153)
 7.宇宙論、医学書、博物学書を著した修道女……ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098~1179)
 8.フランス初の女性職業作家……クリスティーヌ・ド・ピザン(1364~1430頃)
Ⅲ部:ルネサンス期の女性教養人と科学革命
 9.果たして女性にルネサンスは到来し、人文学者たり得たのか?……カッサンドラ・フェデーレ(1465~1558)/ラウラ・チェレータ(1469~1499)
 10.パリ出身の教養ある職業助産婦……ルイーズ・ブルジョア(1563~1636)
 11.科学革命時代の北欧女性……ソフィー・ブラーエ(1556~1643)/マリア・クーニッツ(1610~1664)
Ⅳ部:17,18世紀の教養ある貴婦人、科学の冒険者、 そして匠
 12.オランダ女性による知のレース編み……プファルツ公女エリーザベト(1618~1680)/アンナ・マリア・ヴァン・スフールマン(1607~1678)
 13.二人の哲学者:知を熱望したイングランドの貴婦人たち……マーガレット・キャヴェンディッシュ(1623~1674)/アン・コンウェイ(1631~1679)
 14.博物画家、昆虫学の先駆者にして探険家……マリア・ジビーラ・メーリアン(1647~1717)
 15.ベルリン・アカデミーの“科学技能者”……リア・ヴィンケルマン=キルヒ(1670~1720)
Ⅴ部:啓蒙時代のサロン、大学、科学界の女性教養人
 16.フランスにおける新物理学の伝道者……エミリー・デュ・シャトレ(1706~1749)
 17.ボローニャ大学の三人の女性学者……ラウラ・バッシ(1711~1778)/アンナ・モランディ・マンゾリー(1716~1774)/マリア・ガエターナ・アニェージ(1718~1799)
 18.天文学のシンデレラ……カロライン・ハーシェル(1750~1848)
 19.革命の陰に生きた、近代化学の母……マリー・ポールズ・ラヴォワジエ(1758~1836)
おわりに
解説:小谷真理
図版出典
参考文献
原註
略伝:女性教養人の回廊
索引

★発売済(14日取次搬入済)。小谷さんによる解説によれば、原書はフィンランド語で出版された、Tiedon tyttäret: oppineita eurooppalaisia naisia antiikista valistukseen (WSOY, 2008)で、翻訳にあたり原著者監修による英語テクスト、Sisters of Science and Ideas: Educated Women from Antiquity to the Enlightenmentを底本としているとのことです。著者のヌルミネン(Marjo T. Nurminen, 1967-)はヘルシンキ生まれの科学史家・哲学史家で、デビュー作である本書はノンフィクション・フィンランディア賞を受賞しているとのこと。近年の著書に『地図製作者の世界――西洋絵図の文化史』(2015年、未訳)があります。初訳となる今回の著書について小谷さんは「古代から啓蒙時代までの世界が、斬新な視点から眺望されただけではなく、中世以降女性を閉め出してきた大学や学会といった知の生産所の問題が、明確に浮かび上がり、これには心底驚かされた」と評しておられます。巻末の「略伝:女性教養人の回廊」は人名小事典となっています。

★類書としては、ロンダ・シービンガー『科学史から消された女性たち――アカデミー下の知と創造性』(小川眞里子ほか訳、工作舎、1992年)、同『ジェンダーは科学を変える!?――医学・霊長類学から物理学・数学まで』(小川眞里子ほか訳、工作舎、2002年)、マーガレット・アーリク『男装の科学者たち――ヒュパティアからマリー・キュリーへ』(上平初穂ほか訳、北海道大学出版会、1999年)などがあります。


ドゥルーズ 抽象機械――〈非〉性の哲学
大山載吉著
河出書房新社 2016年4月 本体2,800円 46判上製280頁 ISBN978-4-309-24758-8

帯文より:後期ドゥルーズ、はじめての入門書。強靭な思考と繊細な文体によってドゥルーズ後期の核心である「抽象機械」をはじめて解き明かしながら、その〈非〉性において哲学の本質をつかみ全く新たな思想の領野をきりひらく俊英の誕生を告げる渾身の書き下ろし。

目次:
はじめに
I 哲学とは何か
 I-1 〈非〉性と出来事へ向かう哲学
 I-2 概念
 I-3 内在平面
 I-4 概念的人物
II 抽象機械の方へ
 II-1 地層
 II-2 アレンジメントと第三の地層
 II-3 抽象機械の方へ
III 思考の三幅対――哲学/科学/芸術の共立
 III-1 科学とは何か
 III-2 芸術とは何か
終わりに 思考/脳/抽象機械における〈非〉性
あとがき

★まもなく発売。河出さんのサイトでは4月22日発売予定とありますから、取次搬入日は19日あたりかと推察します。著者の大山載吉(おおやま・のりよし:1975-)さんは現在、立教大学専任講師。『ドゥルーズ 生成変化のサブマリン』(白水社、2005年)という松本潤一郎さんとの共著をこれまで上梓されており、単独著は今回の新刊が初めてとなります。「哲学は、敵を敵として認定し、敵視し、敵愾心をもって怒号とともに打ち負かすやり方以上に、静かに、ひそやかに、そして秘密裏に、敵とされるものを敵ではない何かに生成変化させることで、敵に依存する思考様式から抜け出して、全く新たな問いを立てるやり方をその本性とするものなのだ。哲学は何かを打倒する力をもたない。哲学にできるのは二項対立とは無縁の問いを立てることである。ドゥルーズはこれを「戦いなき戦い」と呼んでいる」(18頁)。全編書き下ろしとなるこのドゥルーズ論は「哲学そのものよりも哲学の核心にある」(『哲学とは何か』61頁)非-哲学的なものへの飽くなき探究を通じて、戦いなき戦いを挑む力作たりえていると思われます。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』山田奨治著、人文書院、2016年4月、本体1,800円、4-6判上製208頁、ISBN978-4-409-24108-0
リモノフ』エマニュエル・キャレール著、土屋良二訳、中央公論新社、2016年4月、本体3,000円、四六判上製424頁、ISBN978-4-12-004732-9
明治のワーグナー・ブーム――近代日本の音楽移転』竹中亨著、中公叢書、2016年4月、本体2,300円、四六判並製400頁、ISBN978-4-12-004841-8
漢字廃止の思想史』安田敏朗著、平凡社、2016年4月、本体4,200円、4-6判上製552頁、ISBN978-4-582-83312-6
SUNAO SUNAO 4』100%ORANGE著、平凡社、2016年4月、本体1,000円、A5判並製136頁、ISBN978-4-582-83724-7

★『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。帯文に曰く「米国からの年次改革要望書、フェアユース、違法ダウンロード刑事罰化、ACTA、TPP、五輪エンブレム問題など、近年の知的財産・著作権問題の核心にせまる、熱き緊急レポート!」。同著者による『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか――厳罰化する日本の著作権法を批判する』(人文書院、2011年)に続く一冊です。前著刊行から「四年半が経つあいだも、著作権法はますます厳しくなり、これから先もそうした方面に進みそうな気配が濃厚になっている」(7頁)と著者は書きます。今回の新著では「立法にたずさわる国会議員の言動、彼らを動かしたひとびとのこと、そして自国のグローバル企業の利益のために働く米国政府の意向に焦点を当てる」(8頁)し、さらには「TPP大筋合意にともなう著作権法改正の急激な動きと、二〇一六年夏の参議院議員選挙に向けての「緊急出版」だと、わたしのなかでは位置付けている」(174頁)と述べておられます。巻末には附録として、著作権法の抜粋のほか、年次改革要望書、日米経済調和対話、TPPの著作権関連主要部分の抜粋が付されています。人名索引がついているのも興味深いです。

★中央公論新社さんの新刊2点『リモノフ』『明治のワーグナー・ブーム』はともにまもなく発売。アマゾンの記載情報では19日発売となっています。『リモノフ』は、フランスの作家エマニュエル・キャレール(Emmanuel Carrère, 1957-)による伝記小説、Limonov (P.O.L., 2011; Gallimard, 2013)の翻訳です。著者のキャレール(カレールとも)は、ロシア史家として名高いエレーヌ・カレール=ダンコース(Hélène Carrère d'Encausse, 1929-)の息子さんで、これまでに『冬の少年』(田中千春訳、河出書房新社、1999年)、『嘘をついた男』(田中千春訳、河出書房新社、2000年)、『口ひげを剃る男』(田中千春訳、河出書房新社、2006年)などの訳書があります。今回の伝記小説の主人公は、ロシアの詩人で作家、反プーチンの活動家でもあったエドワルド・リモノフ(Eduard Limonov, 本名:Eduard Veniaminovich Savenko, 1943-)。彼の生い立ちから2009年までを取材に基づいて活写した本書はフランスで様々な賞を受賞し、映画化の話もあるのだそうです。近年ではリモノフはウクライナ侵攻をめぐってプーチンに接近するのですが、それはまた別の話です。

★『明治のワーグナー・ブーム』はドイツ近現代史、日独文化移転史がご専門の大阪大学教授、竹中亨(たけなか・とおる:1955-)さんの最新著。カバー紹介文に曰く「世紀転換期の明治末、宗教学者・姉崎正治〔あねさき・まさはる:1873-1949〕の雑誌論文に端を発する「ワーグナー・ブーム」は、日本の洋楽受容の縮図と言っていい。洋楽の流入経路、それに関わった役人や学者、音楽家、「お雇い」教師たちの意図と役割を詳細に辿り、日本近代化のもう一つの流れを描き出す鮮やかな社会文化史」。姉崎と言えばショーペンハウアーの翻訳(『意志と現識としての世界』博文館、1910年)や、異色の日蓮論(『法華経の行者日蓮』 博文館、1916年;講談社学術文庫、1983年)が有名ですが、ワーグナー受容にも一躍買っていたのですね。「彼〔姉崎〕にいわせれば明治日本は腐朽したヴィルヘルム期ドイツの胸像にほかならない」(342頁)と著者は解説します。「ドイツでは、ニーチェやワーグナーのごとき預言者がすでに現れた。危機からの脱却を説く彼らの言葉は若い世代の間で熱狂的に迎えられている。しかし翻って日本はどうか。今なお多くの者が惰眠をむさぼり、危機が存在することすら意識していないではないか。そこで姉崎は、ドイツの預言者の啓示を日本に伝え、それでもって故国の閉塞を打破しようとしたのであった」(同)。「明治の青年たちは、自分たちが硬直した社会に埋没し、袋小路のなかで精神的に窒息しつつあると感じていた。彼らは、この行きづまりを打破してくれるものをひたすら待ち望んだ。〔・・・〕ワーグナー・ブームは、ヴィルヘルム期ドイツ批判という迂回路を通した、明治の青年たちの社会文化的憤怒の表現であった」(344頁)。明治期日本の文化思想史の一幕として非常に興味深いです。

★平凡社さんの新刊2点は『漢字廃止の思想史』が発売済、『SUNAO SUNAO 4』はまもなく発売(アマゾン記載によれば22日)です。『漢字廃止の思想史』は『日本語学のまなざし』(三元社、2012年6月)から約4年ぶりとなる著者待望の新著。帯文に曰く「漢字廃止・制限論と擁護論との対立が、さまざまな「応世」と偏狭頑迷な「伝世」の主張となって激しい「思想戦」をいくたびも繰り返してきた。その逆説の構図をあぶり出す、日本語そのものの在り方を問い直し、これからの日本語を考えるために不可欠の基礎作業」。「応世」とは「時世に適する」こと、「伝世」とは「後世に伝える」ことの意。一般読者の大半は「日本精神発揚」(平生釟三郎)を標ぼうした民間団体「カナモジカイ」がかれこれ百年近く活動を続けてきたことも、かつて先端的思想であったその漢字廃止論についても知らないだろうと思われますが、知らない分、よりいっそう興味深く読めるはずです。「本書では、文明化の思想、競争(能率)の思想、動員の思想、それらが輻輳した総動員体制下の思想戦、市井の一市民に与えた影響、民主化の思想などが漢字廃止・制限論の根拠になっていった事例を見ていく」(33頁)とのことですが、単なる過去の話で終わる議論ではないと気づかせてくれます。本書でも言及されていますが、梅棹忠夫さんの『日本語と事務革命』(京極夏彦解説「大先達に叱られないために」、山根一眞解説「「梅棹ローマ字論」から二十年目の日本語」、講談社学術文庫、2015年)と併読するとさらに刺激的だろうと思います。

★『SUNAO SUNAO 4』は人気イラストレーターの100%ORANGEさんによる「ウェブ平凡」連載コミックの書籍化第4弾。2013年10月から2015年3月にかけての15回分に、描き下ろし3本と4コマ漫画1本を加えたものです。夢とうつつ、日常と狂気が交錯する不思議な世界は、読者をどこか懐かしいと同時に未知であるような遠い、奥深い内面世界へと連れていってくれます。
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by urag | 2016-04-17 23:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 15日

本日取次搬入『表象10:爆発の表象』

『表象10:爆発の表象』を本日取次搬入いたしました。日販、トーハン、大阪屋栗田(王子日販新刊口)、すべて15日搬入です。書店さんの店頭に並び始めるのは平均的に言って19日以降ですが、都心の大書店では今週末から販売開始になるものと思われます。配本先書店についてのお尋ねはお気軽に弊社までお寄せください。どの売場に置かれるかについては、書店さんによりますが、人文書ないし芸術書が多いだろうと思います。バックナンバーは人文書にまとめられていることが多いです。

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by urag | 2016-04-15 12:26 | 表象文化論学会 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 14日

『季刊哲学』4号=AIの哲学

弊社で好評直販中の、哲学書房さんの「哲学」「ビオス」「羅独辞典」について、1点ずつご紹介しております。「羅独辞典」「哲学」0号、同2号に続いては同4号のご紹介です。同3号『視線の権利』(J・デリダ著、M-F・プリサール写真、鈴村和成訳、1988年7月)は絶版。

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季刊哲学 ars combinatoria 4号 AIの哲学――回路・汎智学・脳梁
哲学書房 1988年8月30日 本体1,900円 A5判並製246頁 ISBN4-88679-025-9 C1010

目次:
【延長する脳】
吉本隆明+養老孟司「イメージが脳梁を渡る――倫理と明晰さと論理について」 pp.196-221
【特別インタヴュー】
堤清二「回路を、一部閉ざす」 pp.54-62
荒俣宏「薔薇十字と叡智の交換可能主義」 pp.63-69
渡辺格「「生命界言語」の探求――バイオコンピュータのアルゴリズム発見の前提として」 pp.158-169
【本邦初訳原典】
ライムンドゥス・ルルス「アルス ブレウィス」山内志朗訳 pp.70-93
トマス・ホッブズ「計算ないし論理学――『哲学の原理』第一部「物体論」より」伊豆蔵好美訳 pp.94-109
G・W・ライプニッツ「普遍的記号言語――ゲルハルト版『ライプニッツ哲学著作集』第七巻より」山内志朗訳 pp.110-121
J・A・コメニウス「最新言語教授法」田中寿紀訳 pp.122-133
【コネクショニズムと計算】
甘利俊一+佐伯胖+黒崎政男「コグニティヴサイエンスは何を問うか――コネクショニズムと計算主義の対立を超えて」 pp.8-39
J・A・フォーダー+Z・W・ピリシン「コネクショニズム批判――あるいは認知のアーキテクチャー」黒崎政男訳 pp.40-53
中川祐志「人工知能における知識と計算」 pp.149-157
J・マッカーシー+P・ヘイズ「人工知能(AI)の観点から見た哲学的諸問題」三浦謙訳 pp.134-148
【AIと哲学】
廣松渉「AI問題についての偶感――完璧なロボットには意識は無用なのでは?」 pp.170-186
山崎正一「AIの意味論的考察――禅は具体的な真実を求める」 pp.187-193
【存在と眠り】
丹生谷貴志「サハラと〈存在〉の一義性――ブレッソン/スコトゥス1――中世への途上3」 pp.222-241
井辻朱美「眠り男の森」 pp.242-245

編集後記:●―何ごとかを「知る」とはどういうことか、認識する、過ちを犯す、信じる、合理的であると感じる・・・等々と言うことによって示される事態とは何であるのか。考えることを始めてしまった脳が、自らの発端に捩れ込むようにして問いつづけてきた問いの歴史を、さながら映画の齣落としよろしく、目をみはるスピードをもって確かめ直そうとする試みであるようにそれは見える。いまそれをかりにコグニティヴサイエンスと呼んでおくことにする(ここで、チューリングマシンの停止問題、脳を呑み込む脳、という連想の誘惑に抗うことは、とてもむずかしい)。
●―ニューロンのネットワークの複合体として脳は、開かれたシステムをなしている。深い論理的な思考に不向きで、ことがらのパターン的な把握や浅い推論に適しているらしい。このニューロンのネットワークに示唆を得たP・D・Pモデルは、古典的ノイマン型直列型のそれが、ルルスやライプニッツの(大陸合理論の)「思考とは計算である」とする思想の嫡出子と目されるのに対して、ロックやヒュームの(イギリス経験論の)観念連合の哲学と結びつけられもして、コグニティヴサイエンスの関心の焦点をなしている。近世の哲学が反芻されて、やがて経験的感性が受容した世界を、先験的形式によって構成するカントのあの超越論的統覚に至ろうとするのだろうか。超越論的である、とは、メタレベルから見下すことが不可能であること、思考自体を縛るシステムをあばくこと、ではなかったろうか。
●―もとより「脳」とは、いわば世界の外の観察者によって記述されたものである。誤りを犯し、価値ある判断をなし、ためらい、近似的な答えをもって満足する「意識」や「心」は、現に今ある刺激系をも包み込んだ動的平衡系である身体として、他の存在者とともに世界に内属する存在者にとっての世界の状態にほかならない。知覚といい、認識といい、思考といわれる状態は、あえて「脳」という機能系に即していえば、この存在者の、求心的ですなわち遠心的(なループをなす)神経細胞の興奮のパターン、いわばニューロダイナミクスというほかはない。
●―それにしても、宇宙とのオンラインのネットワークを生きる、ルルスやコメニウスのパンゾフィーの実践はなんと小気味良いことか。ライプニッツから中世に遡り、同時代性を確かめなおして今日のコグニティヴサイエンスに戻ったこの雑誌は、次号で、無限、集合、紙をめぐって、カントールを訪ねる。あるいはその前に急遽、リヨタールの「時間・今日」という臨時増刊号が割って入ることになるかもしれない。
●―インタヴューのための時間を作って下さった方々、ご執筆いただいた方々に、御礼と、(臨時増刊号「視線の権利」に押されて)刊行が少しく遅れてしまったことについてのおわび、を申しあげる。(N)

補足1:欧文号数は「vol.II-4」。すなわち第2年次第4巻。

補足2:当号掲載のテクストはその後、以下の通り哲学書房の単行本に収録されている。
井辻朱美「眠り男の森」→『風街物語』哲学書房、1988年。
マッカーシー+ヘイズ「人工知能(AI)の観点から見た哲学的諸問題」→『人工知能になぜ哲学が必要か』哲学書房、1990年。

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月曜社では哲学書房(2016年1月31日廃業)さんから引き取った一部の出版物の在庫品を、直販にて読者の皆様にお分けいたしております。「季刊ビオス2号」以外はすべて、新本および美本はなく、返本在庫であることをあらかじめお断りいたします。「読めればいい」というお客様にのみお分けいたします。いずれも数に限りがございますことにご留意いただけたら幸いです。

季刊哲学0号=悪循環 (本体1,500円)
季刊哲学2号=ドゥンス・スコトゥス (本体1,900円)
季刊哲学4号=AIの哲学 (本体1,900円)
季刊哲学6号=生け捕りキーワード'89 (本体1,900円)
季刊哲学7号=アナロギアと神 (本体1,900円)
季刊哲学9号=神秘主義 (本体1,900円)
季刊哲学10号=唯脳論と無脳論 (本体1,900円)
季刊哲学11号=オッカム (本体1,900円)
季刊哲学12号=電子聖書 (本体2,816円)
季刊ビオス1号=生きているとはどういうことか (本体2,136円)
季刊ビオス2号=この私、とは何か (本体2,136円) 
羅独-独羅学術語彙辞典 (本体24,272円)

※哲学書房「目録」はこちら
※「季刊哲学12号」には5.25インチのプロッピーディスクが付属していますが、四半世紀前の古いものであるうえ、動作確認も行っておりませんので、実際に使用できるかどうかは保証の限りではございません。また、同号にはフロッピー版「ハイパーバイブル」の申込書も付いていますが、現在は頒布終了しております。

なお、上記商品は取次経由での書店への出荷は行っておりません。ご注文は直接小社までお寄せ下さい。郵便振替にて書籍代と送料を「前金」で頂戴しております(郵便振替口座番号:00180-0-67966 口座名義:有限会社月曜社)。送料については小社にご確認下さい。後払いや着払いや代金引換は、現在取り扱っておりません。

小社のメールアドレス、電話番号、FAX番号、所在地はすべて小社ウェブサイトに記載してあります。

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弊社で引き取っていない単行本を含めた哲学書房の出版物を取り揃えた回顧フェアが以下の通り都内3店舗で行われていますので、こちらもぜひご利用ください。哲学書房さんはすでに廃業されておられるため、同フェア開催店での販売が店頭販売の最後の機会となります。なお、「季刊哲学第12号」に限っては、フェアでは展開されておらず、弊社直販のみの扱いとなります。

【三店舗でのフェアの再延長が決まりました!】

◎哲学書房を《ひらく》――編集者・中野幹隆が遺したもの

売れ筋ベスト5:
山内志朗『笑いと哲学の微妙な関係』
養老孟司『脳の中の過程』
郡司ペギオ幸夫『生命理論』
バタイユ『エロティシズムの歴史』
稲垣良典ほか『季刊哲学11号=オッカム』

◆ジュンク堂書店立川高島屋店(2月26日オープン)
場所:6Fフェア棚
期間:2月26日(金)~4月25日(月)
住所:立川市曙町2-39-3 立川高島屋6F
営業時間:10:00~21:00
電話:042-512-9910

◆ジュンク堂書店池袋本店
場所:4F人文書売場
期間:3月1日(火)~4月25日(月)
住所:豊島区南池袋2-15-5
営業時間:月~土10:00~23:00/日祝10:00~22:00
電話:03-5956-6111

◆丸善丸の内本店
場所:3F人文書売場(Gゾーン)
期間:3月1日(火)~4月30日(土)
住所:千代田区丸の内1-6-4 丸の内オアゾショップ&レストラン1~4F
営業時間:9:00~21:00
電話:03-5288-8881

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by urag | 2016-04-14 12:55 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 14日

新潟大学人文学部『知のトポス』11号、ほか

弊社出版物でお世話になっている著訳者の方々の最近のご活躍や関連情報をご紹介します。

★ヴェルナー・ハーマッハーさん(著書:『他自律』)
新潟大学大学院現代社会文化研究科共同研究プロジェクト「世界の視点をめぐる思想史的研究」、新潟大学人文学部哲学・人間学研究会、新潟大学人文社会・教育科学系附置「間主観的感性論研究推進センター」が発行する、「世界の視点 知のトポス」第11号が先月末発刊されました。ヴェルナー・ハーマッハーさんの論考「文学的出来事の歴史と現象的出来事の歴史とのいくつかの違いについて」が宮﨑裕助さんと清水一浩さんの共訳で掲載されています(173—198頁)。原典は1986年に公刊された論考、Ueber einige Unterschiede zwischen der Geschichte literarischer und der Geschichte phaenomenaler Ereignisseです。訳文に続く、宮﨑裕助さんによる解題(199—206頁)も含め、新潟大学人文学部の「人間学ブログ」にて無料でPDFが配布されています。同号にはヘーゲルやゲルハルト・クリューガーの翻訳も掲載されており、すべて無料PDFで読むことができます。

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一方、私自身の話で恐縮ですが、「ダ・ヴィンチ」2016年5月号の「出版ニュースクリップ」欄に掲載された橋富政彦さんの記名記事「中堅取次会社・太洋社破産!――書店の閉店・休業が相次ぐ理由」にて、私のコメントをご紹介いただきました。難しい話題ですが、ピンチをどう積極的な方向に捉えるかについてお話ししました。皆さんのお目に留まれば幸いです。

また、ホホホ座の山下賢二さん、松本伸哉さんとの対談「京都に出版社をつくる(には) 第一回 ホホホ座×月曜社」の中編「ようやく仕事のルーティンがわかってきた」 が先週末より公開されています。後編はおそらく明日に公開開始となるのではないかと思います。

なお、ホホホ座の山下さんがさいきん、夏葉社さんから『ガケ書房の頃』という新刊を刊行されました。とても素敵な本で、山下さんのファンになってしまうこと間違いなしの一冊です。ホホホ座さんの通販で購入すると、「『ガケ書房の頃』未収録原稿」という非売品小冊子がついてきます。私は通販で買いました。

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by urag | 2016-04-14 12:07 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 10日

注目新刊:人文書院よりランズマン回想録刊行、ほか

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パタゴニアの野兎 ランズマン回想録 上巻
パタゴニアの野兎 ランズマン回想録 下巻
クロード・ランズマン著 中原毅志訳 高橋武智解説
人文書院 2016年4月 本体各3,200円 4-6判上製320/310頁 ISBN978-4-409-03091-2/-03092-9

上巻帯文より:ホロコーストの衝撃を伝えた『ショア』のランズマンによる自伝。青年期のレジスタンス活動、ドゥルーズやサルトルの恋人だった妹の死、サルトルとの交友、ボーヴォワールとの同棲、ベルリン封鎖時代のドイツ、イスラエルへの旅…。多彩なエピソードと、深い哲学的考察のなかにユダヤ系フランス人としての自己を問い、その波乱に富んだ人生を赤裸々に語る。時代を代表する人物との人間模様が色濃く描かれた本書は、20世紀の歴史そのものである。

下巻帯文より:サルトルやボーヴォワールと共に生きた、闘う知識人ランズマンによる自伝。イスラエル・パレスチナ問題、アルジェリア戦争、ファノンの最期、北朝鮮女性との逢瀬、解放前の中国への旅、ポーランド政府との確執など映画『ショア』をめぐる撮影秘話…。

★発売済。折しもランズマンのドキュメンタリー作品三部作が昨年より再上映されてきたさなかでの刊行です。原書は、Le lièvre de Patagonie (Gallimard, 2009)です。全編口述筆記だという本書は下巻巻末にある訳者謝辞の言葉を借りると「自由闊達な文体はそこ〔口述筆記〕から来ているものと思われる。波乱万丈の人生にふさわしくその語り口は激しく、ほとばしり出る言葉は切れ目なく数十行におよぶこともあり、長い段落のなかで行き来する現在と過去、そのまたかことが錯綜」する「凄まじい言葉の奔流」である、と。年代に沿って出生から生い立ちまでを詳しく説明するというより、ランズマン自身が胸に刻んだ出来事に焦点を当てて、眼前に浮かぶ連続的な印象をまるで映写するかのように赤裸々に自由に語っているという感じです。

★同い年のドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925-1995)やジャン・コー(Jean Cau, 1925-1993)との若き日の交流、アルキエ(Ferdinand Alquié, 1906-1985)やサルトル(Jean-Paul Sartre, 1905-1980)への敬愛の念、ボーヴォワール(Simone de Beauvoir, 1908-1986)との交際など、20世紀フランス思想史を彩る星座のさなかで生まれた様々なエピソードはいずれも興味深いです。ランズマンはアルキエのもとで哲学を学ぶのですが、あるとき小論文でドゥルーズやル・ゴフ(Jacques Le Goff, 1924-2014)を抑え一番の成績を取ったことがあるそうです。

★出版社や書店に携わる業界人にとってもっとも強い印象を残す逸話のひとつは、第8章で告白される、書店での万引き事件かもしれません。フランス大学出版局の売店で哲学書を盗むのが上手だった(!)というランズマンは、高等師範学校の準備級で学んでいた20歳のある日、「飢えるようにして待っていた」(175頁)というイポリットの新刊『ヘーゲル精神現象学の生成と構造』(Genèse et structure de la phénoménologie de l'esprit de Hegel, Aubier, 1946;日本語訳上下巻、市倉宏祐訳、岩波書店、1972年)を店頭で手に取り「その美しさ、厚み、重厚さに畏怖の念を覚え〔・・・〕これさえ手に入れば万引きとはおさらばだと思った。〔・・・〕それは私の最後の聖杯だった」という感慨を抱きます。すでにイポリット訳の『精神現象学』(La Phénoménologie de l'esprit, Aubier, 1941)はパクり済みでしたが、狂おしいまでの所有欲に駆られて、万引きを決行し、見事に捕まります。

★彼は裁判にかけられるものの、アルキエとイポリットによる嘆願書簡によって罰金だけで済み、受験資格を剥奪されることなく済みます。このかんの大胆だったり臆病だったりするランズマンの感情の起伏は噴き出さずに読むのが難しいほどです。恩師アルキエや、ほかならぬ盗んだ本の著者であるイポリットとはぞれぞれ「面談」し、おそらくその当時は神妙にしていたのでしょうけれども、回想においては実に言いたい放題で、不謹慎ながらランズマンの人間味に笑ってしまいます。その後に続く第9章で描かれる、実妹で女優のエヴリーヌ・レイ(Évelyne Rey, 1930-1966)の自死や、後年のクロード・ロワ(Claude Roy, 1915-1997)との和解といったエピソードとの落差が大きくて、万引き事件のことはつい忘れてしまいそうになりますが、アルキエとイポリットの弁護がなかったら、ランズマンのその後の人生は変わっていたかもしれないと想像します。

★一業界人として賢明なる読者の皆さんに申し上げておきますが、フランスではどうあれ日本では本の万引きは今も昔も本屋の雇われ店長や安月給のスタッフを苦しめること以外に何の効果ももたらしません。本は売れたのと同じことになり、版元も著者も苦しみません。苦しむのは本屋さんだけです。こんな馬鹿馬鹿しい行為は文明への抵抗でも社会への抗議でもなんでもない。弱い者いじめにしか帰結しない愚かな所業です。そうした文脈から言えば、愚かしさも含めて私事を告白したランズマンの鷹揚さ、図太さには感心します。フランス出版界の雄であるガリマールがこれを検閲しないというのは、懐の深さなのかもしれません。いずれにしても、この回想録はぐいぐい引き込まれるドラマに満ちています。読まないと損です。隠し事をせずすべて実名で話す、というランズマンの姿勢は、彼自身がユダヤ人大虐殺の真実に迫るために生存者から様々な証言を集めたあのドキュメンタリー映像三部作の制作スタンスと相通じる、どこか執念にも似た厳しさがあります。人間の真実に至るためにはこの厳しさを避けるわけにはおそらくいかないのかもしれません。

★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

欧州・トルコ思索紀行』内藤正典著、人文書院、2016年4月、本体2,000円、4-6版並製252頁、ISBN978-4-409-23056-5
エリュトラー海案内記1』蔀勇造訳註、東洋文庫、2016年4月、本体3,200円、B6変判上製函入424頁、ISBN978-4-582-80870-4
日本文化に何をみる?――ポピュラーカルチャーとの対話』東谷護+マイク・モラスキー+ジェームス・ドーシー+永原宣著、共和国、2016年3月、本体1,800円、菊変型判並製204頁、ISBN978-4-907986-19-3
季刊 考える人 56(2016年春号)』新潮社、2016年4月、本体980円、雑誌12305-05

★『エリュトラー海案内記』は全2巻予定。周知の通り既訳には、村川堅太郎訳注『エリュトゥラー海案内記』(中公文庫、1993年;改版、2011年)がありますが、残念ながら版元品切。古書価が高騰していて厄介です。

★『季刊 考える人 56(2016年春号)』には、山本貴光さんと吉川浩満さんの対談「生き延びるための人文① 「知のサヴァイヴァル・キット」を更新せよ!」が掲載されています。リードに曰く「「人文学の危機」が言われている。いわく、実用的でない、不要不急の学問である、と。とんでもない、人間を読み解くのに必須の人文的思考がいまほど求められるときはない。科学から哲学、文学、芸術まで、幅広い論考で活躍するふたりの、シリーズ「人文」徹底対談」。同誌は本号から誌面が刷新されるとともに値段が安くなり、同時に「Webでも考える人」もオープンしたとのことです。
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by urag | 2016-04-10 23:26 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)