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2015年 08月 30日

注目既刊と新刊:『サボタージュ・マニュアル』ほか

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サボタージュ・マニュアル――諜報活動が照らす組織経営の本質』米国戦略諜報局(OSS)著、越智啓太監訳・解説、国重浩一訳、北大路書房、2015年7月、本体1,400円、四六判並製128頁、ISBN978-4-7628-2899-7
グリフィス版 孫子 戦争の技術』サミュエル・ブレア・グリフィス著、漆嶋稔訳、日経BPクラシックス、2014年9月、本体2,700円、A4変型判上製468頁、ISBN978-4-8222-5041-6
中世後期のドイツ民間信仰――伝説〔ザーゲ〕の歴史民俗学』ヴィル-エーリヒ・ポイカート著、中山けい子訳、三元社、2014年10月、本体 2,800円、四六判並製356頁、ISBN978-4-88303-362-1
『ヒトラーの呪縛――日本ナチカル研究序説()』佐藤卓己編著、中公文庫、2015年6月、本体各1,000円、文庫判各432頁、ISBN978-4-12-206134-7/978-4-12-206135-4

★今回は既刊書からいくつかご紹介します。『サボタージュ・マニュアル』は版元紹介文に曰く「CIAの前身組織が作成した「組織をうまくまわらなくさせる」ためのスパイマニュアル。「鍵穴に木片を詰まらせよ」といった些細な悪戯から、「規則を隅々まで適用せよ」「重要な仕事をするときには会議を開け」まで、数々の戦術を指南。マネジメントの本質を逆説的に学べる、心理学の視点からの解説付き」。目次は書名のリンク先をご覧ください。前半が解説、後半がマニュアルです。マニュアルはOSSが1944年に作成した極秘文書であり、近年機密解除されて読めるようになったものです。プロのエージェントではなく一般市民でも可能な妨害工作や嫌がらせの数々が、枢軸国内でのレジスタンスの手法として列挙されています。大半は物理的な破壊活動の指南なのですが、中には「組織や生産に対する一般的な妨害」や「士気を下げ、混乱を引き起こすための一般的な工夫」という項目があって、カフカ的世界観というか、お役所仕事や国会を思わせるような回りくどい意図的な堂々巡りの戦術が開陳されており、これが実にブラックで、現実社会のパロディだろうかと思えるほどです。人間が組織を回す限り、このマニュアルはこれからも長らく実用的であり続けるでしょう。

★『グリフィス版 孫子 戦争の技術』は昨秋の既刊書ですが、『サボタージュ・マニュアル』を読まれた方にはぜひ併読をお薦めしたい一冊です。諜報活動を論じた「用間篇」の巧みさをはじめ、鋭い人間理解に基づいた思想と戦術の数々は興味深いものばかりで、今なお古びないいわば《原理》論として読むことができます。孫子の現代語訳は色々ありますけれども、20世紀に米国軍人によって「ジ・アート・オヴ・ウォー(戦争の技術)」として再度見出された孫子は、この古典を読み直すための異なるアプローチを読者に与えてくれます。序文はリデル=ハートが書いており、グリフィス版を読んだこの戦略家の感動が読み手にも伝わってくる気がします。「この短編には、私が20冊以上の本を書いても論じられないほど多くの戦略や戦術の原理が説かれている〔・・・〕。要するに、『孫子』は、戦争論に関する簡明かつ最高の入門書であるだけでなく、研究を深めるほどに座右の書として手放せなくなる一冊なのだ」と絶賛しています。本文の翻訳に入る前の各種の解説も全体としては長いものでありながら飽きさせません。近隣国との緊張関係が続くこんにち、もっとも注目されていい既刊書のひとつですし、ビジネスシーンにフィードバックすることが可能な哲学的古典であるとも言えます。

★『グリフィス版』とほぼ同じ時期に刊行された既刊書『中世後期のドイツ民間信仰』は、ドイツ民俗学の大家であり、パラケルスス、ベーメ、フランクなど神秘哲学の研究者でもあるポイカート(Will-Erich Peuckert, 1895-1969)が1942年に公刊した代表的著作の、待望の翻訳です。帯文に曰く「西暦1500年前後は、農民的文化と市民的文化が相克する時代であり、重大かつ決定的な変化が起きた時代である。伝説に登場する表象、動物のデーモン、巨人、森に棲む怪人、家精、元素の精などは、興隆する市民の文化の影響を受けて大きく変化する。本書は、伝説を史料として民衆の俗信の変化、表象の変容を、歴史民俗学、精神史や民衆史の観点から描き出した画期的試みである」。ポイカートの名前を知っている読者には多くを語る必要はないと思いますが、初めて聞くという方々の中には、書名や帯文に硬くて地味な印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。ヨーロッパの古い時代の怪物や妖精や悪魔に興味がある読者なら終始楽しめる内容ですし、トリテミウス、ピクトリウス、アグリッパのデーモン観の紹介もさほど長くはないですがありますよ、と言えば、ぴんと来る方もおられるでしょう。これを期にポイカートの古典がさらに翻訳されるといいのですが・・・。

★『ヒトラーの呪縛』は同名の親本(飛鳥新社、2000年)を増補改訂して文庫化したものです。版元紹介文はこうです。上巻は「総統は日本で勝利した?! 日本のカルチャー、サブカルチャーにかくも浸透しているナチスの「文化」。メディア、海外冒険小説、映画、ロック、プラモデルまで」。下巻は「日本は異常なのか。繰り返し取り上げられ、利用されるナチスのイメージ。コミック・アニメ、小説、架空戦記、トンデモ本、インターネットまで。データ付き」。戦後日本の大衆文化におけるナチズムという記号の受容を多角的に分析した本書の興味深さは親本刊行から15年を経たこんにち、いっそうの重要性を伴って現代人に迫ります。上下本を左右に並べてみると、カヴァーにハーケンクロイツが通行止めの標識に封印されている絵が完成します。2冊一緒に平積みすると視覚的効果が得られる、というデザインです。ヒトラーやナチスの表象がいかに広範囲に浸透しているか、ひたすら実例を列記し、次々に現れる流行やその変遷を考察する本書は、ヒトラーの実像や虚像を越えて日本人のメンタリティのありように迫る痛烈な実測記になっています。過去と現在の呪縛がどこへどう繋がっているのかを連想しながら読むと、読者はしばしばそのネットワークに慄然とするのではないかと思います。

★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

サミュエル・ジョンソンが怒っている』リディア・デイヴィス著、岸本佐知子訳、作品社、2015年8月、本体1,900円、46判上製248頁、ISBN978-4-86182-548-4
ロンドン日本人村を作った男――謎の興行師タナカー・ブヒクロサン 1839-94』小山騰著、藤原書店、2015年8月、本体3,600円、四六上製368頁、ISBN978-4-86578-038-3
女が女になること』三砂ちづる著、藤原書店、2015年8月、本体2,200円、四六上製256頁、ISBN978-4-86578-037-6
逞しきリベラリストとその批判者たち――井上達夫の法哲学』瀧川裕英・大屋雄裕・谷口功一編、ナカニシヤ出版、2015年8月、本体3,000円、A5判上製328頁、ISBN978-4-7795-0978-0
日本の社会政策 改訂版』久本憲夫著、ナカニシヤ出版、2015年8月、本体3,200円、A5判並製368頁、ISBN978-4-7795-0977-3

★『サミュエル・ジョンソンが怒っている』は発売済。フローベール、プルースト、ビュトール、ブランショ、レリスなどの優れた翻訳家としても知られる米国の作家の三番目の短編集、Samuel Johnson Is Indignant (McSweeney's, 2001)です。56編の作品を収録。短いものは1行というシンプルさ。表題作「サミュエル・ジョンソンが怒っている――」も1行です。曰く「スコットランドには樹というものがまるでない」(58頁)。訳者あとがきではこう解説されています。「『サミュエル・ジョンソン伝』で知られるボズウェルの日記の中の一文を二つに区切って、前半をタイトルに、後半を本文にしたものだ。〔・・・〕作家の手で切り取られ、小説として置かれなおしたそれは、もはや元の文とは別の命を獲得している」(239頁)。著者はとあるインタヴューで自らの短編についてこう発言しているそうです。「私は自分の短い小説が、ある種の爆発のように、読み手の頭の中で大きく膨らむものであってほしいと願っているのです」と。余韻のある読書が楽しめる本で、通勤通学時間があまり長くない方、あるいはあまり長いものを読みたくない方にお薦めします。個人的には「いちねんせい・しゅう字のれんしゅう」が後を引きました。

★藤原書店さんの新刊2点『ロンドン日本人村を作った男』『女が女になること』は発売済。前者は帯文に曰く「1859年、幕末の混乱渦中に日本に来航し、英・仏の駐日領事館通訳として雇われるも、欧米で注目を集める「軽業見世物」の興行師に転身し、日本人一座を率いて世界各地で公演、ついに1885年ロンドン「日本人村」を仕掛けた謎のオランダ人の正体とは? もう一つの“ジャポニスム”=軽業見世物興行を通じて、19世紀後半の日英関係史に迫る」というたいへん興味深い内容の歴史書です。「本書は海外で“日本”を“見世物”にしたタナカー・ブヒクロサン(フレデリック・ブレックマン)の物語である」(23頁)。ドラマ化されてもおかしくない面白さです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者はケンブリッジ大学図書館日本部長をお務めで(ほどなく定年退職されるご様子です)、数多くの著書があります。

★『女が女になること』は季刊誌「環」での連載「生の原基としての母性」(50号:2012年秋~60号:2015年冬、全10回)に加筆修正したもの。「この本は、女たちの祈りと家でのはたらきと、性と生殖を担う役割をどうすれば肯定的に取り戻せるか、ということを、女性のからだを通じて経験することから考え始められないか、という試みであった。月経、妊娠、出産、子どもを育てること。それら、女性がからだをもって経験する性と生殖に関することには、根源的な喜びが伴い、それらがあるからこそ、日常の「働き」と「祈り」を支えられるようになるのではないか、と考えた」(238-239頁)と著者は書きます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。女性のための本というよりは、男性も読むべき本です。著者は津田塾大学教授で多数の著書があるほか、フレイレ『被抑圧者の教育学』の新訳も手掛けておられます(亜紀書房、2011年)。

★ナカニシヤ出版さんの新刊2点『逞しきリベラリストとその批判者たち』『日本の社会政策 改訂版』はともに発売済。前者は帯文に曰く「日本を代表するリベラリスト、井上達夫の法哲学世界を、著書別・キーワード別に解説。その全体像を明らかにする」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。この本は東京大学大学院法学政治学研究科教授の井上達夫(いのうえ・たつお:1954-)さんの還暦を祝ってお弟子さんたちが寄稿された論集です。著作解説では、公刊された単独著のほか、未刊の長編論文「規範と法命題」(1985~1987年)が安藤馨さんによって解説されています。巻末には附録として網羅的な著作目録や略年譜を収録。井上さんは最新著『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください──井上達夫の法哲学入門』(毎日新聞出版、2015年6月)が話題を呼び、責任編集を務められる学術誌「法と哲学」(信山社)も同じく6月に創刊されたばかりなので、充実したアンソロジーの出版はは実にタイムリーだと思います。

★『日本の社会政策 改訂版』は2010年05月に刊行された初版を「全体の分量をできるだけ維持しながら、章編成を一部変更した。初版では二章ずつをあてていた賃金と労働時間の章を、それぞれ一章に集約した。〔・・・〕また賃金と労働時間の章の順番を入れ替えるとともに、雇用政策の章をこれらの後ろに移した。〔・・・〕社会保障システムについては、介護の問題を公的医療制度から切り離し、社会福祉として取り上げていた障害者とあわせて、一つの章として独立させた」とのことです。「現代日本が抱える多くの問題、すなわち失業、年金、医療保険、正規・非正規の格差問題などを理解する上での基礎的な知識を得ることができるように配慮した」という本書では、現代日本が直面する様々な社会問題を個々バラバラに理解するのではなく、相互関連を整理し、社会経済システム全体の問題として考察する視点を読者に与えてくれます。著者の久本憲夫(ひさもと・のりお:1955-)さんは京都大学大学院経済学研究科教授でご専門は社会政策、労働経済論。著書に『企業内労使関係と人材形成』(有斐閣、1998年)、『正社員ルネサンス』(中公新書、2003年)があります。
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by urag | 2015-08-30 23:32 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 27日

雑談(19)

◆2015年8月27日正午現在。

栗田から「債権届出いただいた金額と弊社認識残高との差異についてのご照会【重要】」が郵送で届きました。伝票に即して計上しているのでそんなに違いが出るはずはないのですけれども、明細書も付いていたので、帳簿と照合したいと思います。

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◆2015年9月1日10時現在。

出版協(一般社団法人日本出版者協議会)の会長・高須次郎(緑風出版)さんによる記事「栗田出版販売の民事再生が意味するもの」(「新刊選」2015年9月号)が昨日ウェブでも公開されました。前号での竹内淳夫(彩流社)副会長の記事「栗田破綻と再生スキーム、その陰の本質的危機」よりいっそう細かい字で3段組2頁にわたって掲載されたものです。この長さは近年では異例のことだと聞きます。現在、栗田と債権者との間では債権額提出後の確定作業に入っています。9月半ばまでにはすべての債権額が確定するものと思われます。

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◆9月2日17時現在。

神奈川県大和市の昨春実施したパブリックコメントに関するまとめ文書「文化創造拠点に関する条例案に対する意見公募手続 市の考え方(意見原文付き) 」が興味深いです。「施設の管理運営を指定管理者に委ねるのではなく、市が直接運営すべきだ」という複数の市民の意見に対して、「本施設は、芸術文化ホールや図書館等、異なる複数の施設によって構成される大型の複合施設であり、これらを一体的に管理運営する必要があること、また、開館日、開館時間を大幅に拡大することを考えると、サービス向上とコスト節減の両面から民間事業者による管理運営が適当であると考えています」と表明しています。つまり、文化創造拠点の意義の何たるかがそもそも市民に示せていないばかりか、市民の意見や反論をほとんど聞いてはいない、ということです。市民のうち、73歳の方が長文の意見を寄せておられ、詳細かつ根本的な疑問を書かれているのですが、これに対する回答が上記だというのは、ほとほと情けないですし、呆気にとられます。しかしこれが現実なのですね。お役所が無能なのだ、とは言わないまでも、民間に丸投げせざるをえない現実というのは、図書館という存在が、特定の企業がつけこむことができる恰好の草刈場でしかないかもしれないことを示しています。73歳の方の意見を引きつつ、私なりに補足を試みたいと思います。

「(1)大和市立図書館条例(案)のうち「指定管理者による管理」条項を撤廃して下さい。(理由)私の所属する上和田団地自治会は、児童館の指定管理を引き受けているので、指定管理イコール民間委託とは言えないと思いますが、全国的には運営経費の削減を目的とした指定管理という名の民間委託は全国の図書館の 20%以上、700館程度にまで広がっているようです。図書館はいかにあるべきかといった理念を抜きにした安易な民間委託は公務員の自己否定にもなると私は思います。行政改革などと旗をふる人もいるようですが、改革に名を借りた行政の責任放棄と思います」。

図書館の社会的存在意義の根本が何なのか、その役割をどう堀り下げていくべきなのかを公務員がどう考えているのか、そこが見えてこないというのがこの73歳の方のご不満ではないかと思います。社会的存在意義や役割というものがあるのは公務員も分かっているのでしょうが、そこを具体的にどう満たしていくか、その理念が分からない、というのが現実ではないかと推測できます。その空虚さがコスト減と集客とあの手この手の文化創造を謳うプロ集団につけこまれる余地となるわけです。

「昨今、指定管理の受け皿としてレンタル大手ツタヤを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の活動が話題になっているようです。確かに武雄市立図書館の運営を委託され、開館時間の大幅延長、スターバックスや書店の併設等のアイディアで、来館者を倍増させた企業努力は認めざるを得ませんが、その成果は従来の自治体による図書館運営の怠慢さの裏返しに過ぎません。図書館を行政機関の一部としか位置づけ出来ず、役所と同じように5時終了、職員も館長を含め2~3年で人事異動し、しかも大半が本に関してはシロウト、専門司書など配置することを怠ってきました。また地元書店に対しても、画一的な入札制度により、過酷な値引納入を押し付け、今や全国的に地元書店は絶滅状態です。公立図書館が2000年~2012年にかけて2700館から3200館に増加した一方、書店は23000店から15000店に激減しました。大和市においても生き残ったのはショッピングセンター内の大型書店のみです」。

武雄市図書館における蔵書の杜撰な管理とデタラメな図書購入については昨今つとに知られている通りで、指定管理者制度については今後ますます厳密かつ厳正な監視が求められるべきです。入札の名のもとに価格競争を煽ったあげく、価値のない本を大量に調達できる業者が勝つなどという事態は、たちの悪い冗談でしかありません。出版人はこうしたことに激怒して然るべきなのですけれども、本を作っている側の人間のほとんどは図書館の現状を知らないわけで、そうした無知については出版人はお役所ばかりを責めてばかりはいられません。昨今、いわゆる「ヘイトスピーチ本」の製造責任というものが出版社に問われたことがありました。流通責任や販売責任についてはどうでしょうか。出版社がすべての責任を負うのは無理だとしても、自分たちの本がどう市場や図書館で扱われているかについてもっと知ることが必要なのかもしれません。

「今後の図書館は、本を購入できない人たち、ネット等利用できない私のようなアナログ人間、デジタル化と共生する若い人たち、それらすべての人々が集うことのできる知の広場として発展していかねばなりません。イタリア人の図書館アドバイザー、アントネッラ・アンニョリさんは次のように言っています。「図書館は民主主義社会を支える公共の土台です。本を所蔵して提供することは、知を底上げして市民を市民たらしめる、つまり社会に参加するための基本となるサービスです。」行政がその使命をしっかりと把握して、図書館に司書と各分野の専門家を配置し、主体的に運営することこそ、市民にとって最も望ましいかたちです」。

アンニョリさんの著書『知の広場――図書館と自由』(萱野有美訳、柳与志夫解説、みすず書房、2011年5月)は刊行以来様々な反響を呼び、2年前には来日講演が各地で行われました。アンニョリさんが考える図書館の役割については、国会図書館の情報ポータル「カレントアウェアネス・ポータル」に2012年12月20日付で掲載された論考「イタリアの“パブリック・ライブラリー”の現状と課題」が参考になります。高度情報化社会において図書館の存在意義というのはますます重要になるはずで、市民の方が行政を叱咤するのも当然ではあります。

「そして現在大和市内においても商工会議所、商店会等を中心に、様々活性化の試みがなされています。そういった活動と連動し、若い志の高い人たちが新しい書店を起業できれば、素晴らしいここと思います。先日、大木市長は、大和市は60才以上を高齢者と呼ばないと高らかに宣言なさいました。我々人生の練達者(私は73才)は、高齢者と呼ばれようが、老人、年寄り、ジジイと呼ばれようが、どうでもいいのです。後に続く若者たちに少しでも生きがいのある世の中を提供したい。そのために余力を費やすことを厭うものではありません。もはや経済成長のみを追求する時代ではありません。文化創造こそ日本の生きる道です。そのためには地方が独自の文化を発信しなければなりません。そのための拠点となるような図書館を目指しましょう」。

人生の荒波を乗り越えてきた功労者であるご高齢の方々にここまではっきりと声を挙げていただいているのが申し訳なく感じるほどです。私自身は大和市の住民ではありませんけれども、かと言ってまったく無関係とも思えません。こうした課題はこれからも全国で議論されるでしょう。経済問題といい政治問題といっても人間の営みであり、その根本は文化から生い育っています。市民であれ、出版人であれ、若い世代はこの根本に敢然と立ち向かう責務があると感じます。

「最後に蛇足として申し上げます。昨年海老名市が図書館の指定管理を公募したところ、結果的に CCC と図書館流通センター(TRC)の共同事業体のみの応募だったようです。図書取次の大手、トーハン、日販、2強に続く大阪屋などが図書館運営にあまり熱意を示していない現状では、大和も同じようなことになるのではないでしょうか。企業は社会的存在とはいえ、最終的には利益追求が目的です。庇を貸して母屋を取られぬよう、十分御注意下さい」。

この意見を書かれた方はひょっとすると業界にお勤めだったのかもしれません。後塵を拝する私たちは先達の懸念を将来的に払拭できるでしょうか。今春、大和市の「文化創造拠点」(芸術文化ホール、図書館、生涯学習センター、屋内こども広場、を有する複合施設)の指定管理者は、やまとみらい(代表団体:株式会社図書館流通センター、構成団体:サントリーパブリシティサービス、小学館集英社プロダクション、横浜ビルシステム、ボーネルンド、明日香)に決定しました。経過については「文化創造拠点の指定管理者の募集について(募集は終了しました)」で詳細を閲覧することができます。応募者3団体の中にCCCの名はありません。

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◆9月3日(木)13時現在。

朝日新聞出版のニュースサイト「dot.」に9月3日午前7時更新の牧野めぐみ氏記名記事「関連会社から“疑惑”の選書 武雄市TSUTAYA図書館、委託巡り住民訴訟に発展」(「週刊朝日」2015年9月11日号より抜粋)が掲載されています。武雄市図書館(佐賀県)の選書作業についてCCCがまず「ネットオフ」から購入したこと、事前に武雄市に承諾を得たことなどが明かされています。ネットオフからの回答はなし。年度落ちの実用書についてCCCの選書基準は「蔵書の増加にあたっては過去のアーカイブも含めて幅広く選定。結果、『幅広く』を意識しすぎた在庫が一部導入されており、更なる改善の余地があったと反省しています」と答えたそうで、在庫処分疑惑は事実無根だと答えたとのことです。この程度の答えでは疑惑を晴らすには至らないでしょうし、むしろ火に油を注いだ格好かと思います。貴重書や視聴覚資料の大量除籍については記事中にCCCのコメントはなし。「選書をはじめ、図書館運営のずさんさに疑問を持った住民らが、市に対し、樋渡啓祐前市長に1億8千万円の損害賠償を求めるよう、訴えを起こしている」と報じられています。今後各地にできる予定の「ツタヤ図書館」にも厳しい視線が注がれるであろうことは間違いないと思われます。

+++

◆9月3日(木)13時30分現在。

小田光雄さんが9月1日付で「出版状況クロニクル88(2015年8月1日~8月31日)」を公開されています。

01:2015年上半期の出版物推定販売金額
02:『日経MJ』14年版「日本の卸売業調査」「書籍・CD・ビデオ」部門
03:栗田出版販売7月31日付「7月13日付ご提案にご同意いただけなかったお取引出版社様への大切なお知らせ」
04:日書連声明「栗田出版販売民事再生について」
05:出版協声明「改めて、栗田出版販売民事再生スキームを撤回するように求める」
06:出版梓会・今村正樹理事長提言
07:三洋堂HD加藤和裕社長提言「書店マージン30%に」
08:村上春樹新刊の紀伊國屋書店による初版9割買上
09:トーハンによるアバンティブックセンターの子会社化
10:《資格の学校》TACが出版社「桐原書店」のすべての事業を譲り受け
11:宝島社『月刊宝島』『CUTiE』休刊を発表
12:インプレスによる2014年電子出版市場調査
13:『Journalism』7月号特集「メディアはネットで稼げるか?」
14:武雄市図書館問題
15:ファミリーマート商品本部新業態・サービス部佐藤邦央マネージャーのインタビュー
16:『選択』8月号記事「楽天が『破壊』する出版業界」、『FACTA』9月号記事「又吉『火花』も救えぬ出版危機」
17:出口裕弘さん死去
18:「出版人に聞く」シリーズ〈19〉宮下和夫『弓立社という出版思想』10月刊行予定

いずれも興味深い記事ばかりですが、特に注目したいのは以下の点です。まず、06に関連して「今村は書協の沈黙について不満を述べているが、それ以上に不自然なのは公取委である。取次の動向に対して、再販制も含め、こと細かに監視しているのは公取委で、取次の様々な改革も、公取委の許認可なくしてはできないと、取次の幹部から聞いたことがある。/今回の栗田民事再生スキームに関して、管見の限り、公取委の発言と声明を目にしていない。ひょっとすると、このスキームは公取委に事前に相談した上で提案されたことになるのだろうか。もしそうだとすれば、返品を巡る問題は再販制の弾力運用とでもいえるものであり、自家撞着状況を招来してしまうのではないだろうか」と。公取にとって出版界の混乱など取るに足らない小さいものなのだろうか、とつくづく落胆します。

07に関して「しかし加藤の「提言」は現実的には不可能に近いというべきだろう。出版社が定価を1割上げることはできても、それをそのままどのようにして書店に還元できるのか。スリップ報奨金として出版社から書店へと戻すことぐらいしか考えられないが、現行の再販委託制ではとても無理であろう。/やはり30%マージンを確保するためには、時限再販、非再販を多くの書店に導入し、最初からその粗利、もしくはそれ以上の設定で買切仕入れを実行し、それぞれの店のマーチャンダイジングに基づき、責任販売することしかないと思われる」と。まったく同感です。

再販制護持のもとで書店のマージンを10%近く上げるためには、実際には2つしか道はないように思えます。1つは版元が正味を下げること。2つは取次を外すことです。1つ目はおそらく無理でしょう。印刷製本費は組版作業の社内化によって数十年前よりかは下がっていますが、限界があります。在庫リスクも小さくありません。10%下げればたちまち破綻する版元が出てくるでしょう。高正味や好条件の一部版元にしてもそうした「厚遇」や既得権が商売の前提=当たり前になっているので、そうした体質から脱却することはほとんど無理でしょう。彼らの業績が高水準を維持しうるのは既得権によって自転車操業が可能だからです。この業界では自転車操業というのは貧乏会社がやるものではなく、高給取りの会社がやることです。彼らは自転車から降りることができないでしょう。

2つ目の取次外しについては、そうした試みが今後増えることでしょうけれど、外せるのはごく一部の書店でしょうし、ごく一部の書籍でしょう。版元との直取引は取次依存度の高い書店にとっては手続きが面倒な「例外」としての扱いに留まり続けざるをえないと思われます。大書店の本店クラスですら、直取引の窓口というものは貧弱な体制で不十分な人員しか配置されていないのが現実ではないでしょうか。再販制が撤廃されて書籍が自由価格になれば書店は毎日数百点の新刊の値段を設定しなければなりませんし、そもそもその前に厳密な仕入判断を日々下し、書目によっては条件交渉をしなければなりません。そうしたことが書店さんの現状でできるとは到底思えません。再販制のもとで定価を一割上げれば書店の取り分の増加に直結するとも思えません。書籍の値段上昇にそもそも読者が追随できないリスクがあります。

ただし三洋堂さんの危機感というのも当然ではあります。小田さんが仰る通り、時限再販や非再販を増やすことが業界として必要でしょう。あるいは新刊書籍と比べて利益率が高い商材(例えば古書)を導入すれば売上が上がるのかといえばそうでもないわけで、消去法でいくと八方ふさがりに思えてしまいます。

最後に08に関して「出版流通イノベーションジャパン(PMIJ)を通じてのDNPグループ書店、紀伊國屋の高井昌史社長が会長の「悠々会」(書店25法人)の加盟店を合わせた450店は紀伊國屋から直接仕入れるか、取次経由を選択できる。前者の場合、製本会社から発売日に合わせ、書店へと直送。他の書店は事前注文に応じて取次より配本」と。取次危機と相俟って書店界の再編が加速しそうな予感がします。

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by urag | 2015-08-27 12:21 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 26日

注目新刊:グラフトン『テクストの擁護者たち』勁草書房、ほか

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★ヒロ・ヒライさん(編著書:『ミクロコスモス 第1集』)
勁草書房さんよりこれまでに、榎本恵美子さんの『天才カルダーノの肖像――ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈』と、菊地原洋平さんの『パラケルススと魔術的ルネサンス』が刊行されている、ヒライさんによる監修シリーズ「BH叢書」の第3弾が刊行されました。

テクストの擁護者たち――近代ヨーロッパにおける人文学の誕生
アンソニー・グラフトン著 ヒロ・ヒライ監訳 福西亮輔訳
勁草書房 2015年8月 本体7,500円 A5判上製528頁 ISBN978-4-326-14828-8

帯文より:ルネサンス以降、盛んになる古代ギリシア・ローマの古典の再生と受容、旧約聖書と各国史を結びつけて天地創造から世界の終末まで描こうとする普遍史や年代学、真作と偽作の問題、聖書やホメロスの叙事詩――古典テクスト解釈の歴史をたどり、人文学の誕生と伝統を示す。

目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。グラフトンの既訳書には『カルダーノのコスモス――ルネサンスの占星術師』(榎本恵美子・山本啓二訳、勁草書房、2007年)や、『アルベルティ――イタリア・ルネサンスの構築者』(森雅彦・足達薫・石澤靖典・佐々木千佳訳、勁草書房、2012年)があります。BH叢書の続刊にはプリンチーペ、ベンツェンホーファー、山田俊弘さんの著書が予告されています。


★江川隆男さん(訳書:ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』)
★廣瀬純さん(著書:『絶望論』、共著:コレクティボ・シトゥアシオネス『闘争のアサンブレア』、訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』、共訳:ネグリ『芸術とマルチチュード』)
立教大学研究プロジェクト「新しい映像環境をめぐる映像生態学研究の基盤形成」の一環として開催された2つのシンポジウム「ドゥルーズ・知覚・身体」(2012年12月22日、立教大学新座キャンパス)、「知覚のプラトー」(2013年12月14日、立教大学新座キャンパス)での講演、対話、インタヴューをまとめた論集が刊行され、江川さんの論考「ディアグラムと身体――図ディアグラマティク表論的思考について」と、廣瀬さんの論考「エイハブの恥辱か、フェダラーの勇気か。――ドゥルーズとフーコー」が収録されています。正確に言うと、江川さんの論考はシンポジウムにおける2つの発表(「器官なき身体と超越的感性」2012年、「哲学的分裂症の倫理」2013年)とは別のもので、新たに書き下ろされたものです。2つの発表の要約が注として付されています。廣瀬さんの論考には特に注記はありませんが、発表時のタイトルは「革命的になる――不可能性の壁を屹立させ、それらに強いられて逃走線を描出する。あるいは、可能性=商品と決別。」でした。

ドゥルーズ・知覚・イメージ――映像生態学の生成
宇野邦一編
せりか書房 2015年7月 本体3,200円 A5判並製311頁 ISBN978-4-7967-0344-4

帯文より:ドゥルーズ哲学の強いインパクトを背景に、激変する映像環境がいかに〈身体と生のイメージ〉に作用しているかを鋭く洞察する論考と、映画・ヴィデオアート・ダンス・演劇など身体表現にかかわるアーチストとの対話を通して、複雑多様な映像表現を解明すべく新たなジャンル〈映像生態学〉を提唱する。人間にとって映像とは何か、映像は人間に何をもたらしたのか。

目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお、シンポジウムでは佐々木中さん(「ジル・ドゥルーズにおける身体と政治――その美的決定(ドクマティック)」2012年)、香山リカさん(「ドゥルーズ=ガタリと精神医学」2013年)、田崎英明さん(「非有機的生命のエコロジー」2013年)も講演されましたが、本書には収録されていません。海外からの参加者(ローラ=U・マークス、ブライアン・マスミ、ジョルジョ・パッセローネ、ペテル=パル・ペルバルト、クリスチーネ・グライナー〔グライナーは来日せず論考のみの参加〕)の講演テクストが読めるのが嬉しいです。


★渡名喜庸哲さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
ポストフクシマの哲学――原発のない世界のために』(村上勝三・東洋大学国際哲学研究センター編著、明石書店、2015年8月、本体2,800円、4-6判292頁、ISBN978-4-7503-4231-3)に収録された2篇のテクスト、ジャン=リュック・ナンシーによる「はじめに フクシマの後」と、エティエンヌ・タッサン「フクシマは今――エコロジー的危機の政治哲学のための12の註記」の翻訳を担当されています。


★竹田賢一さん(著書:『地表に蠢く音楽ども』)
来月開催される「黒旗忌 大杉栄・伊藤野枝 追悼墓前祭 2015」の一環として竹田賢一さんのLiveおよび座談が9月16日(水)に以下の通り行われます。静岡でのライヴは四半世紀ぶりだそうです。

エレクトリック大正琴 竹田賢一ライブ&座談

日時:2015年9月16日(水)開場18:50 開演19:20 終演22:00 閉場22:30
会場:Livebar Freakyshow(フリーキーショウ)
料金:2,500円 +(1ドリンク代)500円=3,000円

第一部 座談「2015年の戦前」
《出演》竹田賢一/市原健太(水曜文庫)/鈴木大治(あべの古書店)

第二部 ライブパフォーマンス
《出演》竹田賢一/大中

【プログラム】
19:20 ご挨拶
19:30 第一部 座談「2015年の戦前」(60min)
20:40 第二部 ライブパフォーマンス「大中」(30min)
21:20 第二部 ライブパフォーマンス「竹田賢一 大正琴Live」(40min)

チケット購入方法等はイベント名のリンク先をご覧ください。なお「会場で大杉栄・伊藤野枝関連書籍を販売」するとのことです。
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by urag | 2015-08-26 13:52 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 25日

雑談(18)

◆2015年8月25日13時現在。

「文化通信」2015年8月24日付記事「大阪屋・大竹社長「両社の統合は必ずプラスに働く」、大阪屋友の会納涼会で」によれば、「【関西】大阪屋友の会近畿地区と同会連合会青年部主催の納涼会が8月20日、大阪市中央区のニューミュンヘン南大使館で開かれ、来賓の大阪屋・大竹深夫社長は栗田出版販売の問題に触れ、「両社の統合は必ずプラス…」(以下有料)。栗田との統合についての意気込みは以前と変わりありません。有料部分に何と書いてあったのかが気になります。無料で全文を読ませる記事もあった方が「文化通信」さんのサイトへのアクセスが伸びると思うのですけれども。

いっぽう「新文化」8月24日付記事「大阪屋、4~7月の売上げ前年比3%増に」によれば、「4月から4カ月間の売上高は、「書籍」が前年比15%増、「雑誌」が同10%減、計同3%増。8月20日に行われた第27回「大阪屋友の会納涼会」で、大阪屋の大竹深夫社長が報告した」と。栗田の例の返品問題は雑誌版元からの評判が悪いと聞いていますから二次卸スキームで絡んでくる大阪屋への風当たりも強くならざるをえない部分があるものと思われます。記事に続けて曰く「書店店頭は既存店ベースで、4・5月が同3~4%減、6月が同1%減、7月が同0.6%増、8月が15日まで同0.8%増。大ヒット中の『火花』のほか、地域活性化施策であるプレミアム商品券が店頭を潤した」と。『火花』に続くベストセラーの誕生が待たれるところではあります。

さらに記事に曰く「大阪屋友の会連合会の田村定良会長(田村書店)も「少し明るさが見えた状況で納涼会を開催できるのは数年ぶり」と喜びの表情を見せた」と。田村会長は7月9日の首都圏栗田会にも参加されて栗田に「エールを贈った」と報じられました。数年ぶりの「少し明るさが見えた状況」という発言が意味するところは何でしょうか。栗田の再生計画への賛成票が固まってきたのか、《大阪屋=栗田》の第三極構想が前進していることを展望しておられるのか、それとも単純に売上増を喜んでおられるのか、真意はよく分かりません。「新文化」ウェブ版が栗田問題についてあまり頼りにならない、という声をしばしば耳にします。確かに物足りないところもなくはないように見受けます。結果、版元が別の情報源を探す、という状況になっているのが業界紙の利益に適っていることなのかどうか。いつか丸島社長にお尋ねしてみたいところではあります。

+++

◆2015年8月26日午前11時現在。

【出版物共同流通センターと出版共同流通を混同した投稿を削除いたしました。関係者の皆様に深くお詫び申し上げます】

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◆2015年8月26日正午現在。

日書連(日本書店商業組合連合会)が発行する「全国書店新聞」平成27年8月15日号の記事「CCCの図書館運営で報告/第28回岡山県組合通常総会」によれば、「岡山県書店商業組合(小野正道理事長)は、6月27日に岡山市の岡山県教科図書販売藤原営業所で第28回通常総会を開催し、組合員73名(委任状含む)が出席した。〔・・・〕情報化推進の報告の中で、図書館の指定管理者制度の導入により、岡山県でも高梁市がカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を選択、基本合意書を締結したことを説明。CCCによる運営事例も他所の話ではなくなりつつある現状について意見が交わされた。〔・・・〕(荒木健策広報委員)」とのことです。CCCによる運営事例は、武雄市図書館のほか、10月1日(木)にリニューアルオープンする海老名市立中央図書館や、来年3月にオープンする多賀城市の新しい市立図書館などがあります。

このほか、同15日号では「転換期迎え大胆な改革討議/さいたま市で関東ブロック会」、「組合員書店の減少に危機感/東北ブロック大会で藤原会長」、「組合員減への対応等を協議/氷見市で北信越ブロック会開催」などに注目したいと思います。いずれもマチナカ書店の減少に伴う様々な課題を窺わせるものです。

日書連関東ブロック会(2015年7月12日)では「〔・・・〕日書連・柴﨑副会長より、あいさつ並びに日書連活動の現況について報告が行われ、出版物への軽減税率適用の課題や、書店の存続についての課題、出版社・取次の有事に関する書店の債権・債務について等の話があった。/各県組合の報告では、組合員の減少問題があげられ、現状維持が困難な状況であることが共通していた。書店減少の原因や大型書店の出店問題と並んで、各組合から独自のイベントの開催、県市町村との提携について、具体例をあげた報告が行われた。/フリーディスカッションでは、大手取次が書店を組み込む事例が増えている問題、書店経営を考えた正味の問題等、多くの発言があった。神奈川組合・筒井正博理事長の「本屋の在り方、経営の仕方の転換期が来ている」、同組合・井上俊夫副理事長の「もうすでに書店経営はビジネスではない。目先の計算ではなく先を見据えた経営が必要」との話が、会議のまとめとなった。〔・・・〕(埼玉県書店商業組合・山口洋事務局長)」

東北ブロック大会(7月9日)では「〔・・・〕藤原直会長(宮城県書店商業組合理事長)は、書店の厳しい状況について、平成初期に1100軒を超えていた東北6県の組合書店数が、現在330軒と3分の1以下に減少していること、6県内で60ヵ所の自治体に書店がないことに言及して、「これは由々しきこと。売上が悪いから本屋が辞めるのか、本屋がなくなるから業界全体の売上が少なくなるのか、負のスパイラルに陥っている。だが、やればできることはまだあるし、いろいろな所で頑張っている書店、プラスになっている書店はある。この会で皆さんと情報交換をしながら、明日への期待を培いたい」と述べた」。さらに「日書連・舩坂良雄会長が日書連活動について報告。舩坂会長は、どうしたら書店が今後も商売を続けていけるかが最大の課題だと述べ、書店の収益改善の取り組みとして、藤原ブロック会長を委員長に「雑誌買切制度研究小委員会」を設置し、外商雑誌の買切による報奨金獲得のシステムを検討していると説明。「まだ時間がかかると思うが、書店がやればやるほど利益が上がるように考えたい」と述べた。〔・・・〕このほか、注目を集めている取り組みとして、北海道砂川市のいわた書店が実施する「1万円選書」を紹介。「全国にはまだ読者がいる。どんな本を読んだらいいか迷っている人が多く、読者の相談に応じたり、本好きの人に発信していく店づくりが必要ではないか」と指摘した」。

北信越ブロック会(7月5~6日)では「〔・・・〕組合員数の減少への対応、賦課金の見直し、書店くじの増売等の諸問題について活発に意見交換した。〔・・・〕(澁谷英史広報委員)」とのことです。

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◆8月26日16時現在。

春樹本ですが、紀伊國屋書店さん以外で版元から直接仕入れる書店さんもいらっしゃるようですね。また、取次経由で仕入れる書店さんの中には「紀伊國屋書店→取次と卸が二重構造になった結果として下代(卸価格)は上がり、ただでさえ薄利な書籍販売が、より薄利に……」と訴えておられるお店もあります。

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◆8月26日18時現在。

「読売新聞」8月22日18時27分配信記事「村上春樹さん新刊、紀伊国屋書店が直接仕入れ」に曰く、「出版社は通常、取次会社を通じて書店に本を納めているが、売れ筋の作品については、発売当初は大型書店やネット書店に回り、中小規模の書店には希望通りに行き渡らないこともあった。「職業――」については、書店に対しても返品を認めない代わりに、希望通りの数を出荷する」と。取次3社の扱い分は5~6万部で、買切条件ではそれなりに発注数は抑制されるでしょうから、満数出荷はおそらく可能でしょう。当然のことながら、紀伊國屋書店と日販、トーハン、大阪屋との間では、それなりの事前打ち合わせがあったものと思われます。

fujiponさんのブログ「いつか電池がきれるまで」の8月22日付エントリー「「紀伊国屋書店、村上春樹氏の新刊『買い占め』」についての雑感」は日経記事を受けてのもの。曰く「「本を手にとること」への回帰を促しているのだとは思うのですが、これって本当に「対Amazon」なのだろうか?とも感じます。/むしろ、「対Amazon」を旗印に、リアル書店のなかでのイニシアチブを握る、というのが本当の狙いなんじゃないかな、という気もするのです。/「生き残るべきリアル書店」の選別を考えているのかもしれません」と。これはなかなか穿った分析ではないかと思います。このことに紀伊國屋書店がどれくらい自覚的なのかどうかはわかりませんが、少なくとも現在の業界の空気としては「今後とも版元にせよ書店にせよどんどん淘汰されていく」という予感が広くあると思います。また曰く「リアル書店で本を買わなかった人が、Amazonだったら大量に購入するようになる、ということでもないし、「わざわざAmazonで買わなければならない本」を読む人は、そんなに多くないのです」というのも、一出版人の感覚から言ってリアルな線ではないかと感じます。

またfujiponさんは「ずっと家で仕事をしている人でもないかぎり、「出かけたついでに、リアル書店で買う」ほうが、簡単で、すぐに読める。〔・・・〕ちなみに僕は、この村上さんのエッセイ集はリアル書店で買います」とお書きになっています。これは下段でご紹介する佐藤仁さんの記事にあるご意見とは対照的で興味深いです。佐藤さん曰く「池上彰氏のような方が「リアルな書店に通って、そこに並んでいる本を見ることで世界が見えてくる」と説いても、忙しい人はそんなに頻繁にリアルな書店に通うことはできない。夜も10時くらいには閉店してしまうところが多い。/たしかにリアルな書店の新刊コーナーや興味ある棚を眺めるのは、世の中の流れもわかるし、楽しいことではある。しかし、忙しい人にとってはネットで書籍を購入して、都合の良い時間に職場なり自宅に配送してもらう方が遥かに楽で効率的である」と。fujiponさんのご意見も佐藤さんのご意見も、どちらも真実ではないかと思いますが、これは仕事場の周辺や通勤途中の経路に本屋さんがあるかどうかによって事情が異なるかもしれません。また、仕事の途中に時間を作ったり、通勤ルートを外れてまで本屋さんを訪問するかどうか、という点も影響するでしょう。私自身はネット書店をサーフィンするより、リアル書店で棚から棚へさまよう方が好きですし、古書店を含めた本屋巡りが大好きです。

さらにfujiponさんはこうも書かれています。「実際のところ、いくら村上春樹さんの本といっても、いまの日本で文芸書10万部って、そうそう売れるものじゃないはず。長篇の新作じゃなくて、エッセイだし。/「紀伊國屋だけ」どころか、「中型以上の書店なら、どこにでも置いてあるレベル」「TSUTAYAに平積み」くらいじゃないと、10万部は売れない。/もし売れ残ったら、紀伊國屋としても悲惨なことになります。/蓋を開けてみれば、「どこにでも、普通に売っている本」「わざわざAmazonで買う必要もない本」になる可能性が高いと思います。/下手すると、「紀伊國屋がAmazonに流さざるをえなくなる」のではないかと。/本当に「買い占め」するのなら、増刷なしの限定1万部、紀伊國屋でしか販売しない、というくらい徹底しないと、効果は乏しそう……」。これまた鋭いご意見だと思います。紀伊國屋書店からアマゾンへというルートがもし可能になったらそれはそれですごいですね。売れ残りについては再販制のもとでは値引販売ができませんから、もし本当に余ってしまったら、断裁しか選択肢はないものと言わざるをえません。在庫リスクとはそういうものだからです。ただし、紀伊國屋書店がチェーンで扱うのはあくまでも9万部のうち3~4万部と報道されていますから、その辺は過去の実績をちゃんと踏まえて売り切る自信と覚悟を持っているはずだろうと思います。とはいえ、実際に売り切れるのかどうか、その辺もニュースになりそうですね。

「Yahoo!ニュース」8月24日20時3分配信の、佐藤仁さん(情報通信総合研究所副主任研究員)による記名記事「紀伊國屋書店「ネット書店対抗」で村上春樹氏の 新刊90%買占め:リアル書店は本当に活性化されるのか」に曰く「これからもリアルな書店は、有名作家が新刊を出すたびに『ネット書店への対抗』として、毎回このような『買い占め』を行うのだろうか。そうなると体力勝負になり、相当なリスクも伴うのではないだろうか。本当にリアルな書店は活性化されるのだろうか。〔・・・〕リアルな書店も新刊の『買い占め』でなく、もっと違うところで付加価値を出して、集客をした方が良いのではないだろうか」と。当然の疑問かと思います。紀伊國屋書店さんが今後新たにプレスリリースを出すとはあまり考えにくいですが、色々な疑問の声には率直にお答えになった方が今後のためにはいいような気がします。

ちなみに佐藤さんは「村上春樹氏の新刊をリアルな書店で購入した人が、次に別の本を購入するときに、またリアルな書店で購入するだろうか。『いつものポイントがつくネット書店』に戻ってしまうのではないだろうか」ともお書きになっています。「いつものポイント」というのが確かに重要ですね、ポイントを貯めたい側からすれば。ちなみに、紀伊國屋書店は店頭で買ってもブックウェブで買ってもポイントが付きます。

「日刊ゲンダイ」8月25日付記事「紀伊国屋が村上春樹の新刊買い占め 「独禁法」クリアできるか」に曰く、「ずいぶん大胆な作戦に打って出たものだが、気になるのが「買い占め」だ。9割も仕入れた場合、独占禁止法に抵触しないのか。「独禁法で処罰される買い占めは企業などが自分の立場を不当に利用して、他社を市場から排除する場合です。下請けに対する地位を生かして買い占めるような行為を指します。紀伊国屋の場合は立場の不当な利用にあたらないため違法ではありません。法理上はお金持ちがお店で爆買いしても法に触れないのと同じです」(元東京地検検事で弁護士の落合洋司氏)」と。法律的にはセーフでも、他書店からの評判としては微妙なのかもしれませんが・・・。

記事にまた曰く「「今回の作戦は紀伊国屋にとってオイシイ商売です」とは都内の中堅出版社社長だ。「通常、本を売った際の書店の取り分は1割ちょいですが、今回は直接取引。出版元は65%くらいで紀伊国屋に卸しているはずだから紀伊国屋の利幅は35%。通常の2倍以上になります。もともと村上さんの本はバカ売れする上に、買い取りの一件がニュースになって宣伝効果は十分。話題づくりのために仕掛けたんじゃないですか」。65で卸しているとしたら、通常の2倍以上というのは大げさな気がします。私見では、オイシイ商売だとか話題作りだとかというよりは、今回はガチで戦いに行った(リスクを取った)という印象が強いです。

巷のツイートをまとめた「togetter」の「紀伊国屋書店、春樹新刊を買い占めるの巻」もご参照ください。今回のこと「だけ」で地方の小さい書店の生死を語るのは無理があると思うのですが、その辺はマスコミがちゃんとマチナカ書店の肉声を拾って報道してほしいところです。

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by urag | 2015-08-25 13:46 | 雑談 | Trackback | Comments(4)
2015年 08月 23日

注目新刊と近刊:ドゥアンヌ『意識と脳』、ほか

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◎紀伊國屋書店さんの新刊より

意識と脳――思考はいかにコード化されるか』スタニスラス・ドゥアンヌ著、高橋洋訳、紀伊國屋書店、2015年8月、本体2,700円、46判上製472頁、ISBN978-4-314-01131-0
消費社会の神話と構造 新装版』ジャン・ボードリヤール著、今村仁司・塚原史訳、紀伊國屋書店、2015年9月、本体2,100円、46判並製372頁、ISBN978-4-314-01116-7

★『意識と脳』はまもなく発売(8月27日頃)。原書は、Cousciousness and the Brain: Dechiphering How the Brain Codes Our Thoughts (Viking, 2014)です。80年代後半以後長足の進歩を遂げつつある《意識の科学》の最前線を紹介する魅力的な本です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。書名のリンク先で序章が立ち読みできます。ノーベル賞を受賞した神経科学者エリック・カンデルは本書を次のように激賞しています。「この驚嘆すべき本は、昨今私が読んだ意識研究の本のなかでも最高傑作だ。〔・・・〕一般読者にまったく新たな知的世界を開示する本書は、まさに力作中の力作だ」。コンシャスアクセスやグローバル・イグニションなど独特の造語が目を惹きます。意識研究は翻訳も花盛りで、ブラックモアのインタヴュー本をはじめ、デネット、ダマシオ、ラマチャンドラン、コッホらの著書が近年刊行されており、科学哲学棚には外せないトピックです。著者のスタニスラス・ドゥアンヌ(Stanislas Dehaene, 1965-)はフランスの認知神経科学者で、コレージュ・ド・フランス教授。既訳書に『数覚とは何か?――心が数を創り、操る仕組み』(長谷川眞理子・小川哲生訳、早川書房、2010年)があります。

★『消費社会の神話と構造 新装版』はまもなく発売(8月27日頃)。親本は1979年に刊行され、各紙に取り上げられ大きな話題を呼びました。ニューアカ・ブーム前夜のことです。1995年には普及版が刊行されています。今回の新装版では原著1970年SGPP版からボードリヤール自身による2枚の写真が図版として加わり、塚原さんによる「訳者あとがき――解説に代えて」が掲載されています。この新たな「訳者あとがき」によれば「普及版刊行の際にはほとんど変更しなかった訳語・訳文・訳注なども若干修正・追加し〔・・・〕これまでの版にはなかった索引を付した」とのことです。底本は、La société de consommation: Ses mythes, ses structures (Gallimard, 1974)です。1970年SGPP版との間の本文の異同はなし。「すべては消費される「記号」にすぎない」という帯文をはじめ、文中に出てくる様々なモノや固有名詞に懐かしさを感じる読者もいると思いますが、私たちが生きている世界が依然として消費社会という磁場のただなかに囚われている以上、本書は古びることのない理論的参照点であり続けます。現代の古典が再び読書界に解き放たれたことを喜びたいです。


◎中央公論新社さんの新刊より

石原吉郎――シベリア抑留詩人の生と詩』細見和之著、中央公論新社、2015年8月、本体2,800円、四六判上製368頁、ISBN978-4-12-004750-3
中国人的性格』アーサー・H・スミス著、石井宗皓・岩﨑菜子訳、中公叢書、2015年8月、本体2,500円、四六判並製480頁、ISBN978-4-12-004755-8
シノワズリーか、ジャポニスムか――西洋世界に与えた衝撃』東田雅博著、中公叢書、2015年8月、本体2,000円、四六判並製256頁、ISBN978-4-12-004754-1

★『石原吉郎』は発売済。アドルノやベンヤミンなどフランクルト学派の翻訳や入門書で知られる細見さんは詩人としても長年活躍されておられ、数々の詩集を刊行されるかたわら、詩人論や作家論を上梓されてきました。『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』(岩波書店、2011年)はそれらのひとつです。今回の新刊は同人誌「ブレーメン館」で2010年から2015年にかけて連載された「石原吉郎論のために」を、大幅に加筆修正したもの。帯文に曰く「62年の生涯を丹念に辿り、詩からエッセイ、短歌俳句まで精緻に読み解き、戦中・戦後体験と作品世界を捉えなおす」と。詩をはじめとする作品がふんだんに引用され、「記憶としての言葉のリアリティ」(212頁)に寄り添おうとする本書は、詩人の言葉と執拗な沈黙の重さを読者の脳裏に刻印するでしょう。ツェランに惹かれる読者は石原にもいずれ出会うはずです(昨年、冨岡悦子さんによるそのものずばり『パウル・ツェランと石原吉郎』という本がみすず書房より刊行されています)。『石原吉郎詩文集』 (講談社文芸文庫、2005年)との併読をお薦めします。

★中公叢書の新刊2点『中国人的性格』『シノワズリーか、ジャポニスムか』はともに発売済。前者はアメリカ人宣教師による中国人論の古典(1890年)で、日本では1896年と1940年の二度にわたって翻訳されています。今回の新訳は1894年にアメリカで刊行された27章本を底本としています。「中国に必要なのはキリスト教だ」という結論はいかにも宣教師らしいものだとはいえ、20年以上の滞在経験で得た豊富な実例を元にした多岐にわたる考察は「今なお中国人、そして中国理解に資する重要文献」(カヴァー紹介文)として興味深いものです。いっぽう、後者『シノワズリーか、ジャポニスムか』は17~18世紀のヨーロッパで流行したシノワズリーと、19世紀後半から20世紀初頭の欧米で流行したジャポニスムの、「どちらが西洋世界により大きな影響を与えたのか」(カヴァー紹介文)を再検討するユニークな試みです(結論はネタバレしないでおきます)。フランクの『リオリエント』(藤原書店、2000年)や、ポメランツの『大分岐』(名古屋大学出版会、2015年5月)などの脱《欧州中心主義》史観を踏まえつつ、東田さん自身の『大英帝国のアジア・イメージ』(ミネルヴァ書房、1996年)以来の研究を「集大成」(あとがき)した成果となっています。


◎平凡社さんの新刊より

建築の際――東京大学情報学環連続シンポジウムの記録』吉見俊哉監修、南後由和編、平凡社、2015年8月、本体3,800円、A5判並製328頁、ISBN978-458-254455-8
変貌する北野天満宮――中世後期の神仏の世界』瀬田勝哉編、平凡社、2015年8月、本体6,800円、B5判上製392頁、ISBN978-4-582-46909-7

★『建築の際』はまもなく発売(8月27日頃)。東京大学大学院情報学環・学際情報学府主催で2008年から2011年まで計7回開催された連続シンポジウム「建築の際」の記録をもとに、各界の識者を招いた討議をまとめ、さらにキーワード解説、ブックガイド、建築家事後インタヴュー、年表などを盛りだくさんに追加したのが本書です。討議の出席者を列記しておくと、「アジアの際」では隈研吾・藤森照信・姜尚中、「振舞の際」では山本理顕・野田秀樹・山内祐平、「形式の際」では青木淳・菊地成孔・岡田猛、「映像の際」では鈴木了二・黒沢清・田中純、「生命の際」では伊藤豊雄・福岡伸一・佐倉統、「空間の際」では原広司・松本幸夫・暦本純一、「知の際」では磯崎新・石田英敬・南後由和、の各氏です。南後さんは討議に先立つ論考を寄稿され、巻頭言は吉見俊哉さんが担当されています。編集制作や制作協力にはspeelplaatsの飯尾二郎さんやアダチプレスの足立亨さんのお名前が見えます。同業者としてはこのお二人のお名前は無視できない本の印しであり証しです。

★『変貌する北野天満宮』は来月発売(9月17日頃)。B5判という大型本で、迫力があります。本は大きくなるとなぜこうも神々しくなるのでしょう。本書は「文献資料と絵画資料の精読をもとに、方法的に設定された多彩な視覚から、中世後期北野社の歴史的リアリティに迫る、画期的な論集」(帯文より)です。巻頭の「序」によれば、「『北野社家日記』を読む勉強会の結晶」とのことです。「空間」「組織」「信仰の諸相」の3部構成で以下の8本の論考が収録されています。瀬田勝哉「北野に通う松の下道――一条通と北野・内野の風景」、野地秀俊「北野の馬場と経堂」、菅野扶美「空間から見る北野天神信仰の特徴」、鍋田英水子「中世後期「北野社」神社組織における「一社」」、佐々木創「北野宮寺法花堂供僧の設置――法螺を喜ぶ北野天神のために」、石井裕一朗「松梅院禅予殺害事件と殿原衆の行動」、西山剛「室町期における北野祭礼の実態と意義」、飯田紀久子「天神信仰における牛の由来」。巻末には略年表と索引(事項、氏名、史料・資料名、研究者名、年号)があります。
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by urag | 2015-08-23 23:18 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 22日

雑談(17)

「雑談(16)」の字数制限に引っ掛かったので新エントリーです。引き続き紀伊國屋書店さんの春樹本買取戦略について。

◆8月22日16時現在。

漏れ聞くところによると、今回の件で取次から書店への卸正味は通常とほぼ変わりないようですね。違うのは買切という条件だけだと。紀伊國屋書店の川上戦略に付き合わねばならない理由は他書店には必ずしもないわけですが、それ以外に仕入れる方法はありません。ネット上ですでに分析されていることですけれども、今回の件は、従来は版元が負っている在庫リスクを紀伊國屋書店が背負うことによってマージン増加を獲得した、と。ただしマージンが増えるのは紀伊國屋書店だけなのですから、「全国の書店が一丸となって」というスローガンには、他書店にとってはどこかむなしく響く部分もあるものと考えた方がよさそうです。

ごく一般論として書きますが、書店さんが買い取るというのならば、リスクを背負う分、店頭での販売価格設定権を書店さんに譲るべきではないか、と私個人は感じています。つまり自由価格にしたり時限再販にしたりするということです。しかし、今回は紀伊國屋書店の独占販売ではなく、取次や他書店にも卸すわけですから、自由価格や時限再販だと「一丸となって」という大義はやはり薄れかねない。紀伊國屋書店は取り分が大きいだけ安売りも可能ですが、その他の書店にとっては通常正味の買切本なのですから。

ネットで買いにくくなるかもしれない可能性については相当な反発や反感があるようですし、リアル書店で買ってアマゾンマーケットプレイスやオークションサイトで転売する人々が増えるだけでは、という見方もあって、それはあながちありえないことでもないと思われます。当然多数の出品があることでしょう。しかし、今回の試みを一概に無意味だとも愚策だとも思っていない人々もいます。最善ではないにせよ、色んな試行錯誤があっていい、というわけです。「もう二度と紀伊國屋では買わない」と怒っている人々の中で、いったいどれくらいの人数が今まで本当に紀伊國屋を利用していたのか、そしてどれくらいの人が春樹本を買っていたのか、業界人は興味を持っています。どんな商品にせよ、アマゾンだけから買うことを目的としている人はともかく、購入ルートが複数ある現実の中で、執拗に紀伊國屋叩きをすることにはどうしても特定の意図が透けて見えてしまいます。そうだとしたらそれはあまり建設的な議論にはなりえません。

9月10日の発売以後、市場がどう推移するのかを注視したいと思います。実際アマゾンにとっても、今回は紀伊國屋書店のお手並み拝見、といったところではないか、と想像しています。

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◆8月23日正午現在。

朝日新聞出版の記事配信サイト「dot.」で、リブロ池袋本店の閉店に関する二つの記事が公開されています。8月22日11時30分更新の「リブロ池袋本店 突然の閉店に現役店員が胸中明かす」と「リブロ池袋本店は金食い虫? 元店長が閉店理由を分析」で、いずれも「週刊朝日」2015年8月28日号に掲載されている、木村俊介さんによるインタヴューです。

前者「リブロ池袋本店 突然の閉店に現役店員が胸中明かす」は、リブロ池袋本店マネジャーの辻山良雄さんへのインタヴューです。「私の入社は1997年です。まだネット検索などは一般的ではなく、先輩からは昔ながらのリブロ的な選書のやり方を学びました。扱う本の目録をしっかり見て本を覚えることがかなり重要視されていましたね。本の内容や広がりを覚えた後に、予想外の売れ行きがあれば理由を考え抜く」。「他店に出かけて見てきたものの分量が、書店員としての展示の引き出しの多さにつながる、と教えられもしました。先輩方はそうして本を集めてきたのでしょう」。「私は神戸出身。地元のジュンク堂のような書店しか知らなかった私が進学で上京したのは92年でしたが、この池袋リブロを訪れて驚きました。美術館とつながっている世界観。本が整然と並んでいるのではなく、空間や本どうしのつながりで見せる展開。今ではどの書店でも当たり前のそんな工夫が、若い自分には刺激的でした。本って格好良いんだと教えてくれた。商業空間の中に文化をという堤清二の強い思いを感じさせられました」と語っておられます。同記事はYahoo!ニュースでも配信されており、コメント欄で読者の反響を見ることができます。

後者「リブロ池袋本店 突然の閉店に現役店員が胸中明かす」と「リブロ池袋本店は金食い虫? 元店長が閉店理由を分析」は池袋本店の元店長(1993~1997年)でその後はジュンク堂書店池袋本店副店長を長らくおつとめの田口久美子さんへの長編インタヴューです。いずれも重要な証言ばかりです。

「西武百貨店にリブロが設立された75年当初から、百貨店の中でリブロはすでに「金食い虫」と言われ、利益の出にくい存在でした。今回の閉店に至るまでの流れにも、他業種に比べての利益率の低さも関係しているかと思います」。「書店の利益率は小売業でも最低の水準のまま今日まで来ています」。「書店は低い利益率による経営を大型店化で何とか補い続け、小さな店舗は潰れていきました。でも、それが今では本が売れないのとネット書店の繁栄とで、もはや大規模店も潰れそうになっているんですね」。

「創業が70年代半ばと、書店としては後発だったのもあって、池袋リブロには、業界内での、いわゆる「はぐれ者」ばかりが書店員として集まってきていました。置ける本の量では大手にはかなわない。そこで、当時どこでもやってなかった、「自分たちがこの社会を表現する棚を作るんだ」「イベントもやるんだ」という個性を出したのは、その後の書店業界に通じる一つの潮流を生んだとは思います」。「私を始めリブロ出身者が何人か移って97年に開店したジュンク堂池袋本店にしてもそう。今の若いスタッフも「本の力を生かしたい」という気持ちは持っていて、昔とのつながりを感じますから」。

「今は、本というのは検索機でお客さん自身が探すものになりました。店の主役は、それこそかつての池袋リブロのようにムダなく作られた「棚」ではなくて、ムダも含めて多めに集めた本から探す「お客さん」になりました。「棚」が書店の主役たりえていた時代が、リブロ的な文化を代表とする流れの最盛期だったとも言えるのかもしれません」。

このほか、女性の活躍について特記されていることに注目したいです。この記事は辻山さんへのインタヴューと同様にYahoo!ニュースでも配信されており、コメント欄で読者の反響を見ることができます。また、田口さんは「本の雑誌」2015年8月号(386号)と9月号(387号)に「書店にとって美とはなにか──リブロ池袋本店の40年」を寄稿されており、こちらも必読です(ウェブでは読めません)。8月号がリブロ池袋本店で田口さん自身の直筆POP付で販売されていた時の写真が、リブロさんのツイッターの公式アカウントで見ることができます。「無念の撤退にあたって、その40年を(2回に分けて)まとめました。どうぞ、この店でお買上げ下さい」との言葉が今なお胸に沁みます。

田口さんのインタヴュー記事や池袋リブロ閉店に関する記事はほかにもたくさんありますが、特に次のものを参照すべきかと思います。

「職業安定広報」2004年12/21号「しごとインタビュー」欄「「本」を届ける場で働く喜び
「Cool homme」2014年10月11日付「【インタビュー】ジュンク堂書店池袋本店副店長 田口久美子氏に聞く『書店の価値と編集』
「CINRA.NET」2015年3月13日付、武田砂鉄氏記名記事「閉店するリブロ池袋本店は、いかにして「書店文化」を作り続けたのか

2004年のインタヴュー記事から抜き出してみます。「やはり自分で棚に並べた本が売れるというのは嬉しいものです。本をお客様に手渡すことができる喜びは、書店員の仕事の原点だと思います。また、毎日新しい本が入荷してきます。それだけでもワクワクしますが、今どんな本が出版されているのか、またどんな本が売れているかを見ていると、世の中の動きがわかるという面白さがあります」。「自分が作った棚にお客様が敏感に反応してくださる…工夫すれば本は売れるものだとわかるようになり、とてもやりがいがありました。自分なりの棚を作っても、それがお客様の支持を受けなければ、自己満足にすぎません」。「世の中にはたくさんの本があります。そこから自分なりに面白い本を見つけ、それをできるだけ多くのお客様に届けたいという気持ちは、おそらく書店員なら誰でも持っていると思います。自分でしか売れない本を売るということですね。〔・・・〕でも1冊の面白い本を見つけるためには、少なくとも10冊は読まなくてはならない。これは、結構大変ですよ」。「本は人間にとって必要なもので、それを届ける場所があるのは大切なことだと思います。入社面接などで志望理由を尋ねると志望者たちは「本が好きだから」と一様に答えますが、問題は「本当に好きか」ということです。本に入れ込み、いつも本のことを考え、本の役割について自覚し、さらに自分が読んだ本のことを仲間と語り合おうとする人なら、この仕事に向いています。そのような人が厳しい状況を認識しつつも、なお書店員になりたいと本気で考えるなら、私はとても嬉しい」。このほかにも「今泉棚」の衝撃や、著者と読者の出会いの場としてのトークイベントについても語っておられますので、ぜひ全文をお読みください。

続いて、十年後の2014年のインタヴュー記事からです。「書店はお客様に対して、こちらから本のラインナップ、陳列、接客など提案出来ることが多いんです。/インターネットの場合はディスプレイ幅によって見えるのが5-10本くらいだと思うのですが、書店の場合は本棚の幅や、見る人の視野によって広くなり、『装丁や手触り感』でついつい買ってしまったり、という”現実感”というものがある。それがインターネットでは得られない価値になっているのではないしょうか」。「本というのは、製造、流通、書店が異なる力を作っているものなんです。そう成った時の書店の価値こそ考えるべきで、私たちはそれが接客、手触り感、本の並び方、全て含めて”臨場感”だと思っています」。「私たちが出来る事は『毎日、棚を創る事』と『お客様に情報を届けること』なんですよね」。「ある意味では、わたしはお客さんがここに来たら、『日本の全てがわかるという状態』を創っている。科学や最近のビジネス、経済、など幅広く取り揃えているのがジュンク堂なんです」。「私たちの主力は『棚を創る事』。時代に流されず、かつ取り残されずにバランスを取りながらより良い書店作りに精進したいですね」。「何かのトピックス、総合的に判断しながらイベント・特集を創っています。/それを本で構成すること、どんなジャンルを入れるか、そしてそれがどれだけお客さんに見てもらえるかが楽しみ。それこそが、書店の私たちができる“編集”だと思いますね」。このほか、世界的に見て日本の出版・流通・書店業界がいかに優れているか、また、アマゾンの台頭への分析などが語られており、必読です。

武田さんの記事は今泉さんや田口さんの著書や、ジュンク堂の福嶋聡さんの論考を参照しつつ、「独自な思索が誕生するプロセスをダイレクトに展開する」場としての書店、「無駄と無理の果てにあるものとしての文化」を体現する場としての書店、「書物が喚起した議論が実り豊かな結果を産み出す、活気に満ちた『闘技場』」としての書店、について確認するとともに、昨今の時代的要請による業界の変遷を追っておられます。「無駄や無理を最適や効率で消していく企業スタイルは、闘技場に起きる活気を非効率であると断じて、利便性を追い求める。リブロ池袋本店は、その手の利便性に逆らった、用もなしにふらりと立ち寄ると意識が必ず覚醒するような、そんな書店だった」というご意見に共感を覚えます。

田口さんが寄稿やインタヴューを通じて何度も何度も繰り返し私たちに教えて下さる中にも、そこには一貫したポイントがある、と感じます。時代の風を読みつつ棚と売場を日々育て続け、お客様とのつながりを大切にする、ということです。当たり前と言えば当たり前ですが、常にそこに忠実であるようたゆまぬ努力を続けるというのは、いつも当たり前のようにできることではありません。本と本、本と人、人と人を繋げる出会いのリアルな場としての書店の面白さというものを「ずっと楽しめる」力、というものの重要性を感じます。これは嫌味を言っているのではありません。面白がれる力、楽しめる力、そうした主体的な力は、生きる上でとても重要なものです。

私たちが生きているこの世界というのは、自分のものであれ他人のものであれ苦しみや不幸に敏感な人間にとっては、本来的に言って、一秒たりとも生きながらえることが苦痛にしか思われない場所なのかもしれません。しかし、そうしたどこまでも暗い場所でも喜びや楽しみが生まれうる。苦痛の累積は人間から言葉を奪います。不幸は人と人との絆を断ち切り、互いに隔ててしまうものです。私にとって出版の使命は、言葉を簒奪するものとの内的な戦いであり、革命であり、絶望から立ち上がることであり、憎しみを乗り越えて手をつなぎあうことであり、様々な矛盾や分断や混乱を引き受けつつも、生きることや働くことと喜びとを何度でも強い仕方で結び直すことだと思っています。書物はそのための武器であり、覚醒装置です。書物はたとえ焼き払われようとも、灰燼の中から言葉と記憶の力によって甦らなければならない。聖なる不死鳥のアイコンがそこには輝いています。

私はそうした力を常に書物や友人たち、そして作家や出版人や書店人から受け取ってきたと思っています。これは単なる感傷やロマンティシズムでは終われない熱であり理想なのです。この熱と理想をこれからも果敢に探求できたら、という思いが私にとって希望の源泉のひとつになっています。

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◆8月24日正午現在。

春樹新刊の扱いについて、版元のスイッチ・パブリッシングさんが新井敏記社長のお名前で「『職業としての小説家』の流通に関して」というコメントを8月23日付で公開されています。曰く「連載時から『職業としての小説家』は、全国の書店から注目され、単行本が待ち望まれていました。その関心の高さを示すものとして、発売の9月10日を前に、全国の書店販売に関して紀伊國屋書店さまが幹事となって、取次各社、並び他社の書店の配本部数をとりまとめていただけることになりました。/『職業としての小説家』は、紀伊國屋チェーンに限らず、全国チェーンの大きな書店から個人経営の小さな書店まで、十分に配本されることになります。/ネット書店でも、『職業としての小説家』は今年下半期のもっとも力を入れる書物のひとつとして大きな展開が期待されています。/弊社は国内の書店はもとより、ネット書店とも流通の協力を得て、今後も雑誌、単行本の発行発売を続けていく所存です。どうかよろしくお願いします」。

各方面への配慮が窺えるコメントで、紀伊國屋書店だけでなく、いわゆる「マチナカ書店」やネット書店との関係性にも言及されています。日程的に言って紀伊國屋書店のリリース前に、スイッチさんは初回配本の受注を締め切っておられるでしょうけれども、おそらく週明けの今日は書店さんから版元に今回の「スキーム」について問い合わせが入っているでしょうし、買切条件とはいえ「新文化」記事によれば「紀伊國屋書店と取次会社間では多少の返品枠がある」とのことですから、これについて確認する書店さんもおられることでしょう。

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by urag | 2015-08-22 17:16 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 21日

雑談(16)

◆2015年8月21日19時現在。

紀伊國屋書店さんの本気度が半端じゃないことになっています。紀伊國屋書店さんの8月21日付プレスリリース「村上春樹『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング刊)の初刷9万冊を買切、全国の書店で発売」(「共同通信PRワイヤー」にも掲載されています)と、「新文化」2015年8月21日付記事「紀伊國屋書店、村上春樹本9万部を買切り、取次・書店へ卸し」をご覧ください。

あまりにも重大な事件なのでプレスリリースや記事の一文ずつを吟味する必要がありますが、今はまず、次の3つのポイントを押さえておきたいと思います。まず、これはネット書店への対抗を目的としているということ。版元、取次、リアル書店といった業界三者を巻き込んだものであること。ここまではプレスリリースから読み取れる通りです。ここから導かれる展望(3つ目のポイント)は、この試みが一定の成果をおさめるならば、今後、人気作家の新作の分捕り合戦は熾烈を極める戦いになる可能性があるということです。

ネット書店というのが具体的にどこを指しているのかは言うまでもないでしょう。どうしてこんな大胆なことが可能になったのか、ネット書店や他のリアル書店はこのことを事前に知っていたのかどうか、ネット書店がこれに対抗する一手を打ってくるのかどうか、気になるところです。詳しくは追って分析したいと思います。

なお、昨日、講談社の運営する「現代ビジネス」では紀伊國屋書店の高井社長のインタヴュー記事「家に良書が300冊もあれば、子どもはそのうちどれかと触れ合って、勝手に賢い子に育ちますよ――紀伊國屋書店 高井昌史社長に聞く」が配信されています。今回の件に直接的な言及はありませんが、「弊社でも、電子書籍やネット販売に注力していますが、やっぱり、書店の店頭ですばらしい本と出会ってほしいですよね」という言葉が印象的です。高井さんの人となりを知る上で参考になるのではないかと思います。

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◆8月21日22時現在。

紀伊國屋書店さんの9万部買切の件は、某巨大掲示板でも話題になっています。「負け犬速報」さんでの20時59分投稿のまとめ記事「紀伊國屋書店、Amazonへの対抗策として村上春樹新作の買占めに走る」をご参照ください。様々な反応や意見があって色々と考えさせられます。引用元のスレッドは「紀伊國屋書店、Amazonへの対抗策として村上春樹新作の買占めに走る [441942539]」。

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◆8月21日23時現在。

ツイッターでの反応をまとめておられるのが「ニュースタイル」22時28分投稿の「【紀伊國屋書店】村上春樹氏の新刊9割「買い占め」 www」。

紀伊國屋書店さんのプレスリリースや「新文化」では「ネット書店」とだけ書いてあるところを「アマゾン」とずばり書いているのは「日本経済新聞」21日22:26配信記事「紀伊国屋書店、村上春樹氏の新刊「買い占め」 初版の9割、アマゾンに対抗」。流通過程が図式化されており、概観しやすいと思います。この記事に対する巨大掲示板での反応は「暇人速報」さんの「【迷走】紀伊国屋書店がアマゾンに対抗、村上春樹新刊、初版の9割「買い占め」 店頭へ集客戦略」でまとめられています。元スレは「【社会】 紀伊国屋書店がアマゾンに対抗、村上春樹新刊、初版の9割「買い占め」 店頭へ集客戦略」。

【22日15時追記:このほか、日経新聞に対する巨大掲示板のまとめ記事には以下のものがあります。「ガジェット2ch」8月22日付「紀伊国屋書店、村上春樹氏の新刊「買い占め」初版の9割、アマゾンに対抗」(元スレ:「【流通】紀伊国屋書店、村上春樹氏の新刊「買い占め」初版の9割、アマゾンに対抗[8/21]」)、「常識的に考えた」8月22日付「【社会】 紀伊国屋書店がアマゾンに対抗、村上春樹新刊、初版の9割「買い占め」 店頭へ集客戦略」(元スレ:上記同名、先述の「暇人速報」と同様のネタ元)。さらに、まとめ記事はないものの、やや乱立気味のスレッドの中には「【出版】紀伊國屋書店、村上春樹氏新書の初版9割を買い占め アマゾンに対抗 [転載禁止]©2ch.net」というのもあります。また、日経記事やはてブを参照した独自分析には千柿キロさんの「千日ブログ ~雑学とニュース~」8月22日付エントリー「紀伊国屋書店に批判 アマゾン対抗で村上春樹新刊9割買い占め」があります。千柿さんは末尾で「紀伊國屋書店としては、他社のリアル書店に配分するのだから反発を食らうはずがないと考えていたのだと思います。多少文句言われても、「批判は誤解」として強行しそうな感じです」と鋭く分析されている一方、「ただ、今後あまりに反発が大きくなった場合は、紀伊國屋書店が撤回するということもあるかもしれません」と結んでおられます。PRを出してスキームや発売日が決定している以上、今回の新刊については紀伊國屋書店が撤回することはないでしょう。しかし次の一手については、今回の読者の反響を見極めることにはなるのだと思われます。】

今のところ版元のスイッチ・パブリッシングはウェブサイトでもツイッターでも本件に関するコメントはなし。反響は今後大きくなるだろうと予想され、何かしら出さないと逆に色々と勘繰られてしまうわけなので、いずれ何らかの声明が出るものと見ていいかもしれません。

ここまで前例のない販売をするからには、著者である村上春樹さんにもそれなりの事前説明はなされていたはずで、了承もあったと考えるのが妥当でしょう。マスメディアが村上さんにコメントを求めるであろうことが予想できます。

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◆8月22日午前2時現在。

紀伊國屋書店さんのプレスリリースは「共同通信PRワイヤー」からの提供で、「下野新聞」「Jタウンネット」「CNET Japan」「dot.」「SankeiBiz」「宮崎日日新聞」などでもすでに配信されています。以下で全文を読みつつ補足してみます。まず曰く「株式会社紀伊國屋書店(代表取締役社長 高井昌史)は、株式会社スイッチ・パブリッシング(代表取締役社長 新井敏記)が刊行する村上春樹『職業としての小説家』初刷り10万冊の内、9万冊を買切り、自社店舗および取次店を介して全国の各書店において、9月10日(木)から販売を開始します」。

初版の9割を買い取るというのもすごいですが、それ以上にすごいのは取次をすっとばして書店が買い取るということです。「版元~取次~書店」の流れが、「版元~書店~取次~他書店」へと変わるというのですから、これはまさに異例なことです。

またPRに曰く「初刷りの大半を国内書店で販売することで、ネット書店に対抗し、出版流通市場の活性化に向けて、具体的な一歩を踏み出します。この試みは、株式会社紀伊國屋書店が今年4月に大日本印刷株式会社(代表取締役社長 北島義俊)と設立した合弁会社「株式会社出版流通イノベーションジャパン」が検討を進めている買切り・直仕入というビジネスモデルの一つのパターンと言えます」。

今回の試みが「出版流通イノベーションジャパン」の前段階のものであるとすれば、当然のことながらゆくゆくは、大日本印刷グループの傘下である丸善、ジュンク堂書店、文教堂書店、図書館流通センター、hontoなどが、紀伊國屋書店と同様に「買切・直仕入」という取次外しの《恩恵》にあずかることになるのでしょう。アマゾンはこれまで着々と直取引版元を増やしてきましたが、版元によってはまだまだ日販や大阪屋など取次に頼る部分がありますから、紀伊國屋書店が取次より川上に立って販売条件をコントロールできるとなれば、その影響力はけっして小さくはありません。

さらにPRに曰く「今回のビジネスモデルは、村上春樹さんの新刊書を紀伊國屋書店が独占販売するのではなく、大手取次店や各書店の協力を得て、注目の新刊書をリアル書店に広く行きわたらせ、国内の書店が一丸となって販売するという新しいスキームとなります」。

「大手取次店や各書店の協力を得て」「国内書店が一丸となって」という文言が気になります。どの書店の誰の協力を事前に取りつけていたのか。国内書店が一丸、という時、具体的にはどの書店のことを指しているのか。その「書店」には先述のDNPグループが含まれていると考えるのが妥当でしょう。

紀伊國屋書店の今回の戦略のポイントは、アマゾンや取次よりも川上に立つ、という点と、音羽・一ツ橋・角川の引力圏とは別の版元と組む、という点にあると思われます。気になるのは、スイッチ・パブリッシングがアマゾンと直取引をすでにしているのかどうかです。直取引をしているにしても、この書籍を取引から外すことは可能です。外していないとしたら、紀伊國屋書店には初版本をアマゾンより多く仕入れたというアドバンテージがあるのみで、戦略としては不徹底ですから、いささかそれは考えにくいです。

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◆8月22日午前3時現在。

続いて「新文化」記事全文を読解してみます。曰く「紀伊國屋書店はネット書店への対抗策として、スイッチ・パブリッシングが9月10日に発売する村上春樹氏の新刊「職業としての小説家」(本体1800円)について、初版10万部のうち9万部を買切り、全国のリアル書店や取次会社に流通する」。ここまではプレスリリース通りですね。

また曰く「4月に大日本印刷と設立した㈱出版流通イノベーションが検討している「買切・直仕入ビジネス」の一環として取組む」。プレスリリースでは「一環」ではなく「「株式会社出版流通イノベーションジャパン」が検討を進めている買切り・直仕入というビジネスモデルの一つのパターンと言えます」と言っているわけなので、微妙にニュアンスが違います。あくまでも今回の試みは紀伊國屋書店単独のアクションであり、出版流通イノベーションジャパン(PMIJ)に将来的に繋がる線を引いた、というものでしょう。

さらに曰く「卸先は紀伊國屋書店またはスイッチ・パブリッシングに注文した書店のほか、日販、トーハン、大阪屋。その他の取次会社には仲間卸しで供給される模様」。「またはスイッチ・パブリッシングに注文した書店のほか」というと、紀伊國屋書店以外にも直取引で卸す書店があるようにも読めますが、「日経新聞」図式では、初版10万部のうち、9万部を紀伊國屋書店、5000部がネット書店、あとの5000部は版元の取置在庫だったはずなので、紀伊國屋書店以外の本屋さんにはあくまでも「版元~紀伊國屋~取次~他書店」という流れになるのではないかと想像できます。

続けて曰く「取引条件は非公開。紀伊國屋書店と取次会社間では多少の返品枠があるというが、全流通段階で買切りとなる。初版10万部のうち、ネット書店には5000部流通される」。取次の先にいる他のリアル書店への卸正味は、今回の目的と大義から見て、さらに買切という条件から見ても、通常より高いとは考えにくいですね。同様に、取次の取り分も通常より小さいとも想像しにくい。だとすると、正味を下げたのは版元だと考えるのが順当だろうと思われます。スイッチ・パブリッシングから取次への通常の卸正味が60%台後半だとしたら、今回はスイッチから紀伊國屋への正味はそれより確実に低いと考えるべきでしょう。そうなると、今回の買取で紀伊國屋書店のマージンは取次経由よりも少なくとも10%以上多くなると見て良いでしょう。

最後に曰く「8月21日、会見に当たった藤本仁史取締役は、「書店への満数出荷と書店マージン率の向上を目指していく。これはテストではなく、リスクを負った事業」と話した」。演習ではない。実戦であると。これは意図するとしないとにかかわらず、どこか宣戦布告のように響かざるをえません。「書店への満数出荷と書店マージン率の向上」を目指すには、現行の取次体制と再販制度では限界があります。版元も取次もマージンを減らせないなか、定価販売の枠内で書店がマージンを広げるためには、取次を外すしかなくなります。また、書店への満数出荷を確実なものにするためには、版元から直接大量に買い付けて、配本数を版元や取次のコントロール下から奪取することが必要なわけです。

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◆8月22日午前3時30分現在。

PMIJ(出版流通イノベーションジャパン)については、「東洋経済ONLINE」2015年3月20日付の鈴木雅幸氏記名記事「紀伊國屋とDNP、アマゾンに対抗する意図――大手書店グループのライバル両雄がタッグ」をご参照ください。質疑応答での高井社長の発言の端々に、銘記すべきポイントがあります。「スピード感は大事。できるものから進め、年内から順次実施していきたい」。「当然、この合弁会社の提言が、それぞれの親会社に及ぼす影響は大きい」。「両社で各々のブランドを提供しながら、電子やネット事業の共同事業を通して顧客をリアル店舗に誘導させる仕組みを構築していく。リアルとネットの両方を持つハイブリッド書店としての強みを構築していく」。「本だけの商売では厳しくなっている。すでに、生活用品を置いたり、喫茶店を併設したりする書店も現れた。書籍が軸だがそれ以外の商品も扱い、幅広い顧客層が楽しめる憩いの場として、書店を知のテーマパークにしていきたい」。

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◆8月22日午前4時現在。

次に「日経新聞」記事を読んでみます。曰く「紀伊国屋書店は21日、インターネット書店への対抗策を発表した。9月刊行予定の人気作家、村上春樹氏の著書の初版10万冊の9割を出版社から直接買い取り、自社店舗のほか他社の書店に限定して供給する。アマゾン・ドット・コムなどネット書店の販売量は5千冊にとどまる。紀伊国屋書店は売れ残りリスクを抱えるが店頭への集客につながると判断した」。他社の書店、とはこの場合、リアル書店のことかと思われます。

インターネット書店と一口に言っても、アマゾンのほかにもhontoや楽天ブックス、セブンネットショッピング、エルパカブックス、復刊ドットコム、等々あります。このうちhontoはDNPグループに入るので、紀伊國屋書店さんの今回の作戦における直接的なターゲットではないですね。「日経新聞」の図式では版元とネット書店の間に取次が介在していません。スイッチがアマゾンと直取引をしているのかどうかは現時点では不明なので何とも言えません。5000冊ていどはネット書店ではあっと言う間に捌けてしまうというのであれば、ネット書店を使っていたお客様もあるいはリアル書店の店頭に足が向くのかもしれませんが、どんな結果になるのかは蓋を開けてみないと分からないです。藤本取締役が言う通り、まさに「リスクを負った事業」であるわけです。

「新文化」でも報じられたようにこの本は買切なわけなので、売り切る自信がある書店さんは仕入れるでしょうが、果たしてどれくらいの数の書店さんが仕入れるのか。現場としては図らずも友軍となりつつあるのかもしれないDNPグループ傘下の丸善、ジュンク堂、文教堂は必ず仕入れるのでしょうし、TRC(図書館流通センター)も積極的に仕入れるでしょうから、図書館には副本も含め潤沢に入荷する余地はいつも以上にはあるのでしょう。

また曰く「〔・・・〕紀伊国屋書店は買い取る9万冊のうち3万~4万冊を自社で、残りを他社の書店に供給する意向だ。狙いについて紀伊国屋書店は「初版の大半を国内書店で販売しネット書店に対抗する」と明言した」。版元から紀伊國屋書店が9万部を買い取って、そこから6~7万部を日販、トーハン、大阪屋に流すと。で、取次3社から買切条件で、発注した書店にのみ卸されると。例えば50~60%で紀伊國屋書店が買い取ったとしたら、本体1800円×9万部×正味50~60%×消費税で、8748万円~1億497万6千円が買取価格です。返品枠があるにせよ、9万部のうち6~7万部が取次3社に買切で卸されるので、紀伊國屋書店の実際の買取価格は3000万~4700万円あたりの幅でしょうか。

続けて曰く「紀伊国屋書店の買い取りでスイッチ・パブリッシングは返品リスクを減らせる。同社は残った1万冊の半分を販促イベント用に取り置くなどするためネット書店には5千冊しか渡らない。紀伊国屋書店は増刷する場合に同様の仕組みを採用するかどうか検討している」。ネット書店が5000冊を完売したら、当然追加発注を版元に掛けるでしょう。紀伊國屋書店サイドが9万部を売り切るよりかは、ネット書店での完売が早いかもしれない可能性は大いにありえる気がします。その場合、見切り発車で紀伊國屋書店が2刷を買い占めうるのかどうか。スイッチが重版を当面保留することをあらかじめ前提にしない限り、販売スピードで勝るかもしれないネット書店を紀伊國屋書店が押さえつけておくことは不可能なようにも思えます。まあこれも蓋を開けてみないと分かりませんが。もしスイッチが重版を保留するとしたら、在庫面では当面、紀伊國屋書店らリアル書店がネット書店より優位に立つことになりますね。

最後に曰く「〔・・・〕紀伊国屋書店は4月に大日本印刷と設立した共同出資会社でも、出版社と直接取引や買い取りの拡大などに取り組む考え。10月にも10社超の出版社と買い取りの実証実験を始める。アマゾン側も6月に一部の書籍を値引き販売した。業界で主流の定価販売を揺さぶる戦略を取っている」と。「10月にも10社超の出版社と買い取りの実証実験を始める」――何ですって? この10社超がどういう面々なのが気になるところです。この面々がアマゾンと直取引していないのかどうか。また大阪屋の件で楽天とタッグを組んでいる版元ではないのかどうか。それによって今回の綱引きの大局が見えてくるかもしれません。

今日にはまた別の新聞報道があるかもしれません。随時情報を収集するとともに、今回の一件が出版社にとってどう見えるのか、追って要点をまとめたいと思っています。

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◆8月22日13時現在。

「時事通信」8月22日00時47分配信記事「村上春樹氏の新著、9割買い取り=紀伊國屋書店、ネットに対抗」は特に目新しい情報はなし。Yahoo!ニュースに提供されている同記事ではコメント欄やFacebook、Twitterでの反響が要チェック。コメント欄でのコメント数と投降者数を見る限りでは同じ投稿者が複数コメントしている様子が窺えます。トップコメントでは、今回の書店活性化戦略に対する懐疑的な意見が優勢なようです。「もう地方には車で30分ぐらい走らないと書店に行けない所もあるんですよ。嫌でもネット通販に頼らないと本も買えない」という声は大変現実的な問題です。リアル書店へと誘導するその仕方に読者の望まない《無理やり感》が漂うのは、紀伊國屋書店さんとしても意図するところではないにせよ、買占めという方法がネガティヴに見えている方もいるという側面はいささか損ではあります。

なお上記時事通信記事に対する某巨大掲示板での反響は「【経済】 紀伊國屋書店、村上春樹の新著の初版10万冊のうち9万冊を買取、ネットに対抗し「リアル書店」の活性化を目指す新たな取り組み [転載禁止]©2ch.net」で読むことができます。

「朝日新聞」8月22日10時33分配信の守真弓氏記名記事「村上春樹新刊9割買い取り 紀伊国屋書店、ネットに対抗」にも特に目新しいところはありません。ただし、紀伊國屋書店のコメントとして「街の書店に、注目の新刊がなかなか行き渡らない現状がある。ネット書店に対抗し、全国のリアル書店が一丸となって出版流通市場の活性化をはかりたい」という文言を引用しているのが他紙との違いでしょうか。これがプレスリリースの要約ではないとしたら、誰の発言なのでしょう。藤井取締役なんでしょうか。個人的な感想ですが、「朝日新聞」さんは栗田民事再生の件(2015年6月26日19時44分配信の守真弓氏記名記事「出版取次の業界4位、栗田出版販売が再生法適用を申請」)にしても今回の件にしても記述が若干薄い気がして残念です。竹内誠人記者による複数のリブロ池袋本店記事に比べると明らかに物足りないです。お二人の記者の所属部局が違うのかもしれません。

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◆8月22日15時現在。

「FNN」が8月22日13:25配信のニュース動画「紀伊國屋、村上春樹氏の新作9万部買い取り ネット販売に対抗」を公開しています。動画に映っているのは紀伊國屋書店新宿本店ですね。特に目新しい情報はなし。

「産経ニュース」8月22日12時49分配信記事「村上春樹さんの新刊9割を買い取り 紀伊国屋書店がネット対抗策」に曰く「米アマゾン・ドット・コムなどのインターネット書店に対抗し、注目の新刊書を全国の書店に広く行き渡らせることが狙い。〔・・・〕同書店は「独占販売するのではなく、国内の書店が一丸となって販売する新しいスキーム(計画)」としている」と。

「The Huffington Post」8月22日14時02分配信記事「村上春樹の新刊を紀伊國屋書店が「9割買い取り」その理由は?」は、「朝日新聞」を参照しているようなのですが、独自の方向性を意識しすぎたのか、少し筆が走りすぎています。曰く「話題となりそうな書籍を買い占めることで、「紀伊國屋に行かないと売っていない」という状況を作るのが目的」。紀伊國屋書店以外のリアル書店も置くことになるわけなので、「紀伊國屋に行かないと売っていない」わけではありません。これはたぶん訂正依頼が入ることでしょう。


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by urag | 2015-08-21 19:21 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 15日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2015年7月16日(木)開店
丸善岐阜店:772坪(図書762坪、文具10坪)
岐阜県岐阜市正木中1-2-1 マーサ21 3F
大阪屋帳合。弊社へのご発注は人文・芸術・文芸書の多数。JR東海道本線「岐阜駅」の北側約4.5kmにある郊外SC「マーサ21」内の店舗です。年中無休で営業時間は10時から21時まで。同じフロア(3F)にはレストラン街があるほか、同日開店でボウリング場やアミューズメント広場ができています。県下では弊社の本をもっとも多く扱って下さる書店さんになります。


2015年8月8日(土)移設開店
金高堂書店本店:240坪
高知県高知市帯屋町2-2 チェントロ 1F
トーハン帳合。弊社へのご発注は増床分として人文書1点をご発注いただきました。土讃線「高知駅」の南側約1.3kmにある旧ダイエー高知店跡地(高知追手前高校の向かい)に完成した複合施設「チェントロ」の1Fに、はす向かいの「帯屋町1-13-14」から移転してオープンしました。営業時間は旧本店と同じ9:30~20:00で定休日はありません。金高堂さんは県下に6店舗を展開。今まで高知県は弊社にとって取り扱い店舗がない「空白県」でした。


2015年8月21日(金)開店
丸善京都本店:約999坪(図書820坪、文具125坪、カフェ37.5坪)
京都府京都市中京区河原町通三条下ル2丁目山崎町251 京都BAL 地下1~2F
大阪屋帳合。弊社へのご発注は人文・芸術・文芸書の多数。京都BALが「約2年7か月の全面改装」(BALウェブサイトより)を経ていよいよ来週オープンします。旧ジュンク堂書店京都BAL店の在庫を引き継いだジュンク堂書店朝日会館店(トーハン帳合)の在庫は帳合違いということもあってかそのまま引き継がれるわけではありませんでした。「【お知らせ】京都に丸善書店が約10年ぶりに復活します――梶井基次郎『檸檬』で知られる「丸善 京都本店」10年ぶりに復活!」によれば「梶井基次郎の小説『檸檬』にも登場する旧店舗は、1907年(明治40年)に京都・三条通麩屋町に開設された後、河原町通蛸薬師へ移転し2005年に閉店しました。閉店時には、閉店を惜しむ来店客が本の上にレモンを置くという現象が話題になりました。今回、およそ10年ぶりに復活する「丸善 京都本店」では、カフェ・洋書・文具にも力を入れ、幅広い顧客に利用いただける書店を目指します」とのこと。


2015年9月4日(金)開店
良品計画有楽町店:50坪
東京都千代田区丸の内3-8-3 インフォス有楽町 2F
大阪屋帳合。弊社へのご発注は人文・芸術・文芸書を少々。発注書では「良品計画」という店名になっていますが、今年3月に開店した「MUJIBOOKSキャナルシティ博多」に続く店舗のようなので、実際には「MUJIBOOKS」という名称になるのだろうと思われます。選書と運営は今回も松岡正剛さんの編集工学研究所が担当されるものと推察します。丸善丸の内本店の「松丸本舗」が閉店したのが2012年9月。「捲土重来を期す」との宣言から約3年、新しい試みが丸の内からほど近い有楽町で始められるということなのでしょう。

博多店は福岡のウェブマガジン「AFRO FUKUOKA」に掲載された情報によれば100坪(今回の有楽町店の倍)で、店頭の様子は株式会社クラウドナイン代表の山田孝之さんが運営するブログ「Y氏は暇人」の3月26日付記事「【キャナルシティ】無印良品の本屋「MUJIBOOKS」に行ってきました」をご覧ください。「さすが無印らしく白いジャケットのミニマルな本だけが集められたコーナーが最前列に」というのは面白い試みですね。「ITmedia eBook USER」の2月26日付記事「無印良品で本 「MUJI BOOKS」福岡にオープン、選書は松岡正剛ら」によれば、MUJIBOOKSは「3万冊を超える書籍と無印良品のアイテムを取り揃えた複合売場」であり、「料理の基本になぞらえ「さ(冊)し(食)す(素)せ(生活人生)そ(装)」といった5つのシーンで提案する書棚や、無印良品のアートディレクションを担当したグラフィックデザイナー・田中一光さんの自宅蔵書棚、「ごはんと本」など14テーマで構成する商品と本の企画編集棚「と本」などを展開していく。企画・選書・運営には、編集者・著述家の松岡正剛さんが率いる編集工学研究所が協力している」とのこと。編集工学研究所の3月3日付プレスリリース「書籍と無印良品の総合編集ショップ「MUJI キャナルシティ博多」のMUJI BOOKS 企画・選書・運営」(同PDF)もご参照ください。


2015年9月16日(水)プレオープン、10月1日(木)グランドオープン
文苑堂書店富山豊田店:1406坪(図書807坪、文具174坪、セル/レンタルCD・DVD〔TSUTAYA〕285坪、カフェ126坪、多目的ルーム14坪)
富山県富山市豊田町2-8-14
トーハン帳合。弊社へのご発注は人文・芸術・文芸書の主要商品。住所から推察するに、JAなのはな総合機械センターの跡地でしょうか。トーハンさんの出品依頼書によれば、文苑堂チェーンは富山・石川・愛知に36店舗を展開。37店舗目となる今回の店舗は富山市北部、国道8号線沿いの2階建て郊外店で、1Fに書籍・雑誌売場、TSUTAYA、文具売場、カフェ、2Fに書籍売場、カフェ、多目的ルームを展開するようです。大型店はSC内でのテナント出店が昨今はもっぱらですが、今回のお店は単独店です。文苑堂書店代表取締役の吉岡隆一郎さんの挨拶文によれば、「文化の森《カルチャーフォレスト》をコンセプトとし〔・・・2階には〕立山連峰が見えるカフェ席を設け〔・・・〕店内にも多くの椅子を設け〔・・・〕知性、教養、感動の提供、地域文化への貢献を出来る日本一の書店を目指」す、とのことです。営業時間は9時から24時。駐車場は260台分。遠方からのお客様も見込むとのことで、どんなお店になるのか、たいへん楽しみですね。


2015年9月初旬開店
本のにほひのしない本屋 神楽坂モノガタリ:30坪(図書10坪)
東京都新宿区神楽坂6-43 2F
トーハン帳合。弊社へのご発注は芸術書と文芸書等を少々。出品依頼書によれば、東京メトロ東西線「神楽坂駅」の神楽坂方面改札出口正面に位置するブックカフェとなるようです。選書は久禮書店の久禮亮太さん。経営母体は製本業社の株式会社フォーネットさんです。富士見市のBOWLの母体は紙屋さんでしたが、こうした業界関連の会社が書店業に参入されるというのは、紙媒体への愛からかと拝察します。フォーネットさんの出版社向け挨拶文にはその思いが溢れているように感じました。いずれ正式なプレスリリースが出るものと思われます。


2015年11月中旬開店
H&B東京(エイチエムブイブックストウキョウ):550坪(図書340坪、その他210坪)
東京都渋谷区神南1-21-3 渋谷modi 5,6,7F
日販帳合。弊社へのご発注は人文・芸術・文芸書の主要商品少々。今秋リニューアルオープンする「渋谷modi」(旧マルイシティ渋谷)への出店です。日販の出品依頼書によれば「音楽・映像ソフト、グッズなど。LHEが持つローソンチケットやユナイテッド・シネマなどのエンタメコンテンツを融合させた独自の商品を取り揃え」るとのことです。
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by urag | 2015-08-15 11:32 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 12日

雑談(15)

「雑談(14)」に関することなので末尾にくっつけたかったのですが、字数制限で新エントリーです。不便だなあ。アマゾンに関するお話しの続きです。

◆8月12日17時現在。

拙記事に対してtwitthalさんからツイッター上で色々コメントをいただいたようです。twitthalさんありがとうございます。深く御礼申し上げます。私はツイッターのアカウントを持っていないので、他人行儀ながら拙ブログ上での応答になりますこと、お許しを請う次第です。

まず最初に、「Blog主のuragさんの疑問「なぜマスコミ報道に対してではなく、特定の団体や特定の会社に対して「反論」を試みたのか。」にお答えします。これらの記事がnet上でのこの誤解に関する大きな震源地だったからですよ」とのことですが、それは「アマゾンの日本での消費税の納税について」というご論考でもお書きになっていることなのでご意見として存じています(ただ、私にはこの二者が突出しているようには思えませんし、この二者以外にもtwitthalさんが「反論」しなければいけない相手は数多くいるように感じています)。

私がtwitthalさんの立場や立ち位置に興味がわく、と書いたのは、その「震源地」がtwitthalさんの利害にどう関係しているのかが見えてこなかったからです。twitthalさんはアマゾンとどういうご関係なのでしょう。出版社が答えを聞きたいのはアマゾンからであって、twitthalさんに答えを求めているわけではない。現状ではアマゾンの代わりにtwitthalさんが答えているかのようなかたちに見えてしまっています。それがtwitthalさんにとって本意でないならば、ご自身がお感じになっている利害や立場についてまず説明があった方が読み手には理解しやすいと思います。

「どうして税法上の取り扱いという専門性の強いことについて不勉強なまま参戦するのだろう?」とのことですが、「参戦」したいのではなくて、出版社は本件について関心を持っているということなのです。そのあたりはtwitthalさんとしても、アマゾンと出版社との間にどんな対立の歴史があったかについて、もしご関心がおありならば複数の出版人にお聞きになってみてはいかがでしょう。意外と根深いですし、長い話になりますよ。なんなら私にもお尋ねいただいて構わないです(ただし弊社は出版協には所属していません)。面倒臭いかもしれませんが。

「まあ私の記事も一定の消費税法の知識が無い方にとっては理解しづらいものであるということだな。役務の提供の内外判定の改正のことも含めて書き直した方がいいのかもしれない」とのこと、御賢察の通り私など本件について理解できているとは言い難くこんがらがっているので(ありのままをブログに書きました)、そうしていただける方が分かりやすいかもしれません。

今のところ、twitthalさんの「反論」はアマゾンの肩を持って特定の出版団体や会社に反撃を加えるためのある意味政治的な効果を狙った記事、であるかのように業界人にとっては見えてしまうリスクがあると思われます。また、業界人の立場から「twitthalさんの方が《出版界の問題圏》に参戦したがっているのだ」と穿った見方をする人もいるかもしれません。もしtwitthalさんの第一目的が税法に対する正しい理解の促進であって、アマゾンを庇ったり版元の知識不足を指弾することだけに特化しているのではないなら、アマゾンだの出版協だのという固有名詞抜きで語っていただく方が、読み手のバイアスがかからなくていいのでは、と感じています。少なくとも一方を《擁護》しているように見られなければならない義理も必要もないのではないかと拝察します。

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◆8月12日18時現在。

さて、「雑談」カテゴリーのエントリーをここしばらく読んでくださった方々の中には「いったい某取次のことはどうなったんだ」と思っておられる方もいらっしゃるでしょう。債権者である版元たちは先週4日の時点で債権額の届け出を終えていますから、今のこの時期は目立った動きがありません。しかし細かい出来事は引き続きあれこれ起こっていまして、キーワードのみ挙げると「SKRに滞留している返品」「ブックサービスのアンケート」「特定版元一覧」などがあります。あとはお察しいただくしかありません。いよいよ個別対応の案件が多くなってきているからです。

今までの流れをもう一度おさらいし、整理し直す必要性も感じていますけれど、一方で今や本業を優先する時期ではあります。ある先輩はこう話していました。「俺たちの仕事は本を作ることなんだから、いちいち立ち止まっていられないよ、取次がひどいって言ったって潰れるってのはそんなもんだよ、これからはもっとひどいことがおこるぜ、俺はそんなことには左右されない」。ごもっともです。ただ、今回の件はいちいち胸に刻んでおく必要があることも確かです。できればこうした問題は繰り返したくないからです。

この先、再生計画の決を採る債権者集会が行われるわけなので、まだ本件は終わってはいないのです。更新ペースは落ちると思いますが、最後まで見届けるつもりです。そしていずれ、遠からず、以前のような(?)平穏でゆっくり、なブログ、本をめでるブログに戻りたいと思います。

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◆2015年8月18日11時現在。

twitthalさんから再び丁寧なコメントを頂戴しました。こうしてやりとりの機会を作って下さったことに深く御礼申し上げます。とても嬉しいです。お盆休みの時間を割いてご投稿いただいたばかりか、お盆明けでご多忙なはずの今日にも追記を投稿して下さり、たいへんに恐縮です。少なくとも私にとってはtwitthalさんが意図されていることについての理解が以前よりずっと進んだように感じています。私からの応答(特に「なぜ出版人はかくもアマゾンを信じることができずにいるのか」について)は追ってこのエントリーで補足するつもりですが、まずはtwitthalさんに感謝の言葉を捧げ、心からの挨拶を送ります。

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◆2015年8月19日14時現在。

某巨大ネットショップについてのtwitthalさんとのやりとりの続きです。twitthalさんの応答に改めて御礼申し上げます。

まず、twitthalさんの立場についておさらいします。twitthalさんはまず「【某ネットショップ】に対しては単なる一利用者」であり、「「税法に関する議論は正しい知識に基づいて行われるべきであり、憶測や間違った前提に基づいてそれが行われるのは納税者にとって不幸なことである」という考えから、何が正しいのかということを啓蒙したい」との意図のもと、「この問題に長らく関わって」いらっしゃる、と。そのうえで、「私の note の記事は、昨年の消費税率アップのタイミングで書かれたものであり、私としては、「消費税」という話題に上がっている税目への賛否をそれぞれの立場で考える時に、「【某ネットショップ】は消費税払ってない」「輸出戻し税という不公正」などのノイズを除去したいということを目的としていました」とのことですね。そしてそこには「政治的な意図も何もない」と。

twitthalさんのnote記事を拝読する限りでは必ずしも読み手には判然とはしていなかった部分をより詳しくご説明いただいたことによって、出版業界が抱きうるtwitthalさんの印象というのは変わってくるはずだと私は感じています。

twitthalさんの記事は某出版団体のブログに掲載された文章に対して、執筆した方の会社名と個人名を明記された上での反論でした。某団体と某ネットショップの長い関係性の歴史を多少なりとも見聞きしてきた業界人にしてみれば、二者の間に割って入ることに伴うリスクは承知しているわけなので、よほどのことがない限り火中の栗を拾いにいくことはしません。くだんの疑惑について某ネットショップが公式な弁明を出したことがないだけに、twitthalさんの介入は業界人にとって突出したものに見える可能性がありました。twitthalさんが誰なのか、どんな仕事をしているのか、某ネットショップとはどんな関係なのか、について少なからぬ関心を抱く業界人がいたかもしれません。またその関心はtwitthalさんが本件に関わり続ける限りは今後も持続するものと思われます。

日本の税法や税制に対する理解への自負をお持ちの方にしてみれば、「消費税不払い」などそもそも不可能だ、ということなのですね。出版人や作家、書店人、あるいは一般人の中にも広く、杜撰な解釈が蔓延している《惨状》を見かねてのtwitthalさんのアクションである、と私なりに想像しています。この《惨状》について一点だけ私から補足するとすれば、twitthalさんが憤慨しておられるほど、発言者全員が無知ではないかもしれない、ということです。一見無知に思える疑義は、対象者からの何かしらのレスポンスを期待しての一手法であると理解した方が良い場合があります。税法と税制の理解に立って対象者の納税状況を推測することよりも、対象者自身から聞くことを重視しているわけです。むろん、本当に知識不足であっても、分かったふりをするよりかは、分からないし疑問に思うと表明するほうを選ぶ人もいるでしょう。この場合も当事者からの説明が聞きたい、という思いが根底にはあるものと思われます。(一方、国会で議員が質問する際、彼らは一企業の納税状況を知ることができるとまでは考えていないでしょう。課税や徴収が適切に執行されているかどうかを国に対して問うのが第一目的であると推察します。)

出版人であれ一般人であれ、某ネットショップを代弁することは不可能だ、というのが私の考えです。そこはtwitthalさんも同様のお考えではないかと私は想像しています。twitthalさんが反論記事で、某ネットショップは支払って「いる」、と《断言》するのを避けておられることは賢明なご判断だと思えます。twitthalさんにせよ私にせよ彼らに代わって断言する立場にはないわけです。それでも、とtwitthalさんは仰りたいのではと拝察しますが、税法や税制の理解だけでは本件を構成する要因すべてまでは除去しきれなさそうだ、と私としては感じている次第です。

さてここからは「なぜ出版人(の一部)はかくも某ネットショップを信頼することができないのか」について僅かばかりですが説明しないわけにはいかないでしょう。これは「「法の規定はどうなっているのか?」ということが全て」であるとのお立場からは容認も理解もしがたい要素ではないかと思えるからです。twitthalさんはこう仰っておられます。「【某ネットショップ】の存在に立場を一番脅かされているのは書店なのだろうなと思いますが、日本の出版業界がこの三者のバランスの取れた関係の上に成り立っていたという事情からか、傍からみたら「別に【某ネットショップ】が売ってくれるなら出版社は困らないのではないか」と思える出版社の方が強く反発しています」。当然の疑問であると受け止めていますし、なかなか面白いところを突いていただきました。

まずリアル書店(小売りのための実店舗がある本屋)の中に某ネットショップを脅威に感じている方がおられることは事実だろうと思います。ここしばらく続いている書店業界の再編劇は、成長を続けてきた黒船に対抗するという名目を含んだ、国内チェーンの生き残りを賭けた熾烈な戦いであると見ることが可能ですし、実際に某ネットショップに対して書店人がどう思っているかは私が説明するまでもありません。再編劇は今後いっそう加速するものと思われます。ごく分かりやすく言えば、特定の勢力に従来の勢力が駆逐されるがままになるということは避けねばならない、と考えている利害関係者がそれなりにいるわけです。

では「「【某ネットショップ】が売ってくれるなら困らないのではないか」と思える出版社」がなぜ噛みついているのか。某出版団体というサンプルは特異な面があり、一概に出版社の方がより強く反発している、というわけではありません。それでもあくまでも一出版人の立場から端的に説明を試みると、某ネットショップは自分のやりたいようにやるだけで出版社とはしばしば没交渉な部分がこれまでに見受けられました。そうした《企業体質》に様々な疑義を誘発する因果の一端があるのではと感じています。日本の商習慣や商道徳を軽視しているのではないかと疑われざるをえない行動をとることがありましたし、さらに言えば、出版社にとってだけでなく読者にとっても不合理となる案件について先方に指摘してもいっこうに改善しない、という前例も実際にありました。こうしたことは日常的に出版人が経験してきたものです。顧客第一という割には疑問を覚えざるをえない難点が某ネットショップにはあった、と指摘せざるをえません(出版社の不安や不満は様々ですし、交渉のポイントも多様なので、現時点で私ができることは未解決案件を列記することではなく、示唆に留めるほかはありませんけれども)。そうした払拭し切れない様々な疑問が2000年11月の日本進出以来、長年にわたって澱のように溜まっていき、近年では某出版団体に所属する複数の版元のようについに実力行使(出荷停止)に至るケースも出てきている、といったところです。

某ネットショップの徹底した秘密主義や特異な社風、革新的で破壊的な発明の数々、諸外国での節税対策、あるいはそれらに関連したリーク記事や潜入レポートに接するにつけ、「あの会社ならやりかねない」という疑念や諦念が業界内外には根強くあるのだろうと感じています。例えば昨日、こんなニュースありましたね。「Bloomberg」2015年8月18日付、Alex Barinka氏記名記事「【某ネットショップ】CEO:社内幹部の「冷淡さ」否定-米紙報道を批判」。さらに「TechCrunch」2015年8月18日付、Jon Russell氏記名記事「【某ネットショップ】の労働環境を非難するニューヨークタイムズの記事に【CEO】が「全くの誤り」と猛反論」。CEOが反論したところで「信じられるかよ」と思っている人々が業界内外にいるであろうことは押しとどめようがありません。過去にも多数の関連記事を参照することができます。それらは出版界のみが提示している疑義ではない、ということは御承知の通りです。

私にとっては、某出版団体の記事を重要視していないというよりは、twitthalさんの介入の仕方にいっそうの興味がありました。しかし今回のやりとりによって、twitthalさんへのありうべき誤解は緩和されたはずだと信じます。一方で、某ネットショップに対する不信感というものは今後も様々なかたちで噴出し続けるものと思われます。私としては先方がそれを過小評価せずに、様々な疑問に対してたとえ馬鹿馬鹿しいと思うことがあってもフラットかつオープンに応答し、日本の出版業界(の小さくないかもしれない一部)に対して《敵対的》に見えなくもなかったこれまでのいささか不幸な歴史を少しでも塗り替えてくれるよう期待するばかりです。

ともあれ最後に、twitthalさんがかくも貴重なやりとりの機会を作って下さったことにもう一度深謝申し上げます。

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by urag | 2015-08-12 17:37 | 雑談 | Trackback | Comments(2)
2015年 08月 11日

雑談(14)

なぜこうも出版業界では次から次へと無視できない事案が発生するのでしょう。今回は「アマゾンが消費税を日本に納税しているのかどうか」についての話題です。備忘録のようなもので、私自身勉強中といったところです。お見苦しい点もあるかと思いますので、あらかじめお詫びします。

◆8月11日18時現在。

Amazonマーケットプレイスへの出品者に対してAmazonテクニカルサポートから先週Eメールで届き始めたお知らせ「2015年の税制改正による、販売手数料などサービス料の消費税の扱いについて」が大きな反響を呼びつつあるようです。アマゾンのセラーフォーラムのスレッド「2015年の税法改正による、販売​手数料などサービス料の消費税の扱いについ​て」や、ソーシャルブックマークサイト「reddit」の「Amazon 日本への納税を開始」などをご参照ください。

ある方がブログで明かしておられるメール詳細からポイントを抜き出してみます。「2015年の税制改正により、国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税の見直しが行われました。従来は、消費税法施行令第6条第2項第7号により、サービス提供者の本店所在地が米国であることから、国外取引として不課税取引としていました。/今回の税制改正に伴い、2015年10月1日以降のご利用分よりamazon.co.jpの出品サービスにおける販売手数料等について出品者様へ消費税をご請求させていただきます。/課税対象となる販売手数料は、月間登録料、販売手数料、カテゴリー成約料、基本成約料、その他返金手数料、大量販売手数料などの、Amazon出品サービスに関してAmazonが請求するサービス料が該当します。〔中略〕出品サービスを提供している米国法人Amazon Services International, Inc.では現在、国税庁へ登録国外事業者の登録申請手続きを行っています。これにより、本年10月以降の手数料明細書には、Amazon Services International, Inc.の登録国外事業者番号が記載されます。/上記は、日本の居住者である出品者様へのご案内です。日本国外の居住者である出品者様には適用されません」。

ブログ主さんはこう理解されています。「ということで要約すると、日本で消費税を払わなきゃいけなくなったから君たち負担してね!m9(^Д^) ということですね(笑)」。この理解はこの方に限ったものではなく、別の方々もこう書いておられます。ある方曰く「要約すると、Amazonさん今まで消費税を日本に払っていなかったけど、法律が変わったので、消費税の支払いしなくちゃならないので、セーラーの皆さんからも消費税分お金頂くからね(・∀・)つ って事らしいデス・・・手数料金が今までより8%上がるって事ですね・・・〔中略〕てか本当にAmazonさん日本で消費税を支払っていなかったのか。法人税は支払っていないのは知っていたけど、消費税は日本で支払っていると思ってました。びっくりだね(; ̄Д ̄)」。また別の方曰く「簡単に言うと10/1から私たちの提供するサービスに消費税が掛かっちゃうから払ってね。よろしく!ってことですね」。

アマゾンは出品者に対してQ&A方式でも本件を説明しており、その中にはこんなくだりがあることを別のブログ主さんが明かしてくださっています。曰く「Q: 2015年の税制改正で何が変わりますか? 〔A: 〕Amazonより日本の居住者である出品者様へ請求する販売手数料等のサービス料が課税になります。それ以外については、現時点では課税対象ではありません。また、フルフィルメントby Amazonは、従来より日本法人アマゾンジャパン・ロジスティクス株式会社が提供しており、国内取引として手数料に対して消費税をすでに請求しています。そのため、2015年税制改正による変更はありません」。「Q: Amazonはなぜ販売手数料を課税扱いに変更したのですか? 〔A: 〕Amazon出品サービスは、米国法人Amazon Services International, Inc.が提供するものです。従来は、消費税法施行令第6条第2項第7号により、サービス提供者の本店所在地が米国であることから、国外取引として不課税取引としていました。2015年の税制改正により、サービスの提供を受ける者が日本国内の居住者であれば課税取引となることから、2015年10月1日以降は消費税が請求されます」。

アマゾンはさらっと書いていますが、再度引用しますと「従来は、〔中略〕サービス提供者の本店所在地が米国であることから、国外取引として不課税取引としていました」と。ここで出版人にとってどうしても気になってくるのが、紙媒体の和書の消費税が消費者から徴収された後にアマゾンがそれをどう処理していたのか、ということです。アマゾンが消費税を日本に納めていないのではないか、という話はつとにささやかれ続けていたことですし、それに対する第三者の反論もネットで読むことができます。

まずAmazon.co.jpの「特定商取引法に基づく表示」を確認すると、販売業者は「アマゾン・ドット・コム インターナショナル セールス インク(Amazon.com Int'l Sales, Inc. 410 Terry Avenue North, Seattle, WA 98109-5210 USA)」となっています。米国に拠点を置く法人だということです。この会社の名前はamazon.co.jpより購入した場合の領収書に「販売: Amazon.com Int'l Sales, Inc. 」として記載されているものですし、納品書にも同名が記載されています。「J-CASTニュース」2013年9月23日付記事「消費税を支払っていないアマゾン 出版業界など「不公平だ」と怒る」での記述を借りると、「国内には、販売を手掛ける「アマゾンジャパン」と物流業務を行う「アマゾンジャパン・ロジスティクス」がある。この2社に米本社の関連会社「アマゾン・ドットコム・インターナショナル・セールス」が委託して手数料を払い、販売代金を受け取って米国で納税している仕組みだ」と。

Amazon.co.jpの「特定商取引法に基づく表示」に記載されている「日本でのお問い合わせ先」は「アマゾン ジャパン株式会社(〒153-0064東京都目黒区下目黒1-8-1 電話: 0120-999-373 電話番号のかけ間違いにご注意ください)」で、「販売価格」欄は「国内再販制度対象商品については定価販売です」と始まり、消費税についての説明――「消費税は、お届け先が日本国内の場合のみ課税されます。Amazon.co.jp ではお客様にご注文いただいた各商品、サービスに対し、8%の消費税を課税しております。ただし、Amazon.co.jp が販売するAmazonギフト券、Kindle(電子書籍)、デジタルミュージック商品、アプリストア商品(アプリ、アプリ内課金およびAmazonコイン)ならびに一部のゲーム&PCソフトダウンロード商品の購入には、消費税は課税されません。詳細については、当サイト上の消費税についてをお読みください」――で終わります。

サイトでの価格表示は税込ですし、納品書にも税込価格として記載されています。アマゾン・ジャパン(Amazon.com Int'l Sales, Inc.)から買おうと、マーケットプレイス(Amazon Services International, Inc.)の「フルフィルメントby Amazon」(FBA)扱いから買おうと、いずれも「税込」と表示されています。ちなみに今ここで書いているのはマーケットプレイスのFBA扱いの「出荷明細書」の話で、個人の出品者が発行しているものではありません。アマゾンが出品者の発送の手間を省いて商品管理や発送を代行するのがFBAであり、この扱いの商品を購入した際に添付される書類です。個人出品者が発送した商品に付いたり付いてなかったりする「注文番号」等を記した書類ではだいたい「価格」となっているだけで消費税は記載されていません。

なお、最初に引用したある方のブログ記事の続きにはこんなことが書かれています。「詳しく書くと長く書くのでアレですが、実は今までは消費税を徴収されていなかった関係で、Amazonの利用料って、税申告のときに利益から相殺できなかったんですよ。/でも、今回消費税がしっかりと反映されることになりましたのでこれからの利用料はちゃんと利益から相殺できるはずなんですよね」。他方、出品者へのアマゾンのお知らせメールには「また、フルフィルメントby Amazonの手数料はすでに課税対象になっていますので、2015年の税制改正による変更はありません」とあります(ただし問題なのはこの「すでに」が正確にはいつからなのか、ということです。先に引用したブログ主さんも「少し、謎が残りますし、Amazonの職員さんもよくわかっていないようなので、追跡調査が必要ですね」とお書きになっています)。

以上を総合すると、FBAを利用する出品者の手数料は(いつからだったかはともかくとして)「課税」されており、FBAを利用しない出品者の手数料は9月30日までは「非課税」であるということなのかと思われます。だからFBA扱いの出品明細書は税込表示で、出品者発行の注文番号書類ではただ「価格」と記載されていた、と。【ここまでのFBAへの言及部分は当初、グルグルと無駄に堂々巡りをしている感じを残していたのですが、かえって混乱するばかりなので書き直しました。】

閑話休題。マーケットプレイス(Amazon Services International, Inc.)が「国外取引として不課税取引」としていたなら、やはりこの解釈はアマゾンとしては同様に海外法人であるAmazon.com Int'l Sales, Inc.での取引にも適用させているのだろうと考えるのが妥当です。そうなるとアマゾン・ジャパン(に業務委託しているAmazon.com Int'l Sales, Inc.)での新本の販売も「国外取引として不課税取引」であったはずなのですが、実際には購入者から消費税分を徴収している。ではその消費税はその後、日本に収められたのかどうか。

アマゾンが消費税を収めていないのでは、という疑義は先述した通り、巷で数多く聞かれる声です。先に引用した「J-CASTニュース」2013年9月23日付記事「消費税を支払っていないアマゾン 出版業界など「不公平だ」と怒る」だけでなく、複数のマスメディアにも取り上げられてきました。なお、電子書籍は今回の議論の前景ではないので、あくまでも国内の紙媒体の書籍販売に関することを書いているつもりです。周知の通り「アマゾン 消費税」とグーグルなどで検索すると上位に「アマゾンの日本での消費税の納税について」というtwitthalさんによる2014年5月4日付記事がヒットします。「アマゾン社の日本での消費税の納税について、多くの誤解がネット上で散見されます。誤解に基づいた議論は生産性が無いと思うので、実際はどうなのかをまとめてみました」と書き出され、長文の考察を展開されているのですけれども、結論としては「現行の法令で、アマゾンは日本の消費税の納税義務者ですし、国内通販分についての申告納税を適切に行っているものと思われます」と書くのみに留めておられます。

この方はこの投稿のあとに、2014年9月15日付で「「アマゾンで買った書籍の消費税は払い損?!」ではありません。」という記事も公開されており、そこでは出版協ブログの2014年5月2日付エントリー「アマゾンで買った書籍の消費税は払い損?!」や、奥村税務会計事務所代表者ブログの2013年12月29日付エントリー「消費税回避の達人、アマゾンのしたたかさ」への「反論」が書かれているのですが、ここでも長文を費やしているにもかかわらず、一番大事な部分では、「主に「アマゾンは書籍の国内通販で消費税を払っていない」という意見の根拠として引用されることが多いのですが、これは全くの誤解であり、アマゾンは国内での書籍販売を含む通常の通販事業については消費税の納税義務者であるので、法令に従った消費税の納税義務を果たしているはずです」とお書きになるのみでした。

納税している「はず」だ、というだけでなぜ「全くの誤解だ」と強弁できるのか不思議です。ところどころ鋭いツッコミを展開しえているのに、これでは「反論」としては充分機能しません。なぜアマゾンにそもそも裏取りをしないのか。それは裏取りが不可能だからでしょう。アマゾン自体が「ちゃんと納税しています」とは一度も明言したことがなかったと記憶しています。これは国会で自民党の三原じゅん子さんや民主党の有田芳生さんによって追求されていますが、実態は明かされないままでした。三原さんの質問は「「Amazon税金払え!」自民の三原じゅん子議員が国会質問 [政治]」(2014年3月22日)でまとめられています。有田さんの質問は出版協の前出のブログ記事で言及されています。

twitthalさんはこう書いています、「私の竹内氏に対する反論は以上ですが、こんな匿名の記事で反論を受けても、竹内氏は納得しないかもしれません。/竹内氏及び関係者の方々にお勧めしたいのはそれぞれ出版社だったり書店だったりの経営者さんなのでしょうから、自社の顧問税理士、あるいは自社の経理担当者に「自分の記事は間違っていないか」ということを確認してもらうことです」と。なぜこの方がここまで前のめりになって匿名で長文考察を投稿したのか、なぜマスコミ報道に対してではなく、特定の団体や特定の会社に対して「反論」を試みたのか。出版協がアマゾンと鋭い対立を繰り返してきたことをよく知っている上でのこの行為なのか。この方の立場、立ち位置にとても興味が沸きます。

さて結局のところアマゾン(アマゾンのどの組織か、という問いが重要ではあります)はいったい消費税を払っているのでしょうか。払っていなかったのでしょうか。「共同通信」2009年7月5日付記事「国税がアマゾンに140億円追徴 日本事業は課税対象」というニュースをご記憶の方も多いかと推察します。曰く「日米租税条約では、国内に支店などの「恒久的施設」を持たない米国企業は、日本に申告や納税をする必要がない。/関係者によると、関連会社は日本国内に支店を置かず、顧客との契約や代金授受などを直接行っていたが、国税局は、流通などを委託された日本法人が実質的に支店機能を果たしていたと認定し、日本で発生した所得の相当額を日本に申告すべきと指摘したもようだ。〔中略〕関連会社は「アマゾン・コム・インターナショナル・セールス」で、北米以外の各国の事業を統括。日本では物流などを日本法人2社に委託した上、契約や売上金計上などは同社で行い、納税先も米国側に集中させていた」。

そしてこれがどう決着したのかもご存知でしょう。今なお閲覧可能なサイトから選ぶと、たむごんさんのブログ「粉飾決算 脱税と倒産」の2013年1月11日付記事「アマゾン税金脱税と節税」では「国税庁がアマゾンに敗北」とあり、ニュースサイト「Business Journal」2013年2月11日付の柳谷智宣さん記名記事「アマゾン、課税&送料有料化開始とライバル・ヨドバシ浮上で迎える転換点」では「アマゾン側は本社のあるアメリカに税金を納めているということで抗弁、結局国税局は10年に引き下がっている。要は、アマゾンジャパンは販売や物流の委託を請け負っている形なのだ」。阿智胡地亭さんのブログ「阿智胡地亭の非日乗」2013年3月19日付記事「アマゾンは非合法スレスレで140億の税金を日本国に払っていない。」でも同様に「国税庁がアマゾンに敗北」と。「カイケイ・ネット」2014年12月19日付会計業界トピックス「【コラム】法人税を納めるべき?アマゾンの法人税問題」では「これを不服としてアマゾンは日米両国の当局による相互協議を申請しましたが、2010年9月、日米相互協議の結果は国税庁の大負けでした」と書かれています。

これは法人税のことで消費税のことではない、と読むべきでしょうか。この辺の整理で個人的にたいへん参考になったのは、「dunubの窓」ブログの2013年9月30日付記事「国税局と追徴課税でもめているアマゾン(Amazon.co.jp)は消費税の申告・納付をしているのか?」です。曰く「アマゾン追徴課税問題は、現代における課税と徴税のあるべき姿を問うものでもある」。「最初にお断りしておくが、ここで取り上げるのは、米国にある北米地域以外の営業を担っているアマゾン・ドット・コム(Amazon.com Int'l Sales, Inc)に対する疑義であり、その委託を受けて日本向けの業務(販売そのものではない)を行っている日本法人のアマゾンジャパン株式会社やアマゾンジャパン・ロジスティクス株式会社に対する疑義ではない。/日本法人の両社は、日本の税法規定に従い法人税及び消費税その他の税関連について申告と納付を行っていると思っている」。

また曰く「アマゾンの課税逃れはネット上でも話題になり、アマゾンはもう利用しないといった怒りの声も上がっていたが、消費税については、「アマゾンは消費税を受け取っているのだから納めているはず」という声が多い。/アマゾンに関する追徴課税問題を読んだとき、税目が明示されないことに疑念を覚えた。追徴課税の税目は法人税であるとの説明が目に付くが、消費税についてどうなっているのかまったく見えてこない。/法人税の課税ベースを把握するためには、消費税の課税ベースを把握する以上の税務調査が必要だ。東京国税局は、米国シアトルにあるAmazon.com Int'l Sales, Incの税務調査を行ったのだろうか。/むろん、アマゾンジャパンやアマゾンジャパン・ロジスティクスを調べれば、Amazon.com Int'l Sales, Incの日本での仕入金額・経費・売上金額はなんとかつかめるから、それらから算定した税額を、異義の申し立てがあることを承知で追徴課税したのかもしれない。/ともかく、追徴課税の税目は法人税のようになっているが、法人税は負担しないけれど、消費税は負担するといった企業行動は、私の理解を超えている。/勝手で失礼な推測に基づくが、米国の州税である「売上税」さえ納付していないアマゾンが、より抗弁しやすい日本の消費税を納付しているとは考えにくいのである」。

さらに曰く「仮に、アマゾンが、法人税(や消費税?)を負担しないで済むことを奇貨として、消費税抜きの書籍安売りを仕掛けると、書籍の仕入・再販売契約違反となり、書籍の仕入ができなくなるだろう。(さすがに、アマゾンへの販売が大きいと言っても、取り次ぎや出版社がそれを見逃すことはできないだろう。見逃せば、「書籍再販制度」が有名無実なものになってしまうからだ)/実を言うと、アマゾンの消費税申告納付問題については、国税庁に電話を入れて確認を取ろうとしたが、「守秘義務」を盾に回答をもらえなかった」。そしてこのあと、ブログ主さんはアマゾンが消費税を申告しているか、していないか、両方の可能性について鋭利に分析されています。ここがとても重要な部分ですので、ぜひ皆さんもリンク先を訪問されお読みになられてみて下さい。

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◆8月12日午前2時現在。

以下もご参照いただけたらと思います。

「産経ニュース」2014年6月26日付記事「海外からのコンテンツ配信、来年度にも消費税課税へ 非課税アマゾンなど標的」に曰く「新たな制度は、消費税の課税基準を現在の「配信企業の所在地」から「配信を受ける消費地」に変更」。
「J-CASTニュース」2014年6月27日付記事「アマゾンなどに消費税 来年度税制改正」に曰く「税制改正は来年度を目指し、日本での年間売り上げが1000万円を超える海外の企業に対し税務署への申告納税を義務づけるといった内容になっている」。
「税理士ドットコム」の「トピックス税金・お金」2014年7月13日付記事「アマゾンの電子書籍にも「消費税」課税へ・・・「海外企業」からどう徴収するの?」に曰く「サービスの提供先が消費者か事業者かによって、納税方法が変わってくる」。
「アマゾンウェブサービス(AWS)」の「消費税率変更についてのよくある質問(2015年税制改正により2015年8月1日改定)」に曰く「Q1: 2015 年税制改正により何が変わりますか? A1: 改正前は日本の居住者であるお客様が東京リージョンをご利用の場合、日本国内取引として消費税をご請求させて頂いておりました。2015年10月1日以降のご利用分より、日本の居住者であるお客様については、日本国外のリージョンをご利用の場合も消費税をご請求させて頂きます」。

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by urag | 2015-08-11 19:04 | 雑談 | Trackback | Comments(0)