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2015年 06月 30日

栗田出版販売の民事再生に関する心配事あれこれ(2)

◆30日午前11時現在

7月6日(月)の債権者集会までに出版社が点検しておくべきことと対処すべきことについて、ごく簡単にまとめておきたいと思っています。色々と複雑な事情があって、取次、運送会社、版元、流通倉庫、書店、図書館のそれぞれの現場に混乱をもたらしうる要素があり、一般のお客様も一概に無関係ではありません。どこまで書けるか、書くべきか難しいところです。当然書けないこともあります。書けたとしてもはっきりとは明示できないこともあります。困ったものです。このエントリーは随時更新の予定です。

【30日15時特記:栗田さんの山本高秀社長のお名前で出版社に配布された6月26日付文書「栗田出版販売株式会社民事再生手続き開始の申立てについて」の第2項「当面の取引及び今後の再建の見通し」で書かれていることについて、版元がマークしている焦点はずいぶんはっきりしてきました。また、そうした案件に版元が対応する方法も幾通りか考えうることが分かってきました。諸々の影響を考えると当面は公表できませんが、いずれ将来的に歴史の一幕として振り返る際には詳細な記録も必要となってくるでしょう。以下では今回の一件を取り巻く業界の情況をやや広域から把握するための資料を列記していきたいと思います。】

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◆30日13時現在

株式を上場している版元のうち、株式会社インプレスホールディングスさんが昨日「栗田出版販売株式会社に対する債権の取立不能のおそれに関するお知らせ」というIR情報を公開されています。連結子会社である株式会社インプレス、株式会社リットーミュージック、株式会社山と渓谷社、の三社合計で6月25日現在の債権額は売掛債権約6500万円で、連結純資産に対する割合0.91%とのことです。弊社のような連載版元にとっては途方もない数字ですが、資産に対する割合からすれば、乗り越えうるのだろうと拝察します。

上場版元にはほかに、学研ホールディングス文溪堂中央経済社SEホールディングス・アンド・インキュベーションズ株式会社(翔泳社)、スターツ出版ゼンリン昭文社アルファポリス、そして大阪屋の株主であるKADOKAWAなどがあります。これらの版元が栗田と取引があったのかどうか、規模がどれくらいか、については現時点では不明です。

Twitterでは「業界への発展ならびに出版社としての支援も含め、これまで通り通常業務を行っていく所存です」と表明される出版社さんがある一方で、facebookで「弊社にも売掛金があり、かなり被害が出そうです(涙)」と告白されている版元さんもいらっしゃいます。栗田さんの負債額は約135億円でそのほとんどが出版社に対するものだと聞いています。推測するに、平均して版元の負債は最大手では数十億単位、大手では数千万円から数億円、中小では数百万円から多ければ千万単位、零細でも数万から数十万円はあるものと思われます。世間で出版社の連鎖倒産を心配する声がちらほらあがるのも仕方ないところです。

栗田との関連性はないようですが、「東京商工リサーチ」2015年6月30日付速報によれば、株式会社東洋書店(新宿区矢来町、設立1975年)が事業停止し、6月25日に事後処理を弁護士に一任したとのことです。「負債総額は現在調査中。ロシア関連の専門書を中心としたユーラシア・ブックレットの扱いで有名な出版業者。ユーラシアから東南アジアまでの地域に関連する各種書籍を発行、大手出版取次業者を介して書店などに販売し、平成19年7月期には売上高約1億7000万円をあげていた。しかし、以降は需要の減少などで徐々に減収をたどり、25年7月期には売上高が1億円を割り込んで採算も悪化。今後も需要の回復の見込みが立たないとの判断で事業継続を断念、今回の措置となった」と報じられています。

【ご注意ください:事業停止された東洋書店さんと、図鑑などの出版を行っている株式会社東洋書林(新宿区山吹町)さんとはまったく無関係です。一字違いですが、東洋書林さんはまったく別の会社で、通常通り営業されていますので、書店さんにおかれましては混同されませんようお気を付け下さい。】

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◆30日14時現在

NaverまとめではROCKHEARTSさんによるまとめ記事「出版不況が本格化?業界4位が経営破綻・・・「出版取次会社」って、何?」が6月27日に更新されています。「出版取次会社の破綻としては過去最大規模の負債額」、「出版取次会社って何?」、「今回破綻した栗田出版販売ってどんな会社だったの?」、「大手出版社が本格的な「出版取次はずし」という革命の動き」などの話題が紹介されています。

一方で出版流通の構造改革という課題についてはこんな事例もあります。紀伊國屋書店さんが大日本印刷(DNP)さんとともに今春、合弁会社「株式会社出版流通イノベーションジャパン」を設立されてました。「新文化」2015年3月19日付記事「紀伊國屋書店、大日本印刷と合弁会社設立へ」によれば、この新会社は「①ネット書店のサービス強化、②読者が使いやすいポイントサービスの構築、③仕入れ・物流業務システムの共有化・合理化・効率化、④海外リソースを活かした新ビジネスモデルの構築、⑤リアル書店とネット書店の相互連携の5点を調査・研究し、具現化していく」とのことです。DNPの3月19日付ニュースリリース「紀伊國屋書店と大日本印刷、株式会社出版流通イノベーションジャパンの設立について」もご参照ください。ここでは、「出版流通市場の活性化および新しいビジネスモデルの創出を目的として、〔・・・〕紀伊國屋書店とDNPは、社会が大きく変化する中で「文化・情報の発信」「知のインフラ」の担い手として出版業界の発展に貢献することが国力の礎になり、日本の文化と社会の発展に寄与するとの思いのもと、広く出版流通市場の活性化および新しいビジネスモデルの創出を企画するための合弁会社を設立いたします。/それぞれリアル書店とネット書店の“ハイブリッド戦略”を執る両社が互いのノウハウを共有し、日本の出版流通市場が抱える課題について調査・分析および施策の検討を行っていきます」と書かれています。代表取締役社長は、紀伊國屋書店社長の高井昌史さん。同じく代表取締役には、DNPの北島元治が就任されています。この新会社の進捗状況については明日、東京国際ブックフェア(7月1日~4日@東京ビッグサイト)での高井社長による講演会「出版流通市場の活性化に向けて」で報告があると報じられています。

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◆7月1日午前10時現在

小田光雄さんによる月刊レポート「出版状況クロニクル86(2015年6月1日~6月30日)」が公開されています。以下の14項目が提示されています。出版点数が増えているにも関わらず、売上が落ち続け、雑誌返品率が上がり続けていること、出版社の数は減り続け、大学生のひと月あたりの書籍購入費が下がり続けていること、等々が明らかになっています。

1.6月26日に栗田出版販売が民事再生を申請。負債は134億9600万円。

2.栗田の民事再生法申請に先立つ6月10日に大阪屋友の会連合大会が開かれ、今期決算概況の説明が行なわれた。

3.『出版年鑑』による2014年の出版物総売上高が出された。これは出版科学研究所と異なり、実売金額に基づくもので、『出版ニュース』(6/中)に掲載されている。

4.3の『出版ニュース』には出版社数の推移も掲載されているので、それも引いておく。

5.これも『出版ニュース』の『出版年鑑』の「出版社別新刊書籍発行点数」によるのだが、そのトップはKADOKAWAで、新刊点数は2013年1066点に対し、14年は4456点と4倍になっている。

6.また続けて『出版ニュース』になってしまうが、大学生協の「第50回学生の消費生活に関する実態調査」が出され、1ヵ月の書籍費がレポートされているので、それも取り上げておく。

7.トーハンは単体売上高4809億円、前年比3.4%減、営業利益は60億円、同0.3%増、当期純利益は21億円、同3.3%減の減収減益決算。/その内訳は雑誌が109億円、書籍が39億円のマイナスだが、MM商品が31億円のプラスになっている。/子会社14社を含めた連結売上高は4951億円、当期純利益15億円、同16.6%減。

8.日販の子会社21社を含めた連結売上高は6611億円、前年比3.1%減、当期純利益は10億円、同53.8%減の減収大幅減益。/その内訳は書籍2464億円、同4.7%減、雑誌2701億円、6.5%減で、双方で310億円のマイナスである。/MPDの売上高は1925億円、同3.4%減で、3期連続のマイナス。取引店舗数は前年比9店増の925店。

9.地方・小出版流通センターの決算も出されている。これは「同通信」No.466 に語らせよう。

10.日書連の組合員数が3981となり、ついに4000を割った。

11.集英社の季刊誌『Kotoba』(第20号)が特集「全集 もっとも贅沢な読書」を組んでいる。

12.明治古典会第50回記念『七夕古書大入札会』の目録が届いた。/B4判245ページ、そのうちの200ページがカラー写真、目録で、文学、美術・工芸・写真、映画、趣味、近代文献資料、浮世絵・刷物・新版画など1268点が収録されている。

13.小学館の決算は売上高1024億円、前年比0.1%の微減。当期利益は1億8700万円、同59.6%減。/内訳はコミックスが15.5%減と落ち込んだが、妖怪ウオッチのヒットで雑誌やゲーム攻略本やムックも100万部を超え、雑誌は1.3%、書籍は2.9%の増となった。

14.地図の昭文社の決算は売上高123億9500万円で、前年比10.6%減。/売上高内訳は市販出版物64億7200万円、同12.1%減、電子43億6300万円、同11.4%減。前者の売上明細は地図23億1800万円、同26.8%減、雑誌29億1900万円、同3.2%減、ガイドブック11億7300万円、同3.2%減。

15.パッチワーク通信社が自己破産。/同社はパッチワークキルトの専門出版社として1975年に創業し、隔月誌『パッチワーク通信』などの雑誌やムックを発行し、様々なイベント事業も展開していた。/しかし2007年売上高10億円が15年には7億4200万円と減少し、借入金と赤字による累積損失を抱え、負債は7億7800万円に及んでいたとされる。

16.アマゾンが本の買い取りサービスを開始すると発表。和書、洋書100万タイトルが対象で、1冊でも無料で集荷し、買い取りセンターに本が届いてから24時間以内で査定、支払いが完了するとされる。/一方で、アマゾンはダイヤモンド社、インプレス社、廣済堂、主婦の友社、サンクチュアリ出版、翔泳社の6社の110タイトルを定価の2割引で販売。その販売キャンペーンは6月26日から7月31日までで、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』や『クラウド化する世界』などの旧刊書が対象である。

17.「出版人に聞く」シリーズ〈18〉の野上暁の『小学館の学年誌と児童書』の刊行は、7月にずれこんでしまったことを付記しておく。

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◆7月1日午前11時現在

作家の志茂田景樹さんがご自身のブログ「カゲキ隊長のブログ」で昨日(6月30日付)、「出版取次第4位の栗田出版販売の倒産を出版界は警鐘にできるだろうか。」というエントリーを発表されています。

「帳合書店数に限ればこの1年でトーハンが大きく盛り返している。/その書店数が287店も増え、/4558店から4845店に増えたのである。/日販は115店減って4435店から4315店に減少している。〔・・・〕俗に帳合戦争という帳合書店の奪い合いに、/トーハンが勝利したことを意味している。〔・・・〕帳合書点数ではトーハンに負けても、/帳合書店の総売り場面積では日販が首位である。/これは日販の帳合書店には大型書店が多いことを表している」。

帳合書店数の「数字上の」増加においてはトーハンが盛り返しているものの、書店の売場面積のトータルではまだなお日販が首位である、ということを指摘されています。トーハン帳合になった書店の中には、かつてトーハンから大阪屋に変更し、再度トーハンに復帰したヴィレッジ・ヴァンガードや、太洋社からトーハンに変更したサンミュージックなどが含まれています。帳合書店数が増えることは喜ばしいことではありますが、それだけでは評価できない(売上の多寡が問われる)ということかと思います。

「出版取次、アマゾン・楽天などの通信販売業、/それに書店と直接取引する出版版元業群の3者が、それなりの棲み分けを成就したとき、/出版業界のパイの縮小に終止符が打たれ、/身の丈は小さくなっても新たな安定期を迎える、/と僕は思う。/その時期は東京オリンピック終了後の数年後と予想している」。

業界が小さくとも新しい安定期に向かうためにはまだ5年以上かかるのではというご見解です。おそらくその途上の中には、更なる業界再編劇があり、時としてドミノ倒しのように一挙的にことが進む場合もあるかと思われます。外的要因として、日本経済の景気の変化によって情況は左右されますし、さらなる不確定要素としては、首都直下地震、東海地震、富士山や箱根山の噴火、等々の自然災害リスクがあります。書店や版元の数は特に東京都下が多いので(作家さんの数も、でしょうか)、大規模災害が与える影響力は想像もつきません。

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◆7月1日午後0時現在

クラウドブックス株式会社代表取締役の鈴木収春さんが管理人をおつとめのブログ「不明研究室」で本日(7月1日付)、「栗田出版販売倒産の余波 / インプレスは債権6500万円に取立不能または取立遅延の可能性」という記事が公開されました。「債権回収の状況によっては、出版社の連鎖倒産が起こってくる可能性があり、そうなると、著者やライター、デザイナーなどにも影響が出てくる(フリーランスだと、50万円回収できないだけでもけっこう痛い)」とお書きになっておられます。これは実際にありうることで、出版社が関係している取引先にはすべて影響が出るおそれが「まったくない」とは言い切れない情況です。

印刷所、製本所、製紙会社や紙の販売会社、運送会社、倉庫会社、等々にも影響はないとは言えません。出版社が新刊の搬入を一時的に止めるだけで、印刷製本所の倉庫は未出荷の本が滞留することになります。本ができあがったけれどその制作費や輸送費、作業費を版元が各方面に支払えないということになれば、出版社から遡って栗田と大阪屋やその株主たちまでが恨まれることになる可能性があるわけです。

さらに一般のお客様や図書館への影響としては、栗田帳合の書店に本の予約や取り寄せをお願いしている場合、しばらく本が届かない、もしくは入手できない、という事態になることが当座のあいだありえます。本の流通を止めないように、栗田も大阪屋も懸命になって、版元からの信頼を得ようとしておられますけれども、本当に信頼していいのかどうか。特に旧債権分の書籍返品や常備の扱いについて不満と不安を抱いている版元がいるということを忘れないで欲しいと思います。6日(月)の債権者集会では「時間の都合で」関係する組織の代表者数名からの質問だけでタイムオーバー、などとならないことを祈っています。

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◆7月1日14時現在

現役出版人およびOBの声。
どう見ても、計画倒産だよなぁ。弊社でも無視できない金額です」。
上位の取次店が吸収せずに倒産させたのは、少し出版社側にも負担させようとする業界全体の意思を感じさせますね」。
負債分を出版社と書店がかぶるようだと厳しい情勢になる」。

先方や関係筋から「再建のために協力して」と言われることは理解できなくはないです。しかし現状では「大手版元の後ろ盾があるし、その他大勢の出版社には泣いてもらおう、今までの売掛はチャラでお願い」と言っているに等しいような《傲慢さと都合の良さ》もまた、見え隠れしてしまっている情況です。負債を背負わせる相手に見せる態度とは思えません。こんなことでは債権者集会が思いやられます。

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◆7月1日19時現在

書評紙「図書新聞」さんがウェブサイトのトップに「【続報】栗田出版販売、民事再生――最大債権者となる出版社の反応は様々」という記事を掲出しておられます。個々の出版社が実名では公表できなかった「問題点」がはっきりと書かれています。必読です。

「取材した出版社に共通していたのは、栗田からの返品方法に対する疑問。6月25日までの栗田に対する売掛金が〝凍結〟されるながらも、大阪屋から出版社に支払われる毎月の売上から、栗田からの返品代金を控除するという手法を栗田・大阪屋は提案しているが、「売掛金と相殺するのが普通ではないか。疑問が残る」などと話していた」。

その通り! これは、6月25日までに版元から栗田へ納品された商品(これを便宜的に旧債権と呼びます)からの返品と、6月26日以降に版元から栗田へ納品された商品(こちらは新債権とします)からの返品を「区別できない」と栗田がくだんの文書で書いているため。要するに版元にとっては凍結されたはずの債権分から返品が出た場合、26日以降の栗田および大阪屋への売上から相殺してほしいと言われているわけで、栗田名義の大阪屋から実質的に「買い取れ」と迫られているという事態です。旧債権の一部を新債権で相殺?! それらは法的に判然と区別されるべきではないでしょうか。ここに多くの出版社が「債権額(旧債権)の1割すら戻ってくるかわからない情況なのに、さらに「支援・協力」の美名の元に、改装再利用できるかどうかわからない凍結債権分の自社商品を有料で引き取れってか」と激怒しているわけです。債権+買取というダブルパンチです。書店さんも栗田に確認した方がいいかもしれません。「送品・返品とも従来と何ら変更なし」と言ってるけど、6月25日以前の納品された分から返品した時、ちゃんと入帳して精算してくれますよね?と。しかし現状では書店さんへの説明会で「その件についてはのちほど誠実に個別対応させていただきます(版元が精算させてくれないかもしれないんだよなー)」などとは栗田が万が一でも答えない、という保証がどこにあるでしょうか。同様に、版元が持ちこたえられる保証もまた、ありません。連鎖倒産したらそもそも返品すらできなくなるでしょう。

債権額の大きさで言えば、統合予定である大阪屋の株主6社のうち、大手版元4社は栗田に対しおそらくそれぞれ数十億単位の債権があると推測されます。彼らが再生計画を支援するとなれば、債権「額」の2分の1には達するかもしれませんが、その他大勢が多い出版界ですから、債権「者」の2分の1とはなりません。再生計画が承認されるためには債権者集会で大口取引先を含む債権者の過半数の賛成を得なければならないはずですけれど、これをどうまとめるつもりなのか。会場に債権者が入りきらない事態が予想される(栗田は集会を分催する可能性があるかもと匂わせています)だけに、きな臭い空気が漂っています。

ご興味のある方は「民事再生 成功率」で検索すると上位に並んでいる2つの記事、「社会のカナリア 一歩前進 二歩後退」ブログで説明されている「民事再生の成功率は低い」という2010年4月11日のエントリーや、「All About」の「民事再生手続きを成功させるための5つのポイント」などをご参照ください。

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◆7月1日23時現在

取次、出版社、書店の三者がともどもに生き残れる道、それは正論や綺麗事で語れるものではありません。だからと言って、「より強い者が弱い者をねじ伏せることによってしか開けない道」が正解だとか、それが自然のなりゆきなんだとか決めつけるのはあまりにも貧しい発想です。そうではない別の生き方への岐路を選べるのかどうかということ、そしてそれを読者に示せるのかどうかということが、今回の出来事の最大の賭け金である、と言えるのかもしれません。出版とは現実に打ち克つ想像力を育む仕事でありたいものです。誰もが平等に幸福になることなど不可能に近いのだとしても、「別の道などない」と諦めてしまうなら、きっと未来に同じことの繰り返しを生むその因果を積むだけです。互いに異なる未来への道筋どうしの戦いは果たして避けられないのでしょうか。この先の推移を追う粘り強さと忍耐力と気力が残っていれば、「心配事あれこれ(3)」を書こうと思います。
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by urag | 2015-06-30 11:08 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 28日

注目近刊と新刊:井上奈奈『ウラオモテヤマネコ』堀之内出版、ほか

【週末定例の注目新刊をご紹介します。栗田さんの民事再生についての「通知内容」のまとめは近日中に投稿いたします。現在その筋から「正しい読み方」の確認を取っているところです。】

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絵本 ウラオモテヤマネコ
井上奈奈作・絵
堀之内出版 2015年6月 本体1,700円 B5判変型上製32頁 ISBN978-4-906708-59-8

帯文より:ウラオモテヤマネコは言う。「まぁ裏の世界からみれば 裏が表で表は裏なのだけれど」

推薦文1:胸に広がる宇宙。満天の星に見つめられ、かたく瞼を閉じる。旅をし、傷つき、埃にまみれて薄汚れてしまっても、その奥には、無垢の光が輝き続けている。さあ目をあけて、もう一度よく見てみるとしようか。その素晴らしき世界を。――前川貴行(動物写真家)

推薦文2:何千年とも月日を超えてもなお、その美しい姿をほとんど変えずに生き続けているネコ。そこに神秘的な力を見て、ネコを通して宇宙を感じている人間の一人です。物語りを読み終えると少し優しい視点で世界が見えてきました。もしかしたらウラオモテヤマネコは、すぐ側にいるのかもしれませんね。――川上麻衣子(女優・ガラスデザイナー)

★まもなく発売(7月7日予定)。『さいごのぞう』(キーステージ21、2014年1月)に続く、井上奈奈さんによる素敵な絵本作品第2弾です。堀之内出版さんと言えば『POSSE』や『Nyx』を刊行している瑞々しい左派系新進出版元として認識していたものですから、絵本を出されるということにまず新鮮な驚きを感じました。担当編集者のKさんは進取の気性に富んだ「旬な」逸材として人文業界では有名ですから、どんなジャンルに挑戦されても不思議ではありません。思いがけない「どこかへ」と連れて行ってくれる編集者として、近年ファン層が増えているのではないかと思われます。

★『ウラオモテヤマネコ』は温かみのある絵とシンプルな筋運びで読者を物語世界へと連れ出してくれる素敵な絵本です。表紙に書かれたウラオモテヤマネコは自らのお腹を開いて見せるのですが、表紙がくりぬかれていて、中の1頁目に煌めく星たちが見えます。吸い込まれるようにして読者は頁をめくるわけですが、どう読むかは人によってずいぶん異なるかもしれません。つまり、読者によって姿を変える絵本なのです。私は理想郷がそうでない平凡なものに反転することのメタファーを読みとりましたが、それはあるいは自分の鏡像なのかもしれません。

★絵本の随所に使われている金色が美しいです。サイトヲヒデユキさんによる装幀は素晴らしく、プレゼントにも向いていると思います。本作は「2015年、イリオモテヤマネコ発見50周年を記念して刊行され」、「売上の一部は、イリオモテヤマネコ保護基金に寄付」されるのだとか。長らく絶滅の危機にひんしているイリオモテヤマネコに思いを寄せる時、『ウラオモテヤマネコ』は人間が地上を踏破して住処に変えていくことの必然的な影響というものについて、読み手の想像力を豊かにしてくれる気がします。

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このほかにここ最近では次の本との出会いがありました。

本を読むときに何が起きているのか――ことばとビジュアルの間、目と頭の間』ピーター・メンデルサンド著、細谷由依子訳、山本貴光解説、フィルムアート社、2015年6月、本体2,600円、A5判並製448頁、ISBN978-4-8459-1452-4
その〈脳科学〉にご用心――脳画像で心はわかるのか』サリー・サテル&スコット・O・リリエンフェルド著、柴田裕之訳、紀伊國屋書店、2015年6月、本体2,000円、46判上製332頁、ISBN978-4-314-01129-7
歴史の仕事場(アトリエ)』フランソワ・フュレ著、浜田道夫・木下誠訳、藤原書店、2015年6月、本体3,800円、四六判上製384頁、ISBN978-4-86578-025-3
南方熊楠の謎――鶴見和子との対話』松居竜五編、藤原書店、2015年6月、本体2,800円、四六判上製288頁、ISBN978-4-86578-031-4

★『本を読むときに何が起きているのか』は発売済。アメリカの名門出版社クノッフ(Knopf)のアート・ディレクターを務めるブックデザイナーが数々のヴィジュアルを饒舌に散りばめつつも実にストイックに哲学的考察を積み重ねた、ユニークな造本の読書論です。高山宏さんの推薦文や目次は書名のリンク先でご覧になれます。原書は、What We See When We Read (Vintage, 2014)です。「見ることは理解することとは違う」と著者は強調します。見るということの《直接性の幻想》と向きあうために、この区別は当たり前のようでいてその実とても重要な認識です。出版人必読の書。日本語版解説「本と体の交わるところ〔インターフェイス〕――本書の遊び方」は山本貴光さんによるもの。ブッキッシュな香りが濃密に漂うところに山本さんあり。『アイデア』350号「特集=思想とデザイン」(2015年7月)にも山本さんの名前がありますが、この特集号についてはまた後日ご紹介します。

★『その〈脳科学〉にご用心』はまもなく発売(7月1日予定)。原書は、Brainwashed: The Seductive Appeal of Mindless Neuroscience (Basic Books, 2013)です。研究者たちのテレビ露出によって日本でもすっかりお茶の間におなじみとなりつつあるかもしれない「脳科学」ですが、世間的には「恋愛脳」「ゲーム脳」などというように一種の心理分析や性格診断の最新版程度のものという理解かもしれません。「脳科学の濫用」と「神経中心主義」への警鐘、と帯文に大書されている通り、本書は、マーケティング理論や裁判にもこんにち利用されている脳科学の氾濫のリスクをくっきりと示して、私たちを啓蒙してくれるありがたい本です。脳科学の発達は著しいものの、まだまだ脳は分からないことだらけなのだということを教えてくれます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★『歴史の仕事場(アトリエ)』と『南方熊楠の謎――鶴見和子との対話』は藤原書店さんの発売済新刊。前者はフランスにおける歴史学の大家フュレ(François Furet, 1927-1997)の論文集、L'atelier de l'histoire (Flammarion, 1982)の抄訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。82年の本を今頃、と思う方もおられるかもしれませんが、日本でのニューアカ・ブームのさなかで翻訳された80年代のフランスの人文書は限られたものであって、歴史認識上の盲点を消していく上で本書のような翻訳が有効であることは言うまでもありません。ル=ゴフやル=ロワ=ラデュリら「アナール学派第三世代」の中では異色だったフュレの立場が浮かび上がります。

★一方後者の『南方熊楠の謎』は「鶴見和子が切り拓いた熊楠研究の到達点」と銘打ち、比較文化研究者の松居竜五さんによる長篇書き下ろし論考「鶴見和子とその南方熊楠研究」を第I部とし、鶴見さんと研究者4名の座談会「南方熊楠の謎」を第II部とした魅力的なアンソロジーです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。座談会は鶴見さんの死去の1年前(2005年)に行ったもので、巻末収録の鶴見さんの「熊野行ノート」(1990年)とともにどちらも初公刊となるそうで、貴重です。座談会の鶴見さんは活き活きとして飾り気がなく、対話を楽しんでおられる様子がとても素敵です。ちょうど河出文庫版『南方熊楠コレクション』全5巻の新装版が今春発売されたばかりですから、併読すれば熊楠と鶴見さんの交差する知の世界をいっそう深く味わえるのではないかと思います。
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by urag | 2015-06-28 23:51 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 26日

栗田出版販売の民事再生に関する心配事あれこれ

取次第4位の栗田出版販売が本日(2015年6月26日)に民事再生法の適用を申請したとの報道が出ています。25日〆の翌日、しかも金曜日夕方にマスコミへ発表だなんて、ずいぶん周到じゃないですか。本社では今日通常通り業務されていましたよね、ほとんどの版元や書店にはむろん何も伝えてない。

【21時追記:申請が15時、保全命令が16:50に出たということで、そのあと栗田や大阪屋では来社していた版元に説明を始めたようです。また、来週からの出荷の納品先や伝票の書き方については栗田や大阪屋からFAXで取引先に案内が順次開始されるだろうと耳にしました。】

【21時半追記:ついに栗田からFAXが届きました。全17枚、うち2枚は大阪屋名義です。不鮮明なので読みにくそうですが、これから読みます(溜息)。】

【23時追記:仕事を挟みながらA4サイズ17枚をようやく読み終わりました。疲れた・・・。当エントリーに書いたいくつかの疑問への自答は近々書きこむつもりです。】

「文化通信」6月26日記事「栗田出版販売が民事再生を申請、大阪屋との経営統合目指す」によれば、「栗田出版販売は6月26日、東京地方裁判所に民事再生手続き開始を申し立てた。今後、大阪屋との経営統合による再生を目指すが、当面は大阪屋が仕入・返品業務を代行するほか、再生計画の認可後、経営統合までの期…」(以下の購読は有料登録が必要です)。

「帝国データバンク」大型倒産速報6月26日付「準大手・出版取次業者、出版取次では過去最大の倒産。栗田出版販売株式会社、民事再生法の適用を申請、負債134億9600万円」によれば、「〔・・・〕当社は、1918年(大正7年)6月創業、48年(昭和23年)6月に法人改組した業界準大手の雑誌・書籍取次販売業者。〔・・・〕約1800店内外の全国の書店に販売していた。他の大手業者とは異なり、中小・零細規模書店との関係構築に傾注し、〔・・・〕91年10月期には約701億7900万円を計上していた。 /しかし、近年は〔・・・〕減収基調が続き財務面も悪化。同業者との業務提携やグループ内での経営効率化などを進めていたものの、2014年9月期(97年に決算期変更)の年売上高は約329億3100万円に減少し、債務超過に転落していた。書籍の扱い部数の減少に歯止めがかからず、人員整理や営業所の統合を行うなどの合理化策も奏功せず、支え切れなくなり今回の措置となった。 /負債は2014年9月期末時点で約134億9600万円。 /なお、出版取次業者の倒産では過去最大の負債額となる」。

帝国データバンクの同記事はYahoo!ニュースBUSINESSやY!ファイナンスにも掲載中で、同記事を元にした「ITmedia eBook User」2015年06月26日17時15分更新の西尾泰三さんによる記事「栗田出版販売が民事再生申し立て 出版取次業者では過去最大の負債額――負債は2014年9月期末時点で約134億9600万円」も配信されました。同様の記事は「ITmediaビジネスONLINE」でも掲載されていますし、「ITmediaニュース」でも「取次準大手・栗田出版販売が民事再生申し立て 負債135億円」という簡潔な記事が出ました。「東京商工リサーチ」6月26日付記事「出版不況のあおりを受け、大手書籍取次で業界第4位の栗田出版販売(株)が民事再生法申請」でも報じられています。

【参照記事追加:「日経新聞」6月26日20:16更新「栗田出版販売が民事再生法申請 取次4位 」、「The Huffington Post」2015年06月26日19時51分JST投稿「栗田出版販売が民事再生法を申請 負債135億円、取次では過去最大の倒産」、「朝日新聞」2015年6月26日19時44分「出版取次の業界4位、栗田出版販売が再生法適用を申請」】

「新文化」6月26日付記事「栗田、民事再生手続き申請」によれば、「栗田出版販売は6月26日、東京地裁に対して民事再生手続き開始の申し立てを行い、同日午後4時50分ごろ同地裁が受理した」云々。業界人が詳報を期待して殺到しているらしくなかなか繋がりません。

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業界人として気になるのは次のようなあたりです。

・取次第3位の大阪屋との統合によって栗田帳合の書店は順次、大阪屋帳合になるのかどうか。戸田書店や書原はトーハンとの付き合いもあるので、大阪屋以外の取次に帳合変更をすることがありえるのかどうか。

・戸田書店や書原のような中堅チェーン以外の独立系の帳合書店の経営にはどのような影響があるのか。神保町の岩波ブックセンター信山社や、千駄木の往来堂、西国分寺のBOOKS隆文堂などなど、個性派書店が多い。

・栗田から何らかの通知がなければ、版元は来週明け29日以降、出荷を一時的に停止せざるをえない。取引先出版社や書店に案内が届くのはいつになるのか。

・特に影響が大きいのはTRCのストックブックスを太洋社から栗田に変更した版元であり、図書館への供給が一時的に止まる可能性がある。ストックブックスを日販帳合で出荷している版元には無関係だが、栗田扱いの版元はストックブックスをいずれ大阪屋に帳合変更することになるのか。

・OKCの共同設立など、協業には実績がある栗田と大阪屋だが、果たして本当に統合できるのか。ひと足早く危機を迎えた取次第5位の太洋社の場合は返品を出版共同流通、新刊納品を日販に委託している(注文納品は太洋社戸田センターで扱い、狭山の「在庫センター」は戸田センターに統合)。版元にとっては栗田も同様のイメージで、返品を今まで通り出版共同流通で扱い、新刊は太洋社同様に日販王子が扱うのかとも想像していた。大阪屋に統合の余力はあるのか(もっと正確に言えば、大阪屋の株主たちは今後も大阪屋を本気で支え続ける気がどこまであるのか)。

・民事再生の成功や大阪屋との統合がうまくいかないと(何としてもやり遂げるのでしょうが)、書店や版元の連鎖倒産につながりかねない。例えばベストセラー『絶歌』の支払いは、版元に全額補償されるのだろうか。嫌な話、この機会を「廃業の絶好のタイミング」とする取引先が出てこないとも限らない。

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その後ようやく繋がった「新文化」の記事「栗田、民事再生手続き申請」の続きを以下に引きつつコメントを添えます。

1)現在、日販などが出資する出版共同流通が再生期間におけるスポンサー企業として候補に挙がっている。今後は再生へ向けて大阪屋との統合を目指す考え。

→大阪屋との統合ということで間違いないようですが、そうなると出版共同流通という「日販=大阪屋=栗田=太洋社」(そこには日教販、講談社、小学館、集英社も関係しています)のいわば「紐帯」は今後どのような位置付けになるのか。綱引きのあとに最終的にはすべて「日販」傘下に統合されていくのか。

2)同26日以降、栗田は当面の間、大阪屋に信用補完と物流代行の支援を受け、出版共同流通、OKC、KBCと連携して物流を行う。出版社における「新刊・注文分」の取引主体は大阪屋。「栗田分」としてOKCに搬入する。返品主体も大阪屋で、出版共同流通を経由して行う。出版社の請求先は栗田の条件で大阪屋に変更する。書店はこれまで通りの取引で実務作業に変更はない。

→昨日6月25日〆の請求計算書は出版社はどこに送ればいいのか。栗田でいいのでしょうけれど、26日付の納品分はすでに栗田宛の伝票でOKCに納品済みです。29日からは大阪屋宛の伝票で納品する、ということなのかしら。

→帳合書店の実務作業に変更はないとのことですが、書店さんにも色々言い分はあることでしょう。

3)今後、7月6日ごろに債務者説明会を開催する予定。約3カ月後に再生計画案を提出、債権者集会はその2カ月後になると思われる。

→2001年12月の鈴木書店倒産以来の大きな説明会と集会になる、という版元が多いことでしょう。鈴木の時のように紛糾しないといいですが。

4)首都圏栗田会の奥村弘志会長(南天堂書房)は、早くも「栗田支援」を表明。大阪屋の株主6社も支援する方針を固めているようだ。

→大阪屋の株主6社というのは、昨秋の大阪屋再建で出資した楽天、大日本印刷、KADOKAWA、講談社、集英社、小学館の6社かと思われます。大阪屋ウェブサイトの会社概要によると主要株主は、楽天、大日本印刷、KADOKAWA、講談社、集英社、小学館、OSSで、取引銀行は三菱東京UFJ銀行、池田泉州銀行、但馬銀行、関西アーバン銀行、など。OSSというのは昨秋設立された大阪屋の持株会社である株式会社OSS(Osakaya Stock Society)のことで、「新文化」2014年10月9日付記事「大阪屋、6社による出資額は総額37億円に」によれば、「大阪屋の既存株主563人が所有する株式1394万株をOSSに移転して持株会社OSSを設立」と。古い情報ですが、wikipediaによれば大阪屋の主要株主には、講談社や小学館のほかに、新潮社や文藝春秋も挙がっていました。

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大阪屋が「栗田出版販売㈱ 民事再生申立にともなう表明」というPDFを6月26日付で公開しています。長文なので途中で区切りながらコメントと注釈を付します。

「本日6月26 日(金)15 時、栗田出版販売(株)が東京地方裁判所に民事再生手続き開始を申立て、即日同裁判所より保全命令が出されました。ご承知の通り、当社と栗田出版販売(株)とは、2009 年の包括的業務提携以来、2010 年に共同出資による(株)OKC を設立し、以降、新刊の出荷を中心に物流協業を行ってまいりました。/同社の今回の申立てにあたっては、当社出資先でもある出版共同流通(株)から、同社への再生期間における支援、並びに(株)OKC に対しての協業の意向表明をいただいており、当社は、そのような支援体制も含め、出版業界の混乱を避けるとともに、物流協業の立場から、出版共同流通(株)とともに同社の再生支援の一翼を担っていくことといたしました。/再生期における物流面では、出版共同流通(株)の支援をいただけることから、当社は商流面での支援のため「仕入代行機能」を担い、安定した商品供給をサポートしてまいります。また、同社再生期における出版共同流通(株)の支援期間を経た後の当社との更なる協業範囲の拡大・将来の統合の実現に向けた協議を進めてまいる所存です」。

→大阪屋の「仕入代行機能」というのは、版元の新刊見本も大阪屋の仕入窓口に持っていく、ということなのか、太洋社への新刊を日販王子に搬入するというのと同じく、仕入窓口は栗田で搬入は大阪屋ということなのか、よく分かりません。

「長期にわたる出版売上の低迷により、その規模はピーク時の3分の2まで縮小し、現在もその傾向に歯止めをかけることが出来ておりません。当社もこのような業量縮小傾向を見据えたなかで、経営基盤の強化に向け鋭意取り組みを進めているところです。/このような市場環境のもと、栗田出版販売(株)とは取引先書店のエリア性や特性、企業規模や文化といった観点からの親和性も高く、両社の個性や持ち味をいかしたかたちでの協業・統合効果を双方が享受できるものと考えております。また、協業・統合による取扱い規模の拡大は、当社が現在進めている注文物流機能の拡充や最新POSシステム構築といったサービスの活用効率、今後のオムニチャネルやO2Oビジネス展開といった面からの期待効果も大きいものと考えております」。

→「オムニチャンネル」とは、「IT用語辞典バイナリ」によれば「実店舗やオンラインストアをはじめとするあらゆる販売チャネルや流通チャネルを統合すること、および、そうした統合販売チャネルの構築によってどのような販売チャネルからも同じように商品を購入できる環境を実現することである。/オムニチャネルでは、実店舗、オンラインモールなどの通販サイト、自社サイト、テレビ通販、カタログ通販、ダイレクトメール、ソーシャルメディアなど、あらゆる顧客接点から同質の利便性で商品を注文・購入できるという点、および、ウェブ上で注文して店舗で受け取ったり店舗で在庫がなかった商品を即座にオンラインでの問い合わせで補ったりできるよう販路を融合する点、といった要素が含まれる」。

→また、「O2O(オーツーオー;Online to Offline)」とはこれまた上記バイナリによれば「主にEコマースの分野で用いられる用語で、オンラインとオフラインの購買活動が連携し合うこと、または、オンラインでの活動が実店舗などでの購買に影響を及ぼすこと、などの意味の語である。/O2Oの例としては、オンラインで商品価格や仕様を調べた上で店舗に赴き店頭で商品を購入する、オンラインで配布されるクーポンを実店舗で使用する、店頭に用意された情報源からオンラインに接続して商品やサービスの詳細情報にアクセスする、位置情報と連動させて近場の店舗の情報を発信する、といった行動を挙げることができる」。

「書店数の減少が続く中、当社や栗田出版販売(株)といった出版取次が経営基盤を安定させ存在感を持ち続けることが、出版マーケットの下支えに不可欠な出版流通の多様性(書店・出版社の取引の多様性)にもつながり、またそれが大きな意味で出版の多様性を担保することにもなるものと信じております。/栗田出版販売(株) 再生までの間、出版共同流通(株)、並びに当社出資元の出版社とも連携し同社再生を支援してまいります。〔・・・〕今後とも、皆様のご協力のもと様々なタイプの個性を持った街ナカ書店の活性化と、新たな「本のある空間」づくりに取り組み、心を育み、創造力を育てる「本の力」に多くの地域の皆様が触れていただける場を広げていけるよう努めてまいります」。

→「個性を持った街ナカ書店の活性化と、新たな「本のある空間」づくりに取り組み」というくだりに注目したいです。前者は独立系の個性豊かな小零細書店を引き続き応援する、という表明でしょうし、後者はリーディングスタイルが展開しているような外へ打って出る戦略をさらに進めるということなのでしょう。リーディングスタイルのほかにも、大阪屋ではMUJIキャナルシティ博多店で展開している「MUJI BOOKS」の企画・選書・運営を、かの松岡正剛さん率いる編集工学研究所に任せています。丸善丸の内本店の「松丸本舗」の閉店以後、このお店が成功すれば、リーディングスタイルに続く、「個性的な複合書店」の強力な推進力を大阪屋さんは得ることになるのでしょう。

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今日は栗田帳合以外の書店さんにとっても大きなニュースがありました。「日経新聞」6月26日付記事「出版6社、発売後一定期間で値下げ アマゾンと組む」で報じられた、本日26日から開始となる「夏の読書推進お買い得キャンペーン」の件です。これは、ダイヤモンド社・インプレス・主婦の友社・翔泳社・サンクチュアリ出版・廣済堂の6社の、発売から一定期間たった書籍約110点が、アマゾンで2割引きで販売されるキャンペーン。日経新聞は「低価格で集客したいアマゾンと、返品を減らしたい出版社の思惑が一致した」と報じています。

同様の記事には「ITmediaニュース」6月26日12時00分更新の「Amazon、発売後一定期間経った書籍を値下げ販売 「もしドラ」など110冊を期間限定で2割引き」があります。再販制度の破壊か、と激怒した書店さんがおられたということなのか、主婦の友はすぐにウェブサイトで「時限再販契約は結んでいない」と否定しました。「日本経済新聞6月26日付報道について」ではごく簡潔に「本日、日本経済新聞に掲載されました「アマゾンで2割値下げ」に関する記事について、全く事実と異なる部分についてご説明いたします。/主婦の友社はアマゾンと「時限再販契約」など一切結んでおりません。/詳細につきましては、下記のデータをご確認くださいませ」と書いて、PDFを公開しています。PDFには取締役販売担当の矢﨑謙三さんのお名前で、「本日、日本経済新聞に掲載されました「アマゾンで 2 割値下げ」に関する記事について、全く事実と異なる部分についてご説明いたします。主婦の友社はアマゾンと「時限再販契約」など一切結んでおりません。さも契約をしたかのような記事が掲載されたことに対し、アマゾン側、また報道した日本経済新聞社にも猛烈に抗議をいたし、アマゾンからは未契約の確認を取っております。この報道記事にて、大変ご不快な思いや混乱を招きましたことにつきまして、深くお詫び申しあげます」とのことです。

本件につきましては「ITmediaニュース」6月26日15時18分更新の「主婦の友社、日経報道に「猛烈に抗議」 Amazonの書籍値下げ販売めぐり」や、「新文化」6月26日付記事「主婦の友社、アマゾンとの時限再販契約を否定」もご参照ください。言うべきことは色々とありますが、アマゾンが値引き販売するなら、店頭の同商品も値引きするぞ、書店の損失分※は最終的に版元が補てんせよ、等々の抗議が書店さんの現場で起こりうるのは必至な気がします。

【※=27日12時注釈追記:定価販売で得られるはずだった売上を値引販売によって削られるということ。もともと書店の取り分は大きくないのに、アマゾンに客を持っていかれては余計に厳しい、という意味。版元にしてみればあくまでも特定の小売店を対象にした一時的なセールであり、一律に他店も一緒に全国的に展開する、という意図ではない。しかしアマゾンは全国の客から受注できるわけなので、リアル書店にしてみればたまったものではない。《小売の現場がないがしろにされているし、全国の新刊書店を敵に回した》、とすら思われるリスクが生じるだろうということ。ここでの版元と書店との間の認識の温度差と立場の違い、さらにアマゾンと他書店との間に生じている競争的溝は経験上から言って容易に縮まりようがない。win-winの関係などという業界の美辞麗句はもはや(というより最初から?)通用しないと思われる。】
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by urag | 2015-06-26 18:50 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 25日

7月新刊のご案内:シュスラー『ヤスパース入門』

2015年7月17日取次搬入予定 *哲学・思想

ヤスパース入門
ヴェルナー・シュスラー=著 岡田聡=訳
月曜社 2015年7月 本体3,200円 A5判上製232頁 ISBN978-4-86503-027-3

ただいまアマゾン・ジャパンにてご予約受付中

精神病理学から出発し哲学へと進んだドイツの思想家カール・ヤスパース(1883-1969)。ナチスによって大学を追われるという苦難をのりこえ、科学とも宗教とも異なる独自の知的実践を追究しつづけたその挑戦の根幹を懇切かつ平易に解説し、ヤスパース・ルネサンスへの扉を開く。西洋哲学の黄昏から世界哲学の夜明けへ。【シリーズ・古典転生】第12回配本、本巻11。

目次:
日本語版へのまえがき
序章:哲学の「自己忘却」
第1章:哲学と来歴
第2章:科学と区別される哲学
第3章:宗教と区別される哲学
第4章:哲学の根源――限界状況
第5章:哲学の方法――超越
第6章:哲学の本来の「対象」(1)実存
第7章:哲学の本来の「対象」(2)超越者
第8章:哲学の根本知――包括者論
第9章:哲学の真理
第10章:哲学と進歩――技術
第11章:哲学と権力――政治
第12章:哲学の歴史
終章:世界の中の哲学
文献一覧 ※著者自身によりアップデートされたヴァージョン
ヤスパース略年譜
訳者あとがき

原書:Jaspers zur Einführung, Junius Verlag, 1995.

ヴェルナー・シュスラー(Werner Schüßler, 1955-):ドイツの哲学者、神学者。トリーア大学神学部哲学講座正教授。著書:『パウル・ティリッヒの初期著作における哲学的神思想』(1986年、未訳)、『宗教と非宗教の彼岸』(1989年、未訳)、『ライプニッツの人間知性の理解』(1992年、未訳)、『ヤスパース入門』(1995年、本書)、『パウル・ティリッヒ』(1997年、未訳)、『「われわれに無制約的に関わるもの」』(1999年/第2版2004年/第3版2009年/第4版2015年、未訳)、『「守られていないことにおいて守られていること」』(2008年、未訳)。

岡田聡(おかだ・さとし:1981-)早稲田大学大学院文学研究科人文科学専攻哲学コース博士後期課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員PD(京都大学キリスト教学研究室)。日本ヤスパース協会委員。翻訳:リクール「カール・ヤスパースにおける哲学と宗教」(デュフレンヌ/リクール『カール・ヤスパースと実存哲学』所収、月曜社、2013年)。
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by urag | 2015-06-25 10:40 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 23日

首都大人文研『人文学報』511号で特集「デリダ没後10年」

弊社出版物でお世話になった訳者の先生方の最近のご活躍をご紹介します。

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★西山雄二さん(訳書:デリダ『条件なき大学』、共訳:『ブランショ政治論集』)
首都大学東京人文科学研究科が発行する紀要「人文学報」511号が今月発行され、西山雄二さんのディレクションのもと、「ジャック・デリダ没後10年」の特集が組まれました。同号のPDFは首都大学東京機関リポジトリ「みやこ鳥」で順次無料配布されます。紙媒体をご希望の方は「返信用封筒に300円を貼って送って下さい。192-0397八王子市南大沢1-1首都大学東京 5号館5階仏文・西山雄二まで」とのことです。下記に特集頁の目次を掲出します。

人文学報 no.511(フランス文学)
首都大学東京人文科学研究科 2015年6月刊 非売品 A5判並製340頁 ISSN0386-8729

【ジャック・デリダ没後10年】
はじめに|西山雄二
民主主義の恒常性と一貫性|ジェローム・レーブル(訳=松田智裕、横田祐美子)
デリダとランシエールにおける民主主義と他者の問い|亀井大輔
ドゥルーズとデリダ、両者の運動は同じではない……|ジャン=クレ・マルタン(訳=大江倫子、西山雄二)
「最後のユダヤ人」──デリダ、ユダヤ教とアブラハム的なもの|ジゼル・ベルクマン(訳=佐藤香織)
供儀に捧げられた、動物の二つの身体──ジャック・デリダの哲学における動物‐政治概念についての考察|パトリック・ロレッド(訳=吉松覚)
ジャック・デリダ、動物性の詩学──無人間的なものについて|ジェラール・ベンスーサン(訳=桐谷慧)
猫、眼差し、そして死|ダリン・テネフ(訳=南谷奉良)
ダリン・テネフ「猫、眼差し、そして死」への応答|大杉重男、南谷奉良、山本潤
デリダにおける贈与と交換(Derridative)|ダリン・テネフ(訳=横田祐美子、松田智裕、亀井大輔)

★鵜飼哲さん(共訳:ジュネ『公然たる敵』)
上記特集で論考が訳出されているパトリック・ロレッドさんが来月来日し、東京と大阪、京都で講演を行います。西山さんや鵜飼さんが参加されています。ロレッドさんはリヨン第三大学講師で、博士論文「動物性のポリティックス──ジャック・デリダの哲学における主権、動物性、脱構築」が今年2015年にVrinから刊行予定とのことです。既刊著書に、Jacques Derrida : Politique et éthique de l'animalité (Sils Maria, 2013)があります。

◎パトリック・ロレッド(Patrick Llored:リヨン第三大学)連続セミナー「デリダの動物哲学 La philosophie animale de Derrida」

内容:ジャック・デリダの動物論研究の第一人者Patrick Lloredパトリック・ロレッド氏(リヨン第三大学)を招聘して、連続セミナー「デリダの動物哲学 La philosophie animale de Derrida」を開催します。昨2014年、日本では『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』『獣と主権者』の日本語訳が刊行されました。ロレッド氏とともに、デリダの動物論の可能性をめぐって、ベンヤミン、ドゥルーズ、レヴィナスとの比較を通じて、政治、哲学、倫理といった分野で議論します。全4回とも使用言語:フランス語、日本語翻訳配布、通訳付で、入場無料、事前予約不要とのことです。

◆「供犠、暴力、正義の可能性──国家をめぐるデリダとベンヤミンの論争」
« Le sacrifice, la violence et la possibilité de la justice. Le débat sur l'Etat entre Derrida et Benjamin »

日時:2015年7月7日(火)17.00-20.00
場所:早稲田大学 (戸山)33号館3階第1会議室
司会:藤本一勇(早稲田大学)
コメント:鵜飼哲(一橋大学)
主催:早稲田大学文学学術院 表象・メディア論系、脱構築研究会

◆「動物たちは死ぬのか?──動物、死、私たち」
« Les animaux meurent-ils ? L'animal, la mort et nous »

日時:2015年7月8日(水)16.30-18.00
場所:首都大学東京(南大沢) 本部棟2階 特別会議室
司会:西山雄二(首都大学東京)
主催:首都大学東京・傾斜的研究費「日本における「フレンチ・セオリー」の受容と展開」

◆「動物たちは人間たちと同じく、愚かになることができるのか?──超越論的愚かさをめぐるデリダとドゥルーズの論争」
« Les animaux, comme les humains, peuvent-ils être bêtes ? Le débat sur la bêtise transcendantale entre Derrida et Deleuze »

日時:2015年7月9日(木)17.00-20.00
場所:大阪大学(吹田)人間科学部東館303
司会:檜垣立哉(大阪大学)
主催:科研費(基盤B)「ドゥルーズ研究の国際拠点の形成」

◆「人間の倫理は供犠的なものか?──あらゆる倫理のアポリアをめぐるデリダとレヴィナスの論争」
« L'éthique humaniste est-elle sacrificielle ? Le débat sur les apories de toute éthique entre Derrida et Levinas »

日時:2015年7月10日(金)17.00-19.00
場所:立命館大学(衣笠)末川記念会館・第三会議室
司会:加國尚志(立命館大学)、亀井大輔(立命館大学)
主催:科研費(基盤C)「遺稿調査にもとづくジャック・デリダの脱構築思想の生成史の解明」、立命館大学間文化現象学研究センター


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by urag | 2015-06-23 19:27 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 22日

注目新刊:戦争論アンソロジーとチョムスキー対談本

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弊社出版物でお世話になった訳者の先生方の最近のご活躍をご紹介します。戦後70年の節目にあたり、戦争の過去と現在、そして未来について考え直すきっかけになる新刊が色々と出版され始めています。8月の終戦記念日に向けてますます関連書が増えていくのではないかと思われます。安保法制の審議が9月まで延長されるようですし、早めにコーナーを作るなどの対処をしてくださる本屋さんがあったらいいですね。

★鵜飼哲さん(共訳:ジュネ『公然たる敵』)
戦後70年を記念して刊行された戦争をめぐるアンソロジー『戦争思想2015』に寄稿されています。本書は5月に刊行された、戦中戦後の戦争論を集成したアンソロジー『戦争はどのように語られてきたか』に続くものです。書誌情報と目次を列記いたします。

戦争思想2015
河出書房新社編集部編
河出書房新社 2015年6月 本体1,800円 A5判並製224頁 ISBN978-4-309-24714-4

帯文より:戦後70年、いま、戦争とは何か? 戦争をどう考えるべきか? 問題の核心をとらえる14の視点。

目次:
西谷修:戦争の現在を問う (インタヴュー;2~25頁)
笠井潔:シャルリ・エブド事件と世界内戦 (寄稿;26~39頁)
鵜飼哲:「戦士社会」と「積極的平和主義」――アルジェリアから〈戦争の現在〉を考える (寄稿;40~51頁)
片山杜秀:むかし間違えたこと。いま間違えているかもしれないこと――アメリカと中国のはざまで (寄稿;52~65頁)
加藤直樹:「昭和十九年」を生きる (寄稿;66~90頁)
白井聡:永続敗戦レジームの純化と危機 (インタヴュー;91~114頁)
田島正樹:安全保障をめぐる弁証法的政治 (寄稿;115~126頁)
小泉義之:戦争と平和と人道の共犯 (寄稿;127~136頁)
山城むつみ:前線から遠く離れて――ヤン・パトチカを楕円化する (寄稿;137~147頁)
橋本努:テロリズムとの戦争 (寄稿;148~159頁)
三浦瑠麗:戦争と平和と日本人 (寄稿;160~173頁)
椹木野衣:絵画における「近代の超克」と「戦後レジームからの脱却」――成田亨と戦争画 (寄稿;174~190頁)
若松英輔:魔王と霊性――鈴木大拙の戦中と戦後 (寄稿;191~207頁)
長濱一眞:居心地の悪さ――イーストウッド『アメリカン・スナイパー』試論 (寄稿;208~223頁)


★本橋哲也さん(訳書:ジェームズ『境界を越えて』、共訳:スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
各紙書評に取り上げられているC・L・R・ジェームズ『境界を越えて』(弊社3月刊)の翻訳を担当された本橋さんが早くももう一冊の訳書を上梓されました。原書は、On Western Terrorism: From Hiroshima to Drone Warfare (Pluto Press, 2013)です。以下に書誌情報と目次内容を列記します。

チョムスキーが語る戦争のからくり――ヒロシマからドローン兵器の時代まで
ノーム・チョムスキー+アンドレ・ヴルチェク著 本橋哲也訳
平凡社 2015年6月 本体1,700円 4-6判並製232頁 ISBN978-4-582-70329-0

帯文より:緊急出版。安保法制改悪! 敗戦後70年、ついに実戦配備。これが自衛隊の現実だ。鉄壁な情報操作により自国の利益追求を正義論へとすり替えてきた西側諸国。巧妙なプロパガンダの陰で、反テロリズムという名のテロリズム=戦争はいかに遂行されてきたか。世界中の現場を歩くジャーナリストが現代アメリカ最後の良心に問う。

目次:
まえがき(アンドレ・ヴルチェク)
第一章 植民地主義の暴力的遺産
第二章 西洋の犯罪を隠蔽する
第三章 プロパガンダとメディア
第四章 ソヴィエト・ブロック
第五章 インドと中国
第六章 ラテンアメリカ
第七章 中東とアラブの春
第八章 地球上でもっとも破壊された場所における希望
第九章 米国権力の衰え
訳者あとがき
年表
索引
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by urag | 2015-06-22 16:59 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 21日

注目近刊:『吉本隆明全集9[1964‐1968]』晶文社、など

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吉本隆明全集9[1964‐1968]
吉本隆明著
晶文社 2015年6月 本体6,300円 A5判変型上製568頁 ISBN978-4-7949-7109-8

帯文より:人と社会の核心にある問題に向けて、深く垂鉛をおろして考えつづけた思想家のすべて。政治的混迷の季節に虚飾にまみれたマルクスを救出するという緊張のもと書かれた『カール・マルクス』と、「自立」を基礎づける諸論考を収録。

★まもなく発売(6月26日発売予定)。第6回配本です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。間宮幹彦さんによる巻末解題によれば、一番最後に収められた「略年譜」が全集初収録となるようです。投げ込みの「月報6」には、鹿島茂さんによる「違和感からの出発」と、ハルノ宵子さんの「小さく稼ぐ」が収められています。

★鹿島さんは「言葉を使うということは「他人の言葉」を使うことにほかならない」(2頁)と指摘したあと、こう述べておられます。「大部分の人は「他人の言葉を使う」ということになんの違和感も感じない。違和感を感じなければ感じないだけ、他人の言葉を上手に話せるし、上手に書くことができる。/ところが、ごくまれにだが、「他人の言葉を使う」ことに強い違和感を感じる人が現れる。他人の言葉で自分が言いたいことを言おうとすると、なにか引っ掛かるものを感じ、本当に自分が言いたかったのはこんなことじゃないと思うのだ」(同)。吉本隆明は「「他人の言葉」では表現しえない「本当のこと」を言おうともがいた詩人であり、その方法論を著作に応用した」(3頁)のだ、と鹿島さんは書きます。

★こうしたいわば独立独歩の姿勢を、本巻の随所から強く感じる読者は多いのではないかと思います。たとえば1965年発表の「自立の思想的拠点」には次のような文章があります。

「〈プロレタリアート〉とか〈階級〉とかいう理念の言葉が、生命をふきこまれるためには、この言葉の現実にたいする水準と、幻想性にたいする水準とがはっきりと確定されていなければならない。ルカーチに象徴される古典マルクス主義の哲学では、はじめから生命をふきこむ余地がない言語思想が支配しているのである。/わたしが、これはおかしいこれはおかしいと感じながら批判的にかかわってきた世界思想は、事実と言葉との密着という詐術によってしか成立しないものであった。これに気づいたとき、欠陥を対象とすることは、たとえ批判または否定であってさえも、対象的欠陥にしかすぎないことを体験的にしったのである。すくなくともわたしの言語思想が自立の相貌をおびて展開されたのはそれ以後である」(「自立の思想的拠点」157頁)。

★自立の姿勢は、1961年に吉本さんが創刊した雑誌『試行』にも随所に現れています。

「マス・コミよりも、ディス・コミのほうがよい、広告するよりも、しないほうがよい、多数の浮動的な読者によまれるよりも、小数の定着した読者によまれるほうがよい、企図的な編集よりも、自立した主題の追究のほうがよい、知られるよりも知られないほうがよい、といった無数の〈転倒〉を課題として自らにつきつけながら出発して、『試行』もここで20号に達しました」(「中共の『文化革命』についての書簡――内村剛介様」333頁)。

「『試行』はけっしてアカデミックな学者に退化しない。たえず生々しい問題意識をもって現在の情況をつきぬけるためだけに研鑽するのである」(『試行』後記〔第二一号〕534頁)。

★アカデミシャンでも党員でもなく在野の一個人として考え抜くこと。抽象的な議論を振りまわして他人事のように日和見で語るのではなく、大衆の一人として自分自身の今を生き抜くこと。いちいち細かくは引用しませんが、これが本書より読み取れるメッセージです。ここに吉本さんのアイデンティティがあるように感じます。

「死ぬべき文学の思潮を死なせないためには、個々の文学者の持続的な努力によるほかはないのである。どんな文学的孤立にも、マス・コミからの孤立にも耐えて、じぶんを確かめてゆく持続力だけが、現実離れの恐怖に耐えうる唯一の道であることは余りに自明である」(「戦後思想の荒廃」230頁)。

「わたしは、個人がたれでも誤謬をもつものだということを、個性の本質として信じる。しかし、誤謬に普遍性や組織性の後光をかぶせて語ろうとするものをみると、憎悪を感じる。なぜならば、それは人間の弱さを普遍性として提出しようとしているからであり、弱さは個人の内部に個性としてあるときにだけ美しいからだ」(「カール・マルクス マルクス紀行」36頁)。

「誤謬は、自己自身の脳髄のなかにしかないので、つまらぬ本をかいて同類の箸にも棒にもかからぬ連中にほめそやされても、自惚れるべきではない。批判に価しないから批判しないだけだ、ということもこの世にはありうるのである」(「カール・マルクス マルクス紀行」58頁)。

「知識について関与せず生き死にした市井の無数の人物よりも、知識に関与し、記述の歴史に登場したものは価値があり、またなみはずれて関与したものは、なみはずれて価値あるものであると幻想することも、人間にとって必然であるといえる。しかし、この種の認識はあくまでも幻想の領域に属している。幻想の領域から、現実の領域へとはせくだるとき、じつはこういった判断がなりたたないことがすぐにわかる。市井の片隅に生き死にした人物のほうが、判断の蓄積や、生涯にであったことの累積について、けっして単純でもなければ劣っているわけでもない。これは、じつはわたしたちがかんがえているよりもずっと怖ろしいことである」(「カール・マルクス マルクス伝」66頁)。

★吉本さんのスタンスというのは単純な左派に分類しうるものではありません。特に1965年に発表された「戦後思想の荒廃」は、実に半世紀前の文章ながら、戦争と平和のはざまに宙吊りになっていると言っていい2015年の私たちに「自立して考えること」について、今なお示唆を与えてくれるように思えます。

「たんに一思想家が進歩的か保守的か革命的かが問題なのではなく、かれが如何に深い根柢をもつか、如何に何ものかの象徴であるかという位相で、その重要さ、貴重さを評価される理由があるのだ。つまらぬ進歩思想家よりも、すぐれた保守思想家が貴重であるという意味は、思想の内在的な領域では不滅の根拠をもっている。おなじように、マス・コミ現象の内部で、〈戦後民主主義〉を擁護するか、絞殺するかという問題は、何ものをも意味していない。もしも、絞殺されて惜しまれるような理念が存在するとすれば、それは文化現象より以前に、現実的な生活の領域で絞殺された後に、文化の領域にあらわれたものであることを、はっきりとさせておいた方がいい。/そうでないと、もともと最後にしか絞殺されることのない学者の学問の自由の弾圧で、権力の弾圧史を考察しようとしたり、もっとも無意味な学者の抵抗で、権力への抵抗史を論じたりする現在のような倒錯におちいってしまう。学問の自由が奪われたなどと学者が泣き言をいうときは、それよりもはるか以前に生活者の自由は奪われており、ただ声を出さないだけだということを知っておくのはよいことである」(「戦後思想の荒廃」232-233頁)。

「現在の世界の情況では、戦争=平和のはざまに懸垂された状態で生きてゆくことは、知識人にとっても組織的な労働者にとっても辛い困難な課題を強制している。現在の強制的な平和は人間にたいして、どんな生き方も卑小であり、どんな事件も卑小であり、それを出口なしの状態で日常的に耐えながら受けとめ、そこから思想の課題を組みあげるということを強要している。どのような無気力な現状肯定の思想にとっても、どのような気力ある変革の思想にとっても、卑小であるがゆえに一層困難な状態を強いている。この逆説的な情況に耐えられず、たとえ他国の出来事であり、遠隔と複雑さから真相がけっしてうかがいえないといった事件であっても、その主題に逃亡したいという機制がうまれ、ジャーナリズムを賑わし、そこに自己の〈平和〉理念とか〈反戦〉理念とかのハケ口をもとめようとする傾向を生みだし、賑やかなベトナム祭りや原水禁祭りになだれこむ知識人が存在することもやむをえない弱小な思想の表現というべきである」(「戦後思想の荒廃」234-235頁)。

「わたしが、ひとりの知識人としてじぶんを自己限定するとすれば、なによりもさきに国家権力について思いをめぐらすだろうし、生活人としてじぶんを自己限定するとすれば、明日の食料や生活についてかんがえるだろう。そして「人類の運命」というものは、現在のところ国家権力への考察を媒介としないで考えられないこと、かんがえようとすれば架空の考察、せいぜい異常な想像の図絵におちいるほかないとかんがえざるをえないだろう。また、わたしが「日本原水爆被害者団体協議会」の組織的一員であったと仮定したら、知識人として機能している大江健三郎やわたし自身や政党などに協賛を依頼するような無残なことをせずに、自力で被爆資料の収集と出版をやりとげるだろう。また、わたしがひとりの孤立したふつうの被爆者だったらこの社会に誰とも区別されず、さわがれもせず生きそして死ぬという生涯を念願するだろう。わたしが、ベトナム戦争介入反対というスローガンをかかげることがベトナム人民への連帯であるとは考えないように、原爆を体験した人々について思いだし、その事業に協力することが、被爆者への連帯とはかんがえないことは自明のことにすぎない。そうかんがえることは政治的あるいは知識的な第三者がたどる決定したコースであることは、戦後二十年の思想体験によって熟知されているからである」(「戦後思想の荒廃」242頁)。

★〈吉本隆明を読む〉ことのアクチュアリティは、特定の組織や派閥や主義主張に所属したり帰属したりせずに戦おうとする人々にとって決して失われることのない価値として見出され続けていくように思えます。逆に言えば所属や帰属に縛られている以上はけっして本当には〈身読〉できないのが吉本隆明という思想家なのでしょう。今どれくらい読者がいるかどうかが問題なのではなく、晶文社版全集が継続されているという事実がいずれ重大な意義を後世に残すことになるのだろうと感じます。

「書物は、読むたびにあたらしく問いかけるものをもっている。いや、たえずあたらしく問いかけてくるものをさして書物と呼ぶといってもおなじだ。書物がむこうがわに固定しているのに、読むものが、書物に対して成熟し、流動していくからである。書物のがわからするこの問いかけが、こういう流動にたえてなおその世界にひきずりこむ力をもち、ある逃れられないつよさをもって、読むものを束縛するとき、わたしたちは、その書物を古典と呼んでいいであろう」(「カール・マルクス マルクス紀行」29頁)。

★なお、第9巻において出版人にとってもっとも印象的なテクストは間違いなく、春秋社編集長の岩淵五郎さんの逝去に際して書かれた2つの追悼文ではないかと思います。「じぶんのこれからの生が半ぶん萎えてゆくのを感ずる」(「ある編集者の死」457頁)。「〈現存するもっとも優れた大衆が死んだ〉」(「ひとつの死」462頁)。岩淵さんは1966年2月4日の全日空羽田沖墜落事故(乗員乗客133人全員が死亡)でお亡くなりになりました。作家=編集者の付き合いという以上に、人間同士の付き合いとして大切な相手だったことが窺えます。次回配本は第10巻「1965‐1971:共同幻想論/心的現象論序説/春秋社版『高村光太郎選集』解題」で、今年9月刊行予定とのことです。

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性からよむ中国史――男女隔離・纏足・同性愛
スーザン・マン著 小浜正子+リンダ・グローブ監訳 秋山洋子+板橋暁子+大橋史恵訳
平凡社 2015年6月 本体2,800円 A5判並製320頁 ISBN978-4-582-48221-8

帯文より:儒教的慣習うあ一人っ子政策の下での女児殺害といびつな男女比、独身男性や自殺する女性の多さ、アイデンティティの表明としての纏足や辮髪、同姓愛や異性装をめぐつ価値観の変遷――。歴史家が見てこなかったこと。政治や法、医学、芸術、スポーツまで、西洋的概念では捉えきれない、性の視点から見渡す伝統中国から近現代中国への変化。

目次:
日本語版への序
はじめに 性に歴史はあるのか
序章 〈閨秀〉と〈光棍〉
第一部 ジェンダー、セクシュアリティ、国家
 第一章 家族と国家――女性隔離
 第二章 女性の人身売買と独身男性問題
 第三章 政治と法のなかのセクシュアリティとジェンダー関係
第二部、ジェンダー、セクシュアリティ、身体
 第四章 医学・芸術・スポーツの中の身体
 第五章 装飾され、誇示され、隠蔽され、変形された身体
 第六章 放棄される身体――女性の身体と女児殺し
第三部 ジェンダー、セクシュアリティ、他者
 第七章 同性関係とトランスジェンダー
 第八章 創作のなかのセクシュアリティ
 第九章 セクシュアリティと他者
終章 ジェンダー、セクシュアリティ、公民性
おわりに ジェンダーとセクシュアリティは歴史分析に有益か
原注
訳注
解説(小浜正子)
参考文献
索引

★まもなく発売(6月26日発売予定)。原書は、Gender and Sexuality in Modern Chinese History (New York: Cambridge University Press, 2011)です。著者のスーザン・マン(Susan L. Mann)はカリフォルニア大学デイビス校歴史学部の名誉教授。ミシガン大で学士、スタンフォード大で修士と博士を得たのち、ノースウェスタン大、シカゴ大、スタンフォード大、カリフォルニア大サンタクルス校や同大デイビス校で教鞭を執られました。ご専門は中国近現代史です。論文単位では翻訳がありましたが、単独著書が訳されるのは初めてかと思います。単独著は4冊あって、今回訳されたのは最新作になります。幾度か来日された経歴をお持ちで(直近では2000年)、1985年上半期にはお茶の水女子大の客員教授をおつとめだったこともあります。同姓同名が多いので洋書を探す際には注意する必要がありますけれども、訳書では紛らわしいものはありません。

★著者は「日本語版への序」でこう書いています。「わたしの知る限りでは、欧米の研究書の大部分、そして教え子の学生たちが目にする一般書のほとんどが、中国史における女性の位置について大きな誤解を生じるような書き方をしていました」(4頁)。「聖書に書かれた罪が存在しないところでは、セクシュアリティはどんなふうに文化的に形成されるのか。私は学生たちに、中国のケースを通してそれを理解させたかったのです」(5頁)。大学生向きに書かれた本書で著者は「異なる文化的背景におけるセクシュアリティとジェンダーの関係についての研究は、西洋的近代を普遍的モデルとする考え方に対する異議申し立てにもなる」(「序章」44頁)という信念のもと、丹念に史料にあたっておられます。日本の読者は纏足や『金瓶梅』については多少聞き及んでいるでしょうけれども、本書が紹介するのはさらに幅広い文化史です。現代中国のトピックも色々と取り上げられているので、性をめぐる中国史の変遷と現在を学ぶことができます。たいへん啓発的で貴重な概説書です。

★「古代中国の思想家たちが性欲に強い関心を注いでいたということや、性的行動に統制や規定を課す動きが朝廷につねにあったということには関心が払われていない。歴史家の目はそこに向けられてこなかった。/大学の講義の場でも、性科学には居場所がない。中国研究では、ジェンダーとセクシュアリティの歴史的構築というようなテーマについて、関心が集まりはじめたばかりといったところだろう、教育というものの目的は、文化を越えた知識を広く身につけたグローバルな市民を創り出すことにあるのだということがよく言われる。性は、現代社会において最も魅惑にあふれ、文化的な価値づけがおこなわれている領域である。性を関心対象から外してしまえば、われわれの視野は狭くなり、特定文化にのみ縛られてしまうことになる。異なる文化においてジェンダーとセクシュアリティがどのように扱われているかを知ることは、世界に生きるということの多様性に対して目を向けるということに等しい。〔・・・〕セクシュアリティについての批判的歴史分析をおこなうことの有益さは、心を開いて自由な精神をたずさえ、自文化の抱える危険な制約や輝かしい可能性についての内省的な気づきを得ることにあるのだ」(「おわりに」263-264頁)。
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by urag | 2015-06-21 23:13 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 19日

本日取次搬入:『年報カルチュラル・スタディーズ vol.3』(航思社)に書評掲載

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カルチュラル・スタディーズ学会の年刊学会誌『年報カルチュラル・スタディーズ』第3号(特集〈戦争〉)に、弊社3月刊行のジェームズ著『境界を越えて』の書評「世界史と芸術論を架橋する革命的クリケット文化批評」が掲載されました(228~234頁)。評者は大阪大学文学研究家助教の赤尾光春さんです。「競技やスポーツがもつ社会史的意義やその政治性についてこれほど革命的に論じた本にはお目にかかった試しがない」と評していただきました。

『年報カルチュラル・スタディーズ』第3号は本日取次搬入とのことなので、来週から書店店頭に並び始めるのではないかと思われます。同誌は今号から航思社さんより発行発売されます。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。主な取り扱い書店さんもリンク先でご確認いただけます。安保法案が拙速に押し通されようとされている昨今、今回の「戦争」特集号は様々な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。第4号は来年6月に発売予定だそうです。

一方、「週刊読書人」(2015年6月12日付)に、弊社3月刊行の阿部将伸著『存在とロゴス――初期ハイデガーにおけるアリストテレス解釈』の書評「読み手へを思索へと誘う――アリストテレス解釈について詳細な見取り図を提示」が掲載されました(4面)。評者は兵庫教育大学教授の森秀樹さんです。「本書は、豊饒さの故に見通しがきかなかったアリストテレス解釈について詳細な見取り図を提示することに見事に成功している」と評していただきました。
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by urag | 2015-06-19 17:09 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 17日

リレー講義「文化を職業にする」@明星大学

先週土曜日は、明星大学日野キャンパスにお邪魔し、リレー講義「文化を職業にする」の第2回の授業で発表させていただきました。今年で4回目の参加になりますが、今回はテーマを「独立系出版社の挑戦」と題し、学生時代の就職活動から就職浪人、出版社アルバイトを経て社員採用、2回の転職、そして独立から創業15年へと至る個人的体験をお話ししました。ご清聴いただきありがとうございました。また、担当教官の小林一岳先生に深謝申し上げます。受講された皆さんとどこかで再会できることを楽しみにしています。レジュメにメアドを記しましたので、よろしければご一報ください。今後ともどうぞよろしくお願いします。

2012年6月16日「文化を職業にする」
2013年6月15日「独立系出版社の仕事」
2014年6月07日「変貌する出版界と独立系出版社の仕事」
2015年6月13日「独立系出版社の挑戦」
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by urag | 2015-06-17 12:37 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 14日

注目新刊と近刊:『ユング『赤の書』の心理学』創元社、ほか

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ユング『赤の書』の心理学――死者の嘆き声を聴く
ジェイムズ・ヒルマン+ソヌ・シャムダサーニ著 河合俊雄監訳 名取琢自訳
創元社 2015年6月 本体3,600円 A5判上製290頁 ISBN978-4-422-11592-4

帯文より:『赤の書』の本質を読み解きながら、「『赤の書』以降」の来るべき心理学の姿を展望する。C・G・ユングによる空前の書『赤の書』の刊行を機に行われた元型的心理学の創始者と『赤の書』編者による連続対話の全記録。死者、イメージ、歴史、芸術、キリスト教などのテーマを導きとして『赤の書』の圧倒的な内容がはらむインパクトや可能性を明らかにする。

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ユングの『赤の書』(ソヌ・シャムダサーニ編、河合俊雄監訳、田中康裕・高月玲子・猪股剛訳、創元社、2010年)、『赤の書 テキスト版』(創元社、2014年)に続く関連書の刊行です。ユング派の重鎮ヒルマンと『赤の書』の編訳者シャムダサーニによる全部で15回の対話が収録されており、人名および事項索引を備え、巻末には訳者の名取琢自さんによる解題が付されています。

★シャムダサーニの序文によれば、「2009年10月、ジェイムズ・ヒルマンと私はC・G・ユングの新刊となる『赤の書』出版というまたとない機会を得て、連続した対談を行うことになった。2010年4月にはカリフォルニア州ロサンゼルスのハマー美術館の招待を受けて、公開での対談を行った。その後、同じ年の秋と翌年の夏、それぞれコネチカットとニューヨークで対談し、さらに検討を続けることとなった。本書はこれらの対話の筆記録から生まれたものである。同じモチーフやテーマが何度も現れ、違う角度から検討されているが、略さずにそのまま収録した。草稿のテキストには両者が目を通し、ヒルマンが2011年秋に亡くなる直前に最終版原稿が仕上がった。対話中に言及された著作の出典に関しては私が注を加えた。その他の加筆は編集時の字句修正のみにとどめた」とのことです。

★周知の通り『赤の書』は大判の本ですが、その大きさについて二人はこんな風に話しています。

シャムダサーニ「ノートン社のジム・メアーズ氏だと思うのですが、彼が、この書を非常に重くするという偉大な仕事をされました。これは通勤電車のブラック・ベリーやiPodのようなものと競合しようとする書物ではないのです。海水浴に持っていけるような本ではありません。〔・・・〕読むためのイーゼルをしつらえることを要請する作品なのです」(対話第1回、33頁)。

ヒルマン「人間の歴史の重さは、かなりの重さであって、たぶんだからこの書がこんなに重くて、こんなに大きな本になったのでしょう。これは大きな本で《なければならなかった》。ご存知のように、ハンス=ゲオルク・ガダマーにはこのような文があります。彼は現代の偉大な思想家の一人で、自身も100年ほど生きたのですが、ナポリの哲学研究所で講演し、こう私が書き留めたことを言いました。「偉大な神秘は、過去にあったものの刷新が繰り返し、絶えず行われていることにある。文化は記憶に置いて不滅のものとなり、大きな仕事は、記憶の再覚醒である」と。どうです、これが『赤の書』がしていることではないでしょうか?」(第2回、45頁)。

★ヒルマンは別の箇所で次のようにも述べています。「死者が戻ってこなければならない」というのは二人の対話における大きなテーマです。

ヒルマン「いま私たちは歴史上、ユングとは別の時間にいますし、この別の時間では帰還して持ってこなくてはならないものは、ユングがこれらの特別な対話で経験したことや、『赤の書』という仕事だけではなく、人間の歴史の重みであり、これは不可欠なものですし、そしてそれはすなわち死者なのだということです。死者が戻ってこなければならない」(第3回、76頁)。

ヒルマン「いまやこの書は極めて重要不可欠です。それは、その扉を、あるいは死者の口を開くからです。ユングは私たちの文化の中で、深く失われた一つの部分に注意を向けるように求めています。それが死者の領域なのです。この領域は個人的な祖先だけの領域ではなく、死者の領域であり、人間の歴史の重みの領域であり、《本当に》抑圧されたものの領域なのです。〔・・・〕私たちは死者とともに生きている世界に生きており、死者たちは私たちの周りに、私たちとともにいて、彼らは私たち《である》のです。人物像たち、記憶たち、ゴーストたちは、みなそこにいて、〔・・・〕」(第4回、92頁)。

★こうしたヒルマンの発言を受けて、シャムダサーニはこう答えます、「多くの点から見て、これをユングの『死者の書』だと呼ぶことも可能でしょう」(第4回、93頁)。それにヒルマンは同意し、「死者の口を開けること」、「死者と生きること」(第4回、94頁)が課題だと答えます。二人は続けます。ヒルマン「死者たちが私たちに残したもの。私たちに遺産として残されたもの」。シャムダサーニ「このことが、私たちが取り組むべく残されたものなのです」(同)。『赤の書』はそれ自体としては読み解くのが容易ではない本ですが、今回出版された二人の対話は読解の鍵を示してくれるものだと思います。

◎ジェイムズ・ヒルマン(James Hillman, 1926-2011)既訳書
2004年07月『ユングのタイプ論――フォン・フランツによる劣等機能/ヒルマンによる感情機能』マリー=ルイーズ・フォン・フランツ共著、角野善宏監訳、今西徹・奥田亮・小山智朗訳、創元社
2000年09月『老いることでわかる性格の力』鏡リュウジ訳、河出書房新社
1999年08月『世界に宿る魂――思考する心臓(こころ)』濱野清志訳、人文書院
1998年10月『夢はよみの国から』實川幹朗訳、青土社
1998年04月『魂のコード――心のとびらをひらく』鏡リュウジ訳、河出書房新社
1997年03月『魂の心理学』入江良平訳、青土社
1993年09月『元型的心理学』河合俊雄訳、青土社
1991年04月『フロイトの料理読本』チャールズ・ボーア共著、木村定・池村義明訳、青土社
1990年06月『内的世界への探求――心理学と宗教』樋口和彦・武田憲道訳、創元社(ユング心理学選書 19)
1982年11月『自殺と魂』樋口和彦・武田憲道訳、創元社(ユング心理学選書 4)

★ここ最近では『ユング『赤の書』の心理学』のほかに、以下の新刊や近刊との出会いがありました。

日本と中国、「脱近代」の誘惑──アジア的なものを再考する
梶谷懐(かじたに・かい:1970-)著
太田出版 2015年6月 本体2,200円 B6判変型並製360頁 ISBN978-4-7783-1476-7

戦後日本の社会思想史――近代化と「市民社会」の変遷
小野寺研太(おのでら・けんた:1982-)著
以文社 2015年6月 本体3,400円 四六判上製352頁 ISBN 978-4-7531-0326-3

西湖夢尋
張岱著 佐野公治訳注
東洋文庫 2015年6月 B6変判上製函入382頁 ISBN978-4-582-80861-2

★『日本と中国、「脱近代」の誘惑』は発売済。目次は書名のリンク先をご覧ください。リンク先でYONDEMILLによる立ち読みも可能です。「朝日出版社第二編集部ブログ」で2012年秋から開始され、昨年に太田出版web連載ブログ「路上の人」に引き継がれた連載「現代中国:現在と過去のあいだ」が全面改稿の上、書籍化されました。帯文はこうです。「日中の安全保障上の緊張と、いま復活しつつある脱近代の思想「アジア主義」は無縁でない! グローバル資本主義にかえて「脱近代による救済」を訴え、「八紘一宇」や「帝国の復権」が露出する時代に、社会の息苦しさの原因を「外部」に求めない思想と行動の探究。現代中国経済研究の俊英が、日中・東アジアの現在と未来を語った渾身の論考」。著者の梶谷懐さんは神戸大学経済学部教授。ご専門は現代中国経済論で、単著に『現代中国の財政金融システム――グローバル化と中央-地方関係の経済学』(名古屋大学出版会、2011年)、『「壁と卵」の現代中国論――リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(人文書院、2011年)があり、今回の新刊が3冊目になります。「現在の東アジア情勢において、近代的な価値観の多元性を前提とした問題解決を図ることこそ最重要の課題」(38頁)だと指摘する著者は、日本が「一国近代主義」から脱却すべきだと説きます。年々亀裂が深まりつつあるように見える日中関係を根本的に考え直す上で様々な示唆を与えてくれる必読の新刊です。

★『戦後日本の社会思想史』はまもなく発売(6月18日予定)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。東京大学大学院総合文化研究科学術研究員で埼玉大学ほかで非常勤講師をおつとめの小野寺研太さんが東大に提出された博士論文「戦後日本の市民社会概念史――「近代性」のプロブレマティーク」に大幅な加筆修正が施されたものです。帯文に曰く「自由な市民がどのように社会と折り合いをつけて生きるか? 本書は、戦後70年の歴史を〈市民社会〉という言葉をキーワードにして、「自由な市民が社会とどのように向き合おうとして来たか」というテーマをめぐる社会認識の歴史であり、戦後日本の〈近代化〉をめぐる壮大な思想史でもある」。「「市民社会」を通じた〈近代〉像の再編成の歴史」(251頁)を検討する本書では、自由化や民主化に象徴される近代的価値を重んじてきた戦後の市民社会が抱える、理想と現実との乖離やその変遷過程が、丹念に追われています。

★『西湖夢尋(せいこむじん)』はまもなく発売(6月17日頃)。東洋文庫の第861弾です。帯文によれば「中国江南でひときわ栄えた都市杭州。その郊外にある名勝西湖の文物の歴史と文化を巡り、ゆかりある白楽天、蘇軾その他の詩文をまじえて辿る。明末清初の文人張岱(ちょうたい)の傑作を本邦初訳注」。張岱は1597年生まれですが没年は確かではないそうです(1689年頃に没したという説があります)。西湖は4年前に世界遺産に登録されており、観光名所として有名です。『西湖夢尋』では西湖十景をうたった詩や、周辺にある名所旧跡の歴史や関係する人物の逸話などを読むことができます。東洋文庫次回配本は7月、坂井弘紀訳『アルパムス・バトゥル――テュルク諸民族英雄叙事詩』とのことです。
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by urag | 2015-06-14 20:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)