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2014年 12月 29日

2014年12月は「現代思想」通常号1点+臨時増刊号3点!

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弊社出版物でお世話になっている著者の皆様にかんする最新情報をご紹介します。

★間章さん(著書:『間章著作集』全3巻)
太田出版の隔月刊誌「ケトル」の今月12日に発売された2014年12月号(第22号)での「review 40人のここが気になる」欄で、美術批評家の椹木野衣さんが『間章著作集』を取り上げて下さいました。「椹木野衣は長い眠りから覚めた間章の著作集が対抗文化を牽引する手綱であると称する」という記事で、「今回の著作集刊行の最大の成果は、これからは間章の残した文章を、可能性はもちろんだが、その限界についても具体的に語っていけるということだろう。そのような再検討を経ることで僕らは、現在、先端的と呼ばれているような音楽シーンも含め、すべての音楽の現状について強烈なカウンターとなりうる新しい批評の在り処について、大きな手綱を得ることができるはずだ」と評していただきました。


★岡本源太さん(著書:『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』)
★近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
青土社の月刊誌「現代思想」の今月27日に発売された2015年1月号「現代思想の新展開2015――思弁的実在論と新しい唯物論」に論文を寄稿されています。岡本さんは「眼差しなき自然の美学に向けて――イメージ論の問題圏(二)」、近藤さんは「存在論をおりること、あるいは転倒したプラトニズムの過程的イデア論」を寄せておられます。同特集号では、フィリップ・デスコラさんと中沢新一さんの発表と討議「未来の自然」や、千葉雅也さんのインタビュー「思弁的実在論と新しい唯物論」(岡嶋隆佑=聞き手)のほか、メイヤスー、モートン、プレヴォー、デューリングらの論文が翻訳されています。

同号では赤坂真理さんと大澤真幸さんと成田龍一さんによる討議「「過ぎ去ろうとしない戦後」をどうするか」が収録されていますが、大澤さんと成田さんは斎藤美奈子さんとともに、1月7日発売予定の河出書房新社の季刊誌『文藝』2015年春季号(新春特大号)に掲載される短期集中連載「1980年代再考」第二回「カタログ・サヨク・見栄講座」でやはり鼎談されています。斎藤さんとお二人の鼎談は5月18日にエスパス・ビブリオのかわくらシンポ「なんだったのか、1980年代」の記録で赤坂さんとの討議は、大澤さんと成田さんの対談本『現代思想の時代――〈歴史の読み方〉を問う』(青土社、2014年6月)の刊行記念アフタートークとして11月4日に東京堂書店神田神保町店で行われたものの記録です。

青土社さんでは今月すでに「現代思想」臨時増刊号2点――1月臨時増刊号「ピケティ『21世紀の資本』を読む――格差と貧困の新理論」と1月臨時増刊号「柄谷行人の思想」を発売されていましたが、さらに25日には上記の通常号を刊行し、27日には2月臨時増刊号「網野善彦――無縁・悪党・「日本」への問い」も刊行されました。「現代思想」誌だけでひとつきに3点の臨時増刊号が出るというのは前代未聞です。網野特集でも柄谷行人さん、中沢新一さん、成田龍一さん、大澤真幸さんが寄稿や討議にされていて、50年代生まれ(柄谷さんは40年代生まれですが)の先生方の精力的なご活躍には瞠目するばかりです。この世代は直接的もしくは間接的に「ニューアカ」時代を体感しておられ、バブル崩壊以降の「知の縮減と変容」時代しか知らない世代とは違う活力をお持ちです。バブル崩壊以後の世代があと10年後、20年後に自分たちの生きた世代を回顧する機会は果たして出版界にあるでしょうか(その時にこの業界がどうなっているか、誰にも分かりません)。

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雑誌の話題が続きましたので、もうひとつ。未來社の月刊PR誌「未来」が季刊誌に生まれ変わり、2015年冬号が刊行されました。そこで予告されていた企画ですが、「日本の民話」シリーズがいよいよ新装版で再刊されていくようです。西谷能英社長の「出版文化再生」第19回によれば、「はじめは全79巻を全巻プレミアム予約というかたちで一挙に全巻再刊してみようと思い立ったが、どうもそこまでの社の体力があるとも思えないので、たとえば毎月三冊ぐらいを定期配本していくような手法を模索中である」とのことです。また、2015年3月以降の刊行予定として予告されている本の中に、ヴァルター・ベンヤミン『新訳・評注 歴史の概念について(仮)』(鹿島徹訳、46判並製240頁、本体予価2,500円)が上がっています。

「ナチスを目のあたりにして執筆がはじめられた未完の作品「歴史の概念について(歴史哲学テーゼ)」。既訳では参照されてこなかった、1981年にジョルジョ・アガンベンが入手・公表したベンヤミンの書き込み入りタイプ原稿を底本に新訳を作成する。この原稿のみにあるテーゼ一つが加わるほか、現存する5種類の原稿との異同も注記。全体の構造を見通しよくする訳者の解説も訳と独立させて附す」とのことです。たいへん楽しみですね。
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by urag | 2014-12-29 12:28 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 28日

注目新刊:サド『閨房哲学』新訳、など

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◎人文書院さんの新刊:サド『閨房哲学』新訳、など

閨房哲学』マルキ・ド・サド著、関谷一彦訳、人文書院、2014年12月、本体3,800円、ISBN978-4-409-13036-0
バイリンガルな夢と憂鬱』西成彦著、人文書院、2014年12月、本体2,800円、ISBN978-4-409-16096-1
イメージの根源へ――思考のイメージ論的転回』岡田温司著、人文書院、2014年12月、本体2,800円、ISBN978-4-409-10034-9
思想としてのミュージアム――ものと空間のメディア論』村田麻里子著、人文書院、2014年12月、本体3,200円、ISBN978-4-409-24099-1

★『閨房哲学』は発売済。新訳『閨房哲学』の底本は、フランス国立図書館の禁書収納室「l'Enfer」(ランフェール=地獄)で保管されている535番(第1巻)と536番(第2巻)。巻末の「訳者解説」に曰く「現在初版本と見なされているEnfer 535・536を用いることによって、当時のテクストを再現するとともに、プレイヤッド版のヴァリアントを参考にした」とのことです。口絵を含む5枚の挿絵も再現されています。「第5の対話」の中で朗読される政治的パンフレット「フランス人よ、共和主義者になりたければあと一息だ」(159-219頁)はいわば書物の中に埋め込まれた書物であり、サドの特異な倫理思想を知る上で欠かせないテクストです。2014年はサドの没後200年。10月には水声社版『サド全集』第11巻「フランス王妃イザベル・ド・バヴィエール秘史 他』(原好男+中川誠一訳)が刊行されています。書店さんで「禁書フェア」をやったらきっと耳目を惹くでしょうね。

★『バイリンガルな夢と憂鬱』は発売済。2007年から2014年にかけて公刊されてきた論文6本をまとめたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻末の「あとがき」で西さんはこう本書の意図を説明されています。「私が本書のなかで、知里幸恵からジョン・オカダへと至る表現者たちの表面的な「一言語使用」の背後に、うごめく複数言語使用を読みとろうとしたのは、まさに「引き算をめぐる闘争」をそれぞれの局面のなかに仔細に立ち入って観察してみたいと考えたからである」(272頁)。ここで言う「一言語使用」や「引き算」というのは、デリダのLe monolinguisme de l'autre(Galilee, 1996;訳書『たった一つの、私のものではない言葉――他者の単一言語使用』(守中高明訳、岩波書店、2001年、現在品切)からの引用です。本書において西さんはデリダのこの本を「つねに意識しつづけてきたが、しかし、敢えて論の中で敷衍するという形はとらなかった」(268頁)と明かしておられます。「本書は、今後は「日本語圏」に閉じない、もっと自由自在な「比較植民地文学研究」の遂行に向けた助走である」(275頁)。

★『イメージの根源へ』は発売済。先週木曜日25日取次搬入とのことなので、書店さんによっては未入荷のお店もあるかもしれません。未公刊3篇、全面改稿1篇を含む、2007年から2014年までに公刊された諸論考16篇が掲載され、「はじめに」と「おわりに」が付されています。「はじめに」で岡田さんは本書をこう紹介しておられます。「本書は、主に美術あるいは広くイメージをめぐってここ数年、考えたり書いたりしてきたものを一冊にまとめたもので、三部の構成からなる。「絵画論」と題された第I部は文字どおり絵画にかかわるもので、〔・・・〕近年における「思考のイメージ論的転回」とわたしが名づける傾向を浮かび上がらせたいと考えた。〔・・・〕続いて「光、色、音」と題された第II部は、近年とりわけ芸術研究や表象文化論の分野で注目されるようになっている「ポスト・メディウム」と「間メディア性(インターメディアリティ)に焦点を当てている。〔・・・〕最後に、「美学論=感性論」と題された第III部では、「美学(エステティック)」の本来の語義である「感性(アイステーシス)」の問題に立ち返って、必ずしも芸術(作品)のみに限定されないテーマについて再考されている。〔・・・〕では、小著の三部をつないでいるものはいったい何か。おそらくそれこそイメージの「根源(アルケー)」としか呼びえないものであるように、私には思われる」。

★『思想としてのミュージアム』はまもなく発売。年明け配本と聞いています。著者の村田麻里子さんは1974年生まれで現在関西大学社会学部准教授。専門はメディア論、ミュージアム研究でいらっしゃいます。これまでに共著を何点か上梓されていますが、単独著は本書が初めてのようです。2012年の博士論文「ミュージアムとは何か――メディア論的考察による転回」に大幅な加筆修正が加えられたものとのことです。帯には文化庁長官の青柳正規さんと社会学者の吉見俊哉さんによる推薦の言葉が掲げられています。「新しい時代の新しいミュージアムのあるべき姿と進む方向が本書によってようやく明示された」(青柳さん)、「ミュージアムはなぜメディアなのか。歴史と理論、実践を架橋する再定義で、運営論中心の陥穽から救う。これは、博物館・美術館の解体新書だ」(吉見さん)。「ミュージアムのメディア論――研究の枠組と方法」「ミュージアム空間の思想」「「ミュージアム」から「博物館」へ」「メディア・象徴(シンボル)・メッセージ」「二一世紀におけるミュージアム空間の変容」の5章立て。目次詳細は書名のリンク先でご覧ください。美術館や博物館の空間論は、同じく知や表象の配列と構成の場とも言える「書店空間」を考える上でも非常に参考になります。


◎大著『身体の歴史』全3巻の入門篇

身体はどう変わってきたか――16世紀から現代まで』アラン・コルバン+小倉孝誠+鷲見洋一+岑村傑著、藤原書店、2014年12月、本体2,600円、ISBN978-4-89434-999-5

★発売済。A・コルバン+J-J・クルティーヌ+G・ヴィガレロ監修『身体の歴史』(全3巻、藤原書店、2010年)が扱う主題群を解説し、「身体の変容を総合的に捉える初の試み」(帯文)と謳われています。三部構成で、第一部「〈インタビュー〉『身体の歴史』とは何か」(アラン・コルバン述、小倉孝誠訳、21-46頁)は、2005年のインタビュー「ひとはいかにして自分の身体を生きる術を学んだか」の訳です。第二部「『身体の歴史』の射程」は、鷲見洋一、小倉孝誠、岑村傑の各氏による『身体の歴史』全3巻の解説です。3氏は『身体の歴史』の監訳者でいらっしゃいます。第三部「知の言説から文学の表象へ」では再び監訳者の3氏が「各巻で扱われている時代〔16~18世紀/19世紀/20世紀〕を引き継ぎながら、〔・・・〕独自のテーマにそくして身体の諸相を分析」(まえがき)したものとのこと。詳細目次は書名のリンク先をご覧ください。

★数百年のあいだにヨーロッパ(とりわけフランス)において身体をめぐる知と実践、身体観や身体技法がどのように変遷してきたのかを総合的に捉えようとする歴史学者の試みは非常に興味深いです。鷲見さんは第三部での論考「アンシアン・レジーム期の身体とその表象」でサドの『閨房哲学』を論じておられます。先にご紹介した新訳『閨房哲学』を読まれるおつもりの方はぜひこちらもご覧になってください。


◎在独アメリカ人たちが見たヒトラーの台頭

ヒトラーランド――ナチの台頭を目撃した人々』アンドリュー・ナゴルスキ著、北村京子訳、作品社、2014年12月、本体2,800円、ISBN978-4-86182-5101

★発売済。原書は、Hitlerland: American Eyewitnesses to the Nazi Rise to Power (Simon & Schuster, 2012)です。巻末には「本書を読んでくれた日本の皆さんへ」も併載されています。かのキッシンジャーは本書について「巧みなストーリーテラー、アンドリュー・ナゴルスキは、当時ベルリンにいたアメリカ人ジャーナリストや外交官などの記事、日記、手紙、インタビューに丹念にあたり、この破滅的な時代の興味深い記録を書き上げた」と評しています。ナゴルスキの既訳書には『モスクワ攻防戦――20世紀を決した史上最大の戦闘』(津守京子訳、作品社、2010年)があり、20世紀西欧史を新たな視点で振り返るノンフィクション作家として知られていますが、小説も書いています。

★『ヒトラーランド』の巻頭に、ナゴルスキはこう書きつけています。「本書では、戦争とホロコーストがはじまる直前という、この特殊な状況にあったアメリカ人の視点や経験に焦点を当てている。〔・・・〕わたしは歴史的な激動のさなかには、なにが起こっているのかを正確に把握し、またそうした状況のなかで、どういう行動をとるべきかについて、道徳的に正しい意見を発信するのがどれほど難しいかを理解しているつもりだ。嵐のなかにいるときには、日々の生活はときとして、一見ごく普通に続いていく。たとえそこにあきらかに異常なことや、不条理や不正義があったとしてもだ」(19頁)。「エコノミスト」紙は本書をこう評しています、「現在の世界の謎を解き明かしたいと考えている人たちはみな、物事がいかに容易に間違った方向へ進むのかを目の当たりにして、動揺を禁じえないだろう」。

★「ニューズウィーク」誌ではこうです、「かの有名な総統が不気味なほど身近な存在に感じられた」。つまり「いま」この瞬間という怪物は巨大すぎてその気配を捉えることができず、その腐臭漂う息吹に気づいた時には「もう食われている」というのが、歴史において常に繰り返されてきた人間のあやまちというものなのかもしれません。まったく他人事ではなく・・・。
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by urag | 2014-12-28 22:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 21日

本邦初訳:ウィリアム・モリス/バックス『社会主義』晶文社、ほか

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◎フルカラー版画集『芳年』平凡社創業100執念記念出版

芳年』岩切友里子編著、平凡社、2014年12月、本体15,000円、ISBN978-4-582-66215-3
東洋音楽史』田辺尚雄著、植村幸生校注、東洋文庫、本体3,200円、ISBN978-4-582-80856-8

★『芳年』は発売済。浮世絵師・月岡芳年の画業を通覧する大判作品集。帯文に曰く「稀少な初摺の完品を可能な限り厳選し、芳年の画業船体を330余点の秀作で通覧する」と。巻頭の特別附録は4点「那智山之大滝にて荒行図」「奥州安達がはらひとつ家の図」「清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎」「藤原保昌月下弄笛図」。続くカラー図版はまず年代順に「初期の諸相」「江戸から明治へ 一魁斎の時代」「大蘇の時代」「明治の世相」と分け、さらにその後は「戯画」「円熟期の揃物」「美人画」「役者絵」「肉筆画」「版本・挿絵・素描」と分野で分けられています。巻末には、総説(編者の岩切さんによる「芳年の生涯と画業」)、図版解説、年譜、芳年錦絵作品一覧、図版索引などが揃っています。芳年の諸作品の圧倒的な迫力と寒気がするほどの凄みに時を忘れてしまう一冊です。

★『東洋音楽史』は発売済。東洋文庫の第856巻です。帯文に曰く「西アジア、インド、中国、朝鮮、そして日本に伝播・発展した東洋音楽が、西洋音楽との融合によって、理想の音楽として宇宙に鳴り響くことを説いた、世界初の「東洋音楽史」を再読する」。親本は雄山閣版「東洋史講座」第13巻(1930年)。「緒論」「中亜音楽の拡散」「西亜細亜音楽の東流」「回教及び蒙古勃興の影響」「国民音楽の確立」「欧洲音楽の侵入と東洋音楽の世界化」の六章立てで巻末に植村さんによる校注と解説「「東洋音楽」という夢」が付されています。東洋文庫の次回配本は1月、『バーブル・ナーマ3』です。


◎『現代思想』2015年1月臨時増刊号は2点、ピケティと柄谷行人

現代思想 2015年1月臨時増刊号 総特集=ピケティ『21世紀の資本』を読む――格差と貧困の新理論』青土社、2014年12月、本体1,300円、ISBN978-4-7917-1289-2
現代思想 2015年1月臨時増刊号 総特集=柄谷行人の思想』青土社、2014年12月、本体1,300円、ISBN978-4-7917-1290-8 

★ここ数年、臨時増刊号の発行が増えている印象がある「現代思想」誌ですが、同じ月に2冊の臨時増刊号が出るというのは前例がなかったかもしれません。2点とも通常号よりはヴォリュームが薄めですが、この2冊の間にはいわば「マルクス」の臨在もしくは不在が鳴り響いているわけで、ある意味でこの2冊は「ポスト・マルクス」特集の2分冊であると言えるかもしれません。

★ピケティ特集は言うまでもなく2014年のビジネス人文書では最高の話題作『21世紀の資本』(みすず書房、2014年12月)の発売に合わせた増刊号。ピケティへのインタヴュー2本「マルクスなんてどうでもいい――左翼ロックスター経済学者へのインタビュー」(I・チョティナー聞き手、本橋哲也訳)、「資本、労働、成長そして不平等」(N・ピアス+M・オニール聞き手、渡辺景子訳)のほか、クルーグマン「私たちはなぜ新たな金ぴか時代に居るのか」(山家歩訳)、ハーヴェイ「ピケティ『資本』への補足」(長原豊訳)、ジジェク「主体性の唯物論的理論に向けて」(松本潤一郎訳)などの論評を読むことができます。

★柄谷特集は同誌の1998年7月臨時増刊号「総特集=柄谷行人」以来の久しぶりのフィーチャーになります。柄谷さんと佐藤優さんの異色対談「柄谷国家論を検討する――帝国と世界共和国の可能性」に始まり、対談がさらにもう1本、インタヴューが3本、テクストが再掲1本(「ポール・ド・マンは何を隠したのか」)を含む2本収められています。そして柄谷論として、ジジェク「視差的視点」(遠藤克彦訳)をはじめ8本が掲載。目次詳細は同号のリンク先をご覧ください。ピケティ特集と柄谷特集のどちらにもジジェクが顔を出しているということにも注目しておこうと思います。


◎晶文社版『吉本隆明全集』第4回配本第5巻と、ウィリアム・モリス『社会主義』初訳

吉本隆明全集5[1957‐1959]』晶文社、2014年12月、本体6,400円、ISBN978-4-7949-7105-0
社会主義――その成長と帰結』ウィリアム・モリス+E・B・バックス著、大内秀明監修、川端康雄監訳、晶文社、2014年12月、本体2,300円、ISBN978-4-7949-6775-6

★『吉本隆明全集5』は発売済。第4回配本です。帯文に曰く「最初の単行本である作家論『高村光太郎』と、初期の重要な評論「芸術的抵抗と挫折」「転向論」、および花田・吉本論争の諸篇を収録する」。単行本未収録で本全集が初収録となるのは「内的な屈折のはらむ意味――『井之川巨・浅田石二・城戸昇詩集』(1958年)。『高村光太郎』(飯塚書店、1957年)、『芸術的抵抗と挫折』(未來社、1959年2月)、『抒情の論理』(未來社、1959年6月)、『異端と正系』(現代思潮社、1960年)へと「評論家」としての地歩を固めていった時期の吉本を通覧できます。付属する「月報4」には、北川太一「吉本と光太郎」、ハルノ宵子「ノラかっ」を収録。第4巻と第6巻のそれぞれの解題にかんする訂正事項も特記されています。次回配本は来年3月、第9巻(1964-1968)とのことです。

★『社会主義』は発売済。原書は、Socialism: Its Growth and Outcome (1893)です。カバーソデの紹介文を引くと、「アーツ&クラフト運動の第一人者として知られるウィリアム・モリスは19世紀末、社会主義運動に精力を注ぐ。〈社会主義同盟〉を結成し、機関紙「コモンウィール」を創刊。学識に富む若き同志E・B・バックスとの共同執筆のかたちで「社会主義――その根源から」という長期連載をはじめる。そこでは「世直し」の思想を根源にまでさかのぼり、オウエンやフーリエなどの思想や運動を点検し、「科学的社会主義」としてマルクスの『資本論』を紹介・・・そのうえで独自の共同体社会主義のヴィジョンを提起した。マルクス=レーニン主義の系譜とは異なるもうひとつの「社会主義」の誕生である」。

★また、版元サイトではこんなふうにも紹介されています。「経済の先行きが不透明な現代、「コミュニティデザイン」「ソーシャルデザイン」といった新しい発想方法が生まれている。本著は人文読者やデザイナー、そしてあらゆる設計にかかわる読者に訴求できる内容になっている」と。モリスたちはポーの小説からある場面を抜き出し、病んだ社会のシンボルを読者に突きつけるところから話を始めます。人間は「様々な時代を経て成長してきたものであり、それが置かれた状況により、たえずかたちづくられるものなのである」(24頁)とモリスたちは書きます。社会主義とは「人間を高めて、知的な幸福と喜ばしい活力をいまだ到達しえない次元にまで導く」(234頁)ものであり、「近代の資本主義社会と比べて相対的に平等な状態」(210頁)を目指すだけでなく、さらにその先へと進む運動だと教えています。120年近く前の本ですが、広義の「デザイン史」を捉え直す上で欠かせない基本文献であると言えそうです。

★なお晶文社さんでは今月、シャスティン・ウヴネース・モベリ『オキシトシン【普及版】――私たちのからだがつくる安らぎの物質』(瀬尾智子・谷垣暁美訳、晶文社、2014年12月、本体1,800円、ISBN978-4-7949-6866-1)が再刊されています。親本は2008年刊。オキシトシンについては近年関連書が増えており、精神科医の岡田尊司さんは本書に「愛と幸福のホルモン・オキシトシン。その全容を基礎からわかりやすく学べる絶好の入門書である」との推薦文を寄せられています。


◎アメリカ人親子の67日間にわたる日本列島縦断自転車旅行記

スコット親子、日本を駆ける――父と息子の自転車縦断4000キロ』チャールズ・R・スコット著、児島修訳、紀伊國屋書店、2015年1月、本体1,900円、ISBN978-4-314-01123-5

★発売済。著者はインテル社出身の作家で冒険家という肩書の持ち主で、本書では、作家デビューする前の2009年の夏、著者が41歳の折に8歳の息子を連れて自転車で日本縦断の旅をした67日間の体験が綴られています。彼らはこの旅を通じて国連が推進する「10億本植樹キャンペーン」のチャリティ募金に協力し、国連から「地球温暖化を救うヒーロー」と命名されたのだとか。奥さんが日本人で国連職員なので、出来レースなのかと疑う方もいらっしゃるかもしれませんが、インテルから長期休暇をもらい、北海道・宗谷岬から鹿児島県・佐多岬まで、真夏の日本を35キロもの装備品をぶら下げてひたすら自転車で移動しながらテント生活をするなどという行為は、伊達や酔狂でできるものではありません。

★父と息子の道中記は様々な人々との出会いあり、自然との触れ合いあり、波乱とトラブルありで飽きさせません。特に、ワークライフバランスについて、あるいは子供と過ごす時間について悩んでいる読者にとっては色々なことを考えさせてくれる本です。原著は、Rising Son: A Father and Son's Bike Adventure across Japan (Thrd Wheel Press, 2012)で、訳書では分量の都合で一部割愛しているとのことなので、原書を一緒に読むのもいいかもしれません。訳者の児島さんは紀伊國屋書店さんのPR誌「スクリプタ」2015年冬号(34号)で、本書の最大のメッセージのひとつは「自分に正直に生きるのを恐れてはいけないということ」だと指摘されています。胸に刺さる言葉です。


★なお、本書の出版を記念して来年1月8日(木)19:00より紀伊國屋書店新宿南店3階イベントスペース〈ふらっとすぽっと〉にて、スコットさん親子のライブトーク(通訳付き)が開催されるとのことです。


◎「出版人に聞く」シリーズ第16弾は井家上隆幸『三一新書の時代』

『三一新書の時代』井家上隆幸著、論創社、2014年12月、本体1,600円、ISBN978-4-8460-1379-0

★発売済。「出版人に聞く」シリーズ第16弾です。帯文にはこう書いてあります。「1958年に三一書房に入社し、73年に退社した著者は、60年安保闘争・70年大学闘争に「三一新書」の編集者として対峙する。左翼と「三一新書」の蜜月時代の軌跡を辿る」。井家上さんは当時をこう回想しておられます。「高度成長期の60年代は合同新書や青木新書や大月新書なども出て、その他にも左翼向けの新書がかなりあった。それでも今みたいに画一化しておらず、食い合うような内容を避け、各編集者は自分のところのオリジナリティをどうやってつくっていくかという思いがこめられていた」(101頁)。いわゆる新書ブームあるいは新書創刊ラッシュは50~60年代に始まり近年では90年代からゼロ年代にも起きています。井家上さんが三一新書で活躍されたのは、若い世代の中で政治的に今以上に元気だった時代であり、高度成長期の活気が渦巻いていていたことが見て取れます。

★井家上さんはこうも語っておられます。「後悔していないけれど、学生運動に入れこんでいたので、『資本論』を読むとかの正統的なマルクス主義の勉強をしている暇がなかった。せいぜいパンフレットを読む程度だった。だから僕はパンフレット左翼だと自嘲しているんだけど」(52頁)。「本当は三一書房に入ってから、もう少しアカデミックな勉強もすればよかったんだろうけど、色んな人に会ったりするのが面白くなってしまい、またしてもそれに入れこんでしまった。でも考えてみると、自分の資質がそちらに向いていたんじゃないかという気もしたわけです」(52-53頁)。ここには生き様としての編集者の愉しみが見て取れるように思います。編集者はアカデミックの諸領域を越えて自由にあちこちへ知の探求に出かけることを職業的に許されている特異な存在です。かつても今もそれは本質的には変わりません。
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by urag | 2014-12-21 23:04 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 18日

まもなく発売:デリダ『哲学への権利1』みすず書房

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弊社出版物でお世話になっている著訳者の先生方の最近のご活躍をご紹介します。

★ジャック・デリダさん(著書:『条件なき大学』)
★西山雄二さん(訳書:デリダ『条件なき大学』、共訳:『ブランショ政治論集』)
★馬場智一さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
デリダさんによる教育論の白眉『哲学への権利1』(西山雄二・立花史・馬場智一訳、みすず書房、2014年12月)が来週月曜日12月22日に取次搬入されます。書店店頭に並び始めるのはおおよそクリスマス以降になるものと思われます。原著(1990年)は全1巻ですが、訳書では2分冊で、そのうちのまず1巻目の発売です。収録テクストは書名のリンク先をご覧ください。帯文はこうです、「重要なのは、権利を奪われているものの権利を認めることにほかならない――。哲学教育の削減を求める政府の教育改革に反対し、制度の問われざる前提を思考する、デリダの哲学教育活動の集大成」。

共訳者の西山さんは弊社よりデリダ晩年の卓抜な大学論講義『条件なき大学』(西山雄二訳、月曜社、2008年)をお訳しになっておられますし、「国際哲学コレージュ」の関係者へのインタヴューをまとめた労作『哲学への権利』(DVD+書籍、勁草書房、2011年)も手掛けられておられます。この書名はまさにデリダさんの著書へのオマージュですね。

没後十年を記念してこれまでにデリダさんの著書では、『ヴェール』(エレーヌ・シクスー共著、郷原佳以訳、みすず書房、2014年3月)、『プシュケー――他なるものの発明I』(全2巻予定、藤本一勇訳、岩波書店、2014年6月)、『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(マリー=ルイーズ・マレ編、鵜飼哲訳、筑摩書房、2014年11月)、『ジャック・デリダ講義録 獣と主権者[I]』(全2巻予定、西山雄二・郷原佳以・亀井大輔・佐藤朋子訳、白水社、2014年11月)が発売されました。デリダさんの訳書はニューアカ・ブームの時よりも死後の方がむしろ数多く訳されていますが、待望されていた重要作(『散種』)や新訳(『エクリチュールと差異』)の出版を始め、近年の充実ぶりには目を瞠るものがあります。

関連書としては、鵜飼哲『ジャッキー・デリダの墓』(みすず書房、2014年4月)や、ニコラス・ロイル『デリダと文学』(中井亜佐子・吉田裕訳、月曜社、2014年6月)、『思想』2014年第12号「10年後のジャック・デリダ」などが刊行され、年内にはブノワ・ペータース『デリダ伝』(原宏之+大森晋輔訳、白水社、2014年12月)が発売される予定です。

また再刊書では、『幾何学の起源』(エドムント・フッサール著、ジャック・デリダ序説、田島節夫+矢島忠夫+鈴木修一訳、青土社、2014年8月)の新装版と、「人と思想」シリーズ175番、上利博規『デリダ』(清水書院、2014年8月)の新装版が発売されています。

+++

★ジャック・デリダさん(著書:『条件なき大学』)
★ヴェルナー・ハーマッハーさん(著書:『他自律』)
★西山雄二さん(訳書:デリダ『条件なき大学』、共訳:『ブランショ政治論集』)
★鵜飼哲さん(共訳:ジュネ『公然たる敵』)
★リピット水田堯さん(著書:『原子の光(影の光学)』
脱構築研究会のウェブサイトで、今月(2014年12月)1~2日にストラスブールで行われた国際シンポジウム 「フランスとドイツの間におけるジャック・デリダ」と、同じく今月10日、パリのMaison de la Poésieにて開催されたイベント「ジャック・デリダのために」、11~13日にはカンのIMEC(現代出版資料研究所)で行われたコロック「デリダとともに考える」の合計3つの催事についてのリポートが掲載されています。ストラスブールでハーマッハーさんはジャン=リュック・ナンシーさんと対談されています。IMECでは西山さんが「Institution, université, éducation」と題した発表を行い、鵜飼さんは「Les fins de la famille」との題目で発表されています。また、リポートには紹介されていませんが、リピット水田堯さんが「Echopoiesis and Narcissism Adrift」と題した発表を行われたようです。
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by urag | 2014-12-18 15:29 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 15日

1年前の月曜社はこんな新刊を出していました

光陰矢のごとし。当ブログのトップに置いてある「月曜社最新情報まとめ」から、更新のために削除した過去情報を保守しておきます。

◎2013年12月11日発売:ジョン・サリス『翻訳について』本体3,400円、叢書エクリチュールの冒険第6回配本
書評1⇒池田喬氏書評「刺激的な哲学書――深い見識と粘り強い思考力が堪能できる一冊」(「週刊読書人」2014年2月21日号)

◎2013年11月12日発売:『間章著作集II 〈なしくずしの死〉への覚書と断片』本体5,600円。

◎2013年10月7日発売:ジャン・カヴァイエス『論理学と学知の理論について』本体3,200円、シリーズ古典転生第9回配本

◎2013年10月4日発売:森山大道『パリ+(パリプラス)』本体2,600円

◎2013年10月2日発売:デュフレンヌ+リクール『カール・ヤスパースと実存哲学』本体7,000円、シリーズ古典転生第8回配本
書評1⇒中山剛史氏書評「若き日のデュフレンヌとリクールが新たな思想的可能性の地平を拓く――来るべき未来へ向けて奮闘した二人の、ヤスパース研究史における屈指の力作」(「図書新聞」2014年1月18日号)
書評2⇒森一郎氏書評「実存哲学のルネサンスのために――二十世紀の古典が甦る」(「週刊読書人」2014年1月17日号)

+++

◎重版出来:ドアノー『不完全なレンズで』3刷(2014年6月19日)、ボワ+クラウス『アンフォルム』3刷(2014年9月22日)、バトラー『自分自身を説明すること』4刷(2014年11月7日)。
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by urag | 2014-12-15 11:40 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

注目新刊:『アイデア』誌の「日本オルタナ出版史」3部作が完結、など

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◎『アイデア』誌の「日本オルタナ出版史」3部作が完結

アイデア No.368:日本オルタナ精神譜 1970-1994 否定形のブックデザイン
誠文堂新光社 2014年12月 本体2,829円 A4変判216頁 ISSN0019-1299

★発売済。誌名のリンク先で立ち読み可能です。「No.354:日本オルタナ出版史 1923-1945 ほんとうに美しい本」(2012年8月)、「No.367:日本オルタナ文学誌 1945-1969 戦後・活字・韻律」(2014年10月)に続く3部作完結篇です。企画と構成を担当された郡淳一郎さんによる巻頭の「覚え書」によれば、「「社内装丁・編集装丁」を主要な対象とし、通念としての「文学=小説」でなく詩と翻訳に焦点化して敗戦国日本の出版における絶望と憧憬の精神史」を辿る試みです。数々の「出版遺産」とも言うべき代表的な書物と出版人の美しいカタログです。

★編集担当の室賀清徳さんによる「ポストスクリプト」には同誌「No.310:日本のタイポグラフィ 1995-2005」(2005年5月)に掲載された座談会「タイポグラフィの七燈」(郡淳一郎+白井敬尚+室賀清徳)での郡さんのこんな発言が引かれています。「出版する、パブリッシュするというのは単なる情報発信や自己表現じゃない。それは自己否定の契機でもあって、物質によってエゴイズムを断念させられて、しかしその物質によって他者とつながることで、本質的に孤独から癒されるという、逆説的なメディアです」。これに続けて室賀さんはこう書きます。「つまり「オルタナ出版史」とはこれまで「正史」とされている大手版元中心の出版史に対する「外史」であると同時に、書物のメディア的逆説に賭け金を置いてきた編集者・出版人のエートスでもある」(176頁)。お二人の言葉に大きな共感を覚えます。

★集約され書かれることによって物質的存立を再保証されるのが歴史だとすれば、「アイデア」誌のこれらの特集号は、散逸したまま忘失されたかもしれない過去のありようを掬い取った(=救った)貴重な試みです。国会図書館資料収集の原装保存担当諸氏は「造本装幀コンクール」などに頼ってないでこの3部作の「精神」を吸収されると良いでしょう。つまり「本は野に降りて自分で探せ」ってことです。

★なお「アイデア」誌は来年より隔月刊から季刊(3・6・9・12月)になるとのことです。また、「日本オルタナ出版史」3部作完結を記念して以下のトークイベントが明晩行われます。

「日本オルタナ出版史」3部作完結記念トークショー

登壇者:郡淳一郎、山中剛史、山本貴光、内田明、扉野良人、室賀清徳
日時:2014年12月15日(月)19時~(開場18時30分)
場所:東京堂書店神田神保町店6階 東京堂ホール
料金:参加費800円(要予約・ドリンク付き)

※店頭または電話(03-3291-5181)、メール(shoten@tokyodo-web.co.jp)にて、「郡さん山中さん山本さん内田さん扉野さん室賀さんイベント参加希望」とお申し出いただき、名前・電話番号・参加人数をお知らせ下さい。
※当日17:00より1階総合カウンターにて受付を行います。参加費800円(ドリンク付き)をお支払い頂いた上で、1Fカフェにて、カフェチケットと指定のドリンクをお引換えください。イベントチケットは6階入口にて回収致しますので、そのままお持ちください。尚ドリンクの引換えは当日のみ有効となります。


◎弘文堂のシリーズ「現代社会学ライブラリー」が完結

恐怖と不安の社会学
奥井智之著
弘文堂 2014年12月 本体1,300円 4-6判並製176頁 ISBN978-4-335-50138-8

帯文より:わたしたちの不安と恐怖は、どこからくるのか? 制御不能のリスクとどう対峙するか。グローバル化=個人化社会の根幹を問う社会学的分析。

★シリーズ「現代社会学ライブラリー」最終回配本となる第16弾です。書名のリンク先で目次詳細がご確認いただけるほか、立ち読みも可能です。奥井さんは「あとがき」でこう書かれています。「わたしは本書で、たびたびこう書いた。わたしたちは今日、恒常的に恐怖と不安に取り憑かれている、と。まさにそれは、グローバル化=個人化社会の「恐怖と不安」の様相を一言で表現したものである。グローバル化=個人化社会とは別名、非コミュニティ社会である。人々はそこで、自由に自己をデザインできる。ある意味ではそれは、人々が長年夢見てきたことである。しかし「自己をデザインする夢」は、夢から醒めれば悪夢も同然である。本書『恐怖と不安の社会学』が描いたのは、そういう悪夢の世界である」(165頁)。

★「自己をデザインすること」とは何でしょうか。「自己を発見し、創造し、実現し、表現し、演出し、提示し、証明・・・することが、わたしたちの日々の課題となりつつある」(165頁)と奥田さんは書いておられます。現代人に恒常的に求められているというこの「自己をデザインすること」については、奥田さんは前著『プライドの社会学――─自己をデザインする夢』(筑摩選書、2013年)で考察されています。『恐怖と不安の社会学』においては第3章「信仰――冒険に立ち向かう」でドラッカーに言及しつつ奥田さんはこう論じます。「もはや社会による救済」が期待できないとき、人々は何をなしうるか。ひょっとしたらそれは、自分で自分自身をマネジメントすることでしかないのかもしれない。その意味でドラッカーは、恐怖と不安に満ちた時代の教祖的存在なのである」(65頁)。最近の日本ではもう一人教祖が増えたかもしれません。心理学者のアルフレッド・アドラーです。

★また、こうも書かれています。「読者に断っておきたい。今日の社会学では統計的な資料をもとに、実証的に議論を展開するのが通例である。わたしは本書で、そういう方法をほとんどとっていない。わたしが題材として使っているのは、もっぱら小説や映画(あるいはせいぜい、実際に起こった事件の記録)である」(164-165頁)。確かに本書では国内外の様々な小説や映画が、社会的結合の弱くなった現代のグローバル化=個人化社会を分析するうえで各所において言及され参照されていますが、むろんそれだけでなく著名な社会学者たちやその他の領域の学者たち――哲学者や経済学者、経営学者や民俗学者、歴史学者、等々――も頻繁に登場します。社会学の棚に押しこめておけばいい本ではなく、文芸書や哲学書、ビジネス書の新刊台にも紛れて置かれてもいいのではないかと思います。本書は読者との偶然の出会いを必要としている気がします。


◎注目既刊書より

ピアノを弾く哲学者――サルトル、ニーチェ、バルト』フランソワ・ヌーデルマン著、橘明美訳、澤田直解説、太田出版、2014年12月、本体2,400円、ISBN978-4-7783-1415-6
『フィヒテ全集(17)ドイツ国民に告ぐ/政治論集』晢書房、2014年11月、本体8,500円、ISBN978-4-915922-46-6
フロイト技法論集』藤山直樹編監訳、坂井俊之・鈴木菜実子編訳、岩崎学術出版社、2014年11月、本体3,000円、ISBN978-4-7533-1082-1
科学革命』ローレンス・M・プリンチペ著、菅谷暁・山田俊弘訳、丸善出版、2014年8月、本体1,000円、ISBN978-4-621-08772-5
セーレン・キェルケゴール 北シェランの旅――「真理とは何か」』橋本淳著、創元社、2014年5月、本体5,800円、ISBN978-4-422-93073-2

★『ピアノを弾く哲学者』は今月来日を果たしたフランスの哲学者ヌーデルマン(François Noudelmann, 1958-)の初めての訳書です。原書は、Le toucher de philosophes: Sartre, Nietzsche et Barthes au piano (Gallimard, 2008)。本書を書くきっかけになった「サルトルがショパンを弾く」映像は下記の動画でご確認いただけます。ヌーデルマンが指摘するようにその演奏はぎこちないものです。「奇妙なことだが、彼の演奏にはリズムがない」(30頁)。自らもピアノをたしなむヌーデルマンの観点は「人はピアノを弾くことによって世界、過去の世代、そして同時代に対して独自の姿勢をとることになるのではないか」(9頁)というものです。「人がピアノを弾くときにとる姿勢からは、その人の存在のすべてが見えてくる」(26頁)とヌーデルマンは書きます。

★彼はサルトルのピアノ演奏に「時代と共にありながら、同時に自分の時間ももつ」(53頁)姿を読み込みます。「世界を覆すためには再評価や革命だけではなく、休止が、リズムの乱れが、固有のテンポが必要であり、サルトルにとってはそれがピアノの演奏だったのである」(67頁)というのが、サルトルに対するヌーデルマンの評価です。単なる印象論に留まらない説得力を感じる、興味深いエッセイです。本書はサルトル論のあと、ニーチェ論とバルト論が続きます。下記の二番目の動画は本書の次に刊行されたヌーデルマンの単著、Les airs de famille, une philosophie des affinités (Gallimard, 2012)についての彼本人のコメントです。この本とほぼ同時期にヌーデルマンは三島由紀夫の『豊饒の海』を主題にした『墓』(Tombeaux : D'après La Mer de la fertilité de Mishima, Éditions Cécile Defaut, 2012)という著書を上梓しており、大いに興味をそそられます。






★『フィヒテ全集(17)ドイツ国民に告ぐ/政治論集』は全23巻補巻1のうち、第22回配本。「ドイツ国民に告ぐ(1808年)」早瀬明訳、「「ドイツ国民に告ぐ」への付録(1806年)」菅野健・杉田孝夫訳、「ドイツ人の共和国――政治論断片(1807年)」菅野健・杉田孝夫訳、「祖国愛とその反対――愛国的対話(1807年)」菅野健・杉田孝夫訳、「著作家としてのマキァヴェッリについて――並びに著作からの抜粋(1807年)」菅野健・杉田孝夫訳、「知識学についての講義を中断しての聴講者に向けての講演(1813年2月19日)」菅野健・杉田孝夫訳、「関連書簡」菅野健・杉田孝夫訳、が収録されており、それぞれに解説が付されています。晢書房さんは私の知る限りウェブサイトも目録もお作りにはならない版元さんなので、本書もジュンク堂書店池袋店さんの人文書新刊棚で見つけるまでは刊行に気づきませんでしたけれど、フィヒテの連続講演「ドイツ国民に告ぐ」の新訳は近年では石原達二訳(玉川大学出版部、1999年)以来のことで、これは決して小さな出来事ではありません。

★晢書房版『フィヒテ全集』の続刊で残っているのは第10巻「哲学評論・哲学的書簡集」と第14巻「1805-07年の知識学」のみです。刊行が開始されたのは1995年2月。時流に媚びないその出版の姿勢に励まされます。

★『フロイト技法論集』は先日も言及しましたが、底本はストレイチーによる英語標準版。底本と人文書院版著作集と岩波書店版全集を今回の新訳と徹底的に一文ずつ対照して仕上げられたという労作です。9篇のそれぞれの末尾には監訳者注として、底本と既訳との間の翻訳の精度や解釈の違いなどについて率直なコメントが披露されています。本書に対する賛成意見や反対意見はおそらく様々あるのかもしれませんけれども、新訳への飽くなき挑戦による果実をこうして享受できることのありがたさに感謝したいです。

★プリンチペ『科学革命』と橋本淳『セーレン・キェルケゴール 北シェランの旅――「真理とは何か」』の2冊は東京堂書店神田神保町店の人文書売場で見つけたものです。2冊とも刊行に気づいていなかったのはうかつでした。同店の哲学思想棚は担当の三浦亮太さんによるもの。限られたコンパクトな棚数の中でもっともスタンダードでもっとも目配りの利いた端正な哲学棚を作ることにかけては東京では三浦さん以上の職人はいないと言っても過言ではありません。しかもたいてい「これは」と思う本をちょうど見やすい高さに1冊差しておられるので、私にとっては「三浦さんのおかげでこの本と出会えた」という経験が幾度となくあります。また、版元品切本も根気よく補充発注されるため、珍しい本がさりげなく並んでいることもあるのが「三浦棚」の魅力です。

★『科学革命』は丸善出版さんの新書シリーズ「サイエンス・パレット」の1冊。このシリーズはオックスフォード大学出版の「Very Short Introduction」シリーズから選ばれた既刊書の翻訳と日本の書き手による書き下ろしをミックスしたものです。プリンチペ(Lawrence M. Principe)の専門は初期近代の科学史(特に錬金術/化学)で、本書でもその鮮やかな筆さばきで16~17世紀における自然哲学者たちの群像を手際良く紹介してくれます。近著『錬金術の秘密』(The Secrets of Alchemy, the University of Chicago Press, 2013)は、勁草書房さんの「BH叢書」の続刊予定にヒロ・ヒライさんの訳でエントリーされています。




★『セーレン・キェルケゴール 北シェランの旅』はキェルケゴール生誕200年記念出版。本書はまず第1部でデンマーク・北シェランへのキェルケゴールの旅行日誌とその注解書を最新のデンマーク語原典全集(SKS 17およびSKS K17)より全訳し、第2部では訳者の橋本淳さんがキェルケゴールの旅程を実地検分されています。第3部は橋本さんによる3篇の関連論文を収録。本書のほか、橋本さんによるキェルケゴールの日誌の翻訳には『セーレン・キェルケゴールの日誌(I)永遠のレギーネ』(橋本淳編訳、未來社、1985年)があります。
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by urag | 2014-12-14 23:33 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 12日

ジュンク堂さんもしくは丸善さんに店頭在庫がある版元品切本

版元品切本であっても本屋さんの店頭にはまだ残っているということがあります。たまに「まだこの本がお店にあったのか!」と驚いてしまうようなこともあります。主に返品依頼をいただく時です。読者の皆さんに熱心に探していただいている書目だったりすると、「早く返品してくれ」と思う時すらあります。書店さんのお荷物になるのはやっぱり辛いですから。

全国津々浦々の書店さんの店頭在庫が分かるようになったら、弊社本はともかく、たぶんレア本にずいぶん出会えるようになると思うのです。下記はMARUZEN&ジュンク堂さんの店頭在庫。さすが専門書版元が頼りにしているチェーンno.1の本屋さんだけあって、返品されることなく店頭に置いていただいています。本当にありがたいことです。

スピヴァク『ポストコロニアル理性批判
ギルロイ『ブラック・アトランティック
ユンガー『パリ日記
ブランショ『書物の不在 第二版』第三版準備中。鉄色本は第二版のみ。
アガンベン『到来する共同体』第二版準備中。黄色本は初版のみ。
大里俊晴『マイナー音楽のために
大竹伸朗『ネオンと絵具箱
森山大道『大阪+』残り1店舗!
森山大道『NOVEMBRE』残り1店舗!
やなぎみわ『WHITE CASKET』残り1店舗!激レア本!
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by urag | 2014-12-12 18:35 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 11日

ウェブ連載:ルソー『化学教程』第九回を公開します

ウェブ連載:ルソー『化学教程』第九回を公開いたします。

第一部
第一編  物体の諸要素とそれらの構成について
第一章 物質の原質について(続き)

24 ところで、ある物質の中でまったく水でも空気でもないものはどのようなものであれそれは必然的に土だということになる。そしてベッヒャーに従えば、空気は物体の混合物の中に原質としては入り込むことは決してなく、空気はむしろ物体の〔絶対的〕体積の中にただ付帯的にのみ入り込むということなので、この事実から例えば次のことが導き出せる。すなわち金属や石はその構成のうちにまったく水を持たないがゆえに、ただ土からのみ形成される、と。だが、これほど多様な混合物は果たして一種類の同じ土のみから成り立っているのであろうか。つまりこれら混合物の多様性はその原質の多様性を示しているのではないだろうか。金とダイヤモンド、大理石と銅はあまりにも異なる本性を持つので、もしこれらの一つひとつがただ一つの土から成り立っているとするならばこの土は上に挙げた例の中では同じものではありえないということが先ず分かる。また、そもそも金属は一体どのような変化métamorphosesを受けやすいのであろうか。[A:15]化学は金属を展性、脆性、高密度、多孔質、流動性、不発揮性、発揮性等々といった性質を次々持たせ、重くも、軽くも、また硬質にもする。では、〔物体の〕本質的部分の多様性からでないとしたら、どこからこれほどの変質altérationsが生じるのだろうか。また、もし金属が単純な物体からなるならば、化学者の意のままにこれほどまでに異なる形態を持って代わるがわる現れるなどということができるのだろうか。[F:23]とするならば、化学者は金属の混合物の中に複数種類の土を含ませる必要がある。

・・・続きはこちら
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by urag | 2014-12-11 23:55 | ウェブ限定コンテンツ | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 10日

ブランショ『謎の男トマ』書影公開&搬入日決定

モーリス・ブランショ『謎の男トマ 一九四一年初版』(門間広明訳、月曜社、2014年12月、本体2,800円、ISBN978-4-86503-020-4)の取次搬入日が決定いたしました。日販、トーハン、大阪屋、栗田、太洋社、すべて12月12日(金)です。書店さんの店頭に並び始めるのは、12月17日(水)以降になるかと思われます。書影も公開いたします。仏語書名が金箔、邦題はメタリックレッドの箔です。

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by urag | 2014-12-10 12:38 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 09日

12月20日「日本ヤスパース協会」第31回大会

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★佐藤真理人さん(共訳書:デュフレンヌ+リクール『カール・ヤスパースと実存哲学』)
★日本ヤスパース協会さん(機関誌:「コムニカチオン」)
弊社で学会誌「コムニカチオン」の制作のお手伝いを第21号よりさせていただいている「日本ヤスパース協会」さんが今月開催される第31回大会についてご紹介します。「コムニカチオン」誌は一般書店での販売はありません。協会に年会費4,000円をお支払いいただいてご入会いただくか、下記大会会場にて頒価1,000円(税込)にてお買い求めいただけます。

◎「日本ヤスパース協会」第31回大会

日時:2014年12月20日( 土)13:15~17 :00
場所:お茶の水女子大学 文教育学部 1階 第一会議室
主催:日本ヤスパース協会(〒162-8644東京都新宿区戸山1-24-1 早稲田大学文学部哲学専修室内)

※協会会員以外の方も来聴歓迎いたします。参加無料です。
※参加ご希望者の方は、お茶の水女子大学校門にて守衛に、ヤスパース協会の大会に参加するために来校した旨を伝えていただく必要があります。身分証の提示を要求される場合があることもご承知おきください。
※協会へのご入会をご希望の方は、大会受付にて年会費4,000円を申し受けます。


1.理事長挨拶(13:15~) 日本ヤスパース協会理事長・羽入佐和子
2.会員総会
3.研究発表(13:30~) 司会:早稲田大学教授・佐藤真理人
 フリッツ・ブーリの「実存の神学」――ヤスパース哲学の神学的実現?―― 早稲田大学大学院・岡田聡
4.講演(14:30~) 司会:上智大学名誉教授・増渕幸男/代表質問者:お茶の水女子大学准教授・中野裕考
 ヤスパース・コミ ュニケーション思想の射程――大学で哲学を学ぶこと・教えること―― お茶の水女子大学教授・羽入佐和子
5.懇親会(17:30~19:30)場所:大学食堂「マルシェ」、会費:4,000円


★ジュディス・バトラーさん(著書:『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』)
岩波書店さんより先月刊行されたメンディエッタ+ヴァンアントワーペン編『公共圏に挑戦する宗教――ポスト世俗化時代における共棲のために』(箱田徹・金城美幸訳、岩波書店、2014年11月)において、講演「ユダヤ教はシオニズムなのか?」と、コーネル・ウェストさんとの対談、さらに同ウェストさんとユルゲン・ハーバーマスさん、チャールズ・テイラーさん、バトラーさんの4人での総括討議が掲載されています。バトラーさんは「オルタナティヴな政治を擁護するユダヤ的な伝統と倫理をあらためて打ち出さなければならない」(80頁)と主張し、主にアーレントをひもときつつユダヤ性に関わる諸問題を考察しています。「ユダヤ人という集団への帰属意識は、非ユダヤ人となんらかの関係を築くことと対になっているのではないか、また他者性の問題にこうして取り組むことが、ユダヤ性に「帰属」することの根本なのではないか〔・・・〕。言い換えれば、帰属とは、逆説的に響くかもしれませんが、そのカテゴリーから追い払われる〔ディスポゼッション〕経験なのです」(97頁)。


★間章さん(著書:『間章著作集』全三巻)
「図書新聞」2014年12月6日付3185号において、『間章著作集』全三巻をめぐる、山崎春美さんと渡邊未帆さんの対談「再考一九七八――いま、間章を読むとはどういうことなのか」が掲載されています。お二人の発言からいくつか拾いますと、山崎さん「間章の葬式で骨を拾いにいくわけだけど、棺桶の中に彼が好きだった本を入れたりするよね。「なんだろう、シュタイナーかな」と思ったら、ジョージ・スタイナーだった」。次も山崎さん「パリの書店でモーリス・ブランショの新刊を見つけて、そのタイトルが「友愛」で、その題名だけで自分(間章)はすべてわかった、として三〇分くらい泣いたりする」。渡邊さん「世の中がどんどん合理的になって、国公立大学から人文系が外されようとしている時代に、この役に立たないものの極みのような分厚くて重たい間章の本は、それへの抵抗として存在すべきものだと私は思う」。それに対する山崎さんの答え「「魂の問題」だと。間章の場合、全方位的にというか、あるジャンルの音楽に限って「これはいい、これはダメ」と言っているわけではなくて、思想も哲学も嗜好も愛も、全部がカオスに浮かんでいるわけだからね」。
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by urag | 2014-12-09 16:21 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)